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2025年10月29日水曜日

鶏よりも卵を優先

 私はかつて安い鶏の肉を買ってきて、わが家で燻製にして毎日美味しく食べていた。

ところがある日突然、右足の親指の付け根がすさまじく痛くなった。

通風である。

鶏の肉にはプリン体が多くて、場合によって通風を引き起こすことを知らなかった。

関西では鶏の肉のことを「カシワ」というが、子どもの頃に普通に食べられる肉はカシワしか無かった。

当時は豚肉も牛肉も高くて滅多に食べられなかった。

鶏は普段から食べられたし、家でも飼っていたので、クリスマスなどに潰して食べたりした。

それでも、昔はカシワは毎日は食べられる物ではなかったのだ。

それを毎日食べ続けたのが悪かった。

それ以来カシワは家内も気をつけて料理に出している。


卵も昔は今のように安いものではなくて、お好み焼き屋には卵を持っていって中に入れて貰ったりした。

家でも卵を産ませるための鶏を飼っていて、それが毎日の栄養源ともなっていた。

また、子どもの頃はおやつなどあまり買ってくれなかったので、卵をおやつ代わりに食べたりした。

それは、生卵の殻の先に目打ちなどで穴を開け、そこから中身を吸い出す。

ただ、白身はあまり美味しくないので吐き出したりしたが、黄身は濃厚で非常に美味しかった。


大学時代はお金が無かったので、一番の栄養源として安い卵は欠かさなかった。

毎日のように卵かけご飯を食べていた。

結婚してから家内は生卵が嫌いで、卵かけご飯どころかすき焼きも家でしたことが無かった。

それでも、どうしても食べたくなって、私だけ卵かけご飯にして食べていた。

最近は健康のことを考えるようになり、平飼いの1個50円ほどの高い卵を毎朝食べ始めた。

卵の値段は以前は安売りの時には10個100円ほどで買えたのに、最近では安売りしていて200円以上する。

もう既に安い卵では無くなっている。


先日、図書館に行って健康雑誌を読んでいたら、年老いたら卵を一日に3個から4個食べると良いと書いてあった。

これは医師鎌田 實氏の説のようだ。

糖尿病の私は以前から、糖質が少なくてタンパク質が多い食べ物は無いか探していた。

卵が良いことが分かっていたが、コレストロールが気になっていた。

その健康雑誌にはコレストロールに関わる病気を持っていない限り、大丈夫だと書いてあったので試すことにした。

最初は固茹で卵にして食べたのだが、家内から温泉卵が良いと言われて、ネットで調べたら生卵のよりも栄養価が高いという。

家内は温泉卵を作る小道具を既に買ってあった。

一つは生卵を割って容器に移して黄身を針でつついてから電子レンジで加熱する。

もう一つは容器に生卵を二つ入れて、熱湯を注ぐと自然に湯が落ちていき、空になるとできあがりというものだ。

しかし、どれも自分には面倒くさく感じた。


そこで冷温調理のできる炊飯器を用いることにした。

ネットでは温泉卵を作りるには70℃の温度で30分と書いてあったが、その炊飯器がどれだけの時間で70℃に達するのか分からないので最初は40分でやってみた。

それではやはり黄身も硬めの半熟で、白身もそこそこ固まってしまった。

次は70℃で30分でやってみたのだが、白身は温泉卵らしいのだが、やはり黄身が少し硬めで温泉卵とは言いづらい。

そこで、今度は65℃で30分茹でることにした。

そうすると、正しく温泉卵ができあがった。

ただ、私はもう少し黄身が固まっている方が好きなので、時間は時間を長めにしようと思っている。


牛や山羊なども肉よりも乳を日常の食糧としてきた。

鶏も普段は卵の方を頂くのが身体にも鶏にも良いのだろう。

本当は家で鶏を飼いたいと思うのだが、家内はどうしても嫌だと言って譲らない。

鳥インフルエンザを怖れているのと、あの鳥の足が嫌なのだそうだ。

私は子どもの頃には、父が自分で潰した鶏の足先の筋をむき出しにして、引っ張ったら指が動くので、しばらくはオモチャにしていた。

今の子どもは身近に鶏もいないので、肉も卵も工場で作られる食品と々感覚だろう。

テキ屋のおじさんが祭りで色つきのひよこを売ってあったり、小学校の前でも売りに来ていたあの頃は鳥インフルエンザなど聞いたことも無かったな・・・・

2025年10月27日月曜日

生成AI・ロボットよ!そこに愛はあるんか?

