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2024年11月6日水曜日

子連れより犬連れ

 11月3日に加西にあるフラワーセンターに家内と行ってきた。

この晴れの特異日の日には、この施設や、丹波篠山に出かけることが多い。

昨日までの台風崩れの大雨に打って変わって、非常に良い天気で、各地でイベントが開かれて賑やかそうである。

まずは腹ごしらえと、加西の大きなモールに入ったのだが、そのキッチンコーナーで以前利用したこともある店が閉店している。

あれだけ流行っていたのにと思いながら、真向かいの店に入って今年初めての牡蠣フライの入ったセットを食べた。

早めに来たので、すぐに席に着けたが、店を出る頃には順番待ちの人でいっぱいだった。

食べられる店舗が減ったので、待つ人も増えたようだ。

モールも人が多かったので、フラワーセンターも多いだろうと、覚悟して駐車場に入ったが非常にすいている。

その理由は、入ってしばらくして分かった。


いつものようい、温室を見て回ってから、池のそばの遊歩道を歩いて、バラ園の方に向かった。

バラが殆ど咲いていない、それどころか貧相な枝振りなのだ。

これでは見に来る人はいないなと納得した。

いつもの年ならバラが無くても、紅葉の季節でそれを楽しめるが、それもまだ早い。

唯一綺麗に咲いているのは、ダリアであった。

噴水の周りの庭園にダリアが見事に咲いている。

この噴水の周りはよく子どもたちが楽しそうに遊んでいる風景が見られていた。

ところが、こどもがあまりいない。

私たちも子どもが小さい頃に連れてきていたのだが、子連れが少ないのだ。

それに代わって多いのは、ペットの犬を連れた夫婦や女性である。

バギーを押している人を見かけるが、そのバギーは犬用であったりする。


当然、犬の殆どが室内犬で、洋犬が多くて柴犬は少なくて、大型犬は殆ど見られなかった。

家内と我が家のクロを連れてきたらという話をしたが、そもそも身体を洗うことができないので、軽トラ以外では連れてこれない。

そしてたとえ軽トラで連れてきたとしても、他の犬を見たら興奮状態になって、抑えるのが大変なのだ。

クロはれっきとしたハウンド(猟犬)だから、こういう所に来ること自体が場違いなのだ。

この歳になると、車に一緒に連れて行けるような犬が欲しいと思う。

本来なら孫を連れて楽しませてあげるべき歳なのだが、孫がいないので愛犬と一緒に楽しみたい。


考えてみれば、私たち夫婦は子どもが直ぐにできなかったので、犬を飼うことから始まった。

当時は犬の価格も安かったので購入して、シェルティーのメスのモモを庭で飼っていた。

そのモモが12歳で死んだ後は、近所の紀州犬がかかった雑種を子どもが貰ってきた。

娘がトラと名付けたその雄犬は非常に娘になついていたが、10歳の頃に突然死んでしまった。

その後はしばらくいなかったのは、近所にはもう雑種の雌犬を飼っていてくれる人がいなくて高い犬を購入しなくてはならなくなったからだ。

今でもそうだが、高い費用を犬に掛ける余裕は無い。

そこで、ネットで調べて保護犬を譲り受けたのである。

今までで一番手のかかった犬となったが、孫のいない夫婦にとっては欠かせない存在となっている。

たぶん、これからも私たちのような夫婦には犬などのペットが必要に思えている。

子はかすがいと言うが、ペットも大切なかすがいとなっていると思う。


私の父母は室内犬を飼っていて、非常に可愛がっていたが亡くなってしまった。

その後、父も亡くなり、一人暮らしになった母は猫を可愛がるようになった。

実は室内犬も猫も弟に押しつけられたものだったが、親にとってはありがたい贈り物になった。

その猫も死んでしまった後で、猫を欲しがったが、世話ができるような状態では無かった。

きちんと、掃除や糞の始末をこまめにしていなかったので、ノミをわかせてしまい、来客者に迷惑を掛けていた。

