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2019年10月29日火曜日

病院から見る赤穂の景色

母親が入院して、病状から個室に入ることになった。
私は、金曜日の夜に仕事から帰るなり、寝袋を持って病院に駆けつけた。
横になっても眠ることは出来ず、うとうとしては何度も起きた。
朝になって、朝日が周りの景色を赤く染めながら、浮き立たせてくれた。
部屋は5階にあって南向きである。
残念ながら川や海は見えないのだが、子供の頃から見慣れている、西の方の山の景色が見える。
赤穂から見える西の方の山は、なだらかである。
どうも古代のカルデラの外輪山の後らしいのだが、今思えば赤穂以外のところにはあまりない景色だった。

山は変わらないのだが、市街地の南側はずいぶんと変わったと思う。
そもそもこの病院自体ここには無かった。
一番目立つのは関西電力火力発電所の白い煙突。
西の方に総合体育館や運動場。
そして、南にはショッピングセンター。
工場や牧場があった河口付近の地域には、高層の住宅も建てられた。
ずっと赤穂に住み続けてきたわけではないが、その変化を見続けてきた。
私は60歳なので、半世紀以上の移り変わりを見てきたことになる。
おそらく今住んでいる上郡の高田地区は、半世紀でこれほどの変化はなかっただろう。
それが赤穂と上郡の違いなのだろうと思う。
赤穂の実家も手入れがいかなくて、庭も荒れ放題になっている。
近所の知った人は高齢化する一方で、話をしたことのない若い人もいっぱい住んでいる。
たまたま何年かぶりに出会った従兄弟の変貌ぶりにただ驚くばかりである。
おそらく自分も変貌していて、従兄弟もそう感じたであろう。

久しぶりに病室の窓から赤穂の景色を眺めながら、時代が流れていったことを感じざるを得なかった。
そして、病室に横たわっている母親にも、かつては若くて元気な時代があったことも思いだした。
今の母親からは、以前の容貌を伺うことが出来ないが・・・
病院に入院していいる赤穂に縁のある高齢の人は、窓の景色から昔を思い出しながら過ごしているのだろうと思う。
元気で若い頃のことを思い出させてくれるのも、治療の一つになっているのかも知れない。


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