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2026年6月22日月曜日

コウノトリの子育て夫婦に学ぶ

 ちょうど今、村(上郡町中野)近くに居着いているコウノトリの子どもが巣立ちを前にして、親鳥と一緒に餌を獲っている。

それまで、親鳥はトラクターの後や傍に近寄りながら、せっせせっせと餌を獲っては雛の元に行って吐き戻してやっていた。

子どももやっと親の餌を獲るのを見ながら、自分で獲る練習をしているようだ。

まだ、完全に巣から離れたわけでなく、巣に戻っているのを見かけることが多い。

去年も雛の3羽がこうしてしばらく親と一緒に餌を獲る練習をした後、巣立ってどこかに行ってしまった。

ただ、その後で一度だけ3羽が戻ってきたのを見かけたことがあるが、居続けることは無かった。]


コウノトリの親は子育てした我が子と協力してこれから生きていくわけでも無いし、群れることはない。

ヨーロッパではコウノトリが赤ん坊を連れてくると言われているのは、シュバシコウと言われる渡り鳥で日本のように居続けているのとは違うようだ。

ただ同じように、一生懸命子育てをしている様子は、しっかりと目撃できるだろう。

ツバメなども身近に目撃できるが、コウノトリの場合は餌を獲ることを教えたりしているのも目撃できる。

日本なら子どもが居残って一緒に暮らしている姿を期待したいところだが、飛び立っていった子どもは親とは暮らさない。

私は以前同じ職場にいたアメリカからの英語のALT(外国語指導助手)から、自分の親との関係が非常に希薄なのを聞いて奇異に思っていた。

アメリカの場合は離婚が多くて、ALTで実の両親が夫婦でいる人は殆ど無く、実の母親とその再婚相手との関わりがある人もいた。

どうも、子どもは自立した親を頼らないし、親も子どもを頼らないというのが普通のようだった。


ある意味で、コウノトリの子育てはアメリカ人など欧米の家族の姿と似ているのかもしれない。

同じヨーロッパでもドイツの場合は違うようだが、核家族を中心としての子育て家族と言うべきなのだろう。

日本の場合は子育てと、老人介護も含んだ家族を理想としていたが、家業を失って家が存続できずに欧米の核家族的になったのが実情だと思う。

ただ、欧米のように子どもが親と一緒に住むことを恥ずかしくは思わないので、独身の子どもなどは親と一緒に暮らし続けるようだ。

親の方も独身の子どもと一緒に暮らすことは、世間体が悪いとはあまり思わないで済んでいる。

しかし、これからの時代は、欧米流に独立心の強い子どもで無いと強く生きていけなくなっている。

親の方もコウノトリのように子どもは自立して自分たちとは別に暮らしていくべきものだと思って子育てをするべきなのだろう。

子どもに自分たちの老後に不安を与えるような教育費の投資はする時代では無くなっている。

コウノトリは餌場を確保するための自立であろうし、現代人は職を確保するための自立となるのだろう。

もう、子どもに老後の世話をしてもらう時代は終わったと、コウノトリに学びながら肝に銘じている。

そして、コウノトリのように夫婦が生涯一緒に生きていくのも理想としたい。

コウノトリが交尾前に互いにクラッタリング(嘴音)することは、慣れ親しんだ夫婦でもしっかりと愛を表現していくのが大切なことを教えてくれている。




2026年6月19日金曜日

現代社会の残虐なダークサイドミステリー

 先日NHKのダークサイドミステリーの再放送「古代メキシコ「いけにえ」3000年の謎 〜死と生のふしぎな世界〜」(初回2024年8月20日()午後9:00)を見た。

