休日の日は、トラが死んだのが実感として胸に迫る。
畑に出かける時には小屋の前を通るたびに絡んできて、煩わしいと思ったのに、昨日はそれが無くて寂しいと思った。
昼間、柿の種を食べながらビールを飲んでいる時には、縁台に頤を乗せて物欲しげにしているトラを思い出した。
柿の種をやると必死で探して食べた。
考えてみれば餌を与える時に吠えること以外には、かわいいところが多かった。
ただ、散歩に行って引き綱を引きすぎるのも煩わしかった。
そういう多くの欠点を抱えてはいたが、家族であることには間違いがなかった。
鎖に繋がれて自由がないのだが、鎖を離れて逃げだそうとはしなかった。
考えてみれば程度の差はあれ、人と人も嫌な思いをしながらも、傍に居続けているのは、一緒に居ることが生きることそのものだからだろう。
ただ、命あるものは必ず死が訪れる。死でなくても別れは必ず来る。
父親が死んだり、祖母が死んだり、姪が死んだ時には、葬式という儀式の中で、人間関係だけが浮き彫りにされたが、トラはその誰よりも一番傍にいた存在なので、自分の心の有り様を考えさせられた。
その前に飼っていた愛犬モモの時には心の準備がある程度できていたし、子供が小さかったので子供への愛情が優先されていた。
トラに対して愛情を持っていたとは言えないのだが、鬱陶しさを含んでその存在が生活の一部であった。
極端な譬えかも知れないが、介護して苦労した人が、その介護していた人が亡くなると生きがいをなくすのに少し似ているのかも知れない。
奴隷と主人の関係も、奴隷の立場でしか語られないが、主人からすれば奴隷の存在は心の支えの部分もあったのかも知れない。
それは奴隷が主人に愛情を感じるのも同じだろう。
たまたま境遇が違って生まれた。違いの中で関わるのはそういう主従関係しか無かったのだが、今の価値観からそれを全面的に否定するのは間違っているだろう。
むしろ、必要な時にしか関わらない今の方が冷めた関係と言える。
自分も歳を取って自分の弱さを認められるようになって、愛情というものが少し分かったような気もする。
播磨の西外れにある私の生まれ育った赤穂や、今暮らしている上郡に関すること、農作業,山野河海の恵み、趣味の水泳、音楽、専門である有機農業や、教育、文化人類学、民俗学に関することなどを、きままに記してみます。
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2013年5月30日木曜日
2013年5月6日月曜日
千種水汲み:2013年5月
2013年3月29日金曜日
赤穂の恩師
私は小学校を卒業してから、姫路の中学校高校と進んだので、恩師は小学校までの先生に限られる。
ただ、教師になることを志してからの恩師というべき人がいる。
それは故広山堯道先生である。
先日、ふと同じ職場の人と会話をしていて、先生の名前をその人が知っていて驚いた。
塩の研究家として、近隣ではちゃんと一般の地歴公民科の教師も知っているのだと改めて知った。
そして、私は弟子とは言えないまでも、その教えを少しでもうけた一人であることに誇りが持てた。
広山先生は2006年の3月5日に他界され、その葬儀で私は撮影役を頼まれた。
住職でもあった先生の広度寺での葬儀は一般の葬儀とは全く違うもので、上人となる儀式でもあった。
ただ、浄土宗の信者さんが近隣に少ないので、我々のような先生に世話になった者が、受付やらの下働きをさせてもらった。
最後は狭い路地を、担ぎ台に乗せた棺を我々が広い通り迄、担わせてもらった。
その後の6月18日の先生を偲ぶ会には、市長さんも来られて、偉大な功績を偲んだ。
広山先生は赤穂高校の教師として、ずっと塩の研究をしながら教鞭を執られた。
退職されてからは、赤穂歴史博物館の館長さんやら、仏教大学で研究者の育成を行われた。
赤穂高校での教師時代のことを何度か聞かしてもらったが、わざと勉強の苦手なクラスの担任になって、よく魚釣りに一緒にいったことなどを聞かせてもらった。
しかし、市長さん等の話からは、すばらしい授業をなされていたことがよく分かった。
広山先生の著作の多さには驚いたが、社会的な貢献の大きさにも感銘した。
私は未だに本一冊書いただけだし、社会的な貢献など殆どできていない。
広山先生について、赤穂民俗の編纂などを少しだけお手伝いをした程度である。
