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2026年6月1日月曜日

空調服と帽子は破綻気候のマストアイテム

 今の時代、若い人は帽子を被りたがらない。

特に、髪を長くしている人は嫌がる。

農作業していてたまに帽子を被っていないのを見かけるのは、そういう若手の男性だ。

しかし、それ以外の人で帽子を被らない人はまずいない。

女性は帽子に加えて、日よけの布を顔に巻いたりしている。

帽子は日よけであると同時に汗止めであり、額から流れる汗は放っておくと目に入って痛い。

どうしてもヘルメットを被る必要がある人も、ヘルメットにつばをつけたりしている。

私は暑くなってきたので犬との散歩にはアルミで編んだ帽子を被り、農作業では麦わら帽子か竹笠を被っている。

そして、サングラスは村の人は人相が悪くなるので嫌がるのだが、晴れている日は白内障予防のため必ずかけている。

寒い季節や涼しくなるとキャップになるが、夏場でもどうしても風の強い日は被るがやはり帽子に比べて暑い。

そして、私は帽子の下には必ずフェイスカバーをしていて鼻と口は出している。

フェイスカバーの目的は音楽を聴くためのネックフォンが直に首筋につかないためだが、不必要な日焼けを防ぐのにも役に立っている。

以前は暑さ対策として薄手の作業服と帽子ぐらいで済んでいた。

ところが、これだけ酷暑が続くと、散歩や農作業にはそれだけでは身体が持たない。

どちらにも空調服が必要となる。


空調服は非常に高価で、良いものはセットで全部そろえると1万円から2万円する。

そういう出費を避けたいのなら、早朝と夕方に外での散歩や作業を済ませば良い。

以前は暑さを避けてそういう時間帯に散歩と農作業をしていたのだが、最大の問題は虫刺されである。

涼しい時間帯は虫も元気で油断するとすぐに刺されるので、防虫ネットや防虫スプレーが欠かせない。

帽子などに鬼ヤンマのイミテーションをつけると少しは効果はあるが、それほど安心できるものでもない。

顔に防虫ネットをして作業するのはけっこう息苦しくて暑い。

そして何よりも、私は糖尿病の関係で食後の運動をしっかりとする必要がある。

早朝も夕方も食事前となるので、食後の運動にならないのだ。

それで、空調服は必需品となっているが、村の人も早朝や夕方遅く農作業をしている人はほとんどいない。

農業経営をしている大規模農家はそういう時間帯に作業をしているが、普通の農家は身についた勤めの時間帯で作業をする。


最近は道路関連や建築関連の現場での作業で空調服を着けていない人を見つける方が難しくなっている。

なのに村で空調服を常備使用している人は私以外にほとんどいない。

子どもに買ってもらって持っているという年配の人も使っていない。

空調服はちゃんと下に着るアンダーウェアーが重要で、そういう人の普段着ている木綿の下着では効果があまりない。

そして、作業服へのファンの着脱がけっこう面倒だし、こまめに充電をしておかねばならない。

また、高価なのだけれど、何年も使い続けると風力が落ちてしまって、それほど涼しくなくなるので買い換える必要もある。

何よりも昼間の炎天下では熱風が入ってくるので自分の汗だけでは対処できない。

そんな時は前もって保冷剤を凍らせておいて、それをつけるベストを中に着込まねばならない。

保冷剤を使わなくて済むようにペルチェベストも買ったが、炎天下での使用には耐えられなかった。

他にも水に浸したりしたベストを中に着込んだり、冷感スプレーをアンダーウェアーにかけたりもしたが、結局は凍結した保冷剤が一番効果があった。

水冷服に関しては、装備が重いので私のように力仕事をよくする者には適さないと思い買わなかったが、主に機械で作業していいる人には良いと思う。

ペルチェベストは、空調服との併用は無理で外での仕事には限界があり、エアコンが効いていない屋内で使うのが良いと思う。



近所の人には空調服も着ずに炎天下で農作業をしていて身体を壊してしまって、今は夏場は日中は殆ど農作業をせず家に籠もっている人もいる。

