Radicoでアナログコネクションの聞き逃しを聞いていると、田中まこさんがEaglesのHotel California歌詞を訳して解説してくれていた。
だいたいの意味は知っていたのだが、改めて考えさせらる曲だと思った。
この曲は私が高校3年の時(1978年)に文化祭の野外ステージにメインボーカルで歌った曲だった。
弟のリードギターも完全にコピーできていた。
当時は歌詞の内容などあまり考えず、ただ当時のアメリカを表現しているくらいに思っていた。
この曲は後に、1990年頃に職員バンドを組んだ時にも、忘年会でバンド仲間と演奏して歌った曲でもある。
この時も、懐かしい名曲として披露しただけだった。
当時のアメリカは豊かな繁栄の中で踊り続けて、そこから逃れられないと思われていた。
しかし、そのアメリカの大統領が世界からむしり取られたと嘆いている。
アメリカが踊り続けている間、日本では過労死や過労自殺が広がり、若者が結婚さえしなくなっていった。
アメリカも踊り続けていられるのは一部となり、多くが忘れたはずのワインで気晴らししたり、ピストルで命を絶ったりしだした。
アメリカ全体がHotel Californiaの世界であり続けることはできなかった。
私たちはそのアメリカに憧れ、この曲に魅せられて、その真の意味も考えずに歌い続けていた。
ヨーロッパや中東で殺戮が繰り返され、アメリカと中国が貿易戦争を繰り広げているさなかに、万博という踊りが大阪で開催されている。
Some dance to remember,Some dannce to forget
この万博の中で、50年前の希望に満ちた時代を思い出し、希望の持てない今を忘れる。
You can check out any time you like, but you can never leave"
自由と平和が訪れると思ったのに、破滅的な欲望の中から抜け出せないでいる
そう今なら自分なりに意訳している。
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