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2026年9月1日火曜日

温暖化対策は口先東京より現実奈良へ

 ネパールの氷河崩落を受けて環境問題を東京にある多くの放送局が取り上げている。

東京都は日本の都道府県の中で一番多くのCO2を排出して、一番少ない鳥取県の20倍近くの量である。

人口から言うと東京都は1400万人で鳥取県は55万人なので、一人あたりのCO2放出量はそれほどでもない。

一人あたりに関しては愛知県が東京都と同程度なのに、人口はおおよそ半分なので、とんでもない排出量ということになる

愛知県は自動車産業を中心として工業生産額は日本で1位だが、東京都は16位、鳥取県は45位である。

一方農業生産額では愛知県は8位、鳥取県は41位、東京都は47位で最下位である。

ということは、東京都のCO2の排出量は工業生産によるものの比率は低くいし、農業での回復も無く、物流やオフィス、家庭からの排出が多いのが特徴だ。

日本で一番高い地価を誇り豊かで便利な生活を謳歌できている東京で仕事したり暮らす人が、地球の温暖化を憂慮するのは、非常に矛盾に満ちている。

CO2の排出量の少ない鳥取県は最近までスタバさえ無くて、スナバなら有ると開き直っていた。

石破元総理も短命で利益誘導の政策もできず、無料で利用の出来る鳥取道が望みの綱である。

東京都と鳥取県の経済格差や利便性の違いは歴然で有ることから分かるように、CO2を出している加害者の方が豊かなのである。

世界的にもGDPが世界一のアメリカが一番CO2の排出量が多い。

そういう根本的な前提を抜きにして、地球温暖化の解決を語るのは全く筋が通らない。


資本主義の世界で有る限り、人類はこれから先に地球温暖化によって悲劇が起ころうとも、現代の豊かで便利な暮らしを手放すつもりはない。

大洪水や暴風の災害には備えて生き残るつもりである。

そのために、東京の地下には巨大な貯水施設が完成している。

心配された電力不足もいまのところそう不安もなくなっている。

ただ、渇水の問題は根本的に解決できていないだろう。

そして、何よりも温暖化とは関係はないようだが、南海東海トラフの大地震や直下型地震、富士山の噴火という自然災害の大きなリスクを抱えている。

それなのに巨大人口を維持し続けている。

関東大震災や東京大空襲でも再建できたのだから、何とか生き残れば復活できると思っているのだろうか?

