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2024年6月13日木曜日

森林の整備より食料・エネルギー利用

 森林環境税が森林整備の目的で住民税に一律1000円課せられる。

今のように山が針葉樹で埋め尽くされるようになったのは、戦後の自給的焼畑を止め造林されてからである。

その造林された森林が放置されたりして、環境悪化となっていることへの対処というのもわかる。

しかし、これから先に人口も減って住宅建築が増えるように思えない。

近代建築のビルなどの内装に用いても、需要の限界はあるだろう。

スギ花粉で国民の多くを花粉症で悩ましてきた杉林を、花粉対策のできた杉に植え替えるのも理解はできる。

しかし、これから先に食糧危機がやってくることがわかっているのだから、それに備えた対策が必要だろう。


水田とても、江戸時代は森林や草原を利用しないと維持できなかった。

肥料や運搬・農耕用家畜の餌を草木に頼っていたからだ。

もう肥料にするほどの大量の鰯もいなくなって、海に肥料を頼るわけにもいかない。

ウクライナ戦争が始まってから、小麦だけでなく肥料の原料も値上がっている。

アメリカの収奪農業での食料生産も将来危ういし、世界人口の増加に食料生産は追いつかない。

日本人が江戸時代に食料を完全自給して養えた人口は3000万人ほどだと言われている。

それは、米だけでなく、焼畑の作物に依存してきてそれくらいしか養えない。

焼畑をしなかったら、3000万人も養えなかっただろう。


今は戦前のように手作業だけで、農作業をしなくていい。

家畜肉やジビエ肉も食生活が変わってよく食べられているので十分活用できる。

自然への影響の少ない不耕起農法も研究されて実践されてきている。

自給用など、小規模なら自然農法のやり方もある。

ちゃんと場所を選べば山崩れの心配も無い。

むしろ、間伐材を放置した山の方が危険だったのだ。


熱帯雨林の企業型焼畑から環境破壊を訴え続けられた焼畑だが、古来の焼畑は環境に則したものだった。

そもそも、石油燃料の機械や化学肥料、農薬に頼る農業こそ環境破壊なのだ。

同じ森林環境税をとるなら、森林整備ではなく、森林や原野の環境に配慮した農業活用を行うべきだと思う。

また、森林破壊をして太陽光発電をするよりも、草木を利用したバイオマス発電を進めるべきだと思う。

同じ植林をするなら、食料となる堅果類などを植えた方がいいと思う。

また、害獣や雑草として処分や放置されている野生の動植物も、食料や肥料として活用することもできるだろう。

何よりも、「ぽつんと一軒家」になった村を再生できるのではないだろうか?


