飯田哲也氏の『Ei革命―エネルギー知性学への進化と日本の針路』集英社インターナショナル(2026)[飯田2026]を通読した。
現在世界で起こりつつある「文明史的エネルギー大転換」*1について、分かり易く書いてくれているのがこの書籍である。
是非、手に取って読んで日本の置かれている危機的な状況を知ってほしいと思う。
ネットで著者を調べたら、どこかで見たことがあると思ったが、テレビ朝日の「朝まで生テレビ」でよく見ていた顔だったのだ。
プロフィールを読むと、私と同じ年齢であり親しみを感じたが、その経歴の華々しさの反面、現実に国民の心を掴むことができるのかと不安にも思った。
確かに日本のこれからの危うさや、それへの対処法はしっかりと書いてくれている。
しかし、今回の高市総理の奇襲選挙の大勝利からも分かるように、国民は深く考える余裕や、その環境に置かれていない。
私はこの本を読むのに1日多くの時間を割いてしっかりとノートしながら、1週間はかかった。
例えば、以前高校教師をしていた頃の私は、それだけの時間をかけることができなかったと思う。
書籍を通してしっかりと内容を理解して、市民運動にまで発展していくのはなかなか困難なように感じた。
読んでみてまず思い浮かんだのは、私が研究を続けている奄美諸島の与路島のことだ。
なぜかというと、ここでは私が村落調査していた1980年代は、島に小さな火力発電所があった。
しょっちゅう停電を起こしていたが、シマの若者は集まって飲んでいる時に停電すると懐中電気を持ち出して、蛍光灯を照らして楽しんでいた。
それはディスコのチークタイムをイメージさせるつもりだった。
しかし、停電はシマの人にとっては遅れている暮らしとして恥ずかしいことでもあった。
2008年に訪れたときには既に九州電力からの海底電気ケーブルが引かれていて、もうそういう停電は無かった。
それと同時にそこで働いていた雇用も失われて、そこで働いていた懇意の知人も訪れたときには単身赴任でシマにはいなかった。
シマの人にとって本当に少ない島での雇用を失ってしまったのだった。
発電所と地域の雇用は密接な関係にあって、私の故郷の赤穂市も火力発電所を誘致したが、現在は稼働していないところが似ている。
太陽光など再生エネルギーの発電施設を地域独自で担うことになれば、雇用も生まれる可能性も出てくると期待できる。
とにかく、国鉄、郵便局などの民営化の時以上に深刻なのはこの雇用問題だけでなくアメリカの核エネルギー政策と連なる原子力発電所問題だろう。
福島原発事故を含む原子力発電所の問題は、単に補償問題に留まらずアメリカへの従属関係の根幹に触れるもので単なる廃止だけでは済まされない。
国に政策を変更させるよりも、国民自らが原子力発電を必要としない暮らしをまずしなければならないと思う。
われわれ一般市民が現実として実際にできることは、自ら身を削った生活スタイルの変更だろう。
与路島に関して言えば、私は昔ながらの生活を研究しているので、電気や水道、ガスの無かった頃のことも古老から聞いて知っている。
与路島では煮炊きに使う薪は調査当時でも風呂を沸かすのに使う人も多かったし、村の水道はあっても自分で山の水源から水道管を家まで通している人もいた。
大勝川という集落の大切な川の上流のウブツいわれて、かつては立ち入り禁止の聖域が守られていて、水資源の確保として大切なことを理解していた。
しかし、2008年に訪ねていったときには貯水ダムが建設されていた。
1980年代頃は既に家電製品は行き渡っていたが、せっかく持っている冷蔵庫に電気を通していないご老人もいた。
テレビも受信できていたがが、シマ育ちのご老人には標準語がよく理解できない人もいて、つけているだけの場合もあった。
当時は、村のインフラだけに浸り切った生活ではなくそれが魅力でもあった。
そして、今でも自然豊かな場所だからこそ、これからは再生可能エネルギーを用いて、シマ独自の発展が期待できるはずだ。
猛暑も厳冬もない亜熱帯の海洋性気候は生活するのに適しているので、再生可能エネルギーを十分活用できれば豊かに暮らせるだろう。
