先週は学校で球技大会があり、生徒が足りなくて代わりに卓球に出る羽目になった。
数日前から、水泳で痛めていた左肩が痛かったので、代わりを若い人に頼んだが、引き受けてもらえない。
仕方ないので、負けることを 前提に出ることにした。
ところが、他のメンバーが強かったので、ベスト4になって準決勝、私の試合で勝敗が決まることになった。
そうなると簡単に負けるわけにはいかない。つい力が入ってしまった。
試合は負けたが、3位という賞状をつかんだ。
クラスも男子がバレーで1位だったので、総合3位になった。
これまで一度も賞状を獲れないクラスだったので、担任としては嬉しかった。
しかし、翌日左肩や腕が痛くて動かせない。
おまけに車はミッション、脂汗をかきながら職場に着いた。
そして、やむを得ず医院に行くことにした。
痛み止めの注射と飲み薬で、翌日の夕方にはだいぶ楽になった。
ところが、模試で出勤した土曜の朝から今度は腹痛で、弁当も食べられない。
夕方にはいったん収まったが、よく日曜は痛いし下痢はするしで、病院に行くことにした。
そこで、点滴を受けながら、昔のことを思い出した。
私は幼い頃は体が弱く、しょっちゅう医者にかかっていた。
加里屋の池田医院がかかりつけで、母親は正月にも診てもらったと言っていた。
私も院内の風景や、臭いは今でも覚えていて、それを思い出した。
コップの水にクチバシをつける振り子鳥人形は、待ち時間の退屈さを紛らせてくれた。
やはり、下痢の症状がひどいときに診てもらって、血管注射がうまく入らず、やっと5回目に入った時の痛さを覚えている。
母親は住んでいる尾崎ではなくて、遠い加里屋の医院まで連れて行ってくれたのは、池田先生を信頼していたからだと思う。
当時はバスを使ったが、弟も調子が悪いと、母親は乳母車に二人乗せて通った 。
大きな幼稚園児だから、今から思えば恥ずかしいが、タクシーを使える余裕はなかった。
車で家内に病院に連れて行ってもらえるので、今は本当に楽である。
ただ、この一週間で1万円も医療費にかかってしまった。
当時、物価は違うにしろ、これだけの医療費は大変だったろう。
便利さはお金と引き替えらしい。
播磨の西外れにある私の生まれ育った赤穂や、今暮らしている上郡に関すること、農作業,山野河海の恵み、趣味の水泳、音楽、専門である有機農業や、教育、文化人類学、民俗学に関することなどを、きままに記してみます。
ページビューの合計
2013年11月4日月曜日
2013年10月24日木曜日
コウノトリのさっちゃんとドジョウ
朝日新聞の西播コーナーにコウノトリのさっちゃんが我が家の近くに再び訪れた記事が載った。
2008年には長く滞在してくれて、飛んでいる姿や、電信柱に留まっている姿など様々見せてもらった。
何よりも羽を広げて飛ぶ姿は、こんなに大きな鳥だったのかと感心した。
その時も、「はたして食べる餌はいっぱいあるのだろうか?」と気になった。
田んぼに降りているので、田んぼにいる小魚などを食べているのだろうと思ったが、あれだけ大きな体を維持できるほどの量があるのかと心配した。
実はうちの近所の溝にはドジョウがいっぱいいる。
田植え前と稲刈り後に溝掃除をするが、泥と一緒にいっぱい上がってくる。
孫や子供に見せようと持って帰る人も居るが、できるだけ溝に返してやる。
私は農薬を多く散布していることを知っているので、食べる気にはなれない。
一度、家の庭の水を入れた桶で飼っていたこともあったが、鳥が来て食べてしまった。
ウナギ以上に栄養価があるというので、養殖してみたいとは思っている。
コウノトリの餌にはこのドジョウが一番らしい。
今勤めている学校の生徒にコウノトリとドジョウの話をした。
実は私の実家はその赤穂の学校の近くにあって、もともとは田んぼだった。
その田んぼには井戸あって、幼い頃は私の父親と一緒にドジョウをよく獲った。
バケツで水をくみ上げて、ザルでこすとうじゃうじゃ獲れた。
うちに持って帰って、きれいな水でしばらく泳がせて泥を吐かせてから食べた。
しばらくはドジョウだらけの食事で、味噌汁にも入っていた。
生徒には「コウノトリは何を食べるのでしょうか?」と聞くと
ある女生徒は「鮭」と答えた。
「白頭鷲ならともかく、ドジョウや!」と教えてやったが、ドジョウのイメージがわかないようだった。