そういう色んなリスクの高いながら一極集中する東京からの呼びかけは説得力が乏しい。

また、私の母校の東京都立大学は、かつて首都移転を阻止するために当時の石原知事が首都大学東京と改名されて利用された。


こういう東京に対して、CO2の排出に関して優秀なのは京都府では無くて奈良県である。

排出量が少ない県のランキングでは4位で、工業生産額が奈良県よりも少なく人口も奈良県の半分の島根県よりも少ないのは驚きだ。

高市総理が誇るべきなのは地元奈良県の二酸化炭素排出に関する優秀さであり、奈良県から世界にCO2削減を呼びかけるべきではないだろうか。

世界遺産も京都の17件には遙かに及ばないが、今年は4件に増えて総理大臣まで輩出している。

CO2を多く輩出している東京、大阪、名古屋などからマスコミや研究機関から削減を呼びかけられても説得力は乏しい。

呼びかけている人の暮らしぶりを訊きたくなってしまう。

堂々と石油を掘りまくれと言っているトランプの方が正直者と思えてしまう。

パリ協定に代わるものとして奈良協定を高市総理が中心になって進めてくれれば彼女は偉大な政治家として名を残すだろう。

そして、首都機能もかつての平城京のあった奈良に移していっても良いと思う。

とりあえず最もCO2を排出する東京から奈良へ環境省を移すべきだろう。







2026年8月31日月曜日

那岐山麓の魅力

 私たち夫婦の日曜ドライブは夏には必ず涼しさを求めて那岐(なぎ)山麓の麓から智頭に向かう国道53号線をよく通り抜けていた。

その境界の黒尾峠あたりの標高は652mもあり、真夏でもけっこう涼しかった。

また、そこまでにある馬桑ループ橋や峠をこして智頭町の那岐あたりの展望も素晴らしかった。

以前から那岐山麓の山の駅があることは知っていたが、既に三咲町の道の駅「菜々茶屋」で買い物をしていたりしていたので、わざわざ立ち寄ることはなかった。

ところが、先日の地元案内のテレビ番組で、この山の駅と那岐山麓の魅力が放映されて行ってみたいと思っていた。


いつものように自宅から千種川沿いの国道373号を北上して、上月の三叉路で姫新線沿いの

国道179号の山越えの道を西に向かう。

県境である万能峠を越えて岡山県作東町に入ると、田んぼの景色は黄金色に変わりつつあった。

そして、梶並川に合流してそれを上流に向かい、川沿いにある「道の駅彩々茶屋」があってそこでトイレ休憩と買い物を今回もした。

今はブドウのシーズンでそれを求めるお客さんがいっぱいいた。

この道の駅を出ると、しばらくは梶並川沿いの道を北上するのだが、途中の三叉路で美作奈義線(県道51号)を使って奈義に向かう。

その県道は細い山道だが、既に稲は色づいて稲刈りをしていたり、刈ってしまっている田んぼもあって驚いた。

南国の早場米はよく知られているが、こういう山奥の田んぼでも早生米が作られているようだ。

しばらくすると那岐山麓の裾野が広がってきて、広大な田園風景に出会う。


那岐山麓は中国山地が長い間の風雪によって侵食された後で、固い花崗岩が浸食されずに残った残丘という地形だという。

標高1255mの那岐山は、神話の伊邪那岐命(イザナギノミコト)・伊邪那美命(イザナミノミコト)の降臨伝説が残る、中国山地神聖名峰といういことだ

奈義町の観光案内には名所や歴史・伝承が紹介されていて面白いが、信仰の場所という意識は当初なかった。

しかし、那岐山麓 山の駅でそこから見渡せる風景を見た時にその理由がよく分かった。

その素晴らしい景色を見たら、心が洗われるように感じる



レストランが開く11時より30分ほど早く着いてしまったので、レストランの前にあるテーブル付きベンチに腰掛けて待った。

そこのベンチにはバイクなどのツアー客もいて、楽しそうにおしゃべりをしていた。

私はじっとして待つのも嫌なので、少し下にあった公園から山に入る谷にいくと、そこには細い橋が架けてあって、そこを少し渡るとその高さに足がすくんだ。

橋を渡る勇気が無かったのでレストランに戻って、時間が来るのをベンチで待った。

しばらくすると案内があって中に入ったがまだ11時までには時間が少し有ったけど注文だけ訊いてくれた。


