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2025年7月4日金曜日

母に捧げるレクリエム

 早いもので母が亡くなってから2年が経とうとしている。

昨年の一周忌は午後から赤穂のお寺での法要の後で、海岸近くの赤穂ハイツで会食を行った。

集まったのは子ども家族と一人の母の甥だけだった。

孫のお嫁さんが出産間近だったのでひ孫はひとりだけ来られなかったが、子ども夫婦や孫、ひ孫まで賑やかな会食となった。

今年の三回忌は午前中に同じ寺で法要をして、午後から去年と同じところで会食をすることになっていた。

本当は、会食しているときにカラオケがしたかった。

三回忌の法事にカラオケとは不謹慎に思うかもしれないが、母は歌が大好きで子どもの頃は歌手になるのを夢見ていた。

盆や正月になって子どもの家族が集まってくると、カラオケに行ってみんなで楽しむのが恒例だった。

今回の三回忌が終わると、次の七回忌まで今回のメンバーで集まることは無いだろう、そして次に集まるときには全員そろうことはまず無いと思った。

今回も大阪万博があったから、その観覧をかねて遠く東京から孫家族が来てくれた。

母の子ども夫婦と孫、ひ孫が全員集まることができる最後のチャンスと思ったので、母が好きだった歌をみんなで歌って偲ぼうと思った。

ただ、幼いひ孫の一人が大きな音が苦手だという理由で当初は無理だと言われたのだが、次男が母に対する思いを汲んでくれて賛成してくれた。

次男は遠く神奈川県の葉山から自家用車でドライブ旅行をかねて2泊3日でいつもやって来る。

当日は、早く帰らねばならないので会食後すぐに別の部屋を設定してもらうことに決めていた。


どこか部屋の一室を貸してもらえるのかと思ったら、海が一望できる展望ラウンジを使うことになった。

非常に眺めが良いのだが、他のお客さんは自由に入ることができるので、関係者以外に聴かせることにもなった。

私の家族は仕事があったり、カラオケが苦手だったりしたので、私以外は会食後には帰ってしまった。

大きな音が苦手なひ孫と両親は参加するのを危ぶまれていたが、ラウンジが広かったので距離が保たれて参加できた。

葉山まで帰る次男の弟が先鞭をつけた。

曲は西城秀樹の「ブルースカイブルー」だった。


  青空よ 心を伝えてよ
  悲しみは余りにも大きい
  青空よ 遠い人に伝えて
  さよならと

三回忌に相応しい歌を歌ってくれた。
おそらく、弟がこの曲を歌うのを初めて聴いたので、母の法事のために選んで練習していたのだろうと思う。
次に私はYou Raise me upの歌を母への感謝の意味を込めて歌った。

 I am strong   When I am on your shoulders You raise me up to more than I can be
  貴方の肩に身を預け 私は強くなれる   今以上の私に貴方が私を高めてくれる

あの世にいる母がこれからもきっと私に力を貸してくれると信じて歌った。


幼いひ孫たちが歌える歌をその母親(私の姪)が、エントリーしてくれた。
なつかしい「かもめの水兵さん」だった。
海が見えるラウンジなのでぴったりの歌で、幼くておしゃめなひ孫のかわいい声を聴くことができた。
大人の懐かしい歌と、子どもの童謡をまじえながらのカラオケは楽しいものとなった。
何よりも感動したのは、一番末の弟の若い娘のすばらしい声を聴くことができたことだ。

私にとって姪になるそのKちゃんは、どちらかというとおとなしくて、人とうまく関わることが苦手な子だった。
今は、神戸の方で一人暮らしをしながら、障害を持った児童の施設に勤務している。
その弟家族は両親の近くに住んでいたので、私の父母との関わりも深かった。
特に父はKちゃんをかわいがり、畑からの帰りに作物を届けることを理由にしてよく立ち寄っていたという。
彼女は最初、歌うのを嫌がって冗談半分で「なんぼくれる」と言って断ろうとしたので、「千円やるから、歌って」と私が追い込んだ。
そこで、彼女は一番得意なSuperflyの「愛をこめて花束」を熱唱してくれた。
私は感激のあまり、彼女に握手を求めた。
そして、本人は断りはしたが約束通り千円手渡した。
1万円あげても良いような歌だった。
今回の法事で私にとって一番の収穫は、彼女の歌を初めて聴くことができたことだと思った。

