1845年から1849年にかけてのアイルランドの大飢饉は総死者数100万人で人口の20%以上を喪失したと言われている。
教科書的にはジャガイモが疫病で不作となったのが原因としか知られていないが、なぜジャガイモにそこまで頼ったかの原因こそ重要だ。
それは農地が細分化されてしまっていたので、零細農家がジャガイモに頼らざる得なかったからだ。
その原因は不在地主を優遇した政策にあったのであり、根本的な飢饉の原因は英国政府にある。
播磨の西外れにある私の生まれ育った赤穂や、今暮らしている上郡に関すること、農作業,山野河海の恵み、趣味の水泳、音楽、専門である有機農業や、教育、文化人類学、民俗学に関することなどを、きままに記してみます。
1845年から1849年にかけてのアイルランドの大飢饉は総死者数100万人で人口の20%以上を喪失したと言われている。
教科書的にはジャガイモが疫病で不作となったのが原因としか知られていないが、なぜジャガイモにそこまで頼ったかの原因こそ重要だ。
それは農地が細分化されてしまっていたので、零細農家がジャガイモに頼らざる得なかったからだ。
その原因は不在地主を優遇した政策にあったのであり、根本的な飢饉の原因は英国政府にある。
このところ日本の大学の最高峰の東大教授の不祥事が大きくマスコミを賑わしている。
高額の接待もさることながら、性風俗施設での接待が関心を煽っている。
学者が聖人君子で無ければならないとは言わないけれど、表に出てはまずいことはあくまでプライベートで行うべきだったはずだ。
上が上なら下も下で、このところ小中学校の教師の猥褻行為が大きく報じられてもいる。
高校に関しても、私は勤務していた学校で、男子生徒に対する男性教師の猥褻行為で懲戒免職になった例を身近に見ている。
我々が教師に成り立ての頃は、組合活動も活発で「教職は聖職では無い」と労働者としての権利を獲得しようと認められていない活動をする教師もいた。
私が務めていたとある高校の労組の長は、選挙中に選挙カーに乗って応援したことを自慢していた。
教職員は待遇面での権利を獲得して行った一方で、人事面での作為で組合組織は弱体していき、管理体制が厳しくなって行った。
大学の教員並みに認められていた自宅研修が認められなくなり、高校社会科は地理歴史と公民に分けて弱体化が図られた。
私学でも予備校と変わらない受験指導中心の学校が伸びていき、自由で自ら学んでいこうという学校は受験結果を出せずに人気が落ちていった。
そのきっかけは我々から経験した大学共通一次試験だったと思う。
共通一次やその後のセンター試験は、自分で考える力よりも出題者の意図をくみ取るテクニックが重要だった。
あの頃から、私学にしても偏差値でランクづけられた大学への受験テクニック勉強が中心となった。
一番問題となるのは、大学に入ってからも自ら学ぼうという姿勢が生まれないことだと思う。
大学の教員をしている大学ゼミの同級生から、今の学生は本を買って読むことは無いと聞かされた。
手短にネットで調べられるし、近年では生成AIでレポートの簡単に作成できるからだ。
私も高校までは大して社会問題や政治に関わる本を読むことは無かったけど、大学に入ってから大学の先輩や先生から刺激を受けて読み始めた。
テレビや新聞も下宿には無かったので、社会問題や時事が掲載されている雑誌を買って読んだり、本は大学図書館で借りたり本屋などで買った。
学生時代は金が無かったので、当時はしっかりした古本屋が大学近くにもあって専門書などはそこで安く手に入れた。
そして何よりも、大学の同じ学科の先生とは飲む機会が非常に多くて、飲んだ折りに知識を得たり徹底的に議論で打ちのめされていた。
何よりも、自らしっかりと学び考える姿勢を身につけさせられた。
それは、型どおりの講義やゼミでは得られない貴重な経験だった。
その大学の先生が学生とではなくて、企業の社員と飲んだりソープランドに行くことに熱心だったとしたらどうだろか?
その同級生の大学の先生から、今中国からの優秀な留学生が大学院に多く来るようになったと聞かされた。
アメリカのトランプ大統領の影響で、アメリカの名門大学に行くような学生が日本に来るようになったという。
アメリカの先端企業はアジアの留学生からの優秀な人材で発展してきたのだから、これからはその分野での凋落も考えられるだろう。
そして、それは今後の日本は留学してきた中国人が支えてくれるのかもしれない。
受験勉強の競争を煽るだけで、心身ともの成長を支援せず自殺に追い込んだりし、大学生になってからも就職活動に役立つことしか学ばない学生を作るだけの日本。
ブラックとなった職業に魅力が無くなり優秀な人材を確保できない小・中・高校。
人材を育てることよりも、欲望に走る教員が幅をきかせる大学。
そんな日本に未来はあるのだろうか?
