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2026年9月30日水曜日

老僕は死なず、ただ増えゆくのみ

 我々の世代は交通戦争を生き抜き、受験戦争にも生き延びてきた。

「戦争を知らない子ども」は、当時のベトナム戦争の反戦歌として歌われたが、この歌が流行した1970年は交通事故死15,801人、負傷者981,096人という交通戦争の戦時下にあった。

また、1972年にリリースされた井上陽水の「傘がない」で若者の自殺が歌われているが、その年の自殺者の総数は18,015人である。

ちなみに1970年の殺人による死者数は3,378人である。

2023年当時のパレスティナのガザ地区の戦争による死者が2万人だという。

人口あたりとしては、確かに日本の当時の死者数の方が割合として少ない。

しかし、殺戮兵器が用いられず、しかも平和と感じて生活していた人が、これだけ無残な死に方をしていたのだ。

当時から現在にかけて、資本主義社会における流血戦争とは違う、住民のなかで起こる戦争を戦争としての認識はしてこなかった。

海外で起こる流血戦争をテレビや映画を見ながら、日本は平和であり、戦争はしてはいけないと誰もが言ってきた。

しかし、身近に起こっている住民の中の戦争を止めようとしなかった。

それは自分は加害者になる可能性もあったが、社会に取り残されずに成功者になって勝ち組として生き残ることに励んだ。


こういう戦時下にあって、生き延びた世代として65歳以上の人口が3割に達しようとしている。

退職して老後は子や孫とのんびり暮らして行きたいと思っていたが、その子や孫はそばには既にいなかった。

そのかわり自分の親は施設に預けることができるようになっていた。

今日の特売の火曜市では限定200個のふだんより100円安い卵を求めて老夫婦が殺到した。

雨が降ってコインランドリーがいっぱいとなって、おじいさんは順番待ちに置いてかれた。

来月から第三のビールが値上げだし、電気料金も上がるという。

年老いても、まだ生き残りのための住民としての闘いは続いている。

実際の太平洋戦争での流血戦争を経験した人の話はマスコミで取り上げて感動を呼ぶのだが、住民のなかの戦争を生き抜いた話は話題にもならない。

ただ、武井壮のNHKのファミリーヒストリーは、父親が金と女に狂って崩壊させられた家庭を生き抜いた戦士の感動をよぶ実話が放映された。

金の卵として集団就職という名の徴兵によって戦って成功しながら破滅した父親の物語でもあった。

世間の豊かさをよそに、懸命に生き抜いてきた武井壮の姿で生きていく力をもらった。


現代は交通事故死は減ったが、中高生が受験戦争などでの自殺者が増えているようだ。

社会に出て戦う前に、受験戦争や家庭問題、人間関係に苦しんで自ら命を絶っている若者が増えているらしい。

武井壮氏の生き様を中高生には知ってもらいたいと思うが、彼のように立派な戦士になる必要は無く、どんなに惨めでも生き抜いた姿だけ学んでほしい。

そして、自分たちは決して平和で豊かなな時代に生きているのではなく、生きるのに厳しい戦時下にあることに気づいてほしい。

これが資本主義の宿命と言ってしまえばおしまいなのだが、生き延びた我々老僕が若い人に残せるのはそういう教訓だけかもしれない。


参考文献

É,アリエズ&M,ラッツァラート 杉村昌昭、信友建志訳 2019  『戦争と資本―統合された世界資本主義とグローバルな内戦』 作品社 [ É,アリエズ&M,ラッツァラート2019(2016)]







2026年9月29日火曜日

イスラーム理解・その3~金融戦争に対抗する無利子銀行

 このところ、日本国債の金利の問題が毎日のようにニュースとなって流されている。

これは為替レートでの円の価格にも大きく影響するし、個人としては住宅のローン金利にも関わってくる重大な関心事だ。

これまでは低金利どころか、マイナス金利と言うことで、多くの日本国民は利子を当てにして暮らすことはなかったし、住宅ローンの負担も比較的少なくて済んだ。

しかし、円安となってしまい、外国からの輸入が増えている日本では物価やガソリン、電気代などが上がって生活を圧迫している。

要するに、金利をめぐる国際的な攻防、いわゆる金融戦争の戦時下にある我々の社会は、つねにそのリスクを負って生活している。

そして、政府はNISAを通して株への投資を呼びかけていて、NHKなどのマスメディアでも子供のこういう金融への教育を大きく取り上げている。


私たちの世代は額に汗して物を作ったり、人にサービスしてお金を稼ぐことが一番尊いことだと教えられてきた。

しかし、今は小学生にも金を活用して儲けることを学ばせる。

NHKテレビでは円安だから、外国で稼いでその金を元手に日本で楽に仕事するというような映像が流れた。

一方Youtubeではオーストラリアの現地の人が、物価や時給が上がりすぎて、発展途上国の低賃金労働者の影響で社会が混乱していることを述べていた。

その発展途上国では多くの借金をして出稼ぎに来ているのが特徴となっている。

この配信者は日本も同じようになることを危惧して動画を流してくれたのだった。

現実的に日本にやってくる発展途上国の労働者の殆どが負債を抱えていて、その返済のために場合によって犯罪を犯したりしている。

これこそ、為替レートの違いを利用した国際的な金融戦争の実態であり、そういう金融の抱えている裏の面をマスコミは報道しないのは国民を欺いている。


こういう資本主義国の金融戦争の一方で、独自の経済を築いているのがイスラーム経済である。

その事に関して分かり安く解説してくれているのが、

長岡慎介*1の「未来をひらくイスラーム経済のつなぐ力―その思想と歴史から学ぶ」黒木英充・後藤絵美編 2023 『イスラーム信頼学へのいざない』  東京大学出版会


であり目次は以下のようになっている

はじめに  99 1 金儲けを肯定する経済思想  99 2 商売に埋め込まれたイスラーム経済のしくみ 102 3 イスラーム経済の「つなぐ力」 105 4 現代世界に復活したイスラーム経済 108 5 イスラーム経済とポスト資本主義 111


イスラーム経済は決して金儲けを否定しているわけではなくて、その事業に加わることなく、金を投資してその利子だけを得ることを禁じている。

この書にはそのイスラームの商売や銀行を分かり易く図解して説明してくれているので是非読んで欲しい。

そして、彼が一番訴えているポスト資本主義として次のように述べている

一見すると、このしくみは、これまでのクラウドファンディングと同じように見えます。しかし、商売目的のものと社会貢献目的のものを明確に区別するこれまでのクラウドファンディングと異なり、イスラーム型クラウドファンディングでは、人助けのアイデアのなかに必ず商売が入っているのです。それは、ワクフでは、商売からの儲けを使って困っている人たちのための施設を運営することになっているからです。そうした商売と人助けを融合するワクフの精神が、このイスラーム型クラウドファンディングにも息づいているのです。[前掲書:112]


小学生に金儲けだけ教えて、人助けを教えない学校は、下の下である。

NISAなどは銀行に頼るだけで、自分が投資しようとする企業の実態すら分からない。

企業の業績に関わらず、株価が上下することだけで利益が得られる今の金融戦争に生き残れる人材を、文科省は育成しようとしているというのだろうか?