 ノンバンクカードローン会社のアイフルのCMで女将さん役の大地真央は「そこに愛はあるんか」と問い続ける。

単にアイフルのアイと、愛をかけただけらしいのだが、カードローンが愛と無縁と思わないようにCMの場面場面で茶化しながら結びつけているいるのが面白い。

本来、愛している人から利子など取らない筈なのに、愛を標榜するのはおかしいのは明らかだ。

それとちがってコンピューターの生成AIやロボットに愛(感情)があるかどうかは簡単に考えられなくて、ネットで検索したら色んな意見が書かれて有って興味深い。

これは人間の脳の身体外での道具として発達したコンピューターやロボットに「命」を認めるかどうかの問題ともなる。

アントニオ・ダマシオ 高橋洋訳 『進化の意外な順序』 白揚社 2019(2018 THE STRANGE ORDER OF THINGS 以降[アントニオ・ダマシオ2019(2018)]) によると、

感情とはホメオスタシスの心的な表現であり、感情の庇護のもとで作用するホメオスタシスは、初期の生物を、身体と神経系の並外れた協調関係へと導く機能的な糸と見なすことができる。この協調関係は意識の出現をもたらし、かくして生まれた感じる心は、人間性のもっとも顕著な現われである文化や文明をもたらした。このように感情は本書の中心的なテーマをなすが、その力はホメオスタシスに由来するのである[アントニオ・ダマシオ2019(2018):15]。


ホメオスタシスは恒常性と訳されるが、つまり生命そのものに関わる重要な概念だ。

それは生物が生体の各組織に必要な水分、栄養素、酸素を確保することで、エネルギー資源のエネルギーへの変換を可能にする化学的プロセスを自動的に調節することをいう[前掲書:57-58]。

彼の理論に沿えばコンピューターやロボットに感情を認めることは「命」を認めることにもなるが、明らかにホメオスタシスの条件を満たしていない。

逆に「命」を認めず感情を認めるとすれば、彼の理論とは別の理論で感情を説明する必要があるが、それについては別に考えねばならない。

まずはダマシオ氏の理論にそって考えるが、この問題を別の著書*1で次のように述べている。


今こそ、こうした事実を認識し、AIやロボット工学の新たな章を切り開くときだ。「ホメオスタシス由来の感情」に従って機能する機械を開発できることは今や明白で、そのために必要なのは、機能維持のために調節や調整を必要とする〝身体″をロボットに与えることだろう。つまり、逆説的とも言えるが、ロボット工学の世界であまりにも高く評価されている堅牢性に、一定の脆弱性を付け加えることこそが必要なのだ。[アントニオ・ダマシオ2022(2021):184]


