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2026年10月21日水曜日

サイバー攻撃と「戦いメカ」

 哲学者が用いる「戦争機械」という用語は、元々はフランスのドゥルーズ、ガタリが用いた”machine de guerre"の訳語である。

しかし、”guerre”と「戦争」は似ているが、日本では「guerre de l'audience|視聴率合戦」

「guerre des rabais|安売り合戦」には、戦争を用いない。

日本史で「戦争」という用語が用いられるのは、戊辰戦争くらいからで、「関ヶ原の戦い」をはじめとして、「戦い」「乱」が普通である。

つまり、明治維新以降の近代戦に用いられてきたもので、現代では経済戦争や関税戦争など軍事力を行使しないものにも用いられている。

しかし、哲学者が用いた”guerre”は必ずしも、近代戦以降に用いられた言葉ではなさそうだ。

"machine"に関しても、「機械」以外に装置、機構、仕組み、組織という意味で用いられるが、日本語では「機械」をそういう意味で用いられることはない。

日本の哲学者は一般の日本人がその用語からどう理解するかを考えないで、用語を訳したように思える。

自分なりに解釈すれば、「戦争機械」というよりも、「戦いメカ(戦いのメカニクス)」の方が私にはイメージしやすい。


どうしてこういう用語が必要かというと、流血をともなう軍事力の攻撃だけでなく、さまざまな 攻撃で、国家や企業、市民が危機に陥っているからである。

例えば、経済的な金融による操作では、一国の経済が破綻したし、現代のサイバー攻撃では

企業が営業停止に追い込まれている。

サイバー攻撃に関しては日本はどちらかというと無関心でいられた、それは日本語という特殊性に守られていたからだという。

ところが、現代はAIのお陰でその日本語が防御にならなくなった。

このbloggarによるブログも日本よりも海外で多く読まれるようになったのはAIが利用されるようになったからだ。

このサイバー攻撃で日本人はドゥルーズ、ガタリが用いた”machine de guerre"すなわち「戦いメカ」に関心を持つようになると思う。

AIは確実に戦いメカとなって日本人の生活を脅かすところまでになったので、その本質を気づかされたということだ。

これで、量子コンピューターが実装備されれば、暗号も簡単に解読されてあらゆるセキュリティーが無意味となるだろう。


かつて文化人類学は現代文明の反省すべき点を明らかにするものとして、「未開」と呼ばれた地域に住む人々を研究した。

しかし、哲学のように現代文明を軍事分野を含めてしっかりと把握することは得意では無かった。

一方、経済学に関しては、軍事や戦争に関してはあえて無視しているようにさえ思える。

現代世界で行われている流血戦争は経済的に敵を追い込む戦法をとっており、アメリカがベネズエラに対して行ったような戦術で片がついた方が稀なのだ。

日本国民は流血戦争に関わる軍事には神経質になるが、経済的に攻撃し合う戦いメカには無神経なところがある。

中国や北朝鮮、ロシアなどの犯罪集団によるサイバー攻撃を受け続けながら、台湾有事という流血戦争への危惧に振り回されている無策ぶりなのだ。

もう既に、国家同士の戦争以前に市民の中における戦争は始まっているのにだ。


参考文献

É,アリエズ&M,ラッツァラート 杉村昌昭、信友建志訳 2019  『戦争と資本―統合された世界資本主義とグローバルな内戦』 作品社



2026年10月20日火曜日

受験戦争の勝利者たちとその最期

 私の住んでいる村には大学卒業以上の学歴をもつ者は、私と家内以外には殆どいない。

私の息子も一緒に住んでいるが、大学は中退で学歴としては高卒である。

大卒以上の職場としては、学校や町役場などの他、老人施設などがあるが、数も知れていて農家の跡継ぎでもある人は稀だ。

父方母方を問わず私のイトコも、赤穂近辺に住んでいたのは私以外には大卒はいなくて、大卒は全て赤穂近辺から離れていた。

