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2026年3月9日月曜日

トランプ大統領と高市総理が促すエネルギー革命

 ホルムズ海峡をタンカーが通れない上に、イスラエルがイランの石油施設を攻撃して炎上したことによって原油価格が高騰している。

中国はイランに頼んで通してもらっているそうだ。

かつて日本も、イランの石油施設国有化の折りに、イギリスがホルムズ海峡の航行妨害したときに、強行突破してイランの原油を買うことを行なった。

イランはその恩を感じて、日本とは友好関係を続けており、元安倍首相もアメリカとの仲介役を担ったという。

それを、高市総理は踏みにじって、アメリカとイスラエルの奇襲攻撃を非難せずに、イランだけを一方的に非難してしまった。

中立を守れないような自衛隊の高市最高指揮官のいる日本に、中国と同じく特別に通してもらえることはできないだろう。


日本は電力に関してはLNGが多く使われていて、それはオーストラリアなどから手に入るから電力は問題ないという。

問題なのは自動車や重機などの燃料である。

石油備蓄が254日分有っても、戦争が長引けば石油ショック以来の高騰を招いてしまう。

それに対応するために、EV(電気自動車)への補助金を高くして、EVの促進を図るべきだろう。

現在でも、ハイブリッド車でさえ低燃費のガソリン車よりもコストが高くついて、二の足を踏んでいる。

ガソリンがかつてのように300円になれば、ハイブリッドでコスト的には問題なくなるが、何よりも以前から取り上げているエネルギー革命を促進すべきだろう。

ホルムズ海峡に自衛隊の掃海艇を派遣して、トランプの戦争に加わるよりも平和的は解決方法と思う。


これまで、石油産出国は石油の需要が減らないような価格を設定してきた。

安すぎてもアメリカのシェールオイルが採算が合わないので、それに見合う価格を維持してきたようだ。

現在、テレビでも現実的なエネルギー問題の対応として、石油や原子力への対応を見直そうとしているが、それは将来に禍根を残すことになると思う。

国民は新しい希望ある未来が描けるのなら、当面の出費は我慢できると思う。

それを後押しするために、EVや水素エネルギー等をもっと普及させるための政策を行って欲しいと思う。

トランプ大統領や高市総理の引き起こした日本の石油危機を、逆手にとってエネルギー革命を促進するのが最善策だと思う。

それができれば両者は、エネルギー革命への功労者として却って評価されるだろう。

そして、中東に石油をめぐる戦争が無くなり、心ならずも平和に貢献した指導者として歴史に刻まれるだろう。


2026年3月7日土曜日

携帯式ミサイルシステムとイラン本土決戦

 アメリカとイスラエルは今度のイラクへの奇襲攻撃で制空権を握りつつあるという。

それは弾道ミサイルやドローンへの対応であって、携帯式防空ミサイルシステムへの対応がどうなっているか気になった。

そこで調べたらイラン、ロシアと秘密取引 携帯式ミサイル調達―英紙報道」という今年2月26日付けの記事があった。

それによれば、

イランは2027~29年に携帯式対空ミサイルシステム500基、ミサイル2500発を購入する。少数は早期に引き渡される可能性があるとしている。

ということで、来年の予定だった。

そこで考えられるのは、それが整う前にアメリカとイスラエルが攻撃した可能性があるということだ。

ドローンばかり話題になっているが、ウクライナ戦争でも携帯式対空ミサイルシステムや戦車に用いるジャベリン(携帯式多目的ミサイル)は非常に役に立っている。


もし、イランがある程度現在で携帯式対空ミサイルを保有していたり、ロシアが今後秘密裏に輸送できれば戦争は泥沼になるだろう。

おそらくそうならないように今回の攻撃が始まったのだろうと思うが、万一、イラン独自で地対空・地対地の携帯式ミサイルを開発していたら、話は違ってくるだろう。

また、直接ロシアから輸入しなくても、製造ライセンスと製造方法を手に入れれば済むのだ。

イランの工業開発力に関して、エマニュエル・トッド*1は次のように述べている。


私は『西洋の敗北』で、ウクライナ戦争でのロシアの勝因と米国の敗因をエンジニアの数に求めましたが、イランは膨大な数のエンジニアを輩出しています。米国で博士号を取る留学生でエンジニア分野を選ぶ割合がイラン人は突出して高い(六六%、中国三五%、インド三九%)。

