我々の世代は交通戦争を生き抜き、受験戦争にも生き延びてきた。
「戦争を知らない子ども」は、当時のベトナム戦争の反戦歌として歌われたが、この歌が流行した1970年は交通事故死15,801人、負傷者981,096人という交通戦争の戦時下にあった。
また、1972年にリリースされた井上陽水の「傘がない」で若者の自殺が歌われているが、その年の自殺者の総数は18,015人である。
ちなみに1970年の殺人による死者数は3,378人である。
2023年当時のパレスティナのガザ地区の戦争による死者が2万人だという。
人口あたりとしては、確かに日本の当時の死者数の方が割合として少ない。
しかし、殺戮兵器が用いられず、しかも平和と感じて生活していた人が、これだけ無残な死に方をしていたのだ。
当時から現在にかけて、資本主義社会における流血戦争とは違う、市民のなかで起こる戦争を戦争としての認識はしてこなかった。
海外で起こる流血戦争をテレビや映画を見ながら、日本は平和であり、戦争はしてはいけないと誰もが言ってきた。
しかし、身近に起こっている市民の中の戦争を止めようとしなかった。
それは自分は加害者になる可能性もあったが、社会に取り残されずに成功者になって勝ち組として生き残ることに励んだ。
こういう戦時下にあって、生き延びた世代として65歳以上の人口が3割に達しようとしている。
退職して老後は子や孫とのんびり暮らして行きたいと思っていたが、その子や孫はそばには既にいなかった。
そのかわり自分の親は施設に預けることができるようになっていた。
今日の特売の火曜市では限定200個のふだんより100円安い卵を求めて老夫婦が殺到した。
雨が降ってコインランドリーがいっぱいとなって、おじいさんは順番待ちに置いてかれた。
来月から第三のビールが値上げだし、電気料金も上がるという。
年老いても、まだ生き残りのための闘いは続いている。
実際の太平洋戦争での流血戦争を経験した人の話はマスコミで取り上げて感動を呼ぶのだが、市民の戦争を生き抜いた話は話題にもならない。
ただ、武井壮のNHKのファミリーヒストリーは、父親が金と女に狂って崩壊させられた家庭を生き抜いた戦士の感動をよぶ実話が放映された。
金の卵として集団就職という名の徴兵によって戦って成功しながら破滅した男の物語でもあった。
世間の豊かさをよそに、懸命に生き抜いてきた武井壮の姿で生きていく力をもらった。
現代は交通事故死は減ったが、中高生が受験戦争などでの自殺者が増えているようだ。
社会に出て戦う前に、受験戦争や家庭問題、人間関係に苦しんで自ら命を絶っている若者が増えているらしい。
武井壮氏の生き様を中高生には知ってもらいたいと思うが、彼のように立派な戦士になる必要は無く、どんなに惨めでも生き抜いた姿だけ学んでほしい。
そして、自分たちは決して平和で豊かなな時代に生きているのではなく、生きるのに厳しい戦時下にあることに気づいてほしい。
これが資本主義の宿命と言ってしまえばおしまいなのだが、生き延びた我々老僕が若い人に残せるのはそういう教訓だけかもしれない。
参考文献
É,アリエズ&M,ラッツァラート 杉村昌昭、信友建志訳 2019 『戦争と資本―統合された世界資本主義とグローバルな内戦』 作品社 [ É,アリエズ&M,ラッツァラート2019(2016)]
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