私はワープロなどが普及しだした1980年代後半から、ずっと手書きの論文や調査資料をキーボードで打ち込んでテキスト化していた。
その時から何とか手書き文字をOCRで簡単にテキスト化してくれないかとずっと思っていた。
同じ紙媒体でも活字文字に関しては「読んでココ」という優れたOCRがあって、本の一部をスキャンしてテキスト化して活用していた。
一番時間を費やしたのは村落調査でカードに記録したデーターで、スキャナーで画像化してjpegファイルとして保存もしていた。
このところAIがいろいろと活躍しているので、ひょっとしてOCRもと思って調べたら無料で簡単にできる方法があった。
Googleのドライブでドキュメント化すると簡単にテキスト化してくれた。
現在はスマホのメールなどで簡単にテキスト文字をやりとりしているが、私の若い頃は手紙やはがきしかなかった。
ビートルズのPlease Mister Postmanの世界が私にはかつてはあった。
彼女からの手紙が待ち遠しくて、郵便がいつもの配達時間になるとそわそわしていた。
手紙は彼女からだけでなく、父親や友達から来たり、お世話になった先生からも頂いたりした。
そういう物は捨てずに大切に保管してきた。
因みに見合いで知り合った家内とは一度も手紙のやりとりをしていない。
電話や直接会って話すことが簡単にできたからだ。
そしてインターネットが普及してから、メールに取って代わられてしまい、事務的なことや仕事以外では文書を郵送することはなくなった。
だから、プライベートな紙媒体での記録は殆ど残っていないのが残念に思う。
パソコンも当初はデスクトップ型の高価で大きいものしかなかったが、ノートパソコンが手に入るようになり、最近では携帯に便利なタブレット型も安く手に入る。
いつしか、本も画像のままやテキスト化して読むことが多くなった。
また、プライベートの日記やエッセイなどはパソコンで綴ることが殆どとなり、紙媒体での記録は殆どなくなった。
学生時代はノートにしっかりと書き続けていた。
その日記はスキャンしてjpegファイルやPDFで保存していて、ブログを書いたりするときに活用してきたが、テキスト化するのが非常に手間で殆ど見るだけだった。
こうして簡単に紙媒体の手書き資料がテキスト化できることになると、かつてのノートや手紙をスキャナーで画像化してテキスト化しようと思う。
紙媒体のものは保管した物を探し出して読むのが非常に手間で、いつでもパソコンやスマホで読める方が便利だからだ。
逆に、必要なことはノートやメモ帳に書いておいて、後でテキスト化することもできるだろう。
というのも、手書きの日記や手紙は文字の中に当時の自分や彼女の心が刻み込まれている。
手書きが不要な時代だからこそ、あえて手書きで書く価値が出てきたように思う。
そして、必要とあればOCRでテキスト化すれば良いのだ。
何でもデジタル化されてきた時代だが、AIがまたアナログの世界を復活させてくれるような気がする。
以前ブログでも書いたが、音声を文字化することも簡単にできるようになったし、こうして手書き文字もテキスト化できるようになった。
声や文字にしろアナログで残された物には、単に意図された意味以上の意図せぬ情報が含まれている。
そのアナログの声や文字もそのままデジタル化できるようにもなっているので、テキスト化された文字やデジタル化した写真と組み合わせて見たり聞いたりできる。
AIの進歩は生成AIでの無人化の側面だけでなく、アナログ世界の復活の面も評価すべきのように思えた。
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