そういえばこの学校の近くは海があって、たまにミサゴも見られるから、そういう猛禽類が大きな魚を捕るイメージと重なったのかもしれない。
私のように身近に大きな鷺が多く居る暮らしとは大きく違うようだ。
先日も田んぼの側溝に大きな鷺が餌を食べていて、そこを私がジョギングで通りかかった。
驚いた鷺は羽ばたいて逃げようとしたが、側溝の壁が邪魔になり飛び立てない。
結局、私が追いついてしまい、慌てふためいた鷺は飛び立てずに回り右をして、走って逃げた。
「捕まえる人もないから逃げることはないのに」と思いつつ、笑えてきた。
こんなのんきな場所だからさっちゃんもやってくるのだろうと思う。
2008年には長く滞在してくれて、飛んでいる姿や、電信柱に留まっている姿など様々見せてもらった。
何よりも羽を広げて飛ぶ姿は、こんなに大きな鳥だったのかと感心した。
その時も、「はたして食べる餌はいっぱいあるのだろうか?」と気になった。
田んぼに降りているので、田んぼにいる小魚などを食べているのだろうと思ったが、あれだけ大きな体を維持できるほどの量があるのかと心配した。
実はうちの近所の溝にはドジョウがいっぱいいる。
田植え前と稲刈り後に溝掃除をするが、泥と一緒にいっぱい上がってくる。
孫や子供に見せようと持って帰る人も居るが、できるだけ溝に返してやる。
私は農薬を多く散布していることを知っているので、食べる気にはなれない。
一度、家の庭の水を入れた桶で飼っていたこともあったが、鳥が来て食べてしまった。
ウナギ以上に栄養価があるというので、養殖してみたいとは思っている。
コウノトリの餌にはこのドジョウが一番らしい。
今勤めている学校の生徒にコウノトリとドジョウの話をした。
実は私の実家はその赤穂の学校の近くにあって、もともとは田んぼだった。
その田んぼには井戸あって、幼い頃は私の父親と一緒にドジョウをよく獲った。
バケツで水をくみ上げて、ザルでこすとうじゃうじゃ獲れた。
うちに持って帰って、きれいな水でしばらく泳がせて泥を吐かせてから食べた。
しばらくはドジョウだらけの食事で、味噌汁にも入っていた。
生徒には「コウノトリは何を食べるのでしょうか?」と聞くと
ある女生徒は「鮭」と答えた。
「白頭鷲ならともかく、ドジョウや!」と教えてやったが、ドジョウのイメージがわかないようだった。
そういえばこの学校の近くは海があって、たまにミサゴも見られるから、そういう猛禽類が大きな魚を捕るイメージと重なったのかもしれない。
私のように身近に大きな鷺が多く居る暮らしとは大きく違うようだ。
先日も田んぼの側溝に大きな鷺が餌を食べていて、そこを私がジョギングで通りかかった。
驚いた鷺は羽ばたいて逃げようとしたが、側溝の壁が邪魔になり飛び立てない。
結局、私が追いついてしまい、慌てふためいた鷺は飛び立てずに回り右をして、走って逃げた。
「捕まえる人もないから逃げることはないのに」と思いつつ、笑えてきた。
こんなのんきな場所だからさっちゃんもやってくるのだろうと思う。
2013年10月13日日曜日
秋の収穫と鳥撫の祭
昨日は自宅近くの畑で、枝豆をとったり、ニンニクを植え付けたりした。
今朝は、赤穂の唐船の近くの畑にサツマイモを掘りに家内と出かけた。
蔓を切り、マルチをめくって備中鍬で掘り始めると、ちょうど良いくらいの芋が出てきた。
日照りが続いたり、高温だったのでちょっと不安だったが、思った以上の収穫だった。
隣の畑で農作業している小学校の同級生のK君に、サツマイモをの出来を聞くとあまりよくなかったという。
彼は熱心に畑に通っているが、可愛がりすぎて、蔓ぼけさせてしまうことが多い。
サツマイモは全部掘ってしまわずに、草を刈ろうかと思い、落花生のそばまで行く。
なんと!! 落花生の殻が散乱しているではないか!
すぐに、カラスの仕業であることが分かる。
例年カラスに落花生はやられるので、ネットを張っていたのだが、今年は忘れていた。
当初の予定にはなかった落花生堀に作業を変更した。
表面付近の落花生はほじくり返されて、殆ど食べられていたが、地中深くは大丈夫だった。
家内と「カラスの食べ残しを頂くのか」とぼやきながら、全部掘り上げた。
カラスに食料を恵んでやることで恩返しをしてもらえるのだろうか?