絵ではあるが、血の流れる身体から心臓取り出すところや、神殿から血が流れ落ちる様子が描写されていた。

古代文明の残虐さを表現するには充分だったと思う。

番組の中でも専門家が現代の交通事故の犠牲者と比較していたが、現代においても交通事故や戦争はある意味で文明の「いけにえ」と呼べるように思える。

ただ、古代メキシコでは再生を願う思考に裏付けられているというのがもう一方の専門家の意見だ。

ただ、以前見た番組で兵士の遺書に、これからの日本の再生のために犠牲になるという趣旨が書いてあったように思う。

交通事故に遭った人がそういう気持ちで死に臨んでいるとは思えないが、遺族としてはせめてこんな悲劇が起こらないための犠牲と受け止める人もいるかもしれない。

こんな「いけにえ」が行われている文明社会でも、血塗られた場面が多くあるはずなのに、そういう場面は映像、写真、絵での表現は避けている。

以前見た映画「黒い雨」は原爆の悲惨さを表現していたが、わざと白黒としたのは観る人の想像を引き出すためと解説されるが、私はあまりにも悲惨だからだと思う。

アメリカ映画の「プライベートブライアン」ではカラーで戦争の悲惨さを表現し、特にノルマンジー上陸作戦の海岸場面は、その残虐性が伝わってくる。

これは戦闘員として覚悟の死だから受け入れられるが、無抵抗な一般市民に対する残虐シーンは受け入れることが困難だ。


古代文明の残虐性を描くならば、現代社会の残虐性もしっかりと描くべきだと思う。

それが、日常生活の交通事故だったり、非日常の戦争であっても、我々の社会には残虐性が古代文明よりも残酷に繰り広げられていることを放送すべきだろう。

NHKは大河ドラマにおいての戦闘シーンでも、血の流れる場面などはあまり描かない。

それは戦闘シーンを娯楽番組として楽しませるためだと思う。

戦闘や戦争を娯楽として楽しませるNHKが、一方で平和を訴えているというのも矛盾を感じるが、それが現代人へのサービスとなっているのだから仕方ないかもしれない。

古代文明や歴史上の物語の残虐性は娯楽として放映し、現代の残虐性は隠蔽してしまう。

交通事故に関しては被害者以外は恩恵を受け、製造関連企業や販売では利益を得ているのだから、目をつぶろうというのかもしれない。

そういう意味では、古代文明と同じ再生のための「いけにえ」と言うべきなのかもしれないが・・・・・




2026年6月17日水曜日

深刻な協力し合える機会の喪失

 赤穂の実家には父が買った田んぼが2枚、畑が1枚かつては有った。

60年近く前ではまだ田植えは手で植えていて、父は本家の田植えの手伝いに行ったし、うちの田植えにも父の親兄弟などが手伝いに来てくれた。

はじめは稲刈りも手刈りをしていたが、バインダーが登場した後でも、脱穀作業には親戚が来て手伝ってくれていた。

それは田んぼでよく見られた風景で、田植えや稲刈りは賑やかなものだった。

今は機械が殆どやってくれるので、ひとりかふたりでやっているのが普通だ。

田んぼが賑やかになる風景はほとんど見られなくなった。

もう、親戚や労働仲間と協力し合って農作業をする機会が無くなってしまった。

ただ、上郡の村では草刈りや溝掃除を協力し合って頻繁に行っている。

草刈りに関しては便利な機械ができたので、いずれそちらにかわるように思われるし、用水路も配管施設に変わるだろう。


農作業以外でも、私の父は元船乗りで自分の100tほどの木造船を持っていて、その兄夫婦も同じような船を所有していた。

それで船の積み荷の上げ下ろしや船体の管理作業には兄弟同士で協力していたようだ。

その関係は父が船を辞めても続き、私は幼い頃にはその作業に連れられていっていた。

憶えているのは伝馬船に乗せられて、父が伯父の船体のペンキ塗りをするのをながめていたことだ。

また、父の弟が内職の仕事をし始めたので、私の母はそのその内職の仕事のとりまとめ役などをうちで行ったりしていた。

最近はそういう内職の仕事も機械化されて、家で内職をしている人はあまり見かけない。

とにかく便利な機械が無かった頃は、親戚や仲間で協力し合って手伝うのが当たり前で、仲良くするために盆正月や祭りは一緒に祝うことが当たり前だった。


それに対して家内の実家は街にあって、農作業をすることも無かった。