*1 もっと詳しく解説してくれているのが長岡慎介  2024 『イスラームからお金を考える』   筑摩書房である




2026年9月27日日曜日

アメリカへの食糧依存と日本消費者の無抵抗

 農業経済学者の鈴木宣弘氏は日本の食糧問題をアメリカへの従属として危機意識を高めようという訴えを続けている*1

そもそも、日本は戦後まもなくアメリカからの食糧援助からその依存が始まった。

昭和21年から始まったGHQ(連合国軍総司令部)による米や小麦粉の放出、およびアメリカからの緊急輸入

ララ物資(LARA)は1946年に結成されたアジア救済日本委員会を通じ、アメリカ住民の善意や海外移住者(日系人)からの救援物資(小麦粉、脱脂粉乳など)

学校給食の再開は1947(昭和22)年から、アメリカの援助やララ物資による脱脂粉乳や小麦粉を活用し、全国の小学校で学校給食が部分的に再開・拡充された。

これは、「隠れた戦争経済としての食糧援助。それは貧困国が輸入食糧に依存するよう仕向ける [ É,アリエズ&M,ラッツァラート2019(2016)]:350」として現在もNGOでも行われている。

敗戦当時の日本は現在のアフリカのサヘル地域同様の飢餓状態にあって、アメリカの食糧援助という経済戦争の支配下にも陥ったのだった。

これ以来、日本人は食糧依存が継続し、グローバリゼーションでの食糧戦争でも抵抗を阻まれてきた。

またこの食糧援助は日本人の食生活を変革し、パンを中心とした欧米の食生活が広まっていった。

学校給食ではパンと牛乳が主であったが、やっと米食も取り入れられるようになった時には、パンを中心とした食事も根付いてしまっていた。


工業や金融では世界でも先進性の高い日本は、食糧に関しては第三世界並の貧困国である自覚がないのが悲劇でもある。

アメリカにとっては、日本の食糧の依存を維持さえしておけば、強い抵抗を受けることはない。

政府とJA、米農家はこういう日本国民の無自覚な食糧依存性を逆手にとって、アメリカに米作だけの特権を許してもらって国民を食い物にしてきた。

何度も繰り返すようにJAは圧力団体として自民党の政策を左右し、見返りとして政治献金と米農家の票を差し出してきた。

今回の米騒動も結局、闇の中で備蓄米が買い戻され、JAの思惑通り米価格は維持されようとしている。

これだけ国民を愚弄した政策を続けられても、生死に関わる食糧を依存してしまっている消費者は抵抗するすべを持たない。

以前から訴えているように、米の輸入も自由化する代わりに、補助金をアメリカに認めさせて、アメリカの米価並みの価格にすれば良い。

本当に安い米は東南アジアから経済支援のつもりで輸入して、困窮している日本の消費者がしっかり食べられるようにすべきである。

しばらくは、米農家の倒産、破産が続くかもしれないが、痛みをともなった改革はどの分野でも経験してきたはずだ。

そして、来るべき世界の食糧危機に備えた力強い農業を再建すべきだと思う。


今日(9/27)も、村の稲刈り時季に行う道作り作業を行ってきたが、銀行の利子以上の高い小作料をもらっている水田地主のために背負い草刈り機で汗を流した。

肝心の水田地主は高齢化でまともに道路や川の土手の斜面の草を刈ることも出来ない人が殆どだ。

人によっては、普段使わない高価なマキタの草刈り機のエンジンがかからないので、熊手を持ってきてぶらぶら歩いている始末である。

水田地主の殆どは肩掛けの2サイクルエンジンの草刈り機でガソリンの混合油なので、その混合油の支給はあるが、私のように4サイクルのガソリンに対して支給はない。

そもそも、水田地主は男性は稲作りで、女性が畑作りの感覚が残っているので、畑仕事をまともにしないし、水田も水管理以外には殆どしない人が多い。

そんな水田地帯の情けない状態を放置して良いはずが無いが、村にはJAに勤めている人が自治会を仕切ったりして改革は出来ない。

JA勤めでない村役を務めた人でも、自分の子供をJAに就職させたりするので、村の自治会とJAの関係は切れることはない。

JAは村の中心的な金融機関になっているが、有価証券の運用失敗で赤字に転落した一方で、米価の高騰や農機の取り扱いで大きな利益を上げた。

村は過疎化してJAは組合員や年金振り込み者も減っていずれ破産していくだろう。

要するに米農家を懐柔しながら食い物にして、米作関連の収益で生き残りを図っているだけだ。

現実の農村ではこのままいくと、高齢化が進んで道作りさえまともに出来なくなって、村人が協力する稲作も終わっていくだろう。

既に、小作料をもらうどころか無償、有償で自分の水田を大規模農家に任せなくてはならない水田地主も出てきているようだ。

何度も述べてきたが、日本の水田はアメリカのように大規模化は難しいし、粗放機械化農業は永続的な生産に反する。

専業農家を支援する体制を農村で維持して、食糧と環境を保全する政策を行うべきである。

それは消費者に現状を理解してもらい、協力してもらう必要がある。

今、日本農業を変革しなければ、来るべき食糧危機には多くの犠牲者を出すことにあるだろう。

その時、裕福な官僚と自民党の政治家や支持者はアメリカの食糧をまた援助してもらって生き残れると思っているのだろうか?



*1   鈴木宣弘 2013 『食の戦争―米国の罠に落ちる日本』  文藝春秋、鈴木宣弘 2025『食の属国日本―命を守る農業再生』   三和書籍

引用文献

É,アリエズ&M,ラッツァラート 杉村昌昭、信友建志訳 2019  『戦争と資本―統合された世界資本主義とグローバルな内戦』 作品社 [ É,アリエズ&M,ラッツァラート2019(2016)]