亀なら竜宮城だが、カラスならあの世にお伴してくれるかも・・・
そういえば八咫烏のように戦いに勝利させてくるかも・・・
家内と冗談を言いながら作業をした。
実際、この程度で目くじらを立てていては百姓はやっていけない。
農作業を終えて近くに住む母に作物をお裾分けし、近くのスーパーに寄った。
そこで家内は昼飯のおかずとモナカアイスを一つ買った。
それを車中二人で交互にかじるのだが、普段は食べないアイスがとても美味かった。
午後からは、職場の人が獅子舞の舞手をするというので、鳥撫の祭りを見に行くことにした。
その人から前もって宮入の時刻を2時と聞いていたのだが、昼寝をして遅くなり3時近くになってしまった。
荒神社は少々石段を登らねばならないのだが、懐かしい笛の音が山にこだまして聞こえてくる。
私は幼稚園に入る前まで、鳥撫で暮らしていたし、尾崎に引っ越ししてからも、本家に呼ばれて祭りを何度も見にきた。
ここの祭りは結婚する前に職場の人と見に来て以来なので、25年ほど見ていない。
なんとか、職場の人が獅子頭の人を肩車をしているのを、カメラに納めることができた。
最後の梯子の上での舞も見ることができてよかった。
ただ、周りの観客には職場の人以外は殆ど知った人がいない。
一人だけ、自治会の役員をしていたので見かけたが、親戚は誰一人見に来ていない。
毎年のことだし、家近くで舞ってくれるので、神社には来ないのだろう。
帰りは家内に迎えに来てもらうのに、墓参りでいつも訪れる場所を指定してそこまで歩いて行った。
幼い頃一緒に遊んだ友達の家などは空き家になっているし、親戚の家も崖崩れでとっくに引っ越して畑になっている。
この50年前の年月は、まさしく私を浦島太郎にしてしまった。
お墓の近くの防波堤に腰掛けながら家内の来るのを待った。
祭りを見ることができたのは良かったのだが、浦島太郎の身が寂しかった。
すると、祭りの笛の音と太鼓が遠くで聞こえだした。
宮入の後も近所を回っているのである。
その音はやはり昔のままである。
鳥撫育ちの私の父はこの音の節をそらんじていた。
私はこの節は複雑で憶えられない、単純な大津や尾崎の祭り囃子なら憶えている。
それでも、幼い心に刻まれた囃子の音は、50年前の記憶を蘇らせてくれた。
その夕べは収穫した枝豆と落花生を圧力鍋で蒸かし、間引きした大根の炊いたのを食べた。
祭りと言えばツナシ寿司や甘酒を思い出すが、我が家の収穫物と炊き込みご飯で祝うのも良いものである。
本当なら日本酒と行きたいのだが、糖質が多いので安い第3のビールと赤ワインを飲む。
どういうわけか家内は携帯で私の酔った顔を写真に撮る。
見せられてたその顔はまさしく浦島太郎だった・・・
今朝は、赤穂の唐船の近くの畑にサツマイモを掘りに家内と出かけた。
蔓を切り、マルチをめくって備中鍬で掘り始めると、ちょうど良いくらいの芋が出てきた。
日照りが続いたり、高温だったのでちょっと不安だったが、思った以上の収穫だった。
隣の畑で農作業している小学校の同級生のK君に、サツマイモをの出来を聞くとあまりよくなかったという。
彼は熱心に畑に通っているが、可愛がりすぎて、蔓ぼけさせてしまうことが多い。
サツマイモは全部掘ってしまわずに、草を刈ろうかと思い、落花生のそばまで行く。
なんと!! 落花生の殻が散乱しているではないか!
すぐに、カラスの仕業であることが分かる。
例年カラスに落花生はやられるので、ネットを張っていたのだが、今年は忘れていた。
当初の予定にはなかった落花生堀に作業を変更した。
表面付近の落花生はほじくり返されて、殆ど食べられていたが、地中深くは大丈夫だった。
家内と「カラスの食べ残しを頂くのか」とぼやきながら、全部掘り上げた。
カラスに食料を恵んでやることで恩返しをしてもらえるのだろうか?
