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2026年6月19日金曜日

現代社会の残虐なダークサイドミステリー

 先日NHKのダークサイドミステリーの再放送「古代メキシコ「いけにえ」3000年の謎 〜死と生のふしぎな世界〜」(初回2024年8月20日()午後9:00)を見た。

絵ではあるが、血の流れる身体から心臓取り出すところや、神殿から血が流れ落ちる様子が描写されていた。

古代文明の残虐さを表現するには充分だったと思う。

番組の中でも専門家が現代の交通事故の犠牲者と比較していたが、現代においても交通事故や戦争はある意味で文明のいけにえと呼べるように思える。

ただ、再生を願う思考に裏付けられているというのがもう一方の専門家の意見だが、以前見た番組で兵士の遺書に、これからの日本の再生のために犠牲になることも書いてあった。

交通事故に遭った人がそういう気持ちで死に臨んでいるとは思えないが、遺族としてはせめてこんな悲劇が起こらないための犠牲と受け止める人もいるかもしれない。

こんないけにえが行われている文明社会でも、血塗られた場面が多くあるはずなのに、そういう場面は映像、写真、絵での表現は避けている。

以前見た「黒い雨」は原爆の悲惨さを表現していたが、わざと白黒としたのは観る人の想像を引き出すためと解説されるが、私はあまりにも悲惨だからだと思う。

アメリカ映画の「プライベートブライアン」ではカラーで戦争の悲惨さを表現し、特にノルマンジー上陸作戦の海岸場面は、その残虐性が伝わってくる。

これは戦闘員として覚悟の死だから受け入れられるが、無抵抗な一般市民に対する残虐シーンは受け入れることが困難だ。


古代文明の残虐性を描くならば、現代社会の残虐性もしっかりと描くべきだと思う。

それが、日常生活の交通事故だったり、非日常の戦争であっても、我々の社会には残虐性が古代文明よりも残酷に繰り広げられていることを放送すべきだろう。

NHKは大河ドラマにおいての戦闘シーンでも、血の流れる場面などはあまり描かない。

それは戦闘シーンを娯楽番組として楽しませるためだと思う。

戦闘や戦争を娯楽として楽しませるNHKが、一方で平和を訴えているというのも矛盾を感じるが、それが現代人へのサービスとなっているのだから仕方ないかもしれない。

古代文明や歴史上の物語の残虐性は娯楽として放映し、現代の残虐性は隠蔽してしまう。

交通事故に関しては被害者以外は恩恵を受け、製造関連企業や販売では利益を得ているのだから、目をつぶろうというのかもしれない。

そういう意味では、古代文明と同じ再生のための「いけにえ」と言うべきなのかもしれないが・・・・・




2026年6月17日水曜日

深刻な協力し合える機会の喪失

 赤穂の実家には父が買った田んぼが2枚、畑が1枚かつては有った。

60年近く前ではまだ田植えは手で植えていて、父は本家の田植えの手伝いに行ったし、うちの田植えにも父の親兄弟などが手伝いに来てくれた。

はじめは稲刈りも手刈りをしていたが、バインダーが登場した後でも、脱穀作業には親戚が来て手伝ってくれていた。

それは田んぼでよく見られた風景で、田植えや稲刈りは賑やかなものだった。

今は機械が殆どやってくれるので、ひとりかふたりでやっているのが普通だ。

田んぼが賑やかになる風景はほとんど見られなくなった。

もう、親戚や労働仲間と協力し合って農作業をする機会が無くなってしまった。

ただ、上郡の村では草刈りや溝掃除を協力し合って頻繁に行っている。

草刈りに関しては便利な機械ができたので、いずれそちらにかわるように思われるし、用水路も配管施設に変わるだろう。


農作業以外でも、私の父は元船乗りで自分の100tほどの木造船を持っていて、その兄夫婦も同じような船を所有していた。

それで船の積み荷の上げ下ろしや船体の管理作業には兄弟同士で協力していたようだ。

その関係は父が船を辞めても続き、私は幼い頃にはその作業に連れられていっていた。

憶えているのは伝馬船に乗せられて、父が伯父の船体のペンキ塗りをするのをながめていたことだ。

また、父の弟が内職の仕事をし始めたので、私の母はそのその内職の仕事のとりまとめ役などをうちで行ったりしていた。

最近はそういう内職の仕事も機械化されて、家で内職をしている人はあまり見かけない。

とにかく便利な機械が無かった頃は、親戚や仲間で協力し合って手伝うのが当たり前で、仲良くするために盆正月や祭りは一緒に祝うことが当たり前だった。


それに対して家内の実家は街にあって、農作業をすることも無かった。

もともと、義母の家はミカン農家であったのだが、一時趣味で家庭菜園を夫婦で行ってはいたがあまり長く続かなかった。

それでも、義父は会社を早期退職後に、その義母の実家のミカンの収穫を手伝いに泊まりがけで行ったりもしていた。

農家ではなかった家内の義父の兄弟姉妹関係は希薄であったが、義母の方の兄弟姉妹関係は親しいものであったが、皆遠方に住んでいたので助け合うことは少なかったようだ。

みかんは稲作のように機械化は進まなかったようだが、稲作ほど協力し合って一度に済ませてしまう必要がなかった違いもあったようだ。


確かにまだ職場などでは協力してやらないといけないことが多く残ってはいる。

しかし、家族や親戚、近隣や友達と協力しあう関係が乏しくなってきたと感じる。

そのことで、その関係は希薄となり、それが結局職場の関係にも影響を及ぼしてきているようにも思える。

人間関係の希薄さを補うために、会社で運動会での催しを復活させる動きもあるようだ。

ただ、子育てや介護などの協力関係の基盤は家族・親戚や地域にある。

特に子育ては夫婦にとっても親戚においても協力し合える良い機会になる。

以前のように夫は子どものことを妻に任せきりも問題があったのに、今では学童保育に任せきる夫婦もいる時代になっている。

そして、子どもがいない夫婦が増えて、子育てを通しての協力関係が築けない場合も多い。

かつては、生業や子育て、介護と人間関係は一体化されていたのに、現代は分離されてしまったのだ。

これからは肉体労働だけで無く知的な作業もAIにとって換わられてしまうので、職場の協力関係ももっと希薄になってくるだろう。

人類は協力する力で進化してきたと言われている。

協力し合えなくなった現代日本人が人口を減らしているのは当然の結果と言えるのかもしれない。

沖縄の人口が増えているのはそういう協力し合える社会を維持しているからだと思っている。

その代わり、協力関係を大切にしている移民の人が新たなる日本人を形成してくれるだろう。








2026年6月15日月曜日

ふるさとは近くにあっても忘れ去るもの

 私の父親の兄弟は8人生まれて5人生き残って家族をもった。

亡くなった1人は戦死だったが、後のふたりは子どもの頃に病死、事故死だった。

生き残った5人はひとりを除いて全て赤穂市内に暮らし続けた。

ひとりだけ就職のために遠く名古屋に暮らすことになったが、死ぬまで赤穂に帰りたいと言い続けていた。

母親はふたり姉妹で、その父母はもともと市内の福浦だったが、神戸を経て相生に移り住んでそこで育った。

母は結婚して親戚の多い赤穂に戻り、祖母のいる伯母家族も、その後隣同士で家を建てて赤穂に暮らすようになった。

一方、私の兄弟で赤穂に居を構えたのはひとりだけで、私は隣の上郡に居を構えた。


それに対して、家内の父母は広島県の島に生まれ育ったが、義父の兄弟姉妹は誰ひとり島に残らなかった。

義母の兄弟姉妹も跡取りの長男を除いて島を離れてしまい、娘のひとりだけが隣の島に嫁いで近くに住んでいた。

そういうことで、家内は幼い頃には母親の実家のある島で過ごした経験はあったが、そのうち盆正月にも行かなくなったという。

つまり、私の兄弟の地元を離れる状態が、既に親の世代に起こっていたのがそういう島の現実だったようだ。

逆に言えば私たち兄弟にとっては赤穂のような街も、広島の離島と変わりなくなってしまったということだ。

ただし、義母の生まれ育った島は今は橋で本土と繋がっているので、もう離島とは言えなくなっている。


親の世代では赤穂に暮らしていた父母の兄弟姉妹もその子どもの世代、つまり私のいとこで赤穂に暮らしているのは実質今はひとりだけだ。

というのも、亡くなってしまったり、家は赤穂にあっても、夫の仕事関係で赤穂を離れていたり、単身赴任をしているからだ。

私を含めて赤穂に住み続けていたいという執着心は無くなってしまっていると言って良いかもしれない。

私自身は結婚して子どもが幼稚園に入るまでは、赤穂で親戚の家を借りて住んでいた。

しかし、こどもが喘息とアトピーで健康に良い環境を求めて上郡に家を建てた。

本当は、赤穂に拘りがあって、坂越や有年、福浦あたりの環境に良さそうな場所で探したが、良い土地が見つからなかった。

上郡は赤穂市ではないが、赤穂郡なので赤穂という所に住み続けていることは形として同じである。

そして、その上郡の村も地元に居続けていく跡継ぎがいる家は、半分以下だと思う。


赤穂では大学を出て就職できる企業も少なく、上郡は高卒でも少ない上に、兼業農家をしながら仕事勤めをする人自体いなくなっている。

そして、地元で暮らす魅力が失われてしまっていることが原因だと思う。

私が子どもの頃の赤穂はまだ塩田が残り、繊維産業などの企業の元気だった。

ただ、赤穂の西地区のようにセメント会社などの煤塵などで、うちの子どものように喘息を発症する子どもも増えてきたようだ。

赤穂の中心街でさえ、近年でも工場から出される排煙の臭いをすることもあった。

綺麗な川や海がありながらも、環境は確実に悪化していた。

その点で言うとコウノトリの居続ける私が今住んでいる村の方が、かつて私が生まれ育った鳥撫や尾崎のような魅力が残っている。


一番赤穂の現実を感じたのは、母の葬式だった。

父方の近隣に住む叔父叔母などは少しは来てくれたが、本人の母方親族はひとりもいなかった。

また、近所からの参列者もいなく、ひとりだけ友達が来てくれた。

母が自分の親の方の親戚関係を大切にしていなかったせいでもあるが、コロナの影響とは言え血縁・地縁関係が薄れてしまったことを実感した。

その点で言えば、上郡の方がまだ葬式では以前ほどでは無いにしろ残っていると感じている。

私自身は赤穂は便利で暮らしやすいと思うけど、上郡の村で親しくなった人も多くて、いまさら関わりの疎遠な赤穂に戻りたいとは思わない。

ふるさとはたとえ近くにあっても忘れ去るものとなってしまっている。


2026年6月12日金曜日

祖母の信心と教え

 私の祖母は父方も母方も信心深かった。

母方の祖母は特に神霊的な予兆を信じる人で、その体験をよく話してくれた。

因みにその祖母は私が中学に入るまでは相生にある家からよく母の手伝いに泊まりがけで来てくれていたが、中学に入ってから隣同士で赤穂の新築の家に住んでいた。

一番憶えているのは、祖母の家族は神戸で米屋をやっていたのだが、その倉庫で猫が亡くなっていた。

それを見た祖母は不吉な知らせとしてどうしても店を辞めると言って、その店を番頭さんに譲り渡して相生に引っ越してしまった

ところが、昭和13年(1938年)の集中豪雨で、死者616名、被災家屋は約9万戸にも達する大水害が起き、店も潰れ番頭さんも亡くなったという。

当時私の母は5歳ほどだったので、祖母から聞いて私に話してくれたことである。

猫の死骸を予兆として捉えられたのは、日頃から環境に不安を感じていたかもしれないし、慣れない商売が上手くいってなかったのかもしれない。

ただ、猫の死骸を理由で思い切った実行をしたことが祖母たるゆえんだ。

気の毒なのは番頭さんで祖母の予見を信じていれば、亡くならずに済んでいたわけである。


また、母が私の出産に際しては祖母は仏壇でお祈りをしていたのだが、光が差してきたので「照」のつく名前をつけてほしいと言ったという。

ところが、父方の祖母の方が私に名前をつけるのが優先され、それでも清光として「光」を入れることになった。

因みにその名前の字は弟に継がれた。

父方の祖母も信心深かったので、それなりの人に相談して名前をつけたのだったが、大石内蔵助の愛刀の名前である清光は赤穂では名乗っている人が多い。

結果的に弟の方が良い大学に入り良い会社に勤めたことに関しては、母方祖母の縁起を担いだことは活きたことになる。

それだけ予知能力があるのなら夫の戦死も予知できただろうと思うが、応召された時点で覚悟は決めていたのかもしれない。

戦争は死の予感があろうがなかろうが、国家によって無理強いされる死の宣告に等しいものだったように思える。


信仰深い祖母でお祈りや参拝は欠かさなかったが、それだけで終始していたわけでは無かった。

祖母は以前は煙草を吸っていて、よく「わかば」を店に買いに行かされていた。

後から祖母と一緒に暮らしていた伯母から聞いた話によると、それは結核患者(伯母の夫)の看病をしていて、その感染予防で吸い始めたという。

自分への感染も顧みず献身的に看病をしていたと伯母は言っていた。

煙草か結核感染予防になるというのは当時の迷信で、今は逆効果になることは知られている。

祖母にとってはそういう呪(まじな)いで、結核感染の不安を克服しながら尽くしていたのだと思う。

呪いの効果があってかなかってか、結果的に祖母は結核にも癌にもならずに99歳になって老衰で亡くなったが、伯母は献身的な世話を最後まで尽くしていた。


祖母の忘れられない言葉として憶えているのは、口癖のように言った「偉く ならんで ええ(良い)」である。

自分が高校時代の受験勉強にそれなりに打ち込んでいる時だった。

当時は何を馬鹿なことを言っているのだと思っていた。

普通は大学に入って偉い人になりなさいと言うのが、親や祖父母の言う言葉なのにその逆をずっと言い続けていたからだ。

受験勉強を失敗した者が身近にいたのでその反動かとも思ったし、孫が遠くに離れていって寂しくなるからかとも思っていた。

しかし、自分が親になってその言葉は子どもには言わないけれど、そう思うようになっている。


私は大学教員などの研究職を目指して無理をしてまで大学院に進学した。

しかし、無理な生活は結果的に破綻してしまい、それまで私を支えてくれていた大切な人まで失ってしまった。

その後、あまり無理をせずに教師の道に進んだが、教師になってからはけっこう無理もしてきた。

医者から「あんた 死ぬで」と言われたりもしたが、仕事だけでなく研究職への未練も絶ちきれずにいた。

そのうち、周りの管理職や上を目指した教師などが心臓疾患や膵臓癌などで早死にしていくのを目の当たりにして、無理をしてはいけないことに気がついた。

研究職へつくことも自分には無理を強いることでしか無いと思いほぼ諦めている。

「偉くなる」ことより、自分なりに価値あると思うことを努力していくことが、幸せに繋がると今は思える。

辛い経験の多い波乱に満ちた人生だった祖母は、決してそれを孫には語らなかった。

その代わりに、人の幸せは「偉い人になることでは無い」という言葉を孫に残してくれたのだと思う








2026年6月9日火曜日

自分は生き残っても絶える子孫

 私たち夫婦には子どもはいるが孫がいない。

子どもにはそれなりの事情があるので、孫が欲しいとは言えるものではない。

先日も弟に今度4人目の孫が誕生するとライン連絡があったが、それは幸せなことだと返事した。

羨ましいというよりも、自分の生き方そのものが問われるような気がした。

考えてみれば母方の祖父は、まだ小学生だった娘ふたりを残して戦死した。

しかし、孫が6人もその後生まれて、ひ孫も9人、玄孫はこんど4人目となる。

祖父はその子孫とは一度も会えなかったわけだが、しっかりと自分の遺伝子を残すこととなった。

私は、このままでは自分の遺伝子を絶えさせてしまうことになるが、それと同じくらい哀しいのは祖父として記憶してくれる者が誰もいないということだ。

子どものできなかった人もいっぱいいるわけだし、戦争や事故、災害で子孫を失ってしまった人がいるので、そんなに悲観するべきでは無いのだが。

学歴を積んだり、経済的に不安なく暮らせても、子孫を残すという生物学的な競争では敗者というべきなのかもしれない。


ただ、日本では今の時代は子どもの数がどんどん減っているのだから、そういう人は珍しくも無いだろう。

逆に言えば自分が生き残るだけで精一杯で、子孫を残す余力が無いと言うことかもしれない。

かつては家業を守るために子どもを産むことや、養子をもらってまで子育てを行った。

逆に家業の無かたったり、子どもを養いきれない貧しい人は、子どもをお金に換えることも行ってきた。

現代の日本人の多くは残せる家業を持っていないだろうし、子どもにかかる教育費の見返りなどは期待することはできない。

戦死した祖父は家業が継ぐほどでも無かったので、職業軍人となった。

いったん退役後は祖母と米屋を開いたりしたが辞めて、賃金労働者になったが応召されてしまった。

戦死した後は、祖母は遺族年金と会社勤めで貧しい生活ながらも娘ふたりを育てあげることができた。

現代では離婚しても親が単身で子どもを育て上げることは珍しくなくなっているが、Youtubeなどでは食事もまともにできないと訴えられてもいる。

亡くなった母も子どもの頃の貧しかった生活のことをよく話していたが、姉妹だけでパンを焼いて売った経験も話していた。

貧しい者でもたくましく生きていける場そのものが、現代日本社会には無いのかもしれない。

ただ、皇族を筆頭として、後継者の問題は単に貧富の差の問題では無い。


以前読んだ狩猟採集民の生活に関する本の中で、自分の妻が不貞で産んだ子どもを怒りながらもしっかりと育て上げる話が載っていた。

その子どもは同じバンドの仲間となって、これから自分や仲間を助けてくれることにもなるからだ。

今の日本では血が繋がっている子どもでも、親の助けになることは期待できない。

ましてや親戚や地域の人の助けになることなど求められてもいず、学校では自己実現をしなさいと教えられてきた。

血が繋がって無くても子どもを育てることに価値がある社会と、血が繋がっていても自分や子育てに関わる人にとっては価値を失う社会の違いだろう。

血縁や地縁で助け合えない社会は自分が生き残るのが精一杯で、子孫を残していくことなど考えられなくなった社会なのかもしれない。

孫の顔を見られなかったが祖父の戦死はこれからも命をつないでいくが、私は長寿を全うしたとしても生命はつなげそうにないというのが皮肉な現実である。







2026年6月7日日曜日

高市人気のTRICK

 以前に私は「親米日王・高市総理」で「卑弥呼は鬼道をもって衆を惑わしたというが、かつての占いや呪術は現代のマスメディア映像やSNSというべきかもしれない。」と書いた。

今その呪術の正体が明らかにされようとしている。

他候補を中傷する動画の作成に関わったとする週刊文春の報道が参院予算委員会で大きく取り上げられて、高市総理は秘書の関与を否定し続けている。

動画作成者と秘書のやりとりのzoomの証拠で秘書本人とは違うというのなら、ちゃんと声紋鑑定をしたら良いし、秘書の証人喚問にも応じれば良い。

もし、秘書を通じて他候補への中傷がなされて、それによって自民党で総裁になり、衆議院選挙で大勝したのなら、その力となった中傷動画の持つ意味は大きい。


かつてテレビ朝日系列放送でTRICKというテレビドラマがあった。

この番組は劇場映画も作られて、2000年~2014年まで人気を博した。

この番組は「人間が引き起こす"超常現象"の種を暴く」というのがコンセプトだが、私のような民俗学や文化人類学を研究した者にとっては、ネタがばれている感じもした。

主演の仲間由紀恵が沖縄出身と言うこともあって、琉球諸島のノロやユタがモデルになっている作品もあったが、地元でどう受け止められているか気にはなった。

とにかく、魔術や呪術として怖れられているものも、種を明かせばトリックに過ぎないといいながら、完全には否定しきっていないのが面白い。

最近は心理学や宗教学、文化人類学では認知宗教学や宗教認知科学として、なぜ人はそういう超常現象を体験するかを分析している。

私は高市総理をシャーマン的要素のある卑弥呼に譬えたが、それはSNSマジックの誇張に過ぎなかった。

(日本の)教祖のシャーマン性ゆえに多くの信奉者を集めたという理解は、宗教社会学的観点からも妥当ではないし、認知宗教学の立場からしても同様であるという。*1

高市総理本人はシャーマン性が無くても、周りがその要素を駆使すれば教祖的存在やカリスマになれる。

その高市氏のカリスマ性を支えたのは秘書が中傷SNSを依頼したマジックであったし、トリックでもあったと言えるかもしれない。


何よりも高市氏が頼りにしているトランプ本人がSNSで、中傷発言を繰り返していることにも通じるが一線を画している。

日本では上に立つ者はそういう中傷誹謗行為を行うことを嫌うので、代わりに周りが忖度してやってくれたとも言える。

それが秘書となれば、共謀とまで言わなくても連帯責任はま逃れないだろう。

昨日は前首相の石破氏まで事実究明を訴えたことが報道されたが、今の高市一強支配の自民党にとっては重大な問題だ。

ただ、今の時点で言えるのは、高市人気の裏には関与したかしないかに関係なく、他候補への中傷動画があったということであり、それがTRICKであったということだ。


*1  井上順孝『認知宗教学から見る現代宗教』  2025 法蔵館


2026年6月3日水曜日

哀愁のラブソング(恋歌)とララバイ(子守唄)

