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2019年11月11日月曜日

琵琶湖畔2019秋

昨日(11/10)は出張で、滋賀県の大津に出かけた。
自宅を暗い内から出て、新幹線に乗り込んだ。
夜明けの明石大橋を見るのは初めての経験だった。
新幹線に乗るのは、家内と葉山まで葬式に出かけて以来であり、一人きりで乗るのは本当に久しぶりである。
新幹線に乗る時は、修学旅行などの仕事が殆どであった。
学生時代は名古屋や東京との往復に用いたりしたのだが、当然当時とまるっきり全ての雰囲気は違っている。

京都駅から在来線に乗り換えて、大津駅まで行き、そこから滋賀県立武道館まで歩くことにした。
バスはあるにはあるが、一時間に一本で、地図で検索したら徒歩29分と書いてあった。
大津付近はどんよりと曇っており、朝の寒い中を人通りのない街を歩いた。
そして、琵琶湖畔の遊歩道に辿り着いた。
そこには、しっかりと厚着をした釣りをする人が、もう釣り糸を垂れていた。
また、ジョギングをする人がどんどん通り過ぎていく。
駅前より、よほど湖畔の方が賑やかなのである。
極めつけは、ベンチでギターを弾いている熟年男性さえいる。
木々の葉が色づいた遊歩道は、この季節ならではの趣はある
ただ、目的地がまだどれくらいか分からなかったし、薄めのスーツには寒気が応えて旅情を味わうどころではなかった。

会場が分かったので、今度は帰りの最寄りのバス停か駅を探しに行った。
結局、最寄りのバス停には時刻表もなく、最寄りの駅はJR膳所駅だった。
ネットのGoogle Mapで、会場を検索した時は、膳所駅など出てこなかった。
膳所駅は大津駅からより歩いて半分程度の時間で済んだ。
ネットも過信してはいけないということがよく分かった。

午前の仕事が終わり、昼休みとなったが、時間は40分しかない。
結局スーパーで巻き寿司弁当と野菜ジュースを買い、湖畔の岩に座り込んで頬張った。
釣り人が悠長に糸を垂れている横で、開始の時間が迫っていたので無理矢理寿司をジュースで押し込んだ。
そして、午後からも殆ど立ちっぱなしの仕事となったので、帰りの膳所駅への坂道は脚や腰に応えた。
ただ、一日高校剣士達の奮闘を見ていたので、体とは裏腹に気分的には高揚していた。
行きの新幹線の中では孤独を感じていたが、帰りの新幹線の中では高校剣士達との繋がりを感じていた。







2019年11月5日火曜日

ドライブコンサートwith小田和正

朝(11/4)、新聞でNHK・FMで午後から「今日は一日小田和正三昧」あるということを知った。
そこで、午前中は農作業をしっかりとおこなって、午後からドライブに出かけることにした。
行き先は倉敷のアウトレット、目的はドライブそのものだが、ブリーフを買いに行くという言い訳も考えていた。
行きは家内に運転してもらって、国道二号線を西に向かった。
前日の曇り空とは違い、秋らしい澄んだ空が心地よい。
残念なことは、電波状態も悪いし、車の走る音でラジオの声が良く聞こえない。
小田和正本人が出演しているのだが、声はいつものように小さいのでなおさらだ。

家内の知り合いには熱烈な追っかけファンがいるので、その人も聴いているだろうと話す。
一生懸命働く目的は、小田和正の追っかけのためだというからすごい。
小田和正のファンの心酔ぶりは、テレビで見るコンサートでも良く伝わってくる。
ラジオに寄せられ来たファンからのリクエストに添えられたメッセージからも、それが良くわかる。
彼の歌には、励まされたり、生きる勇気をもらっている人が何と多いことか・・・
ストイックに取り組む音楽性に多くの人が共感していることがよく分かる。
私は小田和正のファンではあるが、それほど熱いものでは無い。
しかし、こうやって彼の曲を聴くシチュエーションのために、ドライブにわざわざ出かけるのだから、それなりのものである。

