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2015年8月14日金曜日

ミニトマトはドライに限る

このところ、つまみは乾燥したミニトマトである。
少々食べ過ぎて、おなかが張っている感じもする。
普通はミニトマトは多く食べても、5個くらいまでだろう。
ドライトマトなら、10個以上食べてしまう。
しかも、干しぶどうほど甘くなく、健康的だ。
売っている乾燥トマトは、妙に味付けをしている。
何も味付けしなくても、十分甘くて美味しい。

ドライフード機を数ヶ月前に買って色々と試した。
ささみジャーキーも、つまみにもってこいである。
ジャガイモも、ポテトチップスより健康的で美味い。
パクチも乾燥すれば、手軽に使える。
不評だったのは、まずキュウリ
これは、味が妙に強調されて、酢の物にしないと食べづらい。
サヤインゲンは、私はそこそこいけると思ったが、家内には不評だった。

下拵えが必要な物は、家内が下拵えをしてくれる。
そうでないものは、殆ど自分でやっている。
ささみ以外は家で採れる野菜である。
一番工夫がいるのは、温度と時間だが、それも慣れてきた。
因みにミニトマトは最初、家内が天日干しでチャレンジした。
天日干しはなかなか乾かなくて、仕上げにドライフード機を使った。
入院のごたごたで、そのまま放置してカビらせてしまった。
カビずに残った物も、今ひとつ味も見た目も良くなかった。
そこで、私が一人でチャレンジしたのだ。
温度を徐々に下げていって、丸二日で出来た。

野菜の保存はなかなか難しいが、ドライフード機のお陰でだいぶ助けられるようになった。
また、酒のつまみとして、ささみジャーキーも非常に美味しい。
ネットなどでは、ペットのおやつにと宣伝している。
100gで80円ほどのささみは、私にはとてもリーゾナブルだ。
缶詰にせよ、市販の物は味が飽きてしまう。
その点手作りの物は、味付けも変えられる。
因みにささみは、家内が酒蒸しした物を乾燥させた。
日持ちも良くて、良いビールのお供になった。

狩猟採集の時代から、人類は食料を乾燥させて保存してきた。
奄美与路島では、魚を干して保存しておいて、行事に際して戻して食べていた。
昔から天日干しとか、燻製、囲炉裏での炙りで完成させた。
今の生活環境では、なかなか難しい。
だから殆どが冷凍保存と言うことになる。
確かに冷凍保存は良いのだが、すぐに冷凍庫が一杯になってしまう。
乾燥させた物はそう長期には保存できないが、腐らせずに持たせることが出来る。
いっぺんに多く採れる野菜には、もってこいだ。
自然生活と文明の融合がドライフード機によってなされる。

クロの散歩姿

いつもの散歩コース・蓮の咲く池の前

川原にて

今日は、朝散歩に出かけたときは雨はやんでいた。
手術前に行っていた散歩コースを久しぶりに、短縮ではあるが歩いた。
これまで傷の痛みがあって、歩く自信が無かった。
特に、下腹部に近いところが、しばらく痛みが続いた。
不思議なもので先週の木曜日は痛みに苦しんでいたのだが、一週間でかなり歩けるまでに回復できた。

午前中は殆ど雨が降っていて、本ばかり読んでいた。
アンソニー・ギデンスの「国民国家と暴力」である。
(戦争と近代の国民国家は切り離せないことを説いている。)
愚犬クロは朝の散歩に行ってからは、殆ど縁台で寝ている。
午後からもしばらく本を読んでいたのだが、3時頃になって雨もやんだ。
これ以上、本を読む気にならなかったので、散歩に出かけることにした。

思い切って千種川の河原(家から2km程)まで行った。
そこで、トレーニングロープにつないぎ換えた。
口輪は、川原に着いた頃には既に外れていた。
案の定、クロは川に飛び込んで、水しぶきを上げながら、はしゃぎ回った。
それに飽きると河原を走り回り、砂地を掘り起こし始めた。
何か匂いが奥の方からするのか、一心不乱に掘り起こし始めた。

