農学者佐藤洋一郎氏の『米の日本史』中央公論新社(2020)は日本の米の歴史を概観でき、しかも現代の米に関する問題を考えるのに非常に参考になる。
佐藤氏は米余りの原因に食生活の変化を挙げているが、「粉食文化への回帰」[前掲書:250p]を指摘しているのは興味深い。
現代人は炊いたご飯を食べるのが普通になってきたので、粒のしっかりした飯が当たり前だと思っている。
しかし、穀類でこういう食べ方ができるのは米ぐらいで、多くは粥のようにペーストにしたり、粉にしてパンや麺にして食べるのが世界的には普通だろう。
日本でも縄文時代に多く食べていたドングリなどの堅果類はすりつぶして焼いて食べるのが普通だったようだ。
米もお粥以外にも、餅や煎餅、おかきなどとしてペーストと関連したものをよく食べる。
ただ、水稲が栽培され始めた弥生時代から現代も継承されている炊き干し法*1が好まれているので、それも守っていくのも大切なことだと思う。
今回、米価の暴騰への対策として、あえて米離れの食生活をしているのだが、米の代わりになっているのはパンではなくて、麺類である。
それは私が糖尿病で消化が良くて腹持ちの悪いパンを避けた方が良いといいうのが大きな原因だが、市販のうどんやラーメンは作るのも簡単だし美味しいからだ。
だから、午後から勤めに出る家内は昼食では作る時間が無いので麺類を出すことが多い。
関西では粉物(こなもん)文化として、麺類、パン以外にもお好み焼きやたこ焼きが加わって大変人気がある。
私も家内も蕎麦が大好きなので、日曜の昼はドライブがてら外食をするのが恒例なのだが、月に一度はそば屋に行くし、普段もやはり昼食にすることが多い。
また、夏場では播州名産のそーめんはよく食べるし、年中スパゲッティーもよく食べる。
また、粉物のみでなくご飯と組み合わせる食べ方もよくなされている。
関西では粉もんとご飯を一緒に食べる人も多いが、私は健康上それは現在はしないが、以前はラーメンやうどんの残り汁にご飯を入れていた。
また、穀類だけでなく芋類もマッシュしてニョッキのように小麦粉と混ぜてパスタとして食べることができる。
私は昼食に自分で作り置いている野菜シチューにニョッキを入れて食べることが多い。
粉物は小麦粉というイメージが強いが、芋類をジャガイモ以外でもニョッキとして粉物になる。
穀類は家庭菜園では作るのが難しいが、芋類は簡単で多く採れる。
また、芋は高い米よりも安く手に入ることができるし、栄養価も高いのでそれを家庭で工夫しながらやるようになっても良いと思う。
穀類に関しても大豆なら家庭菜園でも作るのは難しくなく、最近は大豆麺なども販売されているが、豆乳や粉豆腐として色々用途は考えられる。
農村が高齢少子化で用水路や農道の管理が担えなくなってきているし、私が住んでいる村でもできなくなるのはそう遠くないと思う。
そうなると、従来の水田農法から乾田農法への転換も考えねばならないだろう。
また、広い平野部では大規模な企業化を果たして、用水路や農道の管理まで行ない雇用も促進する方法も良いだろう。
しかし、中間山地のような所では大規模化は難しく、製造業が低迷していて就労もできなくて暮らせない。
もう、こういう所では特別栽培米などの付加価値を付けねば、従来の水田での稲作が無理なのである。
これからの中間山地では子育て家族や退職者の快適な生活を提供して、自給型農業を推奨するのも良いと思う。
大型機械を用いなくてもできる作物や、家畜を飼うことも良いだろう。
とにかく今は温暖化での食糧危機と食生活の変化で大きな転換点となっている。
「農学栄えて農業滅ぶ」ならぬ「JA栄えて農業滅ぶ」の時代を終わらせねばならない。
*1 石毛直通 2015『日本の食文化史―旧石器時代から現代まで』 岩波書店
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