私の父は炎天下での畑仕事で脳梗塞を悪化させてそれが原因で亡くなった。

だから、夏場での散歩や作業は命に関わる危険な行動という意識を持っている。

自分の命や健康を守るためであれば少々の出費は苦にはならない。

普通の人ならそこまでして散歩や農作業をする必要があるのかと思うかもしれない。

それだけの金を余分に使うなら農作物もいっぱい買えると思うだろう。

だけど、私の作る農作物は有機農法でつくった安全で栄養の高いものである。

そして食糧危機に備えた農業への取り組みでもある。

いわばそういう危機に備えた防御服だと空調服を考えれば良いと思う。

家の中では積極的にエアコンを使うように呼びかけられている。

それと同じように、外での仕事や移動ではできるだけ帽子を被り、積極的に空調服や水冷服、ペルチェベストを使うべきだろう。

それだけ現代の暑さは危機的な状況なのだという意識を持つべき時代になったのだと思う。

2026年5月30日土曜日

裸足のままで過ごす夏

 「たこ(Callus)を失う現代人」で少し触れた裸足に関して、考えてみれば日本人は裸足での暮らしが根付いていると思った。

スポーツにしても武道以外に裸足で行うのは、キックボクシングを除いて水泳ぐらいである。

ただ、武道でも弓道は白足袋を履くそうで、道場は神聖な場所なので汚さないという理由があるそうだ。

そうすると、剣道や柔道、空手、相撲の道場は神聖さが弓道よりも求められていないということになるが、それはおかしい。

私は弓道ではそれほど足の踏ん張りや、さばきが要求されていないので、裸足でやる必要が無いのではないかと思う。

一方同じ格闘技であるボクシングやレスリングではしっかりとシューズを履いている。

その違いはすり足をするかどうかのように思える。

日本の武道は弓道を含めてすり足が基本のようで、私は小学生から習っていた剣道では大学での練習まですり足での足さばきの練習があった。


一方、欧米では公式の場では裸足はどうも嫌われるようで、国際水泳大会でも選手は靴をプールサイドでも履いている。

私は水泳の県大会などで審判をすることが多かったが、水を被るのに靴を履くように求められるようになった。

それまでは平気でサンダルを使っていた。

それに対して、東南アジアの人たちはサンダルを使うのが普通で、Youtubeでもたいていはサンダルを履いている。

また、近所の工場で働いている東南アジアからの来た若者も、サンダルを履いて自転車に乗って通勤している。

買い物で見かける時もたいていはサンダル履きである。

日本の夏は東南アジアと変わらない気候なのでサンダルが適していると思う。

ただ、冬場はさすがに欧米以上に寒くなるので、靴下や靴などが必要だ。


ただ、裸足での武道を長くしていたものの悩みもある。

すり足が身についてしまっているので、どうしてもサンダルや靴では床をこすって音を立ててしまう。

それを一緒に歩いている家内から注意されてしまう。

私はゴルフをしないので良いのだが、武道を普段している人がゴルフ場でシューズをすって歩いて芝生を痛めると注意されるそうだ。

私の場合はショッピングモールなどで、床の滑りが悪いところでは平坦なのにたまに躓いてしまう。

本来ならゴム底の靴やサンダルでなくて、草鞋や雪駄のような藁や竹、皮の底が良いが、服装としては不似合いだ。

また、学生時代によく履いていた下駄のように木が良いのだが、それは却って滑って転んだりする。

それでも、夏場は散歩に出る時以外は裸足で履ける布編み靴やサンダルを使っている。

一番の目的は水虫対策である。

私は温水プールで水虫をうつされたようで、いつも冬場に悩まされている。

それは、冬場は寒いのでさすがに裸足で履き物を履けないので、靴下をはいて靴を履く時間が長くなるからだ。

かつて教壇に立っていた時は、靴下ははいていたがスリッパやサンダルが夏場は普通だったが、さすがに冬場は靴を履いていたので完治しなかった。


今年は裸足の足が目立たないように、粗い目の編んだスポーツサンダルを通販で買ったので、ドライブや買い物でいつも使えるようになった。