2026年9月26日土曜日

トランプアメリカの核とレアメタル・レアアース開発戦争

 トランプが「石油を掘って掘って掘りまくれ」と温暖化戦争を仕掛けていることは、すでに述べてきた。

その温暖化やイラン攻撃は結果的に利用されて原子力発電という核開発が見直されることとなった。

原発の廃止を目指していたドイツやイタリアも、化石燃料不足で高騰し原発利用を検討し始めたという。

そして何よりもトランプは日本の軽水炉の原発技術を用い、しかも日本からの巨額の投資によって、原発開発をしようとしている。 

この分野ではアメリカ独自で開発ができず、日本を関税で脅しながらうまく利用して、自国負担もなく利益を上げようとしている。

これは新時代の植民地政策のようにさえ思える。

温暖化戦争は核開発戦争を引き起こし、従属国を利用していこうとしているわけだ。


一方で、アメリカは中国に関税による貿易戦争では、レアメタルを人質にされて思うように戦えていない。

そこで、日本の鳥島のレアメタル開発に目をつけたようだ。

日米による開発も高市はトランプと協議したように言われている。

しかし、鳥島近辺での開発は環境への影響が懸念されており、それを無視して進めていくことには大きな問題となるだろう。

中国がこの分野で有利なのは環境破壊を無視しているからで、日本は海洋という広く世界に影響が出ることを無視することは信用を失うことになるだろう。

とにかく、トランプとその子分の高市は環境を人質に貿易戦争を有利に戦おうとしている。


一方中国は高市のアメリカ依存に対して、トランプを懐柔して歯止めをかけようとしている。

おそらく米中首脳会談では台湾問題やレアメタル・レアアース・AI開発問題が話し合われたであろうと思う。

これまでは日本が中国に接近することにアメリカは神経をとがらせてきたが、高市ではその警戒はそれほど必要ない。

トランプにとって中国も日本も上手く利用できれば良いのであって、日中関係が悪い方がアメリカにとっては都合が良いとも言える。

ただ、今度のアメリカの中間選挙で共和党が大敗北すれば、トランプの独裁は終わるだろうし、それは高市の独裁の終わりともなるだろう。

そうなれば、日中関係も変化するだろうし、それこそ大きな地殻変動が起こるだろう。






2026年9月24日木曜日

イスラームの理解その2~中国の挑む国際秩序再編と米中関係

 今回のアメリカ・イスラエルによるイランへのミサイル攻撃で、イランの防空システムの脆弱性が明らかになった。

どうも、ロシア製、中国製、自国製の混在で指揮統制や通信ネットワークの統合が不十分だった可能性が指摘されているようだ。

そんな中で、イランが中国から携行式防空ミサイル発射機を最大400基調達する契約を結び、数週間以内に初回分の引き渡しを受ける見通しが報じられている。

これで低空飛行する戦闘機、ヘリコプター、ドローンへの攻撃が可能で、アメリカとイスラエルはミサイル以外では安易にイラン攻撃が出来なくなりそうだ。

これで、アメリカが手を引けば朝鮮、ベトナムから続く大失態とも受け止められそうだ。


そんな中で、米中首脳会談が行われ、トランプ大統領は習近平国家主席を自ら空港まで出迎えるほどの歓待ぶりに、アメリカの中国への配慮を知ることが出来た。

この米中関係に関しては、Yahooニュースで呉心伯氏の次の見出しで見解を報道している

「5年後にはアメリカ上回る」 習近平氏の外交ブレーンが語る米中首脳会談の狙い 日本には強く警告「米中対立 期待すべきではない」

この記事に関しては多くのコメントが寄せられているが、日本は高市総理の対中政策が正しいのか誤りなのかを考える一つの材料になるだろう。

トランプ大統領は米中首脳会談の前に高市総理と会談する配慮を示したが、その内容は明らかではない。

私はトランプ大統領は日本も中国も上手く利用としているだけで、東アジアでのイニシャティブを軍事力をもって維持しようとする意図は無いと思う。

米中首脳会談では第二次世界大戦では同盟国だったとトランプは述べ、習近平もファシズムにともに戦ったと述べたという。

朝鮮戦争では戦火を交えた関係よりも、中華民国時代の関係を持ち出すことは、両氏とも台湾を含んだ中国という姿勢に思える。

すでに、北朝鮮に対しても米韓の軍事演習を短縮して配慮しており、相手の国が民主的な国かどうとか資本主義かどうかは、もう政策の決定事項ではないようだ。


とにかく、我々は中国がどういう意図をもって外交政策をして、その実力はいかなるものかを知っておかねばならないと思う。

相変わらず北朝鮮からの弾道ミサイル実験で日本では大騒ぎしているが、今起こっている戦争では核を用いない限り、迎撃も可能でそれほどの脅威にはなっていない。

温暖化による災害や交通事故で亡くなっている人の数の方が、弾道ミサイルで亡くなっている人の数よりも多いだろう。

日本人は流血戦争の総力戦を恐れているかもしれないが、それこそ核抑止力によってそれが出来ない状態のようだ。

台湾有事に関しても現在行われている戦争が参考になるので、中国も簡単に事を起こさないように思える。

そもそもアメリカを抱き込んでしまえば、台湾は戦争しなくても手懐けると思っているようにさえみえる。


それよりも、経済戦略による貿易戦争の方が、重大な意味を持ってきている。

その参考になるのが三船恵美「国際秩序再編に挑戦する中国と中東ユーラシア」[三船恵美2025]*1である。

その目次は次のようになる。


はじめに 

1 既存の国際秩序に挑戦する中国  

(1)「新時代の中国の特色ある大国外交」による挑戦  (2)中国の大国外交と中東  

(3)多極化の模索と対中東外交 

2 ユーラシアの連結性と中東  

(1)陸と海から見る中東   (2)「人類運命共同体」構想の手段としての「一帯一路」 

(3)中東に対する「1+2+3」協力枠組み  

3 中東ユーラシアの秩序再編から見る中国との関係  

(1)UAE   (2)サウジアラビア   (3)オマーン  (4)イラン  

おわりに 


この論攷で述べられていることの要点を上げてみると、まずアメリカに対しては次のように述べている


「人類運命共同体」の構築へ向かう中国は、国連、国際通貨基金(IMF)、世界貿易機関(WTO)などの多国間レジームを重視する姿勢を打ち出している。そこには、アメリカ一強の国際秩序に抵抗し、多極的な世界の形成を促進する意図がうかがえる[前掲書 52頁]。


そのために行おうとしているのが「大国外交」であり、それに関しては次のように述べている。


中国の大国外交とは、中共による一党独裁体制のもとで、欧米型のデモクラシーとは異なる「中国的民主【(7)】(minzhu)」の政治システムを非欧米諸国とお互いに擁護し合い、途上国としての既得権益を維持し、世界政治に影響力を及ぼす大国として振る舞う外交[前掲書 53頁]


つまり、欧米の民主主義とは一線を画す政治システムを、非欧米諸国と共有してその中心に位置しようとしている。

日本は非欧米諸国なのかどうかが問題となるが、それが微妙な立場だと言うことが分かるが、それは次のような中国の歴史的背景や現状認識と関わっている。


この背景には、「屈辱の歴史」の経験や、冷戦後にアメリカ主導で築かれた国際秩序が中国の核心的利益を侵害している、という中国の強い被害者意識がある(中略)アメリカが経済覇権を築いてきた要因の一つの、ペトロダラー・システムを崩す「脱ドル」を推進するには中東の主要産油国を引き込む必要があるという[前掲書:55頁]


日本は中国に「屈辱の歴史」を与えた国でもあるが、アメリカの経済覇権の恩恵と辛酸をなめてきた国でもある。

「脱ドル」を指向した時もあったが、すぐにアメリカに潰されてしまった。

この「大国外交」こそ日本が戦前に欧米支配に対抗して打ち出した「大東亜共栄圏」の、中東ユーラシア版と言えるのかもしれない。

ただ、日本がアメリカに宣戦布告したような愚を犯そうとはしていない。

三船恵美氏は次のように結んでいる。


中国は従来のアメリカの役割や優位性に取って代わろうとしているのではない。中国が描く中国主導の新たな中東ユーラシアの国際秩序観は、アメリカの優位性を排除したり弱体化させたりしようとするものである。しかし、中東ユーラシアの国際秩序が大きく揺れるなかで、中国には国際公共財としての安全保障を提供する力も意思もない。中国には中東ユーラシアで影響力と関心をもつ主要なアクターとして振る舞ってはいるが、その影響は限定的なものであることを、二〇二五年六月のイランとイスラエルの大規模衝突以降の国際関係は物語っている[前掲書:66-67頁]。


日本が日中戦争を続け、アメリカから石油を停められ「窮鼠猫を咬む」太平洋戦争で滅んだ歴史は、もし台湾有事が長期化したら同じ事の繰り返しになるだろう。

中国の実力を知っているアメリカもかつて日本を追い詰めたようなことはしないだろうし、中国も長期戦の可能性の高い台湾侵攻は行わないだろう。

そんな中で、台湾侵攻を材料に日本の軍備拡張を進め、中国と険悪な関係を作ってしまった高市総理は、信用を失ってしまった国連に活路を見いだそうとしている

彼女が単なる外交音痴なのか策士なのかはアメリカの中間選挙後に分かるだろう。

そして、その中間選挙に大きな影響を与えるのはアメリカがイランとの戦争で中東を中心とした石油が高騰したことである。


*1青木健太 笠井亮平 中東調査会編 2025 『中東ユーラシアから世界を読む―連結する地域と秩序再編』 岩波書店: [青木健太その他 2025]


2026年9月23日水曜日

結婚も恋愛もできない男と女

 今から20年ほど前に「結婚できない男」というドラマが関西テレビで放映されたが、私はそのビデオをレンタルして何度も見返して楽しんだ。

主人公は結婚できるだけの経済力を持ちながら、あえて独身を楽しんでいるが、結果的には女性を好きになっていく物語だ。

私は教師をしていた時に周りに結婚できない・しない男女を数多く見てきた。

ある学校でこのドラマに出てくる女医と隣人のOL(みちる)の関係に似ている女性教師がいて、それを二人に言うと酷く怒られた。

女医に似ていたのは体育教師で、ラウンドクルーザーを乗り回す活動的な人で、おそらくその後も独身が続いたと思う。

みちるさんに似た方は、まもなく同じ職場の男性と恋仲になって結婚していった。


独身を続ける教師のタイプは男女ともに真面目で、異性との恋愛の経験が無かったようなタイプが多かった。

そういう人は受験指導やクラブに熱心に取り組んで、時間を持て余す風ではなかった。

実は私の家内もそのようなタイプだったが、事務職の仕事が臨時で不安定だったことと、家内の母親が強引に見合いをさせていたことで私と出会った。

私は高校生から女性と付き合うことも多く、恋愛結婚も経験したが離婚した後は、やはり母親が強引に見合いを持ってきた。

私のように恋愛とか結婚を失敗した人の中には、それに懲りて独身を続ける人もいた。

当時の正教諭は地方においてはそこそこの定収入が得られるので、結婚相手としては申し分なかったが、近年ではブラックな仕事として人気を失ってしまっているようだ。

中には国立大学の大学院まで出て容貌も悪くなかった男性教諭もいたが、本人が結婚を望んでいても自分で相手が探せず、集団見合いに参加したりする若い人もいた。

結婚願望はあっても、異性どころか人間関係そのものが苦手な人もいたように思う。


私の父母の時代は恋愛結婚はあまりなく、殆ど見合いとか紹介だったようだ。

私の両親も遠い親戚に当たり、紹介されて付き合い始めたようだ。

家内の父親などは、独身だった時に村に帰ったところを、親戚から独身かどうか尋ねられて、独りだというともらってやってくれと頼まれたそうだ。

家内の母親は「犬じゃあるまいし」と怒っていたそうだが、義父は義母を結婚後も何十年と大切にし続けていた。

当時は恋愛など関係なく、生活のために結婚するのが当たり前だったようだ。

ところが、それは古くからの伝統ではない。

日本が工業化していくまでの時代の農家では跡継ぎ以外の子供は家から出されるか独身のまま家にいた。

町などでも丁稚に出されてから店を持つ主人になれるのは一部だったようだ。

結婚できても、生活が不安定なので結婚と離婚を繰り返すのが普通だったようである。

奄美諸島では古くは家人という身売り制度があって、正式な結婚そのものができない人が人口の3割近くいたようだ。

そういう人でも男女間の自由な恋愛で子どもは産まれて、家人所有者の主人には喜ばれたようだ。

身分が固定されて人口も多くなかった時代は、現代のように安定した夫婦家族はあまり見られなかったようだ。

それでも結婚率は戦前までは1000人あたり8~9人を維持しており、戦後のベビーブーム時代の12人には及ばなかったが、現代の3.9人(2023年)の倍以上はあった。