私は、大きな石に腰掛けてその様子を眺めていた。
時々呼び寄せたが、すぐに自分のやりたいことをやり始めた。
かけずり回り、穴を掘り、川に飛び込む。
それを何度も繰り返し、思う存分遊んでいた。
手術で傷を負って走ることもできない身としては、その凄まじいエネルギーにたじろがざるを得なかった。
主人に媚びようともせずに、一心にはしゃいでいる。
かつて自分も若かりし頃、溢れるエネルギーをもてあましていた頃を思い出した。

入試などの受験という鎖につながれて、若さのエネルギーを発散するすべも無く、いろんなところで暴発させていたように思う。
かつては、それをもてあまして悩んでいた。
エネルギーが枯渇しかかっている今の自分には懐かしい。
今だから、かつての自分の若さ故の馬鹿な行為が、自分で許せるのかもしれない。
それでは、歳がいった今は自由になれたかというと、自由になれたわけでは無い。
むしろ、自分を縛る鎖ではなくて、色んな重しを背負いこんでいるように思う。

犬がいなかった頃は、走るか歩くか泳ぐか、とにかく自分の世界に閉じこもった状態で、世間をすり抜けていた。
犬と散歩の時はそうはいかない。
常に他の人や他の犬の様子を気にかけていなくてはいけない。
気を抜いたら、クロの場合は田んぼや溝に飛び込んでしまう。

誰もいない千種川の川原に腰掛けてのんびりする。
かつて、我が子らと一緒にこの川原で水遊びをして以来である。
全く一人で水辺に腰掛けていたら、詩人か自殺志願者に見えるかもしれない。
犬を遊ばせていたら、そうは思われないだろう。
むしろ、はしゃぎ回る犬の方が、注目されるだろう。
確かに犬を散歩させるのは非常に手間だ。
しかし、身近な世界との関わりを、こうやって回復させてくれていることも確かである。 

2015年8月13日木曜日

若気のクロ

以前紹介したように、うちの愚犬クロは野良犬時代の習慣を維持している。
一番の問題点は狩猟である。
蛙や蝉を捕まえて、その場で食べるのである。
当然、道で死んで乾燥している物も、自分なりに安全を確かめて食べている。
家では十分ドッグフードを食べさせ、骨や犬用のガムも与えているのにである。
野良犬時代に生き抜いてきた習性だと、私も半ば許していた。
ところが、今朝、道ばたの竹輪を見つけてくわえている。
不自然に溝の端に置いてあって、落としたり捨ててあったりという風では無かった。
とっさに毒入り竹輪かもしれないと思い、食べるをの止めさせた。

これで拾い食いはもう禁止となった。
ネットで躾方が紹介しているが、どうも現実的では無い。
仕方ないので、口輪を買ってはめることにした。
ついでに、ハーネスやトレーニング用のロープも買った。
早速、試してみた。口輪の効果はてきめんである。
嫌がって転びながら外そうとしたが、簡単には外れない。
近くの公園でトレーニングロープを使って遊んでやった。
小さければリードを外してやったのだが、ここまで大きくなる逃げたら捕まえられない。
しかも、手からもらう餌は警戒して、見せてもやってこないので使えない。
家に来て初めて、「おいで」と呼んで跳んできたのを抱き寄せてやった。

公園で遊んで、たんぼ道を帰る。
いつものように田んぼに飛び込みたがるが、ハーネスをしているので簡単には引かせない。
ところが不意に田んぼに飛び込んだので、前から思いっきり引っ張ると外れてしまった。
きちっと長さを調節してなかったのだ。
稲の中で遊び回るクロ、姿は見えずただ稲穂が揺れる。
「クロおいで」と呼びかけるが、行ったり来たりを繰り返している。
もう、このまま逃げてしまうのかと不安になった。
ところが、ある程度して気が済んだのか、呼ぶ声に戻ってきた。
これで厳しく怒ると、逃げた時に戻ってこないと思って、戻ってきたことを逆に褒めた。
とんだハプニングだったが、クロが勝手に逃げてしまわないこともこれで分かった。
まだ子供で衝動を抑えきれないクロに付き合うのは大変なことだ。
考えてみれば、人間に直したら中学生くらいなのかもしれない。
生徒に接する気持ちでクロに接するしか無いのか・・・

