食っちゃ寝、食っちゃ寝は昔の正月の過ごし方で、普段やると肥満の原因となる。
それがアフリカ狩猟採集民のサン(ブッシュマン)は食物が豊富なときは食っちゃ踊り、食っちゃ踊りを繰り返していたと文化人類学者の田中二郎氏は報告している。*1
氏の報告によると、サンはそれほど食物獲得に時間を費やさず、休息や余暇に時間をあてているという。
娯楽として大切なのはおしゃべりとダンスだが、ダンスは数少ない宗教的儀式にもなっていて重要なのだそうだ。
さすがに食糧が乏しい次期は踊ることはあまりなされないようだが、大きな獲物を手に入れるとそれが尽きるまで食べては踊りを繰り返す。
まるで、お腹をすかすために踊っているのかのようだ。
日本の盆踊りは新暦の8月(月遅れ)で行うのが普通になているが、あまりご馳走とは結びついていない。
ご馳走が出るのは秋祭りである。
米の収穫と関わっているようだが、私の育った赤穂ではつなし(コノシロ)寿司と甘酒を必ず作って飲んだり食べたりした。
獅子舞は別として、一般の人は踊りとは無関係だった。
食事と踊りが関係していたのは、奄美の与路島での祝賀会で最後に参加者が六調をおどることがあった。
沖縄でも結婚式の最後にカチャーシーを踊るのが有名だが、本土では宴会の終わりには肩を組んだりして唄うのが精一杯だろう。
実は、私は大学院を修了して養護学校(特別支援学校)教員になったとき、一番苦手だったのがダンスだった。
児童生徒はダンスが大好きなので、集会や体育の時間などで必ずダンスやリトミックを行う。
最初に覚えなくてはならなかったのが「アブラハムの子」のダンスだった。
最後にお尻を振るのだが、平気で振れるようになるには時間が必要だった。
職員はリズム研修として、定期的にダンスなどの練習をさせられるのだが、恥じらいながらしっかりやらないので、年下の女性教師から叱られたりした。
ただ、そういうダンスは苦手でも歌は得意だったので、踊る児童生徒に励まされながら楽しく唄うことができた。
それでも、10年以上特別支援学校に勤めたので、児童生徒と踊るのになんら恥じらいのは無い爺さんになった。
障害のあるなし、言葉の壁を越えて一緒に楽しめるのが踊り・ダンスだ。
最近は夏の夜は花火大会でお金を払った席で楽しむのが主流になってはいる。
その一方で東北の七夕に関する祭りや郡上八幡の徹夜踊り、四国の阿波踊り、よさこい踊りなど、伝統を引き継ぐ催しも健在だ。
私が学生の頃に良く通った奄美では旧暦八月の踊りが楽しくて一緒に踊った。
八月踊りは本来なら唄いながら踊らねばならないが、シマ口(方言)の唄は私には唄えなかった。
勤務していた高校の文化祭で一番人気があったのがクラスや仲間の創作ダンスだった。
私が歌うバンド演奏でB’zの曲をやったら、生徒は踊って盛り上がってもくれた。
一般の学校でも踊りはみんなを結びつける大切なものだった。
今の子どもに人気あるのはヒップホップなどのリズミカルなものだが、これはアフリカの狩猟採集民の踊りにも通じるものだと思う。
色んな人が色んな障害や壁、世代を乗り越えて、自分なりの好きな踊りを楽しめたらどんなに良いだろうかと思う。
大々的な七夕踊りや盆踊りなどでなくて良いから、以前の奄美のシマのように8月は毎晩のように庭先や道ばたで気楽に楽しめる踊り文化があちこちでできれば楽しいと思う。
博覧会や有名な神社仏閣、観光スポットがないところでも、手作りの踊りで日本内外からのお客さんを迎えられる村や町がいくつもあって良いと思う。
*1 田1990『ブッシュマン―生態人類学的研究 新装版』 思索社
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