結婚願望がなかった家内に今の若い人が結婚しない理由はなぜだと思うと聞くと、女性が仕事と育児でしんどい思いをするだけだからと言う。

それなら、男性も結婚したがらない理由はなぜかと聞くと、答えられなかった。

私は、家内の時代のように、親が無理強いしなくなったことと、そもそも日本人は家畜化が進んで恋愛も結婚もまともにできない人が増えたのではないかと答えた。

人間以外には発情期があって、本能的に子作りをするが、家畜化すると人間以外でも発情期を失ってしまう場合が多い。

そして、家畜化されると一年中交配し、出産することが出来るようになる

家畜の場合は無理矢理交尾させたり、人工授精させるが、人間の場合はそれを無理矢理させることはできない。

なぜ日本人はより家畜化が進んでしまったかは、子どもの頃から親の干渉が強いし、小さい頃から勉強しいられて児童虐待まがいが起こっている。

親と先生に厳しく飼育された子どもは、まともに恋愛も結婚もできなくて当たり前に思える。

行きすぎた家畜化は動物園の飼育と同じで、飼育化と言っても良いかもしれない。

これからは結婚できない男女があたりまえになって、恋愛できない男女がドラマになる時代なんだと思う。


参考文献

 ブライアン・ヘア/ヴァネッサ・ウッズ 藤原多伽夫訳 『ヒトは〈家畜化〉して進化した―私たちはなぜ寛容で残酷な生き物になったのか』 2022(2020) 白揚社 










2026年9月22日火曜日

水は血よりも濃い

 敬老の日に、私はつまらない替え歌を早朝にブログに書いた後、いつものように朝食後に犬の散歩と農作業や家の片付けをした

午後からは通常月曜日は隣町のプールに行っているのだが、今日は休日で住んでいる町のプールも開いているのでそちらに行くことにした

プールは体育館や野球場、テニスコートの近くにあるので、休日になると駐車場が満杯になって停めづらい

なんとか空きのスペースを見つけて、いつものように年券を使って受付を通り、水着に着替えた

今までゴーグルの曇り止めを使っていなかったが、やっと通販で買って塗ると、やはり見通しが良くて泳いでいて気分が良い

若い妻と孫のような息子を連れた6歳上の知り合いが、家族仲良く泳ぐ練習をしているのを横目で見ながら、いつものメニューをこなしていった


町のプールには6コースある大プールと子供用の浅くて狭い小プールがある

来た時から子連れの見知らぬ家族が楽しんでいるのは気づいていた

こういう休日には里帰りで来た家族がたまに遊びに来る

私のいる町は遊べる施設がないので、家族や親戚が大勢プールに来る時もある

たいていは、その中のお婆さんとかが水泳を習っていて、子や孫づれの家族を誘って来ているようだった

今回は若い女性二人と、幼い子供が二人、それに加えて、お爺さんとお婆さんと孫が二人来ていた

この二組の集団は別々のグループらしく、若い女性のグループは観覧席にお父さんらしい人もいた

練習メニューをこなしていると、私の知り合いもやってきて、時々話をしながら泳いでいた


そのうち、若いお母さんらしい人が、子供をもう一人の若い女性に任せて一人で大プールに入って空いたコースで平泳ぎを始めた

一目で経験者と分かる泳ぎ方でスピードも速かった

やはり、経験していた人は、プールに来ると泳ぎたくなるものらしいが、水着は競泳用の水着ではなくレジャー用だった

知り合いも帰り、大プールのコースが空いてくると、若い女性二人はそれぞれ子供を連れて入って泳ぐ稽古をさせていた

泳ぐ稽古と言ってもまだ幼すぎるので、恐がらずに浮いているのがやっという感じだった

どうもよく見ていると若い女性は姉妹で、お姉さんの子供二人を一緒に遊ばせてやっているようだった。


そして、若い妹の方が今度は一人で私の泳いでいるコースの隣で泳ぎ始めた

お姉さんよりは遅いがしっかりとした平泳ぎをしていたので、声をかけて水泳の経験者か聞いたら、やはり経験者だった

着ている水着はフィットネス水着で、その下にはレジャー用の水着を着ているようだった

もう少し話がしたかったが、県外からの人のようで話題が頭に浮かばず、黙ったまま並んでしばらく泳いでいた

そのうち、お姉さんの方も隣にやってきて、バタフライをきれいに泳いだので、こちらの方は選手経験者だと思った

私は四種目練習の最後でフリーの50mダッシュも4本行って、最後のメニューになっていた

最後は200m個人メドレーで締めるのがいつもの決まりである

その若い女性の二人には、若い人でも滅多に泳がないこの種目を、こんなじいさんでも泳げるのだと見てもらいたかった


果たして、その水泳経験者は私の懸命の泳ぎをしっかりと見てくれたかどうかは分からない

私は礼儀知らずのスイミングスクールの生徒がやって来る前に出ようと、そのグループを横目に見ながら引き上げていった

こうして、若くて可愛い女性と少しでも話が出来て、並んで泳げる楽しい時間を久しぶりに味わった

敬老の日としては誰からも何もされなかったが、こうして若い女性と一緒に泳げたことが最高のプレゼントとなった

老いた者として敬ってもらうより、まだ若い者として一緒に楽しめる方が幸せなように思えた

水泳は並んで泳いだり、競い合って泳いだり、相手の美しいフォームに見とれながら泳ぐ楽しみがある

特に若い人は男女を問わず美しい体型を維持している人が多いので、いつも羨ましく見惚れている。

かつては血は水よりも濃いと言われて、家族や親戚を大切にした

しかし、今は血のつながった子どもよりも、他人でも同じ趣味をもった人との関わりが大切になっている

まさしく、水泳という「水」でのつながりは、血でつながった子どもよりも濃い時間を過ごさせてくれた





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子や孫ではなく水泳つながり|髭男AーaAー

2026年9月21日月曜日

孫を知らない年寄りたち

今日9月21日敬老の日に自虐的に老人に捧げる替え歌です

元歌はご存知、ジローズの「戦争を知らない子どもたち」作詞は北山修です


闇市が終わって わしらは生まれた

闇市を知らずに わしらは育った

歳を取って 気づき始める

昔の演歌を 口ずさみながら

わしらの名前は 忘れてほしい

孫を知らない 年寄りたちじゃ

 