レストランのメニューはネットであるような特別なものではなくて、ハンバーグやソーセージ、カレー、そしてステーキなど、どこでもある洋風のものだった。

普段はあまり食べないが、二人はソーセージのランチを頼んだ。

このあたりはソバも採れるのでソバが食べたかったのだが、メニューには無くて残念だった。

味としては悪くないし、デザートの小さなケーキも美味しかったが、また食べに来たいとは思えなかった。

それよりも、涼しくなったらベンチや公園で弁当を広げて食べたいと思った。

いつも立ち寄る「道の駅彩々茶屋」には鯖寿司や、ちらし寿司など美味しい手作りの弁当が売ってあってたまに買って、風景を見ながら車中やベンチで食べたりする。

加西のフラワーセンターでは途中のJA直売の旬菜蔵で弁当を買ったのをいつも持って行って食べているが、ここでもそうしようと思った。

この施設は食事や買い物をするには物足りないが、景色を見ながらゆっくりと過ごしたり、良い季節になったら山に登っても良いと思う。

観光地としては人気はなさそうだし、自衛隊の演習所もあって興ざめのところもあるが、雄大な山を望んだり、広大な景色を眺めると気が晴れると思った。

今までは道の駅や農産物の直売所の賑やかなところで過ごすことが多かったが、夏には涼しくゆっくりと過ごせる場所を発見できた。


今回は和気のスーパーで買い物をする予定が合ったので、三咲町に引き返して川沿いに和気まで行った。

本来は国道53号線で智頭まで行って、しばらく下道を通った後で鳥取道に上がって、途中西粟倉の道の駅などに寄って帰ることが多い。

このルートはもっと探せば面白いところも発見できそうである。

今は暑いので散策するのは辛いが、涼しくなったら是非やってみたいと思う。






2026年8月30日日曜日

既に始まっている第一次世界温暖化大戦による犠牲者

 世界で熱中症の死者がどれくらいなのか調べた

熱中症死者、世界で年55万人 90年代から6割増加―国際研究

(2025年10月https://www.jiji.com/jc/article=2025102900299&g=int)

という記事があった。
今年はヨーロッパだけで約1万9千人が犠牲になっているというから、55万人で済まないかもしれない。
ウクライナ戦争でもロシア軍は4年半で最大53万人の死者というから、たった一年でその数を上回っていることになる。
ただ、熱中症を病気と捉えたら年間1000万人を超える癌には遙かに及ばない。
しかし、癌は生活習慣などを改善をしたり、治療に力を入れれば生存率も高くなる。
熱中症を逃れるにはエアコンしかないが、それはまた温暖化を進めて犠牲者を増やすことになる。

そして、今回のネパールの大水害は氷床の崩落が温暖化によるものと推定されているが、その行方不明が3000人と言われている。
地震や津波などは人間がどうやっても防ぎようにないものだが、人間の活動によって引き起こされていて、対策として可能なものなのだ。
しかも、トランプ率いるアメリカはパリ協定からも離脱して温暖化を加速させている。
アメリカは堂々と温暖化戦争を戦っているのだが、日本なども暮らしを豊かにするという名目で同じように温暖化戦争に暗黙で参戦している。
殺戮兵器で戦った世界大戦も自国民の幸福を思って戦争を行ったのと決定的な違いはない。
救いようがないのは、同じように一般市民を犠牲にしながら、殺戮意識を持たないと言うことだ。
今回のように石油などの化石燃料の恩恵をそれほど得ていない人々が犠牲になることも悲劇である。

我々はウクライナ戦争やイラン戦争を憂慮する前に、この自国の温暖化戦争を終わらせることにもっと力を注ぐべきなのだと思う。
殺戮兵器でしていた世界大戦当時も、戦いたくないと思っても戦わざるを得なかったように、現代の生活では化石燃料なしではまともな文明生活はできない。
通常の戦争は降伏や停戦で終わらせることが出来るが、温暖化戦争はそれさえできない。
考えてみれば核兵器による戦争の如く、人類滅亡の可能性を秘めた戦争なのに、その危機感があまりにも少ないということだ。
そして核兵器と石油増産で人類の生殺与奪の権をアメリカが握って横暴に振る舞っていることに目をつぶっているのが現状だろう。
その安保条約の同盟関係で従属国としての日本は、一緒に戦うつもりでいるのだから同罪と思うしかないのかもしれない。