彼に言わせれば、まだ感情を持つに至っていなくて、「ホメオスタシス由来の感情」に従って機能する機械を将来持たせるべきということになる。

それを目指すかどうかは、軍事利用の問題も含めて徹底的に議論すべきだろうが、まだまだ命を認める段階では無いというのが生物学的な専門家の意見だろう。

ただ、命は単に生物学的に捉える問題では無くて、人の生活に根ざした信仰や情愛の社会的、心理的な問題でもある。


日本人は何にでもタマシイが宿るというアニミズム的な信仰を持ち続けているので、自然の無生物や人工的な機械などにも命を見いだしたりする。

だから、すんなりとコンピューターに命と感情の存在を肯定できるように思う。

それは生物学的な意味とは違って、日常の生活でそう接っすることができるということだ。

もう既に、愛車に対してのそういう感情を忌野清志郎は「雨上がりの夜空に」で歌っている。

これは愛車に霊的なものを認めているわけでは無くて、まるで恋人のように愛情を感じることを歌っている。

ただし、以前は正月には愛車に注連飾りをしたりしたし、今でも新車を神社でお祓いを受けたりするので、霊的なものとの関係が全くないわけでは無い。

有名はところではロボット犬アイボに対する人気は強く、一度は生産を取りやめたのに再開することが決まっているそうだ。

場合によっては生きている犬よりも、愛情を注ぎ込むことができるのがアイボかもしれない。

まるでそこに「命」があるかのように、アイボは扱われているように思う。


問題はあたかも生成AIが生きている人物のように恋愛対象になってしまったり、相談相手になってしまって、場合によって自殺までしてしまう人がいることだ。

ここまで行くと、日本でもアニミズム・シャーマニズム信仰で祟りや呪いがあったのと同じレベルになってしまう。

かつて科学や医学が発達していなかった時代は、信仰の力が大きな力をもっていて、場合によって病気や死と深く関わっていた。

今の時代は科学と医学が発達しているのだから、生物学的な見地にも立って生成AIやロボットにだけに依存してしまわないことが大切だろう。

そして、愛(感情)は人間の最も恐ろしい側面ももっている。

愛国心は戦争を生み、恋愛は殺人に結びつくこともある。

特に戦争はその抑止を考えないと人類破滅に結びつくと思われる。

だから、ダマシオ教授のような明るい未来だけを私は予測はしない。


*1 『ダマシオ教授の教養としての「意識」―機械が到達できない最後の人間性』  アントニオ・ダマシオ 千葉敏生訳 2022 ダイヤモンド社:(2021 FEELING AND KNOWING   Making Minds Conscious)