一番の想い出は、広山先生の身近にいる弟子のN氏とM氏2人と私が一緒に東京へ、資料収集や塩の博物館などに挨拶回りに行ったことである。
ちょうど赤穂藩士のことを調べていたことや、赤穂民俗のことで行く必要ができたのである。
私はたまたま国立歴史民俗博物館に、大学院時代にお世話になった上野和男先生がおられたので、紹介できた。
このN氏とM氏は助さん角さんで、私はさしずめ風車の弥七のような、お上り旅だった。
奇しくも、この春から私は広山先生と同じ職場に勤めることになった。
先生ほどの仕事はできそうにはないけれど、少しでも先生に近づこうと思っている。
ただ、教師になることを志してからの恩師というべき人がいる。
それは故広山堯道先生である。
先日、ふと同じ職場の人と会話をしていて、先生の名前をその人が知っていて驚いた。
塩の研究家として、近隣ではちゃんと一般の地歴公民科の教師も知っているのだと改めて知った。
そして、私は弟子とは言えないまでも、その教えを少しでもうけた一人であることに誇りが持てた。
広山先生は2006年の3月5日に他界され、その葬儀で私は撮影役を頼まれた。
住職でもあった先生の広度寺での葬儀は一般の葬儀とは全く違うもので、上人となる儀式でもあった。
ただ、浄土宗の信者さんが近隣に少ないので、我々のような先生に世話になった者が、受付やらの下働きをさせてもらった。
最後は狭い路地を、担ぎ台に乗せた棺を我々が広い通り迄、担わせてもらった。
その後の6月18日の先生を偲ぶ会には、市長さんも来られて、偉大な功績を偲んだ。
広山先生は赤穂高校の教師として、ずっと塩の研究をしながら教鞭を執られた。
退職されてからは、赤穂歴史博物館の館長さんやら、仏教大学で研究者の育成を行われた。
赤穂高校での教師時代のことを何度か聞かしてもらったが、わざと勉強の苦手なクラスの担任になって、よく魚釣りに一緒にいったことなどを聞かせてもらった。
しかし、市長さん等の話からは、すばらしい授業をなされていたことがよく分かった。
広山先生の著作の多さには驚いたが、社会的な貢献の大きさにも感銘した。
私は未だに本一冊書いただけだし、社会的な貢献など殆どできていない。
広山先生について、赤穂民俗の編纂などを少しだけお手伝いをした程度である。
一番の想い出は、広山先生の身近にいる弟子のN氏とM氏2人と私が一緒に東京へ、資料収集や塩の博物館などに挨拶回りに行ったことである。
ちょうど赤穂藩士のことを調べていたことや、赤穂民俗のことで行く必要ができたのである。
私はたまたま国立歴史民俗博物館に、大学院時代にお世話になった上野和男先生がおられたので、紹介できた。
このN氏とM氏は助さん角さんで、私はさしずめ風車の弥七のような、お上り旅だった。
奇しくも、この春から私は広山先生と同じ職場に勤めることになった。
先生ほどの仕事はできそうにはないけれど、少しでも先生に近づこうと思っている。
2013年3月20日水曜日
春の日の自転車
昨日は天気が良かったので昼から年休を取って帰った。
馬鈴薯を切って、できれば畑仕事をしようと思ったが、馬鈴薯を切った後で畑仕事も何もする気が起こらなくなった。
5月初旬頃の暖かさで、気もゆるみ、しばらくはうたた寝をした。
折角天気が良いのだからと自転車に乗って、赤穂まで出かけた。
前回赤穂へ自転車で出かけたのは、消防出初め式の日だったので、2ヶ月近く経ている。
あの時はあまりの冷たい風に打ちのめされて、最後はまともにペダルもこげなくなった。
今回は比較的楽ではあったが、行きは南風の向かい風で、いくら暖かいとはいえ、少々辛かった。
前日の雨で千種川の水は濁って水量も多かった。
方々で梅の花が咲いて、春を彩っている。
楢原から有年にかけての河原はきれいに焼かれて、堆積した砂が見事だった。
今度はマウンテンバイクでその河原を走りたくなった。
中山からは田圃の中の道を通ったが、何も植えていない田圃は退屈であった。
周世からは川の東側の土手道を走った。木漏れ陽が冬とは違ってサングラスからも明るく感じさせた。
坂越からは川岸の道を通って、尾崎トンネルの手前まで行き、そこからまた土手沿いの道で唐船までいった。
途中、赤穂大橋から新赤穂大橋までの土手の下に水仙が植えられていて、香りが漂ってきた。
土手に長く植えられている水仙は、手作りの感じがして親しみを感じた。
