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2015年9月26日土曜日

体育祭

私の中学高校時代に体育祭は無かった。
姫路中地の陸上競技場で陸上記録会を行っていた。
だから、大縄とか百足競走などの演技種目は全くなかった。
教師になってから、公立校ではこのような演技種目が大切にされていることを知った。
中学校の講師時代に人間タワーというものを初めて知って驚いた。
特別支援学校では、作り物での仮装行列、組み体操、ダンスなどを熱心に取り組んだ。
そういうものが体育祭の花になっていた。

私の勤めている学校では、今年の体育祭は雨に祟られ放しであった。
百足競走の練習では十分に時間がとれなかったせいか、けが人が続出した。
演技そのものが中止になるのかと思われるほどの状況だった。
毎年、練習や本番でけが人を出すのが恒例とは言え、ケガ覚悟の行事には疑問を感じた。
以前勤めていた進学を重視する学校では、体育祭のための準備は殆ど無かった。
だから当日でも直ぐ出来るようなクラス対抗綱引きなどを行った。
ダンスも体育の時間に少し練習したようだが、前日の打ち合わせでできた。
しかし、いきなりリレーを行うので、そこで大きなトラブルが起こった。
因みにアメリカから来ているALTの先生に聞くと、こういう行事の経験は無いそうである。

本番当日も前日来の雨で開催が危ぶまれた。
しかし、雨で日延べになっていたので、時間を遅らせたり内容を一部変更して実施された。
平日にも関わらず、多くの保護者や関係者が見学に来てくれていた。
特別支援学校以外で、これほど多くの見学者がいるのは初めてであった。
当然私の母校の陸上記録会では見学者どころか、来賓もゼロであった。
この高校の体育祭は中学校の体育祭とあまり変わらないように思えた。
どこの学校でも感じるのは、こういう行事で見せる生徒の表情が普段と違うことである。
文化祭でもそれは感じるのであるが、座学の授業では目立たない生徒がヒーローになっていたりする。
運動の苦手な生徒も、それなりに楽しんでいる風でもある。
勉強もこれくらいに熱くやれれば良いというのは野暮な教師の言葉である。
本来は勉強もこのように熱心にやれる場を提供するべきなのだろう。

生徒とも行事を通じて、普段に無い関わりを持てるが、職員同士に関してもそうである。
今回は混合リレーに若い教師も加わって盛り上げてくれた。
係を担当している若い先生とも、普段に無い会話が出来て楽しかった。
職員の交流は飲み会というのが定番だったが、こういう行事を通して部署を超えて関われる。
最近では会社の運動会も見直されているという。
私は母校の陸上記録会よりも、運動を中心とした祭りのような体育祭の方が好きである。
どうしても勝ち負けや記録を重視するとけが人が出るので、もっと楽しめる要素を増やした方が良い。
立派な演技を見せるのも良いが、盆踊りのように観客も一緒に加われるプログラムもあって良いと思う。
体育祭は学校の秋祭りの、エンヤコラサーでいいんじゃないだろうか?

2015年9月21日月曜日

破壊犬クロ

うちの子供が幼かった頃、私が持っていた昔の記念品を次々と壊してくれた。
その時に、「子供は思い出の破壊者」と日記には綴っている。
惜しい物もあれば、壊してくれて気が晴れる物もあった。
今、家にいる愚犬クロは、思い出どころか、家まで壊す勢いである。
先日も、エアコンの室外機の配管を食い破った。
縁台代わりにしているソファーもぼろぼろになった。
体を洗ってやる時は大騒動で、こちらもかすり傷を負う。
去勢した後の抜糸は家でしたが、家内と二人がかりで、格闘した。
その都度、私は我慢した。
堪忍袋の緒が切れたのは、自分を散歩に連れてくれる散歩道具を全部食いちぎった時である。

私もうっかりしていたのだが、伸縮可能なリード、ハーネス、口輪2つを籠に入れて、そばに置いたまま仕事に出かけてしまった。
帰宅して、何があったか分からず、しばらく呆然としたが、全てが壊されているのを知って怒りがこみ上げてきた。
岡山県の「不幸な犬と猫をなくす会」に返すことも考えたくらいである。
それでも気をとり直して、修理することにした。
特にリードは値が張る物だったが、結局直すことは出来なかった。
他は、結束バンドを用いて何とか修理していった。
しばらくは、クロも私の怖さを思い知ったようだったが、つい先日も、別の太い引き綱を食いちぎり、今日は代用のトラロープの引き綱を食いちぎった。
結局、歯が立つ物は無理だと思い、鋼鉄ワイヤーの固定式の物を引き綱に代用した。