また、集落や街から遠く離れた奥山だけでなく、里山も大切だ。

私は赤穂の海辺に育ったが、海だけでなく、近くの里山が遊び場であり、おやつになるイタドリや山桃、あけび等を採る大切な場所だった。

また、椿林では友達と「すみか」と言って、枝の上に枝葉を敷いて遊んだりした。

もちろん、カブトムシなどの昆虫を採ったりした。

里山は食料や燃料としての活用だけでなく、大切な子供にとっての遊びと学びの場である。

以前勤めていた姫路特別支援学校では、学校近くの山登りが授業の一環としてあった。

心と体を育む里山の整備活用も大切だろう。

2024年6月10日月曜日

学校用のバスの必要性

 実は私の子供は小学校の時に、集団登校をしていて交通事故に遭った。

その時は全国ニュースになったが、死者は出なかった。

出勤前の私は連絡を受けて家の近くの現場に駆けつけた。

一緒にいたはずの息子の同級生の女子児童が見つからない。

まさかと思って、そばの田んぼの用水路を探すと、跳ね飛ばされて仰向けに倒れている児童を見つけた。

たまたま顔が上向きで、背負っていたランドセルが高さを確保したために、九死に一生を得た女子を現場の大人と一緒に助け上げた。

また、ある1年生の女子などは、足を切断するかどうかのけがを負い、長期入院した。

比較的軽症だった私の二人の子供も、後に永久歯の治療を余儀なくされ、何よりも長い間そのトラウマに苦しんだ。

通学路での事故は今も後を絶たないし、今回の高齢者の大きく事故が問題になっているのは、通学時の児童を信号無視ではねたからだ。

車社会にいち早くなった、アメリカではスクールバスが普及している。

高校生にもなると、車での通学も許可されている。

日本でも特別支援学校は、スクールバスが普及していて、以前私が勤めていた姫路特別支援学校では多い時で12台以上のバスを神姫バスへの委託を含めて運行させていた。

それは通学生が広域に広がっているからのなのだが、普通の小・中学校でも地方では広域に広がってきているところは路線バスや電車を用いてきた。

ところが、私の場合は高校だったが、普段の授業はともかく、クラブ活動や土日での行事、模擬試験等の時には対応が難しかった。

自由に運行できるバスの経費への支援が欲しいと思っていた。


そもそも、近くの小中学校に行く時に、危険な道を通らなければならないというのが間違いだ。

まずは安全な通学路の整備を行うべきであって、危険な道を大人が付き添っても暴走した車にはねられてしまう。

交通戦争中の私の小学生の頃は通学路に歩道橋を作って、児童生徒に負担を強いた。

児童生徒に負担を強いるのではなくて、車の方に負担を強いるべきなのだ。

私は運動にもなる歩いてでの安全な通学が理想だと思っている。

でも、それができないのならスクールバスを運行させるべきなのだ。

上郡町では、小学校の統廃合が進んで、神姫バスに委託したスクールバスが一校だけ運行されている。

そのお陰で、温水プールでの水泳授業も行われるようになっている。

神姫バスの社長は中学高校の同級生で、苦しい経営で多角化を余儀なくされているようだが、小中学校のスクールバスが普及すれば、地方での経営も安定するだろう。

そして、義務教育を課している国が、その安全のための費用を負担すべきなのだ。

票に結びつかない子供たちの安全への政策を怠ってきた政府の責任は重大だ。

2024年6月7日金曜日

交通戦争の生き残りが加害者に

 私たちが子供の頃「交通戦争」というい言葉があり、一時は少し減ったが1995年頃まで年間の交通事故死者数が1万人を超えていた。

日清戦争の年間の戦死者数より多いから名付けられたと言うが、戦後の累計からすると日露戦争を超えているのではないだろうか?

しかも、太平洋戦争の空襲ように戦闘員に限らず、運転者以外でも年齢性別を問わない無差別の死者である。

欧米と違って馬車文化が歴史的になかった日本では、従来まともに自動車に対応できる街路がなかったし、それを作る政策がなされなかった。

国会議員は鉄道建設で票集めをして、車と人や自転車とを分離した道路を建設しなかった。

一方で自動車産業だけ伸びていったが、事故防止装置の対策は遅れたまま、業績を伸ばして大もうけをした。

いわば日本の自動車産業は交通戦争の戦死者の犠牲の上に発展したのだ。


そして、その自動車を中心とした街作りが進んでいって、大型店舗が自由化されて、身近な商店が潰れていき、郊外に大型店舗ができあがった。

特に田舎では車がないとまともに買い物さえできなくなった。

私は車の免許は赤穂に戻ってから取得した。

なぜなら東京の近辺では必要なかったし、むしろ維持するのにかなりの出費となったからだ。

赤穂に戻ると車なしには、買い物どころか仕事もできなかった。

都会の勤め人は電車やバスで通勤しているだろうが、地方では姫路のような都市部でも車がないとまともに通勤できない。

そういう車社会を築き上げてきたのは、自動車産業と結託した政府ではなかったのか?