あれほどまで米問題が騒がれたのに、今行われている衆議院選挙の演説では米問題がテーマになっていない。
食品の消費税を無くしても、肝心の食品が値上がってしまえば安くはならないのに・・・
うちは近所の米農家から玄米30kgを去年は9000円で分けてもらっていたのだが、今年は13000円に値上がりとなった。
先日備蓄米を5kgを2000円ほどで買ったので、近所の玄米は白米の備蓄米よりも高額になったということだ。
その農家へは村作業の用水路の溝掃除や、道作りなどで協力しても、その値段でしか売ってもらえないのだ。
米の暴落が云々されているが、高市政権となればJAを守るだろうからそれは無いだろう。
米が高止まりの状態で米離れが進み、来年度から米農家への減反が奨励されるだろう。
そうなると却って将来の食糧問題への対策は遅れてしまうだろう。
アメリカの食料生産は大分前から、いずれ輸出できなくなるだろうと言われてきている。
一番大きな問題は地下水の枯渇だが、人口も増え続けているのでそんなに長く輸出は続けられないだろうと言われている。
むしろ、ロシアの方が温暖化の影響で食料生産を増やしているようだ。
アメリカが食料で当てにならなくなったら、ロシアに頼るしかないだろう。
世界情勢がめまぐるしく変化しているのに、日本は旧来の権益を守ることに終始している。
前政権では新しい米生産のビジョンを示したのに、高市政権では元に戻してしまった。
企業献金問題からも分かるし、統一協会問題からも分かるように、自民党はそういう組織からの支援で成り立っているので、思い切った改革ができないのだ。
今回の選挙は高市総理の泣き落としで、自民が単独で過半数をとると予測されている。
この政権のままではおそらく中国との関係は改善できず、暴走するアメリカへの従属を強化していくだろう。
エマニュエル・トッドはアメリカの白人の学力が崩壊することと関連して次のように述べている。
一方で日本、韓国、中国、ベトナムからの(アメリカへの)移民の子どもたちは、一世代から二世代の間、こうした学力崩壊から守られてきた。それは権威主義的な家族構造によるだけでなく、教育を神聖視する儒教の伝統に負うところか大きいが、この伝統はそれ自体が「家族継承」に根づいている。イギリスやフランスでも同様の現象か見られる。
我々東アジアの教育の底流には儒教があり、教師の地位は高く維持されてきた。
アメリカに親密な関係を築いた安倍元総理が教師の誇りを踏みにじる教員免許更新制などから学校のブラック化を招いて崩壊に瀕している。
高校生などの自殺が増えているのも、今まで学校に依存していた家庭や生徒に応えるだけの余力を教師が失ってしまったからかもしれない。
そして、もっと深刻なのは受験テクニックだけ得意で歴史や政治に興味が無かった生徒たちが有権者となり、簡単に政治家の煽動に乗せられてしまうことだ。
アメリカの白人と似た学力の崩壊ともいえるかもしれない。
この同情選挙で高市氏が率いる自民党が大勝することになるかもしれない。
そのことで、安易に軍事力にものを言わせて利益をむさぼるアメリカに追随することで、日本はアメリカ以上に崩壊していくだろう。
すでにヨーロッパは親中外交に舵を切っているというのに、アメリカの犠牲になるつもりなのだろうか?
