ダニエル・Z・リーハーマン、マイケル・E・ロングはその著『もっと!―愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』(梅田智世訳 2020 合同出版)の中で次のように述べている。
ストレスは人間の健康に良いものではない。それどころか、ストレスは人を殺す。ストレスは心臓病、睡眠障害、消化不良、免疫系の不具合などの発生率を高める。うつの引き金にもなり、その結果、エネルギーや意欲が低下したり、無力感にさいなまれたり、死について繰り返し考えたり、単純にあきらめてしまったりする。それはどれも、生存を妨げる方向に作用する[前掲書:264]。
私は大学で文化人類学を学び始めて、最初に興味をそそられたのは、呪術(magc)だが、特に近代社会では失われてしまった邪術(sorcery)に関しては特にそうだった。
日本では藁人形を使って憎い相手を呪い殺したことは知られているが、それはテレビや映画で観るドラマの世界であり、「生き霊」での呪い殺しは古典での世界と思っている。
ただ、大学時代から村落調査で通っていた奄美では、当時はカミンチュウ(神人)やユタと呼ばれる女性には相手をクチと呼ばれる呪いの特別な能力があると信じられていた。
また、若い人でもケンムンと呼ばれる霊的な存在を信じている人が多くて、例えば海で亡くなった人を引き上げた人が亡くなったことなどをケンムンと結びつけたりしていた。
半世紀ほど前の調査当時のお年寄りは、生き霊や死霊としてのマブリの存在を信じている人や知識としてもっている人が殆どだった。
本土の人間も死霊に関しては、幽霊話として語り継がれてきており、交通事故や災害で亡くなった人と遭遇する霊体験の話に事欠かないでいる。
ただ、孤独死なども増え、葬式や年忌なども簡素化され、死者の霊に対する関わり方は希薄になってきている。
死の原因も医学的に説明されて、その死因に至る仕事ぶりや暮らし方を関連付けることが殆どである。
しかし、私は学校教師を早期退職した理由としては、現役教師が膵臓癌や心筋梗塞で亡くなる人を身近にいたことだ。
その多くが仕事熱心で、責任ある立場にあった人が殆どだった。
やりがいのある仕事や大きな責任を伴う仕事は、ストレスを意識できる状況で無いことが多い。
実際はプレッシャーなどもあって、かなりのストレスが身体にはかかっているはずなのだが、それを自覚できない場合が多い。
私もそういう状況にあって、そのストレスは飲酒や好きな食事をすることで誤魔化していた。
その結果が自律神経失調症だったり、糖尿病だった。
私は転勤をしてそういうストレスの多い職場から離れることが出来たが、そうで無い人の何人かが現役で亡くなっていったと思う。
仕事の上でのストレスだけで無く、家庭での夫婦や親子の不和が原因のストレスで膵臓癌で亡くなった人も身近に何人か知っている。
ある知人は夫婦別居状態にあって、その孤独を紛らすために外で飲み、酔いを車で冷まして明け方に帰ってきて出勤する生活から膵臓癌になって定年前に亡くなった。
私の父はストレスを解消するのに酒に頼り、休日は朝から焼酎を飲んでいた。
一升の焼酎を三日ほどで空けてしまうほどのアルコール依存症となり、脳梗塞を起こしてしまった。
退職後にアルコールを減らした後も、熱中症を起こす無理な農作業で脳梗塞を悪化させて、アルツハイマー症になってしまった。
酒が原因だと分かっていた父は、子ども達家族と一緒に飲食する席では、息子である私たちに「酒を飲むな」と言い続けていた。
しかし、父同様にストレスを酒で紛らせていた四人兄弟は、難病を抱えた一人を除いて飲み続けている。
一般に狩猟採集民はストレスを酒で解消することはほとんど無い。
しかし、一日の狩猟採集に5時間ほどしかかけず、家族や仲間とおしゃべりをして過ごしている。
また、大きな獲物がとれた時は。みんなで食べ尽くすまで、歌って踊っては腹を空かして食べるの繰り返しだった。
ただ、狩猟採集民もビンロウジ((檳榔子)が鎮痛剤や興奮剤として用いられていたほか、幻覚作用のある植物などを使っていたことは確かなようだ。
農耕が始まってからの薬物やアルコールへの依存に比べたら、程度は軽いものだったようだ。
砂糖栽培で黒人奴隷を働かせるのにラム酒が使われたことは有名だが、黒糖生産を行っていた奄美の人の焼酎好きもよく知られている。
肉体労働と飲酒がセットになっている場合はましなところもあるが、デスクワークのサラリーマンが飲酒や喫煙しかストレスを解消できなければ深刻になる。
医者は病気の原因である飲酒や喫煙を強く薦めるが、それに頼るストレスをどう解消するかは患者に任せている。
私は友人の医師から断酒を強く求められて、あえて断酒したら自律神経失調症になってしまった経験がある。
ストレスを解消する方法を身につけるまでに断酒や禁煙をしてしまうと、別の健康被害に遭うことになる。
心身の障害や病死の真の原因は飲酒や喫煙で無くてストレスであるのだが、現代社会の中で生きていくためには簡単には避けられない。
ストレスを解消するには多くの費用や時間の余裕が必要となり、特に子育てをしている現役世代には難しい。
かつて、医学が発達していなかった時代や地域では、呪いが死因となったように、医学が発達した現代社会はストレスが死因となっている。
アメリカでは医療もまともに受けられず、自殺に追い込まれる人が多いと言われている。
これは医者が治せるものではなく、それが神のように振る舞うトランプ大統領のような独裁者を創り上げているのかもしれない。