老けすぎてるからと 相手にされないなら

髪の毛が薄いと 嗤われるなら

今のわしらに残っているのは

出費を抑えて 遊ぶことだけじゃ

わしらの名前は 忘れてほしい

孫を知らない 年寄りたちじゃ


飲むことが好きで カラオケが好きで

いつでも スマホを持っている人なら

誰でも一緒に ひまをつぶそうや

店の混まない 平日の昼間を

わしらの名前は 忘れてほしい

孫を知らない 年寄りたちじゃ

孫を知らない 年寄りたちじゃ


解説

一番

作者が生まれたのは戦後の復興が始まって経済成長が始まろうとしている頃で、闇市もなくなり「もはや戦後では無い」と言われた年の3年後だった。

一人称では「わし」を使っているが、生まれ育った地方では当時は「わい」が普通に使われていたのに、実際の作者は「ぼく」から「おれ」へとテレビ言葉に影響されていた。

作者の言う演歌とは大泉逸郎の「孫」のことで、年寄りにとって孫はまさしく「宝もの」であり、当たり前と思っていた幸せが得られないことを象徴している。

孫がいないことは結局、自分の名前や存在は早々と忘れ去れることであり、どうせならさっさと忘れて欲しいと開き直っている。


二番

老けていることで、若い者から相手にされなくなり、髪の毛が白くなったり薄くなったりして、自信が持てなくなった自分を表現している。

本当はいつまでも格好良く、異性から注目を浴びたいし、同性からも一目置かれたいのである。

それが無理なので、せめて少ない年金でなるべく費用を抑えて、楽しむことが唯一年寄りの特権だと見栄を張っている。


3番

歳をとってから互いに楽しめることは、酒を飲んでカラオケをすることだった。

コロナの流行以降、その楽しみさえ失って、こうして歌にして呼びかけるしかない。

平日は、モールや飲食店は混んでいなくて、平日メニューで安かったりするので、年寄り同士で楽しめたら良いと思う。

それなのに、作者は平日は農作業と散歩を毎日欠かさず、週3回は水泳の練習をし、時間があれば夕方にひとりカラオケをしたりしている。

なので、実際は週末や祝祭日に妻と二人でドライブがてら昼食をしに行くだけだ。

このスマホというのは支払いもPayPayで割り勘にできるし、普段からラインで連絡を取り合えることを意味している。

大学時代のライン仲間は合って飲もうと言いあいながら、一度もあったことはない。

そういう同級生は孫の誕生を自慢するけれど、孫のいない人間もここにいるのだぞと言っているわけである。











2026年9月20日日曜日

田舎の散歩の心構え

 最近は健康のために散歩が推奨されている。

都会では家の周りを散歩していて、急に尿意や便意を催しても、公園やコンビニのトイレを利用すれば事なきを得る。

ところが、田舎では広場や公園はあってもトイレがついていない場合が多いし、コンビニが無いところも多くある。

私は以前に急にお腹が痛くなって便意を催し、家内にスマホで連絡して迎えに来てもらったこともある。

だけど、いつも手を煩わせるわけにはいかないので、そういう場合に解消するところを決めてある。

一番当てにしている便所は散歩の折り返し地点に公設墓地にある休憩所のトイレで、歩いたら45分くらいの距離である。

ところが、それより前後して便意を催すことがあったので、常にポケットティッシュを持参して、人目のつかないところに分け入って排便していた。

いわゆる野糞と言われるもので、場所をわきまえないと軽犯罪になる。


先日も犬と散歩していたら、農道の土手の下の草むらから知り合いのお爺さんが出てきたので、何かあったのかと思って「大丈夫?」と聞いたら、「下剤を飲んだので・・・・」という

私はまさか交通量の多い県道の近くの土手で排便しているとは思ってもいなかったので驚いた。

私はその人が85歳で一日一万歩を目標にしていて、暑い朝にはフラついているのを知っていて、家族からも気をつけていてほしいと頼まれていた。

私は空調服を着ていて万全を期していたのだが、そのお爺さんは子供から買ってもらっているのに着ていなかった。

どちらかというと、フラついて土手から転げ落ちて川にはまることを心配していたのだが、そういう便意による危険もあったのかと改めて気がついた。


若い頃は山などへ行ってキャンプもしたが、どうしても便意を催して、歩いている途中で草むらや竹林に入って排便することもあった。

その時に危険なのは蜂などだが、最近は熊などにも警戒せねばならないだおろう。

最近はそういう時のための道具も持参して山に登っている人も多いだろうが、田舎の普段の散歩にはさすがに持ち歩かない。

それと、若い人の中には和式のトイレの経験が無くて、蹲踞の姿勢が難しい人もいるだろう。

だから、和式トイレで排便する練習もしておく必要がある。


ただ、排尿に関しては、散歩において都会のように気を遣う必要が無い。

だから、田舎では散歩に限らず、車を停めて道ばたで用を足している年輩の人をよく見かけるが、これはさすがにまずいと思う。

あくまでも、散歩での排尿は誰にも見られないようなところで行う。

これは犬も一緒なので、今飼っているクロはとは互いに終わるのを待っている。

以前飼っていたトラは待たずに引っ張るのでいつも腹を立てていた。

クロはその点では心が通じ合うので、互いに終わるのを我慢して待っている。


とにかく、都会の人はこういう事情も知っていて、散歩やドライブを楽しんでほしいと思う。

それと最近は早朝や夕方にはイノシシやシカも出る。

熊のいないところでも普通に出会うことも度々だと思う。

ただ、狩猟が行われていることも多いので、そういう動物は人間を見ると逃げてくれるが、たまに平然とシカトしたり、様子をうかがっているのもいる。

そういうときは知らんぷりして、通り過ぎるのが一番だ。

田舎の散歩は野糞や野獣との遭遇という、スリルにもあふれている。



 




2026年9月18日金曜日

イスラーム理解その1~中東の地政学的地殻変動

 先日、アメリカでの9.11同時多発テロの25周年の追悼式の模様が、多くのテレビ局で放映されていた。

その式典で初めて就任したニューヨーク市のイスラム教徒のマムダニ市長の参加を巡り、一部の遺族が反発する社会などの対立も表面化したことが報じられている。

一部の遺族や元市長らから反対の声や署名活動(10万筆超)が起きるなど、テロ後の社会的分断やイスラム嫌悪(イスラムフォビア)の根深さも浮き彫りなったともいう。

そもそも、テロ事件の起こったニューヨークでイスラム教徒の市長が誕生すること自体に違和感を持っていたが、それだけニューヨークは生活苦の人が多かったということらしい。

9.11同時多発テロ以降、アメリカは「対テロ戦争」として、アフガニスタン、イラクと戦争を行い、その両国ともまともに統治できず、撤退してしまった。

そして、挙げ句の果てにイスラム教徒を市長としてニューヨークは求めざるを得ない状態になったと言うことだろう。

その一方でアメリカは現在はイスラム原理主義の国家イランと戦争を継続している。

こういう状態を知って、いったいイスラムとは何なのだろうと思うようになった。


実は私は大学院にいる時には、イスラムを研究している人は傍に何人かいて、その研究発表も聞いていた。

しかし、あまり興味が持てずに、高校の教科書程度でしか知識を持ち合わせていなかった。

最初にもっと知りたいと思ったのは、ハムダなおこ『アラブに自殺、イジメ、老後不安はない―ムスリムにならう幸福の見つけ方』(2021 国書刊行会)を知ってからだ。

ムスリムが人同志の関係を大切にしていることがよく伝わってくる。

今回はもっと深く知りたいと思い、次の二冊の本を読んでいる。

青木健太 笠井亮平 中東調査会編 2025 『中東ユーラシアから世界を読む―連結する地域と秩序再編』 岩波書店: [青木健太その他 2025]

 黒木英充・後藤絵美編 2023 『イスラーム信頼学へのいざない』  東京大学出版会: [黒木英充その他 2023]

これからしっかりと読んでいこうと思うが、現在読んだ中で気になることを挙げてみようと思う。

今回は次の論攷を取り上げてみる


 [青木健太その他 2025]の「第1章 イスラエルによる武力紛争とアメリカの「取引外交」―二〇二四年以降の中東における地政学的地殻変動」 溝渕正季    [溝渕正季2025]

はじめに

1 流動化する地域秩序(二〇二三年一〇月~二〇二四年一二月)

(1)「アクサーの大洪水」作戦とその余波

(2)戦線の拡大

(3)シリア・アサド政権の崩壊

2 加速する第二次トランプ政権の「取引外交」(二〇二五年一月~)

(1)トランプ政権の「取引外交」

(2)イスラエル・イランに対する米国の対応

(3)親密さを深める米図・ペルシャ湾岸諸国関係

おわりに

●<コラム〉 米国・イスラエル間の「特別すぎる関係」


目次から内容がだいたい分かると思うし、是非手にとって読ん欲しいので詳細は避けるが、結論としては


中東においては、こうした法や理念のみならず、そもそも現代国際政治の根幹である国家主権といった規範すら欠如している[溝渕正季2025:45]