亀なら竜宮城だが、カラスならあの世にお伴してくれるかも・・・
そういえば八咫烏のように戦いに勝利させてくるかも・・・
家内と冗談を言いながら作業をした。
実際、この程度で目くじらを立てていては百姓はやっていけない。
農作業を終えて近くに住む母に作物をお裾分けし、近くのスーパーに寄った。
そこで家内は昼飯のおかずとモナカアイスを一つ買った。
それを車中二人で交互にかじるのだが、普段は食べないアイスがとても美味かった。
午後からは、職場の人が獅子舞の舞手をするというので、鳥撫の祭りを見に行くことにした。
その人から前もって宮入の時刻を2時と聞いていたのだが、昼寝をして遅くなり3時近くになってしまった。
荒神社は少々石段を登らねばならないのだが、懐かしい笛の音が山にこだまして聞こえてくる。
私は幼稚園に入る前まで、鳥撫で暮らしていたし、尾崎に引っ越ししてからも、本家に呼ばれて祭りを何度も見にきた。
ここの祭りは結婚する前に職場の人と見に来て以来なので、25年ほど見ていない。
なんとか、職場の人が獅子頭の人を肩車をしているのを、カメラに納めることができた。
最後の梯子の上での舞も見ることができてよかった。
ただ、周りの観客には職場の人以外は殆ど知った人がいない。
一人だけ、自治会の役員をしていたので見かけたが、親戚は誰一人見に来ていない。
毎年のことだし、家近くで舞ってくれるので、神社には来ないのだろう。
帰りは家内に迎えに来てもらうのに、墓参りでいつも訪れる場所を指定してそこまで歩いて行った。
幼い頃一緒に遊んだ友達の家などは空き家になっているし、親戚の家も崖崩れでとっくに引っ越して畑になっている。
この50年前の年月は、まさしく私を浦島太郎にしてしまった。
お墓の近くの防波堤に腰掛けながら家内の来るのを待った。
祭りを見ることができたのは良かったのだが、浦島太郎の身が寂しかった。
すると、祭りの笛の音と太鼓が遠くで聞こえだした。
宮入の後も近所を回っているのである。
その音はやはり昔のままである。
鳥撫育ちの私の父はこの音の節をそらんじていた。
私はこの節は複雑で憶えられない、単純な大津や尾崎の祭り囃子なら憶えている。
それでも、幼い心に刻まれた囃子の音は、50年前の記憶を蘇らせてくれた。
その夕べは収穫した枝豆と落花生を圧力鍋で蒸かし、間引きした大根の炊いたのを食べた。
祭りと言えばツナシ寿司や甘酒を思い出すが、我が家の収穫物と炊き込みご飯で祝うのも良いものである。
本当なら日本酒と行きたいのだが、糖質が多いので安い第3のビールと赤ワインを飲む。
どういうわけか家内は携帯で私の酔った顔を写真に撮る。
見せられてたその顔はまさしく浦島太郎だった・・・
2013年10月6日日曜日
真夏のような10月6日
朝、霧が晴れるとランニングシャツと短パンで散歩する私に日差しが容赦なく照りつけた。
しっかり歩くつもりだったのだが、30分ほどで家に戻った。
今日はカヌー型のゴムボートの練習をするにはもってこいだった。
実は、だいぶ前からカヌーがしたくて、いろいろ調べたのだが、結局安くて手軽な二人乗りのゴムボートを買っていた。
春先にネットで購入して、いつでも使えるように、空気を入れて庭先の日陰につるしていた。
結局、夏休みに一度も練習できず今日に至ってしまった。
近くの千種川の河原まで軽トラで運んで、現地で空気を足した。
空気が十分でないのか、真ん中に乗り込むと折れ曲がって水が入ってきたので、後ろ側に乗った。
パドルを使って操船するのだが、思った以上にうまくいかない。
川の流れはたいしたことはないのだが、上流に向かって漕ぐと殆どまともに進まない。
どうしても、右手が強くなって回転してしまう。
水も中に貯まったので、空気を入れ直すことにした。
空気を足して、乗り込もうとすると、前回は簡単に乗れたのに、二度も転覆して下半身がずぶ濡れになった。
それでも、何とか乗り込んで下流の方に漕いでいった。
日差しは夏そのものだが、空は秋の空であった。
腰が沈んでいるので、仰向けになって漕いでいる状態で、空しか景色が見えない。
出発地点へ戻ろうとすると、これが思った以上に大変。
風に流されるし、転覆しそうになるし、やっとの思いで岸に着いた。
正味一時間ほどの練習だったが、いつもしているジョギングや水泳以上に疲れてしまった。
海で練習しようかと思ったが、川でよかった。
海なら戻ってこれなくなっていたかもしれないと思った。
初心者は池で練習する意味がよくわかった。
カヌーの練習の後は農作業をした。
今年は遅く植えたオクラが今でも多くとれてる。
庭先で乾燥させていた黒胡麻もはじけたのをボールに入れた。
胡麻は家内が夕ご飯にいろいろと使ってくれた。
毎日、すり胡麻を納豆と一緒に食べているのだが、まるで味が違う。
穫り入れから乾燥、脱穀と面倒な胡麻だが、手をかけて作る価値はあると思った。
家で作る落花生や枝豆も売っている物とはまるで味が違う。
たぶん有機肥料を使って、無農薬だからだろう。
今日は気温も三〇度を超して、夏と秋の同居した10月の日曜だった。
