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2026年8月18日火曜日

水田は「食の戦争」の生命線

 このところ米離れが進んだりして、在庫の米がだぶつき始めて、新米が出始める前に値を下げて売り出し始めた。

JAも農家からの買い取り価格を提示しなかったり、去年よりも安くしてしまったので、大規模農家でも採算割れを起こして廃業を考えたりしている。

現在、私は近所の農家から玄米を30kg12000円で分けてもらっている。

先日量販店でコシヒカリが税込み5kg2500円で販売されており、30kgに換算すると15000円となり差があまりないので驚いた。

もし、白米が2000円以下になると、糠分を考えれば買っている玄米より安くなってしまうのだ。

近所の農家はJAの買い取り価格を参考にして価格を決めているので、もし、買い取り価格が下がれば安くしてくれるだろう。

しかし、このところ肥料や燃料費のの値上がりなどでコストが上がっているので、赤字になってしまう可能性がある。

農業機械の維持費を考えれば、廃業を考えなくてはならなくなってしまうかもしれない。


私は昨年度の米騒動の時には米依存からの脱皮を唱えた。

それは農家とJA、政府の癒着による米価格の消費者への負担増からである。

しかし、農家はJAや政府から突き放されてしまったら、個人経営では立ち行かなくなってしまう。

そもそも、大規模機械化農家以外は、農村の住民の農道管理、水管理に依存している。

水田は農村地帯のダムであり、環境保存と災害対策にとって重要な役割も果たしている。

水田が荒廃して、荒れ地になったり、太陽光発電所になったら、その役割を果たせなくなってしまう。

規模の拡大でアメリカ並みに米価を下げることなど不可能だ。

アメリカの食糧戦略は環境破壊の上で成り立っているのであり、アメリカとの「食の戦争」*1には「ゲリラ戦」で持ちこたえるしかない。

そもそも、そのアメリカも地下水の使い過ぎで枯渇が心配されているし、このところ干ばつでダムや川の水量が減り、取水制限が計画されている地域もある。

アメリカの粗放農業が崩壊するまで、農村の「ゲリラ部隊」を維持して何とか水田を維持し続ける方が食糧戦略的に有利だと思う。

この「ゲリラ戦」を戦い抜くために、農家を支援して水田を国民全体で維持できる政策が必要不可欠だろう。


問題はアメリカが米に対して国からの補助金を禁止しているのだが、米そのものに補助金を出さずに、水田の維持管理や裏作の麦等に補助金を出せば良いと思う。

江戸時代は米は年貢や祭事用として農家はそれほど普段は食べておらず、麦などの雑穀やら芋を中心とした食事だった。

つまり、農家の暮らしは米では無く、裏作や畑地からの得られる農産物によって支えられていた。

米で採算が採れないとなれば、裏作の作物でそれを補えるような補助金を政府が支給すれば良いと思う。

米用の農業機械は麦や雑穀に転用がしづらいそうなので、農業機械の購入に補助を与えるのも重要だろう。

また、高騰する輸入肥料や燃料対策としての、国内で賄えられるように本格的な事業も行っていく必要があるだろう。

今は山は林業だけになってしまっているが、かつては燃料だけで無く肥料や飼料を得る場所であったし、焼き畑で食糧をえる重要な場所だった。

山をもう一度肥料や飼料を得る場所として見直すゲリラ戦法をすべきだろう。


もう既に、食糧危機が始まっている。

日本では水田を守らなければ国民の命を守れない。

水田で作られる米は、品種改良で温暖化にも対応できる優れものである。

水田のダムのお陰で気温の上昇もいくぶん抑えられる。

そして、アメリカとの「食の戦争」で全滅しないためには、水田を死守せねばならないと思う。

私は米依存脱皮から、水田活用のための米活用に転じたいと思う。


*1 『食の戦争―米国の罠に落ちる日本』  鈴木宣弘 2013 文藝春秋




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