以前から布製の編み靴を使ってはいたが、底が薄くて歩きづらく、そして熱が籠もって通気性も良くなかった。

サンダルはスポーツタイプや竹製の表のものなどを何足か持っているが、外出の際は履きづらかった。

実は親指の爪が少し茶色に変色していたので、それを見られるのが嫌だったのだ。

その爪も新しい編みスポーツサンダルでは隠れるので、これからの夏場は散歩や農作業以外は裸足で過ごすことができるようになった。




2026年5月28日木曜日

たこ(Callus)を失う現代人

 今、私はアコギ(フォークギター)の練習をしていて、指先が痛いのを我慢している。

しばらくアコギを弾いていなかったので、指先のたこは消えてしまっていた。

たこが無い状態で弦を押さえると痛いのを我慢し続けなくてはならない。

たこができるまでの辛抱なのだが、それまでは風呂に入って指先がしみたりする。

できれば、指先だけで無く、人差し指の関節あたりもできたら、バレーコードの音が綺麗にならせる。

とにかく、私は左指にはしっかりとたこを作らねば、ちゃんとしたアコギの演奏が出来ない。


以前は、剣道で手のひらにたこを作っていた。

最近は学校の授業では、わざと小手をはめて竹刀を振らせて、痛くないようにしているようだ。

竹刀の素振りは必ず皮で覆われた柄(つか)を絞るようにして振りを止める。

一番重要なのは、左手の薬指と小指の根元で、そこにたこがあると上手い剣士と言うことになる。

初心者は左手だけで無く右手などの人差し指の根元に出来るが、私も習い始めの頃はたこになる前に剥けてしまって痛かった。

また、板間で裸足のすり足をするために足の裏にもたこができた方が楽になった。

剣道も上達するにはたこが必要だったのだ。

ただ、これは油拭きの体育館で練習したせいもあって、剣道専用の板間の道場ではそんなに酷いことにはならなかったはずだった。

因みに、小学生の頃は運動場で裸足で剣道の練習やランニング、相撲、徒競走をしていたので、運動場のように石ころが落ちていないところでは平気だった。


ところで、沖縄奄美では戦後しばらくまで裸足で街でも歩くことが普通だったようで、当然地方では舗装されていない道を裸足で歩いていたようだ。

農作業や山仕事でも裸足だった人もいて、与路島で以前聞いたところによれば、そういう人はしっかりと足の裏にたこに覆われていたそうだ。

だから、重い荷物を持って歩くと、そのたこに覆われた足の裏が割れてしまったそうだ。

因みに、40年ほど前でも農作業をする時に裸足でして、自宅との行き帰りも裸足の人も見かけた。

とにかく、本土でもかつては裸足での生活は普通だったように思える。

さすがに旅など遠くに出かける時や磯辺などは、草鞋や草履が必要となったのだろう。

その当時の与路島でも磯辺で魚を捕る時には半分サイズの草履をオッショー(お爺さん)は履いていた。

現代人は裸足で直接地面に触れることはないので、剣道などをする人以外は足の裏にたこは無いだろう。


こういう肉体労働やスポーツ以外でたこができるのはギターなどの楽器を使う以外に、ペンだこがあった。

私は筆圧が高くて、鉛筆やペンシル、ボールペンを強く握っていたために、大きなペンだこが右手の中指に出来て、今もその名残がある。

ところが、最近は滅多にそういう筆記用具を使うこと無く、ひたすらキーボードをたたいている。

キーボードを叩くのも、こういう文章を書く時だけで、普段はマウス程度で済んでいる。

このごろは中学校や高校でもタブレットを使うようになったし、試験もマークシートが増えてきた。

また、文字入力も音声によって簡単にできるようになっている。

もう、ペンだことは無縁だと思う。


そして、何よりもギターもエアロバンドギターが出現して、固い弦を抑えなくてもはめ込まれたシリコンに触れるだけでよいデジタルギターが出現している。

私はその楽器を使ったらピアノの音も出せるので、是非欲しいと思っている。

このギターはまだチョーキングが出来ないので、それが出来るようになれば、アコギやエレキギターよりも魅力が出てくるだろう。

それでも、私はアコギの深い音色の方に魅力を感じている。

