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2025年9月8日月曜日

貧乏性にした責任

 家内が底が外れたサンダルを修理したと自慢している。

私はそんなにうちは貧乏では無いから、新しいのを買うように言うのだが買おうとしない。

それはお金の節約という意味もあるが、足が非常に小さくて(22.5cm)気に入ったものを探すのが大変なのだ。

やっと安くて自分の気に入った履き物は修理してでも使い続けたいらしい。

本来なら、大きな街に行って時間を使い探せば良いのだろうが、私に気兼ねしているのかそれもしない。

他にも、特に衣服などは安売りの物しか買わずに、安く買えたのを大阪のおばちゃんのように自慢している。

専業主婦から臨時の職員になった関係で、今でも給料が安いので無駄遣いと思われるのも嫌なようだ。


私自身が一人だけとか知り合いと出かけていったりしたら良いのだが、退職してから家に籠もって研究が中心となり出かける機会を失ってしまった。

そういえば、家内から聞いたのだが、研究職だった夫が大学を退職するのを機会に、知り合いの奥さんの方が薬剤師としてしっかりと外で働くようになった例がある。

薬剤師の資格を持っていて働いていて、結婚後に出産を機会に辞めたのだと言うが、それなら子どもが家から離れた時点で復帰しても良さそうだ。

つまり、夫が家に籠もって研究するので、一緒にいる時間を減らそうとしたと言うことだ。


家内自身も60歳を超えても外で働いているが、半日程度の仕事である。

知り合いの奥さんのように気兼ねなく、出かけるのが躊躇われるらしい。

私は教師をしていた関係で、高給取りの女性教師を多く知っているが、その人たちは夫に遠慮無く一人や友達と泊まりがけで出かけたりしていた。

もし、私も職場結婚して正規採用の女性教師と結婚していたら、それと同じような生活になっていただろう。

そういう知人の夫婦ともども教師が、退職後には夫婦が別々の楽しみを見つけて暮らしているのも知っている。

ただ、住んでいる村では専業主婦が多くて、奥さんが自由に外出しているケースはあまりない。

家内の母親も専業主婦だったので、それと似たようなものだった。


私自身は、現役の教師の頃は仕事だけでなく、職場の人との付き合いや、ひとりでも泊まり歩くことは多かった。

特に、自分の研究で鹿児島や奄美には一人で旅行に出かけることも多かった。

それをしなくなったのは、自費出版した上に早期退職でお金の余裕が無くなってからだ。

その耐乏生活は家内にも及んで、貧乏性にもしてしまったようだ。

年金が満額支給されるまでの8年間に及ぶ耐乏生活が、家内の貧乏性を生んだのであれば私の責任だ。

私自身は年金が満額支給されるまで退職金を切り崩せば良いと気楽に考えていたのだが、家内は今後の家の修理や老後の問題で切実に思っていたようだ。

私は子どもの頃から金に不自由しながら育ってきているので、金の無いのがそれほど苦ではなかった。

それに対し、金に不自由なく育ってきた家内は危機的に思って倹約していたようだ。

家内から「金が無いのは首が無いのと同じだ」と親から聞かされて育ったということを聞いていた。

でも、自分の母親が多くの貯金をもちながら、それを有効に使わずに入院して1年も経たないうちに亡くなったので考えもようやく変わってきた。

貯金も殆ど残さずに亡くなった私の母とよく比較するのだが、必要な物や心身の健康にお金を使うことは決して無駄遣いで無いと私は言い続けている。。


世の中には現役時代では高給取りで多くの出費をしていた人が、退職後の年金暮らしでもそういう生活が止められず破綻したケースもあるようだ。

田舎暮らしで、子どもにも教育費が多くかかって、余裕のある生活ができなかった私たち夫婦には贅沢な暮らし方そのものの経験が無くてわからない。

私自身が物質的に裕福な暮らしよりも、自由でマイペースな生活を重んじているのが、家内の行動にも影響を与えてしまったようだ。

田舎では夫が非常にわがままな老夫婦を見かけることがたまにあるが、それほど露骨でないにせよ私がプレッシャーになっていることにはかわりない。

老後が長くなる以上はよくよく考えて、家内が負担を感じないようにせねばならないと思っている。

夫婦も不即不離をモットーにせねばならないと言うことかもしれない。


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