 日頃耳にする歌はラブソングが多い。

自然の中で鳴く鳥や動物、昆虫の殆どが求愛と結びついている。

近所で見かけるコウノトリは鳴かないが、クラッタリングといって頭を上下に振りながらクチバシをカタカタ鳴らしているのを見かける。

コウノトリは声帯が退化して鳴けないそうだ。

ただ、ちょうど今巣にいる雛は餌をねだるのにかすれた声で鳴くのだそうだが、鉄塔の上にいてよく聞こえない。

猫は「ニャー」と言う鳴き声は子猫の時のままの声だそうで、求愛の時の声は絞り出すような妙な声である。

犬に関しては遠吠えと威嚇の鳴き声はまるで違うし、餌をねだる時などの甘えた声も違う。

猫の求愛の鳴き声や犬の遠吠えが求愛の歌に近いのかもしれない。

そういえば、猫の求愛の鳴き声は悲哀を、犬の遠吠えは哀愁を帯びている。

鳥などの鳴き声はどちらかというと、求愛と縄張りの主張があるので、明るいのかもしれない。


人もラブソングは多いのだが、明るく愛を求めるというより、失恋や未練の気持ちを歌った歌が多い。

確かに、美しい声を出したり、迫力のある声で異性にアピールできる歌もあるが、実際に目の前にいるひとりの異性に対して歌うのは哀愁を帯びた歌だろう。

異性を口説くのに歌う歌が、失恋ソングだというのもおかしな話だが、「失恋して淋しい気持ちだから、愛が欲しい」という下心のラブソングと言えるのかもしれない。

実は昔の恋人も私の歌ってあげたオフコースの「さよなら」をよく憶えていた。

これはある意味で、「互いに強がっていたら、本当に別れてしまうことになるのだよ」という脅しのラブソングでもある。

こういう別れのラブソングで一番好きなのは奄美の「行いきゅんにゃ加那」だが、この歌はなかなか練習してもうまく歌えないので女性には歌えない。

対面で歌うのはとにかく明るく求愛する歌よりも、切ない気持ちを表現したラブソングの方が多いようだ。

これは多くのファンを惹きつけようとする明るい歌と違うところでもある。


それに対して子守唄はゆったりとした曲調が世界共通だという。

人は赤ん坊を舐めたりはしないが、キスや頬ずりをしたり、手でやさしく撫でてあげたりして、何よりも子守唄を歌ってあげるのが、人類共通の特徴だそうだ。

普段マスメディアやネットでかかっている歌に子守唄は殆ど無いが、私はYoutubeで「竹田の子守唄」を聴いたりギター片手に歌ったりする。

実際に自分の親や自分が歌ってきたのは「江戸子守唄」という「ねんねんころりよ」の歌い出しの歌である。

ネットで子守唄を調べてみると「五木の子守歌」が放送禁止ないし、自主規制と言うことだという。

普通の人は歌詞に出てくる「勧進(かんじん)」が乞食だと分からないのだが、自分を卑下していることは伝わってくる。

どうしても、子守をするのは貧しい家の娘というイメージがついて回るが、私が村落調査していた奄美ではかつては違っていた。

無理矢理させられるのでは無くて、少し大きくなった娘は自分から頼んで子守をさせてもらっていたようだ。

それは自分が子どもを産んだ時の練習であり、子どもをあやすのが上手いと評判が良くなるからだと思う。


どうしても、子守唄は本土では恨み節的になっているが、沖縄の「童神」のように子どもを大切に思う気持ちの歌もある。

琉球時代で遊郭の女性は生まれた子どもは、本土とは違い仲間で育てていたということからも、子どもを大切にしていたことが分かる。

ただ、人頭税が厳しかった先島や黒糖支配の厳しかった奄美では様相はかなり違っていたようだ。

子守唄は本来は親が子どもを寝かしつけたりする時に歌ってきたもので直接聴かされるべきもので、スピーカーから流れるものでは無かったということだ。

恨み節の子守唄は子守をする人の心情が歌われていて、赤ん坊のための意味が伝わってこないが、歌としては心を動かされる。

それに対してビートルズは明るい子守唄を作っており、私が大好きな曲は「Good Night」だ。

私の親も私も子どもに聴かせる「ねんねんころりよ」は明るく歌っていた。

親が子どもを寝かしつける時の子守歌は哀愁は帯びていないと思う。

ただ、少子化の現代日本では子守唄を対面で歌わずに一生を終える人が多くなってしまったことも現実だろう。




2026年6月1日月曜日

空調服と帽子は破綻気候のマストアイテム

 今の時代、若い人は帽子を被りたがらない。

特に、髪を長くしている人は嫌がる。

農作業していてたまに帽子を被っていないのを見かけるのは、そういう若手の男性だ。

しかし、それ以外の人で帽子を被らない人はまずいない。

女性は帽子に加えて、日よけの布を顔に巻いたりしている。

帽子は日よけであると同時に汗止めであり、額から流れる汗は放っておくと目に入って痛い。

どうしてもヘルメットを被る必要がある人も、ヘルメットにつばをつけたりしている。

私は暑くなってきたので犬との散歩にはアルミで編んだ帽子を被り、農作業では麦わら帽子か竹笠を被っている。

そして、サングラスは村の人は人相が悪くなるので嫌がるのだが、晴れている日は白内障予防のため必ずかけている。

寒い季節や涼しくなるとキャップになるが、夏場でもどうしても風の強い日は被るがやはり帽子に比べて暑い。

そして、私は帽子の下には必ずフェイスカバーをしていて鼻と口は出している。

フェイスカバーの目的は音楽を聴くためのネックフォンが直に首筋につかないためだが、不必要な日焼けを防ぐのにも役に立っている。

以前は暑さ対策として薄手の作業服と帽子ぐらいで済んでいた。

ところが、これだけ酷暑が続くと、散歩や農作業にはそれだけでは身体が持たない。

どちらにも空調服が必要となる。


空調服は非常に高価で、良いものはセットで全部そろえると1万円から2万円する。

そういう出費を避けたいのなら、早朝と夕方に外での散歩や作業を済ませば良い。

以前は暑さを避けてそういう時間帯に散歩と農作業をしていたのだが、最大の問題は虫刺されである。

涼しい時間帯は虫も元気で油断するとすぐに刺されるので、防虫ネットや防虫スプレーが欠かせない。

帽子などに鬼ヤンマのイミテーションをつけると少しは効果はあるが、それほど安心できるものでもない。

顔に防虫ネットをして作業するのはけっこう息苦しくて暑い。

そして何よりも、私は糖尿病の関係で食後の運動をしっかりとする必要がある。

早朝も夕方も食事前となるので、食後の運動にならないのだ。

それで、空調服は必需品となっているが、村の人も早朝や夕方遅く農作業をしている人はほとんどいない。

農業経営をしている大規模農家はそういう時間帯に作業をしているが、普通の農家は身についた勤めの時間帯で作業をする。


最近は道路関連や建築関連の現場での作業で空調服を着けていない人を見つける方が難しくなっている。

なのに村で空調服を常備使用している人は私以外にほとんどいない。

子どもに買ってもらって持っているという年配の人も使っていない。

空調服はちゃんと下に着るアンダーウェアーが重要で、そういう人の普段着ている木綿の下着では効果があまりない。

そして、作業服へのファンの着脱がけっこう面倒だし、こまめに充電をしておかねばならない。

また、高価なのだけれど、何年も使い続けると風力が落ちてしまって、それほど涼しくなくなるので買い換える必要もある。

何よりも昼間の炎天下では熱風が入ってくるので自分の汗だけでは対処できない。

そんな時は前もって保冷剤を凍らせておいて、それをつけるベストを中に着込まねばならない。

保冷剤を使わなくて済むようにペルチェベストも買ったが、炎天下での使用には耐えられなかった。

他にも水に浸したりしたベストを中に着込んだり、冷感スプレーをアンダーウェアーにかけたりもしたが、結局は凍結した保冷剤が一番効果があった。

水冷服に関しては、装備が重いので私のように力仕事をよくする者には適さないと思い買わなかったが、主に機械で作業していいる人には良いと思う。

レビューなどを見ると、背中に水滴がついたりして、長時間つけるとかゆみが出るというので、まだまだ農作業には向かないと思った。

ペルチェベストは、空調服との併用は無理で外での仕事には限界があり、エアコンが効いていない屋内で使うのが良いと思う。



近所の人には空調服も着ずに炎天下で農作業をしていて身体を壊してしまって、今は夏場は日中は殆ど農作業をせず家に籠もっている人もいる。

私の父は炎天下での畑仕事で脳梗塞を悪化させてそれが原因で亡くなった。

だから、夏場での散歩や作業は命に関わる危険な行動という意識を持っている。

自分の命や健康を守るためであれば少々の出費は苦にはならない。

普通の人ならそこまでして散歩や農作業をする必要があるのかと思うかもしれない。

それだけの金を余分に使うなら農作物もいっぱい買えると思うだろう。

だけど、私の作る農作物は有機農法でつくった安全で栄養の高いものである。

そして食糧危機に備えた農業への取り組みでもある。

いわばそういう危機に備えた防御服だと空調服を考えれば良いと思う。

家の中では積極的にエアコンを使うように呼びかけられている。

それと同じように、外での仕事や移動ではできるだけ帽子を被り、積極的に空調服や水冷服、ペルチェベストを使うべきだろう。

それだけ現代の暑さは危機的な状況なのだという意識を持つべき時代になったのだと思う。

2026年5月30日土曜日

裸足のままで過ごす夏

 「たこ(Callus)を失う現代人」で少し触れた裸足に関して、考えてみれば日本人は裸足での暮らしが根付いていると思った。

スポーツにしても武道以外に裸足で行うのは、キックボクシングを除いて水泳ぐらいである。

ただ、武道でも弓道は白足袋を履くそうで、道場は神聖な場所なので汚さないという理由があるそうだ。

そうすると、剣道や柔道、空手、相撲の道場は神聖さが弓道よりも求められていないということになるが、それはおかしい。

私は弓道ではそれほど足の踏ん張りや、さばきが要求されていないので、裸足でやる必要が無いのではないかと思う。

一方同じ格闘技であるボクシングやレスリングではしっかりとシューズを履いている。

その違いはすり足をするかどうかのように思える。

日本の武道は弓道を含めてすり足が基本のようで、私は小学生から習っていた剣道では大学での練習まですり足での足さばきの練習があった。


一方、欧米では公式の場では裸足はどうも嫌われるようで、国際水泳大会でも選手は靴をプールサイドでも履いている。

私は水泳の県大会などで審判をすることが多かったが、水を被るのに靴を履くように求められるようになった。

それまでは平気でサンダルを使っていた。

それに対して、東南アジアの人たちはサンダルを使うのが普通で、Youtubeでもたいていはサンダルを履いている。

また、近所の工場で働いている東南アジアからの来た若者も、サンダルを履いて自転車に乗って通勤している。

買い物で見かける時もたいていはサンダル履きである。

日本の夏は東南アジアと変わらない気候なのでサンダルが適していると思う。

ただ、冬場はさすがに欧米以上に寒くなるので、靴下や靴などが必要だ。


ただ、裸足での武道を長くしていたものの悩みもある。

すり足が身についてしまっているので、どうしてもサンダルや靴では床をこすって音を立ててしまう。

それを一緒に歩いている家内から注意されてしまう。

私はゴルフをしないので良いのだが、武道を普段している人がゴルフ場でシューズをすって歩いて芝生を痛めると注意されるそうだ。

私の場合はショッピングモールなどで、床の滑りが悪いところでは平坦なのにたまに躓いてしまう。

本来ならゴム底の靴やサンダルでなくて、草鞋や雪駄のような藁や竹、皮の底が良いが、服装としては不似合いだ。

また、学生時代によく履いていた下駄のように木が良いのだが、それは却って滑って転んだりする。

それでも、夏場は散歩に出る時以外は裸足で履ける布編み靴やサンダルを使っている。

一番の目的は水虫対策である。

私は温水プールで水虫をうつされたようで、いつも冬場に悩まされている。

それは、冬場は寒いのでさすがに裸足で履き物を履けないので、靴下をはいて靴を履く時間が長くなるからだ。

かつて教壇に立っていた時は、靴下ははいていたがスリッパやサンダルが夏場は普通だったが、さすがに冬場は靴を履いていたので完治しなかった。


今年は裸足の足が目立たないように、粗い目の編んだスポーツサンダルを通販で買ったので、ドライブや買い物でいつも使えるようになった。

以前から布製の編み靴を使ってはいたが、底が薄くて歩きづらく、そして熱が籠もって通気性も良くなかった。

サンダルはスポーツタイプや竹製の表のものなどを何足か持っているが、外出の際は履きづらかった。

実は親指の爪が少し茶色に変色していたので、それを見られるのが嫌だったのだ。

その爪も新しい編みスポーツサンダルでは隠れるので、これからの夏場は散歩や農作業以外は裸足で過ごすことができるようになった。




2026年5月28日木曜日

たこ(Callus)を失う現代人

 今、私はアコギ(フォークギター)の練習をしていて、指先が痛いのを我慢している。

しばらくアコギを弾いていなかったので、指先のたこは消えてしまっていた。

たこが無い状態で弦を押さえると痛いのを我慢し続けなくてはならない。

たこができるまでの辛抱なのだが、それまでは風呂に入って指先がしみたりする。

できれば、指先だけで無く、人差し指の関節あたりもできたら、バレーコードの音が綺麗にならせる。

とにかく、私は左指にはしっかりとたこを作らねば、ちゃんとしたアコギの演奏が出来ない。


以前は、剣道で手のひらにたこを作っていた。

最近は学校の授業では、わざと小手をはめて竹刀を振らせて、痛くないようにしているようだ。