長年連れ添ったアコギは安物だったが、そのギターなりの音色を持ち続けてくれている。

だから、たこをしっかりと拵えて頑張って引き続けようと思っている。

たこを失う現代人になることへのささやかな抵抗でもある。



2026年5月25日月曜日

癒やしのおしゃべり

 子どもの頃に母親と一緒に買い物に行って、母親が知った人に会っておしゃべりが始まると、なかなか止まなくて、退屈して嫌だったのを憶えている。

今は一緒に散歩している我が家の犬のクロが同じ立場になっているのが皮肉だ。

おしゃべりは女性の特権だと思うが、男でもけっこうおしゃべりが好きな人も多い。

近所の退職後畑いじり程度の70歳代半ばの男性は、耳が遠いので大きな声で知り合いとおしゃべりをしている。

その人の家には、その人を慕って知り合いがよく来るので、庭先や倉庫の軒下などで椅子に座っておしゃべりをよくしている。

私は長いおしゃべりは苦手なので、その人と話をする時は立ち話をすることが多い。

立ち話でもその人と話をし始めると長くなってしまう。


家内は買い物に行って帰りが遅いなと思ったら、たいていはスーパーで偶然会った知り合いとおしゃべりが長くなったと言っている。

ただ、亡くなった家内の母親のような長電話はしない。

私はどちらかというと、以前は彼女や恋人と長電話のおしゃべりをする方であったが、メールがそれに変わっていった。

家内とは家でもドライブでもおしゃべりをして、疲れてしまうこともたまにある。

元々地歴公民科の教師で、授業中は喋ることが中心だったので、おしゃべりが身についてしまったこともある。

なにせ、面白い話をしないと、生徒は眠ってしまうから、なんとか聴いてもらえるように工夫した。

だから、今でも初めて会った人でも、話をするのには困らない。

ただ、プールでは泳ぐことが目的でちゃんとメニューを組んで泳ぐ距離をこなしているので、おしゃべりはあまりしない。

しかし、水中歩行に来ているお婆さんは喋るのが目的の人が多いし、泳ぎ目的の男性でもおしゃべりが好きな人もたまにいる。

そういう人は泳ぎから歩きに替えて、監視員さんやお婆さんと長話をしている。


私は散歩の途中で、知り合いと立ち話をして楽しむこともたまにある。

ただ、散歩にはペット犬のクロを連れているので、クロが退屈して紐を引っ張ったりする。

先日は、土曜の朝に散歩している時に、制服を着た女子高校生が後ろから歩いてきた。

大きな道路渡る時に車が通り過ぎるのを待っていると、その女子高生も少し後ろで待っている。

渡ってしばらくしても後ろを歩いているので、つい「どこの高校ですか」と聞いてしまった。

すると、私が以前勤めていた赤穂高校だという。

制服がこの1年生から変更されていたので分からなかったのだ。

これから弟の運動会に小学校に向かうところだという。

それでこの女子高生が知り合いのおじいさんの孫だということが分かった。


以前に女子高生のおじいさんとは私が赤穂高校で教師として働いていたことを話していた。

女子高生のお父さんもおばさんも赤穂高校出身で、孫もこんど赤穂高校を目指していると聞いていたのだ。

その可愛らしい女子高生は赤穂高校に入学して、今日は吹奏楽部の練習の前に弟の演技を見に行くが、おじいさんは先に行っているという。

その孫娘の女子高生とは吹奏楽の話や、文化祭でのクラス対抗のコーラスの話などをして、短い時間だが楽しく過ごせた。

自分が現役で教師をしていた時と同じ感覚に戻って、女子高生と話ができたのがとても嬉しくてしばらくはその余韻に浸っていた。

もう一度教壇に立てばまた、こういう若い人と話ができることができるのだとは思うのだが、今の現場は自分には煩雑になりすぎて非常勤でも戻る気にはなれない。

こうして、知り合いの孫娘さんと話をして楽しむしかないようだ。


大切なのは若い人の家族や親戚とちゃんと話ができていると言うことだ。

近所にも私が勤めていた高校に通っている女子高生はいるのだが、その父母と話すことが無いので、その女子高生とも話をすることは無い。

