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2026年9月6日日曜日

一途な夢を壊してしまった睡眠不足

 私は現在の睡眠の取り方に不安を感じたことがきっかけとなって、睡眠に関することをネットや文献で調べている。

そのことは「ヒト本来の分割睡眠」に詳しく書いたのであるが、文献を読んでいるうちに睡眠不足が深刻な心身に悪影響を及ぼすことを知った。

今の私は決して睡眠不足では無いのだが、かつては睡眠不足を何度も経験していた。

よく憶えているのは、小学校6年の中学受験で午前2時近くまで受験勉強をして眠ろうとしても眠られず、母親に言うと薬用酒を飲ませてくれてやっと眠れたことだ。

それを何度か繰り返していたが、中学受験はその甲斐あって合格できて、普通に眠られるようになったが、その不眠症になった辛さは忘れられなかった。


そして、今になって気がついたのは、大学院の修士論文で1ヶ月以上睡眠不足が続き、提出前の一週間以上はまともに眠られていなかったことだ。

同じようなことを同期の仲間もしていて、彼は良い修士論文に仕上がったが、私は不十分な論文で周りからはもう一年かけて書き直した方が良いと言われた。

その時は、今から思うと論文が上手く仕上がらなかったことの辛さもあったが、その睡眠不足の影響で情緒が不安定になってしまっていたようだ。

ネットでは「睡眠不足が続くと、気分の落ち込み、イライラ、集中力低下、判断力の低下などが現れやすくなります。*1」とある。

私がそれまで支えてくれていた伴侶にやり場のない感情をぶつけてしまって、それが原因で関係がこじれて別れてしまった、

その原因は、論文作成失敗よりも、睡眠不足による精神障害ほうが最大の原因だったようだ。

結局、別れ間際から不眠が続き、伴侶は去って行ってから精神科にかかり精神安定剤を飲んで何とか眠られるようになった。

医師の診断はノイローゼということだった。


論文作成当時の自分は睡眠などしている場合では無いと必死でに取り組んで、まともに書けない時は死にたいとまで思った。

同じように論文を書いていた仲間も、書けないのが辛くて苦し紛れにタオルで自分の首を絞めたとも言っていた。

しかし、彼は良い論文に仕上がり、博士課程への進学が保証され、自分はもう一年といわれてチャンスは残っていても、精神的に耐えきれない状態になっていた。

多くの大学院修士の院生は似た経験することだとは思うが、知っている先輩には持病に気管支喘息を抱えていて無理が出来ないと、こつこつと地道に書き上げた人もいた。

私も既に十二指腸潰瘍を抱えていたので無理は出来なかったのに、教官から修士だけと言われていたことを挽回しようと無茶をしてしまった。

それが、博士への進学だけならともかく、大切な人まで失うことになってしまった。

その原因を自分の思慮の浅はかさと自分を納得させていたのだが、睡眠不足がそれ以上に重大な原因であったことに今更知ることになった。


これは睡眠の重要性と睡眠不足の怖さを知っていなかった報いである。

時に若い時は何日も徹夜して勉強や研究をしたり、仕事などをしたことを自慢げに言うことがある。

以前、高校によっては勉強合宿を1年生にするおり、徹夜で勉強をする体験をさせたりもしていた。

そういう徹夜が良い結果に結びついた時には自慢話になるが、果たして本当に心身の健康に影響がなかったかどうか分からない。

今読んでいる金谷啓之氏の著『睡眠の起源』(2024年 講談社)に科学コンテストに応募のために断眠した高校生ランディに関して次のようなことが書いてある。


ランディはそのまま耐え続け、なんと年が明けた一九六四年一月八日までの一一日間、時間にして二六四時間の断眠記録を達成したのである。当時としては、最長の断眠記録だった。

(中略)論文に記載されている内容はそこまでだ。だが、この話には続きがある。実験から四〇年以上経ってインタビューに応じた彼は、後年、深刻な不眠症になったことを明かした。毎晩眠ることができず、「もう眠ることを諦めた」と語っている。