2026年8月29日土曜日

鳥取因幡路2026年夏~きらりの海鮮丼etc~

 毎週日曜は相変わらず家内とドライブして昼食をとっている。

ふたりとも平日にでも行けるようになったのだから、平日に行った方が空いているし、平日のみの安いメニューもある

だけど、結局日曜にじっと家に居ること自体が面白くないので、ドライブに出かけてしまう。

今回は朝に岡山の蒜山を特集した「小さな旅」を観たので、蒜山に行こうと思った。

毎年夏には避暑をかねて蒜山にそばを食べに行くのだが、今回は鳥取道を使って楽に行こうと思ったのだ。

ところが、鳥取道に上がるまでの国道373で初心者の車がいて速く進めなかったし、鳥取道でも車が多くて時間がかかった。

休憩と思っていた道の駅西いなば気楽里に着くころにはら11時になっていたので、そこで昼食を済ますことにしてしまった。


この道の駅はだいぶ以前から利用していたのだが、昼食メニューがイマイチのところがあった。

いつも利用している「きなんせ岩美」にある海陽亭の海鮮丼を食べてきたので少々不満気味であった。

ただし、岩美のほうは値段が上がったのに、内容が乏しくなってきたので最近は行かなくなっていた

新しくできた「道の駅ほうじょう」には6月頃に雨の中に寄ってみたが、利用者がいっぱいすぎて、食堂には入れず弁当を買って食べなくてはならなかった

今回も寄ってみようと思ってはいたのだが、「気楽里」の食堂が時間的に空いていたので収まってしまった。

あまり内容は期待していなかったのだが、メニューが大きく変わっていて、海鮮丼が岩美より安くて美味しそうだった。

そこで家内と一緒に1700円の海鮮丼を注文することにした。


テーブルが多くて、お客さんが多いので注文してから時間が多くかかった。

ウエイターやウエイトレスは若い人が多くて、女性は研修のアジア系の外国人であった

しばらくして持ってきてくれた海鮮丼は、かにの甲羅にワサビとかに味噌を載せて、かにの小さな爪も添えてくれていた。

海陽亭でも以前はそうしてくれていたのだが、最近はついていなかったので二人で喜んだ。

海陽亭では地元で朝に獲れた海産物という触れ込みだけ合って、確かに新鮮で独特の種類の魚介類で美味しいのだが値段が1000円ほど高い。

普段は回転寿司で満足している夫婦にとって、オーソドックスな刺身ののる「気楽里」食堂の海鮮丼で充分なのである。

それでも、地元の白いかの醤油漬けはついていた。

家内と「美味しいね」と言いつつ私は先に平らげてしまった。

いつもは海鮮丼を残すことがない家内も、ここの海鮮丼はご飯の量が多かったらしく、少し残したので私が手伝った。


道の駅の売店にも立ち寄ったが、岩美の道の駅のように魚は本格的ではないが、以前よりは品数が増えている。

野菜にしても土産物にしても、やはり見劣りすることは否めない。

ただ、店内で軽く食べられるものが売ってあって、自由に座れるテーブルの用意されてあるので、小規模なフードコートのようになっているの利用しやすいと思う。

入り口には足湯もあるし、駐車場の北側には子供が遊べるビニールプールも用意してくれている。

子供を連れた家族連れにはゆっくりと過ごせる道の駅になっているように思えた。

ただ、私ら老夫婦がゆっくり過ごすには物足りなさを感じた。


当初の計画では蒜山まで行く予定だったが、道の駅西いなば気楽里から下道を引っ返して帰ることにした。

自動車道からの景色は面白みがないのだが、国道9号線の下道は海岸沿いにあって景色は抜群だ。

前回来た時は海が荒れていて、サーファーがいっぱい海で楽しんでいた。

今回はそれほどの波がないし熱いので、サーファーは殆ど見かけなかった。

そして、たまに釣りをする人や、海水浴をする人などを白兎海岸で見かけたが、あまり人はいなかった。

酷暑では海岸に出る気がしなくて当たり前のように思えた。


