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2019年4月11日木曜日

父の通院と大津川

もうかれこれ10年以上前になる。
私の父は脳梗塞の後遺症で、体の至る所で変調を来していた。
そこで、良いという噂から、私にとっても、父にとっても生まれ故郷の鳥撫の医院に通院することになった。
私は、2週間に一回くらいの割合で、土曜日に父や付き添いの母を連れて、その医院に運転手として付き添った。
私にとっても生まれ故郷といいながら、あたりの景色は様変わりしている。
もともと本家のあったところも、崖崩れの址は家が建てられず、別の場所に家を建て替えている。
一度だけ、父親を誘って、元の本家の場所に行ったが、もう認知症の進んできている父には、懐かしい風景ではないようだった。

私は父と母が治療を受けている間は、暇なので鳥撫での村や、海岸近くを散歩していた。
海岸と言っても、大津川河口の入り江と言った方が良い。
そこは、幼い頃にカブトガニを捕ったりして遊んだところである。
その土手道路を散歩しながら、時には折方から、グリーンベルトまで歩いて行ったりしていた。
我が子がまだ小さい頃は、赤穂の大津に住んでいて、ジョギングでこのあたりまで、走ってきたりしていた。
大津川の土手道は子供を自転車に乗せて、ぶらぶら楽しむ場所でもあった。

自分の幼い頃の思い出と、我が子を連れて遊んだ思い出の場所を、父の通院でしばらく訪れることになったのも何かの縁のように感じた。
散歩していると、親戚の人に会って話をすることもあった。
そして、何よりも目に焼き付いているのは、当時咲いていた対岸に見える桜の花だ。
父は、その通院から一年後の桜の咲く頃に逝ってしまった。
桜を見るたびに、その時の景色を思い出す。

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