11月初旬に行った奄美大島を思い出した。
その時も、11月だというのに三〇度近くに気温が上がって暑かった。
カヌーを上達させて、いつか奄美の海を駆け巡るのが私の夢である。
しっかり歩くつもりだったのだが、30分ほどで家に戻った。
今日はカヌー型のゴムボートの練習をするにはもってこいだった。
実は、だいぶ前からカヌーがしたくて、いろいろ調べたのだが、結局安くて手軽な二人乗りのゴムボートを買っていた。
春先にネットで購入して、いつでも使えるように、空気を入れて庭先の日陰につるしていた。
結局、夏休みに一度も練習できず今日に至ってしまった。
近くの千種川の河原まで軽トラで運んで、現地で空気を足した。
空気が十分でないのか、真ん中に乗り込むと折れ曲がって水が入ってきたので、後ろ側に乗った。
パドルを使って操船するのだが、思った以上にうまくいかない。
川の流れはたいしたことはないのだが、上流に向かって漕ぐと殆どまともに進まない。
どうしても、右手が強くなって回転してしまう。
水も中に貯まったので、空気を入れ直すことにした。
空気を足して、乗り込もうとすると、前回は簡単に乗れたのに、二度も転覆して下半身がずぶ濡れになった。
それでも、何とか乗り込んで下流の方に漕いでいった。
日差しは夏そのものだが、空は秋の空であった。
腰が沈んでいるので、仰向けになって漕いでいる状態で、空しか景色が見えない。
出発地点へ戻ろうとすると、これが思った以上に大変。
風に流されるし、転覆しそうになるし、やっとの思いで岸に着いた。
正味一時間ほどの練習だったが、いつもしているジョギングや水泳以上に疲れてしまった。
海で練習しようかと思ったが、川でよかった。
海なら戻ってこれなくなっていたかもしれないと思った。
初心者は池で練習する意味がよくわかった。
カヌーの練習の後は農作業をした。
今年は遅く植えたオクラが今でも多くとれてる。
庭先で乾燥させていた黒胡麻もはじけたのをボールに入れた。
胡麻は家内が夕ご飯にいろいろと使ってくれた。
毎日、すり胡麻を納豆と一緒に食べているのだが、まるで味が違う。
穫り入れから乾燥、脱穀と面倒な胡麻だが、手をかけて作る価値はあると思った。
家で作る落花生や枝豆も売っている物とはまるで味が違う。
たぶん有機肥料を使って、無農薬だからだろう。
今日は気温も三〇度を超して、夏と秋の同居した10月の日曜だった。
11月初旬に行った奄美大島を思い出した。
その時も、11月だというのに三〇度近くに気温が上がって暑かった。
カヌーを上達させて、いつか奄美の海を駆け巡るのが私の夢である。
2013年9月16日月曜日
軽トラ通勤2ヶ月
軽トラに乗って通勤し始めて2ヶ月、ようやく運転にも慣れてきた
始めの頃はトルクが弱いし、1速目は音が大きいのにスピードは出ないので戸惑った
小さな馬力で重い荷物を運ぶためにギアをそのようにしているのだと思うが、停止するたびに気を遣っていた
車高が高いが地面が近くに見えるせいか、スピード感がある
Stepwgnなどはスピード感を感じずに、結構スピードは出ていた
そのせいで、あまりスピードは出していなくて、後ろから迫られることが多くなった
ただ、後ろで煽るでかいワンボックスカーも、私のレイバンのサングラス姿をルームミラーで見かけると、距離を開けてくれる
一番良いのは窓を開けて、黒くて太い腕を出せば良いのだが、最近それをやるとスピードが落ちることに気がついた
燃費節減で窓を全開にしていたのだが、かえって燃費を悪くしていたようで、窓を閉めてエアコンをかけている
思い起こせば、窓を閉めて走り始めてから煽られるようになった
荷台には緑のシートをかぶせて、水泳道具などの荷物を置いているのだが、雨の日は水がたまってしまう
安物のシートを買ったせいで、直ぐにたるんでしまうのである
そこで、水がたまるとゴム紐を外して、水を抜くのだが、これが雨の中では結構手間である
雨の日はベランダボックスを積む方が良いように思えた
買い物を夫婦でいくときには、荷物は荷台に置かねばならないので、少々不便でぶっそうである
大きい荷物以外はFitの方がよほど便利である
軽トラは私だけなので、学校の駐車場では私の車はよく目立つ
若い教師の乗る大きいボックスカーに比べてこんなに小さいのかと引け目を感じた
先日、生徒に新幹線のスピードはどれくらいだと聞いたら、100kmというので
「100kmなら俺の軽トラでも出るわ」と言ったら受けた
実際はまだ出したことはなくて、単なる自虐ネタなのだが、実は生徒の多くは軽トラを知らない
田舎では自転車よりも使われている軽トラなのだが、赤穂ようなへんぴな町でも軽トラはマイナーだ
先日、家内が買い物で近くのスーパーまで運転していったら、同じ軽トラのお爺さんから怪訝そうに見られたという
軽トラは田舎でも男が乗るものというイメージがあるようだ
近所のおばさんは普通に乗っているのに・・・
ただ、私の知り合いの女性教師で、姫路から淡路島まで軽トラで農作業に行っている人がいる
さすがに橋の上では風に煽られるという