それで、声の出るぬいぐるみの犬を自分で購入して、話しかけていた。

ペットより早く飼い主が死んでしまうと、残された人がペット好きではないと大変なようだ。

これだけ、人の生活に密着してかけがえのない存在になっているのだから、行き場を失っているペットの対策も重要に思う。






2024年11月3日日曜日

借地百姓の躍如

 我が家の近隣の家は農業調整池なので原則は農家で、普通は農地を所有しているが全く作物を作っていない家が増えている。

しかし、うちのように非農家が何軒か紛れ込んでいるのだが、我が家はちゃんと農業もしている。

農地は水田に関しては小作料もはいるので売る必要が無く地価も高くて簡単に手に入らないので、近所の農家から借りている。

その家は、跡継ぎが家を離れているので、私が管理することで無料で借りているのである。

いわば昔で言うところの水呑百姓であるが、小作料も税金も払っていない。

ただ、農地だけではなく、周りの道の雑草も刈り取らねばならなくて、手間と言えばそこそこ手間でもある。

私は引っ越してくる前の赤穂にいる時から、有機農業をしていて、草も生い茂ることが多かった。

だから、こちらで同じことをしていたら、完全に素人と見なされていた。

私自身も経験が乏しく、引っ越してきた当初はタマネギでさえまともに作れていなかった。


今年も、トマトもナスビも失敗し、キュウリも余りとれなかった。

近隣では畑は主に女の仕事で、男は手伝う程度なのだが、専業農家の畑は奥さんが立派に作物を作っておられる。

草が多くて、作物も実っていない私が作っている畑は、青々とした大豆や落花生、サツマイモ、オクラ、高黍などしか見る物がない。

落花生を知らない村の人からは「草だらけやん」と嫌みを言われる始末だった。

ところが、隣の家のNさんでは、我が家以上に不作で、大豆もサツマイモもできていないという。

旦那さんが調子が悪くて、奥さんに任せっぱなしだったせいもあるが、見た目には草もなく綺麗に育っている畑に見えていた。


この家からは、毎年のようにトマトの苗などを頂いていた。

ところが、何でも自分で作っておられるので、返す物がない。

田舎はもらったら必ず返すのが常識である。

農家には返す作物が難しいので、サツマイモと落花生を返礼用に作っている。

柿を植えてないので、近所のOさんから柿をバケツいっぱいもらうので、それに対するお礼はサツマイモでした。

隣のNさんは普段はサツマイモもしっかり作っているので、去年は落花生も不作で返礼できる物がなくて返せなかった。

それで、Nさんも今年はトマトの苗をくれることはなかった。

Nさんから不作を聞いて1年越しにやっとトマトの苗のお返しが、枝豆によってすることができた。

農家に作物をあげるだけに上達したことが嬉しかった。


他にも、近所の非農家の奥さんから、帰郷したお土産だと長野のお焼きを頂いた。

こういう場合はこちらも旅行した時の土産を返すのが普通だが、我が家は遠くに旅行などすることがない。

そこで、その奥さんにもサツマイモをあげたらたいそう喜んでくれた。

うちのサツマイモはシルクスイートなので、甘くておいしいはずだ。

普通のスーパーではあまり売っていないので、違いが分かってくれたと思う。

作物を返礼に使う時には、もらった物の価格が気になるが、そこは適当にするしかない。

家の木になっている柿と、店で売っている柿は品種も違うし、価格は分からない。

野菜の苗なども、品種もいい加減なのだ。

要は、とにかく気持ちを込めて返すのが大切で、貰いぱなしにはできないので、もしそういうやりとりをしたくない人であれば、もらうのを丁重に断る。

特に専業農家には返す物がないので、丁重に断ってきた。


田舎ではお金がなくても、こういう物々交換があるので、色んな物がかつてはやりとりされていた。

以前は、釣り好きの人がいたので、魚を貰ったりしていた。

トンドなどの折に、アワビや鹿肉、牡蠣などを振る舞う人もいて、酒を酌み交わしながらトンドの火で焼いておいしく頂いたりした。

