沖縄は私たち夫婦にとっては、結婚式でもないと行くことの無かった遠い場所だ。
私は沖縄には一度兵庫教育大学のゼミ旅行で行っており、初めての場所ではなかった。
家内も大学時代のはるか昔に訪れていて、同じように初めての場所ではなかった。
二人とも忙しさにかまけて、ホテルは新郎の親である弟に任せ、飛行機のチケットも一ヶ月ほど前に格安便を買った。
飛行場は神戸空港を使い、車で朝の8時過ぎに出かけて、11時15分発に乗った。
レンタカーも神戸空港から家内が予約した。
途中で奄美大島が見えたので懐かしく思えた。
那覇空港では28℃の熱い中、レンタカーの送迎を長い間待つことになった。
待つ間、観光客の多さに圧倒されていた。
10年前に来た時のことはあまり憶えていなくて別世界に来た感じがした。
レンタカーに乗って、残波岬にある宿泊ホテルに向かった。
10年前は殆ど若い人に運転してもらったし、遠くまで行くときは沖縄自動車道を用いたので、これほど都会だとは思わなかった。
また途中での嘉手納基の広大さ、米軍関係のYナンバーの車の多さに、基地の島を実感させられていた。
そして残波岬付近まで来て、サトウキビ畑やサツマイモ畑を見てやっと沖縄らしい景色に出会えた。
ホテルを確認した後、うるま市のある海中道路に行くことにした。
ドライブも新興住宅街を走っている感じで、海岸の道路まで来てやっと沖縄らしく感じた。
海中道路も期待したほどのことはなかった。
昼食は機内で出されたキットカットとコーヒーだけだったので、途中コンビニに寄ってつまみとビールと泡盛を買った。
弟達がホテルに到着するまでの間、ホテルにチェックインした後、二人で先に飲んでいた。
弟らが到着して、一緒に焼き肉を食べたが、家内が焼き肉は苦手だったし、これといって沖縄らしい物はなかった。
翌日は式までに時間があるので、万座毛まで観光に行った。
中国人の観光客の多さには驚いた。
駐車場が足らなくて、何とか留められたが出るときにはすごい渋滞だった。
まだ、多くの観光客に対応できていないという感じだった。
再び残波岬の式場に戻って、挙式に参列した。
私たち夫婦は帰りの飛行機の都合で、食事が済むと直ぐに退席してレンタカーを返しに那覇に向かった。
来る時は1時間で来れたが、渋滞して一時間半もかかりぎりぎりの時間となった。
那覇空港で出発時間までお土産を買ったりして時間をつぶした。
19時半出発は少し遅れ、神戸に着いたのは21時半だった。
空港コンビニで軽い食べ物を買い、駐車場で食べてから家路につき、戻ったら23時半だった。
こうして、一泊二日の結婚式の旅は終わった。
慌ただしい結婚式への参列で、しかも披露宴は食事をとっただけというものだった。
出不精の家内が35年ぶりに沖縄まで出かける機会にはなったのだから、悪くはなかったのかも知れない。
因みに家内は自分たちの新婚旅行以来、飛行機には乗っていなかった。
途中で、満月の月が昇り、その月を眺めながらの空の旅になった。
神戸空港に戻ってくる時は、とっぷり日が暮れて、町の明かりが目の前に展開していく。
いつもは、電車や車で通っているところを、上から眺められる経験は滅多にない経験だった。
慌ただしい沖縄旅行だったけれど、夫婦二人で新婚旅行以来初めてできた二人だけの宿泊旅行だった。