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2026年3月27日金曜日

なぜ無差別爆撃をやれないのか?

 我々は今戦争を目にしている。

そこで、実感するのは太平洋戦争で日本が受けた空襲がなされていないことだ。

もし、同じことがウクライナやイランで行われたら、どういう非難を受けるだろうか?

ダニエル・イマヴァールはその著『帝国の隠し方―大アメリカ合衆国の歴史―』(名古屋大学出版会 2025年)の中で次のように述べている。


それはマッカーサーやニミッツが太平洋を急襲する際に用いた「飛び石」戦略に見ることができた。米軍は、連続した地域を奪取していくのではなく、日本軍の拠点を跳び越えて前進したのだ。航空技術がこれを可能としたのである。

 それはまた、連合国軍が、日本の主要な島々に足を踏み入れることなく、日本を打ち負かすという並外れたことも可能にした。連合国軍は、グアム、テニアン、サイパン、沖縄、硫黄島の基地を用い、空路で日本の七〇近い都市を破壊した。

 飛行機はトラックではなく死をもたらしたが、それ以外はヒマラヤ作戦とあまり変わらなかった。アメリカ合衆国は、小さな島々から、侵攻することなく日本を服従させたのだ【前掲書:258】


著者は航空技術を賛美し、無差別爆撃や原爆投下に触れていない。

歴史家として恥ずべきだと私は思うが、それを書いたらアメリカでは売れないだろうとも思う。

著者の論に従えば、イランを服従させたければ、同じことをすれば良いということになる。

あのトランプでさえ今はやれないことを、ルーズベルトとトルーマンはしたというのが事実だろう。

テレビの報道でもかつて地上戦なしに政権の交代や降伏はあり得ないと解説する人が多い。

その解説の裏には、無差別爆撃や核攻撃があれば別というのが隠されている。

劣勢に立っているウクライナもイランも無差別にロシアやアメリカを攻撃することは避けている。

それをすれば同じことを倍返しでやられることが分かっているからだろう。


日本がアメリカの無差別爆撃を強く非難できないのは、同じことを中国の重慶でも行っているからでもある。

ただ、無条件降伏の後で、その責任はとらされている。

つまり、負けなければ戦争犯罪で裁かれないのだ。

世界に張り巡らした米軍基地によって、しばらくは隠された帝国は維持されるので、裁かれる心配は無い。

トランプは負けない自信はあるだろうが、相手が最後まで降伏しなかったら、戦争犯罪は裁かれなくても、世界からの非難は浴びるだろう。

哀しいのは日本で脅され支配されている米軍基地を、守ってもらっているので安心と言い続けなければならないのだ。

しっかりと、アメリカ帝国は日本を支配できている。









2026年3月25日水曜日

経済戦の傭兵:ビジネスマンの疲弊

 我々日本人は平和ぼけだと言われ続けてきた。

しかし、それは武器を用いた戦争を平和憲法によって避けてきただけで、実際は経済という戦いを続けてきた。

エリック・アリエズ&マウリツィオ・ラッツァラートは次のように述べている。*1

戦争と経済の可換性は資本主義の土台にあるものだ。すでにずいぶん以前に、カール・シュミットが、経済と戦争の連続性を指摘することによってリベラリズムの「平和主義的」欺瞞を暴いた。経済は戦争の目的を戦争とは別の手段によって追求するということだ(「信用取引の停止、原材料の輸出禁止、外貨の毀損」)。  [ É,アリエズ&M,ラッツァラート2019(2016):11]


