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2025年6月17日火曜日

防水骨伝導イヤホンで楽しむプールと風呂

 学生時代はよく喫茶店に行っていて、普通の流行の音楽がかかっていたが、中でもジャズ専門にかかるジャズ喫茶にもたまに出かけた。

今週に2回以上通っている上郡のプールは、音楽を流しているので音楽喫茶同様に音楽プールである。

他にも相生のコスモスプールにも行っているが、そこでも音楽は流れているし、アクアビクスの時にはプールサイドで音楽をかけている。

最近プールでは年配の方が歩いていることが多いが、同じところを行ったり来たりするので、音楽は欠かせないのだと思う。

上郡のプールの音響は、装置が古くてCDしかかけられないし、スピーカーはBOSEなのだが二つのうち一つは故障していて聞こえない。

スイミングスクールが行われている時間は、賑やかなので音楽がかかっていても、殆ど聞こえない。

私はわざとスクールや小学校授業利用が無い時間で泳いでいるので、音楽がよく聞こえている。


先月で辞めてしまった監視員さんのNさんは音楽好きで、自分の好みのCDを持ってきてかけてくれていた。

それは利用している人のためでもあるが、彼女自身の単調な仕事には必要だったようだ。

以前は、徳永英明のVocalist 1をよくかけてくれたのだが、私もこのアルバムは大好きだったので泳ぎながら口ずさんだりしていた。

そのCDはコピーした物だったので、途中でかからなくなってしまって、彼女のお気に入りの島津亜矢のカバーアルバムに変わってしまった。

島津亜矢は確かに上手いとは思うが、カナダのセリーヌ・ディオンと同じで聴いていて疲れてしまう。

私はかつてはロックバンドでボーカルをしていて、シャウト系の歌をよく歌っており、カラオケでやると不評をかうこともあった。

だから、徳永英明のようにつぶやくような歌い方を最近は心がけていた。

ということで、島津亜矢はそれと逆行しており、いささか不満ではあったがそれでも知った曲が多くかかって、口ずさんだりしていた。


このNさんが辞めてしまったので、音楽は備え付けのCDになってしまい、面白みが無くなってしまった。

以前から、単調な水泳の練習に水中でも音楽が聴かれれば良いと思っていた。

音楽は水中では聴くことができないので、泳いでいるときは途切れ途切れにしか聞こえない。

そこで、水中でも聴くことができる防水の骨伝導イヤホンを探してみた。

骨伝導のイヤホンには水泳用のものもあって、32Gメモリーにいっぱい曲を入れることができる。

Bluetoothもついているので、プール以外では配信音楽も聴くことができる。

ネットで注文してさっそく届いたのだが、説明書は色々な言語書かれていて日本語もあるが字が小さいので読みづらい。

これまで使っていたイヤホンと基本は変わらないが、充電とデーター移動がケーブルで行われており、独特なマグネット方式だ。

これまでのイヤホンやヘッドホンは有線やBluetoothでスマホやPCからの音楽を聴いていたが、PCにため込んであるMP3の音楽を移していった。

音声ガイドも英語で早口なので最初はよく分からなかったが、何とかシャッフルさせて聴く操作が分かった。


実際にプールで試してみると、最初はボリュームを水上で聴く音量にしていた。

すると、ボーカルの音は普通なのだが、ベースの音が大きくひずんでしまって聴けたものではない。

そこで、音量を下げると水中ですごく聞きやすくなったが、水上では殆ど聞こえなくなってしまった。

今までは水上で音が聞こえて水中で聞こえなかったのが正反対になってしまったのだ。

一番良い方法は、耳の穴の真上に音の出る部分をあてることで、少しボリュームを上げてもベース音はひずまない。

性能の良いイヤホンならベース音を調整して、ボリュームを上げられるかもしれないが、今回購入したものはできない。

ただ、水に耳をつけて泳ぐ背泳ぎは全く問題ないし、キックの練習でも頭を水中につけて置けば問題ない。

やはり、音楽を聴いて泳いでいると、単調な練習の苦痛も和らげてくれるし、リラックスした泳ぎができる。