そもそも、自宅で葬式をする人は、手伝いに来てくれた近所の人に飲食を振る舞うのが返礼のようなものだった。

最近はトンドも簡略化していき、葬式も家族葬で近所の人を頼まなくなったので、こういうやりとりはめっきり減った。

そんな中でも、自分が作った物を交換するというのが、田舎に住むことの意味だと思っている。

人によってはJAの直売所に出荷することを楽しみにしているが、出荷の手間やもしものクレームに対応できそうにないので考えていない。

もっと、作るのが上手になれば、余った物をどんどん贈与・交換できるのだが、まだまだそこまでは至ってはいない。

農家にも作物をあげられるようになっただけ、一歩前進はできた気がするが・・・・










2024年10月31日木曜日

自慢する空き缶

 今日(10/29)は空き缶の回収日だった。

我が家の近辺では、分別回収で定期的に空き缶も回収されている。

我が家から出る空き缶は、私と息子の飲む第三のビールが殆どだ。

先日も家内は第三のビール2ケース買ってきた。

2ケースいっぺんに買うと、ティッシュペーパー5箱がおまけでついてくるからだ。

我が家のティッシュは定期的なその店のおまけセールで殆どまかなわれている。

第三のビールは、季節限定品が結構あって、色んな味わいが楽しめる。

もともと家内も好きな方だったが、コロナワクチンの後遺症でリューマチになってから、お酒は飲むことができなくなった。

それでも私と息子とティッシュペーパーのために、季節遅れのセール商品を重いのに買ってきてくれるのだ。


今日もいつものように、愚犬クロと一緒に朝の散歩をしていた。

たまに通る地区の集会所に併設された公園の入り口に、回収してもらうための空き缶が置いてあった。

「ああ ここも今日は同じ空き缶回収の日なのだ」と思って何気なく見てみた。

なんと、ヱビスビールやビールドライなど、本物のビール缶ばかりが置いてある。

この地区の人の多くが、普段飲んでいる我が家の第三のビールの倍ほどの価格のビールを毎日飲んでいることにショックを受けた。

回収場所に置かれたビールの空き缶が、「すごいだろー 俺たちは」と自慢しているようだった。


さっそく、家に戻ってから、家内にそのことを言うと。

家内「さっき 持って行ったら、缶チューハイばかりやったで」

私「それやったら、うちの第三のビールより安いやつか」

家内「そう 100円そこそこのやつやった」

私「ふん それやったら 恥ずかしないな この地区で良かったな」


私は結婚して以来しばらくは、大瓶の本ビールを飲んでいた。

ビールの値段が上がったことなどで、缶ビールとなり、発泡酒となり、第三のビールとなった。

当初は雑味があって不味いと感じていたが、味も改良されて、最近ではそれほど抵抗はない。

それは第三のビールしか飲んでないので、本物のビールの味を忘れてしまったことにも関係がある。

現役で働いていた頃は、当然しょっちゅうあった飲み会で本物の瓶ビールが普通に飲めた。

退職してからは本物は缶ビールで一年に数えるほどの特別な日にしか飲めない。

村の特別な行事などで本物の缶ビールが出されると、喜んで飲ませてもらう。


今でも本物のビールを飲めない理由は、他にワインや焼酎、最近は日本酒も飲んでいるからだ。

これだけの種類を飲んでいて、本物ビールを飲むのは憚られた。

当然、ワインも安い箱ワインだし、日本酒も焼酎も安い箱入りである。

ワインや焼酎は炭酸で割って薄くしたり、日本酒も少しだけ味わうのが楽しみになっている。

たまに、近所のスーパーで普通のお年寄りが本物のビールを買うのを見かけるが、おそらく晩酌はそのおいしいビールだけなのだろうと思う。

一人暮らしらしい人は、1合瓶の酒とちょっとしたつまみを買うのを見かける。

たぶん、飲み過ぎないように一升瓶で買うのは避けているのだと思う。