家内は家で聴けば良いのでは無いかと言うが、車窓から流れる風景を見ながら聴くのが格別なのである。
そして、何よりも知っている曲を口ずさむのは、車の中で家内が横にいる方が良い。
車の中の方が、車の音で誤魔化せるし、気楽に一緒に口ずさむことが出来るからである。
ただ、今回家内は小田和正の曲は殆ど口ずさまなかった。
私は「自己ベスト」シリーズの曲はよく知っていて口ずさめるが、他はあまり知らないので初めて聴くという曲もあった。
久しぶりに「緑の街」を聴き口ずさみながら、過去の自分と重ねあわせたりした。
彼の歌は青春時代から、60歳を過ぎた今も、暮らしの中で淀みなく流れ続けてくれている。


倉敷のアウトレットは休日と言うことでイベントも有りずいぶん混んでいた。
このところ畑仕事中心で、人の多いところに出かけていなかったので新鮮な気分である。
たまに賑やかさを味わうのも、こういうモールにやってくる目的でもある。

帰りは私が運転して、西日を背に受けながら赤穂に向かう。
この日は帰りに母を見舞いに行く予定にしていた。
帰りは状態の良い電波にラジオを合わせることが出来て明瞭に聞こえる。
西日を受けた前面の景色が浮き立って見える。
特に倉敷から備前に向かうバイパスはなだらかな山が遠くに見えて、見通しも抜群に良い。
そんな中で、小田和正の曲がまさしく風のように流れていった。

病院に母を見舞い、買い物を済まして家に帰ってからもラジオを聴き続けていた。
夕食後いつしか、そなままラジオを聴きながら眠ってしまったのだが、心地よい眠りであった。
農作業の多かったこの三連休を、最後の半日で心地よい想い出に換えてくれた。











2019年11月3日日曜日

でーしょん祭とタマネギ

この連休は赤穂の畑にタマネギとニンニクを植えようと思っていた。
赤穂の畑はこのところほとんど手を加えていなかったので、家内にも手伝ってもらうことにした。
タマネギを植える日は、赤穂のでーしょん祭と重なることが多いが、今日(11/3)もそうだった。
千種川の河原の祭のために指定された駐車場には、車やバスがいっぱい駐まっていた。
まず、農作業の前に、母親の病院に見舞いに行ったのだが、日曜にも関わらず駐車場がいっぱい。
結局、立体駐車場の一番上に置かねばならないほどであった。
どうやら、総合体育館の催しや、でーしょん祭に関係する人が駐めているらしい。

母を見舞った後、ホームセンターに肥料を買いに行くついでに、家内は隣のディスカウント・ショップで弁当を買いに行った。
戻ってくるのにかなり時間がかかったので理由を聞くと、でーしょん祭の関係者がを弁当を多量に買っていたという。
でーしょん祭の関係者はその着ている衣装で分かるのだが、店員が運んでくる弁当を一斉に買っていくそうだ。
とにかく、店は大賑わいであったようだ。

今回、私はうっかりと一輪車を積んでくるのを忘れた。
小型耕運機や草刈り機はちゃんと積んできたのだが、忘れてきてしまった。
そこで、軽トラの荷台から直接肥料を撒くために、畑に通すために邪魔になる枇杷やスダチの枝を伐らねばならなかった。
畑に乗り入れた軽トラから有機石灰、油かす、牛糞、鶏糞を家内と一緒に撒いていった。
結局、小型耕運機で耕すまでに手間取って、午後一時頃になってしまっていた。
そこで買ってきてもらっていた弁当を食べることにした。

海鮮丼290円には驚いた。
それでもけっこう刺身の品数があり、そこそこいけた。
コンビニで買うより、ディスカウントショップはずいぶんと安い。
他にも、安いサラダや野菜ジュース、クロワッサンも買ってくれていた。
何よりもありがたかったのは、第三のビール。
家内が運転してくれるので、美味しく頂ける。
同じ内容を家で食べたとしたら、わびしく感じられたかも知れない。
畑で食べると、ごちそうのように思える。
そして、十分おなかがいっぱいになった。

ご飯を食べて早々に、手作業で畝をたて、マルチを張っていった。
タマネギの苗を植えるのは家内の仕事である。
その間に私はニンニクを植える準備をしていた。
農作業をしている間、色々と周りの音が聞こえてくる。
海浜公園のテニスの試合の声、救急車や消防車のサイレンはいつものことだ。
今日はでーしょん祭のアナウンスの声まで聞こえてきた。
いつも静かな上郡に住んでいて、こういう賑やかさには元気がもらえる。
家内も手伝ってくれているので、いつもより疲れを感じなくて、色々と作業をこなすことが出来た。

