NHK番組、知的探求フロンティア タモリ・山中伸弥の!?「人はなぜ音楽を愛するのか?」で認知症の老人が若い頃の歌はしっかり憶えていることが紹介された。
これは音楽知覚認知学のエリザベス・ヘルムス・マーギュリスの 『音楽心理学ことはじめ―音楽とこころの科学』(福村出版 2022年)にその理由が書かれてある
認知症が記憶システムを深く崩壊させたときにも、複数の脳部位と経路に音楽が定着してしまうことが、音楽の記憶が生き残るのを助けます。数多くの臨床観察で、認知症患者が病気の進んだ段階に移行したときでも、青年期の音楽を覚えており、楽しむことができることが示唆されています。さらに重い認知障害のある人々でも、選曲された音楽のうち感情的に共鳴した曲を識別し続けることができます。こうした成功した音楽の記憶のエピソードによって、その経験の直後や最中に、音楽に関連しない課題の認知的機能を改善できると主張する人もいます[前掲書:47-48]。
音楽が心の中に生き続ける理由が分かると思う。
私は現在完全退職して、農作業を中心にウォーキング、水泳、読書、音楽などを中心に暮らしている。
どれも欠かせない日課だが、現役の時以上に大切なのが音楽だ。
今まではヤマハのカラホーダイを使ってひとりカラオケやひとり弾き語りをしていた。
最近始めたのが以前にも書いたハーモニカだが、ハーモニカを練習しているとギターの方も頑張ろうと思い出した。
長年、アマチュアバンドのボーカルをしていたので、やはりギターでの弾き語りが自分の本領だと思っている。
ハーモニカも加えた弾き語りができるようになりたいと励んでいる。
こうして音楽に取り組んでいると、中学生の頃から育んできた音楽への情熱が蘇ってくる。
その頃に歌っていた歌を自分なりに今歌うと、当時の感情も蘇ってくる。
私は恋人ができたり、結婚してこどもができると、音楽には疎遠になってしまうことが多かった。
でも、失恋したり、子育てが落ち着くと音楽にまた立ち戻っていた。
退職して人との関わりが乏しくなると、それを埋めるのに今は音楽が大切な存在となっている。
昔を思い出すためであり、今の孤独を忘れるために音楽は無くてはならないものになっている。
亡くなった母もデイサービスや入所施設で一番楽しみにしていたのが歌を歌うことだった。
歌が好きで得意だったから、そういうところでも楽しく過ごせたようだった。
ただ、困ったことは通院に付き添っている時に、病院の待合所で歌を口ずさんでしまうことだった。
待つ時間が長くて退屈してしまい、他の人が大勢いるのに小さい声ではあるが歌ってしまっていた。
さすがに、迷惑になるので止めてもらったが、それほど歌が母には無くてはならないものだった。
私もその子どもであるので、おそらくこれからどこへ行っても歌は忘れないだろう。
呆けてきたら母のように、周りの人に関わらず歌ってしまうかもしれない。
今でも家内とドライブをしている時に窓を開けたまま、かけている音楽に合わせて歌っている。
特に停車している時は、家内が人に聞かれるから窓を閉めるように促す。
仕方ないので、いったん窓は閉めるが、走り出すと窓を開けて気分良く歌うのがお決まりのドライブだ。
このときは家内に無理矢理聴かせているわけだが、たまに家内も歌っていたりする。
実は家内は幼い頃からピアノを練習しているので、私よりも音感に優れていて、間違いをよく指摘される。
何よりも同じ世代なので、知っていて好きな曲が共通しているのが良い。
先日は水泳仲間の画家さんと話をしていて、彼が学生時代にバンドでベースをしていてかなりの腕前だと分かった。
それを知ってから、セッションできるようにギターも上達しようと決心した。
他にもプールで一緒になる近所の奥さんもハーモニカを練習していて、その話題で話ができている。
音楽は退職した者の世界を広げてくれる大切なものだと最近特に感じている。