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2026年4月9日木曜日

トランプ(TACO)の遠吠えに怯え続ける高市

 戦争犯罪攻撃もできず、地上戦に踏み込めずにアメリカは停戦に合意した。

予想はされてはいたが、E,トッドがウクライナ戦争で見抜いたアメリカ通りになった。

アメリカはウクライナを助けるだけの迎撃ミサイルの余力が無いということだ。

これ以上無傷で戦うための迎撃ミサイルが枯渇したようだ。

アメリカの戦闘機乗員の救出劇の本質は、戦闘機が打ち落とされるようになってしまったことにある。

ベネズエラでは無力化できた迎撃システムをイランでは完全には無力化できていない。

秘密兵器だということで、迎撃システムの無力化する方法の実態は謎だが、イランは迎撃できなくても、徹底的に攻撃して相手の迎撃ミサイルを枯渇させれば良かっただけだ。

今朝(4/9)の朝日新聞のインタビューでもアメリカのウクライナ戦争、中国関税対立につぐ第三の敗北をE,トッドは予想していたが、おそらく間違いないだろう。


それにしても今回のイラン攻撃で分かったのは、トランプの凶暴さと無能さであろう。

関税における凶暴さに屈して日本は多額の支援金という名のゆすりに屈した。

確かにベネズエラでは悪事は成功したが、ベネズエラに関わらず中南米ではイランのような教育水準に達してないからだろう。

日本は高い教育水準と工業力を持ちながら、米軍基地という保護と脅しに屈するほか無い。

それでも経済戦争をアメリカに挑んできたのだが、金融と情報で敗北してしまった。

それは軍事力を背景として強要された基軸通貨ドルとOSのマイクロソフトには太刀打ちできなかっただけのことである。

結局、アメリカは法よりも暴力を背景とした脅しで支配する国であることがよく分かったと思う。


日本はその暴力的な脅しに怯え続けるより、対抗する方法を考えねばならないだろう。

E,トッドが日本とドイツの強みとして直系家族を上げているが、日本の場合跡継ぎ以外の子どもに遺産代わりに高等教育をつけさせることが多かった。

だから、科学技術の発展に繋がったのだと思う。

しかし、現在は地方の産業が廃れて、跡継ぎの兼業農家でさえ維持できない。

もっと酷いのは、非正規雇用なので結婚できずに親と一緒に暮らすしか無いのだ。

少子化問題は親子関係を大切にしてきた直系家族を理想とする家族の弱点でもある。

普通の欧米なら子どもは親に依存していると一人前に見做されないし、親も子どもに依存することは無いだろう。


日本が家、家族を大切にしてきたことが経済発展に繋がったのだから、それをまた再建する必要があると思う。

そのためにはエネンルギー革命をしっかり行って、地方の農業と産業を育成していく必要があるだろう。

ネットでは「フィッシャー・トロプシュ合成と呼ばれる技術」で、人口燃料のことが取り上げられていた。

電気だけでなく人口燃料を用いれば、農業機械や大型機械にも利用できる。

トランプに脅されて金を貢ぐなら、それと同じ額の投資を日本の地方に行うべきだと思う。

トランプのプードルになってしまった高市総理には無理かもしれないので、早々に次に交代してもらいたい。


参考文献

エマニュエル・トッド 荻野文隆訳 2008(1999) 『世界の多様性―家族構造と近代性』    藤原書店

エマニュエル・トッド 石崎晴己他訳 2016(2011) 『家族システムの起源Ⅰ―ユーラシア上』  藤原書店

エマニュエル・トッド 2020 『大分断―教育がもたらす新たな階級化社会』 

エマニュエル・トッド 堀茂樹訳 2022(2017) 『我々はどこから来て、今どこにいるのか?上―アングロサクソンがなぜ覇権を握ったか』  文藝春秋

エマニュエル・トッド 大野舞訳 2024  『西洋の敗北―日本と世界に何が起きるのか』 文藝春秋 

エマニュエル・トッド 2025 『西洋の敗北と日本の選択』 文藝春秋    










2026年4月4日土曜日

石油依存社会が生んだ地方衰退

 エマニエル・トッドは経済的グローバリズムの弊害を『我々はどこから来て、今どこにいるのか?上―アングロサクソンがなぜ覇権を握ったか』(2022)で次のように述べている。


高齢化する先進各国による世界支配は、もしかすると、世界の他の地域で教育を受けた34p勤労者を引き寄せる能力というかたちでより的確に表現されるのかもしれない。先進国は自国の必要に応じて、周辺から労働者、技術者、情報処理技術者、看護士、アーティスト、医師を吸い寄せ、そのような正真正銘の人口捕食によって自らを延命させている。