もともと、義母の家はミカン農家であったのだが、一時趣味で家庭菜園を夫婦で行ってはいたがあまり長く続かなかった。

それでも、義父は会社を早期退職後に、その義母の実家のミカンの収穫を手伝いに泊まりがけで行ったりもしていた。

農家ではなかった家内の義父の兄弟姉妹関係は希薄であったが、義母の方の兄弟姉妹関係は親しいものであったが、皆遠方に住んでいたので助け合うことは少なかったようだ。

みかんは稲作のように機械化は進まなかったようだが、稲作ほど協力し合って一度に済ませてしまう必要がなかった違いもあったようだ。


確かにまだ職場などでは協力してやらないといけないことが多く残ってはいる。

しかし、家族や親戚、近隣や友達と協力しあう関係が乏しくなってきたと感じる。

そのことで、その関係は希薄となり、それが結局職場の関係にも影響を及ぼしてきているようにも思える。

人間関係の希薄さを補うために、会社で運動会での催しを復活させる動きもあるようだ。

ただ、子育てや介護などの協力関係の基盤は家族・親戚や地域にある。

特に子育ては夫婦にとっても親戚においても協力し合える良い機会になる。

以前のように夫は子どものことを妻に任せきりも問題があったのに、今では学童保育に任せきる夫婦もいる時代になっている。

そして、子どもがいない夫婦が増えて、子育てを通しての協力関係が築けない場合も多い。

かつては、生業や子育て、介護と人間関係は一体化されていたのに、現代は分離されてしまったのだ。

これからは肉体労働だけで無く知的な作業もAIにとって換わられてしまうので、職場の協力関係ももっと希薄になってくるだろう。

人類は協力する力で進化してきたと言われている。

協力し合えなくなった現代日本人が人口を減らしているのは当然の結果と言えるのかもしれない。

沖縄の人口が増えているのはそういう協力し合える社会を維持しているからだと思っている。

その代わり、協力関係を大切にしている移民の人が新たなる日本人を形成してくれるだろう。








2026年6月15日月曜日

ふるさとは近くにあっても忘れ去るもの

 私の父親の兄弟は8人生まれて5人生き残って家族をもった。

亡くなった1人は戦死だったが、後のふたりは子どもの頃に病死、事故死だった。

生き残った5人はひとりを除いて全て赤穂市内に暮らし続けた。

ひとりだけ就職のために遠く名古屋に暮らすことになったが、死ぬまで赤穂に帰りたいと言い続けていた。

母親はふたり姉妹で、その父母はもともと市内の福浦だったが、神戸を経て相生に移り住んでそこで育った。

母は結婚して親戚の多い赤穂に戻り、祖母のいる伯母家族も、その後隣同士で家を建てて赤穂に暮らすようになった。

一方、私の兄弟で赤穂に居を構えたのはひとりだけで、私は隣の上郡に居を構えた。


それに対して、家内の父母は広島県の島に生まれ育ったが、義父の兄弟姉妹は誰ひとり島に残らなかった。

義母の兄弟姉妹も跡取りの長男を除いて島を離れてしまい、娘のひとりだけが隣の島に嫁いで近くに住んでいた。

そういうことで、家内は幼い頃には母親の実家のある島で過ごした経験はあったが、そのうち盆正月にも行かなくなったという。

つまり、私の兄弟の地元を離れる状態が、既に親の世代に起こっていたのがそういう島の現実だったようだ。

逆に言えば私たち兄弟にとっては赤穂のような街も、広島の離島と変わりなくなってしまったということだ。

ただし、義母の生まれ育った島は今は橋で本土と繋がっているので、もう離島とは言えなくなっている。


親の世代では赤穂に暮らしていた父母の兄弟姉妹もその子どもの世代、つまり私のいとこで赤穂に暮らしているのは実質今はひとりだけだ。

というのも、亡くなってしまったり、家は赤穂にあっても、夫の仕事関係で赤穂を離れていたり、単身赴任をしているからだ。

私を含めて赤穂に住み続けていたいという執着心は無くなってしまっていると言って良いかもしれない。

私自身は結婚して子どもが幼稚園に入るまでは、赤穂で親戚の家を借りて住んでいた。

しかし、こどもが喘息とアトピーで健康に良い環境を求めて上郡に家を建てた。

本当は、赤穂に拘りがあって、坂越や有年、福浦あたりの環境に良さそうな場所で探したが、良い土地が見つからなかった。

