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2026年3月4日水曜日

エマニュエル・トッドの核兵器保有論への反論

 トッドはいろんなところで、日本に核兵器保有を勧めている。

私は絶対アメリカが許さないと思っているが、日本人は単に広島・長崎の桎梏に囚われず現実を直視する必要もあると思う。

私は戦争の原因であるエネルギーや食料問題さえ克服できれば、核兵器保有は必要ないと思っているが、今の世界では現実的には不可能である。

だから、トッド*1の訴えることにしっかりと向き合って考えねばならないと思う。

まず、「核の傘は無意味」というのは、「使用すれば自国も核攻撃を受けるリスクのある核兵器は、原理的に他国のためには使えない」ということだ[E,トッド2025:31]

ということは、日本に持ち込んでいる核兵器は日本を守るためのものではなく、日本を含む核兵器を持っていない国に脅威を与えるためのものである。

それを日本国民は勘違いしているのであるが、アメリカ本土では禁止されている戦闘機の居住地の上空飛行を沖縄では平然とやっていることと同じである。


次のトッドの言葉は重要である。


核兵器に関して一つの歴史的教訓があります。「核戦争のリスクは〝不均衡〟から生まれる」です。一九四五年の状況がまさにそうで、世界で米国だけが核を保有していたために、広島と長崎でこれを使用できたのです[E,トッド2025:191]


今回、イランを攻撃できても、北朝鮮を攻撃できないことからも分かるように、核兵器を保有している国は攻撃できない。

それは、北朝鮮がアメリカを核攻撃できるかどうかではなく、アメリカの従属国の日本や韓国への核攻撃を招いてしまうからだ。

そして、核の不均衡が生じている東アジアと中東だけが地域的に緊張が高まっており、むしろインドとパキスタンは核を持つことによって大きな戦争になっていない[前掲書:192]

逆に言えば、緊張を高めるには不均衡を作り出しておけば良いのだ。

中東ではイスラエルだけに、東アジアでは北朝鮮に核の保有を認めておけば、緊張は高められ、アメリカの存在価値が高まり基軸通貨のドルは揺るぎない。

だから、横暴なアメリカに頼らなくて済むように日本は核を持つべきだと言うことになる。


しかし、重要なことはアメリカが広島・長崎に原爆投下できたのは、真珠湾の奇襲攻撃だけでなく、中国や東南アジアにおける戦争犯罪があったからだ。

現在でもウクライナはロシアに核兵器を使わせないように攻撃を慎重に行っている。

イランもアメリカやイスラエルに核兵器を使わせない方法で今後戦っていくだろう。

核兵器を保有する国にその使用が許されるような口実を与えなければ良いのだ。

ということは、平和憲法を守り、相手に核攻撃されないだけの平和外交を行っておれば、アメリカの核兵器を持ち込ませる必要ない。

高市総理のように台湾有事にはアメリカと一緒に戦うと宣言するのは自殺行為だ。

ただ、ロシアのように核兵器で脅してきて、通常兵器で戦ってくるケースもあるから、それに対抗できるだけの自衛隊は必要だろう。

トッドはユダヤ人の血を引いているので、不条理な力にはそれに対抗する力が必要と思って当然だとは思う。

しかし、東アジアには儒教という道徳が根付いており、護身用に銃を所有することが許されていない地域だ。

トッドが宗教ゼロの「戦争のための戦争」となるニヒリズムは支配的では無いと思う。

日本人は誇りと勇気を持って、平和憲法を守り、核兵器は持つべきでは無い。


*1 エマニュエル・トッド 2025『西洋の敗北と日本の選択』文藝春秋[E,トッド2025]

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