竹刀の素振りは必ず皮で覆われた柄(つか)を絞るようにして振りを止める。

一番重要なのは、左手の薬指と小指の根元で、そこにたこがあると上手い剣士と言うことになる。

初心者は左手だけで無く右手などの人差し指の根元に出来るが、私も習い始めの頃はたこになる前に剥けてしまって痛かった。

また、板間で裸足のすり足をするために足の裏にもたこができた方が楽になった。

剣道も上達するにはたこが必要だったのだ。

ただ、これは油拭きの体育館で練習したせいもあって、剣道専用の板間の道場ではそんなに酷いことにはならなかったはずだった。

因みに、小学生の頃は運動場で裸足で剣道の練習やランニング、相撲、徒競走をしていたので、運動場のように石ころが落ちていないところでは平気だった。


ところで、沖縄奄美では戦後しばらくまで裸足で街でも歩くことが普通だったようで、当然地方では舗装されていない道を裸足で歩いていたようだ。

農作業や山仕事でも裸足だった人もいて、与路島で以前聞いたところによれば、そういう人はしっかりと足の裏にたこに覆われていたそうだ。

だから、重い荷物を持って歩くと、そのたこに覆われた足の裏が割れてしまったそうだ。

因みに、40年ほど前でも農作業をする時に裸足でして、自宅との行き帰りも裸足の人も見かけた。

とにかく、本土でもかつては裸足での生活は普通だったように思える。

さすがに旅など遠くに出かける時や磯辺などは、草鞋や草履が必要となったのだろう。

その当時の与路島でも磯辺で魚を捕る時には半分サイズの草履をオッショー(お爺さん)は履いていた。

現代人は裸足で直接地面に触れることはないので、剣道などをする人以外は足の裏にたこは無いだろう。


こういう肉体労働やスポーツ以外でたこができるのはギターなどの楽器を使う以外に、ペンだこがあった。

私は筆圧が高くて、鉛筆やペンシル、ボールペンを強く握っていたために、大きなペンだこが右手の中指に出来て、今もその名残がある。

ところが、最近は滅多にそういう筆記用具を使うこと無く、ひたすらキーボードをたたいている。

キーボードを叩くのも、こういう文章を書く時だけで、普段はマウス程度で済んでいる。

このごろは中学校や高校でもタブレットを使うようになったし、試験もマークシートが増えてきた。

また、文字入力も音声によって簡単にできるようになっている。

もう、ペンだことは無縁だと思う。


そして、何よりもギターもエアロバンドギターが出現して、固い弦を抑えなくてもはめ込まれたシリコンに触れるだけでよいデジタルギターが出現している。

私はその楽器を使ったらピアノの音も出せるので、是非欲しいと思っている。

このギターはまだチョーキングが出来ないので、それが出来るようになれば、アコギやエレキギターよりも魅力が出てくるだろう。

それでも、私はアコギの深い音色の方に魅力を感じている。

長年連れ添ったアコギは安物だったが、そのギターなりの音色を持ち続けてくれている。

だから、たこをしっかりと拵えて頑張って引き続けようと思っている。

たこを失う現代人になることへのささやかな抵抗でもある。



2026年5月25日月曜日

癒やしのおしゃべり

 子どもの頃に母親と一緒に買い物に行って、母親が知った人に会っておしゃべりが始まると、なかなか止まなくて、退屈して嫌だったのを憶えている。

今は一緒に散歩している我が家の犬のクロが同じ立場になっているのが皮肉だ。

おしゃべりは女性の特権だと思うが、男でもけっこうおしゃべりが好きな人も多い。

近所の退職後畑いじり程度の70歳代半ばの男性は、耳が遠いので大きな声で知り合いとおしゃべりをしている。

その人の家には、その人を慕って知り合いがよく来るので、庭先や倉庫の軒下などで椅子に座っておしゃべりをよくしている。

私は長いおしゃべりは苦手なので、その人と話をする時は立ち話をすることが多い。

立ち話でもその人と話をし始めると長くなってしまう。


家内は買い物に行って帰りが遅いなと思ったら、たいていはスーパーで偶然会った知り合いとおしゃべりが長くなったと言っている。

ただ、亡くなった家内の母親のような長電話はしない。

私はどちらかというと、以前は彼女や恋人と長電話のおしゃべりをする方であったが、メールがそれに変わっていった。

家内とは家でもドライブでもおしゃべりをして、疲れてしまうこともたまにある。

元々地歴公民科の教師で、授業中は喋ることが中心だったので、おしゃべりが身についてしまったこともある。

なにせ、面白い話をしないと、生徒は眠ってしまうから、なんとか聴いてもらえるように工夫した。

だから、今でも初めて会った人でも、話をするのには困らない。

ただ、プールでは泳ぐことが目的でちゃんとメニューを組んで泳ぐ距離をこなしているので、おしゃべりはあまりしない。

しかし、水中歩行に来ているお婆さんは喋るのが目的の人が多いし、泳ぎ目的の男性でもおしゃべりが好きな人もたまにいる。

そういう人は泳ぎから歩きに替えて、監視員さんやお婆さんと長話をしている。


私は散歩の途中で、知り合いと立ち話をして楽しむこともたまにある。

ただ、散歩にはペット犬のクロを連れているので、クロが退屈して紐を引っ張ったりする。

先日は、土曜の朝に散歩している時に、制服を着た女子高校生が後ろから歩いてきた。

大きな道路渡る時に車が通り過ぎるのを待っていると、その女子高生も少し後ろで待っている。

渡ってしばらくしても後ろを歩いているので、つい「どこの高校ですか」と聞いてしまった。

すると、私が以前勤めていた赤穂高校だという。

制服がこの1年生から変更されていたので分からなかったのだ。

これから弟の運動会に小学校に向かうところだという。

それでこの女子高生が知り合いのおじいさんの孫だということが分かった。


以前に女子高生のおじいさんとは私が赤穂高校で教師として働いていたことを話していた。

女子高生のお父さんもおばさんも赤穂高校出身で、孫もこんど赤穂高校を目指していると聞いていたのだ。

その可愛らしい女子高生は赤穂高校に入学して、今日は吹奏楽部の練習の前に弟の演技を見に行くが、おじいさんは先に行っているという。

その孫娘の女子高生とは吹奏楽の話や、文化祭でのクラス対抗のコーラスの話などをして、短い時間だが楽しく過ごせた。

自分が現役で教師をしていた時と同じ感覚に戻って、女子高生と話ができたのがとても嬉しくてしばらくはその余韻に浸っていた。

もう一度教壇に立てばまた、こういう若い人と話ができることができるのだとは思うのだが、今の現場は自分には煩雑になりすぎて非常勤でも戻る気にはなれない。

こうして、知り合いの孫娘さんと話をして楽しむしかないようだ。


大切なのは若い人の家族や親戚とちゃんと話ができていると言うことだ。

近所にも私が勤めていた高校に通っている女子高生はいるのだが、その父母と話すことが無いので、その女子高生とも話をすることは無い。

共通の知り合いが無くても話ができるのは、プールで一緒に泳ぐことになった水泳選手である。

水泳のことや学校のことを少しだけおしゃべりしたりする。

水泳以外でも、文化祭でステージに立ってバンド活動をした時は、同じように出演した高校生ともまるで仲間であるかのように挨拶したり話ができた。

農作業をしている人とも、老若男女を問わず、散歩の折などで作物を通しての話ができる。

ちょっとしたおしゃべりがその一日を明るく感じさせてくれている。

近くに住む一人暮らしの高齢男性も、おしゃべりをしに近所を回っている。

かつて狩猟採集民はそれほど狩猟採集に時間をかけることは無く、多くの時間を仲間とのおしゃべりに費やしていたという。

人は何万年もの前からおしゃべりが大切な過ごし方になっているようだ。

おしゃべりは孤独を忘れることができる癒やしの薬でもある。

ただし、授業中での勝手なおしゃべりは、教師には毒であった・・・・・


2026年5月23日土曜日

音楽を孤独を癒やす薬に

 私の父は、私がロックバンド活動にのめり込んで、受験勉強をまともにしなくて失敗したと、バンド活動をずっと否定し続けた。

その父も、子どもが独立して家から離れてからは、民謡やカラオケに母と熱心に取り組んでいて、ずっと叱られていた私には矛盾を感じるところもあった。

ただ、自分もそういう歳になって分かるのだが、子どもの手がかからなくなるとどうしても淋しくなるので、その気持ちを癒やすのに音楽が必要だ。

父は中等学校を無理矢理に父親から家業をやらせるために中退させられた。

それまでは卓球部に入って熱心に練習していたという。

だから、大学受験のための競争に晒される孤独を知らない。

私が中学3年からギターを始めて、バンド活動にのめり込んでいったのは、勉強をサボることよりも、それによって心の救いを求めていたのだと今は思える。

中高一貫の私立の男子校の生徒にとって、運動・文化クラブで励むか自由な音楽活動を楽しむかくらいしか勉強から気持ちを解放されることが無かった。

音楽はひとりで気持ちよく聴くことも多いが、ユニットやバンドのなどのように気の合った仲間と一緒に楽しむことができる。

私は親友と呼べる友達をそのバンド活動から得られたし、ステージなどを通して新しい友達を得ることもできた。


実は、当時でも既に上級生が在籍中に自殺しており、卒業後に自殺したり、精神疾患となったりした例をいくつか知っている。

現在の中学高校生に自殺が増えたのも、当時の自分たちの状況に似ているように思えてならない。

当時はまだ高卒でも良い就職があったし管理職へ昇進できていたので、無理して大学へ行く必要は無かったが、あえて受験中心の私学に入った。

今は、高卒で現業ならそれなりの良い仕事も有るが、管理職への昇進コースにはなかなか進めないので、無理して大学に入ろうとする生徒が多い。

私たちが学生の頃に比べて就職はしやすくなっていても、将来性のある企業に入ったり、個人としての能力を持つ必要が重要となっている。

だから、親は子どものことを考えて、受験勉強に勝ち抜くための支援を行ったり叱咤激励するのだと思う。

しかし、それは一方で子どもにとっては大きな負担となり、場合によって自殺に繋がってしまう。


私が何とかそういう環境でも、生き抜いて来られたのは、音楽があったからだと今は思えるようになっている。

そもそも、音楽は人間にとって古来から癒やしとして、治療にも用いられてきたのだ。

ただ、音楽で進学をしようとしたり、それを職業としようとするものにとっては、癒やしとはならないだろう。

当時はプロのミュージシャンになりたかったが、そのためのレッスンやトレーニングは私は行わなかった。

あくまで、自由なバンド活動の延長でプロになれれば良いと思っていた。

しかし、プロの世界はそんなに甘くは無く実現できなかったが、それはそれで楽しみを残すことができたので良かったと思う。

家内は幼い頃からピアノを習ってきたのに、今は殆ど弾こうともしない。

ピアノ発表会に向けての練習が、私たちの試験勉強とかわりが無かったのだろうと思う。

娘もそういう練習をしてきたので、今はピアノに触れようとしない。


音楽は楽しみながら聴いたり、演奏してこそ癒やしとして薬になる。

一緒にバンドを組んだある若いピアノマンは、ステージに立つとあまりにも緊張するので非常に精神的負担で、一度はドタキャンしたこともあると言っていた。

私もステージに立つ前は胃が痛くなるほど緊張するが、ステージに立つと楽しめるので、またステージに立ちたくなる。

これは癒やしでは無くて、ドーパミンという脳内麻薬の陶酔だろうと思う。

今は、そういうドーパミンを求める音楽では無くて、孤独を癒やすための演奏をしているだけだ。

今は一緒に演奏する仲間はいないが、これから積極的に作っていこうと思っている。

もし、学生・生徒の中で死にたくなるほど追い詰められている人の中には、音楽そのものやそれを通した仲間によって救われる人もいると思う。

ぜひ、試してほしいと思う。




2026年5月20日水曜日

高市総理の笑顔の破壊力

 今日(5/20)の党首討論で中道改革連合の小川淳也代表は高市総理に対して


「その破壊力のある笑顔で各国首脳と渡り合ってこられたんだろうなと、改めて敬意を評したい」


と呼びかけたという。

私はテレビを見ていなかったのだが、ネットのニュースで書かれてあった。

以前から家内は高市総理の笑顔は目が笑っていないとずっと言っていた。

確かに言われてみれば、彼女の笑顔は魅力的でもあるが、どこか人を不安にさせる笑顔でもあり、小川代表が破壊力と表現したのも分かるような気がする。

中国の習近平が無表情であるのとは対照的ではあるが、表情を政治利用していることは共通しているだろう。


私は中学校から地元の赤穂を離れて、姫路の中高一貫の私立の中学部に通った。

周りの同級生は姫路やそれ以東の都市部出身者が多かった。

姫路以西の出身者も私のように田舎育ちで山野を駆け巡っていた生徒はほとんどいなかった。

そういう自分にとって異質な生徒が殆どの教室で、自分を守る方法が笑顔であり、いつもニコニコしていたので、「ニコニコ先生」と言われたりもした。

田舎ではガキ大将だったのだが、都会に出るとまるっきし意気地が無かったが、そのうちに慣れてきて笑顔は必要でなくなった。


高市氏が総理になる前はどんな雰囲気だったのかよく知らないが、総理になってから確かに笑顔が増えたように感じる。

周りに気後れしたりしているわけでは無いだろうが、自分を守る武器としてうまく使っているようにも思える。

だから、どうしても目が笑わってないので、不安にさせることもあるように思える。

これが外交で通用するのかどうか分からないが、少なくともトランプには気に入られているようだ。

