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2019年2月25日月曜日

羽毛革命

今年の冬は羽毛布団のおかげで、暖かく夜を過ごすことができた。
今まで、電気毛布や湯たんぽなどを使っていた。
電気毛布は確かに暖かいが、暖かさが不自然で、寝心地が悪かった。
湯たんぽは、自然な感じはするけれど、毎晩お湯を入れるのが面倒だし、一度低温やけどをして、長い間痕が残った。
ただ、湯たんぽのお湯は、朝に車のフロントの霜取りにも使えたし、クロの飲む水桶の氷を融かすのにちょうど良かった。
なるだけ、毛布を二枚使って、サンドイッチになり、重い掛け布団を上に重ねていた。
家内は、重い掛け布団が嫌で、私よりも早く羽毛布団に替えていた。
私は高価な羽毛布団より、しっかりと重みのある掛け布団の方が良いと思っていた。
しかし、家内が暖かくて軽いと勧めるので、買うことにした。
中に毛布は入れない方が良いというので、布団に入り始めは寒く感じたが、直ぐに暖かくなり快適だった。
羽毛布団は、電気毛布も湯たんぽもいらない快適な冬の夜を、私に提供してくれた。

また、今の職場は私の席の近くにガスストーブがついている。
このガスストーブは古い物で、温度調節が全くできない。
ストーブから遠い人は寒いというので、滅多に消すわけにはいかない。
仕方ないので、私が服を脱ぐことにした。
しかし、職員室を出て廊下に行くと非常に寒い。
そこで、直ぐに着脱できる物として、ダウンジャケットをセーター代わりに着ることにした。
これはユニクロのウルトラダウンという物で、薄くても暖かい。
着脱が簡単なカーデガンは持っているが、本当に寒い時は胸元が涼しい。
首まで絞めることができるダウンジャケットの方が、温度調節もしやすい。
これは実は隣の席の若い男性教師に習ったものである。
彼はダウンジャケットの上にスーツを着ている。
私は行き帰りはダウンジャケットの上にウールのジャケット、そして、職場では白衣に着替えている。

先日、ルワンダに海外協力隊として生活していた人から、現地では教師は皆、白衣を着ていると聞かされた。
白衣は文明を語る者の象徴として使われているのだろう。
最近の若い教師はスーツにネクタイが多いが、私はチョークで汚れたりするし、ちょっとした作業をするのにスーツは適さないと思っている。
何よりも、膝上まで隠れて、意外に暖かいのである。
だから、白衣の下にダウンジャケットを着ていれば、寒い体育館でも何とかなる。

ただ、一つだけ気になるのは、ユニクロのウルトラダウンジャケットは人気商品で多くの人が着ている。
しかも、私の着ている黒は定番である。
定時制の生徒は私服なので、ずっと定番のジャケットを着続けている生徒もいる。
制服代わりと思えば良いのだが、一番外に着る物としては、普段着感覚だ。
中に着込んだり、ちょっとレジャーで羽織ったりするくらいの物のように思える。
そう言えば家内は家の中では、ダウンのベストをずっと着ている。
お出かけ用のダウンジャケットは、私も家内もそこそこの物を着ている。
そして、近所の農家のご主人も黒のウルトラダウンジャケットを、農作業で使っているので納得した。
要するに、ウルトラダウンジャケットは冬の万能品なのである。

とにかく、普段の生活では寝る時も起きている時も、そしてお出かけの時も冬はダウンにお世話になっている。
ウールと違って、ダウンは鳥の死と引き換えになるのが気にはなるのだが、化学繊維製品よりも自然であることには違いない。
かつてホモサピエンスが毛皮によって革命的に、旧石器維持代の寒冷地適応を果たしたように、現代では羽毛によって革命的に冬を乗り越えられる。
これは何よりも省エネにつながるものなのである。
ただし、羽毛布団を使いながら、電気あんかも使っている家内は省エネでは無いが・・・











2019年2月23日土曜日

ネット知識のつけ

私は以前散歩の途中で、便意をもよおして何度も苦しんだ経験がある。
その多くは、前日飲み過ぎや食べ過ぎが原因だった。
ところが、この冬はそれほど飲み食いをしていないのにそういう状況に陥ってしまった。
家内などは、普段から胃腸の調子が悪いので、食べたものが悪いかの区別がつかない。
私が下痢で、家内が普段と変わらないと言われると、食事を疑うわけにはいかない。
そこで、服用している糖尿病の薬が原因では無いかとネットで調べた。
やはり、今飲んでいる薬には下痢の副作用があるとネットにも書いてある。
念のためにもらった薬の説明書にもちゃんと書いてあった。