今回のトランプのイラン奇襲攻撃で軍事的に痛手を被ったイランの戦術は、石油に関わる経済を最大限に用いることだった。

それを考えると、中国は既に日本に対して経済という戦を仕掛けているのだ。

その発端は高市総理の不用意な台湾有事発言であり、これは中国が経済戦の宣戦布告をするきっかけとなった。

日本は既にアメリカとは貿易戦争という経済戦を行ってきたが、ドルを基軸としたアメリカの金融政策の前に屈服してきた。

そして、IT、AIという最先端の経済戦でも苦戦を強いられているし、トランプの違法な経済戦の前に隷従している。

企業はいわばその経済戦の最前線で戦ってきたのであり、そこで雇われるビジネスマンはまさしく傭兵と同じだった。

バブル経済期にリゲインのCMで流れた「二四時間戦えますか ジャパニーズ・ビジネスマン」は、明治維新から続いてきたものだ。

そして、学校はかつては立派な軍人や企業の傭兵を育てたが、戦後はもっぱら立派な傭兵たるビジネスマンを育てるのに寄与してきた。

今回、日本人の多くがその立場に置かれていることを知るのは、ウクライナ戦争での経済制裁、イラン攻撃での経済封鎖を目の当たりにしているからだろう。


ふと、振り返ってビジネスマンや公務員の過労死や過労自殺、精神疾患、生活習慣病も戦死や戦傷、戦病と言えるのだ。

地方の企業が衰退し、農林水産業では生活が成り立たず、地方から都会に出てビジネス傭兵にならざるを得ない状況は戦国時代と変わらない。

近年は正規雇用の侍では無くて、足軽のような非正規雇用がまかり通っている。

そんな中で、子どもを産み育てる生きがいとと喜びを失ってしまう実情に目をつぶって、一部の富裕層のために政府は動いている。

我々日本人は決して平和な時代を謳歌してきたのではない。

経済戦の中で戦い一般家族は疲弊してきたのだという自覚が必要に思う。


*1エリック・アリエズ・マウリツィオ・ラッツァラート 杉村昌昭十信友建志訳 2019『戦争と資本―統合された世界資本主義とグローバルな内戦』   作品社    [ É,アリエズ&M,ラッツァラート2019(2016)]