犬小屋の周りには、ベランダボックスを用いたり、ベンチを用いたりして、悪さをしないように対策をした。
それでも、穴を掘ったり色んな物をくわえ込んだり壊したりした。
結局、今日猪や鹿よけの鋼鉄柵を周りに張り巡らした。
同じ村の中で、ダルメシアンを飼っている家では、綺麗な白いフェンスで囲ってあった。
雑種の猟犬のフェンスは一枚400円で十分である。

最近は、私もだいぶ体力も回復したので、散歩の時に一緒に走ったりする。
今日は千種川の川原で、放してやったが、本来の猟犬に戻ったクロを捕まえるのに全速で走った。
先日も、池で蓮の実を採っていたら、自分から池に飛び込んだ。
自分で飛び込んだくせに、這い上がれなくて引き綱で助けてやった。
枯れ草の上では潜り込んだり、のたうち回る。
散歩している他の犬でそういう姿を見たことが無い。
昨日の夕方の散歩では、昼間の農作業で疲れていたので、自転車に乗って行った。
進行方向に別の犬を見るや、犬ぞり状態になった。
その別の老犬の持ち主は、その力強さに感心していた。
私は早く、通り過ぎていくように頼んだ。

こうして、破壊犬クロは平穏な私の生活を、一変させてしまった。
まさしく、子供が幼かった頃と似ているなと苦笑せずにはいられない。

2015年8月30日日曜日

野生のトマト

毎年ミニトマトの苗を近所の農家からもらっている。
去年は多く出来たのだが、採るのが面倒でそのまま放置したのが多かった。
その落ちた実から冬前に多くの芽が出てきた。
当然冬が来て霜が降りだすと、その芽は全部枯れてしまった。
今年は、もらった苗のミニトマトは去年とは別の畑に植えた。
去年植えた畑から、夏になると自然に芽が出てきた。
抜いてしまうも惜しいので、そのままにしていた。
すると、そういう苗が植えている作物の間に繁茂しだした。

収穫時になって、植えたミニトマトが熟れ始めたが今ひとつ成りが悪い。
一方、自然に生えたミニトマトは雑草に混じりながら、あちらこちら元気が良い。
この野生化したミニトマトは、当然殆ど支え木をしていないので、殆ど倒れている。
もったいないので、野性ミニトマトを収穫するのだが、座り込んで採らねばならない。
植えたミニトマトは成りも悪いし、小粒なのに対して、野性ミニトマトはなりも良く粒も大きい。
野生のミニトマトの方が結局は良い収穫になった。
植えた方はマルチをして、支え木をして、ネットを張ったのにできが悪いのである。
今年はトマトに適した気候だったにしても、野生恐るべしである。

私が調査に行った奄美の与路島では、野生化した稲を珍重し、幸運の証とした。
おそらく陸稲の系統を引く物だろうが、昔はこぼれた籾が芽を出していたのかもしれない。
稲穂も落ちない今の機械化農業ではあり得ないことである。
野菜も今はビニールハウスや、野菜工場で徹底的に管理される栽培方法が多い。
そんな中で、有機栽培どころか、放置栽培で収穫するのも面白いかもしれない。
これからいくつかの野菜は種が出来るのを待ってみても良いかもしれない。
芋系統もいくつかは放置してみよう思う。

これは今の教育にも言えることである。
恵まれた環境で、教育を施しても生徒は伸びるとは限らない。
先日、小学生が詰め込み教育を行うべきだと新聞の読者欄に投書していた。
私たちの世代は、今の生徒よりもかなり多くの量の勉強をさせられた。
ただ、共通一次の前だったので、それは単なる受験テクニックでは無かった。
課題を与えられて、それをこなすのに苦しんだ覚えは無い。
色んな本を読みあさったり、自分で参考書や問題集を探した。
今の生徒は学校や塾が用意した教材を必死にこなすことが殆どだ。
多くの勉強をすると言うことと、詰め込み教育とは違う。
学校の勉強が、進路に向けての学習の邪魔になることもあると生徒に私は言う。
私の通った中高一貫校の強みは、学校の授業が生徒の学習の邪魔にならなかったことだととも思えたからである。
ただし、私は受験に関係ない人生勉強にのめり込みすぎたのだが・・・

2015年8月28日金曜日

去勢

今日、愚犬クロの去勢手術を動物病院で行ってもらった。
「岡山から不幸な犬猫をなくす会」から譲り受けた時の条件だった。
これ以上、不幸な犬を増やさないというのが大きな理由だった。
以前飼っていたトラは一度だけ、隣の雌犬に子供をつくらせた。
その時、その子犬は動物病院で飼い主を探してもらったと聞いた。
我が家の犬が放れたのではなくて、隣の犬が放れてやってきた結果だった。
もう近所では雌犬はいないし、野良犬もいないので不幸な犬は増えないと思う。
ただ、万一脱走した時にどこかで不幸な犬を作ることになるかもしれない。
というのが会の方の意向でもあった。

