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2025年10月25日土曜日

隣の柿はよく犬食う柿だ

 我が家ではクロという雄犬を飼っている。

このところ、庭先などの柿の木から熟した柿が道に落ちていて、散歩の際にそれを食べるのを楽しみにしている。

本来なら拾い食いなどさせない方が良いのだが、ある意味で道路の掃除にもなるし、餌の足しにもなると思って許している。

毎日、道に落ちた熟し柿を数個食べているので、少々肥満気味になっている。

隣の村の犬と一緒によく散歩するおじいさんの犬も柿が好きらしく、おじいさんは道ばたの柿を杖で落として与えている。

人間と違って、犬は赤色を見分けるのが苦手らしく、草むらに隠れていたりするとなかなか探せない。

熟した柿の臭いを目当てに探すので、見ていてもどかしくて、時々こちらが導いてやる。

また、放置されている柿は烏の餌になってしまっているので、食べられてしまう前に枝から採ってやって与えることもある。


近所の家の1軒では3本ほど柿の木を植えている。

そこのご主人は食べなくて、親戚など人にあげるのが楽しみらしい。

ところがそこの柿の木に登って実をあさる動物が数年前から現れた。

アライグマだとかハクビシンではないかということだ。

採った柿の実を屋根の上で食べるので、その滓や糞が樋などに詰まって困っているという。

今年はその対策としてビニールネットで幹を覆ったが、どうも登ってひっかいた形跡があるのであまり役に立っていないらしい。

ご主人は私に勝手にとって持って行ってと言うが、放置されている柿ならいざ知らず、ちゃんと世話をしている柿の実を勝手に持っていくのは気が引ける。

だから、道ばたに落ちた熟し柿を、クロに食べさせているに留めている。


とにかく村で昔から住んでいる人はどの家でも柿の木は自給用として1本以上植えている。

昔であれば子や孫の美味しいおやつであり、干し柿にして冬場の大切な食糧にもなったのだろうと思う。

私の子どもの頃過ごした赤穂尾崎の住宅地の中では、珍しく向の家に柿があってたまに貰うと、凄く嬉しかったのを憶えている。

そう言えば前総理の石破さんの地元の鳥取の八頭は柿の産地で有名だ。

そこをドライブするたびに、柿の実がなっていくのを目にして季節の移ろいを感じていた。

我が家では道の駅で熟し柿があると私だけが食べるために買うこともある。

家内の実家ではおかあさんが渋柿を渋抜きして美味しく食べられるようにしたり、おとうさんが正月用の立派な干し柿を作ってくれていた。

暖冬の影響で干し柿も作ればカビがはえてしまう。


今住んでいる上郡では店に柿を置いていても、みんな貰えるから誰も買わない。

うちも去年まではバケツ一杯の柿を貰っていた。

貰わなくても、放置されている柿の木の実なら遠慮無くいただける。

私は血糖値が気になるので、クロに食べさせる以外は普段はほとんど食べない。

残念ながらこの近辺ではクロのような犬やカラスなどの野鳥の大切な食糧になってしまっているのが現状だ。

今年は熊の出現を怖れて、庭の柿の実を大きな枝毎落としてしまった家もある。

いつも、放置されている柿の実を見るたびに、何かに利用できないものかと考えている。

ただ、人間に以外の動物や鳥などの大切な食糧になっていることも確かで、特にこれから冬場には人以上の数のカラスが村にはやってきてて賑やかになる。

このインバウンド被害は村に何の収益をももたらさないけど・・・・・

2025年10月23日木曜日

教師と国会議員の世襲比較

 私は実は娘が教師になることも期待していた。

大学を出て地元で残って働けるところは、地方公務員くらいしか無かったからだ。

民間の企業に就職しても、転勤や単身赴任で地元から離れてしまう場合が今では多い。

最近は高卒でも大きい企業に入っていれば、地元から離れて仕事しなくてはならなくなっている。

そこが、都会と地方の大きな違いで、名古屋に住んでいるイトコは大学卒業してからもずっと名古屋に住んでいる。

それに対して、赤穂に生まれ育った兄弟やイトコでは本家のイトコが亡くなってしまったので、私を含めて全て地元赤穂から離れてしまっている。

そして、娘は教師にも公務員にもならずに、生まれた赤穂からも育った上郡からも離れてしまった。