私も無骨いながら年上の女性などから笑顔が可愛いと言われたりしたのだが、普段の険しい顔とは違う意外性が受けたのかもしれない。

そういう意味で、タカ派として警戒されている高市氏にとっての笑顔も意外性として若者の気持ちも掴んでいるのだろう。


自分自身は笑顔に関しては警戒心を持っている。

特に買い物に出かけて、店員に笑顔で話しかけられると身構えてしまう。

また、街角での勧誘や布教で笑顔が用いられているが、どうしても無表情で対応してしまっている。

それに対して、幼い子どもには思わず笑みがこぼれてしまう。

最近はどういうわけか、幼い子どもに挨拶されたり、手を振ってもらったりする機会が増えた。

自然と笑みが浮かんでいるので、親しみを感じてくれているのかもしれない。


前の総理の石破氏は普段は顔が恐いと言われていた。

特に目が据わっている感じがしたのでそう感じたのだと思う。

ところが、たまに笑顔で話せると親しみを感じさせることが多く、不安を与えるものではなかった。

そこらへんが人間性の違いなのかもしれないが、高市氏の笑顔に騙されて多くの若者が投票して現在生活が苦しくなっている。

高市氏がやらなくても同じだったと言われるかもしれないが、中国との関係悪化はイラン戦争と並んで大きな痛手だとも思える。

また、トランプに媚びることで、日本人としての誇りも失わせてしまった罪は重い。

彼女の笑顔は平和憲法や経済を崩壊させる破壊力を持っているのかもしれない。




2026年5月19日火曜日

歌はいつまでも忘れない

 NHK番組、知的探求フロンティア タモリ・山中伸弥の!?「人はなぜ音楽を愛するのか?」で認知症の老人が若い頃の歌はしっかり憶えていることが紹介された。

これは音楽知覚認知学のエリザベス・ヘルムス・マーギュリスの 『音楽心理学ことはじめ―音楽とこころの科学』(福村出版 2022年)にその理由が書かれてある


 認知症が記憶システムを深く崩壊させたときにも、複数の脳部位と経路に音楽が定着してしまうことが、音楽の記憶が生き残るのを助けます。数多くの臨床観察で、認知症患者が病気の進んだ段階に移行したときでも、青年期の音楽を覚えており、楽しむことができることが示唆されています。さらに重い認知障害のある人々でも、選曲された音楽のうち感情的に共鳴した曲を識別し続けることができます。こうした成功した音楽の記憶のエピソードによって、その経験の直後や最中に、音楽に関連しない課題の認知的機能を改善できると主張する人もいます[前掲書:47-48]。


音楽が心の中に生き続ける理由が分かると思う。

私は現在完全退職して、農作業を中心にウォーキング、水泳、読書、音楽などを中心に暮らしている。

どれも欠かせない日課だが、現役の時以上に大切なのが音楽だ。

今まではヤマハのカラホーダイを使ってひとりカラオケやひとり弾き語りをしていた。

最近始めたのが以前にも書いたハーモニカだが、ハーモニカを練習しているとギターの方も頑張ろうと思い出した。

長年、アマチュアバンドのボーカルをしていたので、やはりギターでの弾き語りが自分の本領だと思っている。

ハーモニカも加えた弾き語りができるようになりたいと励んでいる。

こうして音楽に取り組んでいると、中学生の頃から育んできた音楽への情熱が蘇ってくる。

その頃に歌っていた歌を自分なりに今歌うと、当時の感情も蘇ってくる。

歌は他の人に聴いてもらうものだけで無く、自分自身に聴かせて心豊かにさせるもので、独り言よりも自然に感じる。


私は恋人ができたり、結婚してこどもができると、音楽には疎遠になってしまうことが多かった。

でも、失恋したり、子育てが落ち着くと音楽にまた立ち戻っていた。

退職して人との関わりが乏しくなると、それを埋めるのに今は音楽が大切な存在となっている。

昔を思い出すためであり、今の孤独を忘れるために音楽は無くてはならないものになっている。

亡くなった母もデイサービスや入所施設で一番楽しみにしていたのが歌を歌うことだった。

歌が好きで得意だったから、そういうところでも楽しく過ごせたようだった。

ただ、困ったことは通院に付き添っている時に、病院の待合所で歌を口ずさんでしまうことだった。

待つ時間が長くて退屈してしまい、他の人が大勢いるのに小さい声ではあるが歌ってしまっていた。

さすがに、迷惑になるので止めてもらったが、それほど歌が母には無くてはならないものだった。


私もその子どもであるので、おそらくこれからどこへ行っても歌は忘れないだろう。

呆けてきたら母のように、周りの人に関わらず歌ってしまうかもしれない。

今でも家内とドライブをしている時に窓を開けたまま、かけている音楽に合わせて歌っている。

特に停車している時は、家内が人に聞かれるから窓を閉めるように促す。

仕方ないので、いったん窓は閉めるが、走り出すと窓を開けて気分良く歌うのがお決まりのドライブだ。

このときは家内に無理矢理聴かせているわけだが、たまに家内も歌っていたりする。

実は家内は幼い頃からピアノを練習しているので、私よりも音感に優れていて、間違いをよく指摘される。

何よりも同じ世代なので、知っていて好きな曲が共通しているのが良い。


先日は水泳仲間の画家さんと話をしていて、彼が学生時代にバンドでベースをしていてかなりの腕前だと分かった。

それを知ってから、セッションできるようにギターも上達しようと決心した。

他にもプールで一緒になる近所の奥さんもハーモニカを練習していて、その話題で話ができている。

音楽は退職した者の世界を広げてくれる大切なものだと最近特に感じている。







2026年5月16日土曜日

開業医と公務員の老後の違い

 はじめは少し右下奥歯の歯茎が痛む程度だったのが、痛みが増してきたので歯肉炎だろうとそれを抑える軟膏を買って塗っていた。

因みに、私は左下の奥歯は二本失って部分入れ歯を入れており、硬い物などはどうしても右の奥歯でかむ習慣がついていた。

軟膏を塗ったお陰でいくぶん効いたように思えたのだが、痛みは治まらなかった。

その軟膏以外にシュミテクトというそれ用の歯磨き粉を買って使ったら、一時的に痛みは治まったが痛みは以前よりも増してきた。

それは痛みが治まったので右奥歯を使って悪化させてしまったようだった。

とうとう我慢の限界が来て、友達の歯医者に電話したら1時間後に診てくれるというので、急いで支度をして出かけた。

どうも、原因は右下奥歯よりもその上の右上奥歯の詰め物にあったらしく、それを削ってくれて下の奥歯への負担を無くしてくれた。

要するに長い間のかみ合わせの悪さが原因となり、それで歯肉炎、歯周病を起こさせていたようだった。


歯医者から帰ってからも痛みは強いので、出してもらった痛みのみを飲んだ。

痛み止めの薬には炎症を抑えると書いてあったので、そんなに酷い痛みで無くても飲むように心がけた。

徐々に痛みは経験されていき、一週間後に歯医者に行った時には、取り除いていた上の奥歯の詰め物を作るための処置をしてくれた。

そして詰め物を入れてもらって改善した。

もっと早く歯医者に行っておくべきだったと、今は反省している。


この歯科医とは中学校からの同級生で、休日に一緒に遊んだこともある友達でもあった。

ただ、私と違って真面目でおとなしくて、私がロックバンド活動仲間と付き合うようになってからは、疎遠になっていた。

彼は私のように女の子と付き合うことも無く勉強に励んだので、優秀な成績でもって国立大学の歯学部に入って歯医者になった。

私が大学院を出て地元に戻ってきてから、歯はずっと彼に診てもらっていた。

歯科医は自分の育った地元で開業したが、住んでいるのは少し離れた都市部のマンションだった。

奥さんと二人暮らしで子どもはいなかった。

一緒に飲みに行こうと言ったりしたが、結局一度も行っていない。

また、彼はおとなしくてあまり交友関係が無かったので、同窓会には一度も来ずに誘っても嫌がった。


私は既に年金生活を送っていてあえてもっと金を稼ぐより、自由な時間を過ごしたいと思っている。

彼は開業医なので国民年金で、年金をあてにできないという。

貯金があるだろうと訊くと、遊興費で使ってしまって無いという。

彼の唯一の楽しみが京都の祇園などの高級料亭などで飲むことらしくて、泊まりがけで飲みに行くという。

以前は頻繁に行っていたが、今は回数が減ったという。

私には全く分からない世界に彼は生きていたことが分かった。

病気になっても滅多に休めない開業医にとっては、一番の生きがいでありモチベーションに高級料亭やクラブがなっていたということらしい。

特に歯科医は老人の治療が多いので、若い人との関わりを金を使ってでも持ちたいということもあるという。

私のようにひとりの部屋でひとりカラオケや弾き語りをするのと違い、若い人と楽しく歌う生きがいを持っている

彼はその家業があるので、そのモチベーションで倒れるまで仕事ができると言うことだ。


彼の生き方を知って、研究者になることにしがみつかなかった意味が分かったように思う。

もし、私が研究者になっていれば、大学や研究機関で長く勤められたし、執筆などで収入を得られたかもしれない。

それこそ、文系なので東大の医学部教授ほどではないにしろ、高級料亭などでのお付き合いができたかもしれない。

しかし、私は親が築いていた家庭を見本として、子育てや親戚づきあいを大切にする暮らしを求めた。

だから、生活の安定が見込まれる教育公務員になった。

ただ、自分の親の頃のように、親兄弟の家族が集まる盆正月の楽しみはもう無い。

仕事を続けるという意味では開業医の友達の方が、社会の役に立って立派だし充実した暮らしだと思う。

一方の私は現在社会役立つ仕事はしていないけれど、仕事に縛られず無理のない愉快な生活が送れている。

私が研究者になることへの拘りを持ちながらも、しがみつかなかったことは決して間違っていたとは思っていない。






2026年5月12日火曜日

誰と生きて、どう死ぬのか?

 過疎地である私の村では、子どもが都会で暮らしていて殆ど戻ってこず、親が亡くなっても、お骨は49日までお寺に預けなくてはならない家もある。

夫婦で暮らしている間は良いのだが、特に男性は妻を亡くすと周りとの関わりも少なくなって孤立してしまう。

伴侶外に親しく関わることができない人は、いったい伴侶以外の誰と生きてきたのかと考えさせられてしまう。

子どもも近くに住んでいれば一緒に買い物に行ったり、食事をする機会もあるが、遠くに暮らしている子ども家族とは殆ど行き来が無い。

田舎の人間にとって子どもは共に生きていける相手ではなくなってしまっている。

特に大学まで進学させた自慢の子どもがそうであり、高卒の子どもの方が近くにいる場合が多い。

また、事情があって結婚できなかったり、結婚しても離婚してひとりになった子どもが一緒に住んでいる場合も少なからずある。

この場合は親は老後の不安は軽減されるが、その子どもが不安となる。


とにかく田舎では、大学まで進学したり、高卒でも大企業に入った場合は、親の傍や近くに住めるのはほんのわずかである。

大学に進学させて生活費を削って高い授業料や仕送りを工面した親には、孤独な老後しか待っていない。

ただ、子ども夫婦に子どもができて孫を連れて帰省する時までは、幸せと感じられる月日が何年か続くが、それも孫が小学校くらいまでだ。

子どもが帰省しなくなった夫婦は、仕事仲間や地域の人と仲良く暮らし行くしかない。

しかし、田舎も地縁関係が薄れてしまって、形だけの付き合いになりつつある。

そして、付き合いの下手な人は親戚がいても、家に引きこもってしまう場合も出てきている。


移動する狩猟採集民は、その移動について行けなくなると、老人はそのキャンプ地に残って死を待っていた。

現代の日本では年金があるので、しばらくは一人でも生きていける。

近代化された狩猟採集民は国から年金が支払われて、親戚の若者がたかりに来て逆に大切にされたりした。

日本の年金暮らしにたかるは、引きこもる子や孫か若い詐欺集団くらいだ。

さすがに田舎だから、孤独死のケースはまだ出ていないが、誰にも看取られずに亡くなるケースは増えている。

これはかつて移動型狩猟採集民や、姥捨、ないし出小屋に隠居した過去の貧しい地域の日本とあまり換わりが無い状態だと思う。

かつては若い人がその老人の負担で生存が危ぶまれるという事情があった。

現代も家業を持たない家族にとって、田舎で若い人が暮らすことは永存に関わることと考えた方が良いのだろう。

だから、もう老後に子どもを当てにすることはなく、孤独死も覚悟の上で老後を生きていくしかあるまい。

これが、学校教育で子どもは高学歴となりながら、移動型狩猟採集民と同じ老後を強いられる現代日本人の実情なのだと思う。








2026年5月8日金曜日

「遊びの中の真面目」に生きる悦び

 佐伯啓思は『近代の虚妄―現代文明論序説』(2020年 東洋経済新報社)の中で次のように述べている。


現代社会では、あらゆる領域で、特に文化の領域で、遊びの持つあのゆとり、共有された秩序、そして何よりも祭祀的な要素が失われてしまった。代わりに出現したものは、偽の遊びであり、いわば小児病化した遊びである。競技は、現代風のスポーツとなって、記録を競う闘争本能むき出しのものとなり、組織されたクラブや商業化された大会運営になってしまった。それはやがて記録追求という何とも味気ない生真面目に堕することとなる。現代社会の高度な交通機関の発展、商業的宣伝、そして統計学の出現が、遊びを窒息させてゆくのである。人間の活動は、すべて真剣であり真面目であるともいえるのだが、その背後に遊びの要素があるかどうかはきわめて大事なのだ。「遊びの中の真面目」と「遊びを失った真面目」ではまったく違うのである。[前掲書:177] 。


