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2025年10月18日土曜日

移動スーパーと個配に老後を託す

 私は母がまだ自宅でひとり暮らしをしていたときに、週末には欲しいという食料を買い出しして持っていくのが日課となっていた。

足が悪くなって自分ではスーパーで買い物ができなくなったからだ。

自分の欲しいものを自由に買いたいと言って、コープの個配を注文票で頼むようになったのだが、とんでもない買い物をすることが多くなった。

買う数量が多すぎたり、同じものをいくつも買ったり、老人のひとり暮らしでは到底考えられない買い物でも、コープは注文されればお構いなしに持ってきた。

そこで、品物が来て注文する日の前にヘルパーさんに点検を入れて貰うことにして、幾分改善されたが、冷蔵庫や玄関の階段下には余り物がいっぱい残っていた。


以前、親戚で葬式があったときに、赤穂の鷆和で暮らしている叔母と話す機会があって、買い物について聞いた。

というのも、叔父の認知症がすすんで、車の運転ができなくなったので、スーパーもコンビニも無い鷆和ではどうしているのだろうかと思ったからだ。

その時に叔母は「とくし丸に頼んだら、何でも持ってきてくれる」と言っていた。

とくし丸という移動スーパーがあることは聞いて知っていたが、そんなに頼れるものか疑問に感じていた。

ところが、先日赤穂でのとくし丸のことが民放のテレビで放送されていて驚いた。

赤穂は旬鮮食彩館PAONE(パオーネ)が買い物難民(買い物困難者)対策として頑張ってくれている。

その1号車黒田さんのことが取り上げられていたのだが、まさしく叔母はその黒田さんにお世話になっていたようだ。


旬鮮食彩館PAONE(パオーネ)は以前は日生ショップと言われていたように、岡山県の日生が発祥の地である。

盆や正月で親兄弟が親元に集まるときには、ここでは魚が美味しいのでそれを目当てによく買い物をした。

赤穂はスーパーに関して、以前は播磨生協と言われたコープが出店していたが、主婦の店などに換わってしまっている。

主婦の店は私の子どもの頃からあるスーパーなので、赤穂に根付いていて親しみを感じる店ではある。

加里屋や中広という町の中心部には大型スーパーもできて、便利にはなっているが、それ以外の所はそういう大型スーパーに客を奪われて、小さな店やスーパーは減ってしまった。

実は母の住む実家のほん近所にあった日生ショップ尾崎店も潰れてしまっていたのだった。


鷆和は私の子どもの頃は万屋も魚屋もあって、そこで買い物ができたし、自転車で果物を売りに来るおじさんもいた。

今はちょっとした店が酒を中心に売っている程度で、小さなスーパーは隣の村の折方に行かなくては無い。

叔母のように認知症の叔父がいる場合は、バスに乗って買い物に出かけるのも大変だろうと思う。

コープの個配もあるとは思うが、電話で欲しいものを聞いてくれて、週に2回も来てくれるとくし丸の方が少し高くなってもよほど便利である。

子どもや孫に買い物を頼んだら、ガソリン代として小遣いをあげるので、却って高く付くことはテレビでも取り上げていた。

黒田さんは正月以外はほとんど休み無く働いて年収は700万円以上稼いでいるそうだが、地域の福祉を担っている点でいえば、収入だけで評価できないだろう。

何よりも感動したのは、家の中だけで無く場合によって台所まで品物を運んであげたり、頼まれれば二階からベッドを下ろしてあげていることだ。

単に商品のやりとりをするのでは無く、暮らしの支援をして信頼されている。

ただ、働き方には無理があるように思えるので、収入面でも勤務時間でも余裕のある体制で運営できれば、心ある若い人がもっと活躍できると思う。


上郡町はコミュニティーバスを頻繁に走らせているが、全く乗っていないときが多く、乗っていても一人か二人である。

これは町の高齢者のためというよりも、バスの運転手のための雇用対策としか思えない。

国や地方自治体はこういうとくし丸のような取り組みに補助金を出して奨励するべきだと思う。

コープの個配や移動店舗もとくし丸のように、電話などでの注文できめ細やかに対応してくれたらもっと利用しやすくなると思う。


それにしても、私の子どもの頃の赤穂の尾崎では、近所のお豆腐屋や八百屋にお使いで買い物によく行かされた。

また、行商の人が自転車や車力を使って、魚、果物、野菜を運んできて私の家の前で広げていたので、近所の人やって来て買うことが多かった。

駄菓子屋やお好み焼き屋も近所にあって、おやつを買ったりご飯を食べるのに不自由は無かった。

車社会になって、売り場、食堂、しゃべり場、遊び場であった町の小さな店や路地裏はその命を失ってしまった。

新しく家を建てて移り住んだ住宅地では、そういうものは近所に根付かなかった。

因みに結婚後子どものために移り住んだ農村地帯の上郡町の中野でも、近所には掛け売りをしてくれる酒・煙草屋兼万屋もあったし、ちょっと足を伸ばせばAコープもあった。

万屋は自動販売機に取って代わられ、Aコープも潰れてしまった。

だから、町でも田舎でも車が使えない人を細やかに助ける仕組みが必要になったのだ。

とくし丸のような取り組みがどんどん広がっていってくれたら、自分の老後の心配も少しは減ると思うのだが・・・・








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