私の知り合いの夫婦ともそろって管理職なった人には一人娘がいて、何とか教師にしたいと思っていたという。

大学に入ってから、教員免許を取るようにと言ったが、嫌がってとろうとしない。

そこで、大学の授業料を出さないと言ったら渋々免許は取ったそうだ。

しかし、教師にはならないで住んでいる町の市役所に就職したそうだ。

この場合は両親のそばで就職しただけマシなので、私の娘は教員を多く輩出している大学に入りながら教員免許も取らなかった。

私はブラック職業になって行きつつあるのであえて強く勧めなかったが、どうも本人は地元の学校で私の知り合い教師に特別な目で見られた経験が教師嫌いにしたようだ。


学校の教師は以前は世襲している場合が多かった。

自分の子どもが採用されるように、色々と手を尽くすことで苦労する人も見かけた。

特に管理職の子どもが教師になっているケースが多かったように思う。

しかし、今は先ほど紹介したケースでも分かるように、必ずしも世襲を子どもは望んでいない。

だから、国会議員が世襲が多いのと根本的に変わってしまったのだと思う。

教師も以前は給料は安いが楽な職業と思われていた時は、世襲も多かったと思う。

たぶん、国会議員は給料が高い上に、権力を行使して面白仕事と思われているから世襲が多いのだろう。


実際、私は教育現場で現役の教師が病気を患って死んでいったのを身近で何人も知っている。

現役国会議員が病気を患って亡くなるケースはあまり目にしない。

ただ、教師は暗殺されることは無いと思うので、国会議員の方がそういうリスクは高いと思う。

教師のスキャンダルはマスコミなどで盛んに報じられているが、警察やマスコミの抑えの効く国会議員はそれと比較はできないだろう。

一方、今度の総理大臣は世襲どころか、多額の選挙資金を自分や親からつぎ込んで国会議員になった。

そこまでしてでもなりたいと思うのが国会議員なのだと改めて感心した。

かつての教師も給料は安いけど誇りと権威があったので、世襲がなされたのだろう。

国会議員は給料が高く、誇りと権威があるから世襲もなされるし、リスクを冒してもなろうとするのだと思う。

この違いは結局、将来の日本人の人材育成に関わっていると思う。





2025年10月21日火曜日

荒れゆく田畑との格闘

 私の生まれ育った赤穂では、海に近い田畑は荒廃が進んでいる。

結婚後しばらく親戚の家を借りて住んでいた大津は、田畑の耕作を止めて太陽光発電の施設を林立させている。

私の誰もいなくなった実家には畑が残されていて、手が回らずセイタカアワダチソウが生い茂ってしまった。

本当は今年からサツマイモを植えたので、もっと手を掛けるはずだった。

ところが、酷暑と雨不足で上郡の自宅裏の畑の方に、水やりを中心とした作業に時間をとられるし、暑くて昼間は農作業は無理してやれなかった。

実家の畑は赤穂高校の近くにあるのだが、そばの水田は作る人も無く葦が生えて、畑も荒れ地になったのも多く見られる。

ただ、市民農園もあるし、家庭菜園として仲間と遠くから通っている人もいる。


うちの畑の隣は同級生が作っているのだが、草が生えないように耕しているだけで、作物はほとんど作っていない。

心臓が悪いので健康のために土いじりをしているという感じだ。

その同級生の畑にも迷惑を掛けているので、やっと涼しくなった先日(10/14)背負いエンジン草刈り機と充電草刈り機を持って赤穂の畑に草刈りに出かけた。

ちょうど同級生も来て草刈りを手で行っていた。

充電草刈り機も持っているそうだが、性能が悪くてすぐに草が絡まり止まってしまうので使っていないという。

セイタカアワダチソウのジャングルとなったうちの畑では性能の良いマキタの充電草刈り機でも厳しい。

そこでホンダ製の4サイクルの背負い式エンジン草刈り機をフル回転させて、そのジャングルに挑んだのだ。


普段はせいぜい膝の高さくらいの草を刈るのだが、自分の背よりも高くなった草を前にするとアドレナリンもでて興奮状態になった。

本当はゆっくりと根元から刈れば良いのだが、必死に草を薙ぎ倒しにかかった。

草を刈るというよりも草をぶった切るという感覚になって、心臓もばくばくと鼓動を打った。