これは極端な例だが、実は私は修論を書いていた1週間ほど、布団の上で眠っていなかった。

だけど、机の上でペンを走らせていると思っていたのだが、いつの間にか数時間経っていたのを憶えている。

私の場合は人に助けてもらいながら断眠に挑戦していたわけではないので、結局は数時間ほどは毎日眠っていたようだが、睡眠不足には違いなかった。

ただ、その後に不眠症になったことは共通している。

今だから言えることは、どんなに失敗して辛いことがあったとしても、しっかり眠っていたなら、心機一転やり直すことが出来たはずだと言うことだ。

それまで抱いていた二人の一途な夢を失わせてしまった大きな原因が、睡眠不足にあったとは、今更取り返しのつかない哀れな話だと悔やまれてならない。


*1睡眠不足による精神障害 - 検索




2026年9月5日土曜日

温暖化戦争による中国の崩壊

 これまで温暖化によってもたらせれた災害は、社会的弱者や居住区の立地の悪さによって被った被害であり、東北大震災の津波と同じように町を破壊することは無かった

温暖化と関連して町を破壊したネパール災害は世界に衝撃を与えていると思う。

気象と関係する最大規模の災害は、中国の三峡ダムの決壊が懸念されており、そうなるとネパールの災害どころでは無いだろう

このダムは1993年に着工して2003年には貯水を始めたというが、そのダム湖の面積は琵琶湖の1.7倍だという

豪雨によって貯水に限界がきて崩壊する以外にも、ミサイル攻撃などで崩壊すれば核攻撃に匹敵すると言われている

現実にもウクライナとロシアの戦争では禁止されているはずのダム攻撃も行われている

こういう危険を孕むことは建設当初からも指摘されていたようだが、特にダムに土砂が堆積することでの崩壊が懸念されたが、現状では持ちこたえている。

それよりも、地球の温暖化の影響がこれ程まで深刻になることは想定外だっただろう。

中国は懸命に巨大な太陽光発電施設を作ったり、EVの開発に必死で取り組んでいる。

しかし、皮肉にも今回のネパールやチベットの災害は、水力発電のためのダム建設が原因ともされている。

しかも、中国はチベット自治区ニンティで総投資額1兆2000億元(約28兆6000億円)規模の水力発電事業を着工したが今後そこでの災害が懸念されている。

そういう取り組みの一方で未だにCO2を世界で一番排出し続けているというバランスの悪さだ。

世界で二番目にCO2の排出を行っているアメリカは、ある意味では中国の弱みを握っていることにもなる。

まさしくトランプの石油政策は中国への温暖化戦略として有効であり、ミサイルなどを用いずに攻撃していることになる。

ただ、イラン戦争で原油価格が上がってアメリア産出の原油で儲かっているが、価格の高騰で石油の使用量が減ったり、再生エネルギーの開発利用が進んでしまう。

だから、イランのホルムズ海峡封鎖はトランプに対して、共和党の中間選挙敗北への有効な戦略となっているので、焦らせていると考えられる。


皮肉なもので日本は本土のまわりの海水温が高くて温暖化が速く進んでいる一方で、本土上空に高気圧が居座って台風の襲来を減らしている

気の毒なのはその縁にある奄美や沖縄で台風がひっきりなしにやってきたり、居座られてしまう。

そして、台風は中国大陸や朝鮮半島の方に向かって上陸するようになっている。

ただ、大気が不安定になると線状降水帯が生じて、関東や東北を中心に水害の被害を出してはいるが、人的被害は少なくて済んでいる

自然災害に強い台湾もある意味で台風に守られており、台風が頻繁に押し寄せている間は中国も大規模な軍事行動を起こしづらいと思う。

今のところアメリカの温暖化戦略は同盟国の日本や台湾を利する形となっているようにも思える

北朝鮮に関してはトランプは配慮して韓国との合同演習を短縮したかのように思えたが、北朝鮮自身は報道していないが洪水被害は深刻なようだ

北朝鮮は温暖化戦争で洪水とそれに伴う食糧危機で弱体化しており、核の心配をせずとも崩壊するのを待てば良いように思っているのかもしれない

ただ、このアメリカの温暖化戦略はアメリカにも諸刃の刃で、今後巨大なハリケーンや大寒波が襲来する可能性があるが、はたしてどれだけ対応できるだろうか?


