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2023年11月5日日曜日

生存維持からの視点

 デヴィッド・グレーバー2016(2011)『負債論―貨幣と暴力の5000年』の研究の流れから現在はジェームス・C・スコット著(政治学者、人類学者)『モーラル・エコノミー ―東南アジアの農民叛乱と生存維持』を読んでいる。

この作品は書かれたのが1976年で、翻訳本が出たのは1999年だった。

もし、1976年にオリジナルを読んで理解できていたら、自分の研究は大きく違っていたろうと思う。

この著者をネットで調べたら藤原帰一氏の留学時代の指導教員と言うから、なるほど、鋭さと反骨さは合点がいった。

そして、羊を育てていることには親しみを感じた。

奄美の人々のみならず、貧しかった時代の人々を生存維持の視点から考えるべきだったと後悔している。

それは自分の祖父母や父母の生き方の理解に通じることでもある。

戦争も終わり、高度成長の中で豊かさを手に入れながら、自由を謳歌できた自分たちの世代は、生存維持よりも、自己実現という名の下、競争に明け暮れた。

生きていけることだけで価値があるのに、競争に疲れて自ら死を選んだ人も知っている。

そういう自分も死にたいと思ったことは数知れずあるのだから、別の意味で生存維持の脅かされている時代に生きたともいえるかもしれない。

飢餓と戦っていた人々は、生存を脅かす権力と戦う底力があった。

権力を手に入れようと戦う自分たちは、生存を脅かす権力にひれ伏してしまう。

そして、その権威を身につけた人に人生相談までしてしまう。

社会保障のなかった時代に、生存維持のために家庭を築き、子育てをしていた人々の存在を忘れたかのような発言をされて納得してしまう。

そして、世襲で権力を手に入れた政治家にはその生存維持の理解ができないようだ。

ジェームス・C・スコット氏は税によって生存維持を脅かされた農民の叛乱を理路整然と説明してくれている。

今の日本では飢餓は身近ではないだろうが、孤独や絶望とは隣り合わせである。

お一人様でも生きていける権威ある人には乗り越えられても、権威のないものにとっては乗り越えることの困難な試練である。

我々は叛乱どころか、孤独死や絶望死を覚悟せねばならないのだろうか・・・・


2023年11月4日土曜日

熊目撃情報と柿

 昨日(11/3)の回覧板で、上郡町の與井新でクマが目撃された通知があった。

近所では柿の実がいっぱい鈴なりになっている。

先日も近所の方から土嚢袋いっぱいの柿を例年通りもらった。

去年はお返しにはサツマイモをあげたが、今年は不作なので枝豆を差し上げたが、土嚢袋は底がちょっと膨らんだ程度だった。

近所でさっそく夕方には柿をとる姿が見受けられた。

急いでいるのか、太い枝ごと採ってしまっていた。

気がつけば隣の家の柿の実も殆ど採り尽くしている。

その人に話を聞けば、上郡や有年は結構出没するらしい。

私は毎朝早くクロと散歩するので、気をつけねばならない。

曲がりなりにもクロはハウンドで、イノシシ狩りにも使われる犬種だが、からっきし意気地がない。

以前も我が家の庭に出没したアナグマと格闘して、鼻をひっかかれてうずくまってしまったことがある。

ましてやその何倍もあるクマと格闘すらできないだろう。

とにかく、用心のために散歩には釣り竿ケースにゴルフクラブを入れて持ち歩くことにした。

今朝はうっかり何も持たずに薄暗い霧の中を散歩したが、長い棒を持って散歩しているご老人にも会った。

おそらく杖を兼ねた護身用だろう。

先日も職場から帰りに国道端で猿がゆっくりと草を食べているのを目撃した。

波賀町在住の同僚から話を聞くと、クマと猿を見かけたら必ず役場に連絡しなくてはいけないそうだ。

そして、どこで目撃してどちらに向かっていったかを必ず言わねばならないそうだ。

たぶん上郡町では義務づけはされていないと思うが、万一目撃した連絡せねばならないと思う。

山に食べ物がなくて、里の柿の実を食べねばならないクマも哀れだが、殆ど食べずに放置している柿に振り回されている町民も哀れだ。

元はといえば気象の大変動を引き起こした人間が悪いのだが・・・・

2023年10月28日土曜日

母と相棒に懺悔

 今の私にとってどうしても欠かせない相棒の一人はノートパソコンだ。

それが急に息を引き取ってしまった。

それはエプソンのエンデバーでかれこれ7年ほど付き合いになる。

母親の通院の付き添いの時に必ず持参したことが、一番の思い出となった。

というのも通常、受付をして、診察が終わるのは4時間以上経っていた。

その間、車椅子に乗っている母親のそばでパソコンを使って仕事したり、本を読んだりした。