一人だけ夫が大卒で、本人は短大卒のイトコが赤穂に住んでいたのだが、現在は転勤になった夫と東京で暮らしている。

同じ中学高校に通った赤穂の同級生で、大卒以上で地元に戻ったのは警察官になった一人だけだった。


大卒の職場があまりない地方にとって、大学への進学は地方から離れることを意味する。

良い大学に入ることが本人にとっても、親にとっても名誉に思えていた大学受験の本質は生まれ故郷や親から離れて暮らすことでもあった。

私の親は子どもがしっかりと受験勉強して、良い大学に入るように生活を切り詰めていた。

その結果、一番受験に成功した弟は親の近くで暮らすことも無く、どちらかというと私のように結果的に失敗した者が近くで暮らすことになった。

赤穂で生まれ育ったイトコでも、親と一緒に暮らしたのは、大学受験に失敗した高卒者だけだ。

逆に言えば、都会は大学受験に成功した人たちによって成り立っており、地方からの流入は大切な戦力なのだろう。


そう言えば、東京都立大学の大学院にいた時に、教官から「長男は家に残って親の面倒をみるものだ。自分の長男の兄は田舎で親と暮らしている」という意味のことを言われた。

この時、「また古いことを言う人だな」と思っていたのは、当時でも既に地方出身の長男であっても都会の大学に出てきている学生が溢れていた。

逆に東京に親が住んでいても、東京以外の地方の町での勤務になる大学の先生もいた。

私たちの先生の世代は長男以外に遺産として学歴をつけさせていたが、もうその時代は終わっていた。

私の親は子どもに均等に学資を与えて、誰か一人が親と一緒に暮らしてくれるだろうと思っていたようだ。

特に受験戦争で成功した弟を跡継ぎにしようと思っていたようで、弟も父親と同じ企業に就職していたが、そのようにはならなかった。


学歴社会と言われて久しいが、学歴による地位や経済格差などを問題するが、伝統的な家の崩壊、地方の地縁関係の崩壊を問題にしてこなかった。

そして、受験戦争に勝ち抜いた英雄たちが、退職した後にどんな暮らしをしているかより、老後の生活の経済問題や健康問題しか話題にならない。

私の弟の一人は健康に大きな問題を抱えていたので、母親が心配して仕事を辞めるように勧めたが、弟は「仕事をとったら何も残らない」と言っていたそうだ。

地方に戻ってきて教師をやっていた人にも、退職後で家にいても何もすることが無いと言って、非常勤でも教師を続ける人が多いことも確かだ。

私は田舎に住んでいるので、自分たち以外に大学以上の学歴を持った人の老後の生活を目にする機会が殆ど無い。

家の周りでは勤め仕事を辞めた人の多くが農作業をしたり、趣味の釣りなどをして楽しんでいるのが殆どだ。


私は都会の大卒者の老後はほとんど知らないが、今朝(10/20)の羽鳥慎一のモーニングショーで有料老人ホームのことや高齢者の厳しい暮らしぶりが放送されていた。

東京23区の有料老人ホームは入所に最低でも2,000万円必要なので、生まれ育った町を離れて群馬県の施設に入所する人が紹介された。

ということは、退職金は2,000万円以上あり、多くの貯金や年金、不労所得がないとそういう施設には入れないということだ。

まだ働ける人は年金が少ないと福祉施設の過酷な現場で働かねばならない。

大企業や官公庁などに入った受験戦争の勝利者の多くは、そういう人に支えられて都内の有料老人ホームで悠々自適の生活ができるのかもしれない。


ただ、究極の最期として考えさせられたのは本人の葬式のあり方だ。

昨日朝(10/19)の羽鳥慎一のモーニングショーで、都会の葬式での火葬の話が出ていた。

東京などの都会では火葬場が足りなくて、亡くなってから火葬されるのに二週間ほど待たねばならないということだった。

こういうことは家内の知り合いが大阪で一週間ほど火葬を待たされたことを聞いて知ってはいた。

私は名古屋の叔父が亡くなった時に、八事の火葬場に行ってその巨大工場のような火葬場に驚いた経験がある。

多くの人の火葬を行うにはそれなりの巨大な施設が必要だと思い知った。