唐船の海でミサゴが飛んでいた。他にも多くの鳥が舞っており、賑やかな感じがした。
以前、網干の港でミサゴを巨大なレンズをつけたカメラで撮影しているマニアがいたが、赤穂ではいつでも間近で見られる。
そう言えば昨日、出勤する時に家の近くで白い鷹か隼を見かけて感動した。
うちの近所で見かける猛禽類はミサゴと違って、小型でスピード感もある。
このところ運動のために、勤務先の市川の土手を自転車で走って姫路港に出かけることが多い。
姫路の港にしては比較的自然が残っているのだが、それに比べても自然豊で風景も良いと改めて思った。
散歩している人や、運動している高校生ものんびりしている。
ただ、遠くのナンバープレートをつけた怪しげな車の青年には、ちょっと構えた。
高校前のうちの畑によるとやはり草がおおく生えていて、玉葱の生育が悪かった。
草が生えながらもニンニクは順調に生育していた。
植えてある金柑の実を採って食べて、途中で食べるためにポケット一杯詰め込んだ。
帰りは西側の河原の道を坂越まで走り、坂越からは川岸を走って木津の取水口までいった。
ご老人が歩いているのに何人も出会った。自転車の人も一人いた。
周世からは今度は東側の土手道を走った。相変わらず見事な孟宗竹が立ち並んでいる。
そして、ここは風の心配の要らない走りやすいところではあるが、石ころが多いのが玉に瑕である。
途中で何度も金柑をほおばったが、それで幾分元気も出た。結局全部食べてしまった。
家に着く頃はへとへとになったが、よたよたと愚犬の散歩にでかけなくてはならなかった。
2013年2月23日土曜日
千種への水汲み2013年冬
冬場の千種への水汲みはどうしても躊躇する。
雪が多いところなので、水汲み場の駐車場が雪に埋まってないかとか、給水管が凍結していないかとか心配するからである。
以前に冬場に行って雪が多く積もっており、自分の車のタイアはスタッドレスなので問題なかったが、他の車が困っているのを見ていた。
今回どうしても行く気になったのは、水道水で炊いた玄米があまりにも不味かったからである。
家内は残り少なくなった水を節約して、お茶やコーヒーは別にして、調理にくみ置きした水道水を使い始めた。
私は少々高くても良いから、ペットボトルの水を買うように言うのだが、換算して12リットルが約400円と、30リットルが100円では比較にならない。
ガソリン代や人件費を考えれば同じようなると言うのだが、やはり少しでも安くしたいというのが家内のスタンスである。
家内も言っていたが、水を汲みに来る人は私達より年配の夫婦である。
私達は子どもが産まれてからかれこれ24年ほど汲みに来ているのだが、若い夫婦に出会ったことは殆ど無い。
忙しい共稼ぎ夫婦には水を汲みに来る余裕など無いのかも知れない。
家内は2年ほど前からパートに出るようになったので、どうしても土日に水汲みをする必要になった。
私は教師なので、長期休暇や試験中などで休みを取ることができるのだが、家内にはできないからである。
家内がパートに出ても水汲みは続けてきたが、食生活は違ってきてその影響は少なからず出ていると私は感じている。
忙しい夫婦は食事や飲み物に時間と労力を掛ける余裕がないのだと思う。
そのしわ寄せが健康に出てきてしまうのだと常々思っている。
今回久しぶりに水汲みをする他の夫婦に出会った。
雪が少し残る水汲み場に行くと、給水器の前に堂々と車を横付けして水を汲んでいる。
普通は、他の車も留められるように縦に置くのが普通で、車止めもそのように設置してある。
この夫婦は4リットル入る焼酎用のペットボトルを沢山持ってきて水を入れていた。
こちらは10リットルや20リットル容器を離れたところから運んでいかねばならなかった。
その夫婦が車を出したので、こちらの車を近くに寄せようとしたら、いきなりボルボが割り込んできた。
そちらを睨むと気がついたのか、入れ直してくれた。
その夫婦は、普通の2リットルのペットボトルで、水を入れる前にかなり丁寧にゆすいでいる。
もともと、ジュースではなくて水の入っていたペットボトルだからそれ程きれいに洗わなくて良いのと思った。
因みに我が家は3ヶ月以上保存するが、ゆすがなくても問題はなかった。
今回、久しぶりに冬場の土曜日に水を汲みに来たのだが、以前のようにスキー板を積んだ車にあまり出くわさなかった。