人それぞれで飲み方が違うし、単に本物のビールを飲んでいるから裕福であるとも限らない。

健康上の理由からビール類は避けて、缶チューハイにしているかもしれない。

だけど、空き缶の回収ではその隠れた理由が分からないまま、値段の格差だけが強調されてしまう。

かつては誰もが瓶ビールや瓶の酒・焼酎を普通に飲んで、瓶は店に戻していた頃はこういうことは考えられないことだった。

その頃の家庭の経済格差はどの格付けの日本酒やウィスキーを普段飲んでいるかで示されていた。

これも今のビールに通じるのだが、税率の違いが等級に反映されており、貧しい人の飲む等級の税率を下げていた。

就職するまでは2級の日本酒に安いサントリーのホワイトやニッカのブラックだったように思う。

ビールは好みの銘柄だけの違いで、特別に大缶入りの生があっただけだった。

酒や焼酎が等級より銘柄で選ぶようになって、格付けをあまり気にしなくなったように、ビールも普段飲めるような低価格の地ビールなどが増えたら良いと思う。

税率をビール類を全部一緒にすることで、地域に根付いていた日本酒のようになるのか疑問は残る。

日本にも地ビール文化は根付いたら、空き缶に自慢されることはないだろう・・・・








2024年10月29日火曜日

心通ったぬくもりに支えられて

 私の貧しい大学生活のことはもう既に詳しくブログに書いてある。

あんなに貧しい生活をしていて、それが苦にならずむしろ楽しく暮らしていたのは、友達や仲間との愉快な関わりがあったことをその時に書いた。

しかし、この歳になったからこそ、昔のこととして書けるのだが、恋人がちゃんといてくれたからだと思う。

このごろは家内にも「貧乏学生だったけどもちゃんと彼女がいたんだぞ」と話せるようになった。

実はその恋人も下宿生であり、賄い付きの下宿で食事には不自由していなかったが、親から離れて淋しく暮らしていた。

私は通学生の女友達も多くできたが、本当に深く関わることができたのは下宿生の彼女だけだった。

互いの孤独は恋愛によって乗り越えられたし、私は彼女がいたからこそ貧しさが苦にならなかった。


それは大学生だったからできたのは確かだ。

仕事について、家庭を築き、子どもを育てるのに、今の日本では気楽な貧しい生活ではいられない。

ところが、以前紹介した田中二郎氏によると、狩猟採集民のブッシュマンの夫婦は気楽に結婚と離婚を繰り返して暮らして恋人関係とさほどかわりがない。

それは夫婦と子どもが基本の家族であるが、血縁関係や姻戚関係などを通して助け合いながら暮らしており、子育ては実母だけの責任ではなかったからだ。

そして、年老いた老婆以外は必ず結婚して暮らしている。

男性が早く死ぬ場合が多いので、一夫多妻制によって後家さんをなくしている。

食生活に関しては妻の働きの方が重要で、夫を通じてはたまに大切な肉が得られる程度だ。

食生活のために夫を必要としているわけではないのである。

因みに、移動生活なので住まいは木の枝で簡単なものを女性が中心に作り、家財道具も大したものはない。

ただ、男性には、狩りがうまかったり、リーダー的素養、女性の家事を手伝うなどの優しさが求められたようだ。

若い時なら性生活が大きな意味合いを持つだろうが、老いてきた男女にはそれほど重大ではないように思える。

こういうかつてのブッシュマンを考えると、人にとって生きる支えとなるのは何かということが見えてくる。


中村雅俊が歌ってヒットした曲に「ふれあい」(作詞山川啓介)があるが、その中に

なぐさめも 涙もいらないさ
ぬくもりが ほしいだけ
ひとはみな 一人では
生きてゆけない ものだから

このぬくもりは肌を寄せ合うだけではなくて、心が通じあうぬくもりだと思う。
どんなに貧しくても、どんなに老いていても、身体を寄せ合って温め合えて、かつ心の通じる人がいれば生きようと思える。
逆に、いくら金持ちであったり、好き勝手できても、心の通じない温もりだけでは孤独をいやしてはくれないということだと思う。