こうなればシュノーケルをつかって泳げば、ずっと耳は水中で問題は解決できるので、さっそっくネットで注文した。


この防水骨伝導イヤホンはプールだけでなくて、家の風呂でも使っている。

健康方の一つとして、ぬるま湯に20分ほどつかることが良いとネットで知った。

家内はボーとそれくらい毎日つかっているようだが、私はプールで1時間半ほど水につかっているので風呂ではそうつかりたくはない。

ただ、運動で水につかるのと、リラックスするためにお湯につかるのでは意味が違うと思い、実践し始めたのだが20分もボーとするのは却って苦痛だ。

そこで、好きな音楽を聴いていたら、20分くらいぼーとできると思ったのだ。

家の風呂ならスマホから音楽をBluetoothで飛ばすこともできるので、配信音楽を聴くことも可能だ。

さっそく、Youtubeでリラックス音楽を聴きながら湯につかっていたのだが、途中でCMが流れるので気が休まらない。

それでCMの入らないネットラジオや配信音楽でリラックスできる音楽を聴いたら、ゆっくりと長くお湯につかることができた。

以前は夏は蛙の声、秋は虫の音で癒やされもしたが、時々暴走族の音で苛ついてもいた。

これからは一年中、我が家の音の湯で癒やされようと思う。








2025年6月14日土曜日

脱米依存・そら豆

 今年はそら豆が豊作となった。

例年、そら豆は病気になったりして失敗することが多い。

たぶん、収穫時季に雨が多く降ったりする影響だろうが、今年は少なかったので生育には良かったのだろう。

少しずつ採って食べていたのだが、このところ雨が続いていたし、さやが黒くなったのも目につき始めたので全部収穫した。

コンテナーに半分採れたので、黒ずんできたのを中心に天日で乾燥させている。


実は、栽培用のそら豆の種はそこそこ高い。

高い種を買ってうまく行かないので、作らない人も増えたようだ。

私は道の駅で食用の乾燥した一寸そら豆を安く買ってそれを種にした。

以前の高価な種はポットで芽を出したりしたが、今回はそのまま豆を地植えしておいたのが、そのまま生長してくれた。

冬を越してこの時季に収穫できる物なので、草採りもあまりしなくて良いし、タンパク質を含む収穫物が少ない時季なので貴重な作物だ。


私の子どもの頃は、今のような大粒の一寸そら豆ではなくくて、もう少し小さいのを作っていた。

沢山採れたので、母は甘く煮る以外にも、あんこにして蒸しパンに入れたりした。

小豆のあんこの味を知っているので、あまり美味しいとは思わなかったが、戦時中ではご馳走だったと言って母はなつかしがって食べていた。

硬くなったそら豆を煎って食べたりしたが、子どもにはなかなか歯が立たなくてしばらく舐めていたように思う。

今は莢付きのそら豆は電子レンジで簡単に調理できるが、ネットで調べたら莢ごと焼いてそのまま食べられると書いてあった。

むくのが手間なので、そういう風に食べても良さそうだ。


日本ではいかり豆以外ではあまり人気が無いが、アメリカやアフリカ、中国で多く栽培されているそうだ。

古代から西アジアや地中海沿岸などでは食べ続けられているということで、現在でもエジプトでは朝食に欠かせないそうだ。

栄養価も高いようで調理方法を色々工夫すれば、もっと多く食べられると思う。

冬場から春先での栽培で、連作はできないが他の作物が畑にはあまりない頃に作ることができるのが良い。

春ジャガイモとそら豆をしっかり作って食べれば、米依存生活も無理なく改善できると思う。




2025年6月12日木曜日

時は今、芋が下知る五月かな

 今の新暦の6月はだいたい旧暦の五月だ。

この梅雨前後にジャガイモの収穫がここいらではなされている。

私も梅雨になりそうなので、とりあえず植え付けたジャガイモの3分の2程を先日収穫した。

一方で、サツマイモの苗の植え付け作業があったので、全部は掘り起こせなかった。

冬がやって来て低温で腐ってしまうサツマイモと違い、地中で夏を越させても良いのだが、大豆を植えたいので放っておけない。

今年は高畝にして、芽欠きもちゃんとしたので大きなサイズが沢山採れて、男爵系とメークイン系がそれぞれコンテナ1杯採れた。

陽にあたらないように、紙製の米袋に入れて保管している。


生のジャガイモはさっさと食べてしまわないと、腐ったり芽が出てしまう。