2015年8月11日火曜日

三度目の入院

8月4日から人生三度目の入院となった。
二度目は教育入院で手術は行わなかった。
一度目は局所麻酔の手術、今回は全身麻酔である。
全身麻酔の腹腔手術で、すぐに回復できると医師から説明は受けていた。
しかし、入院初日、麻酔科医師によって全身麻酔のリスクを知らされた。
正直、止めて帰ろうと思った。
もし、手術を決める前に全身麻酔のリスクを知って真剣に考えていたら、部分麻酔を希望しただろう。
考えてみれば当たり前なのだが、全身麻酔は肺呼吸も止まるので、人工呼吸器が必要なのだ。
それで、肺活量検査を前もって行った理由が分かった。
口の中や歯に影響が及ぶ危険性があるので、口腔外科に手術前日に視てもらい、歯石を取ってもらった。

手術前夜は睡眠剤ももらったのでよく眠れた。
手術当日も、開き直って緊張はしなかった。
というのも、一回目の局所麻酔の手術では、お産よりも痛いという手術を経験していたからである。
その手術よりは痛みはましだろうと思っていた。
朝九時に手術台に寝かされて、麻酔を始めると言われたらすぐに意識を失った。
気がついたら別途に移されるところだった。
やはり、内臓脂肪が多くて手術に手間取ったそうで、終わったのは13時前だった。
実は、事前の説明では15時頃には終わらせたいといわれていた。
もっと、内臓脂肪に手こずると思われていたようだった。

麻酔が切れた後は、痛みとの戦いになった。
いくら腹腔手術でも、体へのダメージはそれなりにあるのだ。
一番大きな傷になったのはへそで、後でそこから出血があって、ガーゼをあてねばならなかった。
手術後は心電モニターや、酸素呼吸器、点滴、導尿、血栓予防のマッサージャーなど、体の身動きがとれる状態では無かった。
仰向けで同じ姿勢をしていると、背中がとても痛んだ。
それらが、一つ一つ外されていって、少しずつ体の姿勢も楽になっていった。
しかし、腹筋に力が入ると痛むので、寝返りを打つのも苦労した。

術後1日目に導尿がとれて、自分でトイレに行けるようになった。
しかし、ずっと移動式の点滴をもったままで、時々血が逆流して気持ち悪い状態になった。
その夜にやっと点滴も外れた。
術後2日目では、入院している3階の廊下をゆっくり歩けるようになった。
術後3日目には、傷口のガーゼがとれて、午後からシャワーを浴びることができた。
歩行訓練のために階段を使って向かい側の以前入院していた棟の3階まで行った。
術後4日目の朝は、早朝散歩に出かけて、コンビニに寄って買い物をした。
術後5日目、かなり普通に歩けるようになり、退院した。

今回の入院した外科の3階は、高齢者が多くて、同室の人も当初すべて高齢者だった。
その中で、若い看護師が元気に活躍していた。
普段高齢者と接することが多いせいか、私も同じような口調で話しかけられた。
私は教壇に立っている時とはいわば逆の立場で、指導され世話をされる立場だった。
そんな中で、この病院で理学療法士として働いている教え子が顔を出してくれた。
また、口腔外科では研修医として働いている教え子にも会えた。
その時だけ、ただの患者から教師に戻れた。
そして、彼女らから力をもらった。

実は今回の病気で大きく自信を失っていた。
体力だけには自信があったのに、肥満と加齢が大きく原因する病気だったからだ。
もう無理はできないと思い知らされた。
病室の周りの高齢者を見るにつけ、自分の老後を思い浮かべていたのだ。
毎日、甲斐甲斐しく病院にやってきてくれる家内らと共に労りながら老後を暮らそうと思った。
しかし、教え子の活躍する姿を目の当たりにして、老い込む歳では無いと思った。
教え子に会ったときに、こんな情けない姿は見せられない。
一度全身麻酔で死んだも同然の体になって、再び甦ったと思おう。
これは文化人類学で言うイニシエーション(通過儀礼)である。
現代に生きるシャーマンになってみるか・・・