年老いても妻がいない男性の多くが短命だという。
単なる肌の温もりだけだったら、金を支払えばそれなりに解消できるだろう。
自分の暮らしの中にあってこそ、心通う肌の温もりが生きる力となる。
大学時代に貧しいのが苦にならなかったのは、そのぬくもりに支えられていたというのに、私はそれを自覚できずにいた。
だから、伴侶となった彼女に去られた後に、ふたりを知る親友から映画「道」の主人公のザンパノと同じだと言われたのだった。
大学院に入って欲や意地が出て、研究成果を示すために、心通ったぬくもりを大切にできなかったのが本当の別れた理由だったように思う。
大学時代の方が大きな夢やお金もなくても、心通ったぬくもりがあったからこそ幸せに暮らせたことを、この歳になって改めて気づいている。
今、年老いたればこそ、大きな夢や大した収入はなくても、家内とは心通ったぬくもりが大切だと、学生時代からの経験から身にしみてわかる。



2024年10月27日日曜日

ほんとの「豊かさは何か」

朝日新聞の「語る 人生の贈り物」の「暉峻淑子:14 誰もが諦めない、豊かな社会へ」につぎのような記事が載っていた

 

対話的研究会に参加している男性から先日、「『豊かさとは何か』は多くの人に読まれたはずなのに、30年後の今、状況はほとんど変わっていないのでは」と指摘されました。そのとおりです。社会保障は削減され、地球環境の破壊は進み、偏差値教育も変わりません。社会の格差が広がり、人々の分断と個人化が深刻化しています。