もう二度と、こんな風にみんなと一緒に歌う機会はないかもしれない。
亡き母が法事として与えてくれた素晴らしい時間を過ごすことができた。
できたら、Kちゃんの結婚に際してこういう機会ができたらとも思う。
本当は、私の娘の時もこういう場を設けたかったのだが、コロナの余波でできなかった。
母はひ孫の誕生を心待ちにしていたが、やはりコロナの影響で実際に会うことはできなかった。
私ら夫婦や末の弟夫婦以外は、認知症を患って尊厳を失ってしまった母を知らないから、元気で歌っていた頃を思い出してくれただろう。
私は幼い子どもが帰って行っていなくなってから、残った兄弟らと母を偲んで「愛燦々」を歌ったのだが、なぜか涙が止まらなかった。
きっと、私を通して母が喜びの涙を流していたのだろうと思う。





 









2025年7月2日水曜日

生きられない、お葬式

親戚の葬式に今年は早くも4回参列した。

いとこ、二人のオバ、義母である。

その中で、葬式の場に未成年の子どもがいたのは、一人の父方の叔母だけだった。

これまでは自分の両親や親戚の葬式には必ず子どもがいたのだが、このところ子どものいない葬式が続いている。

これも少子高齢化の影響だと言えばそれまでなのだが、これでは典礼会館CMのコピーである「生きる、お葬式」にはならない。

お葬式の対象となる死者同様に、参列者に死に行く未来の不安を吹き飛ばす子どもがいないからである。

形式だけが先行している今の葬式は、呪文のような読経を長時間我慢して聞くこと、そうして焼香して挨拶する儀式となっている。

そして何万円もした供花を一緒に灰になってもらうために、惜しげも無くお棺に入れてあげるのが唯一心を込める手段となっている。


家で葬式を行っていた頃は、通夜の段階で近所の人が手伝いに来てくれて、すべてまかないをやってくれていた。

それが仕出し弁当に変わり、そして葬儀場ですべてまかなわれることになった。

それによって、確かに近所の人も家族や親戚の負担も軽減されるが、人の死そのものが軽んじられるようになったようにも思う。

かつての葬式は、亡くなった人に対してだけでなく、残された遺族に対しての思いやりの場で有った。

長生きは良いことなのだが、喪主や子どもは現役でなくなったり、再雇用の身分であったりしている。

この場合は職場に対して遠慮が生まれて、現役の遺族は家族葬でするのが当たり前になる。

亡くなった人が高齢で一人暮らしだった場合も、近隣の関係が薄れてやはり家族葬となる。

職場や近隣と切り離されて、ごく親しい関係の人だけの寂しい葬式になることが多くなった。


家族の方も、故人が長生きして周りの家族に負担をかけ続けていた場合は、正直なところ肩の荷が下りてホットすることもある。

親の介護に関われなかった喪主は、その負担をかけた身内に葬式で詫びねばならないこともある。

以前なら長寿を全うして、紅白饅頭を配るところさえあった。

90歳くらい以上の長寿で亡くなった人に対しての敬意さえ薄れてしまった。

かつて元気だった頃の故人の記憶が薄れてしまい、亡くなる前の介護が困難だった頃の記憶だけが強調されてしまう。

長生きして手厚い介護を受けることは、かつて元気で近親者に尽くしていたことに対する感謝の気持ちさえ奪われてしまうことにもなっている。


ただ、葬式や法事に幼い子どもや孫が参列していると、葬式は別の意味を持ってくる。

命が受け継がれたことが実感でき、泣いたり騒いだりしている声の方が、読経の声よりもありがたく感じるのだ。

私の父母の葬式や法事にはいつも幼い子どもが加わっていたので、命が繋がった確認ができ、まさしく「生きる、お葬式」が実感できた。

ところが、そういう幼い子どもがいない場合は、いくら若い青年がいてもそれがあまり実感できるものではない。

私だけかもしれないが、亡くなった故人の魂がこういう幼い子どもなかで息づいていくように感じるからかもしれない。

本当に哀しい葬式とは幼い子どもの参列者がいない「生きられない、お葬式」であるように思える。







2025年6月30日月曜日

変の予感

 「変しい 変しい」は昔の映画「青い山脈」の有名な場面だが、「恋」という字を間違えて「変」と手紙に書いたのは単なる無知のせいでは無いという。

恋愛が禁じられていた時代背景がそこにあるらしい。

今の時代は恋愛よりも異変に関心が向かっている。