そこで、私は勝手に薬の量を減らすことにした。
私は常日頃から、精神的に落ち込むのは血糖値が高くなるからだと思い込んでいた。
だから、薬を減らして、精神的にも落ち込まない状況で、きっと薬の量が多くて、下痢をしていたと決めつけた。
ところが、それが大きな間違いだった。
定期検査では、教育入院から退院後最悪の検査結果になってしまった。
主治医の先生によれば、副作用は薬の飲み始めに出るものであり、下痢の原因は菌感染による可能性があるということであった。
ただでさえ正月を挟むこの季節は血糖値が上がりやすいのに、自己判断で薬を減らした結果であった。
そのおかげで、薬は減るどころか、新たなる薬も増えて、出費も増えた。

要するに素人がネットで調べて、勝手な解釈をすることは、過ちをもたらす可能性が大きいと言うことだ。
ネットは確かにいろんな知識を提供してくれるが、人の生活や行動に応じた知識は提供してくれない。
それは経験豊富な医者に頼る方が賢明なのである。
糖尿病はいろんな健康上のリスクを伴う。
特に心配なのは膵臓癌である。
これを機会に我が家の食事が変わった。
ご飯にマンナン米、十穀米、もち麦、蕎麦粒が混ぜられるようになった。
そして、腹もたせに蒟蒻ゼリーを私は食べている。
怪我の功名という所だろうか・・・

2019年2月21日木曜日

千種水汲み2019冬と津山干し肉買い出し

この週末の土曜(2/16)の午後は、千種に水汲みに行った。
このところの寒波で、日にちを延ばしていた。
雪の心配をしていたが、この季節なら道ばたにある雪も殆どなかった。
遠くの山にはしっかりと雪は積もっていたが、給水所には積もってはいなかった。
ただ、気温はやはり低く、手袋もせず給水したので、手が途中でかじかんできた。
他のお客さんも途中から来たが、奥さんは車から出てこなかった。
一人黙々と給水する旦那さんが気の毒に思えた。
いつものように、大日大菩薩さんにお参りして帰った。
途中千種の道の駅に寄ったが、買いたい物は殆どなく、家内は蒟蒻だけ買った。
「つちのこ復活」のポスターが妙に目を引いた。

翌日の午後、思い立って津山に干し肉を買いに行った。
糖質が制限されているので、糖質以外の手軽でおいしい物が欲しかった。
ビーフジャーキは、100gで1000円ほどする。
津山の干し肉をネットで調べたら、100g500円くらいだと分かった。
そこで午後から津山に行くことにしたのである。
ルートもネットで検索して、ナビも使わずに出かけた。
上郡の安室ダム付近から県道90号線を使い、とんでもない山道を抜けることになった。
美作方面の道か、作用方面の道かを選ぶ時に、美作を選んだのが間違いだった。
脱輪すれば谷底に落ちそうな道、対向車が来ればどうしようも無い道が延々と続いた。
今回は行きの運転は家内で、助手席でヒヤヒヤしながら任せるしか無かった。
まさしく、肝を冷やすとはこのことである。
途中で、軽トラに乗ってきた猟師さんに幾度となく出会い、この道は山仕事か猟に使う道だと分かった。
しかし、所々に集落もあり、人が住んでいる気配も感じた。
町に出た時は、ほっと胸をなで下ろした。

結局、干し肉を買う肉屋さんの津山では見当がつかないので、以前久米の里の道の駅で干し肉を売ったので行くことにした。
店では干し肉類は、人気があるのかあまり残っておらず、残った干し肉を400gほど買った。
猪肉も売っていたので、買おうとしたが家内が食べないというので止めた。
こちらも100g500円だが、売っている量が多く、一パック3000円ほどした。
また、前に来た時も蕎麦の実を売っていたのだが買えなかった。
今回は、血糖値対策に買うことにした。
店での食べ方の案内には、ご飯に混ぜるだけで良いとあった。
結局、干し肉と蕎麦の実だけを買って帰ることになった。

帰りは私の運転で、以前来た平坦な道を通ることにした。
それは、吉井川沿いの道を途中まで下って、赤穂へ行く県道90号を上手く使うルートだ。
途中に、英田サーキットもあって、道は広く整備されている。
行きもこの道を通れば問題なかった。
ネットで調べた行きのルートは、距離は短かったが、山越えで却って時間がかかる道だった。
帰りは、難なく平穏に帰ることができた。
家内と岡山にドライブする時は、いつもスリリングなドライブになる。
因みに、上郡から津山に行くのも岡山市中心に行くのも、時間はさほど変わらない。
また、千種に行くのも変わらないのに、津山に行くと遠く別世界に行った気分になる。
たぶん、とんでもない山越えがそういう気分にさせてくれたのだろう。