エンジンもスロットル全開で、大きな唸りを上げている。

そういう格闘が1時間ほど続いただろうか。

時計を見る余裕も無く、ほとんど薙ぎ倒した段階で、やっと軽トラの荷台に腰掛けて持ってきたペットボトルのお茶をがぶ飲みした。


その後は、畑に植えているスダチがいっぱい実を付けているので、採って帰ることにしたのだが、蔓が絡まって大変なことになっている。

スダチの木に絡まった蔓を、持ってきた手斧やノコギリ鎌で引きずり下ろしながら、取り除いていくのだが、なかなか上の方は取り除けない。

ヤブ蚊の襲撃も凄いので、とりあえずは下の枝にたわわになっている実を枝ごと切り取っていった。

あまり多く持って帰っても食べきれないので、高さ20cm程のコンテナいっぱいにして持って帰ることにした。

市販されているスダチは小さな実の状態なのだが、うちの実は温州ミカン程度に大きくなっている。

黄色く色づくと、皮まま食べることもできるが、あおいうちに採って香を楽しみながら酸っぱさを味わうのが良い。

こういう恩恵もこの荒れた畑でも残っている。


今回驚いたのは、梅雨時に植えたサツマイモが生き残っていたことだ。

セイタカアワダチソウのジャングルの中で、ちゃんと蔓を伸ばしていた。

雨もあまり降らなかったので、枯れてしまったものと諦めていた。

さすがニューギニアの初期農耕でも栽培できる優れものだ。

実は今年はニューギニア式サツマイモ栽培の実践①~下準備~ に挑戦しているのだが、その成果はもう少ししてからのお楽しみだ。

こちらにサツマイモを多く作ることができれば、上郡の自宅裏では別のものを作ることができる。

まだ、手のかかる作物までできないのが実情なので、食糧危機への対策はまだまだだと言うしか無い。

荒れた畑でも半野生状態で何とか活用したいと思っている。





2025年10月20日月曜日

教員になりたくてもなれなかった頃

 今日、プールで泳いでいると、隣のコースに知り合いの教師が来ていて話ができた。

その人は私よりも一つ年上で、特別支援学校を長く勤めていた。

年金が支給される年齢なのに、まだ学校勤めを辞めていないという。

辞めるにも辞められないのだそうだ。

教師のなり手が無くて、仮に来ても仕事ができなくてすぐ辞めてしまうからだそうだ。

その先生は元気でまだまだ勤められそうだが、こういう先生がいる間にはたして優秀な教員の志望者が増えるだろうか


かつて高校に勤めていたときに、新任校長が赴任する学校に勤める機会が多かった。

これは何を意味するかというと、地域の名だたる進学校の伝統校には新任校長は赴任させられることはない。

ちゃんと経験を積んでそういう学校に転勤してくる。

ある地域の伝統校だった高校では、かつては新任校長が赴任してくる学校では無かったが、進学実績などが落ちて人気を失うと新任校長が赴任してきた。

私は西播地域の高校や特別支援学校で働いてきたのだが、進学指導実績がそこそこ良い学校は大学付属だけだったので、校長は大学の先生だった。

新任校長は赴任早々に大切な出張が待っているようだ。

東京に集められて総理大臣からの祝辞? 訓示?を受けるらしい。

ネットで見られる新任校長研修で公立小・中・高の新任校長の悉皆研修となっているのとは別と思われる。

以前いた学校で教頭に確かめようとしたが、話をはぐらかされてしまったので公表されていないのかもしれない。

因みに全国高等学校校長会は別にあって、それはネットでも公開してあり、来賓として文部科学大臣が予定されている。

これからしても、総理大臣謁見の新任校長の会が特別なものか分かると思う。


このことから、戦前の教育の反省から教育は国家から地域が担うものという方針が示されたことは既に忘れ去られていることが分かる。

私たちが採用される時代では、まだ卒業式で君が代斉唱。日の丸掲揚を行うかどうかが問題になっていた時代だった。

教員採用試験で日の丸・君が代問題について面接で聞かれるので、どう答えるべきかの問答集があったりした。

日の丸掲揚、君が代斉唱をどう思うかと訊かれたら、反対と面接で答えれば採用されないだろうと言われていた。

それで、聞かれたらとりあえずは、今は判断できないので採用されてから考えると答えるのが良いように言われていたように思う。