私自身は去勢というのは何となく不自然な気もした。
しかし、雌犬を迎えて子犬を増やすことも出来ない。
他の雌犬への欲望や、雄犬としてもマーキングは無意味で邪魔にも思えた。
そもそも、トラよりも衝動行動が激しく、猟犬の血を感じさせていた。
これから周りと仲良くやって行くには、去勢した方が良いようにも思えた。
睾丸が大きくなってきて、足を少し上げ始めたので潮時だった。
約束では8月いっぱいで言うことなので、ぎりぎりの手術になった。

朝は普通に散歩させて、病院の指示通り水と食事を抜いた。
運搬用のケージに入れて、赤穂迄連れて行った。
軽トラの荷台に後ろ向きだったこともあって、ずっと鳴きっぱなしだった。
病院に預けて夕方迎えに行った。
思ったより元気そうで、私の声を聞いて鳴いているのが分かった。
先日自分が手術しただけに心配したが、会ってみると元気そのものだった。
今日の支払いは2万2千円で安くは無かった。
安売りのペットショップから犬を買うということであれば、むしろ高い。
却って費用が高くついてしまう里親ではあるが、損をしたとは思えなかった。
確かに、色々と面倒を掛けてくれるけれど、魅力もその分ある犬だからである。
保護をした会としても、見殺しにするには忍びなかった理由が分かる。

私は今、自分の研究のテーマとして、奴隷制を調べている。
奴隷を犬となぞらえる有名な学者もいた。
去勢はまさしく、特殊な事例ではあるが中国の宦官と同じである。
もし、奴隷制が普通に行われていた時代だったら、犬の代わりに人を買っただろうかと思う。
言葉が通じる人とそうでない人では全然違うと思った。
同じ奴隷制でも、異民族や異人種の奴隷はより犬や家畜に近いことが分かる。
以前知り合った奴隷を経験した人は、自分で家畜並みと言っていた。
言葉が通じる社会での奴隷ではあったが、そう感じたのである。
一方、解放されても主人の家に居続けた奴隷も知っている。
一人で生きる術を知らない奴隷は、独り立ちする方が過酷なのである。

これは、雇用されている私たちにも言えることだ。
病気になったり、自殺や過労死する仕事でも辞められない。
奴隷と違って、家庭やプライドを背負っているからだ。
そして、被雇用者は消費者としても役に立つので保護されている。
もし戦争になれば戦力になるし、支援体制にも使える。
目の前に主人はいないが、国家という大きな主人に飼われているようにも思える。
国家と一体となった企業や官公庁に雇われ続けなければならない。
他に生きる術を身につけてこなかったからだ。
人権を守るということは、国家に連ならない権力者の奴隷になるのを阻止するという意味のようにも思える。
戦争反対が叫ばれた戦後70年のこの夏。
まさしく死んでいった400万の兵士や国民はなんであったのだろう・・・

2015年8月22日土曜日

学校の敷居の高さ

夏休みは今年の卒業生が訪ねてくれた。
特にクラブをしていた生徒は、クラブの方に顔を出していた。
クラブをしていなかった生徒は、学校を訪ねるきっかけがないようだ。
クラブに来たついでに、私に会おうとした生徒もいた。
残念ながら、せっかく訪ねてくれたのに、入院していたりして会えなかった。
そんな中で、オープンスクールをきっかけにして、女子バレーボール部の卒業生が訪ねてきたのに出会った。
いきなり、職員室の前の廊下で、「先生!」と言って駆け寄ってきたので驚いた。
2年の時に担任をした卒業生のKさんで、その後も日本史を担当していた。
そのKさんは卒業しても変わってなかったが、顔を見ても分からない生徒もいた。
どうしても分からないので、側にいた元学年主任の先生に聞いていると
本人が「○○でーす」と答えてくれた、本人も変わったと自覚があるらしい。
卒業生によっては髪の色を変えたり、化粧をして大きく変身している生徒もいた。

