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2014年6月12日木曜日

夏の初めのお客さん

今年も風呂に入るのが楽しい季節になった。
風呂の窓で蛾をハンティングするヤモリ君、何度見ても飽きない。
何度も失敗して、右往左往しながら小さな獲物を仕留めている。
今年はちぎれた尻尾が再生しかかっているのが親分で、もう一匹がその隙を狙っている。
時々、窓ガラスが鳴るほど音を立てて、けんかをしている。
その様子を見るだけで、ゆっくりと湯船につかっていられる。

招かざる客も何度か訪れた。
ムカデやネズミだが、特にムカデは下手をするとかまれるので要注意だ。
今日は私が畑から持ち帰ったレタスに付いていたという。
私はつかんでカゴに入れたが、無事で良かった。
家内は洗っていて見つけて、退治したという。
私がいる時は、その役目は私がする。
先日は私が入浴の最中で風呂場だったので、高温シャワーで退治した。

昨夜は、家内が「ちょっと ちょっと」という。
「なんだ」というと、「とにかく来て」と言うので、行ってみると、なんと蛍が米袋の中で光っている。
玄関の隙間から入って、廊下に置いてある30kg入りの米袋の中に入ったらしい。
そのうち出て行くだろうと放っておくと、気がつけば居間のドアのガラスに張り付いて光っている。
わざわざ近くの川まで見に行かなくても、自宅でテレビを見ながら蛍も眺められる。
電気を消して真っ暗にすると、ドアに小さな星のように瞬いた。
朝起きてみると、そのお客さんも帰ってしまっていた。

用事で訪れる近所の人以外に、ほとんどお客さんのない我が家だが、こういう仲間がたびたび訪れる。
以前はカブトムシや、クワガタムシ、時々、コウモリも訪れた。
昼間は当然小鳥で賑わっているけれど、夜の訪問客にも事欠かない。


2014年6月10日火曜日

タマネギの収穫期の淡路

この日曜日(6/8)は、水泳の交流大会があって、引率で南あわじに行くことになった。
実は淡路島に行くのは、花博(2000年)以来だから、14年ぶりということになる。
明石から見えている淡路島を見ながら、行ってみたいと思い続けていた。
いつも二の足を踏んでいたのは、明石大橋の通行料の高さだった。
この4月からETC利用で900円ということになり、気軽に行けることになった。
車で通る明石大橋は二度目だが、他のどの橋よりも圧巻である。
何よりも、明石海峡が漁船で賑わっているのを見るのも、楽しくなる。
神戸淡路鳴門自動車道は山の上を走っているので、海を眺めながら走れて快適である。
用事できているのでなければ、どこかのパーキングで景色を眺めたいくらいである。

南あわじ市は遠かった、自宅から120kmほどある。
会場の温水プールに着いて、車のドアを開けたとたん、タマネギの臭いがした。
ちょうど収穫期で、回りの畑にはいっぱいタマネギが大きくなっ、て葉が折れ曲がって並んでいる。
天気も良いので、日曜なのに農家の人が忙しそうに収穫作業を始めていた。
私はレースが始まる前に、散歩がてら昼の弁当を買いに出かけた。
タマネギは掘り上げるのは機械だが、後はほとんど手作業である。
ひとまとめに括って,コンテナに入れたりして、タマネギ小屋まで運んでいく。
じっくり腰を下ろして作業をしているのだが、ほとんどの人が中高年で、若い人は滅多に見ない。
特に若い女性を見かけることがないので、何となく寂しい感じがした。
また、有機農業を手がけている私には、草一本生えていない畑には違和感を感じた。
マルチを使わず草が生えていないのは、除草剤を使っている可能性が高いからである。

レースが進んで、昼休みとなった。
私は時間の合間に昼食は済ませていたので、もう一度散歩に出ることにした。
どうも地形が気になっていたからである。
地理の授業を担当しているせいか、どうしてもそちらに関心が向いてしまう。
洲本川があって、その周りに平地があるのだが、もう一段上にも平地がある。
まさしく河岸段丘のようなのだが、一段上の平地は上がってみると、結構広い。
開拓事業によって広げられたのかもしれないが、寺や神社はそういうところに建てられているので、年代は古いようだ。
一段上の平地からは、遠く海まで見える。
洲本高校側の段丘に行くと、もっと広々として、海からの風がさわやかに通っていた。
午後12時過ぎなのだが、それほど暑くもなく散歩できた。

レースが終わって、帰宅する頃には夕方の日差しに回りは赤く染まっている。
明石大橋は今度は西側を見渡したのだが、瀬戸内海はこんなに広大であったのかと感じた。
児島坂出ルートの橋では島がたくさん見えたし、狭い感じがしていたからである。
橋から眺めるパノラマは、一時旅の気分を味合わせてくれた。
兵庫県はいろんな顔を持っているとつくづく思う。
もっと、その魅力をアピールして観光客を呼び込んでほしいと思う。
昼間見た入浴観光施設はお客さんがまばらだったからである。