始めの頃はトルクが弱いし、1速目は音が大きいのにスピードは出ないので戸惑った
小さな馬力で重い荷物を運ぶためにギアをそのようにしているのだと思うが、停止するたびに気を遣っていた
車高が高いが地面が近くに見えるせいか、スピード感がある
Stepwgnなどはスピード感を感じずに、結構スピードは出ていた
そのせいで、あまりスピードは出していなくて、後ろから迫られることが多くなった
ただ、後ろで煽るでかいワンボックスカーも、私のレイバンのサングラス姿をルームミラーで見かけると、距離を開けてくれる
一番良いのは窓を開けて、黒くて太い腕を出せば良いのだが、最近それをやるとスピードが落ちることに気がついた
燃費節減で窓を全開にしていたのだが、かえって燃費を悪くしていたようで、窓を閉めてエアコンをかけている
思い起こせば、窓を閉めて走り始めてから煽られるようになった
荷台には緑のシートをかぶせて、水泳道具などの荷物を置いているのだが、雨の日は水がたまってしまう
安物のシートを買ったせいで、直ぐにたるんでしまうのである
そこで、水がたまるとゴム紐を外して、水を抜くのだが、これが雨の中では結構手間である
雨の日はベランダボックスを積む方が良いように思えた
買い物を夫婦でいくときには、荷物は荷台に置かねばならないので、少々不便でぶっそうである
大きい荷物以外はFitの方がよほど便利である
軽トラは私だけなので、学校の駐車場では私の車はよく目立つ
若い教師の乗る大きいボックスカーに比べてこんなに小さいのかと引け目を感じた
先日、生徒に新幹線のスピードはどれくらいだと聞いたら、100kmというので
「100kmなら俺の軽トラでも出るわ」と言ったら受けた
実際はまだ出したことはなくて、単なる自虐ネタなのだが、実は生徒の多くは軽トラを知らない
田舎では自転車よりも使われている軽トラなのだが、赤穂ようなへんぴな町でも軽トラはマイナーだ
先日、家内が買い物で近くのスーパーまで運転していったら、同じ軽トラのお爺さんから怪訝そうに見られたという
軽トラは田舎でも男が乗るものというイメージがあるようだ
近所のおばさんは普通に乗っているのに・・・
ただ、私の知り合いの女性教師で、姫路から淡路島まで軽トラで農作業に行っている人がいる
さすがに橋の上では風に煽られるという
プロジェクターを買って一ヶ月
2学期から自前のプロジェクターを教室で使用している
BenQのMW820STは超短焦点ワイドでしかも、3000ルーメンという明るさで、教卓の横から映して十分大きいし見やすい
最初は自立式のスクリーンを用いたが、窓を開けていると風で揺れたり歪む
また、結局下の方は見づらいし、一番の難点は重くて運びづらく、設置に時間がかかる
そこで、黒板に張り付くマグネット式のスクリーンに変えた
自立式より幾分小さくはなったが、風の影響はないし、軽くて設置も便利である
社会科教室は部屋が大きくて、後ろからは見づらかったのだが、教室は狭いので字の大きさは問題ない。
問題なのはスクリーンの下の方は教卓やパソコンが邪魔になって見づらいということで、なるべく下に文字は映さないようにした
一番やかっいなのは、机を据え付けた台車を毎回教室に設置しなければならなくて、廊下いっぱいに移動している生徒とせめぎ合う
自転車の呼び鈴でも鳴らしながら移動したいくらいである
今回教室で使い始めて、やっとネットを活用できるようになった
ネットで助かるのは、その場で調べられることである
分からない用語や内容を調べらるし、史跡などを直ぐに写真や地図で示すことができる
口頭で説明するより効率的で、その分、逸話話や質問がしやすくなった
映像に関しては、午前と午後では見方が全然違う
面白い内容でも、午後はどうしても眠くなる
これは夕食後にテレビで面白い番組を見ていても寝てしまうのと一緒である
だから、昼食後直ぐの授業はなるべく書かせることにした
そうなると、長い時間映像は見させられないので、映像の編集が必要である
実は、以前も一番時間がかかったのは映像の編集だった
録画していた番組をテーマに沿って編集するのだが、これが結構手間である
DVDのVOBファイルをMPEGに変換したり、映像の切り抜きに時間がかかった
しかも、手持ちの編集ソフトはXP用で、Win7には対応していない
また、最新の編集ソフトを手に入れる必要ができてしまった
やればやるほど、深みにはまる映像編集ではあるが、いろいろと役に立つことも確かである
一番大事なのは、授業が面白いと感じてもらうことで、いくら受験に役に立つとか、すばらしい内容でも面白くないと身につかない
受験に直接関係なくても、歴史の面白さをNHKの歴史教養番組などは教えてくれる(教育テレビは少し退屈)
受験に関係ない生徒などでもアニメの日本史には興味をしめす
今後オンデマンドの活用も考えているが、録画できないので編集せずにどう活用するかが課題だ
新しい取り組みは殆ど自腹で、出費もかさむが、自分自身が授業が楽しくないと、生徒にも楽しい授業ができないと思っている
これは、自分の研究は書籍にしても、調査費用にしても自腹であったことの延長上にある