ということだ、そして、溝渕氏の分析で興味深かったのはそのコラムにあった


多くの米国人がイスラエルに広範な文化的親近感を感じていることも、福音派の宗教的信念を強化している。多くの米国人は幼い頃から聖書の物語に親しんでいるが、旧約聖書に載るユダヤ民族の物語は、「開拓」、「国家建設」、「明白なる運命」といった米国の物語と強く共鳴している。こうした歴史・文化的背景が、イスラエルを「運命共同体」とみなす意識を形成してきた[溝渕正季2025:49]。


つまり、アメリカの福音派の信念はイスラエルの物語に共鳴していることが重要であるということであり、ということはアメリカ先住民に対する姿勢とも同じと解釈できる。

アメリカの開拓者はアメリカ先住民を駆逐したように、イスラエルのユダヤ民族は先住民のパレスティナ人を駆逐してもなんら不思議ではないということだ。

私はかつてイスラムの文明を築いてきた人たちをそういう感覚で捉えることに非常に違和感を感じている。

このことは読み始めた[黒木英充その他 2023]に述べられているイスラム独自の文化にヒントがあるように思う。

だから、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の共通点と相違点を今後しっかりと考えていかねばならないだろう。


そして、現実的に「イスラエル・ロビー」がアメリカの政治を左右しているという。


イスラエルを批判的に扱う候補者は予備選で敗退する傾向が強まり、超党派での親イスラエル姿勢が定着している。要するに、六月の空爆は、場当たり的な危機対応というよりは、米国内の宗教・文化・ロビー政治・安全保障認識などが相互強化しあう「特別な関係」の帰結である。ガザの人道危機が深まっても、そうした構造は容易に変化し得ないのである[前掲書]。


アメリカの政治は金で買えると言い続けられてきたが、トランプの取引外交はその極みである。

(バイデン前政権のように)「自由」や「人権」などのリベラルな理念を前面に押し出すような政権より与しやすい相手という[前掲書:43]

アラブの湾岸諸国は言うに及ばず、イスラエルはアメリカ在住のユダヤ教徒によってアメリカのトランプを金で動かすことが出来るということだ。


しかし、冒頭でニューヨーク市長がイスラム教徒であることに触れたが、アメリカの貧困層はそれと逆の方向に流れている。

マムダニ市長は民主主義を通して社会主義を実現しようとする政治思想「民主社会主義」を掲げていて必ずしもイスラム教の教義等とは関係はない。

イスラム教支持者が現在のアメリカの国家中枢には入り込んではいないようだ

それは、アメリカの世界金融支配にとって、イスラム教の「ハワーラ」という貸し借り相殺を発展させた送金システム*1とは相容れぬものだからだと思う。

奇しくもこれはハイジャック実行犯たちがハワーラを使って資金を動かしていたといわれている9.11同時多発テロとも関連してくるだろう。

こう考えると金融と宗教、そして石油貿易が絡んだ世界戦争でありアメリカの内戦とも思えてくる。



*1「序章 イスラームから考える「つながりづくり」と「信頼」―今後の世界を見通す鍵として 黒木英充」[黒木英充その他 2023]