2026年3月23日月曜日

竹被害対策としての竹パウダーの勧め

 いつも散歩で通る畑でおじいさんが粉砕した竹をマルチとして撒いていた

その竹はちゃんと分解するのですかと聞くと、大丈夫だと答えてくれた

実は、その粉砕竹は近くの山裾の竹林を整備したときに出た物だ

竹は以前は色々と建築資材や農業資材、工芸品として利用してきたのだが、今は殆ど利用されず放置されている

それで、周りに蔓延って被害を及ぼしている

その対策として、竹を伐採して粉砕してその場所で撒いていたようだ

おじいさんはその粉砕竹をもらってきたようだった

地元では、太陽光発電にする場所として活用もしているが、竹もそこそこ残して完全に撤去はしていないので、今後も活用できる。


私も近所の竹林の管理で困っているん人がいるので、竹を自分でとってくる許可を得ていた

なかなかその機会が作れなかったのだが、今回必要に迫られてとることにした

それは、米糠を使って肥料にするのに必要になったからだ

普通は米糠でEMボカシ肥料を作るときは、油かすや魚粉、骨粉、糖蜜加えたりするのだが、最近は籾殻も使っているようだ

米糠は固まりやすいので、それを防ぐための材料が必要だ

籾殻なら無料で簡単に手に入るのだが、私はどうしても残留農薬が気になる

近所では無農薬で米を作っている人はいない

そこで思いついたのは竹パウダーだった


そこでとりあえずは近所の竹林から焼くしか処理できない枯竹をとって来て、持っている庭木用の電動粉砕機でチップにした

もっと細かくなると思っていたのだが、1cm角の物がほとんどだった

そこで、麦などを粉にする製粉機で粉にしてみた

最初はうまくいっていたが、そのうち刃を留めるビスが緩んで取れてしまい、直しても枯竹は硬いので同じことの繰り返しになった

大して量もとれず、買った方がましかなと思って通販を調べてみた

その説明を読んでいて気がついて、ネットで調べてみるとパウダーにするのは生竹か、1週間ほど乾かした竹だった

枯竹は粉砕機でチップにして草抑えにするくらいしか使い道がないようだ


そこで、生竹を採ってきて、電動粉砕機でまずチップにした。

生竹の方が、細く割り易いのだが、刃の間隔を狭めないと竹の外皮にひっついてしまう。

それさえ気をつければ、枯竹よりも簡単にチップにすることはできた。

そして、電動製粉機で細かくしてみたが、問題なくできた。

枯竹より楽にできて、量も多くとれる

でも、気をつけないと枯竹の時と同じように、ビスが緩んだり、竹が刃に挟まって動かなくなる

製粉機で一回に処理できる量は手づかみ一杯分なので、量をこなすには時間がかかることは否めない。

でも、思ったよりも多くの生竹パウダーを作ることができた。


昨日も近くの三日月町の直売所で竹パウダーを売っているの見つけて、買おうと思ったらあまりにも高いので買わなかった。

確かに細かくて食料品にも混ぜられそうだが、農業用として使うには高価すぎる。

そもそも、竹パウダーは土壌改良材であって、肥料成分は足さなければいけない。*1

農業用の安い竹パウダーは、輸送費などを考えると地元で作って売った方が良いだろう。

竹林被害にあっている地域では、直売所と提携して農業用の安い竹パウダーを販売して欲しい。

自分で粉砕機と製粉機を用意できる人は、竹林の所有者に了解を得て自分で処理することも簡単だ。

建築材や工芸品に竹を使わなくなったこれからの時代は、筍などの食材と肥料に用いるのが最善策だと思う。

近年は田舎でも家庭や農地、山地から出る廃材を燃やすことは禁じられるようになって、粉砕機は必需品になってきている。

元来、石臼は農家では必需品だったことを考えれば、製粉機もあって良いように思う。

世界情勢で化学肥料が高騰する中で、その対策としても有効だと思う。


*1 竹パウダー(竹粉)の効果と使い方(https://earth-shizen.com/blog/takepowder-kouka-use/)






2026年3月21日土曜日

恥知らずの高市外交

 日本の文化を「恥の文化」と評したのはアメリカの文化人類学者ルース・ベネディクトだった。

日本人は人にどう見られているかを、非常に気にするところがあった。

今は下火になったが「日本人論」「日本論」がよく書かれていた。

欧米を中心とした外国人からどう見られているのかを、非常に気にするところもあった。

これは村社会や町社会の中で強い地縁関係がそうしたのだろうと思われる。

また歴史的背景として江戸時代は犯罪に対する刑罰が家全体や5人組の連帯責任となったので犯罪抑制にも繋がったことは確かだった。

そして、何よりも武士は自ら切腹して辱めを受けることを潔しとしない誇り高い階級だった。

しかし、そういう地縁関係も薄れてしまい、誇りも失われ、老齢者や女性に対する詐欺や窃盗、強盗が増えてきているようにも思われる。

その一方で、強い者に対する迎合、従順さは以前よりも強くなったと思う。

私は長年教師をしていたので、管理職に対する職員の対応を見てきたが、従順さがました背景に組合の弱体化は確かに大きい。

しかし、それよりも教員の誇りを傷つける免許更新制などの政策によって、中央管理体制強化とその採用人事で教員は従順さが増したと思う。

それが、結局学校のブラック化と教員離れにつながったように思う。


今回の高市総理の日米首脳会談に際しての発言

「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルド。私は諸外国に働きかけ、しっかり応援したい」

を聞いて、世界から軽蔑されているアメリカ大統領に日本の総理大臣が媚びていることに恥を感じた。

いくら相手が世界一の軍事大国のトップだからと言って、国際法からも間違っていると思われるイラン攻撃をした人間に言う言葉ではあるまい

中国に対しては強い態度で臨みながら、一方でアメリカ大統領には対しては媚びるなんて日本人として恥としか思えない。

我々国民がこういう総理大臣を選んで作り上げたのであって、われわれ日本人自身も恥と思うべきなのかもしれない。

たぶん、海外ではこういう総理大臣のいる日本を恥知らずで哀れに思うだろう。

原爆の戦争犯罪を黙認して、アメリカの核で守ってもらっていると勘違いしている日本人。

こういう状況でもオールドメディアは総理大臣や自民党にへつらう報道をするのだろうか?

とくにNHK????