2025年10月25日土曜日

隣の柿はよく犬食う柿だ

 我が家ではクロという雄犬を飼っている。

このところ、庭先などの柿の木から熟した柿が道に落ちていて、散歩の際にそれを食べるのを楽しみにしている。

本来なら拾い食いなどさせない方が良いのだが、ある意味で道路の掃除にもなるし、餌の足しにもなると思って許している。

毎日、道に落ちた熟し柿を数個食べているので、少々肥満気味になっている。

隣の村の犬と一緒によく散歩するおじいさんの犬も柿が好きらしく、おじいさんは道ばたの柿を杖で落として与えている。

人間と違って、犬は赤色を見分けるのが苦手らしく、草むらに隠れていたりするとなかなか探せない。

熟した柿の臭いを目当てに探すので、見ていてもどかしくて、時々こちらが導いてやる。

また、放置されている柿は烏の餌になってしまっているので、食べられてしまう前に枝から採ってやって与えることもある。


近所の家の1軒では3本ほど柿の木を植えている。

そこのご主人は食べなくて、親戚など人にあげるのが楽しみらしい。

ところがそこの柿の木に登って実をあさる動物が数年前から現れた。

アライグマだとかハクビシンではないかということだ。

採った柿の実を屋根の上で食べるので、その滓や糞が樋などに詰まって困っているという。

今年はその対策としてビニールネットで幹を覆ったが、どうも登ってひっかいた形跡があるのであまり役に立っていないらしい。

ご主人は私に勝手にとって持って行ってと言うが、放置されている柿ならいざ知らず、ちゃんと世話をしている柿の実を勝手に持っていくのは気が引ける。

だから、道ばたに落ちた熟し柿を、クロに食べさせているに留めている。


とにかく村で昔から住んでいる人はどの家でも柿の木は自給用として1本以上植えている。

昔であれば子や孫の美味しいおやつであり、干し柿にして冬場の大切な食糧にもなったのだろうと思う。

私の子どもの頃過ごした赤穂尾崎の住宅地の中では、珍しく向の家に柿があってたまに貰うと、凄く嬉しかったのを憶えている。

そう言えば前総理の石破さんの地元の鳥取の八頭は柿の産地で有名だ。

そこをドライブするたびに、柿の実がなっていくのを目にして季節の移ろいを感じていた。

我が家では道の駅で熟し柿があると私だけが食べるために買うこともある。

家内の実家ではおかあさんが渋柿を渋抜きして美味しく食べられるようにしたり、おとうさんが正月用の立派な干し柿を作ってくれていた。

暖冬の影響で干し柿も作ればカビがはえてしまう。


今住んでいる上郡では店に柿を置いていても、みんな貰えるから誰も買わない。

うちも去年まではバケツ一杯の柿を貰っていた。

貰わなくても、放置されている柿の木の実なら遠慮無くいただける。

私は血糖値が気になるので、クロに食べさせる以外は普段はほとんど食べない。

残念ながらこの近辺ではクロのような犬やカラスなどの野鳥の大切な食糧になってしまっているのが現状だ。

今年は熊の出現を怖れて、庭の柿の実を大きな枝毎落としてしまった家もある。

いつも、放置されている柿の実を見るたびに、何かに利用できないものかと考えている。

ただ、人間に以外の動物や鳥などの大切な食糧になっていることも確かで、特にこれから冬場には人以上の数のカラスが村にはやってきてて賑やかになる。

このインバウンド被害は村に何の収益をももたらさないけど・・・・・

2025年10月23日木曜日

教師と国会議員の世襲比較

 私は実は娘が教師になることも期待していた。

大学を出て地元で残って働けるところは、地方公務員くらいしか無かったからだ。

民間の企業に就職しても、転勤や単身赴任で地元から離れてしまう場合が今では多い。

最近は高卒でも大きい企業に入っていれば、地元から離れて仕事しなくてはならなくなっている。

そこが、都会と地方の大きな違いで、名古屋に住んでいるイトコは大学卒業してからもずっと名古屋に住んでいる。

それに対して、赤穂に生まれ育った兄弟やイトコでは本家のイトコが亡くなってしまったので、私を含めて全て地元赤穂から離れてしまっている。

そして、娘は教師にも公務員にもならずに、生まれた赤穂からも育った上郡からも離れてしまった。


私の知り合いの夫婦ともそろって管理職なった人には一人娘がいて、何とか教師にしたいと思っていたという。

大学に入ってから、教員免許を取るようにと言ったが、嫌がってとろうとしない。

そこで、大学の授業料を出さないと言ったら渋々免許は取ったそうだ。

しかし、教師にはならないで住んでいる町の市役所に就職したそうだ。

この場合は両親のそばで就職しただけマシなので、私の娘は教員を多く輩出している大学に入りながら教員免許も取らなかった。

私はブラック職業になって行きつつあるのであえて強く勧めなかったが、どうも本人は地元の学校で私の知り合い教師に特別な目で見られた経験が教師嫌いにしたようだ。


学校の教師は以前は世襲している場合が多かった。

自分の子どもが採用されるように、色々と手を尽くすことで苦労する人も見かけた。

特に管理職の子どもが教師になっているケースが多かったように思う。

しかし、今は先ほど紹介したケースでも分かるように、必ずしも世襲を子どもは望んでいない。