そして、車社会に適応して生き残った高齢者が、重大交通事故の加害者になっている。

交通戦争を生き延びた世代が、高齢ゆえに適応性を失って事故を起こしてしまっている。

これは人ごとでなくて自分もあと何年、車の運転がまともにできるか心配である。

高齢者の事故を問題視して、免許返納を勧めるのは良いのだが、車社会の街を作り直すか、自家用車がなくてもその街で不便なく暮らせるようにすべきだ。

今、地元の上郡では、人も乗っていないコミュニティーバスがむなしく巡回している。

自家用車の便利さを知っている者が、不便な交通手段を使うはずはないではないか。

やっと近年乗り合いタクシーやライドシェアーが公認され始めた。

私が調査で通っていた、奄美大島では40年以上前から、見て見ぬふりで活躍していた。

軽貨物自動車で荷物を運ぶついでに、諸鈍からの他のお客と一緒に古仁屋から名瀬の旅館まで低料金で乗せてもらったりした。

要するに荷物の運搬と人の運搬を兼ねた下請け運送屋さんが、庶民の足を確保してくれていた。

今はやってないかもしれないけど、古仁屋から名瀬に客を乗せてきたタクシーが、バス乗り場付近で待っていて、古仁屋行きの客を集めて低料金で乗せていってくれた。

タクシーも島の生活に合わせて、柔軟に対応していたのだ。


マスコミは自動車産業の広告やCMからの収入が大切なのか、高齢者の責任ばかり話題にして、免許返納を迫る。

確かに危険な行為や悲惨な事故は、注意喚起して対策をとらねばならない。

しかし、重要なのは、高齢者が自家用車に頼らなくても、普通に生活できることなのだ。

車を維持するくらいの費用で、不便のない暮らしを確保すべきなのだ。

企業の政治献金の弊害は、まさしくこの問題にも行き着くのではないのか?




2024年6月5日水曜日

上を向いて歩けないのは涙を忘れたから

 NHKの映像の世紀バタフライエフェクトの「安保闘争 燃え盛った政治の季節」で、永六輔作詞の「上を向いて歩こう」が、安保闘争の敗北感から生まれたことを知った。

その安保条約の相手国であるアメリカのビルボードで1位をとり、大ヒットするとは皮肉なことだと思った。

安保で流した涙はヒットで大もうけして、笑顔になった訳なのだろうか?

