石破首相はゴルフよりも読書が好きだというが、地元でゴルフをしていて嫌みを言われたので、挨拶回りの方を優先したらしい。
それでも読書家であることは確かなようで、それが漫画好きの麻生元首相と馬が合わないのも分かるような気がする。
また、ゴルフは高校時代のクラブでの競技スポーツとしての経験だろうから、社交ゴルフには違和感があったのかもしれない。
それよりも、いわゆる昔で言う「オタク系」に思われる首相の趣味は、誰にでも受け入れられることは確かだろう。
私は中学高校と電車通学だったので、勉強は嫌いだったが本はよく読んだがオタクではなく、いわゆるロックバンドの不良だった。
しかし、そのわりには純文学の方を中心に読んでいて柄にも無く夢見る少年だった。
大学へ入ってからは1年目は軽音楽部や剣道部だったときは殆ど本を読んでいなかった。
ところが、文化人類学研究会に入ってから村落調査をするのに必要に迫られて、専門書を読むようになった。
でも、読書よりフィールドワークの方が好きだった。
そんな私が研究者になろうとしたのだから、かなり無理があったのは確かで、特に英語の論文がまともに読めなかったが致命的だった。
文化人類学はフィールドワークが重要だったので、そんな私にも研究者への望みもあったのだが、やはり文献をこなす研究者の資質に欠けていた。
だから、理論よりも実践が重要な教師になったのが正解だったようにも思える。
臨床教育学という分野もあるが、大学の教育学の研究者は研究対象の学校の実践経験に乏しい。
現場の教師の実戦経験を聞いたり観察したりだけで、理論を組みたてていくので非常に無理があると思う。
教育学者と政治家、官僚を中心に作られた学校指導要録や免許更新制度などに、どれだけ現場の教師が振り回されて大変な思いをしたか実感として知っている。
政治家は理論家ではなくて実践家の部類になるのだと思う。
選挙はある意味で闘いで、自分を選んでくれる人としっかり向き合わねばならないだろうし、外交ならその相手とも公私にわたって関係を築かねばならないだろう。
それは教育現場で生徒としっかりと向き合ったり、進学先や就職先との関係を築くことと似たところがある。
もし、現場の教師が教育理論を振り回して、生徒から人気はそこそこあっても、職場の仲間との関係が上手く築けなかったら優秀な教師とは言えない。
ただ、教育現場でも派閥や管理職との関係よりも生徒のための指導に徹する孤軍奮闘教師はそれなりに存在価値はあると思う。
今の自民党は人気を失って定員割れを起こした大学や高校に似ている。
そして、そこの学長や校長が人気などとは関係なく、学校自体が人気を失っているケースなのだ。
私は石破首相の広島でのスピーチには感動さえ覚えた。
歴代の首相とは違って、気持ちをそれまでの読書から得られた知識で活かすことができたのではないかと思う。
気の毒に思うのは、こういう理想家の人を支える献身的な部下はいても、辣腕の部下を欠いていたことだろう。
単に調整の旨い人や格好だけで中身の無い人に頼っていては、強い実行力の乏しい理想家の弱点をさらしてしまうだけだ。
首相が人気が無いわけでは無いのに、自民党の人気が減ったのは自民党が頼ってきたアメリカがトランプ大統領のせいで信頼が失われたのと歩調を合わせているとも思う。
大手企業を重視した政策がトランプの関税政策対応などで国民を犠牲にしているように感じさせた。
私はゴルフを始めようとゴルフセットやゴルフシューズまで買ったのに、打ちっぱなしに行った程度で、一度もラウンドを回ったことは無い。
何度も、職場の教師から誘われたり勧められたりしたが、結局はしなかった。
授業でゴルフ場の自然破壊を力説しながら、自ら加担するわけには行かなかった。
また、土日はクラブ活動や、家族と一緒に過ごすのに時間を費やしたかったからでもある。
最近は熊が近隣で出たというので、しまっておいたゴルフクラブを杖代わりに持って朝の散歩に役立てることはできた。
読書は相変わらず多くの時間を費やしているが、前立腺が炎症を起こしてから立ったり座ったりの工夫が必要となってしまった。
だから、読書はほどほどにして、散歩、農作業、水泳で健康を維持している。
石破首相の容貌や体型を見ていると、読書やオタク趣味も良いけれど健康のためにゴルフをした方が良いようにも思う。
私の叔父はゴルフをする機会を失ってから、糖尿病を悪化させて亡くなってしまった。
首相を辞めたら、鳥取にももっと滞在して、あのすばらしい自然と向き合って欲しい。
0 件のコメント:
コメントを投稿