だから、国会議員が世襲が多いのと根本的に変わってしまったのだと思う。

教師も以前は給料は安いが楽な職業と思われていた時は、世襲も多かったと思う。

たぶん、国会議員は給料が高い上に、権力を行使して面白仕事と思われているから世襲が多いのだろう。


実際、私は教育現場で現役の教師が病気を患って死んでいったのを身近で何人も知っている。

現役国会議員が病気を患って亡くなるケースはあまり目にしない。

ただ、教師は暗殺されることは無いと思うので、国会議員の方がそういうリスクは高いと思う。

教師のスキャンダルはマスコミなどで盛んに報じられているが、警察やマスコミの抑えの効く国会議員はそれと比較はできないだろう。

一方、今度の総理大臣は世襲どころか、多額の選挙資金を自分や親からつぎ込んで国会議員になった。

そこまでしてでもなりたいと思うのが国会議員なのだと改めて感心した。

かつての教師も給料は安いけど誇りと権威があったので、世襲がなされたのだろう。

国会議員は給料が高く、誇りと権威があるから世襲もなされるし、リスクを冒してもなろうとするのだと思う。

この違いは結局、将来の日本人の人材育成に関わっていると思う。





2025年10月21日火曜日

荒れゆく田畑との格闘

 私の生まれ育った赤穂では、海に近い田畑は荒廃が進んでいる。

結婚後しばらく親戚の家を借りて住んでいた大津は、田畑の耕作を止めて太陽光発電の施設を林立させている。

私の誰もいなくなった実家には畑が残されていて、手が回らずセイタカアワダチソウが生い茂ってしまった。

本当は今年からサツマイモを植えたので、もっと手を掛けるはずだった。

ところが、酷暑と雨不足で上郡の自宅裏の畑の方に、水やりを中心とした作業に時間をとられるし、暑くて昼間は農作業は無理してやれなかった。

実家の畑は赤穂高校の近くにあるのだが、そばの水田は作る人も無く葦が生えて、畑も荒れ地になったのも多く見られる。

ただ、市民農園もあるし、家庭菜園として仲間と遠くから通っている人もいる。


うちの畑の隣は同級生が作っているのだが、草が生えないように耕しているだけで、作物はほとんど作っていない。

心臓が悪いので健康のために土いじりをしているという感じだ。

その同級生の畑にも迷惑を掛けているので、やっと涼しくなった先日(10/14)背負いエンジン草刈り機と充電草刈り機を持って赤穂の畑に草刈りに出かけた。

ちょうど同級生も来て草刈りを手で行っていた。

充電草刈り機も持っているそうだが、性能が悪くてすぐに草が絡まり止まってしまうので使っていないという。

セイタカアワダチソウのジャングルとなったうちの畑では性能の良いマキタの充電草刈り機でも厳しい。

そこでホンダ製の4サイクルの背負い式エンジン草刈り機をフル回転させて、そのジャングルに挑んだのだ。


普段はせいぜい膝の高さくらいの草を刈るのだが、自分の背よりも高くなった草を前にするとアドレナリンもでて興奮状態になった。

本当はゆっくりと根元から刈れば良いのだが、必死に草を薙ぎ倒しにかかった。

草を刈るというよりも草をぶった切るという感覚になって、心臓もばくばくと鼓動を打った。

エンジンもスロットル全開で、大きな唸りを上げている。

そういう格闘が1時間ほど続いただろうか。

時計を見る余裕も無く、ほとんど薙ぎ倒した段階で、やっと軽トラの荷台に腰掛けて持ってきたペットボトルのお茶をがぶ飲みした。


その後は、畑に植えているスダチがいっぱい実を付けているので、採って帰ることにしたのだが、蔓が絡まって大変なことになっている。

スダチの木に絡まった蔓を、持ってきた手斧やノコギリ鎌で引きずり下ろしながら、取り除いていくのだが、なかなか上の方は取り除けない。

ヤブ蚊の襲撃も凄いので、とりあえずは下の枝にたわわになっている実を枝ごと切り取っていった。

あまり多く持って帰っても食べきれないので、高さ20cm程のコンテナいっぱいにして持って帰ることにした。

市販されているスダチは小さな実の状態なのだが、うちの実は温州ミカン程度に大きくなっている。

黄色く色づくと、皮まま食べることもできるが、あおいうちに採って香を楽しみながら酸っぱさを味わうのが良い。

こういう恩恵もこの荒れた畑でも残っている。


今回驚いたのは、梅雨時に植えたサツマイモが生き残っていたことだ。

セイタカアワダチソウのジャングルの中で、ちゃんと蔓を伸ばしていた。

雨もあまり降らなかったので、枯れてしまったものと諦めていた。

さすがニューギニアの初期農耕でも栽培できる優れものだ。

実は今年はニューギニア式サツマイモ栽培の実践①~下準備~ に挑戦しているのだが、その成果はもう少ししてからのお楽しみだ。

こちらにサツマイモを多く作ることができれば、上郡の自宅裏では別のものを作ることができる。

まだ、手のかかる作物までできないのが実情なので、食糧危機への対策はまだまだだと言うしか無い。

荒れた畑でも半野生状態で何とか活用したいと思っている。





2025年10月20日月曜日

教員になりたくてもなれなかった頃

 今日、プールで泳いでいると、隣のコースに知り合いの教師が来ていて話ができた。