2014年6月1日日曜日

蛍で賑わう川

今年の蛍はどうか気になって、近くの小川に出かけてみた。
真っ暗な橋の方で人声がする。
近所の老夫婦と若い孫娘が蛍を眺めにやってきていたのだ。
促されて、橋の上から葦の茂った方を見ると。
蛍が乱舞している。
いつも、この風景を写真やビデオで残したいと思うのだが、そんな技術は持ち合わせていない。
他の地域のように蛍祭りを行って、皆で賑やかに眺めるのも良いのだが、知り合い同士で、今年の品評をするのも良い。

その近所のご主人に寄れば、灯りが多くなって蛍が減ったという。
ご夫婦の家はまさに川のそばになるのだが、防犯のため設置された街灯のために、蛍が減ったという。
言われてみれば、以前にはその街灯は無かった。
そもそも、街灯の光だけで、蛍の光は打ち消されてしまっていた。
若い人が村から出て行ったり、年配の人などが亡くなって時との数は減るのに、街灯は増えた。
蛍を見て大喜びする、子供たちはめっきり減ってしまった。
そう言えば、今日は校区の運動会であったのだが、児童数も減ってしまったと聞く。
皮肉なもので、村が寂れていって、蛍の数は増えていったようだ。
亡くなった方の魂だとすれば、納得のいくことなのだけれど。

視線を夜空に向けると、星はかすんでいる。
近所のご主人は地上の灯りで、天の川が見えないという。
私は「PM 2.5もとんでいるからね」というと
ご婦人と若い孫娘が笑った。
そのPM2.5をブロックする太平洋高気圧が張り出して、満天の星が輝く頃には、蛍の季節も終わっているだろう。
地上の星と空の星を両方眺められる日は、この季節でもきっとあると思うけれど・・・


2014年5月30日金曜日

懐かしい再会と驚きの再見

前任校は特別支援学校で、普通校に代わった今ではそこで出会った先生や生徒に出会う機会はほとんど無かった。
ところが、たまたま仕事上の会議で。同じ学年の先生と1年ぶりに出会うことが出来た。
一番気にかかっていたのはやはり、担任していた生徒の卒業後の様子である。
担任した生徒が施設や作業所、職場で頑張っているのを聞いて安心した。
ただ、卒業後を心配した生徒はやはり上手くいっていない様子だった。
私は前任校の先生とほとんど連絡を取っていないので、胸のつかえが取れた感じがした。
二つの学校に別れて、随分変わった様子だった。

夕方、テレビを見ていて驚いた。
なんと、前任校で校長をしていた人が、記者会見をしていた。
立場は市の教育長であった。
その先生が退職後に勤めていた庁舎で会議が有り、先ほど噂をしたばかりだった。
今年から勤め始めた市の教育現場で大きな問題が生じたようだった。
前任校でも学校分割という重責を果たし、今回はそれ以上に大変な場面である。
1年ぶりに見かけた場面がテレビで、それも悪い状況なので懐かしさは吹っ飛んでしまった。
責任を担う人は、どこへ行っても休まることが出来ないのかと、気の毒にも思い、敬服した。





2014年5月17日土曜日

野獣死す

高校時代の一つ上の先輩のN氏の訃報を聞いた。
脳梗塞で一度倒れて、二度目で結局旅立ってしまった。
彼は高校ではサッカー部のキャプテンもし、突出した風格を持っていた。
前歯は試合で蹴られて折れて、そのままにしていた。
遊びも大好きで、やばいことをして小遣いを稼ぎ、それで授業料を稼いだと自慢していた。
一つ上の先輩の中では一番目立つ存在でもあった。

その先輩は彼が高3の時に、文化祭で一緒のバンドを組んで、ドラムを叩いてくれた。
とにかく、サッカーをやっているので、蹴りが強くてバスドラがよく動いてしまった。
あまり音楽に触れていなかったので、リズムはよく狂ったが力強さは魅力だった。

彼は、私も夢見た北大の農学部の獣医学科に合格した。
訃報で以外に、獣医としてどのように暮らしていたかは伝わってこなかった。
しかし、高校時代の彼の行動から、豪放な生活をしていたことが想像できた。
前歯が折れても無頓着でいた彼のことだから、健康にあまり留意しなかったのだろう。
よく働き、よく飲み、よく食べて、よく遊んだであろうことは間違いない。

高校時代の文化祭のステージでやった曲の中で、彼が一番気に入っていたのは、漫画ギャートルズのエンディングの曲であった。
「なんにもない なんにもない 全く何にもない 生まれた生まれた 星が生まれた・・・」
このシンプルな曲を、彼の希望もあって敢えて使った。
私はビートルズのHeltere Skelterが一番歌っていて興奮したが、野蛮に見えた彼の方は静かな曲が好きだった。
野獣のように闘った彼は、心優しい人でもあった。
きっと、広い宇宙のどこかの星になって、前歯の抜けた顔をしてにやっと笑っているだろう。