 昨晩会ったイラン大使も、エンジニアの育成は、歴代の政権によって計画・実行されてきたものだと強調していました。実際、イランでは革命後に大学が飛躍的に発展しています[E,トッド2025:206]


確かに実戦経験の豊富なアメリカとイスラエルは奇襲攻撃では大成功を納めただろうが、空爆だけで無条件降伏したのは原爆を落とされた日本だけだ。

核兵器を用いずにトランプの要求する無条件降伏などあり得ないだろう。

ホルムズ海峡の安全を確保できなければ、世界中が大混乱するだろうし、確保できてもイランが無条件降伏するとは限らない。

そうすると、地上戦をやらざるを得ず、時間がかかっているうちに、海上ドローンや携帯式ミサイルを開発製造していき、泥沼になっていくだろう。

そもそも、ハメネイ師が遺言で徹底抗戦を指示している。

太平洋戦争のときの日本のように天皇の聖断で軍部を抑えることができない状態だ。


日本が薩長土肥によって天皇を担ぎ上げて、クーデターないし維新革命を起こしたのとイラン革命は似ているようにも思える。

その点では、トッドは次のように述べている。


米国を始めとする西洋が、今日のイランを見誤っているのは、一九七九年の「イラン革命」の意味をいまだに理解できていないことに一番の原因があります。

 とくに米国にとっては、この時起きた米国大使館人質事件がトラウマとなり、冷静な理解を妨げていますが、革命によって誕生した国家の正式名称は「イラン・イスラム共和国」。これは「民主化革命」だったのです。その民主的、平等主義的な性格から、イラン革命は、フランス革命やロシア革命のイトコと言っていい[E,トッド2025:203]。


日本の場合はプロイセンに習って、帝政を敷いたので共和制では無いのだが、それは建前上で、実権は薩長を中心とした藩閥が軍部を握っていた。

日本でも戦前では男子普通選挙が行われていたが、治安維持法によって反政府への取り締まりは行われていた。

特に特別高等警察による拷問による弾圧はよく知られており、これまでのイランの政治犯への弾圧と大きく変わりは無い。

また、中国の天安門事件や香港への弾圧を考えれば、イランが特別に民衆を弾圧をしているとはいえない。

イランでは国軍に独立して革命防衛隊が対外的な戦闘の主力となっているようだが、これも戦前の日本の関東軍を彷彿とさせるし、海軍と陸軍の対立とも似ている。

おそらく、日本も原爆の投下が無ければ、陸軍を中心とした本土決戦が行われて、ベトナム戦争のようになっていたかもしれない。

これから行われようとしているイランでの本土決戦を避けて停戦すべきだと思うが、阻止できなければ日本が戦前に行おうとした本土決戦の実現となるかもしれない。


*1 エマニュエル・トッド 2025『西洋の敗北と日本の選択』文藝春秋[E,トッド2025]



2026年3月4日水曜日

エマニュエル・トッドの核兵器保有論への異論

 トッドはいろんなところで、日本に核兵器保有を勧めている。

私は絶対アメリカが許さないと思っているが、日本人は単に広島・長崎の桎梏に囚われず現実を直視する必要もあると思う。

私は戦争の原因であるエネルギーや食料問題さえ克服できれば、核兵器保有は必要ないと思っているが、今の世界では現実的には不可能である。

だから、トッド*1の訴えることにしっかりと向き合って考えねばならないと思う。

まず、「核の傘は無意味」というのは、「使用すれば自国も核攻撃を受けるリスクのある核兵器は、原理的に他国のためには使えない」ということだ[E,トッド2025:31]

