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2026年7月24日金曜日

海を見ていた午前

 ユーミンの「海を見ていた午後」は私の大好きな曲で、ひとりでよく歌っている。

弟夫婦が三浦半島の葉山に住んでいるし、私も横浜に住んでいた時に山下公園は想い出の場所となっている。

実際にモデルとなったドルフィンからは、三浦半島ではなくて房総半島が見えるそうだが、どちらにしろ自分の想い出を重ねられる。

地元の赤穂でも想い出の残る海岸は色々あるのだが、地元では綱崎という恋ヶ浜は私の生まれ故郷の鳥撫(となぜ)の海岸で特別な海辺だ。

ジェットスキーが荒らすので立ち入り禁止になったと思ったら、いつのまにかプライベートビーチになっていた。

そして、先日は女子大生がジェットスキーにはねられ心肺停止になって、ドクターヘリで運ばれるような大事故が起こってしまった。

そもそも、恋ヶ浜のいわれとなった物語では、江戸時代に岡山から駆け落ちした夫婦の悲しい死が語られている。

武士の娘と駆け落ちした下男がその妻のために漁に出て帰らぬ人となり、妻は夫を浜に出て待ち続けて亡くなってしまったという伝承物語だ。

私は幼い頃には父と貝掘りに行った場所で、鳥撫の親戚とも海水浴に来ていたし、結婚してからも子どもが小さい頃に家族で泳ぎに来ていて、その物語とは無縁だった。

今回の事故で、却って恋ヶ浜の物語が因縁じみて感じた。

ただ、赤穂の海岸には事故や自殺の話がどこでもあって、それを気にしていたら来られなくなってしまう。

喜びも悲しみを飲み込んでしまうのが海だと船乗りの息子の私は思っている。


この恋ヶ浜での近年での一番の思い出は、娘のようなALTのメグと一緒にSUPをして楽しんだことだ。

土曜日の午前に彼女を誘って恋ヶ浜でSUPを楽しみ、海を眺めながら途中でコンビニで買ったおむすびを二人で分けて食べた。

メグはアウトドアのインストラクターをしていたこともあってSUPも上手かったが、着替えも平気で草むらに入ってしていた。

メグは両親が離婚して父親とは行き来が無かったので、私を父親のように思ってか慕ってくれてた。

一緒に自転車で赤穂御崎や唐船海岸を走ったり、カラオケやギターで歌って二人で楽しんだりした。

メグがアメリカに帰っても恋ヶ浜にずっと通っていた。

ジェットスキーが我が物顔で噪音を立てているところからなるべく離れて、ひとりでもSUPをよく楽しんでいた。

そして、立ち入り禁止で閉め出されてしまった。


閉め出されてから、恋ヶ浜には行けなくなったので、最近は赤穂御崎の大塚海岸や東御崎展望台に立ち寄ることが多くなった。

そこも中学生頃からの想い出の残る場所であるが、最近は大塚海岸ではSUPをしようと下見のつもりできている。

先日(7/22)も家内を病院に朝早く連れて行って、図書館が開く10時までの時間つぶしに大塚海岸に行った。

日除けのポンチョを羽織って海岸の遊歩道を歩いたが、日陰も無くて暑いだけであった。

大塚海岸は以前は海水浴場だったので屋根付きの休憩所がある。

以前からそこに年配の男性が集まって会話を楽しんでいるのを見かけていた。

私は御崎地区の生徒と同じ中学校に通う尾崎育ちなのだが、中学校から姫路に通ったので地元とはなじみがない。

だから、そういう地元の人と関わるのは敬遠して、そばに行くことも無かった。

しかし、今回はあまりにも暑かったので、少し離れたコンクリートのベンチで休憩をすることにした。


年配の男たちは賑やかに会話していたが、それを聞き流しながら海をながめていた。

涼しい風が吹き抜けて気持ちいい。

そこで、冷たいベンチに横になってしばらく目をつぶっていた。

そのそばの山の上には思い出の展望台がある。

今はひとりベンチで海をながめているが、かつてはそこで二人だけで眺めていた。

ユーミンの歌のようにロマンチックでは無いけれど、それを思い出すひとときである。

その後行った赤穂図書館には老人を中心に人で溢れていた。

確かに冷房がよく効いた図書館は快適だったが、そこを出た時の息苦しさは耐えがたかった。

それよりも、大塚海岸の休憩所で過ごした時間の方がすごく心地よかった。


御崎の海岸は子どもの頃からの海水浴・魚獲り、思春期での物思い、恋人とのデート、教師としてのキャンプの引率と半世紀以上の付き合いがある場所だ。

大塚海岸だけでなく、丸山海岸にも家族や親戚と海水浴などでよく行ったが、そちらは駐車場が有料になってから行っていない。

今はこうして大塚海岸の休憩所のベンチに座って、ひとりでただ海を眺めて涼んでいるだけなのだ。

奄美の与路島に通っていた頃も、時間があるとひとりで集落の東にある前浜に出て、海や請島を眺めて色々考えをめぐらせていた。

その時も、シマのオッショーが堤防に立って海を眺めたり、アダンの木陰で年老いたアンマが海を眺めていたのを憶えている。

私もそのオッショーやアンマのように、ただ海をひとり眺めてボーと過ごす歳になったようだ。

海をボーと眺めていても飽きることは無い。

ボーと生きていると言われて叱られない場所でもある。


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