東京23区では公営2カ所、民営7カ所の火葬場があるそうだが足らなくて、長い期間待たされてしまう。

その間は遺体は霊安室で保管してもらうのだそうだが、保管の仕方によって一日あたり3,000円から15、000円の違いがあるそうだ。

葬儀屋さんに頼んだりしたら高額になれば一日25,000円にもなるということなので、それが二週間となればかなりの出費となる。


出費は生前かけていた保険でまかなえるかもしれないが、葬式までの間は霊安室で冷蔵保存されることに尊厳喪失を感じてしまう。

受験戦争を勝ち抜いたエリート達が、最期はそういう人間らしからぬ扱いを受けねばならないことは感慨深い。

その点で言えば、地方では友引を避けたり、遠くの近親者を待つために、葬式を日延べすることはあるが、火葬場の都合で伸ばされることはほぼ無い。

そして、遺体のそばには誰かついていて、蝋燭や線香を絶やさないのが普通だと思う。

受験戦争などの勝利者かどうかに関係なく、田舎の人間の最期は人間らしい尊厳を持って旅立てる。

私にとってこのことの意味は大きく感じられる。

















2026年10月18日日曜日

悩ましい寝台列車瑞風の旅

 テレビでTEILIGHT EXPRESS瑞風が紹介されるたびに、家内と観ながら一緒に乗ってみたいねといい合う。

しかし、最後はかかる費用にため息が出ておしまい。

実は亡くなった家内の母はこういう列車に生前に乗りたいと言っていたそうだ。

亡くなった時の貯金を思えば乗れないわけでは無かったと思う。

年金暮らしだった義母は病気になったら病院で個室に入りたいからと言って、義父に先立たれた後も無駄なお金を使わずに貯金していた。

結句、入院しても個室には入らないまま、多く残った貯金は全部遠くで暮らしていた息子の財産となった。


今考えれば、家内に一緒に乗ってあげるように言えば良かったと思うのだが、おそらく義母のことだから頑として断ったと思う。

本来なら義父が元気な時に夫婦で乗ることが出来れば良かったのだろうと思う。

でも、自分たち夫婦自身、二人でこんな大金を数日で使う勇気が無い。

希望者が多くてなかなかチケットが取れないことを考えると、それができる人が多くいることも確かなのだろうと思う。

私自身は老後のことを考えずに元気なうちに無理をしてでも、一時の幸せを味わうことは悪くないとは思っている。

老後の不安でお金を貯め込んで置くよりも、自由に動けるうちに幸せを感じられるのなら、それは決して無駄なお金では無いと思う。

だけど、実際に乗る勇気を出すきっかけが、今は見つからない。


一方、私は若い頃に恋人や友だちとの楽しい列車や船の旅を経験している。

鈍行列車であったり、二段ベッドの寝台列車、二等船室であっても、好きな人や仲の良い友だちと過ごせればどんなに楽しいか知っている。

若い頃は瑞風のような列車に乗らなくても、充分に悦びを感じることが出来た。

そのことを言うと、家内は黙っていたが、家内自身は友だちとのリッチな旅の経験があったので幾分分かっていたはずだ。

家内と私の違いは、私は貧乏旅行だったが、家内はしっかりとアルバイトして貯金をした高額のお金をつぎ込んでいた。

家内は私がしてきたような、極力費用を削った旅行の経験は無い。

一方の私は家内との新婚旅行で初めて飛行機に乗って海外に出かけて一流のホテルに泊まる経験をした。

ただ、教師になってからは修学旅行などで、それなりのホテルに宿泊することがあったが、それはあくまで仕事としてであった。

仕事抜きの豪華な旅行はほとんど経験が無かったけど、子どもが出来てからの家族・親戚旅行を含めて、細やかながら楽しく過ごす経験は夫婦ともあるにはある。

子どもと一緒なら、豪華な旅行で無くても楽しく過ごせたこともよく知っている。

その子どもも大きくなって、しかも孫はいないので娘夫婦と一緒に旅行に出かけることもない。


今は出かけるのは家内と二人だけのことが多く、日帰りで展覧会や催しに遠くて京都あたりまで出かけることが年に数回ある程度だ。