これでは若い世代に希望を与えられないし、誇りを失わせても仕方有るまい。

もう、高市総理を見ていると日本には「恥の文化」は失われたと言って良いのかもしれない。

2026年3月17日火曜日

新しい仲間、ハーモニカ

 ずっと以前に買ってたまに吹いていたクロマチック・ハーモニカを壊してしまった

このハーモニカはかつて全校生徒の前でアカペラを歌ったときの間奏で用いた思い出深い物だった

出ない音があるので、分解して触ったら多くの音が出なくなってしまった

他の楽器もやってみたがすぐには上達できず、しばらくすると、やはりハーモニカが欲しくなった

普段は一人カラオケやギター伴奏で歌っているのだが、夜中は声を出すのがはばかられる

気分的に小さな音で曲を奏でたいときもある

本当ならアコースティックやエレキギターがうまく弾ければ良いのだが、指が短い上に不器用なもので何年やってもあまり上達しなかった

ハーモニカは小学生の頃から吹いていたこともあって、ギターよりはましに旋律演奏できる

そこで、ハーモニカを買うことにして、ネットで色々調べてみた


ハーモニカは1000円以下の物から何十万円もする物まである

人前で演奏するなら5000円以上くらいの物が必要なようだ

半音が出せるクロマチック・ハーモニカは思ったよりも高くて、手が出そうに無い

普通のハーモニカでもベント奏法という半音下げることができることを知って、それを練習しようとも思った

どうせ、当面は練習したり一人楽しむくらいにしか使わないと思い、900円ほどの10穴ハーモニカのCとAの二つとホルダーもネットで買った

中国製で安っぽい物だが音色はそれなりに悪くない、ただベントはなかなか上達していない

吹きたかった虎舞竜のロードは原曲がGで、YoutubeではDでのレッスンがおおくて残念ながら挑戦できていない

それでも、簡単に吹ける曲をいろいろとYoutubeを見ながら練習するのも楽しいものだ


そして、何よりも新しい楽しみは野外で吹けることだ

小さいのでポケットに入れて持ち運び、どこでも吹くことができる

先日も赤穂御崎の梅を見に行って、人がいないところで吹いてみた

今まではスマホからの音楽を聴きながら、海などの景色をながめたりしていたのだが、ハーモニカを吹いていると自然の中で我を忘れさせてくれる

ただ、まだ下手なので人が近くに来て聴かれるのは恥ずかしいので、人気の無いところで吹いた

これならホルダーにつけて、車を運転しながら練習する手もあると思った


最近は夜に気張らし練習することもある

特にベントの練習を欠かさないようにしている

これだけ息を吐いたり吸ったりすると、けっこう肺活量が必要で、鍛えられる

高齢の人が吹き矢を使って健康管理しているのをテレビで見たが、ハーモニカなどは手軽でどこでも練習できて健康に良さそうだ

夢は弾き語りでハーモニカを吹いて、ステージにも立つことだ

その時にはギターもハーモニカも良いのを調達しようと思っている

今までネットでのカラオケやフォークギター伴奏で一人歌ってきたが、ハーモニカという仲間が加わることでまた賑やかになった

上達すれば、家外での仲間も増やして良いこうと思う

2026年3月13日金曜日

代理出産とアリサ・リュウ(劉美賢)

 今回の冬のオリンピックのフィギアスケート女子の金メダリストアリサ・リュウは、母は匿名の卵子提供者で、代理母を通して生まれたという*1。

しかも、弁護士である父親はシングルファザーだという*2

日本では代理出産は実質禁止されているので、日本人は海外でしか行えない。

だから、アメリカではしっかりと代理母によって生まれた子どもが父親だけの手で育てられて成

長し、オリンピック選手として国を代表し、世界の頂点にまで上り詰めていることに驚いたと思う

実は代理出産に興味を持ったのは、ウクライナのことを調べている過程であった。


ウィキペディアの代理母出産」によれば

ウクライナでは外国人と代理出産の契約を結ぶことが許可されているため、国際的な代理出産の拠点となっている

2014年のウクライナ紛争以後には避難してきた若い女性が金を得るために業者と契約する事例が、紛争以前より増加した

というように、我々日本人の抱くイメージとは違う貧困による商業の側面を持ち、金メダリストを生む代理出産を単に喜んでだけはいられない

このこともあって、私は代理出産について次の文献を読んでみた

デポラ・L・スパー 椎野淳訳 2006『ベビー・ビジネス―生命を売買する新市場の実態』ランダムハウス講談社

これは20年も前の書籍で、商業的代理出産の規模は小さかった時代の物だが、当時と状況は根本的には変わってないと思われる。

「第3章 子宮を貸す女性たち代理出産市場の出現」でD,スパー氏は代理出産の起源を聖書からの引用で、主人が主に使用人を
使ったり、可能なら第二夫人や愛人を利用したことが述べられている[前掲書:111]。

