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2026年6月9日火曜日

自分は生き残っても絶える子孫

 私たち夫婦には子どもはいるが孫がいない。

子どもにはそれなりの事情があるので、孫が欲しいとは言えるものではない。

先日も弟に今度4人目の孫が誕生するとライン連絡があったが、それは幸せなことだと返事した。

羨ましいというよりも、自分の生き方そのものが問われるような気がした。

考えてみれば母方の祖父は、まだ小学生だった娘ふたりを残して戦死した。

しかし、孫が6人もその後生まれて、ひ孫も9人、玄孫はこんど4人目となる。

祖父はその子孫とは一度も会えなかったわけだが、しっかりと自分の遺伝子を残すこととなった。

私は、このままでは自分の遺伝子を絶えさせてしまうことになるが、それと同じくらい哀しいのは祖父として記憶してくれる者が誰もいないということだ。

子どものできなかった人もいっぱいいるわけだし、戦争や事故、災害で子孫を失ってしまった人がいるので、そんなに悲観するべきでは無いのだが。

学歴を積んだり、経済的に不安なく暮らせても、子孫を残すという生物学的な競争では敗者というべきなのかもしれない。


ただ、日本では今の時代は子どもの数がどんどん減っているのだから、そういう人は珍しくも無いだろう。

逆に言えば自分が生き残るだけで精一杯で、子孫を残す余力が無いと言うことかもしれない。

かつては家業を守るために子どもを産むことや、養子をもらってまで子育てを行った。

逆に家業の無かたったり、子どもを養いきれない貧しい人は、子どもをお金に換えることも行ってきた。

現代の日本人の多くは残せる家業を持っていないだろうし、子どもにかかる教育費の見返りなどは期待することはできない。

戦死した祖父は家業が継ぐほどでも無かったので、職業軍人となった。

いったん退役後は祖母と米屋を開いたりしたが辞めて、賃金労働者になったが応召されてしまった。

戦死した後は、祖母は遺族年金と会社勤めで貧しい生活ながらも娘ふたりを育てあげることができた。

現代では離婚しても親が単身で子どもを育て上げることは珍しくなくなっているが、Youtubeなどでは食事もまともにできないと訴えられてもいる。

亡くなった母も子どもの頃の貧しかった生活のことをよく話していたが、姉妹だけでパンを焼いて売った経験も話していた。

貧しい者でもたくましく生きていける場そのものが、現代日本社会には無いのかもしれない。

ただ、皇族を筆頭として、後継者の問題は単に貧富の差の問題では無い。


以前読んだ狩猟採集民の生活に関する本の中で、自分の妻が不貞で産んだ子どもを怒りながらもしっかりと育て上げる話が載っていた。

その子どもは同じバンドの仲間となって、これから自分や仲間を助けてくれることにもなるからだ。

今の日本では血が繋がっている子どもでも、親の助けになることは期待できない。

ましてや親戚や地域の人の助けになることなど求められてもいず、学校では自己実現をしなさいと教えられてきた。

血が繋がって無くても子どもを育てることに価値がある社会と、血が繋がっていても自分や子育てに関わる人にとっては価値を失う社会の違いだろう。

血縁や地縁で助け合えない社会は自分が生き残るのが精一杯で、子孫を残していくことなど考えられなくなった社会なのかもしれない。







2026年6月7日日曜日

高市人気のTRICK

 以前に私は「親米日王・高市総理」で「卑弥呼は鬼道をもって衆を惑わしたというが、かつての占いや呪術は現代のマスメディア映像やSNSというべきかもしれない。」と書いた。