ともあれ、急速に産業を伸ばすために無理な開発をしてきた中国は、致命的な弱点を抱えてしまっている。

かつて日本が高度経済成長期に公害をまき散らしていたこと以上に、自国のみならず世界への悪影響は計り知れない。

また、アメリカのように石油を産出することが出来ず、三峡ダムのような巨大は発電施設を作ったことも大きなリスクとなってしまっている。

核を持っていない国も中国から核攻撃されても、三峡ダムをミサイル攻撃をして破壊すれば同じ効果となる。

トランプ大統領はその中国の最大の弱点をよく知っていて、温暖化戦争を仕掛けているようにも思える。

核戦争よりは人類滅亡の不安は少ないが、世界中の隅々まで影響が及び、災害に伴う食糧危機や水不足を招いて殺戮兵器による戦争も起こるだろう。

米中温暖化戦争はまさしく世界温暖化大戦につぐ第3次世界大戦を引き起こしつつあると思えてならない。




2026年9月3日木曜日

少子化を生み出す国家福祉資本主義戦略

 現代の日本は個人が企業などで経済活動を自由にやれるように福祉が充実している。

昔ながら子供は親の面倒をみるのが当然として、あえて地元で仕事を見つけようとしたが、それもする必要が無くなった。

例えば、地元赤穂では相生の造船所(IHI)を中心とした工場に雇われる人も多かったし、国鉄、農協、郵便局や地方公務員になるのが跡取りは普通だった。

しかし、工場などは中国や韓国の台頭で斜陽となり、国鉄、郵便局は民営化されて人員整理された

地方公務員も教師を中心として残ってはいたが採用人数も少ないので一部に限られていた

そして、現在は地元の全国展開や広域の支社をもつ企業では、単身赴任が当たり前になって、親の面倒を看る余裕もない

それを補っているのが2000年から始まった日本の介護保険制度である。

既に少子化傾向は1990年代から顕著になってきていたので、それを補うための介護制度とも言える

また、近年では子供が大きくなった世代だけでなく、60歳以上の再雇用問題と絡んで、そういう年代の単身赴任も増えているが、この介護保険制度は役に立っている


私は親の家の近くに住んでいたが、この介護保険制度で老人施設を利用できたので助かったが、近所の老人世帯には介護保険制度で何とか生活できている人も多い。

この介護保険制度は子供は安心して親を地元に残しておけるし、自分が年老いてもこの制度で何とかやっていけると思っても不思議でない。

それなら、無理して結婚してあてにならない子供を育てて頼りにするより、単身である方がよほど気楽で気ままである。

何せ新自由主義を政府がとってきたせいで、非正規雇用も多く増え、今後もAIやロボットの影響でいつリストラされるかも分からない。

将来年金も不安はあるが、単身であれば生活保護を受けても誰も嫌な思いをさせなくても済む。

こうして安くて自由に配属できる労働力を企業に提供するために用いた国家による福祉資本主義戦略は、単身者を増やして少子化を招いている。


その一方で地方の家を支えていた農業は、その多くが兼業で成り立っていたのであって、勤め先を失えば家を継いでいけない。

古くから嫁のきてを失っていた農家ではあるが、無理して農村に留まることさえ必要でなくなってきている。

互いの親の面倒を看ると言うことで地元の男女が結婚して、子供を産んで親の家の傍にいる必要など無くなってしまった。