安保で敗れヒットで勝利した永六輔はたぶん複雑な気持ちだったのだろうと思う。

危機を感じていた学生も市民も、日本人の体制勢力ではなかったことは自民党政権が続いたことでもわかる。

その後、沖縄が要塞化されて、日本が兵站を担い、アメリカは世界中で戦争を続けてきた。

日本は平和主義を掲げながら基地を提供して、かわりに高度経済成長をさせてもらい完全にアメリカの奴隷に成り下がってしまった。

かつて、白洲次郎が「戦争に負けたけど奴隷になったのではない」と言ったそうだが、結果的には安保条約で奴隷になってしまったようだ。


ただ、日本は意図してかどうか知らないのだが、中国は円借款も手伝って経済成長して、

アメリカに対抗できるだけの力をもつ国となった。

中国は天安門事件で学生を弾圧したが、日本の安保騒動どころではなかった。

そして、香港の自由を奪い、台湾の自由をも奪おうとしている。

この中国の台頭で、日本は兵站の役割から、岸首相の孫のおかげで一緒に戦う戦闘部隊に格上げとなった。

学生運動に参加した大学生たちは、日本の高度経済成長の企業戦士に変身して、政治家を企業献金で雇い国民ではなく、企業のために尽くした。

その企業本位のの政策によって、今の日本が作りげられた。

そして、市民は平和ではあるが、生活よりも仕事を優先して、地域や家を解体させ所得格差を高めていった。

地球環境を犠牲にした経済発展という巧妙なアヘンに侵されて、本当の危機を感じる力も失っている。


アメリカの意向に沿った憲法が作られ、安保条約が憲法を超える力になっていることを、日本人は理解してきたのだろうか。

今、アメリカ従属のままで、憲法を改正しても、おそらくこれまでと大して変わらないだろう。

核兵器で多くの日本人を虐殺したアメリカが核の力を誇示している状態で、逆らえないのは常識的にわかることだ。

憲法を超える安保条約を背景に強かで巧妙に傀儡政党が政権を金の力で担い続けた。

経済発展がいかにもろいものか、目先の豊かさのバブルに踊らされた後で、基軸通貨ドルで振り回されることで思い知っているはずだ。

一度支配された国は支配した国が崩壊しないと真の独立はあり得ないだろう。

朝鮮しかり、東ドイツしかりである。

一方、琉球王国は沖縄県として日本化が進み、アメリカと日本の二重支配体制にされてしまった。


そして、再び戦争の時代を迎えている。

プーチンが堂々と核を脅しに戦争ができるのも、日本を従属させているアメリカが手本だろう。

北朝鮮が核兵器にこだわるのも、イラクやリビアだけでなく日本をもみているからだろう。

そのアメリカもトランプが大統領になったら、どうなるかわからない。

どうも、今は他国の戦争で潤っているアメリカ自体が、崩壊の可能性を持っているように思えてくる。

ソ連が崩壊して、カラシニコフが世界に拡散して紛争を多発させたように。

アメリカが崩壊したら、核兵器が拡散して現実に使われるかもしれない。

イエオロギーや哲学、宗教に関係なく、核兵器の力の前では言葉を失う。

狂った核兵器の前に学者も政治家は、これまでは核抑止力を唱えてきたが、その嘘が明らかになった今は疚しき沈黙を続けるしかないようだ。

涙も忘れたこんな時代に、誰が上を向いて歩けるのだろう?





2024年6月2日日曜日

誰が「ヒゲじい」やねん!?