これは奄美で行われた主人がヤンチュ(下人)に子どもを産ませたりしてそれをヒザとよんだことと通じる。

育てるのは主人の正妻なのか、使用人なのか、乳母なのかという違いが出てくるし、正統な後継者として認められるかどうかも違ってくるだろう。

とにかく医療が発達するまでは妊娠出産は妊婦への負担や命の危険を伴うので、強要されるかそれなりの見返りが無いとできるものではなかった。

ともかく、複婚、奉公、奴隷、愛人・妾を利用して子どもは正妻以外に誕生してきたのだ。

これらは、欧米文化を中心とした近代化で否定されることになった。

また、売春は商業として発展し続けてきたが、代理出産の商業的な発展は無かった。


それが、人工授精(AIH)によって「受胎は性行為と切り離され、代理母に会うことすらなしに、自分の子どもを妊娠して
もらうことが可能になった」[前掲書:113]



このことに関して、色々と問題が指摘されているが、今回のアリサ・リュウのことから考えてみようと思う。

これからは、独身であったり、同性婚であった場合でも、お金さえ有れば自分が望む子どもを手に入れることができるようになった。

競馬の世界では優秀な種馬の精子が高額で売買されていることがよく知られているが、同じことが人にも行われると言うことだ。

近年は胚移植の技術も進んでいるので、望む胚を購入して代理出産してもらったら、簡単に望ましい子どもを手に入れることができる。

これは優性思想に関わる重要な問題となる。

今回、代理出産の女性が金メダルを取って、その価値が高まったらそれに倣う人も多く出てくる可能性がある。

特にスポーツ選手は遺伝的な資質に大きく左右され、それが高額を収入と結びつく。

かといって、人工授精で生まれた選手の出場を認めないことも問題だろう。

人類が自己家畜化(self  domestication)したがゆえの歴史的な宿命なのかもしれない。

ウクライナの代理出産ことを含めて行きすぎた資本主義と経済格差がこういう問題を大きくしているように思う。












*1 アリサ・リュウ フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

*2【フィギュア】アリサ・リュウの父が娘を16歳で引退に追い込んだ理由を告白「乗り越えられると思っていた」

2026年3月11日水曜日

太陽光発電へのくいの残る散歩道

 私が犬と毎日歩いている山裾の散歩道の傍には、太陽光発電パネルを設置するための杭が刺さったままの空き地が多く残っている。

昨年に、放置されていた山の裾野の廃屋を取り壊し草木を伐採し、きれいに整地してそこに杭を打ち込んでいた。

もともと、家の周りには畑を作っていたようだが、特に廃屋になると放置されて草木が生い茂る荒れ山になっていた。

要する里山の畑だったものを、太陽光発電として利用していこうとしたのである。

こういう里山だけで無く、急斜面にも太陽光パネルは設置され、見た目も悪く雨が降ると危険だとは思っていた。

ただ、元は宅地や畑の場所などは崩れる心配は少なくて、見た目だけの問題で済んでいたし、イノシシなどの出没の危険性も減ることになった。

ある意味では、これからはこういう風に、荒れ地を活用できる方が良いのかなと思っていたのだ。


ところが、1年経っても工事が進まない。

地元の人に聞いたら工事を行っていた業者が別の業者に売ったということだった。

どうも、政府の補助金の改正が原因らしい。

これからイラン情勢によって電力が不足する事態も考えられるのに、逆の方向に向かおうとしている。

今日(3/11)も羽鳥慎一のモーニングショーで再生エネルギーの電力のバックアップの問題を懸案事項としていた。

この問題は急速に低下している蓄電池のコストによって、解決できる方向に向かっているという*1[飯田2026:136]

こういう中間産地の村は太陽光発電を安全に設置できるところがいっぱいあるのだから、太陽光パネルと蓄電池をちゃんと設置すれば電気自給できるはずだ。


民間業者はどうしても利益を上げるための資金繰りが大変だろうから、自治体が水道事業と同じ感覚になって電力供給に取り組むべき時代になってきている。

羽鳥慎一のモーニングショーで玉川氏も指摘していたが、地震大国の日本は揺れや津波だけで無く、断層隆起の問題を抱えていて原子力発電は危険極まりない。

そして、災害で孤立した町や村には電気がすぐに必要だ。

戦争と災害に備えられない日本はまさしく平和ぼけと言うべきなのだろう。

くしくも、今日は東北大災害があった日だ。

ドイツが原発廃止を決めたのも福島原発事故からの教訓だという。

とうの日本人がこの事故を過小評価すること自体が、愚かであるし恥である。


*1 飯田哲也氏の『Ei革命―エネルギー知性学への進化と日本の針路』集英社インターナショナル(2026)[飯田2026]