山間部の高校生は男子も女子も、授業前後や廊下で親しく話しかけてくれる。
都市部の高校生は男子に関しては、話しかけてくれることもあるが、女子はきちっと挨拶をしてくれるが話しかけてはくれない。
用も無いのにこちらから馴れ馴れしく話しかけるわけにもいかない。
ただ、そのかわり都市部の生徒は、職員室の前の廊下であったりすると、たまに微笑みかけてくれる生徒もいる。
すると、こちらもちょっとした言葉を投げかけることもできる。
この年齢になると、店員や仕事上の知人で無い限り、女性から微笑みかけられることはまずない。
ましてや若い女性からは皆無と言って良いだろう。
それどころか、行き交う人の視線さえ感じることはまず無い。
それは私が人相が悪いからかもしれないが、若い頃は少しは視線を感じたこともあった。
白髪の髭を生やした老人はいくらお洒落しても、若い女性の眼中にはないことはよく分かる。
そういう老教師にでも微笑んでくれるのが、女子高校生だ。
気の重い仕事をしていても、そうした何気ない頬笑みでずいぶんと救われるということを最近感じた。
担任やクラブの顧問をしていた頃は、生徒とは親密に関わらざるを得ないので、真顔で接する機会の方が男女とも多かったと思う。
こうして、非常勤講師として接する機会の少ない老教師にとっては、そういう少ない生徒との関わりがやりがいを生んでくれる。
当然、そのやりがいだけで仕事が続けられるわけでは無いのだが、心に潤いを与えて少しでも頑張ろうと思える。
やりがい搾取を受けている身分でも、生徒からはこうしてお返しをもらっていると思わざるを得ない。
山間部の生徒とは常勤で勤めていた頃と変わらなく接することができるのも魅力でもある。
そういう魅力がありながら、片道約50kmで一時間もかかる通勤は非常勤講師には大きすぎる負担だ。
そして、何よりもⅠクラスしか無いので、非常勤講師には授業準備が大きな負担となる。
この年齢でやりがいを感じさせてくれる学校なのだが、その代償となる負担が続ける自信を失わせている。
私は得られる報酬だけで働いてはいないし、やりがいで搾取されているとばかり感じてはいない。
年金だけで十分暮らしていけるのに、非常勤講師を続ける教師も同じ気持ちだと思う。
私はこの都市部の学校では、模擬試験も受けない科目を担当していて、生徒のモチベーションも低い。
だから、少しでも関わりを持ちたいと思うのだが、山間部ほどは上手くいっていない。
そんな中で、仕事を続けられる大きなやりがいとして、こういう生徒の微笑みがあったのだと改めて感じた。
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