私は今回の米騒動に続く、今年の最も早い梅雨明けを「異変」と思ったので、安全地帯の「恋の予感」をもじったのだ。

ニュースでもこれから酷暑が続いて、水不足に襲われることも懸念されているが、逆に突如と大雨に襲われる危険もある。

破綻気候は既に食生活を脅かし、それが深刻化する予感がする。


一方、日本史では「乱」と同じようにクーデターを意味し、「変」は「本能寺の変」のように成功した例に使うらしい。

政変というなら、自民党が第一党でなくなった都議会選挙も一種の政変かもしれない。

これが参議委員選挙を占う前哨戦としたら、国会の政変も起こる可能性もある。

自民党の政策としていたアメリカへの従属関係やJAとの連携が、経済や暮らしに悪影響を与えることを知ったら、国民の支持を失う可能性がある。

これは「政変」の予感である。


7月に天変地異が起こるというデマ情報が流れているようだが、自然災害は毎年のように起こっている。

気象上の異変以外にも、火山噴火や地震、津波はいつ起こっても不思議では無い。

以前読んだ書籍の中で、大陸氷河が溶けることが地殻に影響を与えることが書かれていた。

つまり、氷として地殻にかかっていた重量が海に溶け出すことによって減るので、地殻が盛り上がるのだそうだ。

地殻が動くことは地震などとも関連してくる。

温暖化の現代は「天変地異」の予感を感じつつ生きなければならない時代だ。


やがて「予感」は「実感」に変わっていくかもしれない。

コロナウィルスによるパンデミックのように、世界が多くの異変によって混乱や戦争に巻き込まれてしまうかもしれない。

そんな状況になっても狼狽えないように、普段から防災意識をもって暮らす必要があるだろう。

「恋の予感」の一節

  風は気まぐれ あなたを惑わせるだけ
  恋の予感が ただかけぬけるだけ

単に「変の予感」をただ駆け抜けさせてはならないと思う今日この頃である。





2025年6月27日金曜日

古女房のような10年連れ添った軽トラ

 私はホンダのActyを乗り続けて10年経ち、今年車検を受けた。

家内が通期途上にディーラーに持って行ってくれたのだが、残念な知らせも持って帰ってきた。

ホンダはこの軽トラの生産を止めてしまっていたそうだ。

前回の車検の時には生産は終わっていたのに、話題にならなかった。

要するに生産中止から4年も経ち、車検の時に必要な部品の調達が困難になってきたということで、今回も部品を取り寄せて交換をする必要が出てきた。

ネットで調べるとダイハツやスズキに敗れて生産中止になったが、復活の要望が強くて復活される可能性も出てきたようだ。

私はホンダ以外の軽トラも運転したこともあるが、山道の悪路を大した荷物も無く走るだけだったので違いは分からなかった。

近所の農家の人も殆どがダイハツなので、乗せてもらう機会が多かった。

私のように通勤に遠くまで使う人はいなかったので、値段の安いダイハツやスズキの方が良かったのだと思う。

なんと言っても、ホンダの軽トラは高速走行が売りなのだ。


私が軽トラが好きなのは、農作業やアウトドア、そして以前は通勤に使えるマルチプレーヤーであることだ。

そして、値段や性能、スタイルで見栄を張ることも無く、開き直った存在として走っていられる。

ただ、ホンダのアクティーは他の軽トラよりも実際に値段も高く、性能の上でも高級観を持つことができたことは否めない。

軽トラには元気な職人が乗っているイメージがあるので、煽られることもあまりない。

先日などは荷台にそら豆を干していて、そのままプールに出かけたりしたが、色んな応用が利く。

私は横風が不安でやらないが、幌やテント、自作シェルをつけてキャンピングカーにもなる。

近所のかなりの高齢者も自転車代わりに乗り続けているが、運転免許返納まで乗り続けたい車でもある。

私の軽トラは洗車も殆どせず苔が生えたりして扱いも悪いのだが、故障もせずにけなげに働いてくれている古女房のような存在だ。

家内はもう少し大切にしているので、10年も働いた今後は家内と同じように大切に扱ってやろうと思っている。




2025年6月24日火曜日

シュノーケルと鼻栓での楽しい水泳

 防水骨伝導イヤホンを上手く使うために水泳用のシュノーケルを買った。

配達されてきた翌日にさっそくプールに行って試してみた。

やばい、鼻に水が入る!!!!!

