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2026年4月13日月曜日

戦争で稼ぐ人たち

 松本利秋2005『戦争民営化―10兆円ビジネスの全貌』祥伝社は、もう二〇年以上の前の本で、書かれている内容は少々古いが、今のトランプの戦争ビジネスを理解する良い材料だ。

どれだけトランプが自分自身や仲間に株や為替、石油取引で儲けさせたのだろうか。

トランプの発言が大きく市場を左右して乱高下している。

あらかじめ発言内容を知らせておけば、次の日の上げ下げは予測できたはずだ。

また戦費に莫大な費用をつぎ込んでいるが、その多くは武器製造企業へと流れる。

日本もかつてはベトナム戦争や朝鮮戦争の特需で経済復興を果たしていった。

武器産業はウクライナでさえ潤わせ、高市政権もそれに参入しようとしている。

石油の輸入もアメリカからが増えてきて、アメリカは大儲けである。

多くの血が流れ、死んだり傷つくことが景気浮上になり、儲けになるのが戦争だ。


そして、金融と戦争は密接に絡んでいるが、それは古くからのことで、松本利秋は次のように述べている。


リーマン社は、一九〇四年に日露戦争の戦費調達のために、日本政府が発行した外債を引き受け、日露戦争後、その功により日本政府から叙勲を受けている。その存在は日本が日露戦争を戦うには必要不可欠であった。

 当然のことながら、リーマン社は日本政府からの利子はタップリ受け取っている。 リーマン社はその後、関東大震災でも復興国債を総額一億五〇〇〇万ドルを引き受けているが、この後、世界恐慌による大不況で、日本政府は国債の償還に支障をきたし、それを補うために満州に進出し、経済的利益を得ようとした。

 やがてこのことが太平洋戦争の要因となっていくのである。しかし、何れにせよ、彼らにとって見れば、これら国債の売買は純粋などジネスにほかならないのだ[前掲書:5-6]。