私は学生時代から手作りの旅行を楽しんできたのだが、家内は枕が変わると眠られない性格なので、無理のある旅行を計画することはできない。

だから、旅行会社の海外旅行や、寝台列車瑞風でのツアーが良いとは思っている。

旅慣れた者にとっては、無駄なお金のように思えても、旅慣れていない人を旅行に誘うのはそういう旅なのだろうと思う。

先日も、たまたま踏切で瑞風がゆっくりと上郡駅の方に向かっているのに出会った。

中に乗っている人は、どんな気持ちでこの田園風景を見ているのだろうと思いつつ、平日の昼間に紛れ込んできた夢の姿に見とれていた。

学生時代は青春18切符で、たった一日2000円ほどで楽しめた旅行だが、今は夫婦二人で楽しむにはその何十倍もの費用が必要なのだと分かってはいる。

若さとはそういう悦びをたやすく手に入れられることであり、歳をとるとそれに似た悦びを得るには大きな金銭的負担が必要ということを自分に納得させるのが悩ましい。














2026年10月12日月曜日

ノーベル賞の価値への疑問

 ノーベル賞のこれまでの獲得数を国別ランキングで言うと、ベスト5は以下のようである。

1位:アメリカ(約296〜297人)2位:イギリス(約94〜110人)3位:ドイツ(約84〜86人)4位:フランス(約63〜64人)5位:日本(約31人)

因みに中国(12人)は17位、インド(9人)21位、韓国(3人)40位となっている。

国民一人あたりのGDPはアメリカ8位、イギリス20位、ドイツ18位、フランス27位、日本36位、中国74位、インド146位、韓国35位となっている。

今回の日本人の受賞に関連して、現状の科学の基礎研究では将来の受賞を危ういと指摘された。

しかし、ノーベル賞では40位の韓国に一人あたりのGDPでは劣っており、むしろこんなGDPでよく健闘しているなと感心する。

逆に言えば、日本の研究者は日本のGDPにそれほど貢献していないことになる。

そして、日本は上位5カ国に比べて、平和賞が少ない上、経済学賞に関しては0である。

それが平和憲法をもち、かつては経済大国と言われた日本の現実であることを思い知らされた。


ただ、どうもこれほどノーベル賞に拘るのは先進国の中では珍しいそうだ。

自国に原爆を落とされたのに、その開発に関係するドイツの化学者オットー・ハーンや物理学者ヴェルナー・ハイゼンベルクがノーベル賞を受賞していたことを気にしていない。

特にヴェルナー・ハイゼンベルクは原爆開発の中心的役割も果たしたということだが、アメリカの原爆開発を促したアインシュタインもノーベル賞を受賞している。

人類の破滅を促すような研究が評価されていても、ノーベル賞の価値は揺るがないできている。

むしろ、昨年はノーベル平和賞をもらったベネズエラのマリア・コリナ・マチャド氏がトランプ大統領にメダルを贈呈してその政治利用を哀れに思ったりもする。

今回は国際刑事裁判所(ICC)元判事および国連人権高等弁務官などを務めた南アフリカ出身のナビ・ピレイ氏の受賞は、トランプ大統領への当てつけともとれる。

それに対して、トランプ米政権は9日、国際刑事裁判所(ICC)に対する幅広い制裁措置を発表することになった。


ノーベル賞の獲得数で圧倒的に多いアメリカのトランプ大統領がノーベル平和賞を欲しがったのはオバマ氏への対抗意識もあるだろうが、中間選挙を優位にする目的もあっただろう。

そういういわく付きで政治利用もなされるノーベル賞を、疑うこともなく大きな価値を見いだそうとする日本人やマスコミの報道の仕方に疑問を感じざるを得ない。

ただ、オリンピックで金メダルを獲ったり、映画や音楽でのコンクールで受賞しているのと同じ感覚だとも言えるので、罪はないのかもしれない。

科学者は国からの支援資金が少なくこのままだと、日本の基礎研究は行き詰まってノーベル賞の受賞が無くなるという発言には疑問を感じる。

国民一人あたりのGDPが韓国よりも低い日本がノーベル賞の獲得数で圧倒するのは、国民の経済を犠牲にしているのではないのでしょうか?