人的資源のこの略奪は、自然資源のそれよりも遥かに重大だ。なぜなら、それがある規模を超えると、離陸途上の国々は幹部候補者や中間層の人材を奪われ、立ち行かなくなる危険に晒されるのだから。[前掲書:33-34]


この経済的グローバリズムを成り立たせている根本は、何だろうかと疑問がわく。

そこでヒントになったのが今回のアメリカ・イスラエルによるイラン攻撃が引き起こした石油危機である。

石油が止まれば全ての経済活動に支障を来す。

そもそも産業革命は石炭との結びつきによって始まったが、その後石油による内燃機関で工業は飛躍的に進化した。

電力もそれと平行して発展したが、化石燃料とウランに頼っており、殆どが臨海地帯にあるが、原子力発電所に関しては内陸で人工湖を作って稼動させたりもしている。

とにかく、工業都市や商業都市を維持するには効率的なエネルギーが必要であり、人力や薪炭レベルでのグローバリズムはそれほど進まなかったはずだ。

それこそ、奴隷貿易で人力を確保せざるを得なかったのだ。

現代は奴隷の取引をせずとも、快適な生活環境と仕事を用意すれば、それの乏しい周辺から人は自ずと集まってきてくれる。


これは日本が特に全国的に経済発展を目指した高度経済成長期に国内で生じた現象と同じである。

それは戦後の復興で電力や石炭、石油とエネルギーが確保できるようになり太平洋側の臨海地帯を中心に工業化が進んでいった。

地方から金の卵と言われる若者や、大学への進学で優秀な人材が自ら進んでそういう所に集まってくるようになったのである。

東京を中心とした大都市はその人口捕食によって自ら延命させてきたのだった。

現代では地方都市の多くは人的資源が略奪され、危機的な状況になっているところも少なくない。

その大都市も地方からの人材が得られなくなって、外国から人材を獲得するグローバリズムに乗っかっていくしか無い状態だ。


E,トッドは日本の家族を直系家族として捉えてきたが、その直系家族は経営母体である家が家業によって維持された時代でこそ成り立っていたのである。

だから、どの時代であっても家業をもたない家族や人は、直系家族というよりも私は拡大核家族に近い状態だったように考えている。

その例が、奄美の「ヤ(家)」で、日本本土のように跡継ぎは優遇されていなくて、むしろ「オヤワズライ」として、親の扶養を負担する子どもとしての位置づけがされていた。

それは黒糖の収奪が行われて、一部の富裕層以外は本土のような家を形成できないばかりか、ヤンチュといわれる身売りさえ行われていた

これはフィリピンの初期農耕民にもみられる拡大核家族に似た形態と考える。

沖縄の「門中」は中国の影響を受けて発展したもので、南西諸島では例外的なものだと私は考えている。

これは、赤穂などのような塩田地域の下人であった浜子などでも同じだったように思うし、農村地帯でのいわいる水呑百姓もそうかわらなかったように思う。

ただ、私の本家のように米を作る傍ら、船での運搬業の家業があった家では、跡継ぎによって家は直系として守られていた。

しかし、その家業を失ってからは、子どもが近くに住んでいても跡を継ぐ者はいなくなってしまった。


地方では家業の農業だけで生活できる家族が失われていき、兼業農家として維持されていた家も、地方の工業の衰退によって地元から離れざるを得なくなった。

現代では直系家族どころか、拡大核家族も崩壊して、一人暮らしが増えて行ってしまった。

当初の地方の繊維産業の衰退はグローバリズムの進展が原因であり、やがて同じように造船、鉄鋼、電気製品などが同じ運命を辿り、自動車などが今岐路に立っている。

その一方で、所得水準が上がり生活が豊かになったことで、高等教育を子どもに受けさせられて、都会の企業や官庁への就職が容易になったことにある。

私は親が大企業の労働者ではあったが、地方公務員となって地元に居着いたのであり、同じ大学の同級生でそういう例はあまりない。

また、同じ高校を出て大学を出てから地元に戻って来た同級生は、親の家業を継ぐ例は医者、教師や企業、事業所の経営者の家で数は少ない。

そして、私の教師の職業を継承する子どもはいなくて、独身の息子だけが介護の仕事をしながら一緒に暮らしている。

私が住んでいる農村地帯でも専業農家はほとんどいなくて、兼業農家として残っている家も激減している。

それは高卒の魅力ある職場が無く、大卒で勤められる仕事がほとんど無いからである。


こういう現状を打開する方法は、エネルギー転換しか無いと思う。

再生可能エネルギーは地方の方が有利である。

太陽光・風力発電もさることながら、草木類を利用したバイオ発電を推進して、それを工業や農業に活かしていくべきだろう。

農村地帯に住む私にとって、自分で食糧を確保して、食費の削減はできるが、電気・ガス代、ガソリン代はどうにもならない。