 先日、プールで泳いでいたら、スイミングスクールの園児くらいの女の子に「おじいさん」と言われた。

確かに老齢なのだが、黒いキャップをして赤いゴーグルをしているのに、なぜばれたのかと思ったが、白い髭でわかったとすぐに気がついた。

NHKの「ダーウィンが来た」のヒゲじいは長くて白い髭がある。

私の髭はそんなに長くないのだが、白いことには違いない。

去年の夏から、髭はちゃんと一定の長さで手入れして、自分のスタイルで定着している。

一度だけ、安い散髪屋に行く前に、剃ってしまったことがあるが、剃った方が若く見えることは確かだと思った。

でも、自分としてはたとえ老けて見えても、髭がある方が好きなのだ。


以前、「チコちゃんに叱られる」で、男性だけ髭が生える理由を、殴られた時の衝撃を和らげるためだという説明があった。

それなら、ボクサーや空手の選手は髭を生やしていた方が、有利なのにほとんど伸ばしていない。

私は、ライオンのたてがみのような役割で、成人した男性らしさを強調させるものだと思う。

アラブ人は髭のない男性を一人前と見なさないから、アラブ研究の学者は髭を生やす人もいた。

ただ、日本では一般人は髭を生やさないので、文化人類学の学会でも髭を蓄えている人はあまりいなかった


先日見たNHK「歴史探偵」の琉球特集で、江戸時代の琉球からの使者の行列図では、中国風の服装で髭を生やしていて、日本人と違うことがすぐに分かると解説があった。

ただ、わたしがずっと調査をしていた40年前の頃は、奄美の人は殆ど髭を生やす人はなく、与路で無精髭を生やしていると注意されたこともある。

たぶん、江戸時代の南島雑話で描かれている成人男性に殆ど髭はないので、琉球の使者は役人で特別に髭を生やしていたのだろう。

南島雑話でも島役人や老いた家人など、特別な人には髭が描かれている。

それだから、学生時代に与路で注意を受けたのだと思う。

日本でも江戸時代の殿様や明治以降の政治家、軍人や文豪は髭を生やしている。

髭は日本人や東アジア人には特別な威厳を見せるためのものだったのように思える。

ただ、老人の長くて白い髭は、長寿を誇示するためのものだったのかもしれない。

私は残念ながら威厳を伴っていないし、長寿とも言えず、ただ、実用を兼ねたおしゃれなのだ。


今は水泳をするために髪をスポーツ刈りにしている。

髪が長いと泳いだ後が、すこぶるみっともなくなってしまうからだ。

それで、少し耳の生え際の毛が伸びたので、髭の手入れ機で、髭の手入れの延長で短くしている。

今ツーブロックがはやっているので、それほど極端ではないが、あまり違和感がない。

これで、しばらくは散髪屋に行かなくていいし、耳の生え際もさっぱりしていい。

そもそも、その髭の手入れも、一週間に一度程度で、毎日剃っていた頃に比べればずいぶんと楽である。

そして、以前にも書いたが、蚊に刺される心配も少ない。

ただ、今日は夕方に農作業をしていて目元を刺されてしまった。

ここは、虫除けもつけずらくて、まさしく盲点であった。


今、髭を生やしている知り合いは、いつもプールで出会う画家の人だけだ。

彼は画家でもあり、以前はスキーの国体選手でもあった。

冬場はスキー場の山小屋に行ってしまうので、夏場だけしか会えない。

彼の髭は殆ど手入れせずに伸ばしっぱなしだが、頭はこぎれいに短くしている。

彼は芸術家とスポーツマンとしての自分のスタイルを確立させている。

私はおこがましいが、家内には宮崎駿を引き合いに、髭のスタイルを正当化している。

園児にとっては、宮崎駿よりもヒゲじいに似ているのかもしれないが・・・・・・


2024年5月31日金曜日

プールに戻った爺海豚

 この春から年金暮らしが始まり、研究と百姓に明け暮れていたのだが、朝の散歩だけでは運動が足りない。

百姓も体をよく使うときとそうでないときもあり、運動を確保できるわけではない。

持病の糖尿病の数値も仕事していた時と変わらず悪いので、また、水泳を始めることにした。

上郡町にはB&Gの温水プールがあり、年間利用券(年券)はそう高くない。

年券を買って週に二度は泳ぐことに決めた。


最初はここ5年ほど泳いでいなかったので、まともに泳げるか心配だった。

案の定、ゆっくり泳いでも息が上がった。

ただ。クイックターンは下手ながらできたので安心はした。

スピードも情けないくらい遅くて、クロールで50m泳ぐのに1分以上かかってしまった。

すぐに顔が熱くなってしまって、連続して泳げないので、休み休み泳いでいた。

以前練習していた4泳法の泳ぎは、キック、プル、スイムと組み立てて、3000mほど時間をかけて泳いでいた。

しかし、今は種目はこなしても、量はこなせなく、2000mほどしか泳げない。

しかも、時間をかけすぎていたので、監視員に2時間までだと注意さえされた。

そして、何よりも情けなかったは、練習の疲れが数日続いたことだった。

以前は毎日のように泳いでも、翌日に影響することはほとんど無く、泳がない方が調子が悪かった。


そんな状態でも練習を続けるために年券を買って、火曜日と金曜日の15時から17時までを練習時間と設定した。

時間の設定は、スイミングスクールの関係で練習コースに余裕があるからで、17時からは一人で1コースとることはできない。

都会のプールではまず無理だろうが、私はバタフライを練習したいので、できたら一人で1コース使いたいのだ。

