私が上郡の村に転居してきた時に、印象的だったのは米農家の倉庫などには必ず自民党や総理大臣のポスターが貼られていることだった。
近所の米農家はまだ退職前で、土木会社に勤めていて兼業農家だったが、政治とは無関係に見えてもしっかりとポスターを貼っていた。
また、国政選挙などでは自民党応援のはがきがそこから来たりしていた。
自民党を支えてきたのはJAや医師会などの圧力団体であることはよく知られている。
このごろ、米の問題や食糧自給率の問題を農学者が指摘するが、そもそも農家は政権側の自民党と共にあったのであって、それでそのような結果になったのは政権側の失策である。
あたかも、米農家が被害者であるかのように言うのは誤魔化しである。
自民党を勝たせてきたことの、教育現場への影響は大きい。
以前は野党と組んだ組合を中心として教師が守られていたのだが、それの弱体化を図ったのは自民党の政権側であり、それで教育現場が荒廃してしまった。
あまりにも酷いので廃止されたが、教師の免許更新制が大きな転機だったと思う。
それを単に教師の質の低下とか家庭の指導力低下とするのはお門違いである。
自民党が新自由主義の路線を堅持し、非正規雇用を多くだし、組合員の組織率を低下させ、労働環境を悪くし、実質賃金が下がっていった。
そういう政策をとる自民党をしっかりと支えてきたのが米農家と言えるのである。
アメリカが米の輸入に関しては大目に見てきたのは、アメリカの傀儡政権の自民党を支えているのは米農家であることも知っていたからだと思う。
その米農家がJAとともに自滅していく事の危機感を煽るより、その原因となった自民党とJA、米農家との癒着をちゃんと検証すべきである。
米農家は当然、今のままでは先行きがやばいと知っていたから、自分の子供には米農家を継がせなかった。
親の世代までは何とか自民党と仲良くして協力してきて、生活が成り立っていたけれど、気候変動やグローバル化で先が見通せなくなったからだ。
今回の令和の米騒動で、あたかも米農家が被害者として国民から同情されれば、政府はしっかりと救済策を講じるだろう。
農学者やマスコミが食糧の危機を煽ってくれれば、米農家を助ける大義が立つ。
ネットでは政府が無料で米券を配れば良いということが共感されたりしているので、それに便乗するかもしれない。
それでは同じ事の繰り返しになる。
消費者は政府、JA,米農家の癒着を断ち切る形で動くべきで、できれば直接米農家と関係を、直接購入ないし生協などを通して持った方が良いと思う。
戦後のように着物を持って農家を訪ね歩かねばならなくなる前に、自分たちの将来を生活を守る気持ちを持つべきだと思う。
一方、米農家と水田を支える村民は、自民党ではなくて市民と共に生きていく覚悟を持って、食糧を確保する道を選ぶべきだと思う。
家内の従兄弟はミカン農家であるが、JAとは関わりを絶ったそうである。
父親もミカン農家でJAとの関わりは強かったようで、地域の農家の組織の役員までしていた。
しかし、その父親は肝臓を患い若干60歳で亡くなってしまった。
おそらく、農薬を多用してきた影響があったのだろうと思われる。
近隣の太子町のハウストマトの農家でそういう被害を聞いたことがあるからだ。
彼は家内の父母の葬式にわざわざ広島から相生まで軽トラに乗って来てくれていた。
その時に話を聞いたりしていたが、軽トラで高速道路を走るのは慣れていると言うので驚いた。
彼はJAを通してミカンを出荷していなくて、直売所に持って行って買ってもらっているという。
米の輸入自由化は阻止しながら、オレンジの輸入自由化は阻止しなかったJAに不信感が募っていたのも原因があるように思える。
彼はそのために遠くまで軽トラで出かけなければならなかった。
彼の息子も農業を志して農業高校に入ったが、ミカン農家は継がずに実習先で知り合ったタマネギ農家を継ぎそうだと言っていた。
彼自身温州ミカンだけに拘らずレモンの栽培などに新しく挑戦してきたが、やはりタマネギの方が底堅いと思い、敢えてミカン農家継承に拘ってないようだった。
米農家以外の農家はJAだけに頼らず、何とか活路を自力で開拓している人もいる。
米農家もそれを見習うべきだと思うし、消費者もそういう農家を応援しなくてはいけないと思う。
一方で考え方を大転換して、この機会に米の輸入自由化を認め、その代わり補助金を認めさせて、他の国際競争力をもった農産物のように変革するのも手である。
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