私はかつて中学部から大学進学を念頭に置いた進学教育を行う私立学校で学んでいた。

当然、中学受験を取り組んだ頃には、大学進学のことなど頭になくて、地元の公立中学よりも格好良く見える学校に入りたかっただけだ。

入学後は受験勉強からの流れで「遊びを失った真面目」で、試験での点数や学年順位ばかり気にしていた。

しかし、中学受験に小学校6年生の春から取り組むまでは、「殆ど全てが遊び」の暮らしをしていて、学校での勉強も遊びのような感覚だった。

当然、大学進学の目標を持ち得なかったし、それが何を意味するかも分からなかった。

そして、その私学は自由放任主義だったので、ためらいなく異性や流行のロックに強い関心と楽しみを見いだそうとし始めた。

そうすると、「遊びの中の真面目」であるべき勉強がおろそかになり、大学受験に際しては希望する大学には入れなかった。

その一方で同じバンド仲間だったSは、「遊びの中の真面目」を突き詰めて、学年で最下位の成績ながら、早稲田大学の法学部を現役で合格した。

同じように、高3の文化祭まで同じバンドでステージに立ったのに大きな違いがあった。


ただ、私も大学に入ってからは、「遊びの中の真面目」な研究を見いだして、志望する大学院に現役で合格できた。

しかし、研究者になるための姿勢が「遊びを失った真面目」であったため、自分を支えてくれた伴侶も研究者への道も失ってしまった。

そこまで自分を追い詰めたのは「遊びを失った真面目」なM教官への反発心だったのだが、自分がそうなってしまったのは皮肉なことだった。

教師を選んだのは、研究を続けることのできる職業だと思ったからで、臨時講師をしながら何とか採用された。

それ以降は、金儲けのために真面目に仕事をしながら、金にならない研究という遊びをしていたように思う。


ところが、学校はけっこう仕事の中に遊びが取り入れられている。

最初の赴任は今で言う知的障害の特別支援学校で、学習の中にずいぶんと「遊び」があった。

教師の方は、生徒と一緒に遊ぶことも重要だったが、真面目に進路に向けてての取り組みが必要で、これはかなり困難な仕事でもあった。

特に体育教師が中心になっていたので、体力と根気をつけさせる職業教育がなされて、「遊びを失った真面目」な進路指導が行われた。

ただ、障害を持った生徒が就職した後で失敗するのは仕事そのものができないことよりも、対人関係であった。

職場の人や自分の周りの人と仲良く過ごすことが難しいのであり、それはむしろ「遊び」に関わるもので、それが生徒に身についていないことが多かった。

普通校は体育祭や文化祭で遊びの部分が多く取り入れられていたが、だんだんと予備校のような受験指導中心の授業が増えてしまった。

教師も時間外勤務が増えたり、免許更新制などの政策によって追い詰められていった。


今の時代は何でも貨幣価値で計ってしまい、その数字で表れないものの価値を認めないことが多い。

人と楽しく過ごすことは数字で表せないいわゆる「遊び」である。

私の研究していたかつて奄美では「ミニアスビ」は、干支で巳のつく日にはハブがで農作業をすると咬まれると言って仕事が禁止される日だった。

つまり、「あそび」とは「悪(あ)し日」から仕事の忌避から来た言葉だった。

かつて日本人はワーカーホリック(仕事中毒)といわれて、どちらかというと欧米人から呆れられていた。

しかし、日本人がそこまで仕事中心の生活をし始めたのは、バッブル崩壊後だと思う。

学校もそれ以前は教師の給料が低い代わりに、自宅研修で自由に長期休暇を楽しめた。

バブル期に給料が安いので人気を失って人材不足になり、給料を高くして管理を強くされて追い詰められていった。

企業もアメリカの政策に対策するために資金の内部留保に血道を上げ、社員は単身赴任などが多くなり家庭を犠牲にするようになった。


現在日本で、少子化が進んでいるのは、子育てという「遊びの中の真面目」さが求められる生活が「遊びを失った真面目」に追い詰められているからだと思う。

多くの残業を強いられたり、単身赴任を10年以上にしたり、土日休日返上のクラブ指導を行ったり。

金銭の引き換えに「遊びを失った真面目」に仕事を強いられる世代には子育てなど不可能だ。

そもそも、「遊びを失った真面目」な受験勉強しか知らない世代は「遊び」そのものを理解できないのかもしれない。

以前、東京育ちの後輩に幼い頃は何をして遊んだかと聞いたら、スイミング教室へ通ったと言ったので、それは「遊び」でなく「レッスン」だろうと言ったことがある。

今の子どもは「レッスン」しか遊びを見いだせないのかもしれない。

私の幼い頃の遊びは、子ども同士で野山を駆け巡ったり、広場で男はコマ回し女はゴム跳び、そしてボールゲームなど大人は介在しなかった。

そして、祭りなどの年中行事には世代を超えて一緒に食事をしたり、歌ったり踊ったりして楽しんだ。

残念ながら現在の私たち年金暮らし夫婦にはそれが無い。

ただ、金にもならない「遊びの中の真面目」な農作業や研究、趣味が私の生きがいになっている。








2026年5月7日木曜日

レールガン、全固体電池、量子水素エネルギーそして人工光合成による革命

 日本がレールガン(電磁加速砲)の実用に向けての大きな取り組みで、期待が膨らんでいるせいか、Youtubeなどではそれを用いた実戦を描く物語が作られたりしている。

確かにレールガンは日本が世界をリードする電磁力技術が活かされたもので、リニアモーターカーなどの技術が転用されたものという。

アメリカが実用化を諦めたものを、日本が産業技術によって現実化させ、あと10年ほどで実用化させようとしている。

これによって弾道ミサイルや極超音速ミサイルの迎撃を行えるようになれば、ドローンと並んで非対称性の兵器として戦争を根本的に変えるだろう。

私は軍事力強化には賛成はしていないが、核弾道ミサイルを無力化できる可能性があるレールガンに希望を見いだしてきた(戦争放棄の戦略)。

現在核兵器開発がイラン戦争の主な原因となっているが、核兵器が無力化されることが分かれば、核兵器の開発は意味をなさないことになるだろう。

そして、核兵器廃絶に繋がっていくと思う。


一方、全固体電池は従来の液体電解質を用いた充電池の欠点を克服でき、最も開発が進んでいるトヨタ自動車が来年度以降に実用化を目標としている。

日本の自動車産業の将来だけでなく、石油依存の世界の自動車産業に革命をもたらす可能性がある。

少々値段が高くても、自分の家で太陽光発電などをして車に蓄電して、移動以外にも活用できる。

これは「Ei(知性化電力)革命による国民解放」で述べたことが、現実化することを意味する。

これは地方に住む我々の復興を可能にするものだ(石油依存社会が生んだ地方衰退)。


そして、発電に関しては従来の再生可能エネルギーよりも、安定した出力と効率性をもつ量子水素エネルギー(QHe)の開発が進められているという。

これは常温核融合を利用した技術で、日本はこの分野でも進んだ技術を持っているという。

安全でクリーンなエネルギーを生み出すことによって、原子力発電所の必要性がなくなる。

原子力発電所は放射能汚染の問題だけでなく、今回のウクライナ戦争で分かったように自国に核爆弾を抱えこんだのと同じ意味を持つ。

やっと夢の太陽を人類が手にすることができた技術なのだろう。

これで、火力発電所も原子力発電所も必要で無くなるし、環境に負担を強いる再生可能エネルギーでの大規模発電も軽減できる。


また、人工光合成に関してのガリレオX第19回「人工光合成 太陽光でつくる夢のエネルギー」は新しい時代がまもなくやってくることを実感できた。

これは光触媒を用いて水を水素と酸素に生成したり、太陽光と二酸化炭素を用いて有機物と酸素を生み出す技術で、人間が植物と同じことができるようになると言うことだそうだ。

現在行われている太陽光の利用方法とちがって

人工光合成は太陽光を直接水素などのエネルギーに変換し、これまでの方法では難しかったエネルギーの貯蔵も可能にする技術として非常に有望」だそうだ。

2010年にノーベル賞をとった根岸英一博士の研究が有名だが、環境省も2030年の実用化に向けて支援している。

我々高齢者がもう少し長生きして、その実現を目にしたいと思うような取り組みである。


日本は他国を攻撃できる武器輸出をするくらいに落ちぶれてしまったかのように思ってしまった。

しかし、レールガンは主に核攻撃から自国防衛に用いるものとして限定して輸出しても良いと思う。

そして、日本は自動車産業、量子水素エネルギーを用いたリニアモータカーや、スーパーコンピュータの分野でも発展できて武器輸出に頼らなくて良いだろう。

何よりも人工光合成は、地球環境破壊を阻止する切り札となってくれるだろう。

一方で忘れてはならないのが、日本のアキレス腱である食糧問題である。

これに関しては日本はあまりにもお粗末である。

2026年4月29日水曜日

鳴きのハーモニカ

 このところ夜にハーモニカを楽しむことが多くなった。

以前にも書いたブルースハーモニカを使って、Youtubeを観ながら練習したり、カラオケを利用して歌代わりに吹いて楽しんでいた。

少しずつ吹けるようになると、難しい曲にも挑戦するようになり、最近ではクラッシックのG線上のアリアなども下手なりに練習している。

そうなると、もっといろんな曲が吹きたくなって、思い切って少々値の張るクロマチックハーモニカを通販で買った。

高価な日本製と違い中国製は半値以下で買えて、しかも、もっと安いブルースハーモニカに比べると全く音色が違う。

ハーモニカを教室で習っている人が、値段で音色が違うというのがよく分かった。

日本製などはきっともっと良い音色なのだろうと思う。


自分はバンド活動でずっとボーカルをつとめていて、そちらに練習を重ねてきたのだが、ハーモニカの魅力を今頃分かった。

歌うことと楽器を演奏することは、似て非なるものだと思うようになった。

ハーモニカは鳥がさえずるように、鳴いているのだ。

歌は歌詞の内容が頭に浮かんでくるが、ハーモニカはメロディーだけが浮かんできてそれに合わせて自然と唇が動いていく。

クロマチックハーモニカのレバー操作にはまだ慣れていないので、半音操作で合わせる音の感覚がまだ身についていない。

それに対して、ブルースハーモニカはかなり自然と唇の位置と吹くこと吸うことが感覚的に音と合わせられるようになった。


歌は歌詞をどうしても気にするので、それに引きずられることも多い。

そして、英語の曲などは歌詞の内容を理解しないまま、雰囲気だけで歌っていることもあって、人まねをするオームとも換わらないようにも思えたりする。

楽器は歌詞とは無縁なのでメロディーやリズムが全てとなり、言葉が違っても関係なくなる。

我々人が鳥のさえずりや虫の音、動物の遠吠えを美しく感じるのと同じなのである。


NHK番組、知的探求フロンティア タモリ・山中伸弥の!?「人はなぜ音楽を愛するのか?」の再放送を見た。

アフリカの狩猟採集民Baka族の素晴らしい歌の掛け合いが披露されていた。

そこでは、手拍子に併せて歌詞のない声を仲間で発しているだけだった。

手拍子と声だけで歌になるのだと非常に感動した。

奄美の八月踊りは鼓だけで歌って踊るし、宴会で最後に行う六調も指笛を鳴らして踊るだけだ。

本来は人も楽器は必要ないのかもしれない。

だけど、美しい鳥のさえずりや虫の音、遠吠えに負けないような音色を奏でたいと思ってきたのだと思う。

そして、手拍子、足拍子、太鼓のリズムは単にそろえるのでは無くて、ポリズムとして一体感を得ることもできる。

この番組では人類の歌い合う特別な能力を強調していたが、多くの生き物が恋の季節には歌として鳴いている。

そして、番組で軽い認知症の人が歌は忘れずに思い出せることを取り上げていたが、歌詞は単に言葉では無くて音色と結びついたものとして思い出させるのだろう。


ハーモニカは歌詞を忘れても、憶えていなくても奏でることができる。

本当はギターを上達して鳴かせたかったのだが、私の技術では困難だ。

鳴きのギターは無理でも、鳴きのハーモニカなら少しはできる。

生き物たちのさえずりや鳴き声に恥ずかしくないように、鳴き続けていきたいと思う。










2026年4月21日火曜日

これからは団子より花


 家内は未だに私が家内の庭での花作りに対して言った「花より団子」という言葉を根に持っている。

その言葉を言ったのは、まだ子どもが小学生の頃で、専業主婦だった家内は庭に綺麗な花を咲かせるのを楽しみにしていた。

私は子どもの健康を考えて有機農業に取り組み始めていた頃で、どちらかというと作物の苗作り励んでいた頃であった。

家内は華道もやっていたこともあって、花が好きでいろんな花を育てていた。

その花がいっぱい生えていた庭も、猟犬を庭で飼ったり、農作業の道具や資材を置くにつれて、花は無くなっていった。

人に株をあげるほどたくさん生えていたクリスマスローズも消えてしまったし、ラッパ水仙もまばらになった。

ただ、食用となるミョウガは庭にしっかりと根付いているし、車を止めている付近の花壇の宿根草は生え続けている。


奄美が大好きな私はガジュマルから始まり、ハイビスカス、ソテツを鉢植えにして育ててきたが、それ以外にもサボテンやアロエをやはり鉢植えで世話をしている。

庭には大きな植木鉢にモッコウバラが大きくなって今花盛りだし、垣根にはかなめの他に、月桂樹、金木犀、梅や柚の木が植えてあって私が剪定している。

ただ、どれも大して手のかからない物ばかりで、家内の好きなネモフィラなどもご機嫌取りに栽培したが一年しか保たなかった。

また、同じく家内の大好きな白いカラーも鉢植えを庭に植えたが、肥料不足か葉っぱだけ出て花を咲かせてくれない。

家内の好きな花はとにかく手のかかる物が多くて、農作業の合間に世話をするのは難しいのだ。


この日曜(4/19)は加西にあるフラワーセンターにチューリップとネモフィラを見に出かけた。

いつもの正面入り口の駐車場は満車ということで、西側の特別駐車場に案内されてしまった。

そこからは西門まで歩いて10分以上かかり、歩道は大木の根でボコボコになっていた。

西門から入ると、噴水のある広場までチューリップとその根元にネモフィラが綺麗に咲き誇っていた。

噴水広場のあたりはたくさんの人だかりで、多くの人がスマホや本格的なカメラで撮影していた。

当然ベンチはいっぱいだろうと思って、弁当用のシートも用意しておいたので、来るときにスーパーで買った弁当を八重桜の咲く芝の上で食べることにした。

同じようにシートを広げて弁当を食べる人も多くいて、もしビールや酒があれば花見気分となる。

ただ、フラワーセンターで飲んで陽気に過ごしている人は見かけないので、私も自粛した。


去年まで開いていたレストランも閉じてしまっていて、せっかくの景色の良い建物がもったいないように思えた。

家族連れが多いので、高級なレストランよりフードコートのようなものを作った方が良いように思えた。

フラワーセンターは子どもが赤ん坊の頃から訪れている場所で、毎年最低1度は訪れている。

そのころここで買ったガジュマルも大きな鉢で大きく育っている。

最近ではハイビスカスもここで買ったのだが、そういう売り場も減って、これからは無くなってしまうそうだ。

駐車場に入るのに時間がかかるほどいっぱいのお客さんの心を掴んでいるのは、美しい花の世界であり、けっして画面からは得られない風景だ

また、犬の同伴も認められていて、愛犬と楽しく過ごせる場でもあるようだ。

休日は人がいっぱい溢れるので、平日に来て弁当を食べながら、読書や音楽鑑賞をしてゆっくり過ごすのも良いかなと思ったりする。

子どもが小さい頃は子どもが遊ぶのにゆったりと時間をとっていた。

ショッピングモールでせかせか歩く癖がついてしまって、こういう場所でのゆったりとした過ごし方を忘れてしまっている。


これからは、家の庭でも咲いた花をゆっくり眺めながら、過ごす日々があってもいいと思う。

年金の収入は大したことないけど、教育費や家のローンに追われなくなったので、花より団子の暮らしは必要ない。

これからの私たちは団子より花の時代となっている。

農業資材置き場になっている庭を片付けて、花壇に戻そうと思っている。





2026年4月18日土曜日

自殺と殺人から見た日米とイラン

 イランは政府によって多くの市民が殺戮されていると言って非難されている。

ところが、国民の自殺率は5.2人/10万人とかなり低い。

「日本の自殺率の国際比較:統計分類の違いが明らかにする真実」 によれば

日本の自殺率は表面的には高く見えるが、薬物過剰摂取死を含めた「広義の自殺」で比較すると、アメリカの死亡率は日本を大きく上回る。 The Lancet +22023年のデータでは、日本の自殺率16.4人/10万人に対し、アメリカは狭義の自殺で14.1人だが、薬物過剰摂取死(31.3人)を含めると45人以上となり、日本の約3倍に達する。