もし、以前のように安定した雇用や家業の収入で夫婦が力を合わせられれば、楽しく生活できる暮らしが戻ってきて改善されるだろうとは思う。

アメリカのドルを基軸としたグローバル戦略と、中国の国家が全面的に支援している経済戦略の前に、自民党傀儡政権はアメリカ従属を改めることはないだろう。

内部留保で潤った企業による育休制度の福祉戦略も、結婚さえ出来ない収入が安くて不安定な非正規採用者には無意味だ。

高額所得者も欧米のように外国人をべビーシッターにしてまで、子供を増やそうとはしていない。

ということは、このまま国家福祉資本主義戦略で国民は欺かれながら少子化で日本社会は衰退していくことになってしまうかもしれない。

そうしたら、かつての先史時代からの渡来人のように大陸や半島から、アメリカ支配と無縁の人型ロボットを連れた富裕者や貧しい家族・親族集団が多くやってくるだろう。



参考文献

É,アリエズ&M,ラッツァラート 杉村昌昭、信友建志訳 2019 「冷戦の戦略ゲーム」 『戦争と資本―統合された世界資本主義とグローバルな内戦』 作品社





2026年9月1日火曜日

温暖化対策は口先東京より実現奈良へ

 ネパールの氷河崩落を受けて環境問題を東京にある多くの放送局が取り上げている。

東京都は日本の都道府県の中で一番多くのCO2を排出して、一番少ない鳥取県の20倍近くの量である。

人口から言うと東京都は1400万人で鳥取県は55万人なので、一人あたりのCO2放出量はそれほどでもない。

一人あたりに関しては愛知県が東京都と同程度なのに、人口はおおよそ半分なので、とんでもない排出量ということになる

愛知県は自動車産業を中心として工業生産額は日本で1位だが、東京都は16位、鳥取県は45位である。

一方農業生産額では愛知県は8位、鳥取県は41位、東京都は47位で最下位である。

ということは、東京都のCO2の排出量は工業生産によるものの比率は低くいし、農業での回復も無く、物流やオフィス、家庭からの排出が多いのが特徴だ。

日本で一番高い地価を誇り豊かで便利な生活を謳歌できている東京で仕事したり暮らす人が、地球の温暖化を憂慮するのは、非常に矛盾に満ちている。

CO2の排出量の少ない鳥取県は最近までスタバさえ無くて、スナバなら有ると開き直っていた。

石破元総理も短命で利益誘導の政策もできず、無料で利用の出来る鳥取道が望みの綱である。

東京都と鳥取県の経済格差や利便性の違いは歴然で有ることから分かるように、CO2を出している加害者の方が豊かなのである。

世界的にもGDPが世界一のアメリカが一番CO2の排出量が多い。

そういう根本的な前提を抜きにして、地球温暖化の解決を語るのは全く筋が通らない。


資本主義の世界で有る限り、人類はこれから先に地球温暖化によって悲劇が起ころうとも、現代の豊かで便利な暮らしを手放すつもりはない。

大洪水や暴風の災害には備えて生き残るつもりである。

そのために、東京の地下には巨大な貯水施設が完成している。

心配された電力不足もいまのところそう不安もなくなっている。

ただ、渇水の問題は根本的に解決できていないだろう。

そして、何よりも温暖化とは関係はないようだが、南海東海トラフの大地震や直下型地震、富士山の噴火という自然災害の大きなリスクを抱えている。

それなのに巨大人口を維持し続けている。

関東大震災や東京大空襲でも再建できたのだから、何とか生き残れば復活できると思っているのだろうか?