実際に面接を受けたときは、そういう質問はされなかったが、社会科は臨時常勤講師が多かったので、面接の質問を現場で言われると不味いと思ったのかもしれない。

私も当時は中学校の臨時常勤講師をしていて、校長先生に面接の練習もして貰っていた。


私の初任校は今は特別支援学校と言われるが、当時は精神薄弱の養護学校と言われていた。

今は障害時教育の免許を持っていないと、赴任させられることは無いと思うが、当時の初任者は持っていない教師がほとんどだった。

当時の私はそういう学校の存在さえ知らなかったのだが、校長から確認の電話があって、やっと就職できるという思いから勤務することにした。

私が教員になろうとした頃は、石油ショックの影響がまだ残っていて、一般企業の就職も難しく、教員は人気があった。

南山大学の人類学科の授業だけでは中学高校の社会科免許しか取れなかったので、教員採用されやすい英語や国語を他の学科の授業を受けてとる学生もいた。

東京都や都市部では教員人気が高く、早稲田大学の友達が早稲田を出ていても教員に成れないと言っていた。

私も国語の免許を取ろうと思って授業を受けていたが、大学院に進もうと思ったので途中で国語単位取得をやめた。


教育実習でも、東大に行っていた先輩や、京大など七帝大に進学した同級生なども母校に来ていた。

その他、広島大学の教育学部や教員養成の熱心な大学に行く同級生もそこそこいた。

給料は安くても当時は人気があったのだが、人気を一気に失ったのはバブル経済で民間企業の給料が非常に高くなって差が付いてしまってからだ。

バブルの頃は教師は人気が無くて、校長が朝礼で知った人で教員になろうという人を勧誘して欲しいと言われた。

その頃は教員になりやすかったが、教員の資質をもっていない人が教師になって、結局本人も周りも後で苦しむことを目にした。

教員のなり手を増やすために給料も上げていったのだが、バブルが弾けて民間企業も景気が悪くなり、教師の給料も相対的によくなった。

そこで、安定した職業である公務員人気も高まり、教師は特に人気が高くなったので、なりたくてもなれない職業になった。


今の状況はバブル時代の教員不足の頃と似てはいる。

大卒者の初任給が高くなって、給料面でも釣り合いが取れないのだろう。

勤務はブラックとして、給料もさほど高くないのに優秀な人材が集まるはずが無い。

おそらく、給料を上げても人気は高まらないだろう。

今の学校は経験ある教員が退職してしまい若い教師への指導もできない上、負担が非常に増しているからだ。

私はこういう学校の荒廃を招いた原因の一つとして、教員免許更新制度を上げておく。

これは教員の時間的負担だけでなく、誇りも奪い去った。

同じ教員出身ながら、政府と伴に教師を追い込んでいった管理職にも不信感は抱いているが、お金や勲章のためなら仕方ないか・・・・・



















2025年10月18日土曜日

移動スーパーと個配に老後を託す

 私は母がまだ自宅でひとり暮らしをしていたときに、週末には欲しいという食料を買い出しして持っていくのが日課となっていた。

足が悪くなって自分ではスーパーで買い物ができなくなったからだ。

自分の欲しいものを自由に買いたいと言って、コープの個配を注文票で頼むようになったのだが、とんでもない買い物をすることが多くなった。

買う数量が多すぎたり、同じものをいくつも買ったり、老人のひとり暮らしでは到底考えられない買い物でも、コープは注文されればお構いなしに持ってきた。

そこで、品物が来て注文する日の前にヘルパーさんに点検を入れて貰うことにして、幾分改善されたが、冷蔵庫や玄関の階段下には余り物がいっぱい残っていた。


以前、親戚で葬式があったときに、赤穂の鷆和で暮らしている叔母と話す機会があって、買い物について聞いた。

というのも、叔父の認知症がすすんで、車の運転ができなくなったので、スーパーもコンビニも無い鷆和ではどうしているのだろうかと思ったからだ。

その時に叔母は「とくし丸に頼んだら、何でも持ってきてくれる」と言っていた。

とくし丸という移動スーパーがあることは聞いて知っていたが、そんなに頼れるものか疑問に感じていた。

ところが、先日赤穂でのとくし丸のことが民放のテレビで放送されていて驚いた。