私も以前に氏の本を読んで感銘を受けたので、今回はこの特集記事を1回目からずっと読み続けていた。

氏が高齢にもかかわらず、ずっと活動を続けてきたことに尊敬の念を抱く反面、学者ができることには限界を感じた。

中島みゆきの「世情」の中にある、「学者は世間を見たような気きになる」という歌詞を思い出した。

読者は学者の鋭く見た世間に問題意識を持ちながら、結局は生き方を変える術を知らない。

学者になって成功した人の意見は確かに素晴らしいが、偏差値教育の勝者としての生活をしている人の方が多いと思う。

偏差値教育の勝者になれなかった者は、学者のくらしそのものは手本とならない。


私はむしろ、村の中で、高校しか出ていないけれど、子や孫と仲良く暮らしてる人が豊かさの手本を示してくれていると思う。

昔なら普通に思えた暮らしが、今住んでいる村では多くの人が手に入れることができなくなっている。

大学を出てしまったら、私のように公務員になる以外に、安定した企業への就職は余り望めないので都会に行く。

たとえ地元で大企業に入れても、全国展開の場合は単身赴任で家族と別れて暮らすことが多い。

貧しかったり、社会保障や医療が進んでなかったけれど、親戚や地域の人と助け合って暮らしていけた時代の方が、心豊かな時代だったと思えてきた。


ちょっと前のことだが、近所に親戚も多く、大きな家に暮らしていたお婆さんが亡くなった。

その際に、葬式は入所していた県外の施設の人がしてくれたという。

二人いた息子は既に他界してしまいその配偶者もいなくて、孫はとっくに家を出てしまっているので、まともに連絡がとれていなかった。

この家は隣の村の寺の檀家であり、密に関わっていたであろう住職に知らされることもなく、同じ村の人も亡くなったことをしばらくして知らされた。

たとえ社会保障のおかげで施設に入所できていても、こういう淋しい最後になってしまうケースが増えるだろうと思う。


そして思い出すのは、東京の大学院時代に名古屋の大学で教わっていた先生のお母さんがやっているアパートに住んでいた時のことだ。

同じアパートに大家さんとしてひとりで住んでいて、たまに一人息子の大学の先生も戻ってきていた。

その大家のお婆さんには電話を取り次いでもらったりしていたので、親しく関わっており頼まれごともしていた。

ある時などは、お婆さんは持病を患っていた関係で、強い薬に変わったので「もしもおかしくなった時は頼みます」とお願いされたこともあった。

私は事情があって、一年だけで別のアパートに引っ越しすることになったのだが、引っ越し当日のあいさつに際してはそのお婆さんの流した涙が忘れられない。

立派な大学の先生のお母さんでありながら、淋しく暮らす現実を既に40年以上前に東京で身近に知っていた。

それはその後の私の母親とても大なり小なり同じだった。

父が死んで一人暮らしになった時に、少し離れたところ住んでいたが、一緒に暮らすことができなかった。

それなりに経済力があっても、夫婦共に働いている状態では、家に受け入れることは難しく、母を友達のいる所から引き離すことも躊躇った。

それは母の近くに住んでいた弟家族も同じだった。


近所の3世代家族は、広い敷地を利用して別棟で住んでいる。

私も結婚に際してはそれも考えたのだが、複雑な事情もあってできなかった。

経済的な事情で同じ棟で同居する家族が今でもいることは確かだが、可能なら別棟や生活空間を分けて暮らすのがベストだろう。

私の両親は共に跡取りではなく、母の親と姉の母子家庭家族と隣接して協力し合いながら暮らしていた。

当時の両家族はそうしなければ、普通に家を建てて暮らせないので、相談し合って計画的に家を建てたのだった。

その姉妹を中心とした両家族も子どもが自立して生活が楽になった一方で、隣にありながら疎遠な関係になってしまった。


「ほんとの豊かさとはに何か」とずっと自問し続けてきた。

今の私には確かに年金があって子どもや親戚などに頼らなくても暮らしていける。

でも、私の両親がしていたように、子や孫と一緒に旅行に行ったり、楽しい盆正月を迎えることができない。

人は子育てで協力し合うことによって、生きがいを感じてきた。

狼が犬として人と一緒に暮らすようになったのは、子育てを協力し合う家族の共通性があったからだと思う。

人に老後があるのも、子育てを手伝うのを求められたからだとも言われている。

それができない私たちのような老夫婦は、孫の代わりにペットの犬に暮らしの潤いを求めるしかない。


また、結婚は私が若い頃は「一人で暮らしていけなくても二人ならば暮らしていける」と言われていた。

しかし、女性が社会進出できて男女平等になってきたので、男性に頼って結婚する必要がなくなった。

子育てを中心とした夫婦の意味が失われていき、「おひとりさま」であることや同性婚が社会的に認められるようになった。

また、性的欲求は商品となった性や自由恋愛にによって解消できるようになった。

社会保障や医療が充実してきたので子どもに頼らなくても良いし、親の面倒を見なくても良くなった。

出生数が減少するのは、子どもや伴侶に頼らなくても生活できる経済的豊かさも大きく原因しているように思える。

だから、子育てのために経済的に支援しても、子どもの出生数はそれほど増えないと思う。

一方で、経済格差が広がってしまい、国家としては経済的に豊かなのに、母子家庭を中心とした貧困や親の年金に頼る単身者が問題となっている。

経済的な豊かさが得られた人でも、夫婦愛や家族愛の心の豊かさを必ずしも得られない。

経済的な豊かさを得られなかった人は、親戚縁者などと助け合える関係が必ずしも築けない。

それが環境破壊や戦争の危機におびえながら、孤独に生きていかねばならない産業化された社会の宿命だと諦めるしかないのかもしれない。

ならば、産業化社会とは距離をとった方が、ほんとの豊かさを得ることができるように思えてならない。





2024年10月24日木曜日

闇バイト犯罪対策の番犬?