共通の知り合いが無くても話ができるのは、プールで一緒に泳ぐことになった水泳選手である。

水泳のことや学校のことを少しだけおしゃべりしたりする。

水泳以外でも、文化祭でステージに立ってバンド活動をした時は、同じように出演した高校生ともまるで仲間であるかのように挨拶したり話ができた。

農作業をしている人とも、老若男女を問わず、散歩の折などで作物を通しての話ができる。

ちょっとしたおしゃべりがその一日を明るく感じさせてくれている。

近くに住む一人暮らしの高齢男性も、おしゃべりをしに近所を回っている。

かつて狩猟採集民はそれほど狩猟採集に時間をかけることは無く、多くの時間を仲間とのおしゃべりに費やしていたという。

人は何万年もの前からおしゃべりが大切な過ごし方になっているようだ。

おしゃべりは孤独を忘れることができる癒やしの薬でもある。

ただし、授業中での勝手なおしゃべりは、教師には毒であった・・・・・


2026年5月23日土曜日

音楽を孤独を癒やす薬に

 私の父は、私がロックバンド活動にのめり込んで、受験勉強をまともにしなくて失敗したと、バンド活動をずっと否定し続けた。

その父も、子どもが独立して家から離れてからは、民謡やカラオケに母と熱心に取り組んでいて、ずっと叱られていた私には矛盾を感じるところもあった。

ただ、自分もそういう歳になって分かるのだが、子どもの手がかからなくなるとどうしても淋しくなるので、その気持ちを癒やすのに音楽が必要だ。

父は中等学校を無理矢理に父親から家業をやらせるために中退させられた。

それまでは卓球部に入って熱心に練習していたという。

だから、大学受験のための競争に晒される孤独を知らない。

私が中学3年からギターを始めて、バンド活動にのめり込んでいったのは、勉強をサボることよりも、それによって心の救いを求めていたのだと今は思える。

中高一貫の私立の男子校の生徒にとって、運動・文化クラブで励むか自由な音楽活動を楽しむかくらいしか勉強から気持ちを解放されることが無かった。

音楽はひとりで気持ちよく聴くことも多いが、ユニットやバンドのなどのように気の合った仲間と一緒に楽しむことができる。

私は親友と呼べる友達をそのバンド活動から得られたし、ステージなどを通して新しい友達を得ることもできた。


実は、当時でも既に上級生が在籍中に自殺しており、卒業後に自殺したり、精神疾患となったりした例をいくつか知っている。

現在の中学高校生に自殺が増えたのも、当時の自分たちの状況に似ているように思えてならない。

当時はまだ高卒でも良い就職があったし管理職へ昇進できていたので、無理して大学へ行く必要は無かったが、あえて受験中心の私学に入った。

今は、高卒で現業ならそれなりの良い仕事も有るが、管理職への昇進コースにはなかなか進めないので、無理して大学に入ろうとする生徒が多い。

私たちが学生の頃に比べて就職はしやすくなっていても、将来性のある企業に入ったり、個人としての能力を持つ必要が重要となっている。

だから、親は子どものことを考えて、受験勉強に勝ち抜くための支援を行ったり叱咤激励するのだと思う。

しかし、それは一方で子どもにとっては大きな負担となり、場合によって自殺に繋がってしまう。


私が何とかそういう環境でも、生き抜いて来られたのは、音楽があったからだと今は思えるようになっている。

そもそも、音楽は人間にとって古来から癒やしとして、治療にも用いられてきたのだ。

ただ、音楽で進学をしようとしたり、それを職業としようとするものにとっては、癒やしとはならないだろう。

当時はプロのミュージシャンになりたかったが、そのためのレッスンやトレーニングは私は行わなかった。

あくまで、自由なバンド活動の延長でプロになれれば良いと思っていた。

しかし、プロの世界はそんなに甘くは無く実現できなかったが、それはそれで楽しみを残すことができたので良かったと思う。

家内は幼い頃からピアノを習ってきたのに、今は殆ど弾こうともしない。

ピアノ発表会に向けての練習が、私たちの試験勉強とかわりが無かったのだろうと思う。

娘もそういう練習をしてきたので、今はピアノに触れようとしない。