そこでまず行ったのが、シャトルシェフで蒸して食べることで、100均で売っている蒸すためのプレートを二枚重ねてその上に金ザルを置いて蒸した。

以前は茹でていたのだが、蒸した方が味が良いし、湯を何回も再利用できる。

ついでに卵も一緒にシャトルシェフで蒸して、一晩経ったらちゃんと蒸し上がっていた。

そのままバターや塩を付けて食べても美味しいのだが、多く消費するためにまず甘酒を作った。


蒸し上がったジャガイモを適当に切って、具材が浸るくらいの水と一緒にソイリッチに入れてジュースにした。

粘性が強いので途中で回らなくなったので止めて、乾燥米麹を入れ回るくらいの水を足してジュースモードで混ぜ合わせてから。発効モードで調理した。

半日ほどしてできあがったジャガイモ甘酒は、見た目はあまり良くないが十分甘くて美味しい。

私はそこに焼酎を入れてあたかも濁酒のように飲んでいる。


ジャガイモは摺り下ろしたり刻んで焼いても美味しいが、マッシュしたら色々な料理に使える。

家内は自分でマッシュしてポテトサラダを早速作ってくれた。

私は頻繁にマッシュポテトを作ろうと思い、さっそくポテトマッシャーをネットで購入した。

ニンニクを潰す道具を巨大化したようなもので、やってみるとけっこう握力がいる。

たぶん、家内には難しいだろうと思った。

強力粉を混ぜてそのまま練り上げて、ビニール袋に入れて一晩寝かせた。

翌朝、長く伸ばして小さくちぎり、ゆであげてニョッキ擬きを作った。

それは昼に野菜シチューに入れて食べたが、ただの団子のようでスイトンと同じだった。

今後、中に卵を入れたり、味付けをするのも良いかなと思った。


また、蒸したジャガイモを薄く切って、野菜乾燥機で乾燥させている。

包丁で切ったのでそれほど薄くならなかったが、ゆっくりと時間をかければ固くなる。

以前は、半乾きの物をそのまま食べたり、トースターで少し焼いたりした。

今回はそれに加えて、完全に硬く乾燥させて粉末にするつもりだ。

麦を粉にするために購入した製粉機があるからだ。

粉にしておけば長期保存もできるし、手軽に調理もできる。

私の父はサツマイモを粉にして、色んな物に混ぜて食べていた。


日本人は北海道の人以外は、あまりジャガイモを食べてきていない。

栄養価も高く、私のような糖尿病患者にも適した食物だ。

売られている値段も安いし、比較的簡単に栽培できる。

ただ、何年か前に不作の年があったように、天候の具合で病気が流行ったりすることも確かだ。

だから、ジャガイモもアンデス地方のように多品種にしたり、秋ジャガイモも栽培するのが良いだろう。

私はいも類として、サツマイモや里芋も栽培している。

それらを組み合わせれば一年中で芋を食べることができることになる。

米高騰の今だからこそ、芋は庶民の大切な食料なのだと思う。

かつて「貧乏人は麦を食え」といわれたが、押し麦やもち麦は安い米よりも高い。

輸入された小麦は色々と問題を抱えている。

むしろ江戸時代のように「貧乏人は芋を食え」の時代に戻るべきだと思う。

旧暦の五月はジャガイモにとっても、サツマイモや里芋にとっても大切な時である。

そして、米危機は温暖化が進んでいく限り続いていくだろうことを肝に銘ずるべきだ。


2025年6月10日火曜日

似ニューギニア式サツマイモ栽培の実践②~苗植え~

 ニューギニアのサツマイモ栽培の基本は刈草の上に土を盛って、そこに苗を植え付けることだった。

しかし、いざやり始めると代萩(セイタカアワダチソウ)の地下茎が張り巡らされていたので、土を掘り上げるのに手間取ってしまった。

枯れ草の上の盛り土よりも、代萩を取り除いた場所に苗を植えた方が効率的にできるということで、盛り土の部分も利用しながら苗を植えるタイミングを待った。


今年はこの地方ではサツマイモの苗は高くて、1本70円ほどするのが普通だった。

私は保管していたシルクスイートを畑に植えておいたのだが、なかなか芽が出てこずにようやくこのところ出始めた。

そこでたまたま津山近くの久米の里という道の駅で、20本700円で売っていた<なると金時>と<紅あずま>のそれぞれ20本ずつ40本を、普通に自宅の裏の畑に植えて置いた。