他国の戦争に金を貸して、その国や勢力が勝てば大儲けというのは、近代の歴史で繰り返し行われている。

その貸された金は貸した国を中心とした武器輸出国に環流する仕組みだった。

ウクライナ戦争でのEUやアメリカの資金援助も同じ仕組みである。

イランに関しても、援助は資金だけで無く情報などによっても行われている。


今回のイラン攻撃の本当の目的は、ベネズエラ同様に中国の石油の輸入先を支配することにあったという。

関税でも言うことを効かすことができないで、アメリカの方が石油を利用して中国にダメージを与えようとしたことになる。

それが逆にイランの石油戦略の返り討ちに遭ってしまったというのが実情だろう。

アメリカが帝国的支配をできるのは、武力だけで無く石油もコントロールできることだ。

日本がアメリカと戦争したのも石油が大きな原因だった。

再生エネネルギーの開発を阻止し、EV開発にダメージを与えて、武力と石油利権で世界を支配下に置くことがアメリカにとって最大の利益になる。

そのためには中東の石油産出国が戦争でアメリカに頼ってもらわねばまずいわけだ。


化石燃料依存のわれわれの生活の根本がこういう戦争ビジネスの上に成り立っているとも言える。

化石燃料依存生活は世界の多くの人が流す血を利用しながら儲けている人によって、維持されていると考えるべきだろう。

本当に戦争反対を唱えるなら、再生エネルギーや石油代替エネルギー開発を進めて、化石燃料依存生活を終わらせることが重要だと思う。

戦争で莫大な利益を得る人が多くいる以上、それに対抗するのはそういう方法しかない。

そして、それが地球環境とあらゆる生命を守るための真の闘いでもある。



2026年4月9日木曜日

トランプ(TACO)の遠吠えに怯え続ける高市

 戦争犯罪攻撃もできず、地上戦に踏み込めずにアメリカは停戦に合意した。

予想はされてはいたが、E,トッドがウクライナ戦争で見抜いたアメリカ通りになった。

アメリカはウクライナを助けるだけの迎撃ミサイルの余力が無いということだ。

これ以上無傷で戦うための迎撃ミサイルが枯渇したようだ。

アメリカの戦闘機乗員の救出劇の本質は、戦闘機が打ち落とされるようになってしまったことにある。

ベネズエラでは無力化できた迎撃システムをイランでは完全には無力化できていない。

秘密兵器だということで、迎撃システムの無力化する方法の実態は謎だが、イランは迎撃できなくても、徹底的に攻撃して相手の迎撃ミサイルを枯渇させれば良かっただけだ。

今朝(4/9)の朝日新聞のインタビューでもアメリカのウクライナ戦争、中国関税対立につぐ第三の敗北をE,トッドは予想していたが、おそらく間違いないだろう。


それにしても今回のイラン攻撃で分かったのは、トランプの凶暴さと無能さであろう。

関税における凶暴さに屈して日本は多額の支援金という名のゆすりに屈した。

確かにベネズエラでは悪事は成功したが、ベネズエラに関わらず中南米ではイランのような教育水準に達してないからだろう。

日本は高い教育水準と工業力を持ちながら、米軍基地という保護と脅しに屈するほか無い。

それでも経済戦争をアメリカに挑んできたのだが、金融と情報で敗北してしまった。

それは軍事力を背景として強要された基軸通貨ドルとOSのマイクロソフトには太刀打ちできなかっただけのことである。

結局、アメリカは法よりも暴力を背景とした脅しで支配する国であることがよく分かったと思う。


日本はその暴力的な脅しに怯え続けるより、対抗する方法を考えねばならないだろう。

E,トッドが日本とドイツの強みとして直系家族を上げているが、日本の場合跡継ぎ以外の子どもに遺産代わりに高等教育をつけさせることが多かった。

だから、科学技術の発展に繋がったのだと思う。

しかし、現在は地方の産業が廃れて、跡継ぎの兼業農家でさえ維持できない。

もっと酷いのは、非正規雇用なので結婚できずに親と一緒に暮らすしか無いのだ。

少子化問題は親子関係を大切にしてきた直系家族を理想とする家族の弱点でもある。

普通の欧米なら子どもは親に依存していると一人前に見做されないし、親も子どもに依存することは無いだろう。


日本が家、家族を大切にしてきたことが経済発展に繋がったのだから、それをまた再建する必要があると思う。

そのためにはエネンルギー革命をしっかり行って、地方の農業と産業を育成していく必要があるだろう。

ネットでは「フィッシャー・トロプシュ合成と呼ばれる技術」で、人口燃料のことが取り上げられていた。

電気だけでなく人口燃料を用いれば、農業機械や大型機械にも利用できる。

トランプに脅されて金を貢ぐなら、それと同じ額の投資を日本の地方に行うべきだと思う。

トランプのプードルになってしまった高市総理には無理かもしれないので、早々に次に交代してもらいたい。


参考文献

エマニュエル・トッド 荻野文隆訳 2008(1999) 『世界の多様性―家族構造と近代性』    藤原書店

エマニュエル・トッド 石崎晴己他訳 2016(2011) 『家族システムの起源Ⅰ―ユーラシア上』  藤原書店

エマニュエル・トッド 2020 『大分断―教育がもたらす新たな階級化社会』 

エマニュエル・トッド 堀茂樹訳 2022(2017) 『我々はどこから来て、今どこにいるのか?上―アングロサクソンがなぜ覇権を握ったか』  文藝春秋

エマニュエル・トッド 大野舞訳 2024  『西洋の敗北―日本と世界に何が起きるのか』 文藝春秋 

エマニュエル・トッド 2025 『西洋の敗北と日本の選択』 文藝春秋    










2026年4月4日土曜日

石油依存社会が生んだ地方衰退

 エマニエル・トッドは経済的グローバリズムの弊害を『我々はどこから来て、今どこにいるのか?上―アングロサクソンがなぜ覇権を握ったか』(2022)で次のように述べている。


高齢化する先進各国による世界支配は、もしかすると、世界の他の地域で教育を受けた34p勤労者を引き寄せる能力というかたちでより的確に表現されるのかもしれない。先進国は自国の必要に応じて、周辺から労働者、技術者、情報処理技術者、看護士、アーティスト、医師を吸い寄せ、そのような正真正銘の人口捕食によって自らを延命させている。

人的資源のこの略奪は、自然資源のそれよりも遥かに重大だ。なぜなら、それがある規模を超えると、離陸途上の国々は幹部候補者や中間層の人材を奪われ、立ち行かなくなる危険に晒されるのだから。[前掲書:33-34]