今その呪術の正体が明らかにされようとしている。

他候補を中傷する動画の作成に関わったとする週刊文春の報道が参院予算委員会で大きく取り上げられて、高市総理は秘書の関与を否定し続けている。

動画作成者と秘書のやりとりのzoomの証拠で秘書本人とは違うというのなら、ちゃんと声紋鑑定をしたら良いし、秘書の証人喚問にも応じれば良い。

もし、秘書を通じて他候補への中傷がなされて、それによって自民党で総裁になり、衆議院選挙で大勝したのなら、その力となった中傷動画の持つ意味は大きい。


かつてテレビ朝日系列放送でTRICKというテレビドラマがあった。

この番組は劇場映画も作られて、2000年~2014年まで人気を博した。

この番組は「人間が引き起こす"超常現象"の種を暴く」というのがコンセプトだが、私のような民俗学や文化人類学を研究した者にとっては、ネタがばれている感じもした。

主演の仲間由紀恵が沖縄出身と言うこともあって、琉球諸島のノロやユタがモデルになっている作品もあったが、地元でどう受け止められているか気にはなった。

とにかく、魔術や呪術として怖れられているものも、種を明かせばトリックに過ぎないといいながら、完全には否定しきっていないのが面白い。

最近は心理学や宗教学、文化人類学では認知宗教学や宗教認知科学として、なぜ人はそういう超常現象を体験するかを分析している。

私は高市総理をシャーマン的要素のある卑弥呼に譬えたが、それはSNSマジックの誇張に過ぎなかった。

(日本の)教祖のシャーマン性ゆえに多くの信奉者を集めたという理解は、宗教社会学的観点からも妥当ではないし、認知宗教学の立場からしても同様であるという。*1

高市総理本人はシャーマン性が無くても、周りがその要素を駆使すれば教祖的存在やカリスマになれる。

その高市氏のカリスマ性を支えたのは秘書が中傷SNSを依頼したマジックであったし、トリックでもあったと言えるかもしれない。


何よりも高市氏が頼りにしているトランプ本人がSNSで、中傷発言を繰り返していることにも通じるが一線を画している。

日本では上に立つ者はそういう中傷誹謗行為を行うことを嫌うので、代わりに周りが忖度してやってくれたとも言える。

それが秘書となれば、共謀とまで言わなくても連帯責任はま逃れないだろう。

昨日は前首相の石破氏まで事実究明を訴えたことが報道されたが、今の高市一強支配の自民党にとっては重大な問題だ。

ただ、今の時点で言えるのは、高市人気の裏には関与したかしないかに関係なく、他候補への中傷動画があったということであり、それがTRICKであったということだ。


*1  井上順孝『認知宗教学から見る現代宗教』  2025 法蔵館


2026年6月3日水曜日

哀愁のラブソング(恋歌)とララバイ(子守唄)