スノーボードが解禁になったので、車の外に積む必要がなくなったから、分からないのかも知れない。
子供の小さい頃はスキー場まで登って、雪滑りをして楽しんだりしたが、家内が全く寒さに弱いし、私自身費用の嵩むスキーは敬遠してきた。
冬場は娯楽があまりないので、スキーくらいはできた方が楽しいと思うのだが・・・
道の駅で買い物したが、めぼしいものはあまりなくて、特産の蒟蒻を買った。
この蒟蒻はうちで採れた里芋と大根と一緒にたいてい田楽にした。
里芋は籾殻で保存したのにも関わらず、腐ったのが多かった。
今年は寒さが厳しかったので、家の中で保存すべきであった。
悪玉コレストロール値が高いのでこれからはもっと蒟蒻を食べようと思っている。
味も歯ごたえもよくて、腹も張った。
これから、雪が溶けた後はステップワゴンではなくて、フィットで行こうと思っている。
そうすれば燃費が半分で済むからである。
後部が広く採れるフィットは、これまでのビッツとは違い水汲みにも使えそうである。
ただ、スタッドレスタイアは今年は残念ながら買えなかった。
雪が多いところなので、水汲み場の駐車場が雪に埋まってないかとか、給水管が凍結していないかとか心配するからである。
以前に冬場に行って雪が多く積もっており、自分の車のタイアはスタッドレスなので問題なかったが、他の車が困っているのを見ていた。
今回どうしても行く気になったのは、水道水で炊いた玄米があまりにも不味かったからである。
家内は残り少なくなった水を節約して、お茶やコーヒーは別にして、調理にくみ置きした水道水を使い始めた。
私は少々高くても良いから、ペットボトルの水を買うように言うのだが、換算して12リットルが約400円と、30リットルが100円では比較にならない。
ガソリン代や人件費を考えれば同じようなると言うのだが、やはり少しでも安くしたいというのが家内のスタンスである。
家内も言っていたが、水を汲みに来る人は私達より年配の夫婦である。
私達は子どもが産まれてからかれこれ24年ほど汲みに来ているのだが、若い夫婦に出会ったことは殆ど無い。
忙しい共稼ぎ夫婦には水を汲みに来る余裕など無いのかも知れない。
家内は2年ほど前からパートに出るようになったので、どうしても土日に水汲みをする必要になった。
私は教師なので、長期休暇や試験中などで休みを取ることができるのだが、家内にはできないからである。
家内がパートに出ても水汲みは続けてきたが、食生活は違ってきてその影響は少なからず出ていると私は感じている。
忙しい夫婦は食事や飲み物に時間と労力を掛ける余裕がないのだと思う。
そのしわ寄せが健康に出てきてしまうのだと常々思っている。
今回久しぶりに水汲みをする他の夫婦に出会った。
雪が少し残る水汲み場に行くと、給水器の前に堂々と車を横付けして水を汲んでいる。
普通は、他の車も留められるように縦に置くのが普通で、車止めもそのように設置してある。
この夫婦は4リットル入る焼酎用のペットボトルを沢山持ってきて水を入れていた。
こちらは10リットルや20リットル容器を離れたところから運んでいかねばならなかった。
その夫婦が車を出したので、こちらの車を近くに寄せようとしたら、いきなりボルボが割り込んできた。
そちらを睨むと気がついたのか、入れ直してくれた。
その夫婦は、普通の2リットルのペットボトルで、水を入れる前にかなり丁寧にゆすいでいる。
もともと、ジュースではなくて水の入っていたペットボトルだからそれ程きれいに洗わなくて良いのと思った。
因みに我が家は3ヶ月以上保存するが、ゆすがなくても問題はなかった。
今回、久しぶりに冬場の土曜日に水を汲みに来たのだが、以前のようにスキー板を積んだ車にあまり出くわさなかった。
スノーボードが解禁になったので、車の外に積む必要がなくなったから、分からないのかも知れない。
子供の小さい頃はスキー場まで登って、雪滑りをして楽しんだりしたが、家内が全く寒さに弱いし、私自身費用の嵩むスキーは敬遠してきた。
冬場は娯楽があまりないので、スキーくらいはできた方が楽しいと思うのだが・・・
道の駅で買い物したが、めぼしいものはあまりなくて、特産の蒟蒻を買った。
この蒟蒻はうちで採れた里芋と大根と一緒にたいてい田楽にした。
里芋は籾殻で保存したのにも関わらず、腐ったのが多かった。