シュノーケルで息を吸うときに、鼻からも息をしようとする。

海でシュノーケリングをしていた時は、水中めがねは鼻も覆っており、息をしようにもできなかった。

水泳はゴーグルだけで鼻は露出している。

ということは、意識していなかったが普段ブレスをする時に鼻でも呼吸しているということだった。

ネットでもシュノーケルを使った練習では、初めて使う人は鼻栓をした方が良いと書かれてあった。


実は今の練習で一番不安なのは、背泳でクイックターンをしてバサロの姿勢になったときに、鼻に水が入ってくることだ。

鼻から息を吐いたり、上唇を鼻に付けたりするのだが、時々失敗して鼻に水が入ってしまう。

背泳でマスターズの大会に出ていたNさんは、普段の練習で鼻栓をしていた。

他の種目は下を向いているので、クイックターン以外は鼻に水が入る心配はあまりない。

上を向いて泳ぐ背泳はどうしても水が鼻の中に入ってきてしまうので、鼻栓をしていたのだろうと思う。


実は、鼻栓を買うのにネットのレビューを読んで初めて気がついたことがある。

泳いだ後にくしゃみがやたら出るのは鼻にプールの水が入ったせいなのだが、特に塩素アレルギーの人は鼻栓が必要なようだ。

私もアレルギーと言えるかどうか分からないが、泳いだ後は鼻水が多く出たり、くしゃみをよくしている。

その対処としても鼻栓が有効のようで、さっそく注文して取り寄せた。

そこで一番考えたのは、脱落してプールの中で探さねばならなくなることだった。

以前、Nさんが鼻栓をプールで落として探すのに苦労しているのを見ていたからだ。

考えたのは、首からかけるストラップより、ゴーグルにテグスで紐付けする方法だ。

以前は魚釣りをよくしていてテグスも手元にあったので、装着時の長さを考えてゴーグルに紐付けした。


さっそく、練習で使ってみたのだが、やはりやたら鼻から落ちてしまう。

テグスはやはり有効だった。

ゴーグルにぶら下がったまま泳ぐのは煩わしいので、ゴーグルのゴム紐に鼻栓を挟むことにした。

一番必要なのは背泳だから、背泳だけ使うことにして他はゴーグルのゴム紐に挟んだまま泳いだ。

背泳の時は、鼻栓は水の抵抗をターンでしか受けないので、脱落する心配もなく水が入ること自体が無くなって良かった。

ただ、クイックターンの時に鼻から息を吐く習慣がついていて、それをすると鼻栓がとれてしまうので、その癖を直すのに練習が要った。

慣れてくると鼻栓はとれなくなり、バサロの練習をしっかりとすることができた。

他の種目ではシュノーケルに慣れてきて、鼻から息を吐かずに口からシュノーケルを通して吐く練習をした。

どうしても、水が鼻孔に入ってきて気持ち悪いときには、鼻から息を吐き出した。


先日来、シュノーケルをしてする練習が増えたお陰で、骨伝導イヤホンから流れる音楽を聴きながら楽しく泳げている。

以前はモチベーションを上げるために、タイムばかりを気にしていたが、タイムをあまり気にせずに、自分の疲れ具合を考えながら泳げるようになった。

また、泳いだ後のくしゃみや鼻水もかなり減って、鼻栓の効果が実感がもてた。

現役の選手がシュノーケルを練習で用いるのは両手のバランスを良くするためだが、選手以外でもむち打ちで首の調子が悪い人も使っている。

私のように音楽を気持ちよく聴くために用いるのもありだと思う。

また、鼻栓も上手く利用して鼻水やくしゃみの予防にも使えて良いように思う。



2025年6月21日土曜日

今はもう夏、誰もいない田畑

 このところ梅雨の中休み、昼間の最高気温が上郡では32℃以上にもなる日もあった。

いつもは午後3時にもなると近所の奥さんは畑に出て水やりや収穫の農作業をしている。

しかし、家の二階の窓から眺めると誰も畑には出ていない。

田んぼの草刈り機の音も聞こえない。

ただ、田んぼの中の道路を小太りの年配の女性がしっかりとウォーキングをしている。

本当は私は夕方から畑仕事をしていくつもりだった。

ちゃんと空調服も用意して、畑の草刈りやジャガイモ掘りをするつもりだった。

しかし、やめた、無理だ。

気温が一番低い朝に農作業をすることにした。


こんなに梅雨時季には暑くなるのは異常なことだろう。

最近は異常に暑くなるので、体調管理も難しくて、家にこもってしまう知り合いもいる。

朝の散歩も8時を過ぎてしまうときは、空調服を着て歩いている。