この経済的グローバリズムを成り立たせている根本は、何だろうかと疑問がわく。

そこでヒントになったのが今回のアメリカ・イスラエルによるイラン攻撃が引き起こした石油危機である。

石油が止まれば全ての経済活動に支障を来す。

そもそも産業革命は石炭との結びつきによって始まったが、その後石油による内燃機関で工業は飛躍的に進化した。

電力もそれと平行して発展したが、化石燃料とウランに頼っており、殆どが臨海地帯にあるが、原子力発電所に関しては内陸で人工湖を作って稼動させたりもしている。

とにかく、工業都市や商業都市を維持するには効率的なエネルギーが必要であり、人力や薪炭レベルでのグローバリズムはそれほど進まなかったはずだ。

それこそ、奴隷貿易で人力を確保せざるを得なかったのだ。

現代は奴隷の取引をせずとも、快適な生活環境と仕事を用意すれば、それの乏しい周辺から人は自ずと集まってきてくれる。


これは日本が特に全国的に経済発展を目指した高度経済成長期に国内で生じた現象と同じである。

それは戦後の復興で電力や石炭、石油とエネルギーが確保できるようになり太平洋側の臨海地帯を中心に工業化が進んでいった。

地方から金の卵と言われる若者や、大学への進学で優秀な人材が自ら進んでそういう所に集まってくるようになったのである。

東京を中心とした大都市はその人口捕食によって自ら延命させてきたのだった。

現代では地方都市の多くは人的資源が略奪され、危機的な状況になっているところも少なくない。

その大都市も地方からの人材が得られなくなって、外国から人材を獲得するグローバリズムに乗っかっていくしか無い状態だ。


E,トッドは日本の家族を直系家族として捉えてきたが、その直系家族は経営母体である家が家業によって維持された時代でこそ成り立っていたのである。

だから、どの時代であっても家業をもたない家族や人は、直系家族というよりも私は拡大核家族に近い状態だったように考えている。

その例が、奄美の「ヤ(家)」で、日本本土のように跡継ぎは優遇されていなくて、むしろ「オヤワズライ」として、親の扶養を負担する子どもとしての位置づけがされていた。

それは黒糖の収奪が行われて、一部の富裕層以外は本土のような家を形成できないばかりか、ヤンチュといわれる身売りさえ行われていた

これはフィリピンの初期農耕民にもみられる拡大核家族に似た形態と考える。

沖縄の「門中」は中国の影響を受けて発展したもので、南西諸島では例外的なものだと私は考えている。

これは、赤穂などのような塩田地域の下人であった浜子などでも同じだったように思うし、農村地帯でのいわいる水呑百姓もそうかわらなかったように思う。

ただ、私の本家のように米を作る傍ら、船での運搬業の家業があった家では、跡継ぎによって家は直系として守られていた。

しかし、その家業を失ってからは、子どもが近くに住んでいても跡を継ぐ者はいなくなってしまった。


地方では家業の農業だけで生活できる家族が失われていき、兼業農家として維持されていた家も、地方の工業の衰退によって地元から離れざるを得なくなった。

現代では直系家族どころか、拡大核家族も崩壊して、一人暮らしが増えて行ってしまった。

当初の地方の繊維産業の衰退はグローバリズムの進展が原因であり、やがて同じように造船、鉄鋼、電気製品などが同じ運命を辿り、自動車などが今岐路に立っている。

その一方で、所得水準が上がり生活が豊かになったことで、高等教育を子どもに受けさせられて、都会の企業や官庁への就職が容易になったことにある。

私は親が大企業の労働者ではあったが、地方公務員となって地元に居着いたのであり、同じ大学の同級生でそういう例はあまりない。

また、同じ高校を出て大学を出てから地元に戻って来た同級生は、親の家業を継ぐ例は医者、教師や企業、事業所の経営者の家で数は少ない。