ということは、日本に持ち込んでいる核兵器は日本を守るためのものではなく、日本を含む核兵器を持っていない国に脅威を与えるためのものである。

それを日本国民は勘違いしているのであるが、アメリカ本土では禁止されている戦闘機の居住地の上空飛行を沖縄では平然とやっていることと同じである。


次のトッドの言葉は重要である。


核兵器に関して一つの歴史的教訓があります。「核戦争のリスクは〝不均衡〟から生まれる」です。一九四五年の状況がまさにそうで、世界で米国だけが核を保有していたために、広島と長崎でこれを使用できたのです[E,トッド2025:191]


今回、イランを攻撃できても、北朝鮮を攻撃できないことからも分かるように、核兵器を保有している国は攻撃できない。

それは、北朝鮮がアメリカを核攻撃できるかどうかではなく、アメリカの従属国の日本や韓国への核攻撃を招いてしまうからだ。

そして、核の不均衡が生じている東アジアと中東だけが地域的に緊張が高まっており、むしろインドとパキスタンは核を持つことによって大きな戦争になっていない[前掲書:192]

逆に言えば、緊張を高めるには不均衡を作り出しておけば良いのだ。

中東ではイスラエルだけに、東アジアでは北朝鮮に核の保有を認めておけば、緊張は高められ、アメリカの存在価値が高まり基軸通貨のドルは揺るぎない。

だから、横暴なアメリカに頼らなくて済むように日本は核を持つべきだと言うことになる。


しかし、重要なことはアメリカが広島・長崎に原爆投下できたのは、まず真珠湾の奇襲攻撃でアメリカに大きなダメージを与えたこと。

つぎに、日本の侵略行為によって中国や東南アジアに大きな被害をもたらしたことだ。

現在でもウクライナはロシアに核兵器を使わせないように攻撃を慎重に行っている。

イランもアメリカやイスラエルに核兵器を使わせない方法で今後戦っていくだろう。

核兵器を保有する国にその使用が許されるような口実を与えなければ良いのだ。

核兵器保有国に深刻なダメージを与えない限り、使用されることはないということだ。

だから、朝鮮戦争でもベトナム戦争でもアメリカは核兵器は使うことができなかった。

ということは、平和憲法を守り、相手に核攻撃されないだけの平和外交を行っておれば、アメリカの核兵器を持ち込ませる必要ない。

高市総理のように台湾有事にはアメリカと一緒に戦うと宣言するのは自殺行為だ。

ただ、ロシアのように核兵器で脅してきて、通常兵器で戦ってくるケースもあるから、それに対抗できるだけの自衛隊は必要だろう。

トッドはユダヤ人の血を引いているので、不条理な力にはそれに対抗する力が必要と思って当然だとは思う。

しかし、東アジアには儒教という道徳が無意識に根付いており、護身用に銃を所有することが許されていない地域だ。

トッドが宗教ゼロの「戦争のための戦争」となるニヒリズムは支配的では無いと思う。

日本人は誇りと勇気を持って、平和憲法を守り、核兵器は持つべきでは無い。


*1 エマニュエル・トッド 2025『西洋の敗北と日本の選択』文藝春秋[E,トッド2025]

2026年3月2日月曜日

イラン奇襲攻撃とトッドの予言

 とうとうアメリカのトランプとイスラエルのメタニヤフがイランを奇襲攻撃した。

奇襲攻撃自体は多くは成功する、その典型的な例が日本の真珠湾攻撃だ。

これは実はエマニュエル・トッドの受け売りだ*1。

このところ、このブログ「播磨のしっぽ」のアメリカからのアクセスが非常に多いのが気になっていた。

それまでは香港とかシンガポールが多かったのだが、そちらは減ってあまりなかったアメリカが増えた。

理由を考えたが、高市総理関連の政治問題もさることながらエマニュエル・トッドをよく引用しているからだと思う。

エマニュエル・トッドは特に「西洋の敗北」世界の多くで翻訳されているが、英語での翻訳は無いそうである。

だから、それをよく引用するブログに関心がいったのだろうと思う。


トッドはソ連の崩壊を予言したことで有名になったが、今回のイラン攻撃に際しても予言している。


リビアの政権はカダフィの死によって崩壊し、イラクの政権もサダム・フセインの軍事的敗北によって崩壊しました。しかし、いずれもアラブ諸国の特徴として、「脆弱な政治システム」しか有していなかったのです。ベルシア系でシーア派のイランは、これとは根本的に異なる社会です。仮にハメネイ師が暗殺されても、イランの国家体制が崩壊することなどあり得ないのです[E,トッド2025:199]。