午後3時頃になると、さすがにこちらも体力に限界が来たので、まだ途中であったが切り上げることにした。
家内は夜勤の仕事に出かける息子の弁当や夕食の準備がある。
私も家に戻ってから片付けやクロの散歩が待っている。
出かける時は農作業の後に見舞いにしようかと思っていた。
作業後、汗と泥にまみれてしまった状態になって、先に行っておいて良かったと思った。
家内にはしんどい思いをさせたが、私は手伝ってもらってありがたかった。
上郡の近所の人も夫婦で農作業を行っている人が多い。
一人で黙々とやるよりも、二人で農作業をやると作業もはかどるし、気分的にも楽である。

家内は持ってきたスマホで好きなラジオを聴きながら作業をしていた。
ちょうど、ニンニクの種をほぐしている時には、マーラーの曲がかかっていた。
畑でクラッシックを聴くのも悪くはないが、映画「プラトーン」で使われたの「弦楽のためのアダージョ」は切ない気分にさせられた。
この畑には幼い頃からの想い出がいっぱい詰まっているので、その記憶がフラッシュバックしたりする。
いつもの休日は夫婦でドライブや買い物で過ごすのだが、農作業を一緒にやるのも悪くないと私は思う。
家内にとっては負担が多くて申し訳ないように思うが・・・・








2019年11月2日土曜日

千種水汲み2019年秋

11月入って初めての土曜日で、まだ水は幾分残っているのだが、千種に水を汲みに行くことにした。
このところ私の母が入院していて忙しく、行ける時に行こうと思った。
午前中に母の見舞いに行き、赤穂の畑仕事をして、午後から家内と出かけた。
近隣の神社の祭りは終わったのだが、もみじ祭や白旗城祭りの幟が道沿いに立っている。
そういえば、赤穂に行く時には、赤穂マラソンの告知板が、病院近くにあった。
これからは良い季節で、あちらこちらでイベントが催されるのだ。

もみじ祭りと行っても、山の木々はまだそれほど色づいていない。
むしろ、千種に行く前の道ばたの畑には、ひまわりとコスモスが綺麗に咲いていた。
そして、南光町の自然観察村にはいっぱいテントが張られている。
そのままテントで眠るのか、コテージを利用するのか分からないが、夜は冷え込むことが予想される。
子供連れの家族が川沿いで遊んでいたが、寒がりの家内には縁の無い光景に感じたようだった。

水汲み場に到着して、外に出てみるとさすがに気温は低い。
家内は寒さに備えた服装をしていなかったので、水を汲みながら震えていた。
他には誰一人汲みに来る人は無く、キャンピングカーがそばのトイレを使いにやってきただけだった。
そのキャンピングカーは、かなり立派で高価に思えた。
私はキャンピングカーで日本国中を回ってみたいと常に思っている。
しかし、家内はそもそも普通のホテルでもよく眠れない。
宿泊を伴う旅行を家内はいつも無理だと決めつけている。
そのたびに私は、教育学部を出て教師を志したこともある家内に、「教師にならなくてよかったな」と皮肉をわざという。
小学校の教師であれば、自然学校などで、それなりに長く宿泊せねばならないからだ。
当然、中学校や高校は宿泊研修や修学旅行で長く宿泊することがある。
もし、家内が教師になっていたら、平気でどこでも眠れるようになっていたと、私は思っているのだが・・・

水を汲んできて、納戸にしまった後、食事をしてゆっくりしていた。
そのうち、家内が愚犬のクロがいないことに気がついた。
散歩をして鎖に繋いだ息子は、責任を感じて探しに行ったが見つからなかった。
私はしばらくしたら帰ってく来ることは分かっていたので、放っておいた。
案の定、数時間ほどして戻ってきた。
以前は、脱走すると一晩中遊びほうけることが多かった。
今回は首輪の金具がとれてしまって脱走したのだった。
元捨て犬だったクロは、そういうチャンスを逃さない。
ただ、もう野宿は出来ないようだ。
自分の小屋以外で眠れない飼い犬になってしまった。
クロともキャンプは無理かも知れない・・・