そして、私の教師の職業を継承する子どもはいなくて、独身の息子だけが介護の仕事をしながら一緒に暮らしている。

私が住んでいる農村地帯でも専業農家はほとんどいなくて、兼業農家として残っている家も激減している。

それは高卒の魅力ある職場が無く、大卒で勤められる仕事がほとんど無いからである。


こういう現状を打開する方法は、エネルギー転換しか無いと思う。

再生可能エネルギーは地方の方が有利である。

太陽光・風力発電もさることながら、草木類を利用したバイオ発電を推進して、それを工業や農業に活かしていくべきだろう。

農村地帯に住む私にとって、自分で食糧を確保して、食費の削減はできるが、電気・ガス代、ガソリン代はどうにもならない。

そのどうにもならない出費を除けば、仕事さえ有れば地方の方が豊かな生活ができるのだ。

現に江戸時代で人口が多かったのは大阪・京都・江戸は別として、農村地帯だった。


これだけホルムズ海峡の封鎖の脅威を身に感じながら、エネルギー転換の議論がなされないのは愚かなことだと思う。

その一方で、EVの需要が大きく高まってきていることがネットニュースなどの多くで報じられている。

テレビ局は日本の自動車メーカーに気兼ねして、大きく報道していないのかもしれない。

このEVに関しては中国が大きくリードしているので、今後日本も巻き返しを図らねばならないだろ。

とにかく、石油依存社会からの脱却が、しいてはグローバリズムの弊害を無くし、地方衰退の流れを変えてくれるはずだと思う。

そして、何よりも石油を巡る戦争をなくす平和活動であることを私はずっと訴えている。





2026年4月1日水曜日

ニヒリズムが生むカルトと原理主義

 現代はニヒリズム(虚無主義)の時代と言われている。

人の価値を否定する考え方だが、キリスト教が根底にある欧米人にとって重大な問題である。

ところが、日本人はそもそも仏教にしろ神道にしろ、根底にあるのはアニミズムなので、経典や思想は呪文ほどの意味しか持ってなかった。

これは現代の仏教に縁の無い若い人がパワースポットにはまっているのとそう変わりは無い。

また、心霊写真や幽霊話は今でもテレビなどでもよく登場している。

ただ、これも個人差があって、そういう霊的な存在をあまり信じない人もいることも確かだ。

私は母方も父方も祖母が信仰深かったし、特に母方の祖母は霊的な体験を語る人でもあった。

それに対して、家内はそういう祖母が傍にいなかったせいもあって、霊的存在をあまり信じていない。

また、都会で幼い頃から育った人は、自然界の霊的な存在には無関心のような気もする。


一方で、宗教の説教や聖書などに親しんできた人は、霊的存在もさることながら、その教えや世界観の影響かなり受けていると思う。

私は中学から大学までカトリック系の学校で学び、聖書に親しむことも多かったが、仏教以上に生活に根付いたものでは無かった。

仏教といっても葬式や先祖供養に関わるもので、思想的な影響はあまりない。

ところが、幼児洗礼を受けた私の大学の友人は、話していてもかなりカトリックの影響を受けていることが感じられた。

私がキリスト教に改宗しなかったことを残念に思ったのは、大学院時代にキリスト系の大学からの求人があって、先生から信者かどうか尋ねられたときだ。

もし、信者であったら優先的に採用されていただろうと思った。

考えてみれば、母校の南山大学でも信者の先生が同じ学科にいた。

その程度のものでどちらかと言うとキリスト教には懐疑的なところがある。


文化人類学者のエマニュエル・トッドは、宗教の信仰形態を活動的状態、ゾンビ状態、ゼロ状態に分類している。

そして、現代の欧米を一部例外を除いて宗教ゼロ状態になって、ニヒリズムは、ヨーロッパにもアメリカにも存在し、西洋の全域に遍在していると述べている [E・トッド2024:170-173]。