 少し前「うちのクロは立派な猟犬?」で、狩猟に用いる犬のことを書いた。

狩猟採集民はアンダマン人のように犬がいなかったところもあるし、アボリジニ人のように犬はいても狩猟に使っていなかったところもある。

犬を狩猟に用いるのは技術を要るし、野犬になったディンゴなどは仕込めなかったようだ。

どうも犬が一番活用されたのは、番犬としてと食用としてらしい。

狩猟においても、獲物を捕るためだけでなく、しとめた獲物の番をさせるのも重要な意味を持った。

薩摩隼人が都での警護で「犬吠」をさせられたことは有名だが、大和朝廷で犬養部等と呼ばれる人は、犬を使って屯倉等の警護を担ったという。


ずっと書いているようにうちの愚犬クロは、全く猟犬としても愛玩犬としても役に立っていない。

唯一役に立っているのは、番犬としての役割なのだ。

以前に、クロが失踪してしばらくいなくなった時に、一番に考えねばならなかったのは玄関の鍵である。

今までは少しの間出かける程度なら、厳重に鍵を掛けていなかった。

また、呼び鈴も壊れているので、直そうと思った。

それまでは、クロが吠えてくれるので、お客さんが来たら直ぐに分かった。

クロはその後保護されて戻って来たので、結局、鍵も呼び鈴も厳重にしていない。

ただ、これだけ闇バイトが横行して、地方にも拡大する情勢なので、近々直そうと思っている。


犬を世話をするのは確かに大変であると思う。

猫と違って毎日の散歩をしないと、やたら吠える犬になってしまい、近所に迷惑を掛ける。

うちの近所にも犬をたくさん飼っている家があるが、散歩が足りなくて無駄吠えが多い。

また、本当に犬が怖い人が近所にいて、その人はうちに回覧板を持ってこれない。

この男性のご老人は、幼い頃に犬に噛まれた経験があって、それ以来犬には近づくことさえ全く駄目だという。

クロは鎖でつないでいるし、人を噛む犬ではない、むしろ野良犬時代に人に危害を加えられたらしくて、石でも投げられたのか特に子どもを恐れる。

そういうことで、安全なのだが、その人は次の順番となっている我が家を飛ばして別の家に回覧板を持って行ってしまう。

犬にもそういう欠点はあるものの、室内犬にしろ庭で飼っている犬にしろ、番犬としての役割を見直すべきだろと思う。

私はそれに加えて散歩のお伴をしてくれるので健康面でのメリットもある。

一日一回は無理してでも散歩して、血糖値を下げられているからだ。

また、家内はクロと一方的におしゃべりして楽しんでいるが、老夫婦にとって良い話のネタになっている。

ただ、クロの最大の欠点は、家では強気のくせに散歩の途中で子どもがいたり、大きなトラックが来た時は主人を放って勝手に逃げようとすることだ。

飼い犬としては許し難い行為だが、捨て犬だった過去から勘弁してやるしかない。


今の時代はセキュリティーの弱かったり、老人や女性が闇バイトで強盗される時代だ。

色々面倒があったり、それなりの費用がかかるが、闇バイトの犯罪対策に番犬が役に立つように思う。

闇バイトだけでなく、訪問販売などへの対策にもなると思う。

犬が苦手な人や世話が無理な人用に、ドロ-ン型番犬ロボットが家を警護してくれる時代になるかもしれないが、一般への普及はまだ先のことだろう。

私の子どもの頃は貧しい人が多かったので、こそ泥やかっぱらいが多かったが、今はゲームや賭け事などで借金を抱えて闇バイトで盗みや強盗が増えているという。

狩猟採集の時代から始まって、このネット社会の時代まで、人間は犬の警護に頼らざるを得ないようだ。

だからこそ、その人間の代理として生活を支えてくれた犬とは、これからも持ちつ持たれるで互いに共存すべきだと思う。


追記