これは伸びた蔓を苗にして増やす予定だったが、天候の具合で思うように伸びてくれなかった。

そこで5/31にホームセンターで40本で2079円の<なると金時>の苗を買って、予報では雨が降りそうな6/7を待つことにしてバケツの中で水に苗を漬けておいた。

ところが雨の予報はずれて6/9からの雨になってしまったので、エンジンポンプも持っていって復活させた赤穂の畑に植えに行かざるを得なかった。

やり方はいつものように、スコップを打ち込んで隙間を開けてそこに植えるやり方だ。

去年に四サイクルのエンジンポンプを買ったので、井戸からくみ上げる水やりは楽だったが以前は、バケツでくみ上げる重労働だった。

しっかりと水をやって月曜の雨を待つだけになっていたのだが、その予報もずれて火曜からの雨となってしまった。


そこでやむなく水をやりに行くことにして、ついでにまだ植えていない復活させた場所に苗を追加することにした。

日曜にドライブがてら立ち寄ったホームセンターのサツマイモの苗売り場で、半額になった苗で<金時>以外の<紅あずま>や<紅はるか>を40本ほど1135円で買った。

半額になった苗は蔓も弱々しくて、葉も元気が無かったが水に漬けておいたら翌朝には少し元気になっていた。

天気予報はまたもやずれて、6/9の午後から雨になるというので、雨の中で植えられるように支度して出かけた。

赤穂の畑に着いた頃に雨は降り始めてたが、小降りだったのでカッパやビニールズボンもそれほど濡れずに済んだ。

何よりも、水をやる必要が無いのが助かった。


こうして、天気に合わせて農作業ができるのは、完全退職しているお陰だ。

遠くにある赤穂の畑は土日にしか農作業ができないので、無理が続いて結局は放置してしまっていた。

思い出せば現役の父がサツマイモの苗を植えていたのは雨が降るときで、勤めから帰って暗くなった夕方でも雨が降っていれば母と植えに行っていた。

4人もの息子を大学まで行かせていたので学費がかかり、食費を削るためにサツマイモを主食のようにして食べていた。

サツマイモの苗も自分で作って、苗の不足した年は業者まで買い求めに来た。

学生時代の私も父から送ってもらったサツマイモをご飯の代わりにしていた。

米高騰の今年は当時に立ち戻って、サツマイモをしっかりと育てていきたいと思っている。

沖縄や奄美のように掘った後に苗を植えられる気候では無いので、芋に育っていく苗の植え時のぎりぎりまで増やそうと思っている。

このあたりでは姫路の浴衣祭り頃(夏至の頃)までは大丈夫と言われている。

温暖化の影響で今では水さえ切らさなければ、もう少し後でも大丈夫のように思える。

今年は植えた苗の生育が悪いので、実験的に伸びた蔓を植え続けてみたいと思っている。

また、時期はずれで安くなったり、半額になった苗で増やすしか無い。

米依存からの脱却を図る真剣な取り組みはこれからだ。





2025年6月8日日曜日

ホップを使えば高級ビールの香り?

ペレット状の乾燥ホップをアルコール漬にして置いておいた。
それはビールの代わりにならないかと思い、35度のホワイトリカーにつけ込んだのだが、すぐには飲めないので濾して瓶で保存して置いた。
実は、ビールに似たものができないかと、乾燥ホップをネットで買って工夫した。
炭酸水は家でも作れる器具を買ったので、いつでも作ることができた。
ビールの原料は麦芽なので、麦と相性が良いと思い25度の麦焼酎にホップのペレットを漬けこんで炭酸水で割って飲んでいた。
ホップの量も適当だったし、漬けてすぐに飲んだのでただの苦いアルコール飲料という感じだった。
焼酎をビールで割った物はホッピーと呼ばれて売っているので、このアルコール飲料をホップサワーと呼ぶことにした。
そのうち、買い置きしていた乾燥ホップも無くなってしまい、冬場では再度購入してやる魅力は感じなかった。
やはり、本物のビールにはかなわないが、第3のビールでも美味しいし安く手間もかからなかったので、ホップサワーは作らなかった。