という。


殺人に関しては、10万人あたり2023年でアメリカは5.76件、日本は0.23件、イラン2025年では2.5件となる。

こういう観点から見て、どちらが住み安い国なのか考えてみた方が良い。

確かにアメリカでも日本でもデモの参加者が、政府の軍や警察に何千人も殺されることは無いだろう。

しかし、今はアメリカと経済的に肩を並べるようになった中国は、1989年にイランと同じないしそれ以上の殺戮が行われたと考えられている。

当時の中国に対して、アメリカはそのことを理由にして軍事攻撃はしなかった。


そもそも、自国民の自殺や薬物死者、殺人を放置しながら、他国の殺戮だけ非難することは恥ずべきことだろう。

日本とても、確かに殺人の起こる率は低いけれど、自殺はアメリカよりも多いし、何よりも少子化が進んでいる。

つまり、結婚できない、しない若者が増えているのだ。

因みに合計特殊出生率は日本が1.15(2024年)に対し、イランは1.7(2026年)、アメリカは1.6(

2023年)である。

子どもを育てられる環境は日本が一番低いと考えた方が良いだろう。

そして、イランは既に発展途上国のような多産多死では無いのだ。


アメリカは追い詰められた国民が自殺や薬物に溺れて自死したり、殺人を多く犯す国であり、日本は自殺に追いやられる国と言えよう。

確かに政府によって露骨に殺戮される国は自由主義の国民からすれば恐ろしいことだ。

一方、自由は乏しいけれど、自殺や殺人の少ない国から見れば、それが多い国の方が恐ろしいかもしれない。

出生率からすればアメリカとイランは大差が無いことから、将来への見通しはそう変わりが無いのかもしれない。


今回、アメリカは無垢な学校生徒を殺戮した。

デモに参加した反体制運動のデモ隊を殺戮するのとどちらが残酷なのだろう。

単に人数の問題ではなく、誤爆で罪のない子どもを殺してしまう国の方が、狂っているのではないのだろうか?

そんなアメリカに媚び諂う総理大臣を頂く日本は狂ってないのだろうか?




2026年4月15日水曜日

トランプ・高市コンビによるカリスマ的支配の日米

 ついにトランプは神として振る舞い始めた。

ローマ教皇と対立したり、自分が奇跡を起こす絵をネット上に公開したりした。

このようになるには大統領になる前の暗殺未遂事件が大きなきっかけとなったという。

トランプが命拾いしたのは神に選ばれた人間だからということが、自他共に信じられるようになったという。

彼は自ら法に従わないと宣言したので、現在のアメリカはトランプによるカリスマ的支配状態*1と言える


宗教社会学者の井上順孝は次のように述べている


新宗教の入信理論については一時期「貧病争」理論が広く知られた。このうち、貧困は絶対的な貧困ではなく周囲の人間を見て感じられる相対的剥奪が問題とする観点は優れた着眼である。自分が貧しいと思うのは、自分が比較の対象とする人たち(参照集団)との比較というのは日常的に観察される。(中略)こうして経済的剥奪感が生まれる。経済的剥奪にある人が、経済状態が良くなる方法が見つかればいいが、それが絶望的な場合もある。そのとき宗教に解決を求めることがある。おおまかに言えばそのような理論である[井上順孝2025:

41-42]。


今のアメリカの工業労働者階級は主に中国の擡頭で経済的剥奪感を強く持っている。

それを解決する方法として、トランプの主張するMAGAに希望を託した。

MAGAはトランプへの個人崇拝的な側面を強く持っているので、法を守るという倫理的な論理が通らないのである。

イラン攻撃は中国の石油資源を断ち、アメリカの圧倒的軍事力を無化する核兵器の開発を完全に阻止する目的だと言われている。

それによって、一番経済的に脅威となっている中国の力をそぎ、自国の兵器売買も加速させることができる。

現にドルは値上がりをして、アメリカの原油も多く売れ出した。

これでMAGA教信者の経済的剥奪感に応えることができているのかもしれない。


しかし、その一方で現実的には中国のEVが驚異的に売れ出したし、アメリカの軍事力の信頼性にも不安を抱え始めた。

何よりもイランの核兵器開発の阻止は絶望的に思える。

いくら、福音派やMAGA教信者の強い支持があっても、現在のアメリカ全体の支持率から次の中間選挙では敗北するのが目に見えている。

危惧されるのは、かつての大統領選挙の時と同じように議会を襲撃したり、武力による本当の内戦が起こってしまうことだろう。

衆議院選挙で敗北したオウム真理教がテロを起こしたように、MAGA教徒もテロを起こす可能性もあるだろう。

こんな不安を抱える状況で高市はトランプにすがって生き延びようとしている。


彼女は安倍晋三を師と仰いだが、統一教会との関連で暗殺された後もその姿勢は継続されている。

因みに安倍晋三のスローガンは「日本を、回復する」だった。

そして、高市は 「日本列島を、強く豊かに。」を唱えているが、安倍晋三のスローガンと合体させればMAGAそのものである。

そして彼女は高い支持率を獲得し衆議院選挙で大勝してカリスマ的な存在になりつつある。

その彼女は安倍晋三のかつての盟友であるトランプの立派な信者であり、使徒と言えるかもしれない。

日本もアメリカ同様に中国の擡頭によって経済的剥奪感を抱く国民が増えており、台湾有事発言の経済的悪影響下でも高市支持率は高いままだ。

「日本列島を、強く豊かに」は幕末から明治かけての国家的スローガン「富国強兵」の言い換えに過ぎない。

新富国強兵教という高市教祖の新宗教集団ができるかもしれないが、幸いなことに彼女はテロに遭っていないので神格化には至っていない。

ただ、日本で初めての女性総理大臣として、SNSという鬼道によって民衆を惑わす卑弥呼のようなカリスマ性をもっている

何よりも彼女の後ろには魏王ならぬトランプ尊師がついている。

そしてそのカリスマ的支配力によって憲法や皇室典範を変えていこうとしている


*1 カリスマ的支配に関しては「ウエーバーのカリスマ概念」[井上順孝2025:76-77]を参考


引用文献

 井上順孝 2025『認知宗教学から見る現代宗教』法蔵館

2026年4月13日月曜日

戦争で稼ぐ人たち

 松本利秋2005『戦争民営化―10兆円ビジネスの全貌』祥伝社は、もう二〇年以上の前の本で、書かれている内容は少々古いが、今のトランプの戦争ビジネスを理解する良い材料だ。

どれだけトランプが自分自身や仲間に株や為替、石油取引で儲けさせたのだろうか。

トランプの発言が大きく市場を左右して乱高下している。

あらかじめ発言内容を知らせておけば、次の日の上げ下げは予測できたはずだ。

また戦費に莫大な費用をつぎ込んでいるが、その多くは武器製造企業へと流れる。

日本もかつてはベトナム戦争や朝鮮戦争の特需で経済復興を果たしていった。

武器産業はウクライナでさえ潤わせ、高市政権もそれに参入しようとしている。

そのウクライナは武器そのものだけでなく、ドローンシステムでの迎撃のノウハウをイランの敵対国に支援し見返りを得ているという。

石油の輸入もアメリカからが増えてきて、アメリカは大儲けである。

多くの血が流れ、死んだり傷つくことが景気浮上になり、儲けになるのが戦争だ。


そして、金融と戦争は密接に絡んでいるが、それは古くからのことで、松本利秋は次のように述べている。


リーマン社は、一九〇四年に日露戦争の戦費調達のために、日本政府が発行した外債を引き受け、日露戦争後、その功により日本政府から叙勲を受けている。その存在は日本が日露戦争を戦うには必要不可欠であった。

 当然のことながら、リーマン社は日本政府からの利子はタップリ受け取っている。 リーマン社はその後、関東大震災でも復興国債を総額一億五〇〇〇万ドルを引き受けているが、この後、世界恐慌による大不況で、日本政府は国債の償還に支障をきたし、それを補うために満州に進出し、経済的利益を得ようとした。

 やがてこのことが太平洋戦争の要因となっていくのである。しかし、何れにせよ、彼らにとって見れば、これら国債の売買は純粋などジネスにほかならないのだ[前掲書:5-6]。


他国の戦争に金を貸して、その国や勢力が勝てば大儲けというのは、近代の歴史で繰り返し行われている。

その貸された金は貸した国を中心とした武器輸出国に環流する仕組みだった。

ウクライナ戦争でのEUやアメリカの資金援助も同じ仕組みである。

イランに関しても、援助は資金だけで無く情報などによっても行われている。


今回のイラン攻撃の本当の目的は、ベネズエラ同様に中国の石油の輸入先を支配することにあったという。

関税でも言うことを効かすことができないで、アメリカの方が石油を利用して中国にダメージを与えようとしたことになる。

それが逆にイランの石油戦略の返り討ちに遭ってしまったというのが実情だろう。

アメリカが帝国的支配をできるのは、武力だけで無く石油もコントロールできることだ。

日本がアメリカと戦争したのも石油が大きな原因だった。

再生エネネルギーの開発を阻止し、EV開発にダメージを与えて、武力と石油利権で世界を支配下に置くことがアメリカにとって最大の利益になる。

そのためには中東の石油産出国が戦争でアメリカに頼ってもらわねばまずいわけだ。


化石燃料依存のわれわれの生活の根本がこういう戦争ビジネスの上に成り立っているとも言える。

化石燃料依存生活は世界の多くの人が流す血を利用しながら儲けている人によって、維持されていると考えるべきだろう。

本当に戦争反対を唱えるなら、再生エネルギーや石油代替エネルギー開発を進めて、化石燃料依存生活を終わらせることが重要だと思う。

戦争で莫大な利益を得る人が多くいる以上、それに対抗するのはそういう方法しかない。

そして、それが地球環境とあらゆる生命を守るための真の闘いでもある。



2026年4月9日木曜日

トランプ(TACO)の遠吠えに怯え続ける高市

 戦争犯罪攻撃もできず、地上戦に踏み込めずにアメリカは停戦に合意した。

予想はされてはいたが、E,トッドがウクライナ戦争で見抜いたアメリカ通りになった。

アメリカはウクライナを助けるだけの迎撃ミサイルの余力が無いということだ。

これ以上無傷で戦うための迎撃ミサイルが枯渇したようだ。

アメリカの戦闘機乗員の救出劇の本質は、戦闘機が打ち落とされるようになってしまったことにある。

ベネズエラでは無力化できた迎撃システムをイランでは完全には無力化できていない。

秘密兵器だということで、迎撃システムの無力化する方法の実態は謎だが、イランは迎撃できなくても、徹底的に攻撃して相手の迎撃ミサイルを枯渇させれば良かっただけだ。

今朝(4/9)の朝日新聞のインタビューでもアメリカのウクライナ戦争、中国関税対立につぐ第三の敗北をE,トッドは予想していたが、おそらく間違いないだろう。


それにしても今回のイラン攻撃で分かったのは、トランプの凶暴さと無能さであろう。

関税における凶暴さに屈して日本は多額の支援金という名のゆすりに屈した。

確かにベネズエラでは悪事は成功したが、ベネズエラに関わらず中南米ではイランのような教育水準に達してないからだろう。

日本は高い教育水準と工業力を持ちながら、米軍基地という保護と脅しに屈するほか無い。

それでも経済戦争をアメリカに挑んできたのだが、金融と情報で敗北してしまった。

それは軍事力を背景として強要された基軸通貨ドルとOSのマイクロソフトには太刀打ちできなかっただけのことである。

結局、アメリカは法よりも暴力を背景とした脅しで支配する国であることがよく分かったと思う。


日本はその暴力的な脅しに怯え続けるより、対抗する方法を考えねばならないだろう。

E,トッドが日本とドイツの強みとして直系家族を上げているが、日本の場合跡継ぎ以外の子どもに遺産代わりに高等教育をつけさせることが多かった。

だから、科学技術の発展に繋がったのだと思う。

しかし、現在は地方の産業が廃れて、跡継ぎの兼業農家でさえ維持できない。

もっと酷いのは、非正規雇用なので結婚できずに親と一緒に暮らすしか無いのだ。

少子化問題は親子関係を大切にしてきた直系家族を理想とする家族の弱点でもある。

普通の欧米なら子どもは親に依存していると一人前に見做されないし、親も子どもに依存することは無いだろう。


日本が家、家族を大切にしてきたことが経済発展に繋がったのだから、それをまた再建する必要があると思う。

そのためにはエネンルギー革命をしっかり行って、地方の農業と産業を育成していく必要があるだろう。

ネットでは「フィッシャー・トロプシュ合成と呼ばれる技術」で、人口燃料のことが取り上げられていた。

電気だけでなく人口燃料を用いれば、農業機械や大型機械にも利用できる。

トランプに脅されて金を貢ぐなら、それと同じ額の投資を日本の地方に行うべきだと思う。

トランプのプードルになってしまった高市総理には無理かもしれないので、早々に次に交代してもらいたい。


参考文献

エマニュエル・トッド 荻野文隆訳 2008(1999) 『世界の多様性―家族構造と近代性』    藤原書店

エマニュエル・トッド 石崎晴己他訳 2016(2011) 『家族システムの起源Ⅰ―ユーラシア上』  藤原書店

エマニュエル・トッド 2020 『大分断―教育がもたらす新たな階級化社会』 

エマニュエル・トッド 堀茂樹訳 2022(2017) 『我々はどこから来て、今どこにいるのか?上―アングロサクソンがなぜ覇権を握ったか』  文藝春秋

エマニュエル・トッド 大野舞訳 2024  『西洋の敗北―日本と世界に何が起きるのか』 文藝春秋 

エマニュエル・トッド 2025 『西洋の敗北と日本の選択』 文藝春秋    










2026年4月4日土曜日

石油依存社会が生んだ地方衰退

 エマニエル・トッドは経済的グローバリズムの弊害を『我々はどこから来て、今どこにいるのか?上―アングロサクソンがなぜ覇権を握ったか』(2022)で次のように述べている。


高齢化する先進各国による世界支配は、もしかすると、世界の他の地域で教育を受けた34p勤労者を引き寄せる能力というかたちでより的確に表現されるのかもしれない。先進国は自国の必要に応じて、周辺から労働者、技術者、情報処理技術者、看護士、アーティスト、医師を吸い寄せ、そのような正真正銘の人口捕食によって自らを延命させている。