うちの愚犬クロも散歩を嫌がるのだが、無理して付き合わせている。

クロはしばらく歩くとすぐに田んぼの溝に入って、身体を冷やしながら水を飲んでいる。

それ以外は、私の後ろをとぼとぼと情けなそうに歩いている。

本当は起きてすぐの陽が昇る前に散歩に連れて行ってやりたいのだが、食事後に血糖値を下げるという私の目的が果たせない。

家内には早く起きてくれたら朝食も早く食べられて、涼しいうちに散歩できると言っているのだが、涼しい朝の方がよく眠れるらしい。

これから農作業を早朝にやることにしたら、午前8時以降の散歩は避けられないだろう。


そこで早朝5時前に裏の畑に出て、汲んでいた水を作物の苗に与えたり、手や充電式草刈り機を用いて草取りなどをしている。

考えることは皆いっしょにで、隣でも朝早くから夫婦で畑に出て、小型耕運機で耕している。

私はスマホでラジオを聴きながら作業をしていたのだが、ちょうどラジオ体操の歌が始まる頃に作業を終えて家に戻った。

実は昨日から雨水を貯めた300リットルのタンクの水を利用してミストで二階のテラスを冷やしている。

その水も昼前には三分の一程になってしまっていて、去年までいかに水道をつかっていたかを思い知った。

ということは、毎日のように用水路から300リットルほどの水をエンジンポンプでくみ上げねばならない。

これも朝の重要な仕事となった。


朝の農作業は良いことばかりでは無い。

蚊やブヨは暑くなると活動を止めるが、涼しい朝は活発になる。

頭には麦わら帽子を被り、虫除けネットもしていたのだが、蚊が潜入して瞼を噛まれてしまった。

ネットを被っていたので、油断して虫除けスプレーを顔にかけていなかたのが悪かった。

おかげで瞼が腫れ上がって、その日はプールには行けなかったが翌日には腫れもひいた。

虫除けスプレーはそれ以来、欠かさずに顔にもかけている。

近所の人が早朝や夕暮れの涼しいときに農作業をあまりしないのは、この虫刺さされ対策が煩わしいせいもあるようだ。

一方、人によっては全く虫に刺されない人もいるが、やはり勤めでの生活習慣はかえられないことも原因で涼しい時間は家にいるらしい。


かつて、夏は元気の出る季節だった。

それが秋になって淋しさを感じていた。

今は灼熱地獄の夏を乗り切って、涼しい秋がやってくるのを待ち望んでいる。

砂漠の民は太陽の絵は嫌うそうだが、日本人も日の丸を灼熱の太陽とイメージして疎ましく思うようになるかもしれない。

温暖化した地球では夏の太陽はヒトにも作物にも恐ろしい存在となってしまった。

畑の作物もビニールマルチより草マルチの方が地温を上げないようにするという意味で良いだろうと思う。

私はあえて作物の根元以外の草は、抜いてしまわないで刈り取って根株を残しているのは、地温をあまり上げない目的もある。

すでに野菜に高温障害が発生している地域もあるようだ。

貯水池や貯水湖が多く作られたお陰で旱魃の危険性は減ったけど、高温によって不作や劣化の危険性がますます高まった。

そして、田畑は熱中症でお年寄りが亡くなっていく危険地帯となっている。

昔は日の出と日の入りに応じて農作業を行っていたのだが、最近は時計に合わせて行っていることが殆どだろう。

朝が一番涼しいのだから、早朝に外での仕事をした方が良い。

これからは熱中症のことも考えて、サマータイムを実施することを真剣に考えるべきだろう。

もっと言えば、冷房で対処して温暖化を加速させるより、昼休みをしっかりとるシエスタ制度とも組み合わせて酷暑に対処せねばならない時代が来たように思う。







2025年6月19日木曜日

コウノトリやツバメの子育てに思う

 うちの村ではコウノトリのヒナが3羽誕生して、だいぶ大きくなったのでその姿を遠くからでも見ることが出来る。

あいかわらず親鳥はひな鳥たちへの餌取りが大変で飛び回って、田んぼの中を駆けづり回っている。

田植え前ではトラクターが耕したり代掻きをしているのを見つけると飛んでいって、後ろについて餌になる物が出てくるのを追いかけていた。

天然記念物のコウノトリがそのプライドも無く、サギよりも大胆にトラクターを追いかけているよと家内とは冗談を言い合っていた。

子どものためなら、遮二無二餌を求める姿には考えさせられた。

また、うちのバルコニーの下でも、ツバメが子育ての真っ最中で二羽の親鳥が頻繁に行き来している。