ところが、夏が近づいて冷たいサワーが飲みたくなった。
私は赤ワインやウィスキーを炭酸水で割ってよく飲むのだが、たまたまどちらも切らしてしまった。
そこで、ホップ味の保存熟成アルコールを、涼しい座敷に置いておいたことを思い出した。
苦いだけかと思って、炭酸水で割って飲むとビールとは違うホップの良い香りがする。
記憶は不確かだが、かつて高価なドイツビールで味わったような香りだと思う。
というのも、最近では質より量と言うことで、第3のビール以外は葬式でしか飲んでいない。
道の駅やJAの直売所で高価な地ビールも指をくわえて眺めるだけだ。
このホップサワーは酔うことよりも、香りを楽しむことが目的となった。
保存した量があまりないので、麦焼酎で薄めて利用している。
こんなに美味いのなら来年の分を今後も仕込もうと思っているが、通販では送料がホップの値段と同じくらいかかってしまうのが難点だ。
それでも高級ビールを買うことに比べれば安いものだ。




革命的自動音声文字起こしPLAUDの感動

 実は、私は45年ほど前は村落調査においては手書きノートはメモ程度で、マイクロカセットテープレコーダーを使って録音していた。

当時はノートに筆記していくのが普通だったが、それだと会話が途切れてしまうし、情報量も限られていたからだ。

ただ、スムーズに聞き取れて情報量も増す反面で、その後のテープ起こしには多大な労力と時間がかかった。

主に夜に話者の家に訪問して、昼間はそのテープ起こしをするのが日課となっていた。

マイクロカセットは何本か用意していたので、調査から戻ってからの文字起こしも行ったりもした。

ただ、その録音したマイクロカセットは文字起こしをすると、再び録音に再利用されて音声を保存することは殆ど無かった。


2008年に当時の文部省から奨励費をもらったのに付随して追跡調査をしたときには、ボイスレコーダーを用いて聞き取りも行っていた。

それを文字にしなくてはならないと思いながら、17年の年月が流れてしまっていた。

勤めている学校現場でも研修や講演会でボイスレコーダーなどを使って録音して、それの文字起こしをすることもしていた。

また、兵庫教育大学大学院での長期研修でも、その講義をボイスレコーダーで録音したりしたが結局は文字化しなかった。

音声録音はノートに書き残す手間は省けるが、文字化するのにそれ以上の労力と時間がかかり、本当に必要に迫られなければ放ってしまっていたのだ。


それが、自動で音声文字起こしができるPLAUDの存在を知って、すぐに購入した。

手始めに手書きで書かれた大切な手紙を文字化してみたが、かなり正確だったが言葉が途切れて聞きづらいところは文字化してくれてなかった。

こういう手書きの文章は予め読んで練習する必要がありそうだ。

一方で日記を書く代わりに言葉で録音しようと思い、ベッドで横たわったまま気楽に録音した。

その録音を文字化してみて誤字はそこそこ見られたが、少し手直しをすれば済む程度だった。

そして、念願の村落調査の録音音声の文字起こしに挑戦した。

前もって、ボイスレコーダーの録音音声はWAVやMP3に変換しておいた。

ボイスレコーダーはパナソニック製だったが、独特のファイル形式で保存するものであり、汎用性が無かったので変換しておいたのが正解だった。

ところが、最初の躓きはスマホでの保存音声データーの文字起こしはデーター利用で面倒なことになる。

そこで、パソコン用のアプリをダウンロードしてインストールしようとしたがうまくいかない。

なんのことは無い、そのアプリは個人として使っているパソコンEndeavorのwindows10では使えないのだ。

そこで、家内と共用していた中古の最新パソコンLet's Noteはwindows11なので、同じようにしてインストールしたうまくいった。


さっそく、Let's Noteで試してみたら、17年前の音声データーが見事文字化してくれた。

私は感動のあまり同じように村落調査に行った仲間がいる南山大学ゼミ同窓生LINEで報告した。

しかし、その仲間からはスルーされてしまった。

彼は大学時代当初から録音も撮影も行わず、ひたすらノートに筆記する人だったのだ。

反応があったのは、雑誌関係の仕事をしている仲間だけだった。

彼も取材や仕事のやりとりで録音を使っていたのだろう。


PLAUDの宣伝では革命的とうたわれている。

確かに私にとっては革命的で、これが40年前にあったならどんなにスムーズに聞き取り調査ができたか分からない。

