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2019年12月19日木曜日

窓の向こうに恩田川

前回のブログでかぐや姫の神田川を引用したが、私は一時東京の中野に住んでいたので、神田川は近くにあった。
しかし、情緒のないコンクリートで固められた神田川には、全く魅力を感じなかった。
私にとって思いで深いのは、むしろ恩田川である。
先日大学が恩田川の近くにあったという同じ職場の若い職員から、恩田川沿いをよく走ったという話を聞かされた。
自分もこの川の土手をジョギングしたり、散歩したり、自転車で走ったりしたので話がはずんだ。

私は大学院時代、東京都の中野、新宿区西落合、そして横浜市緑区長津田に住んでいた。
毎年引っ越しをするという、引っ越しマニアでもあった。
当時は部屋に荷物も大して無くて、気楽な引っ越しだった。
私は長津田のアパートで、修士論文を必死になって書いていた。
引き籠もって書いている内に、心身ともまいってしまい、それを紛らすために川沿いを散歩し始めたのが始まりだった。
散歩をすることから、ジョギングに変わり、何もかも忘れて夢中で走っていたのを憶えている。
その川沿いのジョギングは、赤穂では大津川と千種川、龍野では栗栖川、上郡では高田川と千種川、姫路では市川と場所が変わった。
川の流れを眺めながら、移ろう季節を感じながら走っていた。
その始まりは恩田川だったのだなと、改めて気がついた。

ジョギングはしなかったけれど、名古屋では天白川や山崎川、新宿区の西落合では妙正寺川には想い出がある。
都会の中の川には、心を安らげる趣があった。
それは桜が植えてあったり、川原には草花が咲いていたからだろう。
その頃、付き合っていた女性とも川沿いをデートすることが多かったように思う。
残念ながら恩田川にはそういうロマンチックな想い出はないけれど、夢破れ帰郷した後も一番思い出したのは恩田川の景色だった。
だから、機会があって10年以上前に東京に行った時に、ついでに寄って写真を撮ってきた。
美空ひばりの「川の流れのように」(作詞秋元康)の歌詞は、川により沿う人の気持ちを上手く表していると思う。
まさしく、私の長い人生をもそこに映すことのできるものだと感じるこの頃である。




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