 日頃耳にする歌はラブソングが多い。

自然の中で鳴く鳥や動物、昆虫の殆どが求愛と結びついている。

近所で見かけるコウノトリは鳴かないが、クラッタリングといって頭を上下に振りながらクチバシをカタカタ鳴らしているのを見かける。

コウノトリは声帯が退化して鳴けないそうだ。

ただ、ちょうど今巣にいる雛は餌をねだるのにかすれた声で鳴くのだそうだが、鉄塔の上にいてよく聞こえない。

猫は「ニャー」と言う鳴き声は子猫の時のままの声だそうで、求愛の時の声は絞り出すような妙な声である。

犬に関しては遠吠えと威嚇の鳴き声はまるで違うし、餌をねだる時などの甘えた声も違う。

猫の求愛の鳴き声や犬の遠吠えが求愛の歌に近いのかもしれない。

そういえば、猫の求愛の鳴き声は悲哀を、犬の遠吠えは哀愁を帯びている。

鳥などの鳴き声はどちらかというと、求愛と縄張りの主張があるので、明るいのかもしれない。


人もラブソングは多いのだが、明るく愛を求めるというより、失恋や未練の気持ちを歌った歌が多い。

確かに、美しい声を出したり、迫力のある声で異性にアピールできる歌もあるが、実際に目の前にいるひとりの異性に対して歌うのは哀愁を帯びた歌だろう。

異性を口説くのに歌う歌が、失恋ソングだというのもおかしな話だが、「失恋して淋しい気持ちだから、愛が欲しい」という下心のラブソングと言えるのかもしれない。

実は昔の恋人も私の歌ってあげたオフコースの「さよなら」をよく憶えていた。

これはある意味で、「互いに強がっていたら、本当に別れてしまうことになるのだよ」という脅しのラブソングでもある。

こういう別れのラブソングで一番好きなのは奄美の「行いきゅんにゃ加那」だが、この歌はなかなか練習してもうまく歌えないので女性には歌えない。

対面で歌うのはとにかく明るく求愛する歌よりも、切ない気持ちを表現したラブソングの方が多いようだ。

これは多くのファンを惹きつけようとする明るい歌と違うところでもある。


それに対して子守唄はゆったりとした曲調が世界共通だという。

人は赤ん坊を舐めたりはしないが、キスや頬ずりをしたり、手でやさしく撫でてあげたりして、何よりも子守唄を歌ってあげるのが、人類共通の特徴だそうだ。

普段マスメディアやネットでかかっている歌に子守唄は殆ど無いが、私はYoutubeで「竹田の子守唄」を聴いたりギター片手に歌ったりする。

実際に自分の親や自分が歌ってきたのは「江戸子守唄」という「ねんねんころりよ」の歌い出しの歌である。

ネットで子守唄を調べてみると「五木の子守歌」が放送禁止ないし、自主規制と言うことだという。

普通の人は歌詞に出てくる「勧進(かんじん)」が乞食だと分からないのだが、自分を卑下していることは伝わってくる。

どうしても、子守をするのは貧しい家の娘というイメージがついて回るが、私が村落調査していた奄美ではかつては違っていた。

無理矢理させられるのでは無くて、少し大きくなった娘は自分から頼んで子守をさせてもらっていたようだ。

それは自分が子どもを産んだ時の練習であり、子どもをあやすのが上手いと評判が良くなるからだと思う。


どうしても、子守唄は本土では恨み節的になっているが、沖縄の「童神」のように子どもを大切に思う気持ちの歌もある。

琉球時代で遊郭の女性は生まれた子どもは、本土とは違い仲間で育てていたということからも、子どもを大切にしていたことが分かる。

ただ、人頭税が厳しかった先島や黒糖支配の厳しかった奄美では様相はかなり違っていたようだ。

子守唄は本来は親が子どもを寝かしつけたりする時に歌ってきたもので直接聴かされるべきもので、スピーカーから流れるものでは無かったということだ。

恨み節の子守唄は子守をする人の心情が歌われていて、赤ん坊のための意味が伝わってこないが、歌としては心を動かされる。

それに対してビートルズは明るい子守唄を作っており、私が大好きな曲は「Good Night」だ。

私の親も私も子どもに聴かせる「ねんねんころりよ」は明るく歌っていた。

親が子どもを寝かしつける時の子守歌は哀愁は帯びていないと思う。

ただ、少子化の現代日本では子守唄を対面で歌わずに一生を終える人が多くなってしまったことも現実だろう。




2026年6月1日月曜日

空調服と帽子は破綻気候のマストアイテム

 今の時代、若い人は帽子を被りたがらない。