この論考「7  危険なのはイランより米国とイスラエルだ」の初出は2025年の「イランの核武装は何の問題もない」であって、現在の実際のイラン奇襲攻撃の前だ。

仮定されたハメネイ師は現実に爆殺されてしまったが、トランプの思惑通りに事が運ぶのかどうかが疑問視されている。

また、トッドは以前のイランへの攻撃に関して次のように述べている。


米国とイスラエルには、合理的な戦争の目的などなかった。戦争への嗜好、暴力の追求、つまりニヒリズムに突き動かされた暴発的な行動で、戦争自体が戦争の目的だったのです。ウクライナ戦争でロシアに敗北して傷ついた米国が、ロシアより弱い国を攻撃することで、精神の均衡を保とうとしている。そんな風にしか見えません[E,トッド2025:196-197]。


トランプもメタニヤフも自分の保身と満足のために、戦争利用しているだけで、核保有問題は本質では無いという解釈ができるだろう。

そのせいで、ガザで多くの市民が殺され、今回もイランで多くの市民が犠牲になることが予想される。

トッドは人類学者らしく、イランの家族や親族の問題からイランの政治組織を分析しているし、イラン革命の本質は「民主化革命」だと喝破している。

日本の近代化(欧米化)を天皇を中心に成し遂げたことを考えると、イランの近代化もそれに似ているのである。

それを考えれば、日本は天皇を利用されてうまくいったのだから、イランもハメネイ師を利用した方が良かったように思える。

日本は原爆で息の根を止められたが、さすがにイランには使えないのでこういうテロ攻撃になったのであろう。

奇襲攻撃をした日本が崩壊したようにアメリカやイスラエルが崩壊するのか?


どうもテレビニュースの解説では、イランの方は日本が終戦時に国体保持をアメリカに求めたと同じような条件で、アメリカに停戦を求めているようだ。

日本は天皇を残して軍隊は解体されたが、イランではそれができそうになく、イスラエルは同意しないだろうという。

日本の原爆が無ければ本土決戦がなされた可能性もあったのだから、イランに核兵器が使えない以上イランの本土決戦もありうる話のようだ。

トランプは核兵器使用に匹敵するような攻撃を匂わせているが、地上軍を送り込まずにはたしてイラン革命防衛隊を解体できるのか疑問である。


*1 エマニュエル・トッド 2025『西洋の敗北と日本の選択』文藝春秋[E,トッド2025]