上郡は赤穂市ではないが、赤穂郡なので赤穂という所に住み続けていることは形として同じである。

そして、その上郡の村も地元に居続けていく跡継ぎがいる家は、半分以下だと思う。


赤穂では大学を出て就職できる企業も少なく、上郡は高卒でも少ない上に、兼業農家をしながら仕事勤めをする人自体いなくなっている。

そして、地元で暮らす魅力が失われてしまっていることが原因だと思う。

私が子どもの頃の赤穂はまだ塩田が残り、繊維産業などの企業の元気だった。

ただ、赤穂の西地区のようにセメント会社などの煤塵などで、うちの子どものように喘息を発症する子どもも増えてきたようだ。

赤穂の中心街でさえ、近年でも工場から出される排煙の臭いをすることもあった。

綺麗な川や海がありながらも、環境は確実に悪化していた。

その点で言うとコウノトリの居続ける私が今住んでいる村の方が、かつて私が生まれ育った鳥撫や尾崎のような魅力が残っている。


一番赤穂の現実を感じたのは、母の葬式だった。

父方の近隣に住む叔父叔母などは少しは来てくれたが、本人の母方親族はひとりもいなかった。

また、近所からの参列者もいなく、ひとりだけ友達が来てくれた。

母が自分の親の方の親戚関係を大切にしていなかったせいでもあるが、コロナの影響とは言え血縁・地縁関係が薄れてしまったことを実感した。

その点で言えば、上郡の方がまだ葬式では以前ほどでは無いにしろ残っていると感じている。

私自身は赤穂は便利で暮らしやすいと思うけど、上郡の村で親しくなった人も多くて、いまさら関わりの疎遠な赤穂に戻りたいとは思わない。

ふるさとはたとえ近くにあっても忘れ去るものとなってしまっている。


2026年6月12日金曜日

祖母の信心と教え

 私の祖母は父方も母方も信心深かった。

母方の祖母は特に神霊的な予兆を信じる人で、その体験をよく話してくれた。

因みにその祖母は私が中学に入るまでは相生にある家からよく母の手伝いに泊まりがけで来てくれていたが、中学に入ってから隣同士で赤穂の新築の家に住んでいた。

一番憶えているのは、祖母の家族は神戸で米屋をやっていたのだが、その倉庫で猫が亡くなっていた。

それを見た祖母は不吉な知らせとしてどうしても店を辞めると言って、その店を番頭さんに譲り渡して相生に引っ越してしまった

ところが、昭和13年(1938年)の集中豪雨で、死者616名、被災家屋は約9万戸にも達する大水害が起き、店も潰れ番頭さんも亡くなったという。

当時私の母は5歳ほどだったので、祖母から聞いて私に話してくれたことである。

猫の死骸を予兆として捉えられたのは、日頃から環境に不安を感じていたかもしれないし、慣れない商売が上手くいってなかったのかもしれない。

ただ、猫の死骸を理由で思い切った実行をしたことが祖母たるゆえんだ。

気の毒なのは番頭さんで祖母の予見を信じていれば、亡くならずに済んでいたわけである。


また、母が私の出産に際しては祖母は仏壇でお祈りをしていたのだが、光が差してきたので「照」のつく名前をつけてほしいと言ったという。

ところが、父方の祖母の方が私に名前をつけるのが優先され、それでも清光として「光」を入れることになった。

因みにその名前の字は弟に継がれた。

父方の祖母も信心深かったので、それなりの人に相談して名前をつけたのだったが、大石内蔵助の愛刀の名前である清光は赤穂では名乗っている人が多い。

結果的に弟の方が良い大学に入り良い会社に勤めたことに関しては、母方祖母の縁起を担いだことは活きたことになる。

それだけ予知能力があるのなら夫の戦死も予知できただろうと思うが、応召された時点で覚悟は決めていたのかもしれない。

戦争は死の予感があろうがなかろうが、国家によって無理強いされる死の宣告に等しいものだったように思える。


信仰深い祖母でお祈りや参拝は欠かさなかったが、それだけで終始していたわけでは無かった。

祖母は以前は煙草を吸っていて、よく「わかば」を店に買いに行かされていた。

後から祖母と一緒に暮らしていた伯母から聞いた話によると、それは結核患者(伯母の夫)の看病をしていて、その感染予防で吸い始めたという。

自分への感染も顧みず献身的に看病をしていたと伯母は言っていた。