特に、髪を長くしている人は嫌がる。

農作業していてたまに帽子を被っていないのを見かけるのは、そういう若手の男性だ。

しかし、それ以外の人で帽子を被らない人はまずいない。

女性は帽子に加えて、日よけの布を顔に巻いたりしている。

帽子は日よけであると同時に汗止めであり、額から流れる汗は放っておくと目に入って痛い。

どうしてもヘルメットを被る必要がある人も、ヘルメットにつばをつけたりしている。

私は暑くなってきたので犬との散歩にはアルミで編んだ帽子を被り、農作業では麦わら帽子か竹笠を被っている。

そして、サングラスは村の人は人相が悪くなるので嫌がるのだが、晴れている日は白内障予防のため必ずかけている。

寒い季節や涼しくなるとキャップになるが、夏場でもどうしても風の強い日は被るがやはり帽子に比べて暑い。

そして、私は帽子の下には必ずフェイスカバーをしていて鼻と口は出している。

フェイスカバーの目的は音楽を聴くためのネックフォンが直に首筋につかないためだが、不必要な日焼けを防ぐのにも役に立っている。

以前は暑さ対策として薄手の作業服と帽子ぐらいで済んでいた。

ところが、これだけ酷暑が続くと、散歩や農作業にはそれだけでは身体が持たない。

どちらにも空調服が必要となる。


空調服は非常に高価で、良いものはセットで全部そろえると1万円から2万円する。

そういう出費を避けたいのなら、早朝と夕方に外での散歩や作業を済ませば良い。

以前は暑さを避けてそういう時間帯に散歩と農作業をしていたのだが、最大の問題は虫刺されである。

涼しい時間帯は虫も元気で油断するとすぐに刺されるので、防虫ネットや防虫スプレーが欠かせない。

帽子などに鬼ヤンマのイミテーションをつけると少しは効果はあるが、それほど安心できるものでもない。

顔に防虫ネットをして作業するのはけっこう息苦しくて暑い。

そして何よりも、私は糖尿病の関係で食後の運動をしっかりとする必要がある。

早朝も夕方も食事前となるので、食後の運動にならないのだ。

それで、空調服は必需品となっているが、村の人も早朝や夕方遅く農作業をしている人はほとんどいない。

農業経営をしている大規模農家はそういう時間帯に作業をしているが、普通の農家は身についた勤めの時間帯で作業をする。


最近は道路関連や建築関連の現場での作業で空調服を着けていない人を見つける方が難しくなっている。

なのに村で空調服を常備使用している人は私以外にほとんどいない。

子どもに買ってもらって持っているという年配の人も使っていない。

空調服はちゃんと下に着るアンダーウェアーが重要で、そういう人の普段着ている木綿の下着では効果があまりない。

そして、作業服へのファンの着脱がけっこう面倒だし、こまめに充電をしておかねばならない。

また、高価なのだけれど、何年も使い続けると風力が落ちてしまって、それほど涼しくなくなるので買い換える必要もある。

何よりも昼間の炎天下では熱風が入ってくるので自分の汗だけでは対処できない。

そんな時は前もって保冷剤を凍らせておいて、それをつけるベストを中に着込まねばならない。

保冷剤を使わなくて済むようにペルチェベストも買ったが、炎天下での使用には耐えられなかった。

他にも水に浸したりしたベストを中に着込んだり、冷感スプレーをアンダーウェアーにかけたりもしたが、結局は凍結した保冷剤が一番効果があった。

水冷服に関しては、装備が重いので私のように力仕事をよくする者には適さないと思い買わなかったが、主に機械で作業していいる人には良いと思う。

レビューなどを見ると、背中に水滴がついたりして、長時間つけるとかゆみが出るというので、まだまだ農作業には向かないと思った。

ペルチェベストは、空調服との併用は無理で外での仕事には限界があり、エアコンが効いていない屋内で使うのが良いと思う。



近所の人には空調服も着ずに炎天下で農作業をしていて身体を壊してしまって、今は夏場は日中は殆ど農作業をせず家に籠もっている人もいる。

私の父は炎天下での畑仕事で脳梗塞を悪化させてそれが原因で亡くなった。

だから、夏場での散歩や作業は命に関わる危険な行動という意識を持っている。

自分の命や健康を守るためであれば少々の出費は苦にはならない。

普通の人ならそこまでして散歩や農作業をする必要があるのかと思うかもしれない。