赤穂は旬鮮食彩館PAONE(パオーネ)が買い物難民(買い物困難者)対策として頑張ってくれている。

その1号車黒田さんのことが取り上げられていたのだが、まさしく叔母はその黒田さんにお世話になっていたようだ。


旬鮮食彩館PAONE(パオーネ)は以前は日生ショップと言われていたように、岡山県の日生が発祥の地である。

盆や正月で親兄弟が親元に集まるときには、ここでは魚が美味しいのでそれを目当てによく買い物をした。

赤穂はスーパーに関して、以前は播磨生協と言われたコープが出店していたが、主婦の店などに換わってしまっている。

主婦の店は私の子どもの頃からあるスーパーなので、赤穂に根付いていて親しみを感じる店ではある。

加里屋や中広という町の中心部には大型スーパーもできて、便利にはなっているが、それ以外の所はそういう大型スーパーに客を奪われて、小さな店やスーパーは減ってしまった。

実は母の住む実家のほん近所にあった日生ショップ尾崎店も潰れてしまっていたのだった。


鷆和は私の子どもの頃は万屋も魚屋もあって、そこで買い物ができたし、自転車で果物を売りに来るおじさんもいた。

今はちょっとした店が酒を中心に売っている程度で、小さなスーパーは隣の村の折方に行かなくては無い。

叔母のように認知症の叔父がいる場合は、バスに乗って買い物に出かけるのも大変だろうと思う。

コープの個配もあるとは思うが、電話で欲しいものを聞いてくれて、週に2回も来てくれるとくし丸の方が少し高くなってもよほど便利である。

子どもや孫に買い物を頼んだら、ガソリン代として小遣いをあげるので、却って高く付くことはテレビでも取り上げていた。

黒田さんは正月以外はほとんど休み無く働いて年収は700万円以上稼いでいるそうだが、地域の福祉を担っている点でいえば、収入だけで評価できないだろう。

何よりも感動したのは、家の中だけで無く場合によって台所まで品物を運んであげたり、頼まれれば二階からベッドを下ろしてあげていることだ。

単に商品のやりとりをするのでは無く、暮らしの支援をして信頼されている。

ただ、働き方には無理があるように思えるので、収入面でも勤務時間でも余裕のある体制で運営できれば、心ある若い人がもっと活躍できると思う。


上郡町はコミュニティーバスを頻繁に走らせているが、全く乗っていないときが多く、乗っていても一人か二人である。

これは町の高齢者のためというよりも、バスの運転手のための雇用対策としか思えない。

国や地方自治体はこういうとくし丸のような取り組みに補助金を出して奨励するべきだと思う。

コープの個配や移動店舗もとくし丸のように、電話などでの注文できめ細やかに対応してくれたらもっと利用しやすくなると思う。


それにしても、私の子どもの頃の赤穂の尾崎では、近所のお豆腐屋や八百屋にお使いで買い物によく行かされた。

また、行商の人が自転車や車力を使って、魚、果物、野菜を運んできて私の家の前で広げていたので、近所の人やって来て買うことが多かった。

駄菓子屋やお好み焼き屋も近所にあって、おやつを買ったりご飯を食べるのに不自由は無かった。

車社会になって、売り場、食堂、しゃべり場、遊び場であった町の小さな店や路地裏はその命を失ってしまった。

新しく家を建てて移り住んだ住宅地では、そういうものは近所に根付かなかった。

因みに結婚後子どものために移り住んだ農村地帯の上郡町の中野でも、近所には掛け売りをしてくれる酒・煙草屋兼万屋もあったし、ちょっと足を伸ばせばAコープもあった。

万屋は自動販売機に取って代わられ、Aコープも潰れてしまった。

だから、町でも田舎でも車が使えない人を細やかに助ける仕組みが必要になったのだ。

とくし丸のような取り組みがどんどん広がっていってくれたら、自分の老後の心配も少しは減ると思うのだが・・・・








2025年10月16日木曜日

安い肉を美味しく食べる

 我が家では家族三人のうちで、雑穀米を食べるのは私だけで、しかも三食のうちに一食しか食べない。

そこで、一人分の雑穀米の2合炊いて冷蔵しながら、4日ほど持たせている。

炊飯器も私用のものを購入した。(炊飯器 3合炊き 一人暮らし用 ミニ マイコン 炊飯ジャー 3合 温度調理 省エネ 早炊き 山善 YJT-M05(W)/(B) マイコン式 炊飯器)