2019年2月19日火曜日

Hold The Line

このところラジオからTOTOの曲が流れてくる。
来日公演の宣伝のCMや、それに関連して曲を流しているからだ。
私は、大学に入ったら軽音楽部に入ることは、高校時代から考えていた。
南山大学でも、新入生の勧誘では色々誘われた。
体が大きいので、アメフト、柔道、少林寺拳法などが特に熱心に勧誘してくれた。
しかし、私はためらわず、軽音楽部に入った。
しかし、根本的に考え違いをしていた。
自分は高校時代から、趣向の合う仲の良いメンバーとバンドを組んで活動した。
大学の部では、趣向は大体合うが、仲の良い仲間とは行かない。
しかも、先輩との上下関係で成り立っている。

新入生のボーカルである私に与えられた最初の曲が、TOTOのHold  The Lineだった。
決して悪い曲では無くて、気に入った曲ではあったが、ボーカルを聴かせるという曲では無かった。
いつものように歌詞がなかなか憶えられずに、校内の演奏会の時は、歌詞を書いた紙をステージ下の観客席で持ってもらわねばならなかった。
歌う時も、ギターを持たず、ポケットに手を突っ込んだまま歌ったので、後で先輩に注意された。
結局、それが学生として最後のステージになってしまった。
軽音楽部を止める時に、ドラムの先輩から別の機会で出会うだろうと言われた。
しかし、縁もゆかりも無く、知り合いもいない名古屋では、バンドを組むことは無理であった。
せめて、東京の大学に行っていれば、Hiro君やSukeちゃんがいたし、大阪にも知り合いはいた。

大学の軽音楽部を止めた時点で、自分のミュージシャンへの道は終わったのだった。
プロを目指した音楽活動の一線は守れなかった。
何としても、Hold  The Lineすべきだったのかも知れない。
(なお、TOTOの歌詞の意味は、電話を繋いだままにすることだ。
以前見た戦争映画『シン・レッド・ライン』(The Thin Red Line)では、戦線確保の意味で叫んでいたシーンを思い出す。)
しかし、先輩先生に言われた、「教師になって良かったやん」
確かに、食いっぱくれることはなかった。
そして、細い線とはなったが、音楽との関係はつながった。
職場での職員バンドに加わり、忘年会で活躍した(一部の人に不評だったこともあったが・・・)。
地域や学校のいろいろなイベントで、事あるごとに出演させてもらった。
そう考えれば、Hold  The Lineしていたのかもしれない。
プロにならなくても、それはそれで、良かったと思っている。
音楽は暮らしの一部であり続けるが、自分の理想なのだから。

2019年2月18日月曜日

お墓の意味

家内は、毎月義母と一緒に墓参りのために朝出かける。
今朝も、「早う 行かんと お父さんが待ってるで」というと
”私の お墓の前で 泣かないでください そこには私はいません”
と「千の風になって」を歌い出す。
「ほんなら なんで 行くんや?」と、私は返すと
「さあ~?」と答えるだけ。
家内の実家には仏壇はあり、お骨はお墓に納めている。
私の実家はお墓が無いので、仏壇にまだ父のお骨を納めたままにしている。
私の家にはお坊さんが毎月来て、仏壇で拝んでくれている。
なるべく早くお骨はお墓に納める方が良いというが、骨壺に入り立派なお石墓に納められたお骨が自然に帰るとは思えない。
そもそも、火葬した段階で、殆どの骨は自然に帰されているのである。
そうすると、お墓はわざわざお骨を家の外に出して、お参りするだけのものなのである。
先祖代々から受け継いだお墓なら、ご先祖様と一緒にということだろう。
しかし、うちのような新家(分家)は、そういう墓は無い。

お墓は、仏壇と違って、誰でもいつでもお参りすることができる。
先日、赤穂のとある場所で、○○先生と書かれたお墓があった。
個人を偲んで建てられたお墓であろう。
当然、戦没者のお墓は、個人として立派なのが建てられている。
これは、家族、親族を越えて、個人を祀るものである。
だから、自分の苦労した親や伴侶をお祀りたいという気持ちも、それと通じるのである。
しかし、それは家族や親族の中での話になってしまう。
そうなると、それを祀るための家族親族が、その地で永く暮らし続けていかなければ維持は無理なのである。
叔父の中には、子供のいる神奈川県に墓を建てる予定をしている人もいる。

「人間到る処青山あり」と、多くが都会に出て行った。
確かに孤独死であっても、葬ってはくれるだろう。
しかし、「顧みはせじ」とされる身でもあることも確かだ。
最近は葬式も殆どせず、火葬するだけで終わることも都会では増えているそうだ。
「水浮く屍、草生す屍」ではなく、「焼却される屍」として顧みられないようだ。
そういう意味では、無理して墓が造れるのは幸せなことかも知れない。