人的資源のこの略奪は、自然資源のそれよりも遥かに重大だ。なぜなら、それがある規模を超えると、離陸途上の国々は幹部候補者や中間層の人材を奪われ、立ち行かなくなる危険に晒されるのだから。[前掲書:33-34]


この経済的グローバリズムを成り立たせている根本は、何だろうかと疑問がわく。

そこでヒントになったのが今回のアメリカ・イスラエルによるイラン攻撃が引き起こした石油危機である。

石油が止まれば全ての経済活動に支障を来す。

そもそも産業革命は石炭との結びつきによって始まったが、その後石油による内燃機関で工業は飛躍的に進化した。

電力もそれと平行して発展したが、化石燃料とウランに頼っており、殆どが臨海地帯にあるが、原子力発電所に関しては内陸で人工湖を作って稼動させたりもしている。

とにかく、工業都市や商業都市を維持するには効率的なエネルギーが必要であり、人力や薪炭レベルでのグローバリズムはそれほど進まなかったはずだ。

それこそ、奴隷貿易で人力を確保せざるを得なかったのだ。

現代は奴隷の取引をせずとも、快適な生活環境と仕事を用意すれば、それの乏しい周辺から人は自ずと集まってきてくれる。


これは日本が特に全国的に経済発展を目指した高度経済成長期に国内で生じた現象と同じである。

それは戦後の復興で電力や石炭、石油とエネルギーが確保できるようになり太平洋側の臨海地帯を中心に工業化が進んでいった。

地方から金の卵と言われる若者や、大学への進学で優秀な人材が自ら進んでそういう所に集まってくるようになったのである。

東京を中心とした大都市はその人口捕食によって自ら延命させてきたのだった。

現代では地方都市の多くは人的資源が略奪され、危機的な状況になっているところも少なくない。

その大都市も地方からの人材が得られなくなって、外国から人材を獲得するグローバリズムに乗っかっていくしか無い状態だ。


E,トッドは日本の家族を直系家族として捉えてきたが、その直系家族は経営母体である家が家業によって維持された時代でこそ成り立っていたのである。

だから、どの時代であっても家業をもたない家族や人は、直系家族というよりも私は拡大核家族に近い状態だったように考えている。

その例が、奄美の「ヤ(家)」で、日本本土のように跡継ぎは優遇されていなくて、むしろ「オヤワズライ」として、親の扶養を負担する子どもとしての位置づけがされていた。

それは黒糖の収奪が行われて、一部の富裕層以外は本土のような家を形成できないばかりか、ヤンチュといわれる身売りさえ行われていた

これはフィリピンの初期農耕民にもみられる拡大核家族に似た形態と考える。

沖縄の「門中」は中国の影響を受けて発展したもので、南西諸島では例外的なものだと私は考えている。

これは、赤穂などのような塩田地域の下人であった浜子などでも同じだったように思うし、農村地帯でのいわいる水呑百姓もそうかわらなかったように思う。

ただ、私の本家のように米を作る傍ら、船での運搬業の家業があった家では、跡継ぎによって家は直系として守られていた。

しかし、その家業を失ってからは、子どもが近くに住んでいても跡を継ぐ者はいなくなってしまった。


地方では家業の農業だけで生活できる家族が失われていき、兼業農家として維持されていた家も、地方の工業の衰退によって地元から離れざるを得なくなった。

現代では直系家族どころか、拡大核家族も崩壊して、一人暮らしが増えて行ってしまった。

当初の地方の繊維産業の衰退はグローバリズムの進展が原因であり、やがて同じように造船、鉄鋼、電気製品などが同じ運命を辿り、自動車などが今岐路に立っている。

その一方で、所得水準が上がり生活が豊かになったことで、高等教育を子どもに受けさせられて、都会の企業や官庁への就職が容易になったことにある。

私は親が大企業の労働者ではあったが、地方公務員となって地元に居着いたのであり、同じ大学の同級生でそういう例はあまりない。

また、同じ高校を出て大学を出てから地元に戻って来た同級生は、親の家業を継ぐ例は医者、教師や企業、事業所の経営者の家で数は少ない。

そして、私の教師の職業を継承する子どもはいなくて、独身の息子だけが介護の仕事をしながら一緒に暮らしている。

私が住んでいる農村地帯でも専業農家はほとんどいなくて、兼業農家として残っている家も激減している。

それは高卒の魅力ある職場が無く、大卒で勤められる仕事がほとんど無いからである。


こういう現状を打開する方法は、エネルギー転換しか無いと思う。

再生可能エネルギーは地方の方が有利である。

太陽光・風力発電もさることながら、草木類を利用したバイオ発電を推進して、それを工業や農業に活かしていくべきだろう。

農村地帯に住む私にとって、自分で食糧を確保して、食費の削減はできるが、電気・ガス代、ガソリン代はどうにもならない。

そのどうにもならない出費を除けば、仕事さえ有れば地方の方が豊かな生活ができるのだ。

現に江戸時代で人口が多かったのは大阪・京都・江戸は別として、農村地帯だった。


これだけホルムズ海峡の封鎖の脅威を身に感じながら、エネルギー転換の議論がなされないのは愚かなことだと思う。

その一方で、EVの需要が大きく高まってきていることがネットニュースなどの多くで報じられている。

テレビ局は日本の自動車メーカーに気兼ねして、大きく報道していないのかもしれない。

このEVに関しては中国が大きくリードしているので、今後日本も巻き返しを図らねばならないだろ。

とにかく、石油依存社会からの脱却が、しいてはグローバリズムの弊害を無くし、地方衰退の流れを変えてくれるはずだと思う。

そして、何よりも石油を巡る戦争をなくす平和活動であることを私はずっと訴えている。





2026年4月1日水曜日

ニヒリズムが生むカルトと原理主義

 現代はニヒリズム(虚無主義)の時代と言われている。

人の価値を否定する考え方だが、キリスト教が根底にある欧米人にとって重大な問題である。

ところが、日本人はそもそも仏教にしろ神道にしろ、根底にあるのはアニミズムなので、経典や思想は呪文ほどの意味しか持ってなかった。

これは現代の仏教に縁の無い若い人がパワースポットにはまっているのとそう変わりは無い。

また、心霊写真や幽霊話は今でもテレビなどでもよく登場している。

ただ、これも個人差があって、そういう霊的な存在をあまり信じない人もいることも確かだ。

私は母方も父方も祖母が信仰深かったし、特に母方の祖母は霊的な体験を語る人でもあった。

それに対して、家内はそういう祖母が傍にいなかったせいもあって、霊的存在をあまり信じていない。

また、都会で幼い頃から育った人は、自然界の霊的な存在には無関心のような気もする。


一方で、宗教の説教や聖書などに親しんできた人は、霊的存在もさることながら、その教えや世界観の影響かなり受けていると思う。

私は中学から大学までカトリック系の学校で学び、聖書に親しむことも多かったが、仏教以上に生活に根付いたものでは無かった。

仏教といっても葬式や先祖供養に関わるもので、思想的な影響はあまりない。

ところが、幼児洗礼を受けた私の大学の友人は、話していてもかなりカトリックの影響を受けていることが感じられた。

私がキリスト教に改宗しなかったことを残念に思ったのは、大学院時代にキリスト系の大学からの求人があって、先生から信者かどうか尋ねられたときだ。

もし、信者であったら優先的に採用されていただろうと思った。

考えてみれば、母校の南山大学でも信者の先生が同じ学科にいた。

その程度のものでどちらかと言うとキリスト教には懐疑的なところがある。


文化人類学者のエマニュエル・トッドは、宗教の信仰形態を活動的状態、ゾンビ状態、ゼロ状態に分類している。

そして、現代の欧米を一部例外を除いて宗教ゼロ状態になって、ニヒリズムは、ヨーロッパにもアメリカにも存在し、西洋の全域に遍在していると述べている [E・トッド2024:170-173]。

文化人類学では呪術と宗教を区別したり、世界宗教と民俗宗教を別次元で考えたりするが、トッドの言う宗教には呪術や民俗宗教は含まれていないだろう。

確かに、世界宗教や国家的宗教は活動として形骸化したり、殆ど信仰されなくなったりしているかもしれない。

しかし、その一方でかつてはそういう宗教から異端とされていたカルトが、現代では一部の熱狂的な信者を生んでいることは確かだろう。

また、新宗教もかつてはカルト的存在であったのだろうが、多くの信者を得てカルトとは言われなくなったりする。

今回トランプを支えている福音派はキリスト教の聖書や伝道に立ち返る原理主義や根本主義と考えても良さそうだ。


カルトに関しては日本のオウム真理教や統一教会のように、テロ事件と関連して解散させられる場合もある。

一方で福音派のようにアメリカ大統領に多大の影響力を与える場合もあるのだ。

トッドはニヒリズムの戦争への影響を述べているが[前掲書:360-362]、イラン戦争に関しては原理主義同士の戦いの様相を呈している。

テロや戦争が生じる根本にはニヒリズムの中で却って霊や超自然的存在、聖書などに熱狂的な信仰をもつ人々の存在が有るように思う。

これは行きすぎた資本主義による経済という名の戦いが生んだ殺戮兵器による戦争とも言えるかもしれない。

その一方で、歴史的な十字軍の戦いが原理主義信仰の元で、核開発と石油を根源として再発したかのようにもみえる。


引用文献

エマニュエル・トッド 大野舞訳 2024  『西洋の敗北―日本と世界に何が起きるのか』 文藝春秋

といっている。




2026年3月30日月曜日

小豆大麦粥による脱米依存

 これまで、一日一膳ということで、一食だけ玄米をお茶碗にいっぱいだけ普段は食べていた。

以前は玄米を主体として雑穀米にして、大麦も同じくらい加えていたのだが、冬場で運動不足もあって胃腸の調子が悪くなった。

そこで、家内も食べている柔らかい玄米を一食だけ食べていたのだ。

そうすると、大量に買った大麦がそのまま残ってきたので、何とか食べられないかと思案して、ネットで調べて大麦粥にいきついた。

私はお粥のイメージはおなかを壊したり、熱が出たときなど病気の時に食べるという悪いイメージしか無かった。

そして、白米のお粥はどちらかというと嫌いだった。

その一方で、鍋物の残りで炊いたおじやは大好きだったし、昔は安岡鍋を使ってガスで炊いていて、お焦げができるのでそれをお粥にして食べるのが好きだった。

要するに、病人に食べやすいお粥が苦手であっただけなのだ。


そこで、大麦を1合にそばの実や黒米などの雑穀適量、そして水にかしていた小豆と大豆を5勺ずつ入れてマイコン炊飯器のお粥機能で炊いた。

どうも水分が少なかったせいか、好みのお粥にはならなかったので、シャトルシェフで炊き直して保存しておいた。

それによって、小豆も大豆も柔らかくなって食べやすくなったし、好みのお粥に仕上がった。

シャトルシェフは長時間の保温には向かないので、マイコン炊飯器の温度調節機能で保温したが、入りきれないのは冷凍庫で保存しておいた。

その冷凍庫で保存していたお粥も、後で解凍してマイコン炊飯器で同じように保温して食べた。


味としては塩味で、小豆の風味がとても良い。

一方で、大豆は思ったほど美味しくなかったので、次からは入れないようにした。

また、使い道に困っていた鶏のササミの缶詰も入れるとタンパク質もとれている。

私は三食ともこの小豆大麦粥をアレンジしながら食べることにした。

特に朝は今まででは、玄米でも胃がもたれることがあったのだが、そういうことも無くなって快調である。

欠点としては昼食前にお腹がすいてしまうことだが、これは健康のため、減量のためと思って我慢している。

何よりも、美味しくてお腹いっぱいに食べられて、健康に良いのが魅力である。

そして、何よりも米依存からの脱却を図ることができる。


村作業で水田水路の溝掃除や草刈りをしているのに、近所の米農家から今年は去年よりも50%も高い価格で玄米を買っている。

私の家は転入者で水田を持っていないので仕方ないが、村の殆ど家は水田地主なので小作料を受け取っている。

米が安いときは、それほど気にならなかったことだが、米が高くなるとみじめに思えてくる。

水田地帯に住んでおりながら、米を食べないというのもへそ曲がりなことだが、かつては冬場にはちゃんと麦も作っていたはずだ。

かつての農家も麦飯が当たり前だったのだ。

私のようにほとんど大麦のお粥を食べることは無かっただろうが、小豆を入れて食べることは昔では贅沢だったと思う。

実は、健康的で美味しい贅沢な食事をしているのだ。

大麦の人気が高まれば、きっと近所の米農家も安い大麦を作ってくれるだろう。




2026年3月27日金曜日

なぜ無差別爆撃をやれないのか?

 我々は今戦争を目にしている。

そこで、実感するのは太平洋戦争で日本が受けた空襲がなされていないことだ。

もし、同じことがウクライナやイランで行われたら、どういう非難を受けるだろうか?

ダニエル・イマヴァールはその著『帝国の隠し方―大アメリカ合衆国の歴史―』(名古屋大学出版会 2025年)の中で次のように述べている。


それはマッカーサーやニミッツが太平洋を急襲する際に用いた「飛び石」戦略に見ることができた。米軍は、連続した地域を奪取していくのではなく、日本軍の拠点を跳び越えて前進したのだ。航空技術がこれを可能としたのである。

 それはまた、連合国軍が、日本の主要な島々に足を踏み入れることなく、日本を打ち負かすという並外れたことも可能にした。連合国軍は、グアム、テニアン、サイパン、沖縄、硫黄島の基地を用い、空路で日本の七〇近い都市を破壊した。

 飛行機はトラックではなく死をもたらしたが、それ以外はヒマラヤ作戦とあまり変わらなかった。アメリカ合衆国は、小さな島々から、侵攻することなく日本を服従させたのだ【前掲書:258】


著者は航空技術を賛美し、無差別爆撃や原爆投下に触れていない。

歴史家として恥ずべきだと私は思うが、それを書いたらアメリカでは売れないだろうとも思う。

著者の論に従えば、イランを服従させたければ、同じことをすれば良いということになる。

あのトランプでさえ今はやれないことを、ルーズベルトとトルーマンはしたというのが事実だろう。

テレビの報道でもかつて地上戦なしに政権の交代や降伏はあり得ないと解説する人が多い。

その解説の裏には、無差別爆撃や核攻撃があれば別というのが隠されている。

劣勢に立っているウクライナもイランも無差別にロシアやアメリカを攻撃することは避けている。

それをすれば同じことを倍返しでやられることが分かっているからだろう。


日本がアメリカの無差別爆撃を強く非難できないのは、同じことを中国の重慶でも行っているからでもある。

ただ、無条件降伏の後で、その責任はとらされている。

つまり、負けなければ戦争犯罪で裁かれないのだ。

世界に張り巡らした米軍基地によって、しばらくは隠された帝国は維持されるので、裁かれる心配は無い。

トランプは負けない自信はあるだろうが、相手が最後まで降伏しなかったら、戦争犯罪は裁かれなくても、世界からの非難は浴びるだろう。

哀しいのは日本で脅され支配されている米軍基地を、守ってもらっているので安心と言い続けなければならないのだ。

しっかりと、アメリカ帝国は日本を支配できている。









2026年3月25日水曜日

経済戦の傭兵:ビジネスマンの疲弊

 我々日本人は平和ぼけだと言われ続けてきた。

しかし、それは武器を用いた戦争を平和憲法によって避けてきただけで、実際は経済という戦いを続けてきた。

エリック・アリエズ&マウリツィオ・ラッツァラートは次のように述べている。*1

戦争と経済の可換性は資本主義の土台にあるものだ。すでにずいぶん以前に、カール・シュミットが、経済と戦争の連続性を指摘することによってリベラリズムの「平和主義的」欺瞞を暴いた。経済は戦争の目的を戦争とは別の手段によって追求するということだ(「信用取引の停止、原材料の輸出禁止、外貨の毀損」)。  [ É,アリエズ&M,ラッツァラート2019(2016):11]