Kさんは卒業式に写真が撮れなかったからと、一緒に写真を撮った。
その写真を記念にもらおうかと、メールアドレスを書いたメモを渡した。
ところが、いっこうに返事が無い、たぶんどうも最後に余分なドットをつけてしまったせいだろう。
生徒とツーショットで写真を撮るのは、何年かぶりでちょっとハイになっていたからかもしれない。
Kさんから私が担任していたクラスの生徒の様子が聞けて嬉しかった。
特に浪人している卒業生がいるので、彼のことが気になっていた。
Kさんはその浪人生を励ましたりもしているらしい。
私はいい加減な不良浪人だったので、家族以外と話をしないという浪人生を心配に思った。
私は予備校で灘高などの卒業生と相撲を取ったりしていたからだ。

こうして学校を訪ねられる生徒は、本当に少ない。
私自身も、教育実習以外で高校を訪ねたことは無い。
同窓会には不良仲間も来るので、たまに顔を出す。
不良学生だった私には高校の敷居は断然高い。
大学は真面目に過ごしたので、学会などの機会に何回か訪ねたことがある。
私にとってクラブなんかでも、関わりが多かった大学が一番訪ねやすい。
大学院は別の場所に移転してしまったので、卒業後は一度も訪ねたことは無い。
先日も研究室の同窓会のような案内があったが、こちらも別の意味で敷居が高い。
卒業しても関わりが持てるのは、授業以外で関わりが多かった所である。
考えてみれば、中学高校の先生とは授業以外で関わることは殆ど無かった。

わざわざ会う機会を持たなくても、町で会って声を掛け合う時もある。
そういう卒業生も実際は数少ないのだが、Kさんから聞くところによると私のブログを読んでくれている卒業生もいるらしい。
今はネットのお陰で、時間と場所を越えて繋がることも出来る。
おそらく私のように敷居が高くて、学校を訪ねたくても訪ねられない卒業生もいるだろう。
そういう卒業生のためにも、もう少し学校の様子を書こうかとも思っている。
私自身のことを言えば、手術後順調に回復した。
ただ、体の方は回復したが、失った根拠の無い体力への自信は回復していない。
訪ねてきてくれたKさんには、幾分元気を分けてもらったのだが・・・・

2015年8月14日金曜日

ミニトマトはドライに限る

このところ、つまみは乾燥したミニトマトである。
少々食べ過ぎて、おなかが張っている感じもする。
普通はミニトマトは多く食べても、5個くらいまでだろう。
ドライトマトなら、10個以上食べてしまう。
しかも、干しぶどうほど甘くなく、健康的だ。
売っている乾燥トマトは、妙に味付けをしている。
何も味付けしなくても、十分甘くて美味しい。

ドライフード機を数ヶ月前に買って色々と試した。
ささみジャーキーも、つまみにもってこいである。
ジャガイモも、ポテトチップスより健康的で美味い。
パクチも乾燥すれば、手軽に使える。
不評だったのは、まずキュウリ
これは、味が妙に強調されて、酢の物にしないと食べづらい。
サヤインゲンは、私はそこそこいけると思ったが、家内には不評だった。

下拵えが必要な物は、家内が下拵えをしてくれる。
そうでないものは、殆ど自分でやっている。
ささみ以外は家で採れる野菜である。
一番工夫がいるのは、温度と時間だが、それも慣れてきた。
因みにミニトマトは最初、家内が天日干しでチャレンジした。
天日干しはなかなか乾かなくて、仕上げにドライフード機を使った。
入院のごたごたで、そのまま放置してカビらせてしまった。
カビずに残った物も、今ひとつ味も見た目も良くなかった。
そこで、私が一人でチャレンジしたのだ。
温度を徐々に下げていって、丸二日で出来た。

野菜の保存はなかなか難しいが、ドライフード機のお陰でだいぶ助けられるようになった。
また、酒のつまみとして、ささみジャーキーも非常に美味しい。
ネットなどでは、ペットのおやつにと宣伝している。
100gで80円ほどのささみは、私にはとてもリーゾナブルだ。
缶詰にせよ、市販の物は味が飽きてしまう。
その点手作りの物は、味付けも変えられる。
因みにささみは、家内が酒蒸しした物を乾燥させた。
日持ちも良くて、良いビールのお供になった。

狩猟採集の時代から、人類は食料を乾燥させて保存してきた。
奄美与路島では、魚を干して保存しておいて、行事に際して戻して食べていた。
昔から天日干しとか、燻製、囲炉裏での炙りで完成させた。
今の生活環境では、なかなか難しい。
だから殆どが冷凍保存と言うことになる。
確かに冷凍保存は良いのだが、すぐに冷凍庫が一杯になってしまう。
乾燥させた物はそう長期には保存できないが、腐らせずに持たせることが出来る。
いっぺんに多く採れる野菜には、もってこいだ。
自然生活と文明の融合がドライフード機によってなされる。

クロの散歩姿

いつもの散歩コース・蓮の咲く池の前