2026年10月10日土曜日

怒って馬謖を利用する高市総理

 馬謖(ばしょく)とは「泣いて馬謖を斬る」というたとえの人物のことで、中国に三国時代蜀の諸葛孔明が可愛がっていた馬謖を指示従わず大敗の咎で斬罪したことに由来がある。

高市総理にとって簗大臣はまさしく馬謖に近い可愛い存在だった。

選挙で対立した地元自治体の予算をカットしたとの発言が報じられた簗和生農林水産相の問題は、会見で発言を撤回し謝罪するも、続投の姿勢に批判が噴出しているという。

「とにかく私の大事なやなちゃん」として、選挙区で落選して比例で復活で、"裏金"の不記載額も突出して多かった人物をみそぎも出来ていないまま高市総理は起用した。

小選挙区の戦いに敗れ、その意趣返しを予算カットで行い、選挙運動でも違法行為が伝えられている部下をなぜ斬れないのかが国民の思うところだろう。

本来なら農水大臣はこれから一番米価問題で矢面に立って、政権を支えねばならない重要なポストだろうが、地方を基盤とする農水族には熱望されるポストだという。

だから、簗大臣は念願のポストを得られたわけであり、高市総理はおねだりを叶えてあげたわけである。

昨日(10/9)も朝のテレビニュースで鈴木宗男氏から厳しく叱責されているシーンが放映されたが、大臣は謙虚に侘びていた。


このところ、いじめられていると見られると、却って民衆から同情を得ることができる。

身近なところでは兵庫県の斉藤知事であるが、県民からの同情を得て知事を続けている。

今回も、簡単に責任をとらせて止めさせる必要は無い。

野党は衆議院では全く相手にする必要も無く、参議院をやり過ごせば圧倒的な衆議院の数で何とかなる。

野党やマスコミに簗大臣をいじめさせ、自分や自民党議員からも突き放されても頑張っているのを民衆が見ればきっと同情をかうだろう。

普通の国会議員ならプライドと責任を感じて自ら辞任するだろうが、大臣にはプライドもなさそうだし、高市総理の策略に乗っていた方が可愛がってもらえると踏んだのだろう。

今の自民党にとっては理念理想よりも、民衆の心を掴む高市総理の魅力に頼る方が得策なのである。

ただし、これも内閣支持率が保てていればの話で、アメリカのトランプ大統領のように直接民衆から選ばれたわけではないので強気を通せるわけではない。


このところ、沖縄での米軍兵士による強盗殺人事件が大きな問題になっている。

もし、これが沖縄知事選挙の前に起こっていたなら、選挙の結果は変わっていたかもしれない。

辺野古での事故でネットで晒された同志社国際高校の教諭が列車に飛び込み自殺して以来、民衆の同情は引き裂かれた状態になっている。

基地がある以上、こういう痛ましい事件が起こることは避けられないことが分かっていながら、自民党政権との関係を重要視した県民に対して安易に同情できるものでもない。

表面上は高市総理も事件への抗議の姿勢を見せているが、台湾有事を口にして中国との関係を悪化させた手前、徹底して対処できないだろう。

この米軍基地問題の方がむしろ厄介なので、簗大臣をスケープゴートにして晒しておいて、上手くいけば同情を得られると思っているのかもしれない。

高市総理はなかなかの策士に思えてきた。


追記

その後、高市総理も苦渋の決断をせざるを得なくなり、簗大臣は辞職せざるを得なくなった。

後任の武部氏は二世議員でしかも父親も農水大臣の経験者なので、無難な人事と言うべきだろうが。

現在、アメリカとの間で生ジャガイモの輸入をめぐる問題が生じている。

地盤の北海道12区はジャガイモの一大産地なので、今後厳しい局面に立たされることになるだろう。

高市総理が武部氏を懐柔するつもりなのか、潰すつもりなのかは今後の日米交渉の結果次第だと思うが、策としては悪くないのかもしれない。

ただ、「愛する簗ちゃん」の登用の失敗から、策士高市総理の底が見えてきたような気もする。







2026年10月9日金曜日

柴栗に知るジャンクな味覚