2026年9月17日木曜日

辛抱の大切さを思い知った酷暑の農作業

 我慢と辛抱の言葉の違いから、耐えることの姿勢の違いを言われることがある。

我慢は単に自分の気持ちを抑えることで、辛抱は将来のために今を耐えることと言われたりする。

昔、横綱隆の里が、辛抱強い相撲をとって「おしん横綱」と言われたりした。

コメディ映画の「シコふんじゃった」でも、相撲部員が揃ってランニングの練習をしている時のかけ声が「辛抱だ!辛抱だ!」だったので、よく憶えている。

因みに、私が南山大学の剣道部での隊列ランニング練習でのかけ声は、一人ずつ「ナンザーン(南山) ファイト!」と叫び、それにみんなが呼応して「オウ!」とこたえる。

その後は、「ファイト」「オウ」の繰り返しであったが、これを教師になってから特別支援学校の身体作りのランニングでも使っていた。

「〇〇(名前) ファイト」、「オウ」はずっと私が声かけをし続けていた。

高校の野球部の隊列ランニングは一人が「1,2 1234」それに他が「そーれ」と応えるのをよく見かけた。

これは体力向上のためというより、気持ちを合わせるための練習に見えた。

映画で観た、「辛抱だ! 辛抱だ!」というかけ声は、気持ちを合わせるためで無く、相撲にとって特別な「辛抱」という言葉を自分に言い聞かせているように思えた。


私は幼い頃から親には「辛抱が足りん」とか「辛抱せえ」とよく叱られていた。

考えてみれば親は我慢という言葉よりも、辛抱という言葉を主に使っていた。

今まで私は「辛抱」という言葉は自分に言い聞かせるくらいしか使っていなかった。

最近は「ガマン ガマン」という言葉をよく耳にすることがあるし、「最近の子供は我慢が出来ない」とよく言われている。

我慢と辛抱とを区別して教えるなら、今耐えることが将来に活きていくことを言い含めて辛抱という言葉を使うべきかもしれない。

幼い子供は衝動的に走ったり大声を上げたりするものだが、それがケガや迷惑に繋がってトラブルになってしまうことをきちっと教え込むべきなのだろう。

それが仕事が忙しくてかまってやれない親には、厳しく出来ないようだ。


そういう私は畑で作物を作っていて、どうしても上手くいかない時には、腹たち紛れにその作物を引き抜いたり、刈り取ってしまうことも多かった。

特に作物の栄養をとってしまう雑草に対しては、イライラしながら抜いたり刈り取ったりしていた。

このところ完全退職して時間の余裕に馴染んできて、コツコツと丁寧に除草作業をして草マルチに利用することが出来るようになった。

それでも、ポリマルチを使わないので、作物が雑草に負けてしまうこともあって、まともに実をつけずに弱ってしまったりした。


今年は酷暑で雨も降らず、去年いっぱいになっていたナスビやキュウリのできが非常に悪かった。

特にナスビは植えた場所も悪かったのか、全く大きく育たず、実をならさないまま、雑草に負けてしまっていた。

いっそうのこと抜いてしまおうかなと何度も思ったが、秋なすとしてのチャンスが有ると思って、水をやり続けたり、雑草を抜いてやったりしていた。

そのナスビがこのところの雨で復活して、実をならし始めてくれた。

枯れてしまったキュウリは秋用の種を買ってまき直して育てたら、花をようやく咲かし始めてくれた。

何十年も家庭菜園をやってきて、今年ほど辛抱して作物を育てたことはない。

それでも全く駄目だったのはズッキーニで、これは去年も駄目だった。

辛抱のかいがあったのは、サツマイモ、小芋、万願寺トウガラシ、黒大豆、落花生などである。


おそらく、これからも地球温暖化の影響で、農作物を作ることには辛抱を強いられるだろうと思う。

しかし、希望を失っていない以上、辛抱して続けることが大切だと思う。

本当に辛抱を強いられているのは、酷暑の気候に晒されている作物たちなのだ。

農業も自然破壊の一つとは言われているのだが、なるべく自然に寄り添える方法で取り組み続けたいと思っている。

それには楽な機械や農薬、化学肥料をなるべく使わない自然農法的な農業をしなくてはいけないと思っている。

それに一番必要なのが「辛抱だ!」であると、今年はつくづく思った。

そして、農作業よりも世界中の人が一番辛抱を強いられているは、トランプ大統領の温暖化戦争と流血戦争だ。

そのトランプ大統領におもねる高市政権に、日本人はこれからも辛抱し続けねばならないのは勘弁してもらいたい。







2026年9月15日火曜日

足袋を道連れ、世に広めたい

今では日本人でも武道したり祭りに参加する人以外は、足袋を履くことは殆ど無いだろう。

作業で地下足袋を履いている人も、滅多に見られなくなった 

私と足袋の関わりは大学時代の剣道の練習に始まる。

どうしても足の裏にたこができて、それが潰れたりしたので、足袋を用いていた。

普通の足袋を用いて滑りすぎるので、破れた竹刀の柄皮を自分で縫い付けたりした。

その後、結婚して子供が出来てから畑仕事をするのに、長靴だとどうしても蒸れて水虫になりそうだったので、農作業用の地下足袋を使っていた。

ただ、地下足袋は小鉤(こはぜ)をはせるのが面倒な上に、雨の時や溝掃除には使えないし、泥がついて洗うのは手間であった。

そのうち蒸れにくい長靴も売り出されて、主にそちらを使い、どうしても暑くて蒸れそうな時には履き古した運動靴を履いていた。


この夏の暑さは尋常では無くて、早朝の犬の散歩と農作業にはまた地下足袋を用いるようになった。

その地下足袋は足先が先まるで二股になっておらずどの靴下でもはけて良かったのだが、ファスナーを上げるのが重く、何よりも靴底が薄くて散歩には適していなかった。

それで散歩には従来のトレッキングシューズで行い、農作業ではその先丸の地下足袋に履き替えていた。

そのうち、トレッキングシューズのそこがハガレだし、つま先のゴムも破けて朝露の水がしみだした。

そこで新しいトレッキングシューズを探したが、防水加工をしている物は蒸れやすいとレビューに書いてある。

それなら散歩して朝露で濡れてもそのまま農作業の出来る地下足袋エアージョグにしようと思った。

近年は祭りでこの地下足袋エアージョグがよく履かれているようで、品数も多いが値段はトレッキングシューズ並みにした。

それでレビューに耐久性の良いと書かれてある<ヤマタ エアー足袋 7枚コハゼ>の27cmをポイントや割引を使ってYahooショッピングで安く買った。


数日前に届いていたのだが今朝(9/10)になってようやく雨が止んだので、散歩から履き始めることにした。

この地下足袋はつま先が従来通り二股になっている。

実はこの日本独特の足袋は韓国人がチョッパル(豚足)と言って、日本人に対して侮蔑的に用いることは知っていた。

日本人は琉球、薩摩を除いて豚を食用し始めたのは大正昭和だと言われているし、豚足は今日でもなじみがない。

日本人はチョッパルが豚足を意味して、侮蔑的に使われていると言われてもピンとこないと思うが、それを知っている私は堂々と散歩に用いるのには躊躇いもあった。

しかし、以前にフランスでカラフルな地下足袋が人気あると聞いていたし、テレビドラマの「陸王」でも足袋型シューズが格好良かった。

だから、これからは敢えて地下足袋エアージョグを愛用しようと思っている。


実際使用してみると、確かに小鉤を嵌めるのは面倒だし、それなりの靴下も履かねばならない。

しかし、しっかり歩いてみて分かったのだが、小鉤は4通りくらいに太さの調節ができる。

小鉤のかけ方によってしっかりと踵を固定することができる。

今回は歩き出してから途中で調節していたのだが、最初からそれを考えて小鉤を嵌めていったら歩きやすいと思った。

また、歩く時にしっかりと足が上がるので足を引きずることも無く、つま先の踏ん張りがしっかりとできた。

武道で足袋が用いられるのも、高所作業で地下足袋が使われるのもその特性からだと思う。

アスファルトの道はクッションが効いて全く問題なかったが、防水加工をしていないので草の生えた道は夜露で濡れて浸みてきた。

ただ、家に戻ってからも履き替えること無く農作業ができたので、便利と言えば便利だった。

これからはパリジェンヌのようにカラフルな地下足袋を買って町で履いても良いと思う。

ネットで調べたら和柄の地下足袋も数多く販売されている。

気象破綻した世では、まさしく足にクールなクールジャパンの逸品として全世界に普及してほしいと思う。

ただ、韓国では流行らないとは思うけど・・・・




2026年9月13日日曜日

眠れる者は救われる

 このところ、金谷啓之氏の著『睡眠の起源』(2024年 講談社)を読んでいて、色々考えさせられているだけでなく、救われてもいる。

以前書いた「一途な夢を壊してしまった睡眠不足」で書いたように、私は長年の後悔を睡眠の重大さを知ることによって和らげることが出来た。

睡眠を調べ始めたのは、「ヒト本来の分割睡眠」で書いたように、日常の睡眠のあり方に対する不安からだった。

それが今の不安だけで無く、過去から引きずってきた悩みも幾分解決してくれた。

本を読むことの良いことは、意図しない発見や解決が見つかることだと改めて思った。

今話題の柳沢正史氏の研究は、医学的に睡眠を解明するのが目的で、睡眠覚醒制御の神経伝達物質「オレキシン」を発見し、健康に良い睡眠のあり方を教えてもらうことは参考になる。

しかし、現代生活は産業化社会の文明によって歪められており、それに適応できる睡眠を考えることと、生物としての人間が本来適した睡眠とは何かを考えるのとは目的が違う。

今の自分のように時間に縛られた賃労働から解放されている者にとって、生き物にとっての睡眠の意味を理解し、本来の睡眠を得ることが重要であるので、金谷氏の研究の方が参考になる。

例えばオレキシンは主に脳に関るものだが、睡眠は単に脳とだけ関係するものではないという。


「第六章 眠りの起源は何か」の”腸が眠くなる?”という節に、睡眠と筋肉や腸との関係が次のように述べてある。


睡眠は、必ずしも脳によって制御されているわけではなく、末梢組織でも調節され得る[前掲書 144頁]。


睡眠は健康にとって大切なことだが、それが運動と結びついたり食事と結びつく理由がこのことからよく分かる。

睡眠は心と身体を結びつける大切なものだと改めて知るのだが、昔ジャパニーズビジネスマンが「24時間戦えますか」と栄養剤のCMで鼓舞されていたのが愚かに感じられる。

むしろ、化粧品のCMで「女は夜作られる」といわれて、夜の肌のお手入れだけで無く、睡眠が重要だということの方がためになったのだ。


金谷啓之氏は睡眠に関して次のように結んでいる。


睡眠とは何か―それは、起きている間に蓄積したものを解消する行為、なのだろう[前掲書 177頁]。


思い起こせば幼い頃に、泣きじゃくって眠ってしまい、目を覚ますとその悲しみを忘れて元気になっていたことを思い出す。

赤ん坊は眠くなると泣いて母親に知らせて、母親はそれを分かっていて寝かしつけてあげる。

オレキシンは睡眠ではなく、泣く行為そのものに関わっており、それの対抗として睡眠が催されるそうだ。

河島英五の歌「酒と泪と男と女」にあるように、大人になっても男は飲んで眠り、女は泣いて眠って「忘れてしまいたいこと」「どうしようもない寂しさ」を癒やす。

オレキシンは泣く行為同様に飲酒とも大きく関わっているというから、この歌は男女によってオレキシンとの関わりの違いを上手く表現している。

とにかく、癒やしは泣いたり、飲んだりすることで得られるのではなく、睡眠そのもので得られるのだから、良い睡眠を確保する手段を考えねばならない。

飲酒が睡眠の質を下げるとして寝酒を止めても、ストレスで眠れない方が深刻で情緒に問題が生じたりするので、寝酒を飲んで寝た方がましとも言える。

実際、私は友人の医者に言われて寝酒を無理に止めたら、自律神経失調症になってしまった。

飲むことが体質的に無理であったり、病気が原因でできない人、ストレスなどで眠れない時は酒よりも睡眠導入剤の方が適しているように思える。

実は私も寮の宿直の時は酒が飲めないので睡眠導入剤を飲んでいたし、最近でも糖尿病の数値が悪いときは寝酒の代わりに飲んでいる。

その場合、錠剤を割って少量にして寝覚めをよくする工夫をしてきた。

運動や食事に気を遣う余裕がない人は、サプリや薬を使うしかないだろうと思う。


日本人は世界で一番睡眠時間が少ないと言われている。

ということは、蓄積された心身の疲労を解消する時間が一番短いと言うことであり、それでは心身の健康が保てない。

睡眠を充分に確保することこそ、これからの日本人を救う方法だと思う。


2026年9月11日金曜日

世界金融・貿易戦争と日本

 企業の内部留保は2025年末時点における企業の内部収益(利益余剰金)は、前期比2.7%増の654兆8228億円となり、14年連続で過去最高を更新という。

ところが、内部留保は円建てなので国際的には、円安によって価値を喪失していることになる。

その一方で輸出が安く抑えられて売り上げを伸ばし、支払われたドルは円に替えると高額となるので業績を伸ばし株価も上がった。

かつて、大企業は輸出によってドルを多く抱え込んでいたが、ドルの切り下げでその価値を失っていった。

その苦い経験から内部留保は円建てで行ったり、ドル以外の資産にして残すようになったという。

基軸通貨を持つアメリカが世界の金融を支配しており、それに対抗する手段としては内部留保が必要であったようだ。


今回、アメリカとの協調介入によって円高に持って行こうとしているのは、トヨタなどの自動車輸出が円安で好調となったのでそれを抑止するためとも思える。

日本国内にとっては輸入品が高くなって物価が上がり、国民の生活を圧迫させているのも大きな原因だ。

しかし、これまで円高で競争力を失っていた木材や水産物、農産物が海外でも国内でも買われるようになった。

輸入によって潰された業種や産業を再建させるチャンスでもある。

我々国民は目先の物価高を嘆くより、かつて円高を乗り越えた経験を今度は円安で活かすべきだ。


ロシアはウクライナがアメリカ中心とした金融戦争での支配下に入るのを怖れて流血戦争を実際に起こしてしまったが、支援を受けたウクライナは最新兵器で持久戦になっている。