来る時に入道雲が見えていたのだが、家内は日本海の上の雲だと言ったが、実は日本海には雲がかかっていない。

とすると、智頭あたりで曇っていたのが、ちょうど入道雲の真下だったことになる。

必ずしも入道雲の真下では雨が降っているとは限らないなと家内と話した。

そして、海岸線からいつものように29号線の山道に向かう。

目指すは若桜の道の駅である。

今回は珍しく若桜鉄道の列車と並行して走ることになって楽しむことが出来た。

道の駅若桜では毎回大山乳業の牛乳モナカを一つ買って、二人で食べている。

一つずつ買わないのは値段が高いのと、家内には量が少し多いからだ。

地元のスーパーにも置いてあるしそちらの方が安いのだが、ドライブの途中で食べるのが美味しい。

しかも、家内の好きな小豆入りは地元では売っていない。

今までは車の中でドライブしながら食べていたが、店の縁台で食べ始めて、前回からは暑いのでエアコンのついたベンチのある観光案内室で食べている。


若桜からいよいよ山越えで、急な坂道となるし、ラジオやネットも使えなくなる。

途中にある新戸倉トンネルでは、気温が下がって24℃にもなり、下界とは10度近く違う。

窓を開けて冷気を入れたりするが、トンネルを抜けると徐々に暑くなっていく。

音水湖は前回来た時はカヌーマラソンのイベントで賑やかだったが、今回はかなり水位が落ちてささやかにSUPで楽しんでいる人がいるだけだ。

そのうち雨が降ってきて、やはり入道雲が峠の山の上にあったことが証明された。

久しぶりの雨で喜んだが、波賀町の町に入ってくる頃は止んできて、やがて山崎付近では晴れ渡っていた。

峠の山沿いでは雨がそこそこ降っているようで、農作物も生き生きとしていたが、やがて平地になると干からびているのも目についた。

上郡の家に帰ってきたのは夕方の4時前で、高い太陽の灼熱の現実の前に急いで家のエアコンで涼まねばならなかった。


今回のドライブは安くて美味しい海鮮丼と日本海、そして峠の久々の涼しい風と雨であった。

泊まりがけで遠くまで行くことがない二人にとっては、良い気晴らしドライブになった。

今の乗っているシエンタはこういう道では20km/L位なので、300kmほど走ってもガソリン15Lで2500円程度である。

これを電車とバスを使えば二人で優に1万円は超えるだろう。

少々高い昼食をしてリッチな気分にさせてくれる一日旅である。


2026年8月27日木曜日

トランプ米大統領が仕掛ける温暖化戦争

 現在、酷暑の原因は地球の温暖化であるのだが、テレビの天気ニュースでは高気圧や熱帯からの高温多湿の空気の流入としか表現されない。

起こっている酷暑の現象を温暖化の原因と絡めて報道するのは手間だからだ。

そして、対策としてエアコンを使いましょうと言うことになるのだが、日本では家庭由来のCO2排出の第4位で総量の15%を占めている。

この電力の発電方法は日本では火力が約65%を占めているので、この発電によるCO2の排出の割合が高い。

温暖化の責任を負いたくないとエアコンを切ってしまえば熱中症で死に至ってしまう。

だから、温暖化を加速させるエアコンを使うことは、火に油を注いでいるのと同じだが、その場を生き残るための方策である。

つまり、我々は車中泊でエンジンをかけてエアコンをかけ続けている震災の被災者と程度の差こそあれ同じなのである。

自分でガソリンをつぎ足したり、マフラーから排ガスが出るのを見ないで済んでいるだけなのだ。


世界的にCO2排出量を見てみると、1位中国、2位アメリカ、3位インド、4位ロシア、5位日本となっている。

この5カ国の中で一人あたりのCO2排出量の1位はアメリカ、2位日本、3位中国、4位インド、5位ロシアということになり、日本人は一人の出すCO2は中国人よりも多い。