そういう色んなリスクの高いながら一極集中する東京からの呼びかけは説得力が乏しい。

また、私の母校の東京都立大学は、かつて首都移転を阻止するために当時の石原知事が首都大学東京と改名されて利用された。


こういう東京に対して、CO2の排出に関して優秀なのは京都府では無くて奈良県である*1。

排出量が少ない県のランキングでは4位で、工業生産額が奈良県よりも少なく人口も奈良県の半分の島根県よりも少ないのは驚きだ。

高市総理が誇るべきなのは地元奈良県の二酸化炭素排出に関する優秀さであり、奈良県から世界にCO2削減を呼びかけるべきではないだろうか。

世界遺産も京都の17件には遙かに及ばないが、今年は4件に増えて総理大臣まで輩出している。

CO2を多く輩出している東京、大阪、名古屋などからマスコミや研究機関から削減を呼びかけられても説得力は乏しい。

呼びかけている人の暮らしぶりを訊きたくなってしまう。

堂々と石油を掘りまくれと言っているトランプの方が正直者と思えてしまう。

パリ協定に代わるものとして奈良協定を高市総理が中心になって進めてくれれば彼女は偉大な政治家として名を残すだろう。

そして、首都機能もかつての平城京のあった奈良に移していっても良いと思う。

とりあえず最もCO2を排出する東京から奈良へ環境省を移すべきだろう。


*1 奈良県庁ストップ温暖化実行計画(第6次)- 概要 -







2026年8月31日月曜日

那岐山麓の魅力

 私たち夫婦の日曜ドライブは夏には必ず涼しさを求めて那岐(なぎ)山麓の麓から智頭に向かう国道53号線をよく通り抜けていた。

その境界の黒尾峠あたりの標高は652mもあり、真夏でもけっこう涼しかった。

また、そこまでにある馬桑ループ橋や峠をこして智頭町の那岐あたりの展望も素晴らしかった。

以前から那岐山麓の山の駅があることは知っていたが、既に三咲町の道の駅「菜々茶屋」で買い物をしていたりしていたので、わざわざ立ち寄ることはなかった。

ところが、先日の地元案内のテレビ番組で、この山の駅と那岐山麓の魅力が放映されて行ってみたいと思っていた。


いつものように自宅から千種川沿いの国道373号を北上して、上月の三叉路で姫新線沿いの

国道179号の山越えの道を西に向かう。

県境である万能峠を越えて岡山県作東町に入ると、田んぼの景色は黄金色に変わりつつあった。

そして、梶並川に合流してそれを上流に向かい、川沿いにある「道の駅彩々茶屋」があってそこでトイレ休憩と買い物を今回もした。

今はブドウのシーズンでそれを求めるお客さんがいっぱいいた。

この道の駅を出ると、しばらくは梶並川沿いの道を北上するのだが、途中の三叉路で美作奈義線(県道51号)を使って奈義に向かう。

その県道は細い山道だが、既に稲は色づいて稲刈りをしていたり、刈ってしまっている田んぼもあって驚いた。

南国の早場米はよく知られているが、こういう山奥の田んぼでも早生米が作られているようだ。

しばらくすると那岐山麓の裾野が広がってきて、広大な田園風景に出会う。


那岐山麓は中国山地が長い間の風雪によって侵食された後で、固い花崗岩が浸食されずに残った残丘という地形だという。

標高1255mの那岐山は、神話の伊邪那岐命(イザナギノミコト)・伊邪那美命(イザナミノミコト)の降臨伝説が残る、中国山地神聖名峰といういことだ

奈義町の観光案内には名所や歴史・伝承が紹介されていて面白いが、信仰の場所という意識は当初なかった。

しかし、那岐山麓 山の駅でそこから見渡せる風景を見た時にその理由がよく分かった。

その素晴らしい景色を見たら、心が洗われるように感じる



レストランが開く11時より30分ほど早く着いてしまったので、レストランの前にあるテーブル付きベンチに腰掛けて待った。

そこのベンチにはバイクなどのツアー客もいて、楽しそうにおしゃべりをしていた。

私はじっとして待つのも嫌なので、少し下にあった公園から山に入る谷にいくと、そこには細い橋が架けてあって、そこを少し渡るとその高さに足がすくんだ。

橋を渡る勇気が無かったのでレストランに戻って、時間が来るのをベンチで待った。

しばらくすると案内があって中に入ったがまだ11時までには時間が少し有ったけど注文だけ訊いてくれた。


レストランのメニューはネットであるような特別なものではなくて、ハンバーグやソーセージ、カレー、そしてステーキなど、どこでもある洋風のものだった。

普段はあまり食べないが、二人はソーセージのランチを頼んだ。

このあたりはソバも採れるのでソバが食べたかったのだが、メニューには無くて残念だった。

味としては悪くないし、デザートの小さなケーキも美味しかったが、また食べに来たいとは思えなかった。

それよりも、涼しくなったらベンチや公園で弁当を広げて食べたいと思った。

いつも立ち寄る「道の駅彩々茶屋」には鯖寿司や、ちらし寿司など美味しい手作りの弁当が売ってあってたまに買って、風景を見ながら車中やベンチで食べたりする。

加西のフラワーセンターでは途中のJA直売の旬菜蔵で弁当を買ったのをいつも持って行って食べているが、ここでもそうしようと思った。

この施設は食事や買い物をするには物足りないが、景色を見ながらゆっくりと過ごしたり、良い季節になったら山に登っても良いと思う。

観光地としては人気はなさそうだし、自衛隊の演習所もあって興ざめのところもあるが、雄大な山を望んだり、広大な景色を眺めると気が晴れると思った。

今までは道の駅や農産物の直売所の賑やかなところで過ごすことが多かったが、夏には涼しくゆっくりと過ごせる場所を発見できた。


今回は和気のスーパーで買い物をする予定が合ったので、三咲町に引き返して川沿いに和気まで行った。

本来は国道53号線で智頭まで行って、しばらく下道を通った後で鳥取道に上がって、途中西粟倉の道の駅などに寄って帰ることが多い。

このルートはもっと探せば面白いところも発見できそうである。

今は暑いので散策するのは辛いが、涼しくなったら是非やってみたいと思う。






2026年8月30日日曜日

世界温暖化大戦による犠牲者

 世界で熱中症の死者がどれくらいなのか調べた

熱中症死者、世界で年55万人 90年代から6割増加―国際研究

(2025年10月https://www.jiji.com/jc/article=2025102900299&g=int)