2015年7月30日木曜日

野良犬だったクロから思うこと

我が家に来てクロも、もう少しで2週間になる。
色々と手こずることが多くて、不安に思うことが多かった。
一番困るのは散歩の時に、他の犬や人に過剰に反応することである。
引き綱を引いて、足下で押さえつけるようにしているが、それでも暴れる。
それを見て、年配の犬連れのご婦人はおもしろがっている風でもある。
やはり律儀そうな年配の男性は、ここは決まった散歩ルートとばかり、道を変えずに向かってくる。
そう言えば、かつて猟犬を連れたご老人が、散歩で苦労していたのを思い出した。
その人は、甲斐犬を飼っていて、田んぼに引き釣り込まれて倒れたりもしていた。
今できる対策は、散歩ルートを変えてなるべくそういう人と犬に会わないことである。
結局それも、根本的な解決にはならないが、成長すれば少しはましになるかもしれない。

とにかく、生後8ヶ月でいたずら盛りなので、色んな悪さをしてくれる。
庭の花を傷めるので、ネットを張ったら引き倒してしまった。
そこでベランダボックスを置いたら、その上で寝そべっている。
まるで御山の大将である。
じゃれて噛むこともあったので、それはきつく叱った。
しかし、道ばたに落ちている干からびた蛙を食べることは止めない。
おそらく、捨て犬時代の大切な食料だったのだろう。
猟犬の血を引くので、草むらや泥の中でも飛び込んでいく。
私もガス抜きと思って、あまり制止はしない。

最近新聞の記事の中で、戦災孤児の手記が連載されている。
野良犬だったクロと比較するのは気の毒だが、場合によって孤児の方が惨めに思える内容もある。
野良犬でも上手く飼い主に巡り会えれば、一生寝食の心配はいらない。
しかし、戦災孤児の多くは野垂れ死んだり、親戚の家で惨めに暮らしたらしい。
野良犬は、豊かさの中で身勝手な飼い主の生む悲劇である。
戦災孤児は、豊かさを求めて身勝手な権力者と大衆が生んだ悲劇である。
日本では過去のものとなった戦争が生む悲劇も、海外では日常となっているところもある。
日本の自衛隊は番犬から猟犬ないし闘犬に変身させられようとしている。
犬も番犬に徹していれば良いものを、猟犬や闘犬になったら手傷を負うだろう。
「狡兎死して走狗烹【に】らる」という格言もある。

2015年7月24日金曜日

学術書の悲哀

先日、自分の著書を生徒に見せるために、ネットで検索した。
我が目を疑った。
Amazonで中古で6056円の値段が付いている。
定価は3000円であり、おそらく絶版のためにプレミアが付いている。
新品の場合を3000円で受け付けているところもあれば、20000円の値段を付けているところもある。
在庫を多く持っているとは思えないので、出版社へ問い合わせしていないネットショップもあるのだろう。

私はこの本を出版するために、親族や学校厚生会から借金をした。
出版社から割り当てられた書籍を売っても、とうてい足りない額である。
一生に一度かもしれないと思って、新車に買い換えるのを我慢すれば良いかと思った。
当然、大学の先生のように授業で用いることは無いので、数多く売れるはずも無い。
ただ、公立図書館や大学などで購入して頂いているのは検索すれば分かった。
出版してから9年目で出版社の抱える在庫は無くなったようだ。
しかし、再版の打診も無いので、このまま絶版と言うことだろう。
再版が無いと言うことは、著作料も入らないということである。
そして、出版社とっても、割の良い書籍では無かったと思う。

私は次の出版にかかって、やはり10年近く経ってしまった。
借金も払い終わっていない状態で、同じような形で出版しようとは思っていない。
出版社と折り合いが付かなければ、最低、大学生協などでの自費出版とデジタル出版を考えている。
そうは言いながら、原稿が仕上がらなければ話にもならない。
とにかく、原稿を書く余裕が無いのが実情だ。
あまりにもやりたいことが多すぎる(反省)

世の中に原稿料を多く稼げる人がいる一方で、借金を背負ってまで出版するのは何故か。
いつも、家内への言い訳は
「多くの図書館が私の著書を置いてくれている。自分の本は何十年経っても価値を持ち続けてくれる」
その価値が、中古で6000円、新品で2万円なのかなとも思う。
500円の文庫本40冊分の価値を付けてもらったと思えば、幸せなのかな・・・