先日家内に頼まれて、勤めている学童の教室に家内が依頼されて買ってきた大量のおやつを運び込んだ。
教室の一室に、低い長机をたくさん並べて、40人ほどが学習したり、テレビを見たりするという。
児童達は胡座をかいたり、正座したりするが、足を伸ばすと前の人にあたって喧嘩になってしまうそうだ。
思い出したのは私が小学生の頃に通っていたそろばん塾だった。
家の近くに地域の集会所を借りて開かれたそのそろばん塾に、火・木・土の夕方通っていた。
合格した級によって時間帯が変わり、高い級になると時間が遅くなった。
そこには木製の低い長机があって、いつも正座してそろばんをはじいていた。
1時間近く正座するので、終わる頃には足が痺れてしまい、いつも立ち上がるにも苦労していた。
正座が何よりも苦痛だったが、隣の人との間は肘があたらないように広めにとられていた。
学童ではそんな余裕さえ無いようだ。
55年くらい前と同じ状況が、現代でも存在することに呆れるしか無かった。
家内に聞くと、狭い方が暴れずに済んで良いのだそうだ。
元気な児童を温和しくするには狭いところに閉じ込めるのが一番と言うことだ。
学年も異なる40人を3人の職員で面倒見るのだからやむを得ないのだろう。
私が特別支援学校で指導していたのは、学童より少し狭い部屋で児童や生徒は4~5人ほどで教師も3人ほどついていた。
よく、特別支援学校の児童・生徒の一人あたりの経費を事務長から言われたが、20年前当時で年間700万円ほどかかっていた。
また、放課後デイサービスも充実していて、多く利用されていた。
はたして、学童一人あたりの経費はいくらかかっているか、ネットで調べたら東京の中間帯で年間6万円の税負担だそうだ。
放課後の子どもの面倒は親が見るという考えで行くと、こういうことになるのだろう。
学童に来る児童は必ずしも貧しい家庭では無い。
両親が教員であったり、公務員や病院、施設関連とかで働いている人もけっこういる。
問題なのは高学年になると塾へ行ったりするのでやめていく児童と、そのまま残ってしまう児童がいることだ。
そこで明らかに学力の差がついてしまう。
学童でも職員が勉強をする手助けをするが、塾のようにはいかない。
そろばん塾はせいぜい1時間だが、学童は普段は3時間ほどだが、長期休暇になると長いと9時間にもなる。
これが先進国日本の実情だとしたら本当に憂うべき実態だ。
老人や障害者を手厚くするのは選挙権や支援団体の影響が大きいだろう。
学童の保護者は人数の少なさや、そういう組織力をもつことができずらいので、改善できないのだろうか。
これから社会を担うべき人材の育成が、このようであって良いのだろうか。
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