今の日本はかつて鄧小平が目指した「韜光養晦」を日本なりに見習うべき状況にあると思う。
平和的な国際環境を確保して、実質経済を立て直し、心豊かな暮らしを再建するときなのだと思う。
身を滅ぼしかねないホストやホステスに貢ぐ男女のように、今の有権者は高市総理の甘い魅力?に狂ってしまったのかもしれない・・・・・
*1 エマニュエル・トッド 大野 舞訳 2024 『西洋の敗北―日本と世界に何が起きるのか』 文藝春秋 312-313
先日来、コウノトリが昨年子育てをした巣作り用の鉄塔に、つがいで停まるのを見かけるようになった。
寒い間は一緒にいたり、離れていたりして餌を探しているのを見かけていた。
時にはしばらく見かけなくて、少し離れた餌場に出かけているようだった。
上郡の高田地区の貯水池は多くが水を落としていて、餌が探しやすくなっている。
そこでは他の鳥に混じって餌をついばんでいるのをよく見かけていた。
千種川でも上郡より下流の有年のあたりには、広い中州があるので、そこでも見かけることがあった。
ところが、上流では鷺はよく見かけるのに、コウノトリを見かけることはまず無い。
コウノトリは鷺が捕ることができる、すばしこい小魚が捕れないのだろうと思う。
その代わり、大きなネズミや地中で冬眠中の蛇や蛙なども捕って食べることができるのだ。
このところ、カラスの大群を見かけるようになったのだが、意外と大量に残された柿には群がっていない。
残された柿を毎日食べているのは、群れを作るワタリガラスではなくて、地元に居着いたカラスだ。
例年ならほとんど食べ尽くされていてもおかしくないのに、黒く熟してぶら下がっている。
その見捨てられた熟し柿を、毎朝散歩の折りに愚犬クロに与えているのだが、場所によっては木の下に多く落ちていて、木の枝から捕ってやる必要が無い。
今年はカラスだけでなく、落ちた柿を食べる狢なども飽きてしまっているのかもしれない。
私は堆肥を作るのに干し草を積んでいるのだが、その上に捨てておいた卵の殻が食べられていて糞もしてあった。
狢たちも栄養のバランスをとっているのだろう。
この冬は例年よりも温度が下がり、上郡では-8℃を経験した。
ところが、どういうわけかクロはかなめの木の下に、毛布を敷いてそこで眠っている。
風の強いときは、自分の小屋に毛布を引きずり込んで眠るのだが、寒い朝にはかなめの下で眠っているのを朝に新聞を取りに出る時に見かけている。
プラスティックでできている犬小屋の中よりも、木の下の方が心地よいのだろうと思う。
そう言えば弟はスウェーデンの木造建築方法を取り入れた暖かい家を建てて住んでいた。
生きている木には凍結を防ぐ自らの力だけで無く、周りにも温もりを与えてくれる力があるのかもしれない。
寒い中でも、こうしてコウノトリが巣作りを始めたり、小鳥たちが元気に飛び回っているのを見ると春を感じる。
また、毎年自然に生えてくれる菜花も花を咲かせてくれるようになった。
体感的にはまだまだ寒いし、テレビニュースなどでは、連日雪情報やアメリカの大寒波が報じられている。
そんな映像を見ているより、氷点下で少々寒くてもぬくい格好で散歩すれば心が温まる。
例年は2月の初めの日曜日に畦焼きを村の人が集まって行うのだが、今年は消防署などからの通達で中止になってしまった。
春を招く畦焼きはあたりを一度真っ黒にして、それも肥料になって新しい芽を育む。
それができない今年はどんな春を迎えるのか、少々不安ではある。
今私が座っている椅子は、1984年にリサイクルショップで買った黒椅子だ。
脚はスチールで座面と背もたれが一体化した簡単なつくりの物で、価格は忘れたが安かった。
なぜ買った年を憶えているかというと、大学院修士の二年目で新宿区の西落合に引っ越しして部屋が一つ増えたので、机と椅子を買ったからだ。
引っ越した理由は今まで二年ものあいだ、遠く離れて暮らしていた恋人と一緒に住むためだった。
そのアパートは二間になったけど、その一つの部屋は机と椅子をおけばいっぱいになった。
そして便所はあったけど風呂は付いていなかったので、近くの銭湯に行かねばならなかった。
二人は入籍したが甘い新婚生活にはほど遠く、当時流行っていた歌でたとえると、「花嫁」で一緒になって「神田川」の暮らしを始めたようなものだった。
ただ、翌年は働いていた妻のことを考えて、横浜の長津田で見つけた安い家賃の風呂付きアパートに引っ越した。
この椅子はずっと自分の研究には欠かせないものとなった。
特に修士論文を書いていたときには何日間も徹夜になって、一日中この椅子に座ったまま過ごした。
しかし、1年長く3年在籍して書いた論文は完成には不十分で、もう一年するように教官から慰留されたが、博士への進学を自ら断念した。