その人は私よりも一つ年上で、特別支援学校を長く勤めていた。

年金が支給される年齢なのに、まだ学校勤めを辞めていないという。

辞めるにも辞められないのだそうだ。

教師のなり手が無くて、仮に来ても仕事ができなくてすぐ辞めてしまうからだそうだ。

その先生は元気でまだまだ勤められそうだが、こういう先生がいる間にはたして優秀な教員の志望者が増えるだろうか


かつて高校に勤めていたときに、新任校長が赴任する学校に勤める機会が多かった。

これは何を意味するかというと、地域の名だたる進学校の伝統校には新任校長は赴任させられることはない。

ちゃんと経験を積んでそういう学校に転勤してくる。

ある地域の伝統校だった高校では、かつては新任校長が赴任してくる学校では無かったが、進学実績などが落ちて人気を失うと新任校長が赴任してきた。

私は西播地域の高校や特別支援学校で働いてきたのだが、進学指導実績がそこそこ良い学校は大学付属だけだったので、校長は大学の先生だった。

新任校長は赴任早々に大切な出張が待っているようだ。

東京に集められて総理大臣からの祝辞? 訓示?を受けるらしい。

ネットで見られる新任校長研修で公立小・中・高の新任校長の悉皆研修となっているのとは別と思われる。

以前いた学校で教頭に確かめようとしたが、話をはぐらかされてしまったので公表されていないのかもしれない。

因みに全国高等学校校長会は別にあって、それはネットでも公開してあり、来賓として文部科学大臣が予定されている。

これからしても、総理大臣謁見の新任校長の会が特別なものか分かると思う。


このことから、戦前の教育の反省から教育は国家から地域が担うものという方針が示されたことは既に忘れ去られていることが分かる。

私たちが採用される時代では、まだ卒業式で君が代斉唱。日の丸掲揚を行うかどうかが問題になっていた時代だった。

教員採用試験で日の丸・君が代問題について面接で聞かれるので、どう答えるべきかの問答集があったりした。

日の丸掲揚、君が代斉唱をどう思うかと訊かれたら、反対と面接で答えれば採用されないだろうと言われていた。

それで、聞かれたらとりあえずは、今は判断できないので採用されてから考えると答えるのが良いように言われていたように思う。

実際に面接を受けたときは、そういう質問はされなかったが、社会科は臨時常勤講師が多かったので、面接の質問を現場で言われると不味いと思ったのかもしれない。

私も当時は中学校の臨時常勤講師をしていて、校長先生に面接の練習もして貰っていた。


私の初任校は今は特別支援学校と言われるが、当時は精神薄弱の養護学校と言われていた。

今は障害時教育の免許を持っていないと、赴任させられることは無いと思うが、当時の初任者は持っていない教師がほとんどだった。

当時の私はそういう学校の存在さえ知らなかったのだが、校長から確認の電話があって、やっと就職できるという思いから勤務することにした。

私が教員になろうとした頃は、石油ショックの影響がまだ残っていて、一般企業の就職も難しく、教員は人気があった。

南山大学の人類学科の授業だけでは中学高校の社会科免許しか取れなかったので、教員採用されやすい英語や国語を他の学科の授業を受けてとる学生もいた。

東京都や都市部では教員人気が高く、早稲田大学の友達が早稲田を出ていても教員に成れないと言っていた。

私も国語の免許を取ろうと思って授業を受けていたが、大学院に進もうと思ったので途中で国語単位取得をやめた。


教育実習でも、東大に行っていた先輩や、京大など七帝大に進学した同級生なども母校に来ていた。

その他、広島大学の教育学部や教員養成の熱心な大学に行く同級生もそこそこいた。

給料は安くても当時は人気があったのだが、人気を一気に失ったのはバブル経済で民間企業の給料が非常に高くなって差が付いてしまってからだ。

バブルの頃は教師は人気が無くて、校長が朝礼で知った人で教員になろうという人を勧誘して欲しいと言われた。

その頃は教員になりやすかったが、教員の資質をもっていない人が教師になって、結局本人も周りも後で苦しむことを目にした。

教員のなり手を増やすために給料も上げていったのだが、バブルが弾けて民間企業も景気が悪くなり、教師の給料も相対的によくなった。

そこで、安定した職業である公務員人気も高まり、教師は特に人気が高くなったので、なりたくてもなれない職業になった。


今の状況はバブル時代の教員不足の頃と似てはいる。

大卒者の初任給が高くなって、給料面でも釣り合いが取れないのだろう。

勤務はブラックとして、給料もさほど高くないのに優秀な人材が集まるはずが無い。

おそらく、給料を上げても人気は高まらないだろう。

今の学校は経験ある教員が退職してしまい若い教師への指導もできない上、負担が非常に増しているからだ。

私はこういう学校の荒廃を招いた原因の一つとして、教員免許更新制度を上げておく。

これは教員の時間的負担だけでなく、誇りも奪い去った。

同じ教員出身ながら、政府と伴に教師を追い込んでいった管理職にも不信感は抱いているが、お金や勲章のためなら仕方ないか・・・・・



