という記事があった。
今年はヨーロッパだけで約1万9千人が犠牲になっているというから、55万人で済まないかもしれない。
ウクライナ戦争でもロシア軍は4年半で最大53万人の死者というから、たった一年でその数を上回っていることになる。
ただ、熱中症を病気と捉えたら年間1000万人を超える癌には遙かに及ばない。
しかし、癌は生活習慣などを改善をしたり、治療に力を入れれば生存率も高くなる。
熱中症を逃れるにはエアコンしかないが、それはまた温暖化を進めて犠牲者を増やすことになる。

そして、今回のネパールの大水害は氷床の崩落が温暖化によるものと推定されているが、その死者は1000人を超え行方不明者をいれると1万人を超えるとされている
地震や津波などは人間がどうやっても防ぎようにないものだが、人間の活動によって引き起こされていて、対策として可能なものなのだ。
しかも、トランプ率いるアメリカはパリ協定からも離脱して温暖化を加速させている。
アメリカは堂々と温暖化戦争を戦っているのだが、日本なども暮らしを豊かにするという名目で同じように温暖化戦争に暗黙で参戦している。
殺戮兵器で戦った世界大戦も自国民の幸福を思って戦争を行ったのと決定的な違いはない。
救いようがないのは、同じように一般市民を犠牲にしながら、殺戮意識を持たないと言うことだ。
今回のように石油などの化石燃料の恩恵をそれほど得ていない人々が犠牲になることも悲劇である。

我々はウクライナ戦争やイラン戦争を憂慮する前に、この自国の温暖化戦争を終わらせることにもっと力を注ぐべきなのだと思う。
殺戮兵器でしていた世界大戦当時も、戦いたくないと思っても戦わざるを得なかったように、現代の生活では化石燃料なしではまともな文明生活はできない。
通常の戦争は降伏や停戦で終わらせることが出来るが、温暖化戦争はそれさえできない。
考えてみれば核兵器による戦争の如く、人類滅亡の可能性を秘めた戦争なのに、その危機感があまりにも少ないということだ。
そして核兵器と石油増産で人類の生殺与奪の権をアメリカが握って横暴に振る舞っていることに目をつぶっているのが現状だろう。
その安保条約の同盟関係で従属国としての日本は、一緒に戦うつもりでいるのだから同罪と思うしかないのかもしれない。