2026年2月27日金曜日

木版画家突々和夫作品展ポスターに導かれて

 先日、赤穂御崎の海が見晴らせる展望公園で、ふと目にしたのが、突々先生の作品展のポスターだった。

雨が降っていたから、たまたま休憩所に寄ったのだが、そこの柱に貼ってあった。

偶然とは言え、何かに導かれたようで気持ちが高揚した。

この「突々」という珍しい名前は、私が育った尾崎にあった名前でよく憶えていた。

尾崎は塩田の関係で方々から浜子が集まってきた影響もあって、珍しい名前がいっぱいあった。

ただ私の石原という苗字は、子どもの頃は西の方にしか無くて、尾崎ではすぐによそ者だと分かってしまっていた。

私が小学生の頃に絵を習っていた突々先生に関係していることは分かった。

ただ、そのお父さんも日本画家だったのでその人かもと思って、赤穂図書館に寄ってパンフレットを見て確かめてご本人と分かった。


私はそのパンフレットをもらって、すぐに家内に見せて自分がこの人から絵を教わっていたことを話した。

家内は私が絵付けしたマグカップを見て、訳の分からない妙な絵と笑っていた。

確かに絵付けするときは何も考えずに思いつくままに描いたのだが、自分としては作為のある絵よりそちらの方が好きだったのだ。

突々先生に習っていたと言うことで、これで私の訳の分からない絵も見直してもらうことになった。

絵を習っていた当時は、先生は高校の美術の先生だった。

日曜日の朝に近所の小学生などに絵を教えてくれていた。

絵を習いに行って楽しかったのは、絵を描くことだけで無く、家の中でおもちゃのボーリングなどのゲームをよくして遊ばせてくれた。

また、天気の良い日などには外に出て、近くの山などでスケッチをしたのだが、そこでも身体を使ったゲームなどで遊ばせてくれた。


絵に関しては色々と教わっていたはずなのだが、私は自分の思うようにしか描けない雑な性格だったので教えられたように丁寧には描けなかった。

先生に褒められた経験もあまりなくて、上達させようとする先生の意に添え無かったように思う。

また、日本画家のお父さんがたまに指導されると、居残りさせられて厳しく手ほどきを受けたのでそちらの方が恐かった。

私は絵の具で汚れた水をこぼすことが多かったので、よく奥さんなどにも叱られていた。

集まってきている小学生は、どちらかというと裕福な家の子どもだったので、私のような貧しい家の子はいなかった。

私の母親が無理して習わせたのは、幼稚園の頃から選ばれて市民文化祭に絵を展示してもらっていたので期待したのかもしれない。

幼稚園からオルガン教室で習っていたが、練習するのが嫌で上達せずに辞めてしまっていた。

この絵の教室も、剣道をやったりソフトボールをする方が忙しくなって辞めてしまった。


小学校でも絵はたまに市民文化祭に出してはもらっていた。

高学年で担任の宗藤先生も絵が得意な人で、私を放課後残して絵を指導してくれたりしたが、先生の気に入るようなできばえにはならなかった。

とにかく、乱雑な性格で、きちっと筆を洗った水を取り替えなかったので、汚れた感じの絵に仕上がってしまうことが多かった。

その性格は姫路の私立中学校でも改まらずに、美術の先生には全く相手にされなかった。

たまに、紙粘土で自分像を造ると気持ちが入って良い作品ができたと思ったが、東京藝大から教育実習に来ていた先輩には「柄に似合わず」と言われてしまった。

同級生からもどちらかというと田舎の荒くれ者的な目で見られていて、繊細な作品は不似合い思われていた。

それでも、絵を描くこと自体は好きで、スケッチブックに憧れの女性の似顔絵を描いて楽しんでいた。


大学に入るとかぐや姫の「神田川」の曲に習って、恋人をモデルにしてボールペンで絵を描いて下宿の壁に貼っていた。

それを絵の得意な友達が見て褒めてくれたときには、複雑な気持ちではあったが嬉しかった。

ただ、研究の方に力が入っていき、年賀状のプリントゴッコくらいしか描く機会が無くなってしまっていた。

教師になってからは、たまに黒板に絵を描く程度でどちらかというと、特別支援学校では生徒の絵を教える立場になった。
その中には山下清画伯のような描き方で、美術の先生も感心するような生徒がいて、「○○画伯」と呼んでいた。
もし、私が突々先生のちゃんとした弟子になっていれば、彼のこともきちっと指導できたかもしれないと今は思っている。

残念ながら先生は既に亡くなっておられるが、私は小学生に戻ったような気持ちになってこれから絵を描いてみても良いかなと思っている。

生成AIなどを使って簡単に絵ができる時代だからこそ、アナログの素朴な絵の方が面白いかもしれない。

突々先生が木版画に拘ったことも分かるような気がする。

少しでも指導を受けた者として、これから自分なりの絵を描いてみようと思った。





2026年2月23日月曜日

Ei(知性化電力)革命における核問題

 前回紹介した飯田哲也氏の『Ei革命―エネルギー知性学への進化と日本の針路』集英社インターナショナル(2026)[飯田2026] は重要な核問題を扱っている。

「第8章 原子力に固執する「病」と「沼」―病理的政策への診断と処方箋」

の締めくくりとして、次のように述べている。


本章で分析したように、日本の原子力政策を支える「偽りの真実」は、単なる個別の政策ミスではない。それは、個人の認知バイアス(ベーコン)、閉鎖的な社会構造(原子力ムラ)、集団の病理的行動(グループシンク)が、イデオロギーを燃料として強固に結びついた、自己永続的な病理的文化の産物である。このシステムは、客観的現実に対応するのではなく、自らの内部論理に従って完璧に機能している。福島第一原発事故を巡る数々のフィクションは、このシステムの構造が生み出した必然の産物である。この「病」の構造を直視しない限り、日本は原子力という「沼」から抜け出すことはできないだろう[飯田2026:160pー161p]


