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2026年1月25日日曜日

今も支え続けてくれる黒椅子

 今私が座っている椅子は、1984年にリサイクルショップで買った黒椅子だ。

脚はスチールで座面と背もたれが一体化した簡単なつくりの物で、価格は忘れたが安かった。
なぜ買った年を憶えているかというと、大学院修士の二年目で新宿区の西落合に引っ越しして部屋が一つ増えたので、机と椅子を買ったからだ。
引っ越した理由は今まで二年ものあいだ、遠く離れて暮らしていた恋人と一緒に住むためだった。
そのアパートは二間になったけど、その一つの部屋は机と椅子をおけばいっぱいになった。
そして便所はあったけど風呂は付いていなかったので、近くの銭湯に行かねばならなかった。
二人は入籍したが甘い新婚生活にはほど遠く、当時流行っていた歌でたとえると、「花嫁」で一緒になって「神田川」の暮らしを始めたようなものだった。
ただ、翌年は働いていた妻のことを考えて、横浜の長津田で見つけた安い家賃の風呂付きアパートに引っ越した。

この椅子はずっと自分の研究には欠かせないものとなった。
特に修士論文を書いていたときには何日間も徹夜になって、一日中この椅子に座ったまま過ごした。
しかし、1年長く3年在籍して書いた論文は完成には不十分で、もう一年するように教官から慰留されたが、博士への進学を自ら断念した。
そして、駆け落ちまでして一緒になって私を支えてくれた伴侶も去って行った。
恋人時代を含めて6年間のふたりの愛は終わりとなってしまった。
それでも、私は教師になってもう一度一緒にやり直せないかと、生まれ故郷に帰ることにした。
その時に辛い想い出となる机を含めて家財道具は全て処分した。
だけど、研究において私を支え続け、私の身体に一番馴染んでいたこの残された黒椅子だけは捨てられなかった。

実家に戻って初めて教員採用試験を受ける勉強も受験日まで期間が短かったのでこの椅子に座って必死に取り組んだ。
当時は公務員人気が高く、教員になるのもかなり難しかった。
また、受験後に臨時で勤めた中学校や高校の授業のための教材研究も行っていた。
何とか補欠合格して4月には採用が決定されて、連絡を取ったが去って行った伴侶は戻ってくることは無かった。
私を立ち直らせようとする母に勧められるまま見合いをして再婚した。
その時に職場の友人からお祝いに何が良いかと問われて机と答えると、立派な木製の机と椅子を贈ってくれた。
この黒椅子は実家に残したまま、新しい机と椅子を伴って借家での本当の新婚生活が始まった。

しばらくは新しい机と椅子で教師の仕事の準備ややり残した研究を続けていた。
だけど、新しい椅子は身体にも合わないし、高さを調節するネジが緩んで効かなくなった。
しばらく座布団を重ねたりして我慢したが、実家に置いてある黒椅子を使うことにした。
その時は単に必要に迫られて使い始めただけで、そんなに愛着があったわけでは無かった。

家も新築して引っ越ししたのだが、やはり黒椅子も一緒だった。
新しく買ったテーブルの椅子も使ってはみたけど、やはり黒椅子にはかなわなかった。
勤めている学校の職員室などの机には座り心地の良い椅子もあったのだが、家でも買って使おうとは思わなかった。
身体に合った黒椅子があるのに、高いお金を払って買う必要が無かったからだ。
そして、研究したことも本にまとめて出版することもできた。

退職して年金も入り始めたので、金銭的な余裕も出来た。
研究する時間が多く取れ始めたので、立位でのパソコン操作をするために新しい可動式の椅子も買った。
しかし、結局落ち着いて仕事ができるのは黒椅子で今も使っている。
そろそろ耐久性も限界だと思うので新しい椅子をネットで探してはいる。
40年以上も重い私の身体を支え続けてきたので、休ませてやるべきかなとも思う。
ただ、結婚式で職場の友人からお祝いにもらった机同様、苦楽をともにしてきたこの黒椅子を死ぬまで捨てるつもりは無い。
私の身体の一部となって、切り離されなくなっているからだ。

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