そうすることによって長い時間待たされても、気が紛れることができたのだ。

年老いた母は「まだか まだか」と言いながら、時々鼻歌を歌ったり、居眠りをしていた。

当時、母親は心臓の具合が6年前くらいから悪くなり、入院したり循環器科に通院していた。

その母も去年、特養に入所してからは、私は付きそう必要がなくなったのだが、1年もたたないうちに亡くなってしまった。

母が亡くなったのが7月で、その3ヶ月後にパソコンも亡くなってしまったのだ。

デスクトップの画面背景には、このところ自分たち夫婦の結婚当時のデジタル化した写真アルバムを使っていて、そこには当時の両親の姿もしっかり残っていた。

私はそれを時々眺めながら、まだずいぶん元気だった50歳代後半の両親の姿を懐かしんでいたのだった。

アルバム自体は別のパソコンでも写せるけれど、壊れたパソコンは母との思い出が残るので処分せずに大事においておこうと思った。

それでも新しいのが必要なので、いろいろ探したがやっぱり同じエンデバーにすることにした。

外観は前のものとほとんど同じだが、ずいぶん操作が軽くなっているし、壊れる前のようなファンの音も殆どしない。

そういえば、壊れる前はそのファンの音が喘ぐように大きくなっていたし、時々突然シャットダウンしてしまっていた。

早めに新しいのと交代させて、仕事を軽くさせてやればよかったのだと後悔している。

これは、亡くなる前の母への気遣いがちゃんとできなかった後悔とも重なってしまう。

大して介護もしてあげてないのに、色々とトラブルのことで煩わしく思っていた当時の自分が情けなく、申し訳なく思う。

心のゆとりは単に仕事が忙しいとかどうかという問題ではなくて、何を優先して考えるかということであると失って改めて思い知らされた。

そして、ずっと今まで優先すべき大切な人や物を失って、後悔をどんどん積み重ねてしまっている自分を自分で哀れに思う。

哀れな私は、せめて今そばにいてくれる家族(愛犬も含む)や兄弟親戚、仲間、相棒であるパソコンや車なども大事にせねばならないと思わずにはいられない。


2023年10月22日日曜日

故郷は遠くにありても集うもの

 現在、私を含めて兄弟は誰も赤穂には住んでいない。

住所が赤穂市の弟も単身赴任中だ。

その弟が久しぶりに帰ってきて、自分たちの育った尾崎の風景を撮ってLINEにあげてきた。

京都に住む弟も先日用事で帰ってきて、懐かしかったらしくその投稿に共感していた。

私はちょっと前に、赤穂高校の近くにある畑がセイタカアワダチソウに被われていたので、それを必死で刈り取ったばかりだった。

故郷を感傷的に思うより、何とか荒れ果てる家や畑を復旧させねばならない立場だ。

私は農業と環境に拘ったので、赤穂よりも上郡を選んだ。

ただ最近は上郡の空中農薬散布に非常に危機感を感じている。

皮肉にも田畑の荒れた赤穂の方が却って環境に優しい農業ができるのだ。

だから、これからは赤穂の畑にも力を入れていこうと思っている。

先日来、生徒に赤穂八幡神社の秋祭りの紹介とその役割を説明している。

祭の盛んな地域の生徒が多いので、熱心に聞いてくれている。

そこではデヴィッド・グレーバーの「人間経済と商業経済」の対比からの視点で、祭の意味を説明している。

私は祭では人間経済が今でも生き続けていると思っている。

そして、商業経済とは一線画した職業が教師や看護師、介護士などだろうとも思っている。

商業経済にとっては、魅力の乏しいこういう田舎でも、人間経済にとっては価値ある所だと思う。

それに気付いてくれる人が必ず、集まってくれると私は信じている。

弟たちはこういう私を変わり者としか思わないかもしれないけど・・・・

2023年10月15日日曜日

シバ栗が一番

 栗の季節になった。

丹波篠山では大きくて甘い栗が売られ出した。

圧力を掛けてはじいた栗は格別に美味しい。

この時期の篠山は観光客で一杯なのだが、年に一度は訪れている。

それにもまして、今の私の楽しみは散歩の道すがらシバ栗を拾いそれを食べることだ。

シバ栗は木によって大きさも違うが、ドングリよりも小さい物も多い。

しかし、普通に店頭で売っている栗よりも甘くて美味しい。

近所の山には植えながら放置してしまった栗の木もあり、近くの人が勝手に拾ったりしている。

私も以前は、なるべく早く散歩に出かけて拾ってきたりした。

大きい栗はそうして皆が拾うが、シバ栗は見向きもされず、鹿などの動物の餌になっている。

だから、動物との競争にはなるが、朝早く行くとポケット一杯くらいにはなることもある。

この季節は大粒のシバ栗のある遠くの山にまで、散歩に出かけることもある。

以前は面倒なので茹でたりしていたが、今年からはシャトルシェフを使って蒸している。

蒸したシバ栗をテーブルに置いておいて、おやつやつまみ代わりに食べている。