広島・長崎での原子爆弾による大虐殺や福島原発事故における未曾有の災害を経験しながらなぜ原子力を維持することに固執するのかを説明してくれている。

ここでこれから主力となるAIに必要なコンピューターでの膨大な電力を原子力発電なしで賄うことが肝心となるがそれに関して次のように述べる。


AI革命を牽引するビジョナリーたちの視線は、地上の古い核技術ではなく、空にある「究極の核融合炉」、すなわち太陽に向いている。イーロン・マスクは「太陽系の質量の99・8%は太陽であり、それは巨大な核融合炉だ。なぜわざわざ地上に小さな核融合炉151pを作ろうとするのか」と語り、物理学的にも経済的にも太陽エネルギー利用が圧倒的に合理的だとするロジックを展開(中略)・さらに彼の構想は、地上での発電にとどまらない。自身が率いるスペースXの次世代ロケット「スターシップ」を活用し、数年以内に100GW(原発100基分相当)を超える規模の「太陽光AIデータセンター衛星」を軌道上に打ち上げる計画さえ視野に入れている。これは、宇宙空間で発電した電気をマイクロ波で地上に送るかつての「宇宙太陽光発電(SSPS)」構想とは一線を画す。発電した電気はそのまま宇宙空間でのAI演算に使い、地上にはその計算結果である「データ」だけを送るのだ。グーグルもまた、太陽光で駆動するデータセンター衛星を軌道上に配備する構想を持っており、24時間365日発電可能な宇宙で知性を生み出し、地上へは情報だけを降ろすという未来を見据えている。これこそが、送電網の制約を受けない究極の解決策だというわけだ[飯田2026:150pー151p]