2019年2月16日土曜日

Here Comes the Sun

Beatlesのこの曲は、高校二年生の時に体育館ステージで演奏した曲である。
ベースのHiro君が、アコーシックギターでマスターして伴奏してくれた。
この間、散歩している時に、春めいた日差しの中で不意に出てきたのは、この曲だった。
私はジョージ・ハリソンの曲が好きで、Beatlesで初めて歌ったのはSomethingだった。
Somethingは、淳心祭(文化祭)体育館ステージのオーディションに落ちた曲である。
また、体育館ステージ落選バンドの野外ステージでも、殆ど聴いてもらえなかった苦い思い出の曲である。
一番好きなのはWhile My Guitar Gently Weepsだが、実際に人前でまともに聴いてもらえたのはHere Comes the Sunだけだった。
春の訪れの喜びを表したこの曲は、今の季節と私の心境にぴったりときた。

この頃、健康番組でよくビタミンD不足の話題が取り上げられる。
美白流行で女性が極端に日光を避ける。
特に女性では、骨粗鬆症との関連が知られている。
男性も仕事は室内での事務仕事が多いし、トレーニングジムは室内が殆どだ。
そして、何より若者や子供たちもゲームばかりして、外で遊ばなくなっている。
日光浴の効果をネットで調べたら(https://www.life-rhythm.net/why-tanning/)

1.ビタミンDが増えることで免疫力がアップ 2.気分を安定させるセロトニンが生成される 3.体内時計を整える 4.美しい肌づくりをサポートする 5.血圧を下げる 

とあった。
私は、朝の散歩では日光をふんだんに浴びているが、午後からは仕事で殆ど日光を浴びることが無い。
それでも、日焼けしていて、職場では一番色が黒いのでは無いかと思う。
やはり冬場は畑仕事が減って、週末にしっかりと日光を浴びる機会が減った。
最近まで気分が鬱々としていたのも、そのせいなのかも知れない。
それが春が近づいて、Here Comes the Sunの歌を口ずさめるのも、日光のおかげである。
適度な日光浴は、精神安定剤以上の効果を持つようにも思える。
私はスマホやゲーム機を置いて、日差しを浴びようと生徒に廊下のホワイトボードにメッセージを書いた。
しかし、Here Comes the Sunと書いても、職員さえ知っておらず、ボードの前で一人で口ずさんでいた。
定時制の生徒は室内のアルバイトが多く、しかも、運動は夜に行っている。
休み時間でも、殆どゲームをしている。
家でも、時間があるとゲームをしていることが多いと言っていた。
健康を害する前に、「もっと 光を」である。

2019年2月15日金曜日

庭仕事に粉砕機

思い切って粉砕機を買った。
年末に庭木の伐採をしてすぐに試してみたが、生木だとやはり裁断するギアの刃に絡まるため、乾かしてから粉砕することにした。
犬小屋の前の庭に粉砕機を置いてやり始めたのだが、その音の大きさにクロは恐れて立ち尽くしている。
確かに、枝木を砕く音は、大きくて不安を与えても仕方が無い。
特に、太めの枝を入れると、機会そのものの音と、枝の砕かれる音が大きくなる。
前回のように、ギアの刃に絡まること無く、裁断してくれた。
また、前回に懲りて、枝はなるべく切り落として、投入口に入りやすくした。
そのために、厚鎌と鉈を使った手仕事も必要だった。
一番肝心のゆずの棘付きの枝は、やはり一番苦戦した。
投入する時に、どうしても手に刺さってしまう。
あらかじめ革の手袋を用意しておけば良かったと後で後悔した。

今回は、廃品の竹刀の竹を持って帰って利用していたのも、古くなったので同じように裁断した。
竹であっても、問題なく粉砕できた。
他の細い竹の枝や、バラの蔓などは、投入するのが手間であった。
それでも、庭の伐採した枝木を大方片付いた。
高い値段の粉砕機を買ったのは、以前のように燃やすと、どうしてもその煙が、近所迷惑になると思ったからだ。
近くに家屋が無いところなら良いのだが、上郡ではそういう田畑を借りていない。
知り合いの人は、伐採した木を燃やして罰金を取られたと言っていた。
15万円の罰金だったそうで、それを考えると少々の負担は我慢せねばならない。
また、粉砕した枝葉を庭木の根元に敷いて、草抑えと肥料に用いようと思った。
今回も3箱くらいの量が出たが、全て庭の隅に撒いた。
さらに言えば、草木灰も必要となるので、今後は粉砕した枝葉の上手な焼却も考えようと思っている。