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2018年12月11日火曜日

お墓に納骨

義父が亡くなって1年が経ち、一周忌の法事が営まれ、墓への納骨も行われた。
これまであまり気にしていなかったのだが、集まってくる親戚は殆ど県外である。
我が家の3人と、一人暮らしの義母を除いて、広島と千葉、奈良、そして娘の香川ということになる。
家内の両親は広島県の出身なので、親戚の殆どは広島県である。
葬式の時には近所の人も来てくれていたので、あまり感じなかったのだが、考えてみれば49日、初盆も県外が殆どだった。
新幹線や車を使って遠くからわざわざ来ていただいている。
自分の父親の法事では、赤穂の親戚が中心となるので、その違いを改めて感じた。

相生は造船所に勤める人の関係で、方々から移り住んだ人が多い。
その中には朝鮮半島から渡ってきた人もいる。
今回も墓地に設置されていた朝鮮半島から来てなくなった人の慰霊堂を改めて知った。
義母の葬式の時も、行い方が赤穂や上郡とは違い近所の人との関わりが薄いとは感じていた。
実は私の母も祖母も相生で長く暮らしていた。
私の父親は相生の造船所に勤めていたので、相生とは関わりが深い。
自分自身も相生には仲の良い同級生がいたし、今もその同級生に歯を治療してもらっている。
それほど関わりがあっても、相生での様子を知らずにいた。

義母の思いもあって、相生の墓地に墓を建てて義父の納骨を行った。
山の上の墓地には立派な墓がたくさん建ち並んでいた。
ただ、跡継ぎの息子夫婦が千葉にいて、将来この墓を管理することはできない。
おそらく家内がすることになるだろう。
法事の時にお坊さんと話をしていて、お寺に残された江戸時代の墓を整理した話を聞いた。
古いお寺では、お墓を管理する人がいなくなって、お寺で整理せねばならないようだ。
墓を造りたいという気持ちはよく分かる。
私の住む村の共同墓地でも無縁墓が多くて、それをどうするか困っているそうだ。
この地で頑張って生きて、その生きた証を残してあげたい。
しかし、現代では同じ土地に留まって、家を守り続けることはかなり難しい。
赤穂に生まれながら、上郡に暮らす私とて同じような立場である。

昔ながら一部の特権階層しか建てられなかった石墓を、一般庶民も建てられるようになったのは良いことかもしれない。
しかし、現代はその特権階層だった人でも、墓を守り続けることは難しい。
「人間到る処青山あり」とする現代は、後生に残す石墓はふさわしくないのかも知れない。
むしろ、生まれ変わりをの思想をもって、お寺の納骨堂に納めてもらうか、山野河海に散骨された方が良いようにも思える。






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