つまり、宇宙空間ならずっと「究極の核融合炉」の太陽を活用でき、そこでAIデーターセンターを運用すれば地上に核施設は必要ないと言うことだ。

ただ、気をつけねばならないのは宇宙太陽光発電(SSPS)は軍事目的でも使えることだろう。

それでも、化石燃料の支配を巡る戦争や紛争を防ぐことができるし、原子力発電所は必要でなくなる。


これから問題となるのは原子力にしろ核融合にしろ、軍事目的以外では必要でなくなる「死の科学技術」となるということだ。

火薬は花火にもなるし、ダイナマイトは建築現場でも活用できる。

核技術は鉄腕アトムやドラえもんを実現できない限り、平和利用などできそうにない。

逆に言えば夢のアニメロボットが核技術の脅威を隠蔽していたのだ。

ロシアのウクライナ侵攻で核兵器は戦争抑止にはならないことが明確となった。

戦争の原因である化石燃料問題が解決できれば、あとは食糧と水問題での戦争を回避することが重要となるだろう。

発展途上国の燃料に関しては、過放牧や過伐採での砂漠化が問題となっており、ポータブルの太陽光発電蓄電池を援助できれば改善できる。

また、再生可能エネルギーを用いた海水の淡水化で水問題も改善できるだろう。


戦争自体がなくなれば、核兵器そのものも必要が無くなる。

核兵器所有による巨大な軍事力を背景に基軸通貨のドルによって世界を牛耳っていたアメリカにとっては不都合なことになるだろう。

日本がアメリカに追随するのは、アメリカの力によって既得権益を得ていた勢力が日本を支配していたからだろう。

その勢力も原子力は必要でないものだとすると、今までの政策の誤りを認めざるを得なくなる。

そして、何よりも原子力の平和利用という隠蔽ができなくなり、広島・長崎の原爆使用は毒ガス兵器使用と同じ意味となってしまう。

これはアメリカ政府も日本政府も避けたいことだろう。

これが日本政府が原子力を維持することに固執する真意のような気がする。





2026年2月21日土曜日

Ei(知性化電力)革命による国民解放

 飯田哲也氏の『Ei革命―エネルギー知性学への進化と日本の針路』集英社インターナショナル(2026)[飯田2026]を通読した。

現在世界で起こりつつある「文明史的エネルギー大転換」*1について、分かり易く書いてくれているのがこの書籍である。

是非、手に取って読んで日本の置かれている危機的な状況を知ってほしいと思う。

ネットで著者を調べたら、どこかで見たことがあると思ったが、テレビ朝日の「朝まで生テレビ」でよく見ていた顔だったのだ。

プロフィールを読むと、私と同じ年齢であり親しみを感じたが、その経歴の華々しさの反面、現実に国民の心を掴むことができるのかと不安にも思った。

確かに日本のこれからの危うさや、それへの対処法はしっかりと書いてくれている。

しかし、今回の高市総理の奇襲選挙の大勝利からも分かるように、国民は深く考える余裕や、その環境に置かれていない。

私はこの本を読むのに1日多くの時間を割いてしっかりとノートしながら、1週間はかかった。

例えば、以前高校教師をしていた頃の私は、それだけの時間をかけることができなかったと思う。

書籍を通してしっかりと内容を理解して、市民運動にまで発展していくのはなかなか困難なように感じた。


読んでみてまず思い浮かんだのは、私が研究を続けている奄美諸島の与路島のことだ。

なぜかというと、ここでは私が村落調査していた1980年代は、島に小さな火力発電所があった。

しょっちゅう停電を起こしていたが、シマの若者は集まって飲んでいる時に停電すると懐中電気を持ち出して、蛍光灯を照らして楽しんでいた。

それはディスコのチークタイムをイメージさせるつもりだった。

しかし、停電はシマの人にとっては遅れている暮らしとして恥ずかしいことでもあった。

2008年に訪れたときには既に九州電力からの海底電気ケーブルが引かれていて、もうそういう停電は無かった。

それと同時にそこで働いていた雇用も失われて、そこで働いていた懇意の知人も訪れたときには単身赴任でシマにはいなかった。

シマの人にとって本当に少ない島での雇用を失ってしまったのだった。

発電所と地域の雇用は密接な関係にあって、私の故郷の赤穂市も火力発電所を誘致したが、現在は稼働していないところが似ている。

太陽光など再生エネルギーの発電施設を地域独自で担うことになれば、雇用も生まれる可能性も出てくると期待できる。


とにかく、国鉄、郵便局などの民営化の時以上に深刻なのはこの雇用問題だけでなくアメリカの核エネルギー政策と連なる原子力発電所問題だろう。

福島原発事故を含む原子力発電所の問題は、単に補償問題に留まらずアメリカへの従属関係の根幹に触れるもので単なる廃止だけでは済まされない。

国に政策を変更させるよりも、国民自らが原子力発電を必要としない暮らしをまずしなければならないと思う。

われわれ一般市民が現実として実際にできることは、自ら身を削った生活スタイルの変更だろう。

与路島に関して言えば、私は昔ながらの生活を研究しているので、電気や水道、ガスの無かった頃のことも古老から聞いて知っている。