文科省から助成してもらった研究も行ったが、結局は自腹の方が多かった
その分、職場の飲食の付き合いも悪かったりするが、どこかで我慢しないと家計は持たない
金をかけるところはかけて、削るところは削る
周りの人とはちょっとずれているようにも思うけれど・・・
BenQのMW820STは超短焦点ワイドでしかも、3000ルーメンという明るさで、教卓の横から映して十分大きいし見やすい
最初は自立式のスクリーンを用いたが、窓を開けていると風で揺れたり歪む
また、結局下の方は見づらいし、一番の難点は重くて運びづらく、設置に時間がかかる
そこで、黒板に張り付くマグネット式のスクリーンに変えた
自立式より幾分小さくはなったが、風の影響はないし、軽くて設置も便利である
社会科教室は部屋が大きくて、後ろからは見づらかったのだが、教室は狭いので字の大きさは問題ない。
問題なのはスクリーンの下の方は教卓やパソコンが邪魔になって見づらいということで、なるべく下に文字は映さないようにした
一番やかっいなのは、机を据え付けた台車を毎回教室に設置しなければならなくて、廊下いっぱいに移動している生徒とせめぎ合う
自転車の呼び鈴でも鳴らしながら移動したいくらいである
今回教室で使い始めて、やっとネットを活用できるようになった
ネットで助かるのは、その場で調べられることである
分からない用語や内容を調べらるし、史跡などを直ぐに写真や地図で示すことができる
口頭で説明するより効率的で、その分、逸話話や質問がしやすくなった
映像に関しては、午前と午後では見方が全然違う
面白い内容でも、午後はどうしても眠くなる
これは夕食後にテレビで面白い番組を見ていても寝てしまうのと一緒である
だから、昼食後直ぐの授業はなるべく書かせることにした
そうなると、長い時間映像は見させられないので、映像の編集が必要である
実は、以前も一番時間がかかったのは映像の編集だった
録画していた番組をテーマに沿って編集するのだが、これが結構手間である
DVDのVOBファイルをMPEGに変換したり、映像の切り抜きに時間がかかった
しかも、手持ちの編集ソフトはXP用で、Win7には対応していない
また、最新の編集ソフトを手に入れる必要ができてしまった
やればやるほど、深みにはまる映像編集ではあるが、いろいろと役に立つことも確かである
一番大事なのは、授業が面白いと感じてもらうことで、いくら受験に役に立つとか、すばらしい内容でも面白くないと身につかない
受験に直接関係なくても、歴史の面白さをNHKの歴史教養番組などは教えてくれる(教育テレビは少し退屈)
受験に関係ない生徒などでもアニメの日本史には興味をしめす
今後オンデマンドの活用も考えているが、録画できないので編集せずにどう活用するかが課題だ
新しい取り組みは殆ど自腹で、出費もかさむが、自分自身が授業が楽しくないと、生徒にも楽しい授業ができないと思っている
これは、自分の研究は書籍にしても、調査費用にしても自腹であったことの延長上にある
文科省から助成してもらった研究も行ったが、結局は自腹の方が多かった
その分、職場の飲食の付き合いも悪かったりするが、どこかで我慢しないと家計は持たない
金をかけるところはかけて、削るところは削る
周りの人とはちょっとずれているようにも思うけれど・・・
2013年9月15日日曜日
判断の難しい警報
9月4日は朝から警報が出る予測がなされていた
台風崩れの低気圧が接近していたからだ
1時間目の授業からだんだんと雨が激しく降り出して、いつ警報が出てもおかしくなかった
2時間目になって、ますます雨風が激しくなっていた
私はパソコンを使って授業をしているので、ネットからようやく警報が出ているのをいち早く知った
まもなく校内放送があり、結局、雷雨の激しい今の段階では、帰宅するのが困難と待機することになった。
しばらくして、雨が少し小止みになったので、生徒を一斉に帰宅させることになった。
と言っても、雨風は強く、迎えに来る車などの対応に当たった教師はずぶ濡れになってしまった
ネットを見ていた教師からの情報で、赤穂駅では電車が動いていないことが分かった
駅での混雑が予想されたので、教師が何人かその整理に向かった
11時の電車は運休だが、幸い別の電車が駅に止まっていたので、生徒は電車の中で待機できた
ところが、電車は増水した千種川を渡れるかどうか、坂越駅で待機するという
とにかく、相生駅からは動いているということなので、相生駅で降りる生徒の対応に教師が向かった
電車は相生駅に着くことができ、生徒も無事に帰宅したことを、電話連絡などを通して確認できたのは昼過ぎであった
私は自宅の上郡が避難勧告が出ていたので、午後二時過ぎに家のことが気になり年休を取って帰宅した。
通勤経路に当たる千種川は、増水して河原は全て水の底であった
役場の職員がいたるところで警戒に当たっていた
自宅に帰る午後3時頃には雨も小康状態になり、近所の高田川の水位も徐々に下がりだしていた
結果的に今回の警報では、一番雨が激しく危険な時間に生徒を帰したことになる
