鈴木宣弘氏は日本の食糧問題をアメリカへの従属として危機意識を高めようという訴えを続けている*1
そもそも、日本は戦後まもなくアメリカからの食糧援助からその依存が始まった。
昭和21年から始まったGHQ(連合国軍総司令部)による米や小麦粉の放出、およびアメリカからの緊急輸入
ララ物資(LARA)は1946年に結成されたアジア救済日本委員会を通じ、アメリカ住民の善意や海外移住者(日系人)からの救援物資(小麦粉、脱脂粉乳など)
学校給食の再開は1947(昭和22)年から、アメリカの援助やララ物資による脱脂粉乳や小麦粉を活用し、全国の小学校で学校給食が部分的に再開・拡充された。
これは、「隠れた戦争経済としての食糧援助。それは貧困国が輸入食糧に依存するよう仕向ける [ É,アリエズ&M,ラッツァラート2019(2016)]:350」として現在もNGOでも行われている。
これ以来、日本人は食糧依存が継続し、グローバリゼーションでの食糧戦争でも抵抗を阻まれてきた。
またこの食糧援助は日本人の食生活を変革し、パンを中心とした欧米の食生活が広まっていった。
学校給食ではパンと牛乳が主であったが、やっと米食も取り入れられるようになった時には、パンを中心とした食事が根付いてしまっていた。
工業や金融では世界でも先進性の高い日本は、食糧に関しては第三世界並の貧困国である自覚がないのが悲劇でもある。
アメリカにとっては、日本の食糧の依存を維持さえしておけば、強い抵抗を受けることはない。
政府とJA、米農家はこういう日本国民の無自覚な食糧依存性を逆手にとって、アメリカに米作だけの特権を許してもらって国民を食い物にしてきた。
今回の米騒動も結局、闇の中で備蓄米が買い戻され、米価格は維持されようとしている。
これだけ国民を愚弄した政策を続けられても、生死に関わる食糧を依存してしまっている消費者は抵抗するすべを持たない。
以前から訴えているように、米の輸入も自由化する代わりに、補助金をアメリカに認めさせて、アメリカの米価並みの価格にする。
本当に安い米は東南アジアから経済支援のつもりで輸入して、困窮している日本の消費者がしっかり食べられるようにすべきである。
しばらくは、米農家の倒産、破産が続くかもしれないが、痛みをともなった改革はどの分野でも経験してきたはずだ。
そして、来るべき世界の食糧危機に備えた力強い農業を再建すべきだと思う。
今日も、村の稲刈り時期に行う道作り作業を行ってきたが、銀行の利子以上の高い小作料をもらっている水田地主のために背負い草刈り機で汗を流した。
肝心の水田地主は高齢化でまともに道路や川の土手の斜面の草を刈ることも出来ない人が殆どだ。
人によっては、普段使わない高価なマキタの草刈り機のエンジンがかからないので、熊手を持ってきてぶらぶら歩いている始末である。
水田地主の殆どは肩掛けの2サイクルエンジンの草刈り機でガソリンの混合油なので、その混合油の支給はあるが、私のように4サイクルのガソリンに対して支給はない。
そもそも、水田地主は男性は稲作りで、女性が畑作りの感覚が残っているので、畑仕事をまともにしないし、水田も水管理以外には殆どしない人が多い。
そんな水田地帯の情けない状態を放置して良いはずが無いが、村にはJAに勤めている人が自治会を仕切ったりして改革は出来ない。
このままでは、この道作りさえまともに出来なくなって、稲作も終わっていくだろう。
*1 鈴木宣弘 2013 『食の戦争―米国の罠に落ちる日本』 文藝春秋、鈴木宣弘 2025『食の属国日本―命を守る農業再生』 三和書籍
引用文献
É,アリエズ&M,ラッツァラート 杉村昌昭、信友建志訳 2019 『戦争と資本―統合された世界資本主義とグローバルな内戦』 作品社 [ É,アリエズ&M,ラッツァラート2019(2016)]