そのどうにもならない出費を除けば、仕事さえ有れば地方の方が豊かな生活ができるのだ。

現に江戸時代で人口が多かったのは大阪・京都・江戸は別として、農村地帯だった。


これだけホルムズ海峡の封鎖の脅威を身に感じながら、エネルギー転換の議論がなされないのは愚かなことだと思う。

その一方で、EVの需要が大きく高まってきていることがネットニュースなどの多くで報じられている。

テレビ局は日本の自動車メーカーに気兼ねして、大きく報道していないのかもしれない。

このEVに関しては中国が大きくリードしているので、今後日本も巻き返しを図らねばならないだろ。

とにかく、石油依存社会からの脱却が、しいてはグローバリズムの弊害を無くし、地方衰退の流れを変えてくれるはずだと思う。

そして、何よりも石油を巡る戦争をなくす平和活動であることを私はずっと訴えている。





2026年4月1日水曜日

ニヒリズムが生むカルトと原理主義

 現代はニヒリズム(虚無主義)の時代と言われている。

人の価値を否定する考え方だが、キリスト教が根底にある欧米人にとって重大な問題である。

ところが、日本人はそもそも仏教にしろ神道にしろ、根底にあるのはアニミズムなので、経典や思想は呪文ほどの意味しか持ってなかった。

これは現代の仏教に縁の無い若い人がパワースポットにはまっているのとそう変わりは無い。

また、心霊写真や幽霊話は今でもテレビなどでもよく登場している。

ただ、これも個人差があって、そういう霊的な存在をあまり信じない人もいることも確かだ。

私は母方も父方も祖母が信仰深かったし、特に母方の祖母は霊的な体験を語る人でもあった。

それに対して、家内はそういう祖母が傍にいなかったせいもあって、霊的存在をあまり信じていない。

また、都会で幼い頃から育った人は、自然界の霊的な存在には無関心のような気もする。


一方で、宗教の説教や聖書などに親しんできた人は、霊的存在もさることながら、その教えや世界観の影響かなり受けていると思う。

私は中学から大学までカトリック系の学校で学び、聖書に親しむことも多かったが、仏教以上に生活に根付いたものでは無かった。

仏教といっても葬式や先祖供養に関わるもので、思想的な影響はあまりない。

ところが、幼児洗礼を受けた私の大学の友人は、話していてもかなりカトリックの影響を受けていることが感じられた。

私がキリスト教に改宗しなかったことを残念に思ったのは、大学院時代にキリスト系の大学からの求人があって、先生から信者かどうか尋ねられたときだ。

もし、信者であったら優先的に採用されていただろうと思った。

考えてみれば、母校の南山大学でも信者の先生が同じ学科にいた。

その程度のものでどちらかと言うとキリスト教には懐疑的なところがある。


文化人類学者のエマニュエル・トッドは、宗教の信仰形態を活動的状態、ゾンビ状態、ゼロ状態に分類している。

そして、現代の欧米を一部例外を除いて宗教ゼロ状態になって、ニヒリズムは、ヨーロッパにもアメリカにも存在し、西洋の全域に遍在していると述べている [E・トッド2024:170-173]。

文化人類学では呪術と宗教を区別したり、世界宗教と民俗宗教を別次元で考えたりするが、トッドの言う宗教には呪術や民俗宗教は含まれていないだろう。

確かに、世界宗教や国家的宗教は活動として形骸化したり、殆ど信仰されなくなったりしているかもしれない。

しかし、その一方でかつてはそういう宗教から異端とされていたカルトが、現代では一部の熱狂的な信者を生んでいることは確かだろう。

また、新宗教もかつてはカルト的存在であったのだろうが、多くの信者を得てカルトとは言われなくなったりする。

今回トランプを支えている福音派はキリスト教の聖書や伝道に立ち返る原理主義や根本主義と考えても良さそうだ。


カルトに関しては日本のオウム真理教や統一教会のように、テロ事件と関連して解散させられる場合もある。

一方で福音派のようにアメリカ大統領に多大の影響力を与える場合もあるのだ。

トッドはニヒリズムの戦争への影響を述べているが[前掲書:360-362]、イラン戦争に関しては原理主義同士の戦いの様相を呈している。

テロや戦争が生じる根本にはニヒリズムの中で却って霊や超自然的存在、聖書などに熱狂的な信仰をもつ人々の存在が有るように思う。

これは行きすぎた資本主義による経済という名の戦いが生んだ殺戮兵器による戦争とも言えるかもしれない。

その一方で、歴史的な十字軍の戦いが原理主義信仰の元で、核開発と石油を根源として再発したかのようにもみえる。


引用文献

エマニュエル・トッド 大野舞訳 2024  『西洋の敗北―日本と世界に何が起きるのか』 文藝春秋

といっている。