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2014年12月1日月曜日

ヤンキーと不良

生徒から「先生はヤンキーやったん?」と聞かれることがある。
「不良やったけど ヤンキーとは違う」と答える。
私のイメージでは、ヤンキーは外見からしてツッパリスタイルを維持しているが、私はしていなかった。
同級生には当時流行のパンチパーマをかけたりしている者もいたが、私は長髪程度だった。
ただ、教師からは不良グループと見なされて、成績の良い者には我々とつきあうなと言われた。
言われた中には東大を目指していたのだが、我々と仲が良い者もいてそれを我々に告げた。
今まで物わかりが良いと思っていたその教師に対しては、裏切られた気持ちになったのを憶えている。

我々は大人びたことをするだけで、喧嘩をしたりバイクで走り回ることは無かった。
バンドを組んで演奏する仲間が中心だったが、色んな仲間がいた。
今は亡き中島らもの高校生時代にちと似ているが、彼ほどの逸脱は無かった。
教師になり始めの頃に、そんな話をすると年配の先生は旧制中学校の学生みたいだと言われた。
私学の自由な雰囲気で、自己責任においてたいていのことは許容されていた。
受験という枷があったので、ある一線は守っているつもりではあった。

教師になる人の多くは、まじめな人が多いので、私のような存在は異質である。
私のような教師が多すぎても困ると思うが、そういう教師も必要に思うことがある。
規則が絶対だと思うこと自体が、私には非常に危険だと思うからである。
私はこれからも、ちょい悪親父としてしばらくは教師を続けるつもりである。

追記
 尚、東大を目指していた我々と親交のあった同級生は、無事現役で東大に合格した。

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