そして、駆け落ちまでして一緒になって私を支えてくれた伴侶も去って行った。
恋人時代を含めて6年間のふたりの愛は終わりとなってしまった。
それでも、私は教師になってもう一度一緒にやり直せないかと、生まれ故郷に帰ることにした。
その時に辛い想い出となる机を含めて家財道具は全て処分した。
だけど、研究において私を支え続け、私の身体に一番馴染んでいたこの残された黒椅子だけは捨てられなかった。
実家に戻って初めて教員採用試験を受ける勉強も受験日まで期間が短かったのでこの椅子に座って必死に取り組んだ。
当時は公務員人気が高く、教員になるのもかなり難しかった。
また、受験後に臨時で勤めた中学校や高校の授業のための教材研究も行っていた。
何とか補欠合格して4月には採用が決定されて、連絡を取ったが去って行った伴侶は戻ってくることは無かった。
私を立ち直らせようとする母に勧められるまま見合いをして再婚した。
その時に職場の友人からお祝いに何が良いかと問われて机と答えると、立派な木製の机と椅子を贈ってくれた。
この黒椅子は実家に残したまま、新しい机と椅子を伴って借家での本当の新婚生活が始まった。
しばらくは新しい机と椅子で教師の仕事の準備ややり残した研究を続けていた。
だけど、新しい椅子は身体にも合わないし、高さを調節するネジが緩んで効かなくなった。
しばらく座布団を重ねたりして我慢したが、実家に置いてある黒椅子を使うことにした。
その時は単に必要に迫られて使い始めただけで、そんなに愛着があったわけでは無かった。
家も新築して引っ越ししたのだが、やはり黒椅子も一緒だった。
新しく買ったテーブルの椅子も使ってはみたけど、やはり黒椅子にはかなわなかった。
勤めている学校の職員室などの机には座り心地の良い椅子もあったのだが、家でも買って使おうとは思わなかった。
身体に合った黒椅子があるのに、高いお金を払って買う必要が無かったからだ。
そして、研究したことも本にまとめて出版することもできた。
退職して年金も入り始めたので、金銭的な余裕も出来た。
研究する時間が多く取れ始めたので、立位でのパソコン操作をするために新しい可動式の椅子も買った。
しかし、結局落ち着いて仕事ができるのは黒椅子で今も使っている。
そろそろ耐久性も限界だと思うので新しい椅子をネットで探してはいる。
40年以上も重い私の身体を支え続けてきたので、休ませてやるべきかなとも思う。
ただ、結婚式で職場の友人からお祝いにもらった机同様、苦楽をともにしてきたこの黒椅子を死ぬまで捨てるつもりは無い。
私の身体の一部となって、切り離されなくなっているからだ。
この数日、強烈な寒波のせいで、上郡は最低気温がー6℃くらいになっている。
毎朝の愚犬クロとの散歩はこのところ氷点下の中で行われていて、防寒の服装で寒さは防げるのだが、露出している顔が寒風で痛い。
立派な毛皮に覆われているクロは寒さなど平気で、庭で寝ているときも下に毛布を敷いて、小屋の外で寝ていたりしている。
猛暑の夏は散歩では元気がなかったが、今は元気に走り出すことさえある。
私は寒さの中の散歩は苦行のようなもので、楽しむような余裕などない。
昨日(1/21)は地元上郡のプールは寒いことが分かっていたので、隣の相生のプールに行った。
上郡のプールは年券を買って安く泳いでいるのだが、こちらは10回5000円の回数券で負担は多いが室温も水温も高いのでこうい日にはうってつけなのだ。
本当は水泳の練習としては熱すぎるのだが、寒さに震えながら泳ぐよりはずいぶんましなのだ。
午後のすいている2時過ぎにプールに入ると、ずいぶん賑やかである。
地元相生のミッション系私立幼稚園の園児たちが楽しんでいる。
その横のプールサイドでは外国人のシスターが白い修道服を着て立っている。
暖かいプールの中で元気いっぱいに遊んでいるのだ。
私もプールに入るなり、「暖か~」と叫んでしまった。
というのも、いつも一緒に練習するマスターズ選手がいたからだ。
彼は自分はパドル練習は終わったからと言って、フィン、パドルが使用可能な練習コースの標識を一般コースのと交換してくれた。
外が寒かったので、本当に温泉に入った心地になったまま泳ぎ始めた。
高い温度で練習するのは最初は身体には負担を感じてしんどいのだが、そのうち温度にも慣れて楽になってきた。
さすがに高齢のご老人の数はいつもよりずいぶん少ない。
たぶん、プールに入るまでと出てからの寒さを考えて控えているのだと思う。
大勢の園児たちも泳ぐのが終わって、プールサイドでプールフロアーといわれる水深を浅くするためのベンチを横にして目隠しにして着替えている。
更衣室で着替えさせるには男女を別にしなければならないので、引率の先生だけでは手が足らないのだろうと思う。