煙草か結核感染予防になるというのは当時の迷信で、今は逆効果になることは知られている。

祖母にとってはそういう呪(まじな)いで、結核感染の不安を克服しながら尽くしていたのだと思う。

呪いの効果があってかなかってか、結果的に祖母は結核にも癌にもならずに99歳になって老衰で亡くなったが、伯母は献身的な世話を最後まで尽くしていた。


祖母の忘れられない言葉として憶えているのは、口癖のように言った「偉く ならんで ええ(良い)」である。

自分が高校時代の受験勉強にそれなりに打ち込んでいる時だった。

当時は何を馬鹿なことを言っているのだと思っていた。

普通は大学に入って偉い人になりなさいと言うのが、親や祖父母の言う言葉なのにその逆をずっと言い続けていたからだ。

受験勉強を失敗した者が身近にいたのでその反動かとも思ったし、孫が遠くに離れていって寂しくなるからかとも思っていた。

しかし、自分が親になってその言葉は子どもには言わないけれど、そう思うようになっている。


私は大学教員などの研究職を目指して無理をしてまで大学院に進学した。

しかし、無理な生活は結果的に破綻してしまい、それまで私を支えてくれていた大切な人まで失ってしまった。

その後、あまり無理をせずに教師の道に進んだが、教師になってからはけっこう無理もしてきた。

医者から「あんた 死ぬで」と言われたりもしたが、仕事だけでなく研究職への未練も絶ちきれずにいた。

そのうち、周りの管理職や上を目指した教師などが心臓疾患や膵臓癌などで早死にしていくのを目の当たりにして、無理をしてはいけないことに気がついた。

研究職へつくことも自分には無理を強いることでしか無いと思いほぼ諦めている。

「偉くなる」ことより、自分なりに価値あると思うことを努力していくことが、幸せに繋がると今は思える。

辛い経験の多い波乱に満ちた人生だった祖母は、決してそれを孫には語らなかった。

その代わりに、人の幸せは「偉い人になることでは無い」という言葉を孫に残してくれたのだと思う








2026年6月9日火曜日

自分は生き残っても絶える子孫

 私たち夫婦には子どもはいるが孫がいない。

子どもにはそれなりの事情があるので、孫が欲しいとは言えるものではない。

先日も弟に今度4人目の孫が誕生するとライン連絡があったが、それは幸せなことだと返事した。

羨ましいというよりも、自分の生き方そのものが問われるような気がした。

考えてみれば母方の祖父は、まだ小学生だった娘ふたりを残して戦死した。

しかし、孫が6人もその後生まれて、ひ孫も9人、玄孫はこんど4人目となる。

祖父はその子孫とは一度も会えなかったわけだが、しっかりと自分の遺伝子を残すこととなった。

私は、このままでは自分の遺伝子を絶えさせてしまうことになるが、それと同じくらい哀しいのは祖父として記憶してくれる者が誰もいないということだ。

子どものできなかった人もいっぱいいるわけだし、戦争や事故、災害で子孫を失ってしまった人がいるので、そんなに悲観するべきでは無いのだが。

学歴を積んだり、経済的に不安なく暮らせても、子孫を残すという生物学的な競争では敗者というべきなのかもしれない。


ただ、日本では今の時代は子どもの数がどんどん減っているのだから、そういう人は珍しくも無いだろう。

逆に言えば自分が生き残るだけで精一杯で、子孫を残す余力が無いと言うことかもしれない。

かつては家業を守るために子どもを産むことや、養子をもらってまで子育てを行った。

逆に家業の無かたったり、子どもを養いきれない貧しい人は、子どもをお金に換えることも行ってきた。

現代の日本人の多くは残せる家業を持っていないだろうし、子どもにかかる教育費の見返りなどは期待することはできない。

戦死した祖父は家業が継ぐほどでも無かったので、職業軍人となった。

いったん退役後は祖母と米屋を開いたりしたが辞めて、賃金労働者になったが応召されてしまった。

戦死した後は、祖母は遺族年金と会社勤めで貧しい生活ながらも娘ふたりを育てあげることができた。

現代では離婚しても親が単身で子どもを育て上げることは珍しくなくなっているが、Youtubeなどでは食事もまともにできないと訴えられてもいる。