ロシアは経済封鎖によって苦戦を強いられているが、中国・インドとの貿易や北朝鮮からの輸入兵士によって何とか持ちこたえられている。

金融戦争での支配下にならないイランに対しては、アメリカは流血戦争で屈服させようとしたが、逆に石油を使っての貿易戦争に苦戦を強いられている。

中国は独自の金融政策でアメリカやその金融関連企業は、今までのように世界の金融を支配できなくなってきている。

中国はアメリカの支配下にある台湾を流血戦争で支配下にする意図も見えたが、貿易戦争の段階に留めている。

結局、米中の貿易戦争はアメリカの高関税政策から始まって互角だが、トランプの温暖化戦略の方が脅威となっているようでもある。

そして、このアメリカの高関税による貿易戦争は、流血戦争(軍事)同盟を含めた世界中の国を相手に広がっている。

トランプはその貿易戦争で、実際は自国民から巻き上げた戦利金を、今度中間選挙で勝ったらばら撒くと言って、関税還付として買収に使おうとしている。

日本の企業が金融戦争を内部留保で対抗していたことと同じように、これからの貿易戦争でも国民は国内産業の再建を目指すべき時が来たように思う。

そのためには、国産品が少々高くても、お互い様だと思って我慢する方が長い目で見れば得策だろう。

ただ、米のように日米政府とつるんで国民を欺くものは、許さないという姿勢を持つべきだと思う。

核兵器による流血戦争が抑止できなくなった現代では、アメリカの核兵器を恐れることも頼ることも必要なくなった。

アメリカの傀儡政権の自民党と結託して国民支配をする時代は終わりにせねばならないように思う。

エマニュエル・トッドの言葉を思い出そう


民主主義に欠かせないもう一つ重要な要素は「主権」です。米国の〝占領″が続き、その支配下にある日本とドイツは「主権」を欠いていて、その点で「民主主義国家」とは言えません*1。


*1 エマニュエル・トッド 2025『西洋の敗北と日本の選択』 文藝春秋 104頁


2026年9月10日木曜日

食品特売日に見る町民の困窮と病気

 私が住んでいる上郡町では「火曜市」としてスパーマーケットのマックスバリューが週に一度行う特売日が重要な日になっている。

一番お目当ては安売りをしている卵であり、家内は必ず卵が売り切れにならないように、いつもより早く買い物に出かける。

今朝(9/8)は雨が降っており、ついでにコインランドリーで洗濯物を乾かせば良いと私は言ったが、皆も同じ事を考えて混雑するからと買い物だけに出かけた。

帰って来るなり「ランドリーに寄らなくて良かった」と言う。

「卵が売り切れになる前に買えたけど、寄っていたら買えなかった」と言う。

たかだか100円ほどの違いなのだろうが、皆は必死で卵を買う。

また、この日にあわせて菓子パンが安売りされる。

この上郡町の高齢者は菓子パンが好きなようで、割引された菓子パンをいっぱい買い込んでいくという。

また、メンチカツも安売りされているので、家内はメンチカツを買ってくることが多かった。

このように、火曜市は卵以外にも安売りをしているので、人が大勢集まってレジも混雑するという。

他にも、15日はホームセンターやドラッグストアーなどでもポイント5倍デーとなったりして、その日にまとめ買いをしたりしている。

15日は偶数月は年金支給日なので、年金生活者はお金を引き落としたついでに買い物をするのだろう。

店舗も偶数月にするとあまりにも年金狙いが露骨なので、毎月15日をポイントを多くつける日にしているようだ。



上郡町は町ぐるみ検診の受診率は高いのに、後期高齢者に対して次のように報告されている

https://www.town.kamigori.hyogo.jp/soshiki/kenkofukushika_kokuhokaigoshienshitsu/gyomuannai/1/1/6981.html

  • 外来医療費の第1位は糖尿病
  • 人工透析患者の割合が県より高く、半数が糖尿病を有する
  • 死因のうち、腎不全が県・国に比べて高い 
  • 入院医療費で、骨折の割合が高い
  •  外来医療費で、関節疾患の割合が高い
  • つどいの場で、3割が口腔フレイル、2割が運動フレイルに該当(R5実績)

このことから、糖尿病への対策、フレイルへの対策が必要ということがわかりました

このことで菓子パンがよく売れることが納得されるが、健康に対する知識のなさよりも、後期高齢者は国民年金に頼る人が多くて収入が低いのが原因のように思う。


こんど、食品の消費税を1%になるが、最近は税込み価格が目安となるので、1%になっても税込み価格が同じなら実質値上げになる。

レジの都合とかと言って1%としたが、それを利用して実質値上げも可能となった。

年金生活者だけで無く、非正規雇用で時給によって生活している人は、少しの時給の値上がりでもこれだけ物価が上がったら、焼け石に水となる。

株価が高値で取引されたり、GDPがいくらプラスであっても、実質賃金が低く、所得の二極化が進んでいっている状況で普通の人は景気が良いとは思えない。

また、近隣の赤穂市では市民病院が中央病院に運営委託されるに伴って、非常勤であった多くの女性が職を失うそうだ。

上郡町から赤穂市へ働きに行っている人も多いので、そういう世代にも影響が出てくるだろう。


本来なら美味しい米が採れて、豊かな農産物で満たされていたところだった。

学校給食もその影響で最近まで行われずにいた。

後期高齢者は子供からも見放され、自分でも農作物を作るだけの健康も失ってしまっている。

住んでいる村の男性は早死にしていくケースが多い。

原因は60歳から70歳前後では膵臓や肝臓の癌など、80歳前後では肺癌がなどが多く見られる。

女性は比較的長生きだが、70歳代で無くなった近所の人は人工透析を受けていた。


田舎で自然豊かに健康で暮らしていける時代は終わった。

特に、近年の夏の酷暑は高齢者の農作業を困難にしている。

無理して農作業を続けて熱中症になったり、最悪亡くなった人もいる。

酷暑時の農作業には空調服などが有効なのだが、高齢者は空調服を使いこなせなくて、子供などから買ってもらっても放置している。

散歩などで近隣の畑を見渡すと草まみれの中で、細々と出来た作物がとられないまま放置されたりしている。

また、去年まで夏に作物をコツコツ作っていた人の畑が、何も作られず放置されて草まみれとなっている。

年金が少ないので自分で自給用の作物を作ることさえ困難になっているのが現実だ。

これが、室町時代には赤松氏が支配する播磨の中心であり、明治維新後も大鳥圭介の力によって政治力を持った町の成れの果てである。


かつての政治力で国鉄の駅も山陽本線を大きく迂回させて作らせておきながら、電車庫を作ることに反対して発展を失った。

同じように政治力で新幹線の駅ができながら斜陽の町と化したかつての造船の町相生とも共通するのかもしれない。

工業化に乗り遅れて産業戦争に敗北した町の姿と、現在は認めざるを得ないだろう。

しかし、考えようによっては、温暖化戦争に伴う食糧危機に備えて自然環境を温存させているともとれる。

だから、少しの雇用や税収のために、産廃施設の建設など許してはいけない。

それよりも、空席のまま走るコミュニティーバスより、高齢者などが安くて便利に利用できる食堂やコンビニを補助金をつけてもっと誘致してほしい。

居着いたコウノトリに希望を見いだしながら、町民は健康を維持して田畑を荒れさせてはいけないと思っている。