温暖化と関連が考えられる自然災害では、中国がやはり一番深刻で中国全土で最高気温50度を観測するなどの猛暑や、豪雨・洪水・干ばつの大きな被害を受けている。

アメリカは山火事も温暖化と関連は考えられるが、大洪水に見舞われたり、大寒波に見舞われたりしている。

温暖化と寒波の関連は北極の気温上昇が偏西風に影響を与えることから起こるとされている。

日本は西日本は水不足だし、東日本は台風などによる洪水の被害が出ている。

米・中・日とも明らかに温暖化によって自然災害が起こっていることが分かっておりながら、それをまともに対処できていないのが現状だ。


アメリカのトランプはパリ協定から離脱し、産業優先で石油を掘って掘って掘りまくれといっている。

確かにアメリカでも自然災害は生じているのだが、それに対する対処の方法が違うという*1。

アメリカはハリケーンが来たり、山火事が起こると非常事態宣言を出して避難する、危険な地域には強制避難命令が出されて州兵が配置されるという。

これは日本の戦時中の強制疎開を徹底したようなもので、日本では考えられないことだ。

日本ではどちらかというとできる限り自分の家を守ろうとして家に残り、強制的に避難させられることは、よほどのことがないとない。

私が村落調査で通っていた奄美は猛烈な台風の常襲地帯だが、わら屋根の頃は台風には家を木材などを使って補強して備えた。

島だから逃げようがないということもあるが、本土は現在では高速道路などを使えば逃げようと思えば逃げられるが逃げない。

日本では自衛隊や警察は災害救助が中心で、強制退去のためには動いていない。

アメリカのまるで戦時下のような動きとは対照的であることが分かる。


アメリカは自然災害も戦争と同じように対処すると考えれば、温暖化で生じる自然災害という戦争を戦い抜く覚悟があるとも考えられる。

自国の被害よりも他国の被害が大きければ、アメリカの世界支配は続けられる。

自国も被害が出しているので、攻められれば自分たちも被害者で、温暖化とは無関係とうそぶける。

今回の日本の米騒動も温暖化と関係していると思われるが、それによってアメリカからの米の輸入は増えた。

何よりも高温化した海に囲まれている影響で、日本は他の国よりも温暖化は速く進んでいることもあり、台風や豪雨の被害で苦しんでいる。

アメリカとライバルともなっていて、EV化を推進しているヨーロッパは熱波で多大の被害が生じたし、大河が干上がって発電にも影響している。

そして、何よりも中国は大洪水などの被害で苦しんでいるし、得意のEVの弱点が洪水や寒波で露呈した。

温暖化はロシアにとっては有利なのだが、実際にウクライナとの戦争をしていて経済封鎖をしているのでそれほど警戒する必要はない。

とすれば、アメリカでは自国の被害があっても、ライバルとなる国よりも対処できていて有利だとトランプ大統領が考えても不思議ではない。

われわれはそういうトランプ大統領が率いるアメリカと戦っているのだと思うべきなのだろう。

日本一国だけではアメリカと戦えないので、パリ協定に入っている国が連携し合って戦うべきだろう。

我々自身もアメリカとの温暖化戦争の渦中にいることを自覚しなくてはならないと思う。


*1 日米で全く異なる防災・避難行動 https://www.us-lighthouse.com/life/point-of-view-america-japan/disaster-prevention-in-japan.html





2026年8月25日火曜日

自業自得の自民党を勝たせてきたJA・米農家

 私が上郡の村に転居してきた時に、印象的だったのは米農家の倉庫などには必ず自民党や総理大臣のポスターが貼られていることだった。

近所の米農家はまだ退職前で、土木会社に勤めていて兼業農家だったが、政治とは無関係に見えてもしっかりとポスターを貼っていた。

また、国政選挙などでは自民党応援のはがきがそこから来たりしていた。

自民党を支えてきたのはJAや医師会などの圧力団体であることはよく知られている。

このごろ、米の問題や食糧自給率の問題を農学者が指摘するが、そもそも農家は政権側の自民党と共にあったのであって、それでそのような結果になったのは政権側の失策である。