職業科の生徒を抱えている高校は、遠くから生徒が来ている関係で、朝から休校にしているか、警報が出る前に帰宅させた。
校区の狭い普通校の方が警報が出るのを待って帰したので、危険であったことが後になって、他校の人からも聞いた
これには、以前帰宅が遅れて、学校に宿泊せねばならなかった苦い経験があり、雨が止むまで待機させる選択がとれなかった
結果としては夕方になれば安全に帰れて、問題なかったのだが、姫路のように警報が出っぱなしのようなケースもあり、待機する判断は難しかった
この警報というのは本当に曲者で、姫路市のように広い地域では、一部が大雨であれば全体に警報が出て、殆ど関係ないところも休校になる
方や、すでに岡山県の隣の市町村が警報が出ていて、警報が出るのは時間の問題だと思われるのに対応できない
行政区に応じた警報の発令の仕方自体に無理があるのである
かといって小中学校は行政の区分けによっているので、その単位で警報を出してもらう方が対応しやすいだろう
しかも、最近は局所的な豪雨のために、広い範囲での警報が出しづらくなっている
今年のような地球温暖化による異常気象は、従来の警報体制では対応できないことを露呈させてしまった
学校は避難場所にもなるのだから、警報が出ても待機できるような態勢を今後は考えるべきだろう
宿泊に関しても、食料・水、毛布などの備蓄を義務づけておけば、対応できると思う
気象庁も、予報が外れて非難されることを恐れずに、早めに警報を出して欲しいと思う
そして、行政区とは別に、地図上に示されたデーターで判断できるシステムも作って、学校側で判断しやすくした方が良いと思われた
台風崩れの低気圧が接近していたからだ
1時間目の授業からだんだんと雨が激しく降り出して、いつ警報が出てもおかしくなかった
2時間目になって、ますます雨風が激しくなっていた
私はパソコンを使って授業をしているので、ネットからようやく警報が出ているのをいち早く知った
まもなく校内放送があり、結局、雷雨の激しい今の段階では、帰宅するのが困難と待機することになった。
しばらくして、雨が少し小止みになったので、生徒を一斉に帰宅させることになった。
と言っても、雨風は強く、迎えに来る車などの対応に当たった教師はずぶ濡れになってしまった
ネットを見ていた教師からの情報で、赤穂駅では電車が動いていないことが分かった
駅での混雑が予想されたので、教師が何人かその整理に向かった
11時の電車は運休だが、幸い別の電車が駅に止まっていたので、生徒は電車の中で待機できた
ところが、電車は増水した千種川を渡れるかどうか、坂越駅で待機するという
とにかく、相生駅からは動いているということなので、相生駅で降りる生徒の対応に教師が向かった
電車は相生駅に着くことができ、生徒も無事に帰宅したことを、電話連絡などを通して確認できたのは昼過ぎであった
私は自宅の上郡が避難勧告が出ていたので、午後二時過ぎに家のことが気になり年休を取って帰宅した。
通勤経路に当たる千種川は、増水して河原は全て水の底であった
役場の職員がいたるところで警戒に当たっていた
自宅に帰る午後3時頃には雨も小康状態になり、近所の高田川の水位も徐々に下がりだしていた
結果的に今回の警報では、一番雨が激しく危険な時間に生徒を帰したことになる
職業科の生徒を抱えている高校は、遠くから生徒が来ている関係で、朝から休校にしているか、警報が出る前に帰宅させた。
校区の狭い普通校の方が警報が出るのを待って帰したので、危険であったことが後になって、他校の人からも聞いた
これには、以前帰宅が遅れて、学校に宿泊せねばならなかった苦い経験があり、雨が止むまで待機させる選択がとれなかった
結果としては夕方になれば安全に帰れて、問題なかったのだが、姫路のように警報が出っぱなしのようなケースもあり、待機する判断は難しかった
この警報というのは本当に曲者で、姫路市のように広い地域では、一部が大雨であれば全体に警報が出て、殆ど関係ないところも休校になる
方や、すでに岡山県の隣の市町村が警報が出ていて、警報が出るのは時間の問題だと思われるのに対応できない
行政区に応じた警報の発令の仕方自体に無理があるのである
かといって小中学校は行政の区分けによっているので、その単位で警報を出してもらう方が対応しやすいだろう
しかも、最近は局所的な豪雨のために、広い範囲での警報が出しづらくなっている
今年のような地球温暖化による異常気象は、従来の警報体制では対応できないことを露呈させてしまった
学校は避難場所にもなるのだから、警報が出ても待機できるような態勢を今後は考えるべきだろう
宿泊に関しても、食料・水、毛布などの備蓄を義務づけておけば、対応できると思う
気象庁も、予報が外れて非難されることを恐れずに、早めに警報を出して欲しいと思う
そして、行政区とは別に、地図上に示されたデーターで判断できるシステムも作って、学校側で判断しやすくした方が良いと思われた
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