そのうちに男の子が真っ裸で出てきたが、どうもトイレに行きたかったようだ。
その賑やかな園児たちが去って行くと、代わりにスクールの生徒たちが入ってきた。
練習コース・一般コース・歩行コースもそれぞれ一人使用している程度だったが、そのうちに私一人になってしまった。
それも午後3時を越えると、中学生らしき男子も入ってきて賑やかに楽しんでいる。
中年の本格的な練習をしそうな人も入ってきたので、私は練習を終えて上がりコースをその人に譲った。
学校では冬場は耐寒マラソンというのが一般的だ。
私も中学・高校の時には風に雪が舞う中を上半身裸で毎日中間体操と称して、運動場を走らされていたのを思い出す。
それはそれで風邪に負けない身体作りとしては悪くはないと思う。
ただ、自由に遊びたい園児や、走らされるのが嫌いな児童生徒には冬場でも温水プールで楽しみながら身体を動かせてやって欲しいと思う。
私は知的障害の特別支援学校をトータル7年間務めたが、走るのを嫌がる肥満傾向の児童生徒を無理矢理走らせることにやましさも感じていた。
本当は楽しく身体をいっぱい動かせるのが良いのに決まっている。
私立の幼稚園ではそれもあって冬場でも温水プールにこさせているんだと自分なりに解釈した。
その一方、私の自宅近辺では冬場のこういう寒い日は家にこもって、ひたすらテレビを見ている人が少なからずいる。
そういう人は春になるとまるまると太って姿を見せるようになる。
そういう人には温水プールを温泉と思って、泳げない人でも歩いたら健康に良いし、幸せを感じると思うのだが・・・・・・
高市総理が解散を公表して以来、選挙争点は消費税問題に終始している。
マスコミもその話題を中心に報道している。
それ以外では、総理の解散権乱用問題である。
しかし、大きな問題となっている台湾有事問題に関しては、与野党両党とも言及していない、マスコミも取り上げてこなかった。
与党にとっては外交において大変重要な課題であるが、はっきり明言してしまうと中国からの新たなる制裁を招く可能性を危惧するのだろう。
野党としては、高市総理いじめになるので、可愛そう選挙にしてしまってますます高市総理に有利になると見ていると思う。
しかし、立憲民主党と公明党の新党結成は、戦争への危機感から成立したように思うのだが、中国よりと見られることにも警戒しているようにも思える。
肝心のマスコミも、似たような思惑で台湾有事問題を取り上げてこなかったが、やっと弁護士の八代英輝氏が20日、TBS系「ひるおび」で、
「高市さんになって劇的に変わったのは日中関係だと思う。日中関係について、高市さんの対応であったり、スタンスを支持するのかどうかというのは、この選挙の一つの裏テーマとしては大きいと思う」と訴えた。(八代英輝氏 解散総選挙の裏テーマに言及「高市さんになって劇的に変わったのは…」)
という発言がなされた。
彼の指摘はまさしくその通りで、世界情勢を見ていると、トランプ大統領の世界秩序を崩壊させる言動に、大きく変化しようとしている。
中国やロシアはその動きを冷ややかに見ているのだろうと思う。
トランプが中国とロシアと同じように独裁的な軍事国家になろうとしているのを、中国・ロシアは脅威と感じる一方で、西側陣営の分裂のチャンスと思っているだろう。
このような世界情勢で、台湾有事問題はまさしくアメリカと親密に動くか、距離を保つかの重大な岐路に立たされているはずだ。
この選挙に隠された日本の存亡に関わる非常に重大な問題なのだ。
このところの選挙は兵庫県知事選挙といい、前橋市長選挙といい、善悪や倫理に基づくものではなく、同情という感情が選挙の勝敗を分けている。
おそらく、この流れで行くと高市総理への感情移入から大勝する可能性がある。
高市総理も、議院内閣制の根幹に関わるのに、総理大臣の間接選挙という主張を行なっているのだ。
歴史的に見ても感情は時代を動かしてきている。
今行われているウクライナ戦争が続いているのも、両国民の感情に寄るところが大きいだろう。
国政選挙においても、以前に大平首相が選挙中に亡くなって同情票が集まって自民党は大勝した。
われわれ国民は感情に流されずに、今後の日本の運命を変えることになるかもしれない今回の衆議院選挙に立ち向かわねばならないと思う。
可愛そう選挙ではなく、世界の中で日本がどう進んでいくかを、国民が判断する重大な選挙なのだと思う。
高市総理は軍事的に普通の国になると言っているが、いままで普通と思われていた国民国家が消滅しているのが欧米なのだ。*1
*1 エマニュエル・トッド 大野 舞訳 2024 『西洋の敗北―日本と世界に何が起きるのか』 文藝春秋 p34