ページ

2014年1月21日火曜日

富良野

正直に言うと、引率で行く修学旅行には苦い思い出が多くて、気が重かった。
しかも、スキーは20年ほど前に信州に修学旅行に行き習った程度である。
私は特別支援学校では東京ディスニーランドや長崎、普通高校では海外が多かった。
2学期の球技大会でクラスのメンバーが足りなくて、卓球を行い腕が上がらなくなった経験から、今回はスキーはするつもりはなかった。
出発も早朝で、4時には起きなくてはいけなかった。

家を出かけるときに、ふと走り去るものがいる。
キツネだ!
これから行く北海道にはキタキツネがいるが、上郡にだっているぞと愉快になった。
何となく幸先がいいような気がした。

伊丹空港までバスで行き、飛行機で千歳空港に向かう。
伊丹空港で生徒と待機していると、後ろで聞いたような声がする。
前任校の教頭である。
聞くと引率で団長として沖縄の宮古島に行くという、私にはそちらの方が断然魅力的に思えた。
上空から眺める琵琶湖あたりの冬景色も素晴らしかったが、中央の席だったので景色はあまり楽しめなかった。
着陸間近になってみる北海道の白一色景色は、いよいよ別世界に来たという気持ちにさせた。

初めて見る北海道の広大な冬景色にしばらく圧倒された。
バスガイドさんが北海道の方言を話してくれたが、「手袋をはく」という播州弁との共通の言葉にガイドさんがかえって驚いた。
ただ、北海道には方々から移民があったので、兵庫県からの移民者の影響ではないかとガイドさんは解釈された。
淡路島からの移民は有名だが、一番不毛な場所の開拓で苦労したようだ。
私はなるべく自分の研究から気持ちを離そうと心がけたが、どうしても移民やアイヌの民族問題を考えてしまい素直にガイドさんの説明を聞けなかった。

旭山動物園ではペンギンの行列をまず見ることができた。
小規模なこの動物園が、あの巨大な上野動物園をしのいだことに改めて驚いた。
ただ、サファリーパークとは違い、動物にずいぶん無理をさせているように感じた。
沖縄の美ら海水族館もそうだが、観光のためには必要な施設なのかもしれない。

夕方の四時半には、暗くなり車はヘッドライトをつけなくてはいけない。
三〇分ほど時差で明るい時間帯を損した気持ちになった。
富良野のスキー場に近づくと、あたりは真っ暗でその中にナイターのオレンジ色の明かりが山の斜面を照らしていた。
稲作のためにわざと街灯を少なくしている地元上郡の暗さと対照的に思えた。

富良野の景色は素晴らしかった。
私は生徒の様子を見るために歩いて上まで上がった。

なるべく、ゲレンデに入らないように、隅っこを歩いたので、雪に足がのめり込んで歩くのが大変だった。
ただ、斜面でスキー板をはいて、我慢して静止している生徒が愉快に思えた。
滑ることができない状態では、歩いた方が便利なのである。
危険を冒して雪山に登る登山者の気持ちの一端も少しはわかった。

二日間も講習を受けると、生徒たちはずいぶん上達した。
日頃、体育などが苦手な生徒も、楽しんでいるのが嬉しかった。
私も滑りたい気持ちになったが、また肩を痛めて迷惑をかけてはならないと気持ちを抑えた。

スキーも終わり、富良野からの帰りに立ち寄った小樽は、まさしく観光地で、兵庫県からの3校の高校生で溢れていた。
家内に頼まれていた北一ガラスのコップを買うために、昼食を節約した。
それでも普段食べている弁当寿司の3倍の値段を出したが、味はむしろ落ちた。
そばでその倍の値段のを、食べている同僚の寿司は、ずいぶんおいしそうだった。
観光地は安くておいしいものは、よほど慣れていないと無理だということを、付き添いの地元の看護師さんから教わった。
生徒の方も、とてつもない値段の昼食をとるものもいれば、普段と同じ額の生徒もいた。
北一ガラスのコップの値打ちはわからなかった。
百円ショップのコップの方がいいように思えたが、家に戻って来て改めてながめると、手作りの良さが伝わってきた。

今回は私としては二度目のスキーの修学旅行だったが、出発や到着時の引率以外の教師の応援には頭が下がった。
出発時は朝の5時前から、帰着時は夜の11時近くまで交通整理などを行ってくれた。
来年からは信州なのでこういうことは無いという。
この高校にとって最後の北海道の修学旅行になるかもしれない。
私にとっては、初めての北海道だったが、今まで経験した修学旅行の中でも、いい経験になった。
心配された大きなけがや病気、トラブルもなくて、生徒も楽しそうだった。
私は年齢的にもこれが最後の修学旅行の引率になるかもしれない。
生徒たちにも、おそらく授業風景は忘れても、修学旅行の思いでは忘れないだろう。
江戸時代には若者はお伊勢参りをして大人になったいうが、生徒たちも一歩大人に近づいてくれたかなと思う。

旅から戻って見る日常の周りの景色は違ってみえる。
景色だけではなくて、なぜか将来に対する自分の気持ちも変わったようにも感じた。
私はかつてフィールワークに出かけて、何ヶ月も旅に出たこともあったが、たった三泊四日の旅でも意味のある旅はある。
キタキツネには残念ながら会えなかったけれど、青い鳥ならぬ、幸いをもたらすキツネさんはそばにいた。
丹頂鶴も見なかったけれど、コウノトリが地元にはいる。
北海道の素晴らしさと、地元の良さを教えてくれた旅だった。






0 件のコメント:

コメントを投稿