音楽は楽しみながら聴いたり、演奏してこそ癒やしとして薬になる。

一緒にバンドを組んだある若いピアノマンは、ステージに立つとあまりにも緊張するので非常に精神的負担で、一度はドタキャンしたこともあると言っていた。

私もステージに立つ前は胃が痛くなるほど緊張するが、ステージに立つと楽しめるので、またステージに立ちたくなる。

これは癒やしでは無くて、ドーパミンという脳内麻薬の陶酔だろうと思う。

今は、そういうドーパミンを求める音楽では無くて、孤独を癒やすための演奏をしているだけだ。

今は一緒に演奏する仲間はいないが、これから積極的に作っていこうと思っている。

もし、学生・生徒の中で死にたくなるほど追い詰められている人の中には、音楽そのものやそれを通した仲間によって救われる人もいると思う。

ぜひ、試してほしいと思う。




2026年5月20日水曜日

高市総理の笑顔の破壊力

 今日(5/20)の党首討論で中道改革連合の小川淳也代表は高市総理に対して


「その破壊力のある笑顔で各国首脳と渡り合ってこられたんだろうなと、改めて敬意を評したい」


と呼びかけたという。

私はテレビを見ていなかったのだが、ネットのニュースで書かれてあった。

以前から家内は高市総理の笑顔は目が笑っていないとずっと言っていた。

確かに言われてみれば、彼女の笑顔は魅力的でもあるが、どこか人を不安にさせる笑顔でもあり、小川代表が破壊力と表現したのも分かるような気がする。

中国の習近平が無表情であるのとは対照的ではあるが、表情を政治利用していることは共通しているだろう。


私は中学校から地元の赤穂を離れて、姫路の中高一貫の私立の中学部に通った。

周りの同級生は姫路やそれ以東の都市部出身者が多かった。

姫路以西の出身者も私のように田舎育ちで山野を駆け巡っていた生徒はほとんどいなかった。

そういう自分にとって異質な生徒が殆どの教室で、自分を守る方法が笑顔であり、いつもニコニコしていたので、「ニコニコ先生」と言われたりもした。

田舎ではガキ大将だったのだが、都会に出るとまるっきし意気地が無かったが、そのうちに慣れてきて笑顔は必要でなくなった。


高市氏が総理になる前はどんな雰囲気だったのかよく知らないが、総理になってから確かに笑顔が増えたように感じる。

周りに気後れしたりしているわけでは無いだろうが、自分を守る武器としてうまく使っているようにも思える。

だから、どうしても目が笑わってないので、不安にさせることもあるように思える。

これが外交で通用するのかどうか分からないが、少なくともトランプには気に入られているようだ。

私も無骨いながら年上の女性などから笑顔が可愛いと言われたりしたのだが、普段の険しい顔とは違う意外性が受けたのかもしれない。

そういう意味で、タカ派として警戒されている高市氏にとっての笑顔も意外性として若者の気持ちも掴んでいるのだろう。


自分自身は笑顔に関しては警戒心を持っている。

特に買い物に出かけて、店員に笑顔で話しかけられると身構えてしまう。

また、街角での勧誘や布教で笑顔が用いられているが、どうしても無表情で対応してしまっている。

それに対して、幼い子どもには思わず笑みがこぼれてしまう。

最近はどういうわけか、幼い子どもに挨拶されたり、手を振ってもらったりする機会が増えた。

自然と笑みが浮かんでいるので、親しみを感じてくれているのかもしれない。


前の総理の石破氏は普段は顔が恐いと言われていた。

特に目が据わっている感じがしたのでそう感じたのだと思う。

ところが、たまに笑顔で話せると親しみを感じさせることが多く、不安を与えるものではなかった。

そこらへんが人間性の違いなのかもしれないが、高市氏の笑顔に騙されて多くの若者が投票して現在生活が苦しくなっている。

高市氏がやらなくても同じだったと言われるかもしれないが、中国との関係悪化はイラン戦争と並んで大きな痛手だとも思える。

また、トランプに媚びることで、日本人としての誇りも失わせてしまった罪は重い。

彼女の笑顔は平和憲法や経済を崩壊させる破壊力を持っているのかもしれない。