かつて、明治維新での島津藩の財源を築いた黒糖に匹敵する特産品を産出して欲しいと思っている。
食品だけで無くバイオエタノールやグリーン水素などの移出も可能ではないかと思う。
本来は日本本土でも当時の奄美に似たような生活が普通だったのだ。
問題なのは開発が進んで当たり前に公共のインフラに浸りきっていることに疑問を感じていないことだ。
電力不足の危機を煽られたら、火力も原子力も否定できなくなる。
インフラに依存する国民につけ込んで、既得権益を持っている人たちが横暴に政策を進めていてもそれに対する疑問さえわかない。
電力を自給自足に近い形まで太陽光と蓄電池を組み合わせて生活できるようになっていることをまず自覚せねばならないだろう。
かつて人類はホモ・エレクトスの時代から火を用いて生きてきたと考えられている。
ホモ・サピエンスは有効に火を用いて居住域を広げていったが、燃料となる薪や動植物油も自分で手に入れていた。
文明が生じて町で暮らす人は近隣から持ち込まれる薪炭などの燃料で暮らしていたのであり、近代のように化石燃料はほとんど使われていなかった。
化石燃料だけでなく核燃料まで使い始めて、環境破壊や戦争で自ら自身を滅亡させかけている。
太平洋戦争に日本が突入していった大きな原因も石油だった。
そして広島・長崎市民の大虐殺に用いられたのが原子爆弾だった。
現在の中東や東欧で戦争や紛争が絶えない原因に、化石燃料が絡んでいる。
原子力発電所の事故は世界を震撼させたし、ウクライナ戦争においては破壊される危険性は核爆弾と同じ意味を持つことを思い知った。
今こそ人類が歩んできた原点に立ち返る時である。
それまでは太陽エネルギーなどの再生可能エネルギーは間接的にしか手に入れられなかったが、科学技術のお陰で直接電気エネルギーに変えることができる。
これは単に損得だけの問題では無く、自分たちの子や孫への責任問題だ。
飯田氏は再生可能エネルギーによる住民の運動に期待して次のように訴えている。
コミュニティパワーは、単なるエネルギー供給の手段ではない。それは、トップダウンの補助金事業が露呈した脆弱性を乗り越え、持続可能な経済と社会を再構築するための「内発的発展」のエンジンそのものである。人口減少や高齢化といった深刻な課題に直面する日本の地方にとって、これまで一方的に外部へ流出していたエネルギー費用という「コスト」を、地域に遍在する再生可能エネルギーという「資産」に転換することは、未来を切り拓くための最大の戦略となりうる[飯田2026:232]
われわれ農村地域に住む者にとって、食糧問題とエネルギー問題は自らの手で解決し、迫り来る危機的状況を回避すべき課題だ。
行政をすぐにでも動かすにこしたことはないが、自分たちができることから始めるしかない。
それは、救いようのない既得権益を守る政策を行う権力者から、国民自ら解放する運動ともなるように思える。
我々のように資金力が乏しい者でも、損得を度外視して取り組む必要も感じている。
飯田氏が日本の切り札という営農型太陽光発電をフレキシブルに活用できないかを考えてみようと思っている。
すでに草刈り機、チェーンソーなどの工具は充電式に換えてあるので、その電源として活用したりできるだろう。
電気自動車も考えてはいるが、知り合いにトラブルをよく聞かされているので、現在はハイブリッド車がせいぜいかなとは思っている。
重要なのは理想だけではなく、暮らしに無理がない改善から地道に行っていくことだと思う。
*1 エネルギーの基軸が「化石燃料から情報へ」と移り、資源の源泉も、地理と輸送の制約に縛られた「地図」の秩序から、世界中に遍在する太陽エネルギーを基調とするシン・オール電化の豊かさへと反転する。さらにエネルギーの生産と消費のあり方も、トップダウンの供給中心からコミュニティパワーの「協働」へ、受け身の消費であった需要は一人ひとりの「選択と参加」へと役割を変える[飯田2026:13-14]。
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