ページ

2023年12月25日月曜日

村の真のアナキスト?

 アナキストと言えば、革命家とかテロリストのように思えるのだが、ここでいうアナキストは国家や宗教の権威による政治的支配を否定、または恩恵を拒んだ人という意味である。

もう。その人は亡くなってしまい、住んでいた家(土地は借地)は更地になった後、草だらけになっている。

もともと、その人はこの村で生まれたのではなく、親戚を頼って都会から移り住んで、しばらくはクリーニング屋をしていたという。

私がこの村に移り住んできた頃は、もう店も廃業して、色々とアルバイトをして暮らしていた。

頼った親戚も村を去ってしまって、もう親しい縁者は誰もいなくなってしまっていた。

このKさんとは、村の行事や仕事で会うとよく話をしたし、普段でも道で会うと声を掛け合う仲だった。

Kさんは年老いて、非常に貧しい生活をしていたので、一度だけ生活保護を受けたらと進言したことがある。

しかし、彼は貯金があるからと言って拒んだが、受けることを恥のように考えているようだった。

身なりもみすぼらしく、悪臭も放っていたKさんだが、Kさんなりにプライドを持っていた。


年老いて、出来る仕事も減ってしまい、車も維持できなくて、健康目的もかねて遠くまで歩くのを日課としていた。

一人暮らしのKさんは、村では隣保長はできないからとそのかわりに、公園の管理の仕事を毎年引き受けて、行事には熱心に取り組んでいた。

村作業でも、人一倍動くし、無理して高い草刈り機なども買って持っていた。

そんな元気だったKさんも、心臓の病気を患ってしまった。

ちゃんとした治療もあまり受けてないようで、見てからも症状が重いということが分かったが、家に居続けていた。

民生委員の人もKさんを気にかけて、定期的に訪ねていって、病院にも連れて行ってあげていた。

その民生委員の人がある朝訪ねていったら、Kさんはすでに亡くなっていた。


普通なら、村の人が葬式を手伝うだが、近くにいた兄弟は、本人とも関係を殆ど持っていなかったようで、直葬で済ませてしまった。

残ったのは、足の踏み場も無いゴミ屋敷だけと思ったら、Kさんは貰えるはずの年金が300万円も残っていたという。

身寄りの人は、そのお金を使う形で町に依頼して、その家を片付けて貰い更地にして、土地を地主に返したのであった。

Kさんがなぜ貰えるはずの年金を貰っていなかったのか、理由は分からない。

単に手続きが面倒でしなかっただけかもしれない。


生活保護も受けず、年金も貰わずに暮らしていたKさんが亡くなった年齢は74歳だった。

村では60歳にも達せず、自分で年金を使わずに亡くなった人は何人もいる。

その人たちの多くは、立派な持ち家に住み、しっかり収入を得ていた人たちだ。

私と同じ教師でも、年金を自分で貰わなかった人や、もらい始めてすぐに亡くなった人を何人も知っている。

年金も生活保護も受けずに暮らしたKさんは、その人たちよりもよほど長生きしたと言える。

男性の平均寿命に比べて74歳は長生きとは言えないが、私の父が77歳で亡くなったので、それより3歳若いだけだ。


かつてはクリーニング屋に雇われて技術を身につけ独立した後は、貧しいながら自由に生きてきたのがKさんだ。

民生委員の人以外は、誰の世話にもならず、迷惑もかけずにみんなと普通に暮らしていたKさんこそ真のアナキストと言えるのかもしれない。

ただ、Kさんは国家の支配を拒んだのでは無く、単に無関心だっただけかもしれないが、恩恵を拒んだことも確かだ。

国立大学に勤めながらアナキシズムを唱えて本を出版し印税を稼ぐ学者と、どちらがアナキストらしいのだろう?

Kさんはかつて、自転車選手として活躍していたことを話してくれたことがある。

きっと、あの世では衣食住の憂いも無く、自由に自転車を乗り回しているだろう。

かく言う我々もあの世へ行けばアナキストでいられるはずだが、神の国や天国に行きたい人はなりたくもないだろうけれど・・・


0 件のコメント:

コメントを投稿