それだけの金を余分に使うなら農作物もいっぱい買えると思うだろう。

だけど、私の作る農作物は有機農法でつくった安全で栄養の高いものである。

そして食糧危機に備えた農業への取り組みでもある。

いわばそういう危機に備えた防御服だと空調服を考えれば良いと思う。

家の中では積極的にエアコンを使うように呼びかけられている。

それと同じように、外での仕事や移動ではできるだけ帽子を被り、積極的に空調服や水冷服、ペルチェベストを使うべきだろう。

それだけ現代の暑さは危機的な状況なのだという意識を持つべき時代になったのだと思う。

2026年5月30日土曜日

裸足のままで過ごす夏

 「たこ(Callus)を失う現代人」で少し触れた裸足に関して、考えてみれば日本人は裸足での暮らしが根付いていると思った。

スポーツにしても武道以外に裸足で行うのは、キックボクシングを除いて水泳ぐらいである。

ただ、武道でも弓道は白足袋を履くそうで、道場は神聖な場所なので汚さないという理由があるそうだ。

そうすると、剣道や柔道、空手、相撲の道場は神聖さが弓道よりも求められていないということになるが、それはおかしい。

私は弓道ではそれほど足の踏ん張りや、さばきが要求されていないので、裸足でやる必要が無いのではないかと思う。

一方同じ格闘技であるボクシングやレスリングではしっかりとシューズを履いている。

その違いはすり足をするかどうかのように思える。

日本の武道は弓道を含めてすり足が基本のようで、私は小学生から習っていた剣道では大学での練習まですり足での足さばきの練習があった。


一方、欧米では公式の場では裸足はどうも嫌われるようで、国際水泳大会でも選手は靴をプールサイドでも履いている。

私は水泳の県大会などで審判をすることが多かったが、水を被るのに靴を履くように求められるようになった。

それまでは平気でサンダルを使っていた。

それに対して、東南アジアの人たちはサンダルを使うのが普通で、Youtubeでもたいていはサンダルを履いている。

また、近所の工場で働いている東南アジアからの来た若者も、サンダルを履いて自転車に乗って通勤している。

買い物で見かける時もたいていはサンダル履きである。

日本の夏は東南アジアと変わらない気候なのでサンダルが適していると思う。

ただ、冬場はさすがに欧米以上に寒くなるので、靴下や靴などが必要だ。


ただ、裸足での武道を長くしていたものの悩みもある。

すり足が身についてしまっているので、どうしてもサンダルや靴では床をこすって音を立ててしまう。

それを一緒に歩いている家内から注意されてしまう。

私はゴルフをしないので良いのだが、武道を普段している人がゴルフ場でシューズをすって歩いて芝生を痛めると注意されるそうだ。

私の場合はショッピングモールなどで、床の滑りが悪いところでは平坦なのにたまに躓いてしまう。

本来ならゴム底の靴やサンダルでなくて、草鞋や雪駄のような藁や竹、皮の底が良いが、服装としては不似合いだ。

また、学生時代によく履いていた下駄のように木が良いのだが、それは却って滑って転んだりする。

それでも、夏場は散歩に出る時以外は裸足で履ける布編み靴やサンダルを使っている。

一番の目的は水虫対策である。

私は温水プールで水虫をうつされたようで、いつも冬場に悩まされている。

それは、冬場は寒いのでさすがに裸足で履き物を履けないので、靴下をはいて靴を履く時間が長くなるからだ。

かつて教壇に立っていた時は、靴下ははいていたがスリッパやサンダルが夏場は普通だったが、さすがに冬場は靴を履いていたので完治しなかった。


今年は裸足の足が目立たないように、粗い目の編んだスポーツサンダルを通販で買ったので、ドライブや買い物でいつも使えるようになった。

以前から布製の編み靴を使ってはいたが、底が薄くて歩きづらく、そして熱が籠もって通気性も良くなかった。

サンダルはスポーツタイプや竹製の表のものなどを何足か持っているが、外出の際は履きづらかった。

実は親指の爪が少し茶色に変色していたので、それを見られるのが嫌だったのだ。

その爪も新しい編みスポーツサンダルでは隠れるので、これからの夏場は散歩や農作業以外は裸足で過ごすことができるようになった。




2026年5月28日木曜日