2026年5月19日火曜日

歌はいつまでも忘れない

 NHK番組、知的探求フロンティア タモリ・山中伸弥の!?「人はなぜ音楽を愛するのか?」で認知症の老人が若い頃の歌はしっかり憶えていることが紹介された。

これは音楽知覚認知学のエリザベス・ヘルムス・マーギュリスの 『音楽心理学ことはじめ―音楽とこころの科学』(福村出版 2022年)にその理由が書かれてある


 認知症が記憶システムを深く崩壊させたときにも、複数の脳部位と経路に音楽が定着してしまうことが、音楽の記憶が生き残るのを助けます。数多くの臨床観察で、認知症患者が病気の進んだ段階に移行したときでも、青年期の音楽を覚えており、楽しむことができることが示唆されています。さらに重い認知障害のある人々でも、選曲された音楽のうち感情的に共鳴した曲を識別し続けることができます。こうした成功した音楽の記憶のエピソードによって、その経験の直後や最中に、音楽に関連しない課題の認知的機能を改善できると主張する人もいます[前掲書:47-48]。


音楽が心の中に生き続ける理由が分かると思う。

私は現在完全退職して、農作業を中心にウォーキング、水泳、読書、音楽などを中心に暮らしている。

どれも欠かせない日課だが、現役の時以上に大切なのが音楽だ。

今まではヤマハのカラホーダイを使ってひとりカラオケやひとり弾き語りをしていた。

最近始めたのが以前にも書いたハーモニカだが、ハーモニカを練習しているとギターの方も頑張ろうと思い出した。

長年、アマチュアバンドのボーカルをしていたので、やはりギターでの弾き語りが自分の本領だと思っている。

ハーモニカも加えた弾き語りができるようになりたいと励んでいる。

こうして音楽に取り組んでいると、中学生の頃から育んできた音楽への情熱が蘇ってくる。

その頃に歌っていた歌を自分なりに今歌うと、当時の感情も蘇ってくる。

歌は他の人に聴いてもらうものだけで無く、自分自身に聴かせて心豊かにさせるもので、独り言よりも自然に感じる。


私は恋人ができたり、結婚してこどもができると、音楽には疎遠になってしまうことが多かった。

でも、失恋したり、子育てが落ち着くと音楽にまた立ち戻っていた。

退職して人との関わりが乏しくなると、それを埋めるのに今は音楽が大切な存在となっている。

昔を思い出すためであり、今の孤独を忘れるために音楽は無くてはならないものになっている。

亡くなった母もデイサービスや入所施設で一番楽しみにしていたのが歌を歌うことだった。

歌が好きで得意だったから、そういうところでも楽しく過ごせたようだった。

ただ、困ったことは通院に付き添っている時に、病院の待合所で歌を口ずさんでしまうことだった。

待つ時間が長くて退屈してしまい、他の人が大勢いるのに小さい声ではあるが歌ってしまっていた。

さすがに、迷惑になるので止めてもらったが、それほど歌が母には無くてはならないものだった。


私もその子どもであるので、おそらくこれからどこへ行っても歌は忘れないだろう。

呆けてきたら母のように、周りの人に関わらず歌ってしまうかもしれない。

今でも家内とドライブをしている時に窓を開けたまま、かけている音楽に合わせて歌っている。

特に停車している時は、家内が人に聞かれるから窓を閉めるように促す。

仕方ないので、いったん窓は閉めるが、走り出すと窓を開けて気分良く歌うのがお決まりのドライブだ。

このときは家内に無理矢理聴かせているわけだが、たまに家内も歌っていたりする。

実は家内は幼い頃からピアノを練習しているので、私よりも音感に優れていて、間違いをよく指摘される。

何よりも同じ世代なので、知っていて好きな曲が共通しているのが良い。


先日は水泳仲間の画家さんと話をしていて、彼が学生時代にバンドでベースをしていてかなりの腕前だと分かった。

それを知ってから、セッションできるようにギターも上達しようと決心した。

他にもプールで一緒になる近所の奥さんもハーモニカを練習していて、その話題で話ができている。

音楽は退職した者の世界を広げてくれる大切なものだと最近特に感じている。