先日、大学時代のゼミ仲間のラインで柴栗のことを書いたら、一人から「柴栗とは何?」と書き込まれていた。
彼は長く教育委員会の発掘業務に携わってきた友人で、今は高校の地歴公民科教師をしている。
柴栗は日本では縄文時代から食用とされ、今の栽培栗の原種と言われている。
主な自生域は、北海道南部(石狩・日高地方以南)から本州、四国、九州、屋久島にかけての日本各地で、日本国外では朝鮮半島南部の温帯・暖帯地域にも分布という。
私が村落調査で通っていた奄美には自生していなかったが、その代わりにかつては椎の実を多く拾って食用にしていた。
縄文人がドングリを食べていたことはあまりにも有名だが、考古学をかじっている者でも柴栗の存在は忘れ去られているらしい。
そういう私も柴栗に出会ったのは、教師になってからで、生まれ育った赤穂では見かけたことはなかった。
龍野にあった勤務校の裏山にいっぱい柴栗がなっており、それを休憩時間などに拾いに行った。
地元の人も拾っていたが、一番の競争相手はイノシシやシカで、食い散らかされているのをよく見かけた。
その後、上郡に住むようになって、近所の山や山際に柴栗が自生しているのに出会った。
実は近隣の山はイノシシ対策で3mほどある格子の鉄柵の囲いで簡単には入られなくしている。
だから、普段に拾えるのは山際の道に落ちている柴栗が殆どで、たまに遠くの山奥までアケビを採ることをかねて拾いに行っていた。
今年も犬と散歩していたら、柴栗が落ちているのを見つけて、さっそく立ったまま拾えるマジックハンドと肩から提げる布袋をもって散歩を始めた。
現在は誰も拾う人も無く、場合によって車に踏み潰されているのだが、人通りの多いところや、鉄柵が有るところでは道ばたの柴栗はシカやイノシシに食べられていない。
先日などは1kg位拾えたので、ネットで保存方法を調べる冷凍保存方法が載ってあったのでそれを参考にした。
まず、水につけて選別したが、以前に買ってきた栗を洗う時には水に浮く物があったが、拾ってきた柴栗は全部水に沈んで問題なかった。
ネットでは水気を布などで拭いて取ると書いてあったが、日なたで夕方まで乾かしてから、ジップロックに重ならないように入れて冷凍した。
こんな風に多くとれた時は冷凍保存するが、普段はサツマイモや落花生と一緒に蒸して食べる。
柴栗は小粒で1cm前後ほどしかなくて、売っている栗に比べると食べづらい。
しかし、先日道の駅で買った栗は半分ほど中が虫にやられていて、味も大味で美味しくなかった。
売っている栗は当たり外れがあるようで、見た目だけでは中の様子が分からない。
丹波篠山で焼き栗を売っているが、非常に甘くて美味しいけれど、値段が半端ない。
柴栗は食べづらいけれど、私はそのまま口に含んで前歯で縦に半分に割って、大きいのは指を使うが、小さいのは口の中で舌と歯を上手く使って中身をほじくる。
売っている大きな栗なら料理はさみやスプーンを使って食べるのだが、小さいのでそんな手間はかけない。
殆どの栗は虫もいないし、痛んでもいなくて、ほんのり甘くて美味しい。
その蒸し柴栗は今の私には大切なお酒のつまみでもある。
柴栗はいくら食べても飽きないし、消化にも良いようでお腹にはもたれない。
一番驚いたのは、サツマイモや落花生も同じように食べられるが、スナック菓子がまずく感じて食べられなくなった。
その味付けが非常に不自然なのを感じるようになって、食べたくなくなってしまった。
今まで、つまみとして毎日のように家内が買ってきたジャンクフードのスナックが、いかに作られた味かを思い知らされた。
枝豆も買ってきたり自分で栽培した物を食べるのだが、あまりそういうことを感じたことがなかった。
やはり、柴栗は自然な味わいを残しているのだと改めて知った。
ネットでは川上屋の干菓子: 岐阜県中津川市の老舗菓子店川上屋では、最高級の和三盆糖に栗の粉末を加え、山栗の形に仕立てた伝統的な干菓子「しば栗」を販売しているとあった。
おそらく、昔から食べていた柴栗を懐かしんで作られているのだろう。
栗は加工して色んなスイーツにもなるし、栗きんとんは正月のおせちは欠かせない。
しかし、柴栗の素朴な甘さの方が舌に馴染んで、病み付きになるのでお薦めだ。
我々は縄文時代から食べ続けている柴栗を大切にして、イノシシやシカなどの共存しながら生きていきたいもんだと思う。
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