たこ(Callus)を失う現代人

 今、私はアコギ(フォークギター)の練習をしていて、指先が痛いのを我慢している。

しばらくアコギを弾いていなかったので、指先のたこは消えてしまっていた。

たこが無い状態で弦を押さえると痛いのを我慢し続けなくてはならない。

たこができるまでの辛抱なのだが、それまでは風呂に入って指先がしみたりする。

できれば、指先だけで無く、人差し指の関節あたりもできたら、バレーコードの音が綺麗にならせる。

とにかく、私は左指にはしっかりとたこを作らねば、ちゃんとしたアコギの演奏が出来ない。


以前は、剣道で手のひらにたこを作っていた。

最近は学校の授業では、わざと小手をはめて竹刀を振らせて、痛くないようにしているようだ。

竹刀の素振りは必ず皮で覆われた柄(つか)を絞るようにして振りを止める。

一番重要なのは、左手の薬指と小指の根元で、そこにたこがあると上手い剣士と言うことになる。

初心者は左手だけで無く右手などの人差し指の根元に出来るが、私も習い始めの頃はたこになる前に剥けてしまって痛かった。

また、板間で裸足のすり足をするために足の裏にもたこができた方が楽になった。

剣道も上達するにはたこが必要だったのだ。

ただ、これは油拭きの体育館で練習したせいもあって、剣道専用の板間の道場ではそんなに酷いことにはならなかったはずだった。

因みに、小学生の頃は運動場で裸足で剣道の練習やランニング、相撲、徒競走をしていたので、運動場のように石ころが落ちていないところでは平気だった。


ところで、沖縄奄美では戦後しばらくまで裸足で街でも歩くことが普通だったようで、当然地方では舗装されていない道を裸足で歩いていたようだ。

農作業や山仕事でも裸足だった人もいて、与路島で以前聞いたところによれば、そういう人はしっかりと足の裏にたこに覆われていたそうだ。

だから、重い荷物を持って歩くと、そのたこに覆われた足の裏が割れてしまったそうだ。

因みに、40年ほど前でも農作業をする時に裸足でして、自宅との行き帰りも裸足の人も見かけた。

とにかく、本土でもかつては裸足での生活は普通だったように思える。

さすがに旅など遠くに出かける時や磯辺などは、草鞋や草履が必要となったのだろう。

その当時の与路島でも磯辺で魚を捕る時には半分サイズの草履をオッショー(お爺さん)は履いていた。

現代人は裸足で直接地面に触れることはないので、剣道などをする人以外は足の裏にたこは無いだろう。


こういう肉体労働やスポーツ以外でたこができるのはギターなどの楽器を使う以外に、ペンだこがあった。

私は筆圧が高くて、鉛筆やペンシル、ボールペンを強く握っていたために、大きなペンだこが右手の中指に出来て、今もその名残がある。

ところが、最近は滅多にそういう筆記用具を使うこと無く、ひたすらキーボードをたたいている。

キーボードを叩くのも、こういう文章を書く時だけで、普段はマウス程度で済んでいる。

このごろは中学校や高校でもタブレットを使うようになったし、試験もマークシートが増えてきた。

また、文字入力も音声によって簡単にできるようになっている。

もう、ペンだことは無縁だと思う。


そして、何よりもギターもエアロバンドギターが出現して、固い弦を抑えなくてもはめ込まれたシリコンに触れるだけでよいデジタルギターが出現している。

私はその楽器を使ったらピアノの音も出せるので、是非欲しいと思っている。

このギターはまだチョーキングが出来ないので、それが出来るようになれば、アコギやエレキギターよりも魅力が出てくるだろう。

それでも、私はアコギの深い音色の方に魅力を感じている。

長年連れ添ったアコギは安物だったが、そのギターなりの音色を持ち続けてくれている。

だから、たこをしっかりと拵えて頑張って引き続けようと思っている。

たこを失う現代人になることへのささやかな抵抗でもある。



2026年5月25日月曜日

癒やしのおしゃべり

 子どもの頃に母親と一緒に買い物に行って、母親が知った人に会っておしゃべりが始まると、なかなか止まなくて、退屈して嫌だったのを憶えている。

今は一緒に散歩している我が家の犬のクロが同じ立場になっているのが皮肉だ。

おしゃべりは女性の特権だと思うが、男でもけっこうおしゃべりが好きな人も多い。

