プロレタリアートという言葉は子どもを生むことでしかローマ帝国に貢献できないという意味を起源とする言葉だという。
つまり、兵士となる子どもを産んでこその無産階級なのであった。
ということは現在の子どもを作らない労働者は、プロレタリアートではないということである。
一時DINKs(Dual Income No Kids)という言葉がはやったが、現在でも全体の25%の夫婦が夫婦のみと言われているが、意識して子どもを作らない比率は分からないそうだ。
これに加えて、2020年で男性の未婚率31.9%、女性の未婚率23.3%ということになると、プロレタリアートは消滅しかかっていると言えるかもしれない。
プロレタリアートは土地や工場などの生産手段を持たず、労働力を提供して生活する人たちを指す言葉になったので、子ども有無とは関係なくなっている。
ただ、これには別の側面があって、かつて男性が労働をして賃金を稼いで、その賃金に依存した女性を専業主婦として支配していられた。
そして、法として一夫一婦制にすればますます男性への依存が高まるとともに、男性も自分の妻子のために身を粉にして働くのだ。
もう既に専業主婦で居続けている、ないし居続けられている女性は少数になっているようだ。
ただ、子育てをしたい高学歴の女性の方が、高学歴高収入の男性と結婚して専業主婦を望んでいるというのもネットで読んだことがある。
高学歴高収入でない男性は子どもを望む女性と結婚できないし、男性に支配されたくない女性は結婚して子どもを産もうと思わないのは理解できる。
かつて、狩猟採集から農耕社会まで専業主婦でいられた女性は存在しえなかった。
江戸時代の町でも武士や貴族の妻以外は、商売や内職やらをして女性も稼いでいたようだ。
近代の産業社会になって初めて無産市民といわれながらも、ブルーカラーのプロレタリアートは妻子を自分の賃金だけで養えたのだ。
そして、ホワイトカラーが増えた現代では女性もしっかりと収入を得られる時代になっているので、男性に依存する必要が無くなっている。
しかし、それもAIの進歩で危うい立場となり、むしろブルーカラーが見直されている。
このように男性にとっても女性にとっても熾烈な競争社会となってしまったので、それに取り残された人は結婚しても苦しい生活を強いられ、離婚も増えている。
Youtubeで繰り返し夏休みに給食がなくなり、母子家庭の子どもが食事をまともに食べられないという広告を見るたびに現代の残酷な一面を思い知らされる。
北朝鮮から兵士がロシアへ送り込まれるのを見ていると、兵士として戦地へ行くの方がまだ食糧にありつけるのかと思ったりもする。
今のオーストラリアでちゃんとしたビザを持たず、性風俗店で働く多くの日本人女性がいて問題になっているという。
日本の円が安くなり、貨幣価値の高いところで容易に高収入を得られるのが性風俗であるからだ。
これが一世を風靡したプロレタリアートが消滅していく中での、日本のひとつの姿なのだろう。
アメリカの兵站を担ってきた日本の企業兵士が、アメリカの衰退によって必要でなくなっただけのことであろう。
企業兵士を産んで国家に貢献するプロレタリアートの消滅である。
その一方で、高収入を得られるヘッジファンド、ハッカー集団、特殊詐欺グループのようなデスペラード(無法者)が誕生した。
その頂点にアメリカ大統領のトランプが立っているように思える。