睡眠に関しては個人的にも色々悩むところがあって、完全退職する前は睡眠時間を確保するために医師から睡眠導入剤を処方してもらったりしていた。
というのも、今でもそうなのだが夜中に寝酒を飲む習慣が出来てしまっている。
自分自身糖尿病なのに夜中に飲食をしてしまっている。
酒に関しては芋焼酎をレモンなどの柑橘類を入れて炭酸で割って飲んでいる。
水泳や農作業で身体を動かしているのに、夕方の晩酌時につまみとおかずだけでご米飯を食べないせいもある。
そして夕食後そのまま寝てしまい、夜の九時前後に起きて机に向かって本を読んだりネットを観たり、ブログを書いたりしている。
そして、夜中の11時に切り上げて飲食してうとうとしながら過ごしてから、風呂に入って夜中の2時前後に床について眠ることが多い。
起きる時間は冬と夏とで大差なく、朝の5時前後に目が覚めてしまい、冬は机に向かい、夏は散歩と農作業に出かける。
その日によって睡眠時間は違うが、夜には合計6時間ほどしかとれていない。
ただし、机に向かっていて眠くなったら軽く10分ほど仮眠したり、昼食後も15分程度眠ってしまい、仮眠の合計は30分くらいになると思う。
睡眠導入剤は糖尿病の数値が悪い時に寝酒をしないのが主な目的で、現在は悪くないので眠剤は飲まずに寝酒をしている。
働いている時は昼間の仕事に応えると思うので、眠剤を飲んでいたこともある。
世の中に流布する必要な睡眠時間が8時間とか7時間という以外にも、睡眠ゴールデンタイム午後10時から明け方の3時までという拘りもあった。
若い頃は子供を寝かしつけているうちに自分も眠ってしまって朝だったと言うことが多かった。
また、朝の10時くらいまで寝坊したり、逆に徹夜も平気でできていた。
それが徐々にそういう睡眠に変わっていたのだった。
こういう途切れ途切れの睡眠に不安を感じていたのでネットで調べてみたら、次の記事が目にとまった。
「人類はかつて「睡眠を1晩2回」に分けていた、その習慣が消えた理由とは?」『ナゾロジー』
この記事はhttps://www.sciencealert.com/humans-used-to-sleep-twice-every-night-heres-why-it-vanishedを参考にして書かれたもので、原文も同じような内容である。
要するに我々が当たり前だと思っている現代の睡眠は産業革命以降に身についてきたもので、それまでは分割睡眠が当たり前だったということだ。
一回眠りについて、夜中に目が覚めて1から2時間ほど起きていて、また眠りにつくという睡眠である。
現代のように電灯や時計などがなかった時代は、夕食は暗くなる前に済まして、暗くなると寝てしまっていた。
朝も明るくなって起きてくるので、夏と冬とでは床についている時間が違うのが当たり前だった。
明かりがないからと言って夜は単に眠るためのものではなく、若者は夜遊びで出かけたし、夫婦にとっては大切な営みの時間でもあった。
夜の明るさが違ってくる月齢を昔の人は非常に意識していたのもそのせいである。
狩猟採集の時代からつい最近の農耕中心の時代まで、分割睡眠が当たり前であったことは不思議ではない。
むしろ、現代は未開人を除いて、労働のために睡眠を管理されてしまったと言った方が良いのだろう。
人類学者はそういう分割睡眠のことはあまり民族誌に書き残していないのは、夜の過ごし方は聞きづらかったこともあるかもしれない。
また、睡眠はあまりにも個人的に柔軟に季節や出来事で変化して、決まったスタイルがなかったので一般化して著せなかったかもしれない。
そもそも、活動をともにする昼間と違って夜の過ごし方は個人の自由で、決まり事などなかったからだと思える。
この睡眠時間の事からも分かるように、現代の医学などは現代のライフスタイルの枠の中で研究されたもので、ヒト本来の心身のあり方とは別物である。
そして、医学的に推奨されることと違うと不安を感じてしまい、時に薬やサプリに頼ってしまう。
その方が病院や薬局、製薬会社には都合が良いのかもしれないが、われわれ庶民にとっては余計な心配と出費となってしまう。
労働管理されている時は仕方ないところもあるが、退職して自由を得たらヒト本来の睡眠方法に戻っても悪くはない。
ただ、昔と違って電灯もあるし、テレビなどの娯楽もあるし、日常的に酒も飲める。
むしろ睡眠そのものより、それとの付き合い方に気をつけるべきなのだろうと思っている。
と書きつつ、非常に後ろめたい気持ちになってしまう・・・・・
0 件のコメント:
コメントを投稿