しかし、当時の話者の殆どが既に亡くなられている。

当時の村落調査は伝統的な生活を経験してきた最後の語り部だったのだ。

写真に関しては残すべき記録としてデジタル化して保存しておいた。

当時の音声としては八月踊りなどはデジタル化して残して置いただけである。

しかし、聞き取りした音声は保存する意識さえなく、文字化するための一時的な参考資料でしかなかった。

ただ、再利用する前のカセットが残っていたので、それは亡くなった人の声で懐かしくてデジタル化した。

今となっては悔やまれるが、こういう時代が来るのなら録音したマイクロカセットも、写真同様に記録として置いておくべきだった。

こういう革命的な音声録音記録の時代が来たのに、肝心の魅力ある伝統的な暮らしを語る人はいなくなってしまっているのも皮肉なものだ。

せめて、そういう語り部を知る私の記憶が確かなうちに、どこでも録音できる音声を使ってそれを残しておこうと思う。

なぜならキーボードで打ち込むよりよほど楽で便利だからだ。

私の認知能力も劣化する一方だから、残された時間を有効に使おうと思っている。





2025年6月3日火曜日

ニューギニア式サツマイモ栽培の実践①~下準備~

 私は赤穂にある実家の畑を何年も作物を作らず、代萩(セイタカアワダチソウ)の群落にしたままであった。

ただ、1年に数回は草を刈りには来ていた。

米不足で代用食が必要と思い、今年からサツマイモやカボチャを植えることにしていた。

この四月の下旬にも背負い式の草刈り機を使って、代萩は殆ど刈りたおしておいた。

以前に農業雑誌でニューギニアでは雑草の上に土を盛って、そこにサツマイモの苗を植えることが紹介されていた。

ネットでも調べたら枯れ草の上に土を盛ることが書いてあった。

ただ、枯れ草はイネ科の植物だったようだが、うちの畑の代萩はキク科であり宿根草でもある。

実は、冬場に枯れ草を一度焼いていたので、そこには代萩は生えないだろうと思っていたが、しっかりと生えていた。


当初は筋状に刈り干した草の上に刈り跡の土を掘り起こして、それを枯れ草の上に置く予定だった。

ところが、スコップを使って掘ると代萩の地下茎が立ちはだかってなかなか掘れない。

そこで、枯れ草を一カ所に集めてその回りを掘り起こす従来のニューギニア式に戻した。

スコップで深く掘らなくても、代萩の地下茎はそれほど深くないので、備中鍬に持ち替えた。

最近ではサンボンコとここいらで言われる備中鍬を使っている人を殆ど見かけない。

大抵は小型耕運機を用いて耕している。

私も少し馬力のある小型耕運機を持っているが、今回は持ってきていない。

そこで、父親から教わった備中鍬で掘り起こして草を取るやり方を実践した。


それは深く根付いた草に鍬を打ち込んで、テコのようにして引き抜く。

そして、土のついた根の部分を、鍬3本刃の逆の部分で叩いて土を落とす。

最後に手で持って鍬の柄や刃などにぶつけて土を払い落とすやり方だ。

この時は盛り土の上にサツマイモの苗を植えることよりも、地下茎のない土の上に植えようと思ったので、掘り起こした地下茎は盛った土の上に置いておいた。

予定では40本の苗を植える予定なので、その広さを確保しようとしていた。

ところがなかなか作業が進まず、盛り土にも植える必要を感じて、地下茎も一緒にした枯れ草の山に土を被せた。

これはたぶん間違いだろう。

地下茎が芽を出すことが考えられる。

ニューギニアでは前もって地下茎のある草でも干して、発芽することを防いでいたのだと思う。

そして、やりながら気がついたのだが、こんもりとした盛り土にするのは周りの草を刈ったり、掘り起こしたりした物を集めるのに都合が良いからだ。


ニューギニアでは古くから石器が農具として用いられているので、私の今回のやり方とほぼ同じでは無いかと思われる。

ただ、北アメリカ原産の代萩のような厄介な植物は生えていなかったように思う。

イネ科の草であればもっと楽に掘り起こすことができそうである。

現に、上郡にある自宅裏の畑では、スコップで簡単に掘り上げて高畝を作ることができて、現在はジャガイモを植えている。

従来なら刈った草は燃やして焼き畑のようにして、野原になった畑を復活させる方が手間がいらないだろう。

しかし、今回の代萩のように地下茎でしぶとい草の場合はニューギニア式のやり方が有効に思えた。

ただし、小型耕運機で耕した方が労力的には楽だっただろうと思う。