文化人類学では呪術と宗教を区別したり、世界宗教と民俗宗教を別次元で考えたりするが、トッドの言う宗教には呪術や民俗宗教は含まれていないだろう。

確かに、世界宗教や国家的宗教は活動として形骸化したり、殆ど信仰されなくなったりしているかもしれない。

しかし、その一方でかつてはそういう宗教から異端とされていたカルトが、現代では一部の熱狂的な信者を生んでいることは確かだろう。

また、新宗教もかつてはカルト的存在であったのだろうが、多くの信者を得てカルトとは言われなくなったりする。

今回トランプを支えている福音派はキリスト教の聖書や伝道に立ち返る原理主義や根本主義と考えても良さそうだ。


カルトに関しては日本のオウム真理教や統一教会のように、テロ事件と関連して解散させられる場合もある。

一方で福音派のようにアメリカ大統領に多大の影響力を与える場合もあるのだ。

トッドはニヒリズムの戦争への影響を述べているが[前掲書:360-362]、イラン戦争に関しては原理主義同士の戦いの様相を呈している。

テロや戦争が生じる根本にはニヒリズムの中で却って霊や超自然的存在、聖書などに熱狂的な信仰をもつ人々の存在が有るように思う。

これは行きすぎた資本主義による経済という名の戦いが生んだ殺戮兵器による戦争とも言えるかもしれない。

その一方で、歴史的な十字軍の戦いが原理主義信仰の元で、核開発と石油を根源として再発したかのようにもみえる。


引用文献

エマニュエル・トッド 大野舞訳 2024  『西洋の敗北―日本と世界に何が起きるのか』 文藝春秋

といっている。




2026年3月30日月曜日

小豆大麦粥による脱米依存

 これまで、一日一膳ということで、一食だけ玄米をお茶碗にいっぱいだけ普段は食べていた。

以前は玄米を主体として雑穀米にして、大麦も同じくらい加えていたのだが、冬場で運動不足もあって胃腸の調子が悪くなった。

そこで、家内も食べている柔らかい玄米を一食だけ食べていたのだ。

そうすると、大量に買った大麦がそのまま残ってきたので、何とか食べられないかと思案して、ネットで調べて大麦粥にいきついた。

私はお粥のイメージはおなかを壊したり、熱が出たときなど病気の時に食べるという悪いイメージしか無かった。

そして、白米のお粥はどちらかというと嫌いだった。

その一方で、鍋物の残りで炊いたおじやは大好きだったし、昔は安岡鍋を使ってガスで炊いていて、お焦げができるのでそれをお粥にして食べるのが好きだった。

要するに、病人に食べやすいお粥が苦手であっただけなのだ。


そこで、大麦を1合にそばの実や黒米などの雑穀適量、そして水にかしていた小豆と大豆を5勺ずつ入れてマイコン炊飯器のお粥機能で炊いた。

どうも水分が少なかったせいか、好みのお粥にはならなかったので、シャトルシェフで炊き直して保存しておいた。

それによって、小豆も大豆も柔らかくなって食べやすくなったし、好みのお粥に仕上がった。

シャトルシェフは長時間の保温には向かないので、マイコン炊飯器の温度調節機能で保温したが、入りきれないのは冷凍庫で保存しておいた。

その冷凍庫で保存していたお粥も、後で解凍してマイコン炊飯器で同じように保温して食べた。


味としては塩味で、小豆の風味がとても良い。

一方で、大豆は思ったほど美味しくなかったので、次からは入れないようにした。

また、使い道に困っていた鶏のササミの缶詰も入れるとタンパク質もとれている。

私は三食ともこの小豆大麦粥をアレンジしながら食べることにした。

特に朝は今まででは、玄米でも胃がもたれることがあったのだが、そういうことも無くなって快調である。

欠点としては昼食前にお腹がすいてしまうことだが、これは健康のため、減量のためと思って我慢している。

何よりも、美味しくてお腹いっぱいに食べられて、健康に良いのが魅力である。

そして、何よりも米依存からの脱却を図ることができる。


村作業で水田水路の溝掃除や草刈りをしているのに、近所の米農家から今年は去年よりも50%も高い価格で玄米を買っている。

私の家は転入者で水田を持っていないので仕方ないが、村の殆ど家は水田地主なので小作料を受け取っている。

米が安いときは、それほど気にならなかったことだが、米が高くなるとみじめに思えてくる。

水田地帯に住んでおりながら、米を食べないというのもへそ曲がりなことだが、かつては冬場にはちゃんと麦も作っていたはずだ。

かつての農家も麦飯が当たり前だったのだ。

私のようにほとんど大麦のお粥を食べることは無かっただろうが、小豆を入れて食べることは昔では贅沢だったと思う。

実は、健康的で美味しい贅沢な食事をしているのだ。

大麦の人気が高まれば、きっと近所の米農家も安い大麦を作ってくれるだろう。




2026年3月27日金曜日

なぜ無差別爆撃をやれないのか?

 我々は今戦争を目にしている。

そこで、実感するのは太平洋戦争で日本が受けた空襲がなされていないことだ。

もし、同じことがウクライナやイランで行われたら、どういう非難を受けるだろうか?

ダニエル・イマヴァールはその著『帝国の隠し方―大アメリカ合衆国の歴史―』(名古屋大学出版会 2025年)の中で次のように述べている。


それはマッカーサーやニミッツが太平洋を急襲する際に用いた「飛び石」戦略に見ることができた。米軍は、連続した地域を奪取していくのではなく、日本軍の拠点を跳び越えて前進したのだ。航空技術がこれを可能としたのである。

 それはまた、連合国軍が、日本の主要な島々に足を踏み入れることなく、日本を打ち負かすという並外れたことも可能にした。連合国軍は、グアム、テニアン、サイパン、沖縄、硫黄島の基地を用い、空路で日本の七〇近い都市を破壊した。

 飛行機はトラックではなく死をもたらしたが、それ以外はヒマラヤ作戦とあまり変わらなかった。アメリカ合衆国は、小さな島々から、侵攻することなく日本を服従させたのだ【前掲書:258】