与路島では煮炊きに使う薪は調査当時でも風呂を沸かすのに使う人も多かったし、村の水道はあっても自分で山の水源から水道管を家まで通している人もいた。

大勝川という集落の大切な川の上流のウブツいわれて、かつては立ち入り禁止の聖域が守られていて、水資源の確保として大切なことを理解していた。

しかし、2008年に訪ねていったときには貯水ダムが建設されていた。

1980年代頃は既に家電製品は行き渡っていたが、せっかく持っている冷蔵庫に電気を通していないご老人もいた。

テレビも受信できていたがが、シマ育ちのご老人には標準語がよく理解できない人もいて、つけているだけの場合もあった。

当時は、村のインフラだけに浸り切った生活ではなくそれが魅力でもあった。

そして、今でも自然豊かな場所だからこそ、これからは再生可能エネルギーを用いて、シマ独自の発展が期待できるはずだ。

猛暑も厳冬もない亜熱帯の海洋性気候は生活するのに適しているので、再生可能エネルギーを十分活用できれば豊かに暮らせるだろう。

かつて、明治維新での島津藩の財源を築いた黒糖に匹敵する特産品を産出して欲しいと思っている。

食品だけで無くバイオエタノールやグリーン水素などの移出も可能ではないかと思う。


本来は日本本土でも当時の奄美に似たような生活が普通だったのだ。

問題なのは開発が進んで当たり前に公共のインフラに浸りきっていることに疑問を感じていないことだ。

電力不足の危機を煽られたら、火力も原子力も否定できなくなる。

インフラに依存する国民につけ込んで、既得権益を持っている人たちが横暴に政策を進めていてもそれに対する疑問さえわかない。

電力を自給自足に近い形まで太陽光と蓄電池を組み合わせて生活できるようになっていることをまず自覚せねばならないだろう。


かつて人類はホモ・エレクトスの時代から火を用いて生きてきたと考えられている。

ホモ・サピエンスは有効に火を用いて居住域を広げていったが、燃料となる薪や動植物油も自分で手に入れていた。

文明が生じて町で暮らす人は近隣から持ち込まれる薪炭などの燃料で暮らしていたのであり、近代のように化石燃料はほとんど使われていなかった。

化石燃料だけでなく核燃料まで使い始めて、環境破壊や戦争で自ら自身を滅亡させかけている。

太平洋戦争に日本が突入していった大きな原因も石油だった。

そして広島・長崎市民の大虐殺に用いられたのが原子爆弾だった。

現在の中東や東欧で戦争や紛争が絶えない原因に、化石燃料が絡んでいる。

原子力発電所の事故は世界を震撼させたし、ウクライナ戦争においては破壊される危険性は核爆弾と同じ意味を持つことを思い知った。

今こそ人類が歩んできた原点に立ち返る時である。

それまでは太陽エネルギーなどの再生可能エネルギーは間接的にしか手に入れられなかったが、科学技術のお陰で直接電気エネルギーに変えることができる。

これは単に損得だけの問題では無く、自分たちの子や孫への責任問題だ。


飯田氏は再生可能エネルギーによる住民の運動に期待して次のように訴えている。


コミュニティパワーは、単なるエネルギー供給の手段ではない。それは、トップダウンの補助金事業が露呈した脆弱性を乗り越え、持続可能な経済と社会を再構築するための「内発的発展」のエンジンそのものである。人口減少や高齢化といった深刻な課題に直面する日本の地方にとって、これまで一方的に外部へ流出していたエネルギー費用という「コスト」を、地域に遍在する再生可能エネルギーという「資産」に転換することは、未来を切り拓くための最大の戦略となりうる[飯田2026:232]


われわれ農村地域に住む者にとって、食糧問題とエネルギー問題は自らの手で解決し、迫り来る危機的状況を回避すべき課題だ。

行政をすぐにでも動かすにこしたことはないが、自分たちができることから始めるしかない。

それは、救いようのない既得権益を守る政策を行う権力者から、国民自ら解放する運動ともなるように思える。

我々のように資金力が乏しい者でも、損得を度外視して取り組む必要も感じている。

飯田氏が日本の切り札という営農型太陽光発電をフレキシブルに活用できないかを考えてみようと思っている。

すでに草刈り機、チェーンソーなどの工具は充電式に換えてあるので、その電源として活用したりできるだろう。

電気自動車も考えてはいるが、知り合いにトラブルをよく聞かされているので、現在はハイブリッド車がせいぜいかなとは思っている。

重要なのは理想だけではなく、暮らしに無理がない改善から地道に行っていくことだと思う。



*1 エネルギーの基軸が「化石燃料から情報へ」と移り、資源の源泉も、地理と輸送の制約に縛られた「地図」の秩序から、世界中に遍在する太陽エネルギーを基調とするシン・オール電化の豊かさへと反転する。さらにエネルギーの生産と消費のあり方も、トップダウンの供給中心からコミュニティパワーの「協働」へ、受け身の消費であった需要は一人ひとりの「選択と参加」へと役割を変える[飯田2026:13-14]。