18時以降ならコースも余裕なのだが、早く飲みたいので無理と思った。

とにかく、泳いだ後のビールがたまらなくうまいのが、魅力であるから続けられる。

ただ、スクールのない時間帯で、一人泳ぐのは嫌いで、子供たちが元気に泳いでいる姿を眺めながら泳ぐのが楽しい。


ここ一ヶ月は、泳いでる時も泳いだ後も、疲労感を感じることが多かった。

しかし、やっとこのところ、元に戻りつつある。

クロールの50mも、45秒を切って泳ぐこともできるようになった。

バタフライや背泳ぎもスムーズに泳げるようになってきた。

ただ、相変わらず平泳ぎはまともではないし、個人メドレーは100mが限界だ。

練習量は約2000mのままにして、休憩を少なくしてスピードを少しずつ上げていっている。


先日、以前一緒に練習していた人に久しぶりに会った。

風邪を引いて長い間これなかったそうだ。

その男性は競争好きで、一緒に練習したがった人だが、心臓を手術してから、一日1000mほどしか泳いでいない。

その泳ぎ仲間が時間をとっているのは水中歩行で、監視員の人とおしゃべりも楽しんでいる。

私よりも確か6歳ほど上だったと思うが、私もその歳になったらそうなるのかなと、不安を覚えている。

マスターズレースで活躍していた知り合いの女性も、練習中にくも膜下出血でプールで亡くなっているので、気をつけなくてはいけない。

それでも、自宅にこもりがちな生活には、この週二回の練習は欠かせないと思っている。

今は農繁期で火、金以外の曜日のその時間帯と、土曜日は農作業に充てている。

農繁期が過ぎたら、泳ぐ回数を増やしていこうと思っている。

なにせ、このところ体重が90kg前後と重いままなので、お医者さんから減量するように強く言われている。

老齢となった自分の心身ともの健康のために始めたが、孫のような子供と並んでする水泳は、自称海豚とって何よりの楽しみとなっている。

孫のいない私には、それが一番のモチベーションなのだ。




2024年5月27日月曜日

ダウングレード

 私はパソコンを使い始めて以来、ワープロはジャストシステムの一太郎である。

漢字変換を担うATOKは、阿波徳島に由来すると大分前から聞いていた。

マイクロソフトとwordが主流になっていって、職場である高校の事務文書はwordやexcelになっても、ATOKだけはつかい続けていた。

教材やテスト問題はずっと一太郎のままで、業者から提供されている資料などとの不具合も生じたが、一太郎を愛用してきた。

そして、いまだに個人的な研究に用いているのは一太郎で、「一太郎2023」を使っている。

ところが、ATOKが年間契約方式になってしまい、今日(5/27)から、使えなくなってしまった。

マイクロソフトのIMEを使ってみたが、日本や中国の歴史に使う漢字の変換がスムーズではない。

私はATOKの文字パレットにずっと頼ってきたのだ。

ネットで調べると、ATOK2018からATOK2022までなら、再インストールできると書いてあった。

自分が以前使っていたのはATOK2017である。

年間8000円近く払って契約更改するか、ATOK2017をインストールするか迷ったが、結局毎年8000円近くの負担は耐えきれないと思った。

それで、ATOK2017をインストールすることにして、現在のところうまく働いている。

残念なのは単語登録をもう一度やり直さねばならないことだ。

これまで、一太郎はver3から、バージョンアップして使ってきたが、初めてダウングレードした。


実は、私はOCRソフトは「読んでココ!!ver12」を2006年以来使い続けている。

一時はWinXP以降のOSに対応できてなくて、ほかのOCRソフトを使ったが、Win10でまた十分使えるようになったので今でも大活躍だ。

一太郎と読んでココが無いと私の研究が成り立たないのである。

一太郎の文書では、ハイパーリンクでデーターをリンクしていて、検索機能も用いて膨大な文献データーの構築を行っている。

また、文献はスキャンしてOCRで一太郎文書にして読んでいるのだ。

たぶん、今の若い研究者は生のデジタルデーターやデジタル書籍をそのまま使っているのだろうと思うが、デジタル化されたものが利用できない私にはこの方法しかない。

勿論、国会図書館のデジタル化された文献も使ってもいる。

しかし、県立図書館の文献を活用するにはこの方法しかないのだ。


最近、友達の大学の先生に英文書籍のことを尋ねたら、邦訳より安くKindleで手に入ると教えてもらった。

ただ、amazonで調べてみると、5000円近くした。

プロの研究者にとっては、書籍代は必要経費だが、私のようなアマでは無駄遣いでしかなく、どうしても必要な書籍しか買っていない。

だから、図書館の書籍を利用しているので、そのことを彼に理解してもらうことは無理だと思った。

年金だけの収入に頼っている百姓にとって、研究は道楽でしかない。

しかし、その道楽が生きがいになっているのだ。

その生きがいを続けるために、節約してダウングレードもするし、もう販売されていないソフトを使い続けている。

パソコンも壊れるまで長く使い続けている。

きっと、次買い換えるときは、OSがバージョンアップしていて、ATOK2017も使えなくなっているだろう。

せめて自分の健康寿命が尽きるまでは、なんとか動いてほしい。

ジャストシステムさんも、そういう利用者にも配慮してほしい。