因みにテーブルの上には、家で穫れたサツマイモ、落花生や買った銀杏も同じように蒸した物が並ぶ。

家内には栗の皮などが下に落ちるのでいつも小言を言われている。

日本人の前歯はシャベル状になっていると言うことだが、栗の実を皮からへずりとるのにちょうど良い。

小さな栗は爪で剥くのは面倒なので、全部歯で剥いて食べている。

だから、食べかすは鹿などの動物のものとよく似ている。

石臼で磨り潰していた縄文人よりも退化してしまっている・・・・



2023年10月13日金曜日

サツマイモへの思い入れ

 私の父はサツマイモを非常に大事に育てた。

私の幼かった頃は、稲も作っていたし、小麦も作っていた。

おそらくそれで、家族の主食は賄われていたと思う。

職工で昼間もきつい肉体労働をしていたのに、夏場は早朝や夕方に田畑に出たり、休日は農作業をいつもしていた。

子どもが4人もいたので、米は足らなかったのだろうと思うが、朝は小麦を製粉して貰ってホットケーキ(当時はべた焼きと言った)をみんなで食べた。

田圃は一枚は高校用地に売れ、残った一枚に新しい家を建てたので、畑だけが残った。

父はそこで、一番食糧になるサツマイモ作りに力を注いだ。

家のローンや子どもを大学に入れるのに、出費がかさむのでそれを補うためだったのだろう。

サツマイモは自分で苗を作るほどで、冬場は一つずつ靴下などにいれて、リビングの暖かい場所に置いていた。

また、干し芋にしたり、固くして粉にして食べたりしていた。

私は当時はサツマイモは好きになれなかったが、大学に入って下宿生をしていたときは、芋を送って貰って食糧の足しにした。

安いラーメンばかりで飽きていたので、サツマイモは主食に近い形で食べていた。

父は晩年はサツマイモを掘るのも辛くなったようで、私が掘るのを手伝ってあげることも多かった。

そういうサツマイモだが、自分自身は貧乏学生の時代に嫌というほど食べたので、自分であまり作ろうとは思わなかった。

家内もサツマイモはそれほど好きではなく、弁当のおかず程度に欲しいというだけなので、少しだけ作っていた。

しかし、今年からは食糧自給に向けて、サツマイモの作付けを大幅に増やした。

冬場はもち麦を中心とした麦類とジャガイモ、夏場はタカキビを中心とした雑穀とサツマイモが私の食糧自給戦略である、

そして、今年のサツマイモの出来はまずまずだ。

先日来、収穫した芋はふかして、小腹が空いたときや、酒の当てにして食べている。

かつての奄美や沖縄の人のように主食にはできないが、副食としてこれからもしっかり作り続けようと思う。

それにしても、私はだんだん親父に似てきたようだ。

2023年10月9日月曜日

ど根性大根大ちゃんになれない大根

 2005年、兵庫県相生市でアスファルトを割ってそそり立った大根が一世を風靡した。

時々、その場所を通るが、そこにはちゃんと案内が立っている。

それと引き換え、うちの大根と蕪はダイコンハムシにやられて、蕪は壊滅、大根はボロボロの状態でしなっている。

1回目は普通に蒔いて、ボロボロになったので、2回目は同じ所に蒔いて、百円ショップの不織布を被せて置いた。

しかし、一度入ったハムシは居続けたようで、今度はどちらも根こそぎ喰われてしまった。

もう今年は駄目かとも思ったが、蕪なら間に合うと思い、別の場所をバナーで焼いて、肥料(有機石灰と鶏糞)を入れ耕しておいた。

春菊が虫予防に効くというので、あらかじめ買っておいた種を真ん中に蒔いた。

そして、昨日(10/8)種を買いに行ったら、10月でも間に合う大根の種があったので、蕪と一緒に買って帰った。

今日は昨日からの雨で畑はぬかるんでいたが、朝早く起きて大根と蕪の種を蒔いた。

そして、あらかじめネットで買っておいた不織布を被せて、今度は厳重にその裾も抑えて置いた。

はたして、今度こそ上手くいくかどうか分からないが、3回買った種代だけでも馬鹿にならない。

どうしても、農薬を使いたくないので、こんなに苦労する。

以前は少し大きくなったところを青虫にやられて困ったが、壊滅状態になったことは無かった。

これも、農薬空中散布のせいで、天敵が減ってしまったせいかもしれない。

というのも、私は畑防衛隊と名付けたアマガエルが非常に少ないし、カマキリや蜘蛛も減ってしまった。

ただ、コオロギはそこそこいるが、ありがたいことにイナゴはずいぶんと減った。

近所の農家は農薬を普通に使っているので、ネットを使わずに立派に育っている。

最近は大根なども値上がりしているので、農薬使って作った方が安上がりなことも確かだろう。

皮肉なもので、ハムシのいないアスファルトの道の側で作った方が、大根は逞しく育つ時代なのだろうか?

町の真ん中では、農薬の空中散布など絶対あり得ないから・・・・・