あたかも、米農家が被害者であるかのように言うのは誤魔化しである。


自民党を勝たせてきたことの、教育現場への影響は大きい。

以前は野党と組んだ組合を中心として教師が守られていたのだが、それの弱体化を図ったのは自民党の政権側であり、それで教育現場が荒廃してしまった。

あまりにも酷いので廃止されたが、教師の免許更新制が大きな転機だったと思う。

それを単に教師の質の低下とか家庭の指導力低下とするのはお門違いである。

自民党が新自由主義の路線を堅持し、非正規雇用を多くだし、組合員の組織率を低下させ、労働環境を悪くし、実質賃金が下がっていった。

そういう政策をとる自民党をしっかりと支えてきたのが米農家と言えるのである。

アメリカが米の輸入に関しては大目に見てきたのは、アメリカの傀儡政権の自民党を支えているのは米農家であることも知っていたからだと思う。

その米農家がJAとともに自滅していく事の危機感を煽るより、その原因となった自民党とJA、米農家との癒着をちゃんと検証すべきである。


米農家は当然、今のままでは先行きがやばいと知っていたから、自分の子供には米農家を継がせなかった。

親の世代までは何とか自民党と仲良くして協力してきて、生活が成り立っていたけれど、気候変動やグローバル化で先が見通せなくなったからだ。

今回の令和の米騒動で、あたかも米農家が被害者として国民から同情されれば、政府はしっかりと救済策を講じるだろう。

農学者やマスコミが食糧の危機を煽ってくれれば、米農家を助ける大義が立つ。

ネットでは政府が無料で米券を配れば良いということが共感されたりしているので、それに便乗するかもしれない。

それでは同じ事の繰り返しになる。

消費者は政府、JA,米農家の癒着を断ち切る形で動くべきで、できれば直接米農家と関係を、直接購入ないし生協などを通して持った方が良いと思う。

戦後のように着物を持って農家を訪ね歩かねばならなくなる前に、自分たちの将来を生活を守る気持ちを持つべきだと思う。

一方、米農家と水田を支える村民は、自民党ではなくて市民と共に生きていく覚悟を持って、食糧を確保する道を選ぶべきだと思う。


家内の従兄弟はミカン農家であるが、JAとは関わりを絶ったそうである。

父親もミカン農家でJAとの関わりは強かったようで、地域の農家の組織の役員までしていた。

しかし、その父親は肝臓を患い若干60歳で亡くなってしまった。

おそらく、農薬を多用してきた影響があったのだろうと思われる。

近隣の太子町のハウストマトの農家でそういう被害を聞いたことがあるからだ。

彼は家内の父母の葬式にわざわざ広島から相生まで軽トラに乗って来てくれていた。

その時に話を聞いたりしていたが、軽トラで高速道路を走るのは慣れていると言うので驚いた。

彼はJAを通してミカンを出荷していなくて、直売所に持って行って買ってもらっているという。

米の輸入自由化は阻止しながら、オレンジの輸入自由化は阻止しなかったJAに不信感が募っていたのも原因があるように思える。

彼はそのために遠くまで軽トラで出かけなければならなかった。

彼の息子も農業を志して農業高校に入ったが、ミカン農家は継がずに実習先で知り合ったタマネギ農家を継ぎそうだと言っていた。

彼自身温州ミカンだけに拘らずレモンの栽培などに新しく挑戦してきたが、やはりタマネギの方が底堅いと思い、敢えてミカン農家継承に拘ってないようだった。

米農家以外の農家はJAだけに頼らず、何とか活路を自力で開拓している人もいる。

米農家もそれを見習うべきだと思うし、消費者もそういう農家を応援しなくてはいけないと思う。

一方で考え方を大転換して、この機会に米の輸入自由化を認め、その代わり補助金を認めさせて、他の国際競争力をもった農産物のように変革するのも手である。


2026年8月24日月曜日

ヒト本来の分割睡眠

 睡眠に関しては個人的にも色々悩むところがあって、完全退職する前は睡眠時間を確保するために医師から睡眠導入剤を処方してもらったりしていた。

というのも、今でもそうなのだが夜中に寝酒を飲む習慣が出来てしまっている。

自分自身糖尿病なのに夜中に飲食をしてしまっている。