これを選んだのはその購入時では5,430円という低価格であった上、雑穀米はもちろん色んなものが作れる機能が付いていた。

特に、低温調理ができるのが魅力だった。


だいぶ前からシャトルシェフで色々と低温調理をしてきたが、省エネではあるが温度管理が難しかった。

納豆を作ったり、甘酒を作ったり、発酵に関わるものも色々試したが、うまく行くことより失敗する方が多かった。

だから、温度管理をしっかりする必要があるものは、発酵専門の電気製品をリサイクルショップで買ったりしていた。

それでも納豆は夏場など雑菌が多い季節では失敗することが多くて、納豆は作らなくなり甘酒と豆乳ヨーグルトは新たに買ったソイリッチで作っていた。


以前は安い肉を美味しく食べるために、安い鶏のもも肉を燻製にして食べていた。

今でも鶏のもも肉は安いが、10年ほど前では100g50円を下回っていた。

家内に味付けをして貰い、自分で作った燻製器具に仕込み低温で時間をかけて燻製にすると非常に美味しくて、家族にも好評だった。

だが、落とし穴があった。

鶏肉はヘルシーと言われているが、プリン体が多くて尿酸値を上げてしまう。

おまけに、大好きなビールのつまみとして食べていたものだから、ついい痛風を発症させてしまった。

それ以来、鶏肉の燻製を作ることもないし、焼き鳥もほどほどにしている。


でも、糖尿病である以上はできるだけ糖質を抑えて、タンパク質を摂りたい。

安くて美味しい豚足に目を付けて、煮込んでスープにした豚足を毎日食べていたら、またもや痛風になってしまった。

まさか、豚足にプリン体が多いとは知らなかった。

豚肉でプリン体が少ない部位を調べたら、バラや肩肉が少ない。

牛肉は美味しいけれど、値段が高い上にプリン体も豚肉より多いそうだ。

そこで量販店のトライアルへ行って安い豚肉を探したら、カナダ産の肩肉が安く売っている。

今回は、ローストポークには塊の方が美味しいだろうと100g220円を300gと奮発したが、トンテキ用の薄い肩肉だったら100g118円で売っている。

また、マックスバリューの火曜市向けの広告では、同じカナダ産のトンテキ用の豚肉が100g98円と書かれていた。

国産の鶏肉とあまりかわらない値段である。

次回からはトンテキ用を買うことにした。


とりあえず、その肩肉の塊300gを家内に頼んで下味を付けて貰って冷蔵庫で寝かせて、山善炊飯器で低温調理してみることにした。

付属していたマニュアルのレシピは牛肉で65℃の1リットルのお湯で30分としていたが、豚肉なので念のために1時間ジプロックに入れて加熱した。

冷めるまで待って、家内に切ってもらって食べると、なんと美味しいことか。

私は血圧も高いので塩分も控えめにして貰っていたが、何のタレや醤油も必要なくジューシーで思わず5枚も食べてしまった。

今までローストビーフなどもよく食べてきたが、パサついて美味しくなかったのもけっこうあった。

確かに肉そのもののうま味は牛肉には勝てないが、今まで食べた焼豚や煮豚よりもずっと美味しい。

その美味しさは塩や調味料によって作られた美味しさでは無くて、豚そのものの肉の美味しさが感じられている。

実は家内によると秘けつがあって、砂糖をしっかりと前もって塗り込んでおくと保湿効果で柔らかくジューシーになるそうである。


本当は国産の豚肉を食べたいところだが、カナダ産に比べて倍以上の値段がする。

安全性が気になってネットの「カナダ産の豚肉って危険なの?日本では禁止のラクトパミンの心配は?」で調べたら一応は問題はなさそうだ。

最近はJAと政府の失策で米が値上がりしてしまったことから、日本の農家のための国産に拘る気がしなくなった。

本来はかつての沖縄や奄美は正月用に各家で豚を飼っていて、浜に出て自分で解体していたようだが、現在は規制が厳しいようだ。

ドイツではいまだに自給的な小規模な飼育がなされ、庭先で吊されたりしていて、それは肉屋に頼んで解体してもらいソーセージに加工しているという[ドイツの豚飼育]。