近所の退職後畑いじり程度の70歳代半ばの男性は、耳が遠いので大きな声で知り合いとおしゃべりをしている。

その人の家には、その人を慕って知り合いがよく来るので、庭先や倉庫の軒下などで椅子に座っておしゃべりをよくしている。

私は長いおしゃべりは苦手なので、その人と話をする時は立ち話をすることが多い。

立ち話でもその人と話をし始めると長くなってしまう。


家内は買い物に行って帰りが遅いなと思ったら、たいていはスーパーで偶然会った知り合いとおしゃべりが長くなったと言っている。

ただ、亡くなった家内の母親のような長電話はしない。

私はどちらかというと、以前は彼女や恋人と長電話のおしゃべりをする方であったが、メールがそれに変わっていった。

家内とは家でもドライブでもおしゃべりをして、疲れてしまうこともたまにある。

元々地歴公民科の教師で、授業中は喋ることが中心だったので、おしゃべりが身についてしまったこともある。

なにせ、面白い話をしないと、生徒は眠ってしまうから、なんとか聴いてもらえるように工夫した。

だから、今でも初めて会った人でも、話をするのには困らない。

ただ、プールでは泳ぐことが目的でちゃんとメニューを組んで泳ぐ距離をこなしているので、おしゃべりはあまりしない。

しかし、水中歩行に来ているお婆さんは喋るのが目的の人が多いし、泳ぎ目的の男性でもおしゃべりが好きな人もたまにいる。

そういう人は泳ぎから歩きに替えて、監視員さんやお婆さんと長話をしている。


私は散歩の途中で、知り合いと立ち話をして楽しむこともたまにある。

ただ、散歩にはペット犬のクロを連れているので、クロが退屈して紐を引っ張ったりする。

先日は、土曜の朝に散歩している時に、制服を着た女子高校生が後ろから歩いてきた。

大きな道路渡る時に車が通り過ぎるのを待っていると、その女子高生も少し後ろで待っている。

渡ってしばらくしても後ろを歩いているので、つい「どこの高校ですか」と聞いてしまった。

すると、私が以前勤めていた赤穂高校だという。

制服がこの1年生から変更されていたので分からなかったのだ。

これから弟の運動会に小学校に向かうところだという。

それでこの女子高生が知り合いのおじいさんの孫だということが分かった。


以前に女子高生のおじいさんとは私が赤穂高校で教師として働いていたことを話していた。

女子高生のお父さんもおばさんも赤穂高校出身で、孫もこんど赤穂高校を目指していると聞いていたのだ。

その可愛らしい女子高生は赤穂高校に入学して、今日は吹奏楽部の練習の前に弟の演技を見に行くが、おじいさんは先に行っているという。

その孫娘の女子高生とは吹奏楽の話や、文化祭でのクラス対抗のコーラスの話などをして、短い時間だが楽しく過ごせた。

自分が現役で教師をしていた時と同じ感覚に戻って、女子高生と話ができたのがとても嬉しくてしばらくはその余韻に浸っていた。

もう一度教壇に立てばまた、こういう若い人と話ができることができるのだとは思うのだが、今の現場は自分には煩雑になりすぎて非常勤でも戻る気にはなれない。

こうして、知り合いの孫娘さんと話をして楽しむしかないようだ。


大切なのは若い人の家族や親戚とちゃんと話ができていると言うことだ。

近所にも私が勤めていた高校に通っている女子高生はいるのだが、その父母と話すことが無いので、その女子高生とも話をすることは無い。

共通の知り合いが無くても話ができるのは、プールで一緒に泳ぐことになった水泳選手である。

水泳のことや学校のことを少しだけおしゃべりしたりする。

水泳以外でも、文化祭でステージに立ってバンド活動をした時は、同じように出演した高校生ともまるで仲間であるかのように挨拶したり話ができた。

農作業をしている人とも、老若男女を問わず、散歩の折などで作物を通しての話ができる。

ちょっとしたおしゃべりがその一日を明るく感じさせてくれている。

近くに住む一人暮らしの高齢男性も、おしゃべりをしに近所を回っている。

かつて狩猟採集民はそれほど狩猟採集に時間をかけることは無く、多くの時間を仲間とのおしゃべりに費やしていたという。

人は何万年もの前からおしゃべりが大切な過ごし方になっているようだ。

おしゃべりは孤独を忘れることができる癒やしの薬でもある。

ただし、授業中での勝手なおしゃべりは、教師には毒であった・・・・・