亡くなった母も子どもの頃の貧しかった生活のことをよく話していたが、姉妹だけでパンを焼いて売った経験も話していた。

貧しい者でもたくましく生きていける場そのものが、現代日本社会には無いのかもしれない。

ただ、皇族を筆頭として、後継者の問題は単に貧富の差の問題では無い。


以前読んだ狩猟採集民の生活に関する本の中で、自分の妻が不貞で産んだ子どもを怒りながらもしっかりと育て上げる話が載っていた。

その子どもは同じバンドの仲間となって、これから自分や仲間を助けてくれることにもなるからだ。

今の日本では血が繋がっている子どもでも、親の助けになることは期待できない。

ましてや親戚や地域の人の助けになることなど求められてもいず、学校では自己実現をしなさいと教えられてきた。

血が繋がって無くても子どもを育てることに価値がある社会と、血が繋がっていても自分や子育てに関わる人にとっては価値を失う社会の違いだろう。

血縁や地縁で助け合えない社会は自分が生き残るのが精一杯で、子孫を残していくことなど考えられなくなった社会なのかもしれない。

孫の顔を見られなかったが祖父の戦死はこれからも命をつないでいくが、私は長寿を全うしたとしても生命はつなげそうにないというのが皮肉な現実である。







2026年6月7日日曜日

高市人気のTRICK

 以前に私は「親米日王・高市総理」で「卑弥呼は鬼道をもって衆を惑わしたというが、かつての占いや呪術は現代のマスメディア映像やSNSというべきかもしれない。」と書いた。

今その呪術の正体が明らかにされようとしている。

他候補を中傷する動画の作成に関わったとする週刊文春の報道が参院予算委員会で大きく取り上げられて、高市総理は秘書の関与を否定し続けている。

動画作成者と秘書のやりとりのzoomの証拠で秘書本人とは違うというのなら、ちゃんと声紋鑑定をしたら良いし、秘書の証人喚問にも応じれば良い。

もし、秘書を通じて他候補への中傷がなされて、それによって自民党で総裁になり、衆議院選挙で大勝したのなら、その力となった中傷動画の持つ意味は大きい。


かつてテレビ朝日系列放送でTRICKというテレビドラマがあった。

この番組は劇場映画も作られて、2000年~2014年まで人気を博した。

この番組は「人間が引き起こす"超常現象"の種を暴く」というのがコンセプトだが、私のような民俗学や文化人類学を研究した者にとっては、ネタがばれている感じもした。

主演の仲間由紀恵が沖縄出身と言うこともあって、琉球諸島のノロやユタがモデルになっている作品もあったが、地元でどう受け止められているか気にはなった。

とにかく、魔術や呪術として怖れられているものも、種を明かせばトリックに過ぎないといいながら、完全には否定しきっていないのが面白い。

最近は心理学や宗教学、文化人類学では認知宗教学や宗教認知科学として、なぜ人はそういう超常現象を体験するかを分析している。

私は高市総理をシャーマン的要素のある卑弥呼に譬えたが、それはSNSマジックの誇張に過ぎなかった。

(日本の)教祖のシャーマン性ゆえに多くの信奉者を集めたという理解は、宗教社会学的観点からも妥当ではないし、認知宗教学の立場からしても同様であるという。*1

高市総理本人はシャーマン性が無くても、周りがその要素を駆使すれば教祖的存在やカリスマになれる。

その高市氏のカリスマ性を支えたのは秘書が中傷SNSを依頼したマジックであったし、トリックでもあったと言えるかもしれない。


何よりも高市氏が頼りにしているトランプ本人がSNSで、中傷発言を繰り返していることにも通じるが一線を画している。

日本では上に立つ者はそういう中傷誹謗行為を行うことを嫌うので、代わりに周りが忖度してやってくれたとも言える。

それが秘書となれば、共謀とまで言わなくても連帯責任はま逃れないだろう。

昨日は前首相の石破氏まで事実究明を訴えたことが報道されたが、今の高市一強支配の自民党にとっては重大な問題だ。

ただ、今の時点で言えるのは、高市人気の裏には関与したかしないかに関係なく、他候補への中傷動画があったということであり、それがTRICKであったということだ。


*1  井上順孝『認知宗教学から見る現代宗教』  2025 法蔵館