しかし、近所では養豚どころか家畜の飼育は難しいので、当面は生活防衛のために安いカナダ産の肉を低温調理して美味しく食べていこうと思っている。


2025年10月14日火曜日

脱石油にむけての農作業

 やっと手回しの唐箕を手に入れた。

昔であれば木製なのだが、37,580円する鉄製の唐箕(クリーントーミ F型手動式 オギハラ工業)を通販で買って自分で組みたてた。

足踏み脱穀機に関しては5年ほど前に、大豆を脱穀するために買っていた。

その前は大きな鍋に稔って乾燥させた大豆を枝ごと入れて、太い棒で突いて脱穀していたのだが、江戸時代の農業よりも稚拙であった。

足踏み脱穀機を買った後も、殻と実を選別は手箕と篩(ふるい)を使ってしていた。

手箕を上下さしてゴミを口で吹いたりして飛ばしたりしたので、けっこう手間と労力が要った。

このところ、ソルガム(高黍)に力を入れ始めたので、小さな実にはどうしても唐箕が必要となった。

背の高いソルガムの実は簡単に脱穀できたが、矮性のソルガムの実は殻からなかなか外れないので、家庭用の電動精米機も使っている。

手動の唐箕は自分で風力の加減をしながら、殻やゴミを上手く飛ばして選別できた。

これでやっと篩から解放されることができた。


こんな作業を米農家が見たら呆れるだろう。

稲作の作業はほとんど機械化されており、時間も労力も大してかからない。

その換わり機械の購入とメンテナンスに掛ける費用はかなりものとなる。

最近は営農団体ができて共同で機械を購入管理する農家も出てきたが、以前は一軒で担うのが当たり前だった。

だから、その負担に耐えられない農家は機械を持っている農家に頼らざるを得なくなった。

現在では同じ村の組の30軒ほどある家で、稲作が自分でできているのは1軒だけだ。

ただ、村の家は基本地主であって、小作料も物納で貰っている。


私はこの村に田畑も持たず転入してきた昔で言う水呑百姓である。

ただ、昔と違って村入りの費用も払って、村の構成員にもなっている。

当初は畑にする休耕田を貸して貰うのに苦労したが、今は水田にできなくて管理に困っている休耕田を村から転出した人から無償で借り受けている。

そのかわりその農地の周りの草刈り等の管理をきちっとしなくてはならない。

稲は人に任せるが、畑は自分のところでやっている人はそこそこいる。

転入して畑をやっていた頃は、本当にできるのかと疑われていたが、今では同じ組の中でも上手にやっている方だ。

そして、農作業での脱石油化を進めてきて、近所の農家とは一線画している。


農作業でガソリン燃料がどうしても必要なのは、まず軽トラックである。

これはアルミ製のリアカーを買ったので、現在農作業では農機具や農作物、肥料を遠くに運ぶときにしか使っていない。

草刈り機に関しては充電式を主に使っているが、村作業や草にまみれている赤穂の畑の草刈りには背負のエンジン草刈り機を使っている。

小型のエンジン式耕運機は持っているが、このところは自然農法を基本としているので、滅多に使っていない。

ただ、今年は酷暑で雨が降らなかったので、エンジンポンプは頻繁に使わざるを得なかったが、普段はバケツで溝から水をくみあげている。

一方、スコップや備中鍬、手鎌などを中心とした手作業の農具が普段使う道具なのだ。


これから歳を取って体力も落ちてくると思うので、機械に頼らざるを得ないとは思う。

ただ、できるだけ充電式や電動式の機械を使っていきたいと思っている。

すでに、草刈り機以外でもチェンソー、ブロワー、のこぎり、ポンプ、園芸用バリカンなど石油に頼らない道具をマキタの製品を中心にそろえてきている。

近所の人もマキタの工具は充電器の性能が良いと言うことで、電灯や空調服まで全てマキタでそろえる人もいる。

値段は高いが持続性や出力の高さ、様々な道具への汎用性などで抜きん出ている。

これからは、空飛ぶタクシーよりも軽トラックや大型農業機器も電動式を開発して貰いたいと思う。

そして、何より自分の家や村で発電と充電が安くできるようになれば、温暖化対策の一翼をもっと担えると思う。