 先日、大学時代のゼミ仲間のラインで柴栗のことを書いたら、一人から「柴栗とは何?」と書き込まれていた。

彼は長く教育委員会の発掘業務に携わってきた友人で、今は高校の地歴公民科教師をしている。

柴栗は日本では縄文時代から食用とされ、今の栽培栗の原種と言われている。

主な自生域は、北海道南部(石狩・日高地方以南)から本州、四国、九州、屋久島にかけての日本各地で、日本国外では朝鮮半島南部の温帯・暖帯地域にも分布という。

私が村落調査で通っていた奄美には自生していなかったが、その代わりにかつては椎の実を多く拾って食用にしていた。

縄文人がドングリを食べていたことはあまりにも有名だが、考古学をかじっている者でも柴栗の存在は忘れ去られているらしい。


そういう私も柴栗に出会ったのは、教師になってからで、生まれ育った赤穂では見かけたことはなかった。

龍野にあった勤務校の裏山にいっぱい柴栗がなっており、それを休憩時間などに拾いに行った。

地元の人も拾っていたが、一番の競争相手はイノシシやシカで、食い散らかされているのをよく見かけた。

その後、上郡に住むようになって、近所の山や山際に柴栗が自生しているのに出会った。

実は近隣の山はイノシシ対策で3mほどある格子の鉄柵の囲いで簡単には入られなくしている。

だから、普段に拾えるのは山際の道に落ちている柴栗が殆どで、たまに遠くの山奥までアケビを採ることをかねて拾いに行っていた。

今年も犬と散歩していたら、柴栗が落ちているのを見つけて、さっそく立ったまま拾えるマジックハンドと肩から提げる布袋をもって散歩を始めた。

現在は誰も拾う人も無く、場合によって車に踏み潰されているのだが、人通りの多いところや、鉄柵が有るところでは道ばたの柴栗はシカやイノシシに食べられていない。

先日などは1kg位拾えたので、ネットで保存方法を調べる冷凍保存方法が載ってあったのでそれを参考にした。

まず、水につけて選別したが、以前に買ってきた栗を洗う時には水に浮く物があったが、拾ってきた柴栗は全部水に沈んで問題なかった。

ネットでは水気を布などで拭いて取ると書いてあったが、日なたで夕方まで乾かしてから、ジップロックに重ならないように入れて冷凍した。

こんな風に多くとれた時は冷凍保存するが、普段はサツマイモや落花生と一緒に蒸して食べる。


柴栗は小粒で1cm前後ほどしかなくて、売っている栗に比べると食べづらい。

しかし、先日道の駅で買った栗は半分ほど中が虫にやられていて、味も大味で美味しくなかった。

売っている栗は当たり外れがあるようで、見た目だけでは中の様子が分からない。

丹波篠山で焼き栗を売っているが、非常に甘くて美味しいけれど、値段が半端ない。

柴栗は食べづらいけれど、私はそのまま口に含んで前歯で縦に半分に割って、大きいのは指を使うが、小さいのは口の中で舌と歯を上手く使って中身をほじくる。

売っている大きな栗なら料理はさみやスプーンを使って食べるのだが、小さいのでそんな手間はかけない。

殆どの栗は虫もいないし、痛んでもいなくて、ほんのり甘くて美味しい。

その蒸し柴栗は今の私には大切なお酒のつまみでもある。

柴栗はいくら食べても飽きないし、消化にも良いようでお腹にはもたれない。


一番驚いたのは、サツマイモや落花生も同じように食べられるが、スナック菓子がまずく感じて食べられなくなった。

その味付けが非常に不自然なのを感じるようになって、食べたくなくなってしまった。

今まで、つまみとして毎日のように家内が買ってきたジャンクフードのスナックが、いかに作られた味かを思い知らされた。

枝豆も買ってきたり自分で栽培した物を食べるのだが、あまりそういうことを感じたことがなかった。

やはり、柴栗は自然な味わいを残しているのだと改めて知った。

ネットでは川上屋の干菓子: 岐阜県中津川市の老舗菓子店川上屋では、最高級の和三盆糖に栗の粉末を加え、山栗の形に仕立てた伝統的な干菓子「しば栗」を販売しているとあった。

