私は結婚して子供が生まれてからこの方、畑仕事を続けている。
父親の手伝いをさせられていた頃は嫌で仕方なかったが、子どもの健康のために、無農薬で有機肥料を使って作るようになった。
畑をする人の中には、自家用の作物にもたっぷり農薬をかけて、化成肥料だけで育てる人もいる。
それなら、買って食べた方が余程安上がりだと思う。
そういう人は食の安全のためではなく、立派な作物が沢山とれるのを目的としている。
始めた頃は失敗の連続で、バージンラックで成功することもあったが、玉葱でさえまともに作れなかった。
除草剤やマルチを嫌がって、草だらけになった畑の作物は非常に貧弱だった。
化学農薬の代わりに、酢や馬酔木や煙草の吸い殻などを自然農薬として使うこともあった。
それでも病気には勝てなかった。
紙マルチを使ったがコストが高く、結局ビニールの普通のマルチを使っている。
寒冷紗を多用して、これが無農薬の本領と言える。
また、寒冷紗が無理な作物のウリバイなどにはニンニク、酢、唐辛子を混ぜた忌避剤なども使ったりもする。
意外と草木灰が青虫に効いたりする。
肥料は以前は堆肥や液肥、米糠(EMボカシ)が主力だったが、今はそれを補助的に使い(EMボカシは現在作っていない)、鶏糞と菜種油糟、有機石灰が中心となっている。それで充分である。
トラックがあれば、近くで鶏糞はただで、牛糞は安く手に入るが、残念ながら今は家にはない。
機械は草刈り機と小さな耕耘機、三カ所ある畑は広さを合計すると200坪ほどになるので必要。
畦や道の草を刈るのも一仕事である。村作業にも草刈り機は欠かせない。
それでも、なるべく運動のためと思い、備中鍬や平鍬をつかって耕したり、大鎌で草を刈ったりする。
水も用水路から柄杓でくみ上げて運んでいる。
肝心なのは無理のないように機械を用いることである。
夢は玉村豊雄さんのような生活だが、才能が違いすぎると諦めてはいる。夢は夢・・・
彼のようにはなれなくても、畑仕事が暮らしの中にあるのは、健康的で生きているという実感を感じさせてくれる。
因みに勤めている特別支援学校でも農園作業を担当している。 少しは役に立っているのである。
このような田舎でも陽に焼けることを嫌って、畑仕事を嫌がる女性や、畑仕事そのものを面倒くさがる男性も少なからずいる。
畑仕事は時給計算で行くと採算に合わない。パチンコや釣りの方が楽でスリリングだろう。
でも、それに伴う健康と美味しさと収穫の楽しみは、その採算やスリルとは別次元である。
夫婦や親子でも、畑作りは一緒にできる。人にあげても喜んでもらえる。
これをスポーツと言うべきか、ゲームと言うべきか、レクレーションというべきか・・・否
畑仕事は単なる消費ではないし、運動を伴う生産であり、暮らしの一部でもある。
発展途上国と違い、生きるためにやむなくする農業ではなくて、生きる証としての物作り。
夜勤や肉体労働で疲れている 人には無理かも知れないが、そうでない人はスポーツとはひと味違う畑仕事を味わって欲しい。
作物は天候に左右されるが、子どもよりは言うことを聞いてくれる。
畑仕事で汗をかいた後のビールはたまらない。
死んだ親父の残した畑で家内や息子と一緒に過ごす時、ささやかな幸せを何よりも感じる
0 件のコメント:
コメントを投稿