今回のトランプのイラン奇襲攻撃で軍事的に痛手を被ったイランの戦術は、石油に関わる経済を最大限に用いることだった。

それを考えると、中国は既に日本に対して経済という戦を仕掛けているのだ。

その発端は高市総理の不用意な台湾有事発言であり、これは中国が経済戦の宣戦布告をするきっかけとなった。

日本は既にアメリカとは貿易戦争という経済戦を行ってきたが、ドルを基軸としたアメリカの金融政策の前に屈服してきた。

そして、IT、AIという最先端の経済戦でも苦戦を強いられているし、トランプの違法な経済戦の前に隷従している。

企業はいわばその経済戦の最前線で戦ってきたのであり、そこで雇われるビジネスマンはまさしく傭兵と同じだった。

バブル経済期にリゲインのCMで流れた「二四時間戦えますか ジャパニーズ・ビジネスマン」は、明治維新から続いてきたものだ。

そして、学校はかつては立派な軍人や企業の傭兵を育てたが、戦後はもっぱら立派な傭兵たるビジネスマンを育てるのに寄与してきた。

今回、日本人の多くがその立場に置かれていることを知るのは、ウクライナ戦争での経済制裁、イラン攻撃での経済封鎖を目の当たりにしているからだろう。


ふと、振り返ってビジネスマンや公務員の過労死や過労自殺、精神疾患、生活習慣病も戦死や戦傷、戦病と言えるのだ。

地方の企業が衰退し、農林水産業では生活が成り立たず、地方から都会に出てビジネス傭兵にならざるを得ない状況は戦国時代と変わらない。

近年は正規雇用の侍では無くて、足軽のような非正規雇用がまかり通っている。

そんな中で、子どもを産み育てる生きがいとと喜びを失ってしまう実情に目をつぶって、一部の富裕層のために政府は動いている。

我々日本人は決して平和な時代を謳歌してきたのではない。

経済戦の中で戦い一般家族は疲弊してきたのだという自覚が必要に思う。


*1エリック・アリエズ・マウリツィオ・ラッツァラート 杉村昌昭十信友建志訳 2019『戦争と資本―統合された世界資本主義とグローバルな内戦』   作品社    [ É,アリエズ&M,ラッツァラート2019(2016)]

2026年3月23日月曜日

竹被害対策としての竹パウダーの勧め

 いつも散歩で通る畑でおじいさんが粉砕した竹をマルチとして撒いていた

その竹はちゃんと分解するのですかと聞くと、大丈夫だと答えてくれた

実は、その粉砕竹は近くの山裾の竹林を整備したときに出た物だ

竹は以前は色々と建築資材や農業資材、工芸品として利用してきたのだが、今は殆ど利用されず放置されている

それで、周りに蔓延って被害を及ぼしている

その対策として、竹を伐採して粉砕してその場所で撒いていたようだ

おじいさんはその粉砕竹をもらってきたようだった

地元では、太陽光発電にする場所として活用もしているが、竹もそこそこ残して完全に撤去はしていないので、今後も活用できる。


私も近所の竹林の管理で困っているん人がいるので、竹を自分でとってくる許可を得ていた

なかなかその機会が作れなかったのだが、今回必要に迫られてとることにした

それは、米糠を使って肥料にするのに必要になったからだ

普通は米糠でEMボカシ肥料を作るときは、油かすや魚粉、骨粉、糖蜜加えたりするのだが、最近は籾殻も使っているようだ

米糠は固まりやすいので、それを防ぐための材料が必要だ

籾殻なら無料で簡単に手に入るのだが、私はどうしても残留農薬が気になる

近所では無農薬で米を作っている人はいない

そこで思いついたのは竹パウダーだった


そこでとりあえずは近所の竹林から焼くしか処理できない枯竹をとって来て、持っている庭木用の電動粉砕機でチップにした

もっと細かくなると思っていたのだが、1cm角の物がほとんどだった

そこで、麦などを粉にする製粉機で粉にしてみた

最初はうまくいっていたが、そのうち刃を留めるビスが緩んで取れてしまい、直しても枯竹は硬いので同じことの繰り返しになった

大して量もとれず、買った方がましかなと思って通販を調べてみた

その説明を読んでいて気がついて、ネットで調べてみるとパウダーにするのは生竹か、1週間ほど乾かした竹だった

枯竹は粉砕機でチップにして草抑えにするくらいしか使い道がないようだ


そこで、生竹を採ってきて、電動粉砕機でまずチップにした。

生竹の方が、細く割り易いのだが、刃の間隔を狭めないと竹の外皮にひっついてしまう。

それさえ気をつければ、枯竹よりも簡単にチップにすることはできた。

そして、電動製粉機で細かくしてみたが、問題なくできた。

枯竹より楽にできて、量も多くとれる

でも、気をつけないと枯竹の時と同じように、ビスが緩んだり、竹が刃に挟まって動かなくなる

製粉機で一回に処理できる量は手づかみ一杯分なので、量をこなすには時間がかかることは否めない。

でも、思ったよりも多くの生竹パウダーを作ることができた。


昨日も近くの三日月町の直売所で竹パウダーを売っているの見つけて、買おうと思ったらあまりにも高いので買わなかった。

確かに細かくて食料品にも混ぜられそうだが、農業用として使うには高価すぎる。

そもそも、竹パウダーは土壌改良材であって、肥料成分は足さなければいけない。*1

農業用の安い竹パウダーは、輸送費などを考えると地元で作って売った方が良いだろう。

竹林被害にあっている地域では、直売所と提携して農業用の安い竹パウダーを販売して欲しい。

自分で粉砕機と製粉機を用意できる人は、竹林の所有者に了解を得て自分で処理することも簡単だ。

建築材や工芸品に竹を使わなくなったこれからの時代は、筍などの食材と肥料に用いるのが最善策だと思う。

近年は田舎でも家庭や農地、山地から出る廃材を燃やすことは禁じられるようになって、粉砕機は必需品になってきている。

元来、石臼は農家では必需品だったことを考えれば、製粉機もあって良いように思う。

世界情勢で化学肥料が高騰する中で、その対策としても有効だと思う。


*1 竹パウダー(竹粉)の効果と使い方(https://earth-shizen.com/blog/takepowder-kouka-use/)






2026年3月21日土曜日

恥知らずの高市外交

 日本の文化を「恥の文化」と評したのはアメリカの文化人類学者ルース・ベネディクトだった。

日本人は人にどう見られているかを、非常に気にするところがあった。

今は下火になったが「日本人論」「日本論」がよく書かれていた。

欧米を中心とした外国人からどう見られているのかを、非常に気にするところもあった。

これは村社会や町社会の中で強い地縁関係がそうしたのだろうと思われる。

また歴史的背景として江戸時代は犯罪に対する刑罰が家全体や5人組の連帯責任となったので犯罪抑制にも繋がったことは確かだった。

そして、何よりも武士は自ら切腹して辱めを受けることを潔しとしない誇り高い階級だった。

しかし、そういう地縁関係も薄れてしまい、誇りも失われ、老齢者や女性に対する詐欺や窃盗、強盗が増えてきているようにも思われる。

その一方で、強い者に対する迎合、従順さは以前よりも強くなったと思う。

私は長年教師をしていたので、管理職に対する職員の対応を見てきたが、従順さがました背景に組合の弱体化は確かに大きい。

しかし、それよりも教員の誇りを傷つける免許更新制などの政策によって、中央管理体制強化とその採用人事で教員は従順さが増したと思う。

それが、結局学校のブラック化と教員離れにつながったように思う。


今回の高市総理の日米首脳会談に際しての発言

「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルド。私は諸外国に働きかけ、しっかり応援したい」

を聞いて、世界から軽蔑されているアメリカ大統領に日本の総理大臣が媚びていることに恥を感じた。

いくら相手が世界一の軍事大国のトップだからと言って、国際法からも間違っていると思われるイラン攻撃をした人間に言う言葉ではあるまい

中国に対しては強い態度で臨みながら、一方でアメリカ大統領には対しては媚びるなんて日本人として恥としか思えない。

我々国民がこういう総理大臣を選んで作り上げたのであって、われわれ日本人自身も恥と思うべきなのかもしれない。

たぶん、海外ではこういう総理大臣のいる日本を恥知らずで哀れに思うだろう。

原爆の戦争犯罪を黙認して、アメリカの核で守ってもらっていると勘違いしている日本人。

こういう状況でもオールドメディアは総理大臣や自民党にへつらう報道をするのだろうか?

とくにNHK????

これでは若い世代に希望を与えられないし、誇りを失わせても仕方有るまい。

もう、高市総理を見ていると日本には「恥の文化」は失われたと言って良いのかもしれない。

2026年3月17日火曜日

新しい仲間、ハーモニカ

 ずっと以前に買ってたまに吹いていたクロマチック・ハーモニカを壊してしまった

このハーモニカはかつて全校生徒の前でアカペラを歌ったときの間奏で用いた思い出深い物だった

出ない音があるので、分解して触ったら多くの音が出なくなってしまった

他の楽器もやってみたがすぐには上達できず、しばらくすると、やはりハーモニカが欲しくなった

普段は一人カラオケやギター伴奏で歌っているのだが、夜中は声を出すのがはばかられる

気分的に小さな音で曲を奏でたいときもある

本当ならアコースティックやエレキギターがうまく弾ければ良いのだが、指が短い上に不器用なもので何年やってもあまり上達しなかった

ハーモニカは小学生の頃から吹いていたこともあって、ギターよりはましに旋律演奏できる

そこで、ハーモニカを買うことにして、ネットで色々調べてみた


ハーモニカは1000円以下の物から何十万円もする物まである

人前で演奏するなら5000円以上くらいの物が必要なようだ

半音が出せるクロマチック・ハーモニカは思ったよりも高くて、手が出そうに無い

普通のハーモニカでもベント奏法という半音下げることができることを知って、それを練習しようとも思った

どうせ、当面は練習したり一人楽しむくらいにしか使わないと思い、900円ほどの10穴ハーモニカのCとAの二つとホルダーもネットで買った

中国製で安っぽい物だが音色はそれなりに悪くない、ただベントはなかなか上達していない

吹きたかった虎舞竜のロードは原曲がGで、YoutubeではDでのレッスンがおおくて残念ながら挑戦できていない

それでも、簡単に吹ける曲をいろいろとYoutubeを見ながら練習するのも楽しいものだ


そして、何よりも新しい楽しみは野外で吹けることだ

小さいのでポケットに入れて持ち運び、どこでも吹くことができる

先日も赤穂御崎の梅を見に行って、人がいないところで吹いてみた

今まではスマホからの音楽を聴きながら、海などの景色をながめたりしていたのだが、ハーモニカを吹いていると自然の中で我を忘れさせてくれる

ただ、まだ下手なので人が近くに来て聴かれるのは恥ずかしいので、人気の無いところで吹いた

これならホルダーにつけて、車を運転しながら練習する手もあると思った


最近は夜に気張らし練習することもある

特にベントの練習を欠かさないようにしている

これだけ息を吐いたり吸ったりすると、けっこう肺活量が必要で、鍛えられる

高齢の人が吹き矢を使って健康管理しているのをテレビで見たが、ハーモニカなどは手軽でどこでも練習できて健康に良さそうだ

夢は弾き語りでハーモニカを吹いて、ステージにも立つことだ

その時にはギターもハーモニカも良いのを調達しようと思っている

今までネットでのカラオケやフォークギター伴奏で一人歌ってきたが、ハーモニカという仲間が加わることでまた賑やかになった

上達すれば、家外での仲間も増やして良いこうと思う

2026年3月13日金曜日

代理出産とアリサ・リュウ(劉美賢)

 今回の冬のオリンピックのフィギアスケート女子の金メダリストアリサ・リュウは、母は匿名の卵子提供者で、代理母を通して生まれたという*1。

しかも、弁護士である父親はシングルファザーだという*2

日本では代理出産は実質禁止されているので、日本人は海外でしか行えない。

だから、アメリカではしっかりと代理母によって生まれた子どもが父親だけの手で育てられて成

長し、オリンピック選手として国を代表し、世界の頂点にまで上り詰めていることに驚いたと思う

実は代理出産に興味を持ったのは、ウクライナのことを調べている過程であった。


ウィキペディアの代理母出産」によれば

ウクライナでは外国人と代理出産の契約を結ぶことが許可されているため、国際的な代理出産の拠点となっている

2014年のウクライナ紛争以後には避難してきた若い女性が金を得るために業者と契約する事例が、紛争以前より増加した

というように、我々日本人の抱くイメージとは違う貧困による商業の側面を持ち、金メダリストを生む代理出産を単に喜んでだけはいられない

このこともあって、私は代理出産について次の文献を読んでみた

デポラ・L・スパー 椎野淳訳 2006『ベビー・ビジネス―生命を売買する新市場の実態』ランダムハウス講談社

これは20年も前の書籍で、商業的代理出産の規模は小さかった時代の物だが、当時と状況は根本的には変わってないと思われる。

「第3章 子宮を貸す女性たち代理出産市場の出現」でD,スパー氏は代理出産の起源を聖書からの引用で、主人が主に使用人を
使ったり、可能なら第二夫人や愛人を利用したことが述べられている[前掲書:111]。

これは奄美で行われた主人がヤンチュ(下人)に子どもを産ませたりしてそれをヒザとよんだことと通じる。

育てるのは主人の正妻なのか、使用人なのか、乳母なのかという違いが出てくるし、正統な後継者として認められるかどうかも違ってくるだろう。

とにかく医療が発達するまでは妊娠出産は妊婦への負担や命の危険を伴うので、強要されるかそれなりの見返りが無いとできるものではなかった。

ともかく、複婚、奉公、奴隷、愛人・妾を利用して子どもは正妻以外に誕生してきたのだ。

これらは、欧米文化を中心とした近代化で否定されることになった。

また、売春は商業として発展し続けてきたが、代理出産の商業的な発展は無かった。


それが、人工授精(AIH)によって「受胎は性行為と切り離され、代理母に会うことすらなしに、自分の子どもを妊娠して
もらうことが可能になった」[前掲書:113]



このことに関して、色々と問題が指摘されているが、今回のアリサ・リュウのことから考えてみようと思う。

これからは、独身であったり、同性婚であった場合でも、お金さえ有れば自分が望む子どもを手に入れることができるようになった。

競馬の世界では優秀な種馬の精子が高額で売買されていることがよく知られているが、同じことが人にも行われると言うことだ。

近年は胚移植の技術も進んでいるので、望む胚を購入して代理出産してもらったら、簡単に望ましい子どもを手に入れることができる。

これは優性思想に関わる重要な問題となる。

今回、代理出産の女性が金メダルを取って、その価値が高まったらそれに倣う人も多く出てくる可能性がある。

特にスポーツ選手は遺伝的な資質に大きく左右され、それが高額を収入と結びつく。

かといって、人工授精で生まれた選手の出場を認めないことも問題だろう。

人類が自己家畜化(self  domestication)したがゆえの歴史的な宿命なのかもしれない。

ウクライナの代理出産ことを含めて行きすぎた資本主義と経済格差がこういう問題を大きくしているように思う。












*1 アリサ・リュウ フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

*2【フィギュア】アリサ・リュウの父が娘を16歳で引退に追い込んだ理由を告白「乗り越えられると思っていた」