以前に「末期癌のお坊さんから学んだこと」(投稿: 編集 (blogger.com)で、末期癌のお坊さんについて書いたことがある。
そのお坊さんは義父の3回忌にはもう亡くなっておられて、息子さんが代わりに勤めてくれた。
その時書いたブログには、教え子の医者から「癌であることは幸せだ」とお坊さんが言われたということはあえて書かなかった。
自分には癌であることの幸せが分からなく、恩師であるお坊さんに気を遣って教え子の医者が慰めたと思っていた。
しかし、自分の父母が認知症を患い、現在は義母も認知症を患っている。
特に、母の認知症は酷くて、弄便することで施設の人に迷惑をかけたし、認知症の悲惨さを思い知った。
私は尊厳を失ってしまった父母の死に方を、何とか避けられないかと思い続けていた。
そして現在の義母の認知症をまたもや間近にして、お坊さんが言われた「癌であることは幸せ」が理解できるようになった気がする。
人によって違うのだろうが、80歳前後になると認知症になって当たり前になってしまう。
身体よりも先に脳の老化が進んでしまうようだ。
若年性の認知症もあるし、90歳でも頭脳明晰な人もいるから、年齢の問題だけではないとは思う。
私の母の姉は認知症になるのを懼れてずっと専門の医者にかかったりしていたので、認知症は患っていないが身体の老化が進み寝たきりになっている。
私が知った人の中で、元気でしっかりしていた人が知らぬ間に眠ったように亡くなった例は一人しかいない。
その人は腰が曲がっていても、洗濯は洗濯機を使わずタライで自分でしていた。
こういう人は本当に希有な存在であろう。
ただ、癌で早死にしてしまうのは、本人も家族も耐えがたく哀しいことだと思う。
何度も書いてきたように、定年前後に膵臓癌で亡くなってしまった人が、「癌であることは幸せ」など感じることなど無かったとは思う。
お坊さんの教え子の医者は、当然年齢(70歳半ば)を考慮して言ったものだと思う。
80歳以上になってくると、認知症を患って哀れな死に方をしてしまうことがある。
それよりは、死を覚悟して今を精一杯生き、頭もしっかりした状態で死んでいける。
それは、自分の尊厳を失わずに死ねるから幸せなのだということだろう。
私の父母も、義父母も認知症の親を介護した経験が無い。
母も義母も夫が認知症になった経験がありながら、自分が認知症になることを心配していた様子は無かった。
それは父は過度な飲酒や熱中症が原因の脳梗塞、義父は怪我による脳出血という原因との関連性があって、単に高齢による認知症では無かったからだと思う。
無茶な生活や怪我をせず普通に暮らしていても、高齢によって認知症を患ってしまう懼れを抱いていなかったのだ。
おそらく、認知症の介護の経験のない人の大半は同じだろう。
年老いて癌で死ぬことが幸せとは決して思わないだろう。
しかし、私は年老いて眠ったように死ねないのなら、癌で死んだ方が幸せなように今は思える。
事故災害、心臓発作、大動脈解離、脳溢血、脳梗塞などの突然死よりも、自分も周りも死に対する準備ができる。
また、認知症で行方不明の人が年間二万人もいるそうだが、普通に葬式も上げてもらえない、上げてあげられないことの哀れさを感じざるを得ない。
象は死ぬまで元気で活動して、ぽっくり死んでいくそうだ。
昔の多くの人もそうだったのかもしれない。
ただ、民族誌では認知症を患った老婆をいきなり斧で殺したりした例も報告されている。
また、北極圏の狩猟採集民は他の家族に負担と思ったら、そんなに高齢でなくても死を選ぶようだ。
姥捨山の伝説も全くの作り話とは言えないだろう。
民俗誌の中では、老夫婦が山小屋に隠ったことは普通に書かれているが、ポツンと一軒家に夫婦だけとか一人暮らしもそれに準ずるように思える。
この問題は長寿を得たホモ・サピエンスの宿命でもある。
高齢者にとって癌での死は、ホモ・サピエンスに与えられた幸せな死の一つなのかもしれない。
ただし、痛みを軽減する麻薬(モルヒネ)や薬が使えるということが前提だが・・・・
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