ネズミ騒動

一週間ほど前に、我が家に大きなクマネズミが進入した。
居間で夜テレビを見ていると、かさかさと音がする。
ふと、棚の上に目をやると、体長20cmほどの茶色の大ネズミ、一瞬目を疑った。
ネズミも動きを止めたが、こちらに悟られたのがわかったのか、おいている箱などの隙間に隠れた。
置いているものをどけて、捕まえると大騒ぎになるのでしばらく様子を見た。
すると、カーテンレールを伝っているのが分かったので、粘着性のねずみ取りを通り道に仕掛けた。

翌朝、ネズミはかかってはいなかった。
そこで、テレビの裏側が、一番物陰になって潜みそうなのでそちらに仕掛け直した。
その翌朝、居間に入ってみると、「チュー チュー」と鳴き声がする。
しかし、明らかにか細くて高い声、ハツカネズミである。
クマネズミを捕るつもりが、ハツカネズミがかかってしまった。
ほかにも侵入者がいたことで、また別の不安も生じた。
鳴き声を聞きながら、朝食をとるのはあまり気持ちのいいものではなかった。
クマネズミの方は、別の座敷の部屋でタンスの上を走り抜けるのを発見した。
ますます不安が増す、服を食い破って巣を作るかのせいがあるからだ。

どうしたらいいものか、思案しながらねずみ取りを増やそうと考えていた矢先の夜。
なんと、クマネズミは食器棚の中にいるではないか。
真ん中で仕切っている食器棚の右側に這い込んだので、片方にガラス戸を寄せて出られなくなるように粘着テープで封をした。
これくらいのテープは食い破られると思ったので、上からちょうどいい寸法のアルミの物差しがあったので、それに補強した。
こうすれば、ネズミは何日か後に飢え死にすると安心した。

翌朝、ハツカネズミが掛かったまま放っておいたねずみ取りが妙である。
なんと、でかいクマネズミが掛かっている。
もう一匹いたのかと、とりあえず散歩に出かけた。
戻って来て、家内に掛かっていることを告げると、戸棚から逃げて掛かったのだという。まさかと思って、戸棚を見ると見事に隙間を空けている。
もっと、しっかり貼り付ければよかったのである。
しかし、せっかく脱出できたのに、ねずみ取りに掛かるとは運の悪いやつだと思った。
火箸と肥料袋を用意してきて、まだ動いているネズミを仕掛けまま入れて、結束バンドで封をした。
本当は、掛かったままゴミに出しておかなかったことを、前日に家内に文句を言ったのだった。
捨てなかったのがかえって、いい結果を招いた。
これで、やっと平和な日常が戻って来た。
しかし、小者はまだいる可能性は十分ある。
家内はまた新しい仕掛けを買ってきた。

2014年5月11日日曜日

好きは上手の元

教えてもらう人によって、成績や特技が伸びたり、伸びなかったりする。
特に私は、その傾向が強くて、この歳になってもそれが続いているようだ。
40過ぎて教えてもらった水泳も、コーチを気に入ったので頑張れた。
そのコーチは30代の男性で、人の気持ちを汲むのが上手だった。
小学校の時も、好きな担任の先生の時には成績も伸びたが、嫌な担任の時にはわざと学校を休んで悪かった。
中学校の時には、好きな数学の教師の時には学年で一番の点数を採れたが、高校になって嫌いな教師の時に理系から文系に変わった。
絵も小学校から習いに行った先生も好きで画家になりたいと思ったが、中学校の美術の先生が嫌いで絵は描かなくなった。
教師になった多くの人は、好きな教師に憧れてなっている人も多い。

ということは教師である自分も、生徒から嫌われると教えている科目も嫌われるし、好かれれば好きになってもらえると言うことである。
ただ、好きになってもらう努力をしても、空回りすることもあるし、逆に嫌われたりもする。
自然に振る舞いながら、生徒から好かれるのはなかなか難しい。
ただ、恋愛と違って、年齢はあまり関係ないようだ。
どこの学校へ行っても、年配の先生で生徒から大変慕われている人がいる。
逆に若くて美人なのに、生徒と上手くいかない人もいる。
教師としては、教える人と関係なく勉強やスポーツをがんばって欲しいと思うが、それは言い訳なのかもしれない。
容貌や年齢に関係なく、生徒にとって魅力ある教師を目指さなくてはいけないのだろう。

ある先生は、中学校も行けず、高校も全日制は中退して、通信制を卒業したという。
ただ、全日制の担任の先生がすごく良くて、憧れて頑張り、国立の教育大に見事合格した。
その担任の先生がいたから、教師を目指したという。
不登校の生徒も、関わる教師によって、教師にさえできることを証明している。
残念ながら自分が担任した生徒は教師になっていないので、教師としての魅力に欠けるのかもしれない。
それでも、教えている歴史が好きで、そのコースに進んだ生徒や、今も進もうとしている生徒がいるのは少しは救いである。
ただ、この道はなかなか食っていけないぞと、言い続けてはいる。
何でも良いから自分で学ぼうとする姿勢が少しでも育ってくれたら、私は それだけで嬉しい。