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2025年3月14日金曜日

梅を観ると思い出す

梅は綾部山梅林に毎年家族で行っていて、今は家内と二人で出かけている。

家内の父が存命中で元気だった頃に、2月11日に幼い子ども達と一緒に観に行ったのも懐かしい。

毎年のように親子で出かけていき、撮った写真は年賀状に載せたりした。

今年はやっと梅が咲いて観に行けるようになった。

赤穂は桜が市の花で、御崎の桜が有名だが梅もけっこう咲いている。

実は現役の教師の頃に、春休み中に昼休憩を利用して職場の仲間と、梅をみながら食事をしたことがある。


その頃には、英語のALTの女性教師Mさんもいて、同じ文化人類学を大学時代に専攻していたということで、気があって音楽バンドも一緒に組んだりした。

Mさんは駅前の宿舎からマウンテンバイクの自転車で通勤していた。

私も職場にはロードレーサーの自転車を置いていて、トレーニングや仕事の用事に使っていた。

同じ部署にいるメンバーと梅見をしに御崎に出かけるのに、車で行くのと自転車で行くのに別れた。

結局、自転車はそのMさんと私だけになった。

坂道の上にある神社の駐車場に車と自転車を置いて、海岸沿いにある食堂で魚定食をみんなで食べた。

その店の料理も美味しく景色良かったのだが、残念ながらもう営業していないようだ。

食後は梅や海を観ながら、元小学校があった細い道を通って神社まで戻った。


せっかくここまで上がってきたのだからと、自転車の二人はちょっと高台にある公園に行って梅と海の島々の景色を眺めた。

そして、自転車を自分で担いで梅の咲く細い山道を通って、さっきの海岸まで降りていった。

海沿いにある細い道を自転車で元の神社に戻って行くのに、急な坂道を上がって行ったが、Mさんは自転車から降りずに登り、私は自転車を押して上がった。

その道は私が中学高校の頃に泳ぎに行くときに自転車で通った道だったが、その頃は自転車から降りずに登れたのにと情けなかった。

そして、職場に戻るのに、わざわざ遠回りして唐船海岸のレンガ道を自転車で走って、風景を存分に楽しんだ。


Mさんに聞いたら、彼女はアメリカではお父さんとよく自転車で長旅行したそうだ。

因みにMさんは日系アメリカ人で、両親とも日本人なので彼女は日本語が堪能だった。

そのお父さんはお母さんとは離婚して、別の女性と暮らしているという。

もう会うことが難しくなったお父さんの代わりに、この時は私が彼女と一緒にサイクリングをしていたということだった。

彼女はアメリカでは野外活動の指導員をしていて、自転車のみならず、カヌーも子どもの頃からしていて得意だった。

それで、私がSUPをしていることを知って、一緒にやることになった。


いつも練習していた赤穂の恋ヶ浜の海に出かけて一緒にSUPをやった。

私はまともに立って漕げないのに、彼女はちゃんと立って沖の方まで漕ぎ出した。

カヌーをやっていただけあって、バランス感覚が優れているのだ。

私もその後に、仕事上でしかたなくカヌーもマスターしたが、ひっくり返ったら最後だ。

彼女は着替えも平気で草むらに入ってすることができていた。

これは私の完全なミスで、女性の着替えのことを考えていなかった。

以前は恋ヶ浜にはシャワーや更衣所があったのだが、それも当時は無かったのだ。

本当は、それがある唐船海岸や御崎の海岸でやるべきだった。


こんな逞しい女性とは、彼女以外には出会ったことはない。

彼女は日本の梅よりも、南国のハイビスカスの花が似合っていたように思う。

その後、フィアンセの待つアメリカに帰ってしまったが、きっとアメリカの自然を駆け巡っていることだろう。

日本では熱心に教師の仕事をしていたが、アメリカに戻ってはする気は無いし、プライドが持てる仕事でも無いと言っていた。

日本や東洋では教師はそれなりにプライドが持てるし、給料もそこそこ良いのだがアメリカではそうではないらしい。

日本だからこそ、彼女は父母の育った日本で教師をしてくれたのだった。




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