今日は赤穂へ一人で買い物に行ったついでに、御崎の海岸をドライブして帰ることにした。
大塚海岸から丸山海岸にかけての道を通っている時に、ふと子供の頃の記憶が蘇った。
小学生の5年生頃だったと思う。
私は友達と学校から帰って、海岸沿いの山を探検のつもりで歩いたことがある。
尾崎小学校から東に行くと向山があり、そこの中腹から丸山海岸に行ける。
そして、海岸の道を海を眺めながら大塚海岸の上、そして御崎公園と歩いて回って帰った。
子供の足にしては大変長い距離に思えた。
途中で、車で駐車している人が乗せて上げようと言ったが断った。
先生から知らない人の車に乗せてもらってはいけないと言われていたからである。
冬場は小学校の授業中に裏山に登ることが多かったことを思い出した。
体力作りの一環だったと思うが、向山によくみんなで登った。
私の3年の担任だった小島先生は、普段からよく生徒を山に連れて行ってくれた。
時には先生がおやつまで用意してくれていた。
自分たちは普段から、尾崎の八幡神社の裏山は遊び場になっており、いつでもよく登って遊んだ。
裏山の椿林の椿の木に枝を渡して、チンパンジーの寝床のようなものを作ったりした。
また、水源地への階段の横の笹だけの中は、冬場でも暖かいのでそこに隠れこんでおやつを食べたりした。
思い出せば冬場でも、家にじっとしていたことは無かった。
同じ海岸の景色を見ても、幼い頃から親しんできた景色は全然意味が違う。
確かに塩田はもうないし、家島は当時とは形が違っている。
遠足などで訪れた丸山海岸の様子もかなり違っている。
それでもしっかりと昔の記憶を蘇らせてくれる。
その丸山海岸に降りてみると、寒風が吹きすさむ中でテントが2張立っていた。
自分たちが幼い頃に、住処(すみか)と称して、冬場でも椿山や笹藪の中で楽しく過ごしたのと一緒のように思えた。
金がなくても友達と一緒にいれば楽しく遊べたあの頃。
今の私がこれから、向かおうとしている世界なのかも知れない。
※写真は現在の海浜公園から見た向山(丸山)
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