2019年10月29日火曜日

病院から見る赤穂の景色

母親が入院して、病状から個室に入ることになった。
私は、金曜日の夜に仕事から帰るなり、寝袋を持って病院に駆けつけた。
横になっても眠ることは出来ず、うとうとしては何度も起きた。
朝になって、朝日が周りの景色を赤く染めながら、浮き立たせてくれた。
部屋は5階にあって南向きである。
残念ながら川や海は見えないのだが、子供の頃から見慣れている、西の方の山の景色が見える。
赤穂から見える西の方の山は、なだらかである。
どうも古代のカルデラの外輪山の後らしいのだが、今思えば赤穂以外のところにはあまりない景色だった。

山は変わらないのだが、市街地の南側はずいぶんと変わったと思う。
そもそもこの病院自体ここには無かった。
一番目立つのは関西電力火力発電所の白い煙突。
西の方に総合体育館や運動場。
そして、南にはショッピングセンター。
工場や牧場があった河口付近の地域には、高層の住宅も建てられた。
ずっと赤穂に住み続けてきたわけではないが、その変化を見続けてきた。
私は60歳なので、半世紀以上の移り変わりを見てきたことになる。
おそらく今住んでいる上郡の高田地区は、半世紀でこれほどの変化はなかっただろう。
それが赤穂と上郡の違いなのだろうと思う。
赤穂の実家も手入れがいかなくて、庭も荒れ放題になっている。
近所の知った人は高齢化する一方で、話をしたことのない若い人もいっぱい住んでいる。
たまたま何年かぶりに出会った従兄弟の変貌ぶりにただ驚くばかりである。
おそらく自分も変貌していて、従兄弟もそう感じたであろう。

久しぶりに病室の窓から赤穂の景色を眺めながら、時代が流れていったことを感じざるを得なかった。
そして、病室に横たわっている母親にも、かつては若くて元気な時代があったことも思いだした。
今の母親からは、以前の容貌を伺うことが出来ないが・・・
病院に入院していいる赤穂に縁のある高齢の人は、窓の景色から昔を思い出しながら過ごしているのだろうと思う。
元気で若い頃のことを思い出させてくれるのも、治療の一つになっているのかも知れない。


2019年10月23日水曜日

琵琶湖そして日本海2019秋

去年は10月には沖縄に結婚式のため出かけた。
今年は何の予定もないので、せめて平日に夫婦で休みが取れたので、少し遠くまで行こうと思った。
今度、滋賀県の大津に仕事で出かける予定があるので、下見がてら行ってみようと思った。
というのも、神戸からの新名神や湖西道路を通ってみたかったこともある。
天候は曇り空だったが、気候は暑くもなく寒くもなく良いドライブ日和。
久しぶりに山陽自動車道にのり、神戸から新名神へ入った。
今までは中国自動車道を使っていたが、高槻まで新名神で走るのは初めてである。
殆どが山の中を走り、山陽自動車道の延長という感じだった。
途中、宝塚北SAに立ち寄ってトイレ休憩をした。
土日は、非常に混雑するそうだが、ゆったりとしていた。
高槻からはいつもの名神で、久しぶりに懐かしい景色を眺めた。

早いもので京都には自宅から二時間ほどで来られる。
その京都を素通りして、大津ICで一般道に戻った。
独身の頃は京都や大津付近はよくドライブできたのだが、夫婦で来るのは初めてである。
今度、仕事で来るあたりをうろうろした後、湖西道路に入った。
国道161号線は琵琶湖を西から眺められるドライブコースで、雄大な琵琶湖の景色を味わった。
途中、「道の駅 妹子の里」に立ち寄って、昼食をとった。
美味しそうな近江牛もあったが、軽めのうどん定食を食べた。

再び、北に向けて行くと、一般道になり湖のそばを通っていく。
私は家内にはどこに行くとは言ってなかったので、ずっと行き先をどうするか尋ねられていた。
日本海まで行くというと、不安がられるかと思ったからである。
実際、湖と反対の山は非常に険しく、北西に向かう手頃な道がなさそうだった。
結局、行き先をあかし、家内が道路マップで国道303号が良いことを見つけたので、高島からその道を通ることにした。
303号を通ると簡単に小浜に出ることが出来た。
小浜は以前に息子と家内と一緒に来たことがある。
ちょうど朝のテレビドラマ「ちりとてちん」が放送されていた頃である。