 この記事を書いた後で、『闇バイト強盗が"狙う家"と"避ける家"の違いは…キーワードは「犬」と「ダミーカメラ」』というネット情報が流れていた






2024年10月22日火曜日

未来はもう死んでいる

 先日、ネットのニュースでコウモリが感染症で激減して、害虫が増えてしまい農薬を多用することになった。

そして、その農薬多用の影響が新生児の死亡率を高めることになったという記事が載っていた。

新型コロナインフルエンザはコウモリからの感染を原因とされたが、逆にコウモリを激減させている「白鼻症候群」は人間が持ち込んだという。

私が、今の村に引っ越してきてしばらくはコウモリが多くいて、時々家の中に入ったり、庭の物陰に居着いたりしていた。

いつのまにか、そういうコウモリが殆ど見かけなくなってしまった。

これは、以前書いた雀やツバメが非常に減ったことと関連しているように思う。

何度も繰り返し言っているように、高濃度の農薬をドローンなどで空中散布しているのが大きな原因だと思う。

害虫と共に、害虫を食用としていた動物が激減していったと思われる。


近年、大根や蕪がうまく栽培できない。

大根ハムシが大量発生して、いくら不織布などで覆っても食い尽くされてしまう。

以前は、大根・蕪は放って置いても簡単にできたし、たまに青虫がつく程度で虫の被害はあまりなかった。

近所の人も無農薬で栽培している人は、同じことを言っている。

すくすくと立派に育てている人は、農薬をちゃんと使っている人だけだ。

ただ、山の中腹や田んぼのそばの畑で作っている人は、農薬を使わなくても害虫にあまりやられていないようだ。

つまり、山の中は害虫の天敵が健在であり、田んぼのそばは空中散布などの農薬が有効に効いていると言うことだ。

私は最近特に、アマガエルが減ってしまっていることが気になっている。

おそらく、今まではアマガエルが大根ハムシをかなり食べてくれたのかもしれない。

これを実証するのは難しいが、Youtubeで自然農法を配信している離島の農家がこの害虫に困ってないと言うから、天敵が健在なところでは大丈夫なのだろう。


おそらく、普通に店で売られている大根や蕪はしっかりと農薬がかかっていると思う。

アメリカでは新生児の影響を統計的に出しているが、健康被害全体に農薬の影響を調べるのは難しいだろう。

シーア・コルボーンの『奪われし未来』では、「内分泌系の攪乱のメカニズム」が述べられて、井口泰泉氏が名付けた「環境ホルモン」として有名になった。

農薬の人への影響は分かりづらくなっているが、動植物への影響は既に顕著に表れている。

物価高の時代に値段の高い無農薬・無化学肥料の農作物を手に入れることは困難なことは事実だ。

私は自分で作って節約している代わりに、ネットでそういう高い農産物を購入している。

先日買った小豆はスーパーの3倍の値段がついていた。

しかし、そういう農家を応援するつもりで買っている。

JAの直売所も低農薬の作物を積極的に販売しているようだが、根本的に農薬の空中散布を請け負わないで欲しい。

一方で、離島や山奥の小規模農家が自然農法や有機農法に活路を見いだしていけるような支援を政府が行って欲しい。

これは農家だけの問題ではなくて、生活者全員の問題だと思う。

安い農産物しか売れない時代に、農家は農薬にたよらずを得ない。

その農薬が動物を殺し、消費者の命をも脅かしている。

昔の人は米などの作物に神が宿っていると考えていたから、単に価格だけのやりとりではなかった。

現代人は家畜・栽培化(domestication)は、動植物との共進化だということを肝に銘じて安く買いたたくのはやめよう。

自然界の動植物と共に生きる思想を失ったとしたら人間の未来はもう死んでいる。