2025年10月18日土曜日

移動スーパーと個配に老後を託す

 私は母がまだ自宅でひとり暮らしをしていたときに、週末には欲しいという食料を買い出しして持っていくのが日課となっていた。

足が悪くなって自分ではスーパーで買い物ができなくなったからだ。

自分の欲しいものを自由に買いたいと言って、コープの個配を注文票で頼むようになったのだが、とんでもない買い物をすることが多くなった。

買う数量が多すぎたり、同じものをいくつも買ったり、老人のひとり暮らしでは到底考えられない買い物でも、コープは注文されればお構いなしに持ってきた。

そこで、品物が来て注文する日の前にヘルパーさんに点検を入れて貰うことにして、幾分改善されたが、冷蔵庫や玄関の階段下には余り物がいっぱい残っていた。


以前、親戚で葬式があったときに、赤穂の鷆和で暮らしている叔母と話す機会があって、買い物について聞いた。

というのも、叔父の認知症がすすんで、車の運転ができなくなったので、スーパーもコンビニも無い鷆和ではどうしているのだろうかと思ったからだ。

その時に叔母は「とくし丸に頼んだら、何でも持ってきてくれる」と言っていた。

とくし丸という移動スーパーがあることは聞いて知っていたが、そんなに頼れるものか疑問に感じていた。

ところが、先日赤穂でのとくし丸のことが民放のテレビで放送されていて驚いた。

赤穂は旬鮮食彩館PAONE(パオーネ)が買い物難民(買い物困難者)対策として頑張ってくれている。

その1号車黒田さんのことが取り上げられていたのだが、まさしく叔母はその黒田さんにお世話になっていたようだ。


旬鮮食彩館PAONE(パオーネ)は以前は日生ショップと言われていたように、岡山県の日生が発祥の地である。

盆や正月で親兄弟が親元に集まるときには、ここでは魚が美味しいのでそれを目当てによく買い物をした。

赤穂はスーパーに関して、以前は播磨生協と言われたコープが出店していたが、主婦の店などに換わってしまっている。

主婦の店は私の子どもの頃からあるスーパーなので、赤穂に根付いていて親しみを感じる店ではある。

加里屋や中広という町の中心部には大型スーパーもできて、便利にはなっているが、それ以外の所はそういう大型スーパーに客を奪われて、小さな店やスーパーは減ってしまった。

実は母の住む実家のほん近所にあった日生ショップ尾崎店も潰れてしまっていたのだった。


鷆和は私の子どもの頃は万屋も魚屋もあって、そこで買い物ができたし、自転車で果物を売りに来るおじさんもいた。

今はちょっとした店が酒を中心に売っている程度で、小さなスーパーは隣の村の折方に行かなくては無い。

叔母のように認知症の叔父がいる場合は、バスに乗って買い物に出かけるのも大変だろうと思う。

コープの個配もあるとは思うが、電話で欲しいものを聞いてくれて、週に2回も来てくれるとくし丸の方が少し高くなってもよほど便利である。

子どもや孫に買い物を頼んだら、ガソリン代として小遣いをあげるので、却って高く付くことはテレビでも取り上げていた。

黒田さんは正月以外はほとんど休み無く働いて年収は700万円以上稼いでいるそうだが、地域の福祉を担っている点でいえば、収入だけで評価できないだろう。

何よりも感動したのは、家の中だけで無く場合によって台所まで品物を運んであげたり、頼まれれば二階からベッドを下ろしてあげていることだ。

単に商品のやりとりをするのでは無く、暮らしの支援をして信頼されている。

ただ、働き方には無理があるように思えるので、収入面でも勤務時間でも余裕のある体制で運営できれば、心ある若い人がもっと活躍できると思う。


上郡町はコミュニティーバスを頻繁に走らせているが、全く乗っていないときが多く、乗っていても一人か二人である。

これは町の高齢者のためというよりも、バスの運転手のための雇用対策としか思えない。

国や地方自治体はこういうとくし丸のような取り組みに補助金を出して奨励するべきだと思う。

コープの個配や移動店舗もとくし丸のように、電話などでの注文できめ細やかに対応してくれたらもっと利用しやすくなると思う。


それにしても、私の子どもの頃の赤穂の尾崎では、近所のお豆腐屋や八百屋にお使いで買い物によく行かされた。

また、行商の人が自転車や車力を使って、魚、果物、野菜を運んできて私の家の前で広げていたので、近所の人やって来て買うことが多かった。

駄菓子屋やお好み焼き屋も近所にあって、おやつを買ったりご飯を食べるのに不自由は無かった。

車社会になって、売り場、食堂、しゃべり場、遊び場であった町の小さな店や路地裏はその命を失ってしまった。

新しく家を建てて移り住んだ住宅地では、そういうものは近所に根付かなかった。

因みに結婚後子どものために移り住んだ農村地帯の上郡町の中野でも、近所には掛け売りをしてくれる酒・煙草屋兼万屋もあったし、ちょっと足を伸ばせばAコープもあった。

万屋は自動販売機に取って代わられ、Aコープも潰れてしまった。

だから、町でも田舎でも車が使えない人を細やかに助ける仕組みが必要になったのだ。

とくし丸のような取り組みがどんどん広がっていってくれたら、自分の老後の心配も少しは減ると思うのだが・・・・