以前紹介したアルバート・セント=ジェルジ著の『狂ったサル』國弘正雄訳 1985(1971)The Crazy Ape and what Next? サイマル出版で、広島で落とされた原爆について次のように述べている。
近代科学が登場したのは、二十世紀になってからですが、それが現代における生活の血となり肉となったのは、半世紀近くを経た、つまり広島以後でしょう。
広島以前に四十代に達した人びとは、原子力がどんなに恐ろしい力をもっているか、本当に理解することはできないのです。彼らは、数メガトン級の原子爆弾が炸裂すれば、生活自体が広範囲にわたって破壊されるということを頭のなかではわかっているのですが、原子力に関する知識が血のなかまでしみこんでいるとはいえません。[前掲書:62p]
要するに、近代科学において広島に原爆が落とされたことは科学にとっての進展には重大であった。
しかし、その当時の科学者は頭では原子爆弾を理解していたが、それを現実の物として理解することができていなかった。
そして、その責任を軍に押しつけます。
原子爆弾の発明に貢献した科学者のほとんどは、最後までその使用に反対し、他の可能性をすべて洗ったのちに、万やむをえないときにのみ使用されるべきである、という立場を貫いていました。また、彼らは、実際に爆弾を投下する以前に、日本政府に対してその威力を示すべきである、と主張しつづけました。
しかしながら、こうした科学者の主張もむなしく、軍事的見解が圧倒的に優勢をしめたまま、原爆はついに投下され、十万人の生命が、一瞬のうちに奪われてしまったのです。それ以来、核軍備競争の悪循環がはじまり、労働の貴重な汗とエネルギーがまったくむだに消費され、さ72pらにもっと悪いことに、全人類を絶滅の淵にまで追いやってしまったのです。[前掲書:71-72]
当時の科学者が時代遅れの頭脳によって原爆を開発し、その威力を知っていたのだが軍に利用されてしまった。
広島・長崎の惨劇におののいて、惚けてしまっていたと嘯いて責任を回避しているに過ぎない。
開発に協力した科学者はその後いくら核兵器開発に反対して、平和運動を行っても責任は逃れないはずだ。
本来なら原爆投下は戦争犯罪として裁くことができないにしろ、広く世界に認知されるべきだった。
認知されなかったからこそ、その後の水爆開発に発展して、ウクライナ戦争では核の脅しをしながら侵略戦争をロシアが行っている。
これらも科学者の協力なしにはできなかった話である。
唯一の被爆国日本は、原爆の残虐性を知っている。
だから、原爆投下を戦争犯罪というスタンスを少なくとも科学者や人文学者は貫くべきである。
また、政治家が核保有を主張することや、核持ち込みを認めることは、原爆投下の戦争犯罪を否定することである。
生物兵器や化学兵器よりも効果的で残虐性の高い核兵器使用を禁止しないのは、アメリカの戦争犯罪を認めることになるからだろう。
おそらくアメリカは国家が崩壊するまで認めることは無いだろう。
哀れなのはそのアメリカに従属する日本で有り、核開発を放置する学者である。
原爆で亡くなったり苦しんできた人に詫びねばならないのは、原爆投下という過ちを認知できない現代人であり続けると言うことだ。
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