「道の駅 若狭おばま」に立ち寄って、そこからしばらく海沿いの一般道を走った。
以前通った国道27号なのだが、家内は殆ど憶えていなかった。
このあたりは入り江が多くて、落ち着いた雰囲気である。
その後、小浜西ICから舞鶴若狭自動車道に入った。
本当は一般道を走りたかったのだが、帰る時間を考えると出来なかった。
以前来た時は一般道で、舞鶴の港に停泊している自衛艦も見ることが出来た。
途中で日本海を山間から見ることが出来たが、山の中を走る自動車道は景色が単調で面白みに欠けた。
同じ山間でも、一般道だったら京都丹後鉄道と絡み合って、その列車の通るのを見て楽しむことが出来た。
そして、自動車道が出来て今は寂れてしまっているのが多いが、ドライブインに立ち寄ってその地域の特産品を眺めたりした。
篠山のあたりから雨も降り出して、薄暗くなってしまった。
途中のパーキングには雨のせいで面倒となって一度も寄らなかった。
そして、再び中国自動車道にのり山崎ICまで行き、そこから一般道で自宅に戻った。

出発したのが10時頃、戻ったのが18時過ぎで、車には8時間くらい乗っていた。
通った府県は大阪府、京都府、滋賀県、福井県で兵庫県を加えると5県にまたがる旅となった。
走行距離は500kmを超えており、通行料金は往復9000円ほどかかった。
それにガソリン代が加わるので、二人で移動するのに12000円ほどはかかっている。
朝早く出かけるとか、目的地をしっかり決めて調べておく方が、もっと充実したドライブにはなったと思う。
ただ、二人で交代で運転できるので、体力に無理がないので、気ままにどこにでも行けるのだ。
最後は雨が降り出したので、家内が長い距離を運転することになってしまって申し訳はなかった。

20歳代の頃は自動車道が整備されていなかったので、これだけの距離を移動することは大変だった。
今は自動車道のおかげで、我々のような年齢でもそれほど無理なくこなせる。
ただ、一般道の方が魅力あるドライブには間違いが無い。
事実、一般道を多く使って行った以前の小浜へのドライブの方が記憶に多く残っている。
自動車道のドライブは、新幹線の旅と同じ、一般道のドライブは鈍行の旅と同じだろうと思う。
私は本来は鉄道なら鈍行の旅、ドライブなら一般道の旅が好きなのだが・・・

2019年10月17日木曜日

栗より美味しい

シバ栗は確かに甘くて美味しい。
でも酒のつまみになったり、おやつになったりする程度である。
やはり、ご飯のおかずになるのは、イモである。
今年は雨が降らない時には、エンジンポンプを回したりして苦労した。
そのかいあって里芋もサツマイモも出来は良い。
大分前から里芋は掘り始めて、煮付けで食べている。
サツマイモも昨日から掘り始めて、さっそく大学芋で頂いた。

自宅裏の畑では今まであまりサツマイモを作ったことがなかった。
赤穂の方が、砂地で作りやすかったからだ。
ところが、赤穂では管理が行き届かなくて、このところ上手くいっていない。
そこで今年は裏の畑で作り始めた。
粘土質なので、掘るのも手間であり、やたら大きくなってしまって、スコップで切り刻んでしまう始末である。
それでも形の良いものもあり、人にあげても喜ばれそうだ。
実は私の母親の好物でもある。

このところ、私の実家や家内の実家に、枝豆や里芋を持って行っている。
人にもらってもらって、喜んでもらうのも農業の楽しみである。
イモを掘り起こした時、ちゃんと良いのが出てくるのも楽しみだ。
そして、裏の畑は二階の窓から時々眺めては、その元気な姿が励みとなる。
出荷して儲けようとなると、そんなことは言っていられないだろうが、自給目的なら気楽である。
これからも、余分に出来たら出荷する程度で、自給自足に近づく農業を目指したいと思っている。
近所の人がそういう生活で健康に暮らしているのを見ていればこそ出来るライフスタイルである。