親鳥が戻ってくると巣の中からかわいらしいヒナの鳴き声が聞こえてくる。

子どもの頃はじっと眺めたりしていたが、親鳥が警戒すると思ってなるべく立ち止まって見ないようにしている。

やはりコウノトリ以上に休み無く餌を採ってくる姿にも考えさせられた。


コウノトリにしてもツバメにしても、この子育ての見返りは無い。

人のように老後の面倒をみてもらえることはない。

大きくなったら逆に縄張りを巡って争わなければならない関係にもなりうる。

しかし、命をつなぐことに何の見返りも求めず、将来の不安も感じてはいないだろう。

それが本能によって仕組まれている言えばそれまでなのだが、生き物の最低の使命が命を繋ぐこと、自分と似たものを再生させることだろう。

自分も振り返ってみれば、子どもが生まれて赤ん坊の頃は、ひたすら元気で育つことを願い、その笑顔や寝顔に癒やされていた。

ある意味で、ヒトは子や孫と長く関わらねばならないから、良いことも悪いことも色々と生じてしまうのだろう。


以前勤めていた高校の離任式の挨拶で、生物の先生が命をつなぐことの大切さを生徒達に向かって力説して最後の言葉としていた。

その時には、生物の先生らしいなと思っていたのだが、これは生けるものとして一番大切なことだったことに今更気がついた。

私は文化人類学を研究しているので、生命観は重要なテーマだと思ってきた。

しかし、「いのち」よりも「たましい」の方に、関心があった。

沖縄の言葉に「命(イヌチ)どぅ宝」という有名な言葉がある。

しかし、私が村落調査した与路島では、あまり命という表現はしていなかった。

やはり、「タマシ」とか「マブリ」とかいう霊魂で、人の生命や血のつながりを表現していた。


親子関係は性行為や出産を通してそのつながりを現実に体験できる。

ところが祖父母と孫の関係は、親を介在として作られた関係だ。

その命のつながりは、現実的な行為によっては確かめられない。

だから「タマシ」が祖父母から孫につがれると表現する。

生物学では遺伝子などレベルで、それらの関係は全て実証できるのだが、民俗知識では実証に用いられるはずも無い。

だから、姿や性格、名前に魂<タマシ>を込めてそれを表現してきた。

そして、大切なことは魂を通した関係を大事に育んでいくことだった。

かつてはどの日本人も、そういう信仰の上に家族は成り立っていたのだろうが、それが失われた今はそれに代わるものがなくなってしまった。


今、日本だけで無く多くの先進国では、少子化の問題に直面している。

発展途上国や移民の受け入れの多い国は、助け合うための親子関係が維持されており、子育ても重要で人口が増えている。

社会保障が充実した先進国では子どもに老後を託す必要も無く、老後を豊かに過ごすには子育てよりも現役時代の仕事が大切なのだ。

見返りを求めずひたすら命をつなごうとする鳥とは大きく違ってきた。

命をつなぐという生き物としての最低の本能を失い、築き上げてきた魂としてのつながりさえ失ってしまった。

これが高度に産業化された文明社会の現実なのかもしれない。


人間以外の動物でも動物園で飼育されたり、家畜化されると自分で繁殖したり子育てができなくなる。

私の研究のテーマの奴隷問題や家畜化<domestication>と大きく関わる問題だ。

悪く言えば国家や企業の奴隷、家畜となった近代人は、社会保障という名の保護のシステムの中で自由と引き換えに、それに依存して目先の安全と物質的豊かさを手に入れた。

それらに頼らずに生きていく方が困難であり、そのリスクを多く背負ってきた。

その先進国の影響もあって、世界の人口は発展途上国を中心にとんでもなく増えており、環境も破壊し続けられている。

そんな時代に敢えてリスクを背負って、子育てをする方がむしろおかしいとも言える。

少子化の問題は今の近代文明そのものの問題であって、子育て世代だけの問題では無い。

マスコミはその深い意味を問わずに、数値だけを追って危機を煽るのは誤った報道のように思える。

江戸時代は自然災害や疫病によって人口が大きく変動したと言われている。

しかし、日本ではその江戸エコシステムによって、豊かな自然環境を維持し養子もとりいれながら家を守ろうとしてきた。

その自然環境や命の繋がりを維持しようとしたその姿勢を、現代でも見習うときが来たようにも思えるのだ。