今年は寒さが厳しかったので、家の中で保存すべきであった。
悪玉コレストロール値が高いのでこれからはもっと蒟蒻を食べようと思っている。
味も歯ごたえもよくて、腹も張った。
これから、雪が溶けた後はステップワゴンではなくて、フィットで行こうと思っている。
そうすれば燃費が半分で済むからである。
後部が広く採れるフィットは、これまでのビッツとは違い水汲みにも使えそうである。
ただ、スタッドレスタイアは今年は残念ながら買えなかった。
2013年2月18日月曜日
雀のお宿
以前に雀などの鳥が少なくなったと書いたと思う。夏の初めだったと思う。
ところが、このところ雀や鵯などが庭によくやってきて賑やかである。
お目当ては犬のえさの食べ残しである。
私は給食では玄米を持って行って、出された白米は持って帰って犬の餌にしている。
たまに生徒が余らせたご飯も持って帰って犬に与えている。
因みにうちの犬は米ぬかも食べるので、たまにまぶしてやる。
私も息子も玄米食だが、家内は玄米を食べるとお腹を壊すので白米である。
最近はうちの犬も白米を食べ飽きて残すことが多いので、それを雀たちが狙ってやってくる。
家内はわざと雀のために持って帰ったご飯の固まりを庭に置いたりするが、私はあまり賛成していない。
何故なら、庭の梅のつぼみが食前(または食後)のサラダとして食べられている可能性があるからだ。
梅のつぼみは初春の恰好のえさで、へたをすると殆ど食べられてしまう。
以前はネットを張ったり、テグスを枝に巻き付けたりして予防した。
昨年は鳥は防いだが、毛虫にやられたので、今年はどうしようか迷っている。
ご飯と毛虫を食べてくれれば一番良いのだが、ご飯と蕾では元も子もない。
梅干しにするほど良い梅ではないが、梅酒くらいにはなるので何とか実になって欲しい。
この頃は雀たちは、洗濯を干すロープを揺らして遊んだり、寝ている犬の鼻先で平気でえさの食べ残しをついばんでいる。
一輪車に溜まった雨水も鵯には良い水飲み場になったようだ。
たまに四十雀も沢山やってきて、可愛らしい。
庭にはさすがに来ないが、このところ近くでは鷹が舞っている姿をよく見かける。
春になれば鶯などがまたやってくるのではないかと期待している。
去年は梅やゆずは毛虫にやられて駄目だったので、いっそ駄目なら鳥に食べてもらった方がましかとも思うが。
やはり、梅もゆずもちゃんとなって欲しい・・・・
ところが、このところ雀や鵯などが庭によくやってきて賑やかである。
お目当ては犬のえさの食べ残しである。
私は給食では玄米を持って行って、出された白米は持って帰って犬の餌にしている。
たまに生徒が余らせたご飯も持って帰って犬に与えている。
因みにうちの犬は米ぬかも食べるので、たまにまぶしてやる。
私も息子も玄米食だが、家内は玄米を食べるとお腹を壊すので白米である。
最近はうちの犬も白米を食べ飽きて残すことが多いので、それを雀たちが狙ってやってくる。
家内はわざと雀のために持って帰ったご飯の固まりを庭に置いたりするが、私はあまり賛成していない。
何故なら、庭の梅のつぼみが食前(または食後)のサラダとして食べられている可能性があるからだ。
梅のつぼみは初春の恰好のえさで、へたをすると殆ど食べられてしまう。
以前はネットを張ったり、テグスを枝に巻き付けたりして予防した。
昨年は鳥は防いだが、毛虫にやられたので、今年はどうしようか迷っている。
ご飯と毛虫を食べてくれれば一番良いのだが、ご飯と蕾では元も子もない。
梅干しにするほど良い梅ではないが、梅酒くらいにはなるので何とか実になって欲しい。
この頃は雀たちは、洗濯を干すロープを揺らして遊んだり、寝ている犬の鼻先で平気でえさの食べ残しをついばんでいる。
一輪車に溜まった雨水も鵯には良い水飲み場になったようだ。
たまに四十雀も沢山やってきて、可愛らしい。
庭にはさすがに来ないが、このところ近くでは鷹が舞っている姿をよく見かける。
春になれば鶯などがまたやってくるのではないかと期待している。
去年は梅やゆずは毛虫にやられて駄目だったので、いっそ駄目なら鳥に食べてもらった方がましかとも思うが。
やはり、梅もゆずもちゃんとなって欲しい・・・・
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