おそらく、昔から食べていた柴栗を懐かしんで作られているのだろう。

栗は加工して色んなスイーツにもなるし、栗きんとんは正月のおせちは欠かせない。

しかし、柴栗の素朴な甘さの方が舌に馴染んで、病み付きになるのでお薦めだ。

我々は縄文時代から食べ続けている柴栗を大切にして、イノシシやシカなどの共存しながら生きていきたいもんだと思う。


2026年10月7日水曜日

イスラム理解・その4~イスラム教徒と日本人の信仰の比較

  長岡慎介の著『イスラームからお金を考える』 (2024 筑摩書房)の1章では分かり易くイスラム教のことを解説してくれている。

今後、イスラム教が世界で一番信者の人口が多くなるということなので、もっと知っておく必要があるだろう。

アッラーに関しては自殺との関連で上手く説明してくれている。

つまり、「自分の成功をアッラーのおかげだと感謝するのと同時に、失敗もすべてはアッラーのせいだと考えてもよいことを意味しています[前掲書:27]という。

日本人もかつては「運が悪かっただけ」と言って、本人の責任を回避させてくれていた。

現代の日本人は「自己責任」が非常に求められて、失敗は本人の努力が足りなかったからだと責められる。

私自身、日頃の行いや神や仏への信仰心が篤ければ運が良くなると思ってはいたが、試験の得点やスポーツの記録はそれとの関係が薄く、しかも人生を決めてしまうことさえある。

日本人は受験や競技会の前に神社・仏閣にお祈りに行くが、上手くいった時にはお礼に行って、そうでない時に、神や仏のせいにはしない。

イスラム教徒は戦争でもない限り自殺はないが、運や神仏の責任出来ない日本人は追い詰められた多くの人が自殺するということになる。

日本人も今のように資本主義の徹底した時代になるまでは、学歴や実績の数字や賞はそれほど重要な意味を持っていなかった。

今の日本人を救ってくれるのは神や仏ではなくてお金なのであるが、イスラム教徒はアッラーだということだ。


そして究極の目的は「あの世での救済を受けるため、すなわち天国に行くため[前掲書:28]」ということになる。

これもかつての日本人は、極楽に行くことを信じて、阿弥陀仏を拝んできたが、現代ではそれを真剣に信じている人は限られているだろう。

儒教に関しても、人格神はないけれど天道(天の神、宇宙の秩序)が、道徳を守ることを見て運命を左右することと信じられていた。

イスラム教徒はクルアーン(コーラン)を暗誦して、それを生活の実践としていたように、日本人の論語やお経を暗唱して、その教えを理解して実践しようとしていた。

しかし、現代の日本人は論語も受験対策程度となり、お経も僧侶以外は唱えることも無くなってきた。

逆に言えば、かつての日本人は今のイスラム教徒と似たように天国、極楽に救いを求める信仰をしていたということだ。

これも徹底した資本主義の教育によって、金銭とそれに付随する名誉が至上のものとされる価値観に支配されるようになった。


私の父親は非常に現実的な金銭感覚で私を指導してきたが、私の母はその母親(わたしにとって祖母)が、非常に信仰の篤い人だったので父とは正反対だった。

残念ながら母も祖母もイスラム教徒のように、商売などの仕事には長けてなかったので、金銭的には自律できてはいなかった。

ただ、祖母は祖父が戦死した後は、勤めに出ていたし、株の売り買いで収入を得ようとしていたが、遺族年金が重要な収入源だったと思う。

私の世代から上の世代は、父親と母親の金銭感覚と信仰のバランスで、家族や親戚の関係が保たれていたように思う。

イスラム教徒は常に金銭感覚と信仰のバランスをとりながら、人と人との関係を築き上げているので、信者を増やしているのだと思った。

そういうバランスを失ってしまった日本人は、心を病んだり自殺する人が多くて当たり前なのだろう。

私自身は父親の妥協のない姿勢に追い詰められてもいたが、母方の祖母が隣に住んでいて逃げ場が確保できていた。

受験生だった当時の私は馬鹿にしていた言葉だが、祖母がいつも口にした「えろう ならんでええ(偉くならなくて良い)」が、大切な救いの言葉だったように今は思える。