酒に関しては芋焼酎をレモンなどの柑橘類を入れて炭酸で割って飲んでいる。

水泳や農作業で身体を動かしているのに、夕方の晩酌時につまみとおかずだけでご米飯を食べないせいもある。

そして夕食後そのまま寝てしまい、夜の九時前後に起きて机に向かって本を読んだりネットを観たり、ブログを書いたりしている。

そして、夜中の11時に切り上げて飲食してうとうとしながら過ごしてから、風呂に入って夜中の2時前後に床について眠ることが多い。

起きる時間は冬と夏とで大差なく、朝の5時前後に目が覚めてしまい、冬は机に向かい、夏は散歩と農作業に出かける。

その日によって睡眠時間は違うが、夜には合計6時間ほどしかとれていない。

ただし、机に向かっていて眠くなったら軽く10分ほど仮眠したり、昼食後も15分程度眠ってしまい、仮眠の合計は30分くらいになると思う。


睡眠導入剤は糖尿病の数値が悪い時に寝酒をしないのが主な目的で、現在は悪くないので眠剤は飲まずに寝酒をしている。

働いている時は昼間の仕事に応えると思うので、眠剤を飲んでいたこともある。

世の中に流布する必要な睡眠時間が8時間とか7時間という以外にも、睡眠ゴールデンタイム午後10時から明け方の3時までという拘りもあった。

若い頃は子供を寝かしつけているうちに自分も眠ってしまって朝だったと言うことが多かった。

また、朝の10時くらいまで寝坊したり、逆に徹夜も平気でできていた。

それが徐々にそういう睡眠に変わっていたのだった。

こういう途切れ途切れの睡眠に不安を感じていたのでネットで調べてみたら、次の記事が目にとまった。


人類はかつて「睡眠を1晩2回」に分けていた、その習慣が消えた理由とは?」『ナゾロジー』

この記事はhttps://www.sciencealert.com/humans-used-to-sleep-twice-every-night-heres-why-it-vanishedを参考にして書かれたもので、原文も同じような内容である。


要するに我々が当たり前だと思っている現代の睡眠は産業革命以降に身についてきたもので、それまでは分割睡眠が当たり前だったということだ。

一回眠りについて、夜中に目が覚めて1から2時間ほど起きていて、また眠りにつくという睡眠である。

現代のように電灯や時計などがなかった時代は、夕食は暗くなる前に済まして、暗くなると寝てしまっていた。

朝も明るくなって起きてくるので、夏と冬とでは床についている時間が違うのが当たり前だった。

明かりがないからと言って夜は単に眠るためのものではなく、若者は夜遊びで出かけたし、夫婦にとっては大切な営みの時間でもあった。

夜の明るさが違ってくる月齢を昔の人は非常に意識していたのもそのせいである。

狩猟採集の時代からつい最近の農耕中心の時代まで、分割睡眠が当たり前であったことは不思議ではない。

むしろ、現代は未開人を除いて、労働のために睡眠を管理されてしまったと言った方が良いのだろう。

人類学者はそういう分割睡眠のことはあまり民族誌に書き残していないのは、夜の過ごし方は聞きづらかったこともあるかもしれない。

また、睡眠はあまりにも個人的に柔軟に季節や出来事で変化して、決まったスタイルがなかったので一般化して著せなかったかもしれない。

そもそも、活動をともにする昼間と違って夜の過ごし方は個人の自由で、決まり事などなかったからだと思える。

この睡眠時間の事からも分かるように、現代の医学などは現代のライフスタイルの枠の中で研究されたもので、ヒト本来の心身のあり方とは別物である。

そして、医学的に推奨されることと違うと不安を感じてしまい、時に薬やサプリに頼ってしまう。

その方が病院や薬局、製薬会社には都合が良いのかもしれないが、われわれ庶民にとっては余計な心配と出費となってしまう。

労働管理されている時は仕方ないところもあるが、退職して自由を得たらヒト本来の睡眠方法に戻っても悪くはない。

ただ、昔と違って電灯もあるし、テレビなどの娯楽もあるし、日常的に酒も飲める。

むしろ睡眠そのものより、それとの付き合い方に気をつけるべきなのだろうと思っている。

と書きつつ、非常に後ろめたい気持ちになってしまう・・・・・