著者は航空技術を賛美し、無差別爆撃や原爆投下に触れていない。

歴史家として恥ずべきだと私は思うが、それを書いたらアメリカでは売れないだろうとも思う。

著者の論に従えば、イランを服従させたければ、同じことをすれば良いということになる。

あのトランプでさえ今はやれないことを、ルーズベルトとトルーマンはしたというのが事実だろう。

テレビの報道でもかつて地上戦なしに政権の交代や降伏はあり得ないと解説する人が多い。

その解説の裏には、無差別爆撃や核攻撃があれば別というのが隠されている。

劣勢に立っているウクライナもイランも無差別にロシアやアメリカを攻撃することは避けている。

それをすれば同じことを倍返しでやられることが分かっているからだろう。


日本がアメリカの無差別爆撃を強く非難できないのは、同じことを中国の重慶でも行っているからでもある。

ただ、無条件降伏の後で、その責任はとらされている。

つまり、負けなければ戦争犯罪で裁かれないのだ。

世界に張り巡らした米軍基地によって、しばらくは隠された帝国は維持されるので、裁かれる心配は無い。

トランプは負けない自信はあるだろうが、相手が最後まで降伏しなかったら、戦争犯罪は裁かれなくても、世界からの非難は浴びるだろう。

哀しいのは日本で脅され支配されている米軍基地を、守ってもらっているので安心と言い続けなければならないのだ。

しっかりと、アメリカ帝国は日本を支配できている。









2026年3月25日水曜日

経済戦の傭兵:ビジネスマンの疲弊

 我々日本人は平和ぼけだと言われ続けてきた。

しかし、それは武器を用いた戦争を平和憲法によって避けてきただけで、実際は経済という戦いを続けてきた。

エリック・アリエズ&マウリツィオ・ラッツァラートは次のように述べている。*1

戦争と経済の可換性は資本主義の土台にあるものだ。すでにずいぶん以前に、カール・シュミットが、経済と戦争の連続性を指摘することによってリベラリズムの「平和主義的」欺瞞を暴いた。経済は戦争の目的を戦争とは別の手段によって追求するということだ(「信用取引の停止、原材料の輸出禁止、外貨の毀損」)。  [ É,アリエズ&M,ラッツァラート2019(2016):11]


今回のトランプのイラン奇襲攻撃で軍事的に痛手を被ったイランの戦術は、石油に関わる経済を最大限に用いることだった。

それを考えると、中国は既に日本に対して経済という戦を仕掛けているのだ。

その発端は高市総理の不用意な台湾有事発言であり、これは中国が経済戦の宣戦布告をするきっかけとなった。

日本は既にアメリカとは貿易戦争という経済戦を行ってきたが、ドルを基軸としたアメリカの金融政策の前に屈服してきた。

そして、IT、AIという最先端の経済戦でも苦戦を強いられているし、トランプの違法な経済戦の前に隷従している。

企業はいわばその経済戦の最前線で戦ってきたのであり、そこで雇われるビジネスマンはまさしく傭兵と同じだった。

バブル経済期にリゲインのCMで流れた「二四時間戦えますか ジャパニーズ・ビジネスマン」は、明治維新から続いてきたものだ。

そして、学校はかつては立派な軍人や企業の傭兵を育てたが、戦後はもっぱら立派な傭兵たるビジネスマンを育てるのに寄与してきた。

今回、日本人の多くがその立場に置かれていることを知るのは、ウクライナ戦争での経済制裁、イラン攻撃での経済封鎖を目の当たりにしているからだろう。


ふと、振り返ってビジネスマンや公務員の過労死や過労自殺、精神疾患、生活習慣病も戦死や戦傷、戦病と言えるのだ。

地方の企業が衰退し、農林水産業では生活が成り立たず、地方から都会に出てビジネス傭兵にならざるを得ない状況は戦国時代と変わらない。

近年は正規雇用の侍では無くて、足軽のような非正規雇用がまかり通っている。

そんな中で、子どもを産み育てる生きがいとと喜びを失ってしまう実情に目をつぶって、一部の富裕層のために政府は動いている。

我々日本人は決して平和な時代を謳歌してきたのではない。

経済戦の中で戦い一般家族は疲弊してきたのだという自覚が必要に思う。


*1エリック・アリエズ・マウリツィオ・ラッツァラート 杉村昌昭十信友建志訳 2019『戦争と資本―統合された世界資本主義とグローバルな内戦』   作品社    [ É,アリエズ&M,ラッツァラート2019(2016)]