2026年8月29日土曜日

鳥取因幡路2026年夏~きらりの海鮮丼etc~

 毎週日曜は相変わらず家内とドライブして昼食をとっている。

ふたりとも平日にでも行けるようになったのだから、平日に行った方が空いているし、平日のみの安いメニューもある

だけど、結局日曜にじっと家に居ること自体が面白くないので、ドライブに出かけてしまう。

今回は朝に岡山の蒜山を特集した「小さな旅」を観たので、蒜山に行こうと思った。

毎年夏には避暑をかねて蒜山にそばを食べに行くのだが、今回は鳥取道を使って楽に行こうと思ったのだ。

ところが、鳥取道に上がるまでの国道373で初心者の車がいて速く進めなかったし、鳥取道でも車が多くて時間がかかった。

休憩と思っていた道の駅西いなば気楽里に着くころにはら11時になっていたので、そこで昼食を済ますことにしてしまった。


この道の駅はだいぶ以前から利用していたのだが、昼食メニューがイマイチのところがあった。

いつも利用している「きなんせ岩美」にある海陽亭の海鮮丼を食べてきたので少々不満気味であった。

ただし、岩美のほうは値段が上がったのに、内容が乏しくなってきたので最近は行かなくなっていた

新しくできた「道の駅ほうじょう」には6月頃に雨の中に寄ってみたが、利用者がいっぱいすぎて、食堂には入れず弁当を買って食べなくてはならなかった

今回も寄ってみようと思ってはいたのだが、「気楽里」の食堂が時間的に空いていたので収まってしまった。

あまり内容は期待していなかったのだが、メニューが大きく変わっていて、海鮮丼が岩美より安くて美味しそうだった。

そこで家内と一緒に1700円の海鮮丼を注文することにした。


テーブルが多くて、お客さんが多いので注文してから時間が多くかかった。

ウエイターやウエイトレスは若い人が多くて、女性は研修のアジア系の外国人であった

しばらくして持ってきてくれた海鮮丼は、かにの甲羅にワサビとかに味噌を載せて、かにの小さな爪も添えてくれていた。

海陽亭でも以前はそうしてくれていたのだが、最近はついていなかったので二人で喜んだ。

海陽亭では地元で朝に獲れた海産物という触れ込みだけ合って、確かに新鮮で独特の種類の魚介類で美味しいのだが値段が1000円ほど高い。

普段は回転寿司で満足している夫婦にとって、オーソドックスな刺身ののる「気楽里」食堂の海鮮丼で充分なのである。

それでも、地元の白いかの醤油漬けはついていた。

家内と「美味しいね」と言いつつ私は先に平らげてしまった。

いつもは海鮮丼を残すことがない家内も、ここの海鮮丼はご飯の量が多かったらしく、少し残したので私が手伝った。


道の駅の売店にも立ち寄ったが、岩美の道の駅のように魚は本格的ではないが、以前よりは品数が増えている。

野菜にしても土産物にしても、やはり見劣りすることは否めない。

ただ、店内で軽く食べられるものが売ってあって、自由に座れるテーブルの用意されてあるので、小規模なフードコートのようになっているの利用しやすいと思う。

入り口には足湯もあるし、駐車場の北側には子供が遊べるビニールプールも用意してくれている。

子供を連れた家族連れにはゆっくりと過ごせる道の駅になっているように思えた。

ただ、私ら老夫婦がゆっくり過ごすには物足りなさを感じた。


当初の計画では蒜山まで行く予定だったが、道の駅西いなば気楽里から下道を引っ返して帰ることにした。

自動車道からの景色は面白みがないのだが、国道9号線の下道は海岸沿いにあって景色は抜群だ。

前回来た時は海が荒れていて、サーファーがいっぱい海で楽しんでいた。

今回はそれほどの波がないし熱いので、サーファーは殆ど見かけなかった。

そして、たまに釣りをする人や、海水浴をする人などを白兎海岸で見かけたが、あまり人はいなかった。

酷暑では海岸に出る気がしなくて当たり前のように思えた。


来る時に入道雲が見えていたのだが、家内は日本海の上の雲だと言ったが、実は日本海には雲がかかっていない。

とすると、智頭あたりで曇っていたのが、ちょうど入道雲の真下だったことになる。

必ずしも入道雲の真下では雨が降っているとは限らないなと家内と話した。

そして、海岸線からいつものように29号線の山道に向かう。

目指すは若桜の道の駅である。

今回は珍しく若桜鉄道の列車と並行して走ることになって楽しむことが出来た。

道の駅若桜では毎回大山乳業の牛乳モナカを一つ買って、二人で食べている。

一つずつ買わないのは値段が高いのと、家内には量が少し多いからだ。

地元のスーパーにも置いてあるしそちらの方が安いのだが、ドライブの途中で食べるのが美味しい。

しかも、家内の好きな小豆入りは地元では売っていない。

今までは車の中でドライブしながら食べていたが、店の縁台で食べ始めて、前回からは暑いのでエアコンのついたベンチのある観光案内室で食べている。


若桜からいよいよ山越えで、急な坂道となるし、ラジオやネットも使えなくなる。

途中にある新戸倉トンネルでは、気温が下がって24℃にもなり、下界とは10度近く違う。

窓を開けて冷気を入れたりするが、トンネルを抜けると徐々に暑くなっていく。

音水湖は前回来た時はカヌーマラソンのイベントで賑やかだったが、今回はかなり水位が落ちてささやかにSUPで楽しんでいる人がいるだけだ。

そのうち雨が降ってきて、やはり入道雲が峠の山の上にあったことが証明された。

久しぶりの雨で喜んだが、波賀町の町に入ってくる頃は止んできて、やがて山崎付近では晴れ渡っていた。

峠の山沿いでは雨がそこそこ降っているようで、農作物も生き生きとしていたが、やがて平地になると干からびているのも目についた。

上郡の家に帰ってきたのは夕方の4時前で、高い太陽の灼熱の現実の前に急いで家のエアコンで涼まねばならなかった。


今回のドライブは安くて美味しい海鮮丼と日本海、そして峠の久々の涼しい風と雨であった。

泊まりがけで遠くまで行くことがない二人にとっては、良い気晴らしドライブになった。

今の乗っているシエンタはこういう道では20km/L位なので、300kmほど走ってもガソリン15Lで2500円程度である。

これを電車とバスを使えば二人で優に1万円は超えるだろう。

少々高い昼食をしてリッチな気分にさせてくれる一日旅である。